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第11話 ならず者の腹の内
黎犂の放った非情な提案に、神楽とマキーネは正気を疑うほどに驚愕した。
すでに何度か今の魔物がどのような存在か、そして人間―特に男性―とどのような関係を理想としているかを聞いた上であの発言だったのだから、当然であろう。

「貴方私達の話をちゃんと聞いてました!?そんなこと出来る訳がないでしょう!」

「そうだよレイ君。いくら裏切られたからって、そう行き着くのは流石に色々とマズいって…」

「確かにかかる時間と行使した際の勝率を計算すれば、それが1番確実な作戦でしょう。ですが相手方への損害は大きく、特に人命的な部分では巻き上がる炎や建造物の崩落、群衆の混乱などにより多数の死傷者が出ることは目に見えてます。我々魔物は自らが愛する男性を求めるだけでなく、女性も同族に取り込むことで勢力拡大を行っていますが、その様な余りにも非道かつ非情な作戦は非難の的にしかならず、志願どころか賛同されるとは到底思えません。特にレスカティエを拠点とされているデルエラ公のような、積極的に女性を魔物に変え、大規模な魔界の勢力拡大を行っている急進派の魔物が相手なら尚更です」

余りにもえげつない提案にマキーネは先程までの穏やかさが嘘の様に声を荒げ、神楽が魔物達はそれを良しとしないだろうことを察し、その思考と結論は突飛過ぎると宥め、スピアローゼも空襲の利点を認めこそすれど、それは自軍の掲げる行動方針にとってむしろ欠点になると指摘し、計画を批判する。
が、黎犂の横で一通り反対意見を聞いていた竜哉はそれに真っ向から否定し、狂気の沙汰とは思えない黎犂の提案に対し賛成の意を示す。

「ふん、むしろ覚悟だけでもそれくらいできねば戦場に立つ資格などない。殺す気で来る敵を一人残らず捕虜にするなど生ぬるい考えで戦場に出れば、首が跳ぶのは間違いなくこちらだ。最初から完全無血の勝利を願うなど、現実と妄想の区別もつかない夢想家どもが考える絵空事にもならぬ戯言よ」

現魔王以下自分達の理想にして、目指すべき人魔一体の世界を絵に描いた餅と批判する竜哉に対し「しかし…」と口ごもってしまうマキーネ。だが、そこにケリーとビビエラが左右から竜哉に寄り添うように割り込んできた。大方反論に乗じて誘惑し、竜哉に精を要求するためだろう。

「主は随分と惨い事をおっしゃる。だが私達と身体を重ねていれば、そんな暴挙の原因となる狂気も消えうせように…」

「そうですマスター、そのような攻撃的な思考に行き着くのは、早い話欲求不満だからです。私達に任せてくだされば不満も解消し、思考も落ち着くはずです」

断る。むしろ余計な配慮だ。色事など逆に思考を鈍らせ判断の邪魔となるだけよ」

当然二人の提案は却下され、双方同時に肘で腹部を衝かれ崩れ落ちる結果に終わった。その直後、また別の魔物が陣に姿を見せる。足元に同じ色の水たまりを作る半透明な青い液状の体から察するに、彼女はスライムのようだ。

「隊長〜、出撃まだですかぁ〜?さっき偵察に行った子が帰ってきたっぽいんですけど〜…」

どうやら先程帰還したワーバットの姿を目撃したようで、報告や指示がないか確認にきたらしい。その姿に気付いた黎犂が、早速声をかける。

「あぁ、丁度いいとこに。敵を街諸共焼き払おうって作戦考えてるんだけど、空飛べて強力な炎使えるような奴っていねぇか?」

「ん〜?炎ならイグニスさん達がいるけど、そんな遠くには飛べないし…って、今何かものすごーく危ないこと聞いたような…」

言われた直後は黎犂の考えに合いそうな仲間を浮かべようとしていたようだが、すぐに言われた作戦が危険なことと気付いたようで、黎犂に疑いの眼差しを向ける。

「そう気にするなよ。ここに来るまでにも、街の1つや2つ潰してきただろ?」

「意味合いが全然違います!確かにここへと至るまで道中にあった反魔物派の都市を3つ陥落させましたが、その全てにおいて全住民を魔物やインキュバスに変え、死者を出すことなく勝利しています!それどころか、2番目の都市を陥落させた際は、魔力の影響で領内の墓地からゾンビ67人、スケルトン52人、グール27人、ゴースト25人、そしてヴァンパイアとリッチ各1人の計173人がアンデッドとして蘇生し、うちゾンビ26人、スケルトン15人、グール7人、ゴースト8人の56人が制圧後我が隊に加入し、次の都市でうちゾンビ18人、スケルトン7人、グール4人、ゴースト8人の19人が抜け、残りは引き続き今回の作戦にも従事してくれています!当然それ以外にも多数の魔物達が志願してくれている訳であり、彼女達の労と願望に報いるためにも、あの街の人間も誰1人として殺すことなく制圧するべきです!」

