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第七話『人形』
 そっと閉じていた瞼の裏に、自分と似通ったパーツで構成されていた男の顔を思い出していたキサラギ。
 不意に、後頭部に何やら冷たいのだが、妙に柔らかい感触を覚えた彼はおもむろに目を開けた。
 そうして、一人の少女が何の感情も浮かべていない、無機質な表情で自分の瞳とエメラレルを思わせる目を合わせてきたものだから、さすがのキサラギも驚いて、息を飲み込んでしまった。
 「・・・・・・ようやく、お目覚めですか、マイマスター」
 慌てて、上半身を起こそうとしたキサラギであったが、酷い眩暈に襲われ、腕で体を支えるのも間に合わず、再び、横になってしまう。ここで、ようやく、キサラギは自分が頭を少女の太腿に乗せている、と言うより、少女が自分に膝枕をしているのに気付いた。
 (まず、抱く疑問は三つ。
 まず、ここは何処なのか?)
 起き上がれないまま、視線を左右に動かしたキサラギは一つ目の疑問の答えをすぐに得た。
 彼の右手側には、つい先程まで、命がけの探索と戦闘を行っていた遺跡があった。
 つまり、今現在、キサラギは遺跡の『外』にいる、と言う事になる。
 (三途の川まで見えてしまうくれぇの大怪我を負っちまったこの身体で、あそこから自力で脱出が出来る訳ぁねぇ。
 つまり、この娘が俺を助けてくれた、と考えるのが妥当だわな。
 そうなっと、この少女は何者だぁ?
 『ただの少女』が、俺を抱えて、遺跡の外まで出て来られる訳ねぇだろうしよぉ)
 ふぅ、と未だに血生臭い息を漏らした彼は依然、自分の顔に穴を開けそうな力強さが満ちた翠色の瞳で見つめている、朱色の髪を一つに束ねた可愛らしい少女の顔を見つめ返した。
 一般人なら、自分の心の奥底、隠している陰の部分を覗き込まれているような、気味の悪い感覚に襲われて、自然と目を逸らしてしまうか、言いようのない怒りに駆られてしまうところなのだが、少女は眉一つ動かさない。まるで、自分には見られて困る『陰』も、見られたって構わない『陽』の部分も無いのだから、と言わんばかりの無表情っぷりだ。
 (感情の制御術を仕込まれているわけじゃありゃしねぇな、これは。
 最初から、持ち合わせてないのか? 心を)
 まだまだ若造のキサラギだったが、魔王軍に籍を置いていた事で、人間にも魔物にも多く関わる機会があった。色々な出会いの分だけ、彼の『観察眼』は磨かれてきた。
 (見えない、とは違う・・・・・・透明すぎる)
 まるで、水も何も入れられていない、精巧な造りの硝子細工を見ているような気分だった。
 ここで、キサラギは確信した。
 (・・・・・・人造人形、ゴーレムか?)
 道理で、柔らかさの割りに少女の太腿からは、人間らしい温かみを感じないはずである。
 目を見ても何一つ読み取れないはずだ、と彼は納得した。
 恐らく、少女は起動したばかりなのだろう。基本、ゴーレムは作成時にルーン文字が彫り込まれる事で気性が決定される。また、特定の人間の男と交わり続ける事で独自の感情を得て、その男だけを愛する為にプログラムを自力で組み替える、とも聞く。
 この少女、いや、ゴーレムは偶発的なのか、意図してなのかは定かじゃないが、気性に関するルーン文字が彫り込まれてはいないようだ。最低限の動きが、少なくとも、キサラギを持ち上げて運べる程度の力を生み出すルーン文字が、腕の部分には刻み込まれていた。
 魔王軍に籍を置いていたとは言え、キサラギはこの手の魔力造形物に関しては明るくはなかったが、この少女型のゴーレムは自分がコレまで見てきて、触れてきて、時には戦ってきた他のゴーレムとは一線を画す存在である事は理解できた。彼女を作った誰か、もしくは、何かは相当な天才だろう。
 「・・・・・・俺の手当てはアンタが?」
 自分の額や胸の傷に磨り潰した薬草を塗りこんだガーゼや、自己治癒能力を高める効果を持つ文字が刷られている包帯が巻かれているのに気がついたキサラギは彼女に尋ねた。
 「はい、そうです、マイマスター。
 応急処置しか出来ませんでしたが、そこのテントにあった物を使わせてもらいました」
 少女が指した方向を見れば、遺跡の外で待機していたチームが使っていると思われるテントがあった。
 「・・・あそこに人は? 息のある」と、わずかに開いたテントの入り口から、半ば投げ出しているような格好で土気色を染まり出している腕が見えてしまったキサラギ。
 「生命活動が停止していない人間は半径10m内ではマスターだけでした」
 「――――――・・・・・・そうか」
 恐らく、この密林に棲息している蚊やダニなどが持つ凶悪なウィルスにやられたのだろう、とキサラギは推測した。
 物心付いたときから魔物娘の中で暮らしてきた彼の頭には、自分を介抱しているこのゴーレムが他の人間を殺害した、などと言う魔物娘殲滅派のような考えは微塵も浮かんではいなかった。
 「ありがとう」
 「礼には及びません、マイマスター」
 (さて、最後の問題はここだな)
 キサラギには、この少女型のゴーレムに『マイマスター』と恭しく呼ばれる理由が全く思いつかなかった。
 魔王軍の同僚は何体ものゴーレムを指揮して戦っていたし、少し前に立ち寄った街では遺跡から発掘したゴーレムの修復と改造に勤しんでいる女性科学者の研究所を手伝い、旅費を稼がせてもらった。
 だが、自分はゴーレムと契約した覚えは微塵もない。
悩んでいても答えは出そうにない、と持ち前の柔軟さで頭を切り替えるキサラギ。
 「どうして、アンタは俺をマスターと呼んでいるんだ?
