連載小説
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第四章
長身の男が自身に受ける魔力をたどりその発信源を求めて荒野の町並みを歩いてゆく。人魔問わずに跋扈するその町を見ては苛立ち、嫌悪し、そして不思議に思う。
奴は何をやっているのだ、この穢れた情景はなんだ。一体なぜ魔物がここまでのさばっているのだ、と。
男は今にも腰の剣を振るい蔓延る邪悪全てを浄化したかったが、その思いをグッとこらえて歩き続ける。今日はそのつもりで来たのではない、そもそも予定ではこの町に魔物など一人も残っていないはずだったのだ。
男がこの町を訪れているのは人を捜すためだった。今彼が受け続けている魔力がその手がかりであり、その発信源は目的の人物が持っている留め具のないブローチのような紋章だ。普段であれば、男がこの人物を捜すようなことはない。というのもその人物は大陸を縦横無尽に駆けており追いつくだけでも一苦労なうえ、そもそも会いにいく理由が全く無いからだ。ところが数日前、本来なら四方八方を動き続ける魔力の発信源がある地点でピタリと止まってしまった。男はその原因を考えた結果二つの例があげられた。まず一つは単純にブローチを持つ者が死亡した場合である。そしてその死因は殺されたか、餓死してしまったかのどちらかに限られるだろう。前者はその人物の実力から見て考えられる事態ではない、では後者か?それも否定せざるを得なかった。彼は何年も旅を続けている。飢え死にしてしまうようなら、旅立った最初の数日でそうなっているはずだ。となるともう一つは彼が一つの場所に定住した場合だ。状況から言えばこちらの方が滅法自然である。旅の途中で立ち寄った場所が彼の心を強く掴んだとか、長旅で目的を見失ってしまったとか、もしかしたら知り合った女性と身を固めたのかもしれない。理由などいくらでも思いつく。
だが、その人物については、男が知るあの少年に関しては、そのどれもが有り得ない事態だった。とにかくあの少年に何かが起こったのは事実、だが何が起こったのかはまるで予想がつかない。その真相を確かめるべく男はこの町にやってきたのだ。
男は道中あれこれと考えては見たがやはり予想はつかない、この町を見てますますその理由が分からなくなっていた。やはり本人を見つけ出して解明する以外に方法はなさそうだ・・・などと思案している間に男は町外れにあるテントにたどり着いた。その不気味さといえば実に形容しがたい。外側は紫一色で塗られ天辺からは二本の角のようなものが飛び出し、極め付きには昼間だというのに青い炎を点した蝋燭まで飾られている。
「近い、奴は間違いなくここにいる」
男は腰に剣があることを再確認し、矢が来ようと魔法が来ようといつでも弾き落とせるようにしっかりと警戒しながらテントに入っていった。中も負けず劣らずの不気味さが満ちており、外は連日続く雨で薄暗いものの、それ以上に闇が満ちていた。幸い矢も魔法も飛んでくることはなく、暗がりの中に小さな人影が見えるだけだった。男は目的の少年かと警戒を緩めかけたが、どうにもそうではないらしい。いくらなんでも小さすぎる、まるで幼い少女のようだ。
「客人かな?はてさて、どんなご用件かの」
可愛らしい声がテントの中に響いた。男の目が暗がりに慣れてくると次第に声の主の姿がハッキリと見えてきた。頭から生えた二本の角、栗色の髪に獣のようなその手足。それら全てを確認すればもう間違えようがない、彼女はバフォメットだ。
男の体に緊張が走る。これはかなり厄介な事になった、バフォメットに一人で勝てる人間などいるはずもない。こんな者が相手ではあの少年が敗北したというのも頷ける話だ。しかし魔物は人を殺さぬはず、あの少年が死亡したという説はこれで否定された。では一体奴はどこへ消えたのだろう。
「ここに、少年が一人来たはずだ」
男は動揺を出来る限り隠しつつバフォメット―レヴィに問う。
「生憎じゃが見ておらん、それにこの店は"少年"が来るにはちと早すぎるしのう」
レヴィは見当違いだ、自分は何も関係ないといった様子で面倒くさそうに答えた。だが男はそれを鵜呑みにするほど愚かではない。魔力の発信源は間違いなくこのテントの中だ。
「ほう、白を切るつもりか。だが私はなんのアテもなく憶測でここに来たのではない。下手な芝居はやめろ、こちらには証拠に基づく確信が―」