「(何か想像したら昔見た映画の1シーン思い出した・・・)」

「あのー副隊長?いったいどのようなお話をされてたんで・・・?」

それを大した事じゃないと嗜める黎犂に対し、即刻反論を申し立てしてくるマキーネ―ついでにその傍でマキーネが語った死者の軍勢についてイメージを浮かべていた神楽―の様子からやはり何かあったようだと考えたスライムは、ワーバットに水を飲ませていたスピアローゼに何があったか尋ねる。

「先程、この娘がベルガンテで出撃準備を整えていた兵達に動きがあったとの情報を持って帰還しました。その報告に隊長が先手を取り奇襲を仕掛けるか、或いはわざとこの森に誘い込み迎え撃つかをはじめ、作戦を考察していたところ、こちらの霧園黎犂様が上空から侵入できたなら再度住民諸共街を焼き払ってしまえばいいと進言され、それに隊長が反対されているところです」

「あ、こら折角気づいてなかったのにバラすな」

躊躇なく経緯を話し始めるスピアローゼを犂様が阻止しようとするも遅く、彼の企みは呆気なくばらされた。当然と言うかスライムも―彼女の場合身体が液状のため、炎に囲まれては成す術なく蒸発してしまうだろう―やはり心地よくは思われなかったようで、空襲案に対し不満の声を上げる。

「ちょっ…焼き払うってソレはまずいでしょ〜。そんなことしたら住んでる人達がたくさん死んじゃうじゃん。折角男の人が…ってあれ?アナタ男の人?ねーねー、私とエッチなことしな、ヒャンッ!」

途中、ようやく目の前で物騒なことを言っていた相手が男だと気づいたようで、早速虜にしようと近寄っていくが、いざ黎犂の身体に触ろうとした途端、閃光が走り何かに跳ね退けられた。驚いたスライムは悲鳴を上げ、ボールのように丸くなって転がり黎犂から距離をとると、そのまま陣を後にした。

「っとぉ、悪いな脅かして。機会もなかったから効果はほとんど信頼してなかったが、気休めに装着してたコイツが力を発揮したみたいだ」

黎犂がシャツの左そでをまくり、あらわにした手首には、全体に退魔のルーンが彫られ、魔物のそれとは対極に当たる聖なる力が込められた、菱形の青い宝石が目立つ革製のブレスレットだった。ちなみに神楽は赤い宝石のロザリオをポケットに入れており、竜哉も宝石が紫なのを除けば黎犂と同じ物を渡されたが、「アテにならない」とクレイモアの持ち手にはめ込んでいる。

「随分と強力な魔力を感じる装飾品ですが、それはベルガンテで配られたものですか?」

今の閃光とそれに驚いたスライムが逃げたのを見たマキーネが、先程までの怒りが嘘のように静かな声で尋ねると、黎犂はめくった袖を直しながら答える。

「あぁ。バーニムっつー爺さん司教から、出撃前に『勇者様用の特別品です』ってそれぞれ手渡されてよ。あんま信用はしてなかったが、訳あってアンタ等の強烈なアプローチには答えられない身としてはあって損もないから、とりあえず付けてそのまんまにしてたんだ。っても、神楽さんは油断して外しちまってたみたいだけどな」

少なくとも今ので所有者の肌に触れていれば効果は発揮するらしきことは分かったので、だからさっき襲われた際は反応しなかったのだろう、と付け加える。

「なぜそのような、私達の送る愛を拒むような物を何食わぬ顔で身に付けていられるのです?それに先程のような冷酷非道とも言える様な事が考えられるのです?」

すっかりマキーネの怒りは鎮火した様で、自分達が触れる事はもちろん、抱いている好意すら拒むような代物の効果を目の当たりにして、外そうとしないどころかその効果に喜んでいるようにも見える黎犂の様子にショックを受けたようだが、当の黎犂、そしてクレイモアの持ち手から自分の右腕に装着した竜哉からの返事は、その心配をまったく意に介さないようなものだった。

「あぁ〜、簡単に言えばあんな風にベタベタ馴れ馴れしくしたくないって感じかね」

「貴様等と乳繰り合う時間が惜しい。そんな暇があれば、剣の素振りか瞑想にでもまわした方が有意義よ」
13/11/13 15:29更新 / ゲオザーグ
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■作者メッセージ

近々もう少し更新するつもりですんで、近況報告などはその際に

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