 申し訳ねぇが、俺はアンタと顔を合わせるのは初めてだろうし、アンタの腕に自分の名前も彫り込んじゃいねぇぞ」
 すると、彼女はキサラギに腕を近づけた。キサラギはそこに自分の名が彫られているのを見て、唖然としてしまう。
 「あぁん? どうして、俺の名が刻まれてんだ?・・・・・・」
 「私が貴方をマスターと認識しているのは、前のマスターの最初にして最後の命令によるものです」
 「俺の前のマスター?」と首を捻ったキサラギはその人物にすぐに思い当たった。
 「棺の中で復活の時を待っていた王女だな」
 「はい、そうです。
 元々、私は復活を遂げたマスターの護衛と補助の為に作成されました。
 予想していたよりも、大勢の冒険者や調査団があの遺跡に足を踏み入れた事で、良質の魔力が集まり、王女の復活の時は早まったのです」
 「王女が復活したのはどれくらい前か、判るかい?」
 「私の体内時計が以上を来たしていないのなら、25年前だと思われます。
 同時に、予定通り、私も起動したのですが、王女は一人で世界を回りたいと仰いました。
 私は作成時に王女の命令は絶対とインプットされておりましたので、任務に反してしまう事になってしまいましたが、それを拒まずに受け入れました・・・ですが」
 「主の為に働く事がゴーレムの存在意義。
 だから、アンタ王女に自分はこれからどうするべきか、命令を求めたんだな?」
 「マスターの仰るとおりです。
 私が問うと、王女は大臣が用意した番犬を打ち倒し、この棺を開けられる実力者が現れるまで、再び眠りなさい、と命令されました、私に。
 王女は私に施されていたプログラムの大半を白紙に戻し、棺を開けた上で私に血を垂らした者を新たなマスターとして認識するように書き換えたのです」
 「―――・・・俺、棺の蓋を開けはしたが、空っぽだった気がすんぞ?」
 「あの棺の下は空洞になっていて、私はその中にいたのです」
 そこで、キサラギは意識を失う寸前、開いた胸の傷から棺の中に血が落ちた事を思い出した。恐らく、いや、間違いなく、その血が隙間から染み込んで、この少女に落ちたのだろう。
 「こうして、私は新しいマスターが現れるまでの間、眠り続けたのです。
 そして、今日、マスターは私に血を垂らし、目覚めさせてくれました」
 ゴーレムがいると知っていた訳ではないキサラギは、わずかに嬉しそうな表情をまるで動かない頬へと微かに滲ませた彼女に申し訳ない気持ちを覚えた。
彫った覚えがない名前が腕にあるのは、その血の所為だろう。血にはありとあらゆる情報が刻み込まれているのだから、自動的に名前が彫られても何ら不思議じゃない。
 (ふむぅ、これも『怪我の功名』と言っていいもんかねぇ)
 キサラギは困ったように顎の先を指先で掻いた。
 彼は魔王軍騎士団を後にして以来、気ままな一人での武者修行を続けてきたし、これからも一人で研鑽を積んでいこうと決めていた。なので、今回のように旅費を稼ぐ為に調査団のアルバイトはやっても、他の冒険者や勇者志望者とチームを組む気は全く持ち合わせていなかったから、ゴーレムにマスターとして認識され、後を着いて来られるのは、正直に言っていいなら迷惑だった。
 しかし、自分を助けてくれた相手を邪険に扱ったりするのも、キサラギには気が咎めた。
 さて、どうしたものか、と考え出そうとした時だった、不意にゴーレムの目の光が点滅し出した。
 「マイマスター、エネルギー切れのようです・・・」
 「え?」
 「至急、精液の補給、もしくは、充電をして貰えると助かります」
 そう言った瞬間、ゴーレムの目からは光が消え失せ、空を仰いだまま動かなくなってしまった。
 「・・・・・・困っちまったな、おい」
 傷が痛まないようにゆっくりと体を起こしたキサラギは彼女を横たわらせると、開いたままの瞼をそっと下ろしてやる。