「その証拠とはこれかの?」
男が言い終わる前に、レヴィが留め具の無いブローチのような紋章を取り出し男に見せ付けた。男はそれを見て驚愕した。彼が受ける魔力の発信源は間違いなくそこからだった、つまりこのブローチは男があの少年に持たせたものに違いない。
「図星のようじゃな。だが生憎ワシはこれを友人から預かっただけなのじゃ、そいつは少年ではない。」
「ならばその友人とやらの居場所を教えろ」
男が語気を強めてレヴィに迫った。すでにその手は剣にかけられているが、彼女は一切動じることもなく男を睨み返す。
「冗談!誰が教団の者を友人に差し向けるか。よくもまあその制服を着てこの町にノコノコと入れたものだ、こんな田舎でもなければ即座にとっ捕まり欲求不満な魔物の餌にされるだろうに」
「ご名答、教団について詳しく知られていないからこそ潜り込めた。・・・居場所を教える気がないのならば用は無い。狭い町だ、奴がいるのならばすぐに見つかるだろう」
これ以上聞いても答える様子はない、力ずくで吐かせるのも無理だと判断した男は踵を返しテントを出て行こうとする。しかし、レヴィはそれより早く次の手段に出ていた。
「そうはいかん、話に聞いただけではあるがその少年の特性にはワシも非常に興味がある。お主をこのまま帰らせる気にはなれんな・・・眠れッ!」
その瞬間、彼女の紫色の瞳が紅く光った。
それを確認した男はすぐにそこから眼を背ける。だが時既に遅し、その目を"見てしまった"男は強烈な眠気に襲われその場に崩れた。
「少々記憶を除くだけじゃ、痛みは感じさせぬ。まあ、それだけでお主を解放する気はないがな・・・♪」
勝利を確信したレヴィは笑みを浮かべながらうずくまる男にゆっくりと近づいていく。
だが崩れ落ちたのは半分男の芝居であった。男が眠ったものと油断したバフォメットの隙を突き、男は懐から短剣を取り出して自分の左腕に十字の傷を刻み意識を無理矢理闇から引き戻す。そして自由の利く右手で剣を抜き半身を起こしながらレヴィに振るった。レヴィは瞬時に空から大鎌を取り出し男の剣を受け止め、彼女に傷をつけるまでには至らない。
しかし男にとっては彼女の動きが止まるだけで十分だった。左手の傷から流れる血を指に受け、床に移動用の魔方陣を描く。行き先の指定もしておらず大した距離も動けない極々単純かつ簡易的なものだったが、その場の離脱には役に立つ物だった。男がその魔方陣を掌全体で触れると、ゴムが弾けるような音を立てて男の体は跡形もなく消え去った。
「しまった、逃がしたか!不味い、奴をクィルラの元に行かせてはならん。あいつが例の少年を見つければ・・・何が起こるかわからん!」
レヴィはテントを飛び出し町並みを駆け抜けクィルラと少年が住む家へ急いだ。あの男の移動先がそこではないと祈りながら。

「おのれ・・・!」
男は雨を体全体に受けながら、左手の傷を押さえて立ち尽くしていた。脱出には成功したものの、狭い町とはいえ元々この町の勝手など知る由もない。自分が町のどこにいるのか、男は全く分からなくなっていた。
「やはり・・・あの魔方陣は早計だったか」
よろよろと道を歩きながら今の状況を整理する。
自らつけた左手の傷の痛み、レヴィの術による睡魔、そしてこの土砂降り。男の体力と精神力は流れ出る血に伴いどんどんと失われていった。
一度国に戻って準備を整えなおすか?その考えも頭に浮かんだ。だがあのバフォメットはすぐにでも教団の者として自分の存在を町に知らしめることだろう。そうなれば途端にこの町のお尋ね者だ。一歩足を踏み入れた瞬間お縄を頂戴することになる、人捜しなど論外だ。
もはや、少年の発見は絶望的に思えた。だがその時、恨めしそうに空を仰ぐ男に一つの人影が近づいていた。
「おや?えーと・・・ああ、カルトスさんだったかな。こんな雨の中でなにしてなさる」
生真面目な信者である男に、神が救いの手を差し伸べたのかもしれない。男に声をかけたのは門で会った初老の男だった。
「人を捜している、ここ最近16、7ほどの少年がこの町に来たはずだ」
それを聞いて初老の男は驚いた顔をカルトスに向けた。
「ほぉー、おめえさんあいつと知り合いか!あれ?確かあいつもカルトスって言ってたような・・・」
「何・・・?」
「おめえさんが言うようにここ最近あらわれた奴でな。少し前にちょっと有名になったんだ。"荒野の魔物"つってな。こいつぁ金銀掘りにくる男を品定めしてたはいいものの、いざ心に決めた奴を攫い損なって、結果男共みんな恐れられて一人ぼっちっていうマヌケな奴なんだ。そいつがようやく見つけた夫がそのカルトスって訳だ。しかしまあ同じ名前ってなぁ本当にいるんだねえ」
「バカなッ!?奴が魔物の夫になど・・・!」
カルトスが最も有り得ないと思っていた、それこそ思いつきすらしなかったことが男の口から語られた。
信じがたい事実だった、あの少年は魔物だけを標的として動き続ける、今までも、そしてこれからもそうやって生きていくはずだ。少なくともカルトスはそうなるようにしたはずだ。それが魔物の夫となり、あまつさえ自分の名前を名乗っているとはどういうことなのだ。
「何が・・・一体何が起こったんだ!!」
もはやカルトスの理解できる事象の範囲を超えていた。何がなんだかわからない。想定していた事態がすべて覆され、思いもよらない出来事ばかりが男の口から語られる。
「どうしたんだってんだそんなに慌てて。まあ一度会ってみたらどうだ?案内するぜ、まぁ今会ってもあいつは分からねえかも知れんが」
その男の言葉をカルトスは思わず聞きとがめる。
「・・・どういうことだ?」
「記憶喪失だよ。聞いた話だと倒れてる所を嫁さんに助けて貰う前のことは、何にも覚えてないらしい」
その時カルトスは電流が流れるような感じがした。なぜ今まで、この結論に至らなかったのか。そんな衝撃が男の体を突き抜けていった。
記憶を失うほどのショックをどのようにして受けたのか。そういった疑問が残りはするが、突如として一箇所に定住した理由、カルトスと名乗る理由、そして魔物を狩るはずなのに魔物を妻とした理由、それら全ての謎が至極単純な記憶喪失という言葉によって火に炙られる氷の如く解けていった。
「恩に着る、ぜひ案内してほしい」
「おう、もしかしたら何か思い出すかもしれねえからな。・・・ひどい雨だが、どうせ門のところで突っ立ってるだろうよ。」

十数分後、カルトスは男と共に町の門へ到着した。
男の言うとおり、門の側には黒服の少年が剣を背負い、いつでもそれを抜けるように左手で傘を差しながらただじっと立ち続けていた。元々兵などほとんど要らぬこの町に交代役がいるはずもなく、日の出から日の入りまでを彼一人が担当している。というのも、そもそもこの町に門に近づく者など殆どおらず、妻クィルラが彼のもとへいつでも赴きあわよくばややイチャつくのも可能ということも考えてのことだった。だが少年は「平和とはいえ兵が居るような所にクィルラを近づけたくない」と言い張り、日中彼女と会うことは今のところ全く無いのだという。
「・・・ったくどこまで馬鹿なんだか。まあそれがあいつのいい所なんだけどな」
男が呆れ顔でそう呟いた。
少年が何か行動したり、発言するときは必ず周囲で誰かが呆れている。だがそれでも嫌われないのは、その性格ゆえだろう。と男は付け加えた。
ふと、カルトスは疑問に思ったことを男に尋ねる。
「一人の夫婦に町全体が随分入れ込んでいるんだな」
「つったってそんなのは一部の連中に過ぎんさ。クィルラがずーっと一人でいるのを哀れんでいたとかそう奴らだな。尤もここがド田舎ってもあるだろうけどな」
ハッハッハ、と雨だというのに元気に笑いながら男は答えた。
「貴方に、妻は居ないのか」
カルトスがそう問うと、男は途端に顔を曇らせた。カルトスは聞いてはいけないことを聞いてしまったと悟り謝ろうとするが、その前に男が口を開いた。
「・・・殺されちまってな、最期は看取ってやれんかった。犯人のことも光る剣を振り回す奴だってくらいしか分かってねえ」
「光る剣を・・・」
カルトスがそう呟きかけたその時だった。
「お、お主!なぜそいつをここへ連れてきた!?」
カルトスと男が歩く道から分かれる路地から、少女の声が響いてきた。
「なんだレヴィ、お前さんが出歩くなんて珍しいな。まあこの雨じゃさすがに商売も出来まい」
初老の男は声に反応しレヴィの方を向き、しかし彼女の緊迫感を感じ取れないのか気楽に世間話を始めようとする。
「馬鹿者!そいつは教団の者じゃぞ!恐らくは上層部の―」
レヴィが言い終わる前にカルトスは男を突き飛ばし一直線に黒服の少年へと道を走りぬけ門に迫る。
「えっ」