 恐らくは、自分を担いで遺跡を脱出した事で相当の消耗を強いられたのだろう。
 (ともかく、こんな所に置いて行く訳にも行かねぇしな・・・しゃあねぇわ)
 彼は小さく肩を竦めると、九割近い機能が停止している事で重さを増してしまった彼女に肩を貸しながら、半ば引き摺るようにして街の方へと歩き出した。途中、何度か傷口が開きかけて貧血に襲われたが、キサラギはその度に自分を襲ってきた獣を返り討ちにして、その肉を口にして自分の体力を少しずつ回復していった。

 『マスター×××、貴女以上に相応しい主が本当に現れるのでしょうか?』
 『あら、私の言葉が信じられない?』
 『め、滅相もありません!! ですが、不安ではあります。
 ・・・・・・初期化が終わり、目を閉じたら、二度と起動できないのでは、と』
 『大丈夫よ、○○○・・・・・・私より相応しいかどうかは解らないけれど、きっと、貴女を起こしてくれる人間は誰よりも強く、優しいわよ』
 『そうだといいのですが』
 『終わったわ・・・・・・じゃあ、おやすみなさい、○○○』
 『おやすみなさいませ、×××様。
 そして、お体にお気をつけて。いってらっしゃいませ』
 『行ってくるわね、世界を見に。
 まずは新しい魔王様のお顔でも拝見しようかしらね』

 エネルギーが戦闘行為が可能となる50%まで満ちたゴーレムは瞼を上げ、システムをチェックする。
 「・・・駆動系、異常なし・・・・・・思考系、異常なし・・・全機能、オールグリーン」
 メディカルチェックを手短に終わらせた彼女は体を起こそうとし、自らの胸と胸の間に雷属性の霊符が貼り付けられているのに気付いた。その霊符がかなり値の張る物だったので、彼女は驚かされた。その一方で、この反応が人間の『驚愕』と言う感情に当たるのだな、とインプットするゴーレム。
 「この霊符なら、あと十五分で100%まで達しますね」
 どうやら、あのマスターは自分を再起動させる為に充電を選んだらしい。
 そこで、室内にキサラギの姿が見えない事に気がついた彼女は慌てて、ベッドから飛び降りて彼を探し始めた。基本、ゴーレムは命令がない限り、傍を一時も離れず、主の身を外敵から守る。
 いくら、避けようのなかったエネルギー切れで動けなくなっていたとは言え、主を視界に入れられない状況にしてしまうとはゴーレム失格だと自身を責める少女。
 だが、扉を開けた途端、彼女は再び、驚く。
 キサラギが隣室の壁際に置かれているソファの上に、換気の為に全開にしている窓から差し込んで来る光から目を守るように腕で覆って、包帯を至る所に巻きつけた上半身を露わにしたままで横たわっていたからだ。
 肩が規則的に上下しているからただ眠っているだけのようだ、と安心しつつ、視線を向けた傍らのテーブルの上には血塗れのガーゼや包帯、消毒液、それに医療用の針と糸が乱雑に置かれていた。
 起こさないように足音を殺して、彼女がキサラギを覗き込めば、その端正な顔には大粒の汗がびっしりと浮かんでいた。
 (真っ赤に染まっている糸と針・・・・・・)
 それから察するに、キサラギは自分の胸に霊符を貼り付けて充電を始めた後、開いてしまった胸の傷を自分自身で縫い合わせたらしい。
 「無理をします・・・・・・一言、私に命令してくれれば良いものを」
 不機嫌そうに言いつつも、ゴーレムはキサラギの傍らにしゃがみこんで、机の上に放り投げられていた真っ赤なタオルの汚れていない箇所で、彼の体に浮かび上がってしまっている汗をそっと拭ってやる。
11/10/19 15:29更新 / 『黒狗』ノ優樹
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