少年は突然現れたカルトスに背中の剣を抜くことも出来ず呆然と立ち尽くしていた。しかし、行動を起こせなかったのはそれだけではない。カルトスの姿を少年の目が捉えた瞬間、彼の脳裏に恐ろしい記憶が浮かび上がりかけていた。
ひたすら、理由も意味も教えられず、強制的に戦わされる日々。ボロボロになりその場に倒れこんでも執拗に蹴られ続け、立ち上がればまた剣を交え戦い続ける、常に殺されかけている毎日。
「う・・・うわあッ・・・!」
少年が頭を抱えその場に崩れ落ち、カルトスの伸ばした右手が彼の首を捉えようとする刹那、疾風の如く雨を切り裂き現れ出でたクィルラが少年の肩を両足でしっかりと掴み、そのまま上空へと持ち上げカルトスから引き離した。
「クィルラ、そいつを家から一歩も出すな!」
レヴィの指示にクィルラは羽で合図すると、そのまま旋回し二人の家に少年を運んでいった。男はその位置を確認するや否やそこに向けて再び走り出す。だがその進路をレヴィが遮った。
「おのれバフォメット・・・!もはや貴様に用など無いッ!」
剣を抜き、今度は本気で斬り捨てんとレヴィに振りかざす。レヴィは同じように大鎌を取り出しそれを受け止め、両者はそこで拮抗した。
「随分とご執心ではないか、やはりあの少年はただの教団兵ではないな!?」
「無論、ただの兵を千人集めたところで奴の足元にも及ばぬ!」
レヴィはこのままカルトスの目を見つめ眠らせようとするが、それより先にカルトスが剣を手前に引き拮抗を解いた。レヴィは自身にかかっていた力が抜けバランスを崩す。当然男はそれを見逃がさずに剣を真横に払う。鎌の刃でなんとか受けるも、白兵戦の経験など微塵もないレヴィが人に教えるほどの腕前を持つカルトスの攻撃を防ぐなど流石に二発が限界であり、三度目でとうとう大鎌を取り落としてしまった。
「しまっ―」
「勝負ありッ!バフォメット!!」
カルトスがとどめを刺すべく大きく剣を振り上げた、その時
「ッ!?」
「噂通りだな、教団ってのは。魔物ってだけで殺す理由にしやがる・・・!」
初老の男が渾身の力を込めてカルトスの腕を掴み、その場に押さえ込んだ。
「は、離せ!愚か者めッ!」
「どっちが愚か者だか、誰が離すかってんだ!その剣振りたきゃ俺の腕を引き千切りな!!」
レヴィがガクリと膝を折り座り込んだ。そして一息ついた後に立ち上がり、血走った眼で彼女を睨むカルトスを見つめながらテントで使った術と同じものを彼にかける。
「あ・・・ガッ・・・」
今度ばかりはカルトスも避けようがない。ただでさえ先ほどのかけられたものが残留している中で再びそれを食らったのだ。カルトスはレヴィの目が紅く光るのを確認する間もなく深い眠りに落ちた。

「一件落着・・・か」
初老の男は立ち上がりピクリとも動かないカルトスを見下ろす。
「貸しができたな。お主がこいつを抑えてくれねば今頃ワシは真っ二つじゃ」
「お前さんに貸しか、こりゃあしばらく自慢できるな」
ひとしきりの騒動が終わり、二人は静かに笑い合った。だがレヴィは休む間もなく次の行動を起こす。
「さて、もう一つ頼まれてくれんか。そこにある物置にコイツを運び込んで、クィルラを呼んできてくれ。あと言いにくいのじゃが、お主はしばらくここに近づかんでくれんか?」
「ん?ああ、分かった」
男は不思議がりながらも、レヴィの言う通りに眠ったカルトスを物置に運び込んだ後、クィルラを呼びに二人の家に向かって行った。男が居なくなると、レヴィはカルトスを中心に大きな魔方陣を書きながら男がクィルラを連れてくるのを待つ。
暫くして、レヴィが魔方陣を書き終わるのとほぼ同時にクィルラが扉を開け物置に入ってきた。
「来たか・・・これからこの男の記憶に入り込む、そして恐らくこれでお主の夫の全てがわかる。もちろん無理にとは言わんが一応聞いておこう・・・お主も来るか?」
クィルラは俯き数秒悩んだものの、すぐに顔を上げてはっきりとした声で答えた。
「ああ、行く・・・。今更見て見ぬふりなんかしねえ」
13/08/25 14:44更新 / fvo
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■作者メッセージ
あるぇ〜?
サンダーバードのSSなのにクィルラさんが最後の方にしか出てこないぞ
おっかし〜な〜( ・3・)

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