連載小説
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竜の舞う山、百火の竜王・後編
気付くとマールは暖かい日の当たる花畑の中に転がっていた。
(あったかくていい匂い)
花畑の中をごろんと転がると花びらが舞う。そして暖かい何かがマールの頭を撫でる。
(あぁ…気持ちいい…あれ?ぼくは誰に撫でられてるの?ぼくは何をしての?)
マールの頭の中の疑問が弾ける度に花畑の風景は黒く染まっていく。
(ぼくは…ぼくは…ぼくはぼくはぼくは…)
完全な闇に溶けた世界の中で思考を繰り返す少年、目を開くとまだ自分が目を閉じている感覚がある。
幾十にも繰り返される思考の中、マールの目にようやく光が飛び込んできた。


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「起きたんですね〜よかった〜」
マールが目を覚ますと至近距離に女性の顔があった。燃える炎のような煌々とした髪の毛と女神のような慈愛に満ちた表情は見た者に安心感と好意を持たせ、女性にしては相当大きな体と大きな翼は彼女の包容力を表しているようだ。
「あなたは誰?ぼくはなんでここにいるの?」
マールの声を聞いた女性は顔を緩めて自分の体の上に乗せている少年を抱きしめる。
「あーんっもうかわいすぎですぅ〜」
「ちょっやめっあぐぅ…」
豊満な胸の中にマールが埋まる。呼吸ができずに暴れる少年が大人しくなってきたところで彼女は抱きしめる力を抜いた。
「ボクの名前はアルシェーラ・ヴァルキリアス、シェーラって呼んでください。」
「はぁ…ぼくの名前はマール・アジャンファルです。」
にこにこ笑うアルシェーラは息を整えているマールを見ながら続ける。
「ボクはですねぇ〜キミをさらってきたんですよ〜可愛いから〜えへへ〜ボクのお婿さんになってくれませんか〜ずっと一緒にいてくれませんか〜」
のんびりと話すアルシェーラの頬はうっすら紅く染まっている。マールの前ではにかむ彼女の姿は大陸を統べる覇者としてのイメージとはかけ離れたものである。
「そんな…ぼくは芸術の町に行かなくちゃいけないのに…」
困った顔の少年の頭を撫で続けるアルシェーラは少し考え込むと、再び少年を抱きしめる。
「そうですね〜火の民たちにはわるいですけどボクもキミと一緒に旅にでもいきますかね〜」
「そういえばレナさんがどこにいるか知りませんか?ぼくの旅の手助けをしてくれていむぐ、むぐぐ…」
マールが言い終わる前に再び彼の頭は胸の中に埋まる。もがいている少年を見てアルシェーラは少しだけむっとして更に少年を胸に押し付けると静かにゆっくりと魔術を唱え始めた。

『揺らめく炎よ、陽炎を用いかのものを安らかな眠りの中へ誘え【紅の子守唄(レストクリムゾン)】』

アルシェーナが魔術を使い口付けを交わした瞬間、部屋の空気が少しだけ暖かくなり、少年の動きが止まった。
「ボクは…キミをそばにおくためならキミがお人形さんでもいいんですよ…」
一人心地に喋る彼女の瞳には寂しさが映っていた。


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 山の山頂近く、聖なる場所として火の民の立ち入りが禁止されている祭壇がある。里で最も強く最も偉大な男長老ですら例外はなく、祭りの後に竜王から炎を授かる時のみこの祭壇に入ることを許される程度である。
「ついにここまで来たな。」
サイードはいつもとあまり変わらない様子で祭壇の前の地下へ続く階段を見つめる。
「この先に竜王様が…」
「本当に大丈夫なのかしら…」
エリスとセレスは下から漂うただならぬ気配を感じ取り少し後ずさる。
「こんな用でここに来ることになるとは思わなかったな。」
炎は煌々と燃え盛り三人を照らす。そこには竜王はいないのにその炎だけでそこに竜王がいることを錯覚する。いや、錯覚させられる。
「早くいくぞ、客人が待っている。」
サイードが足を進めようとすると、外に新しい気配が動く。三人の間に緊張が走る。
「時間が無い、一気に決めるぞセレスは人影が見えたら炎を放て。炎を浴びせたら俺が行く、何かあったら頼んだぞエリス。」

その言葉を最期に三人の間に言葉が消える。緊張の糸が張り詰め足音が聞こえてくる。入り口に人影が現れた。

【業火の息(フレイムブレス)】
 
セレスの口から灼熱の炎が吹き出る。祭壇の入り口が炎に包まれると同時にサイードは炎に向かい切り込み、エリスは中空へと舞い上がる。その刹那、炎が切り裂かれた。二つに分かれた炎の間から見えた人物を確認したエリスは空からサイードと炎の中から現れた者の間に入った。

エリスはサイードの曲刀とレナの長剣を腕で防いだ。エリスとサイードは予期せぬ人物の登場に驚いている。
「何故あなたがここに…?レナ…」
「客人殿…?」
火の民の聖地である隠された祭壇に来た者それは竜の里の客人リザードマンのレナだった。戦っていた相手が知り合いであると分かったときレナは剣を収め、サイードたちは警戒を続けていた。
「質問に答えてもらう。何故あなたがここにいるのだ客人殿。」
曲刀をレナに向けながら問い掛けるサイードだが、彼女は怯みもせず平然と答える。
「マールを助けに来ました。」
レナの瞳には決意の色のみが映っていた。その表情は一流の戦士のものである。レナの様子を見たサイードは曲刀を下ろし階段へと足を進めた。
「ちょっとサイードこの人どうするのよ!」
驚いたように声を上げたのはセレスだった。エリスは突然聞こえてきた大声に驚き、当のサイードは疲れた顔でセレスの方に向き直った。
「命の保障はできないと言ってもどうせ無駄だろう。好きにしてもらえばいい、客人殿ももう無関係ではない。」
「サイードがいいって言うなら私はそれに従うけど…」
無愛想に答えるサイードと従順なエリスの様子に何も言えなくなったセレスだったが。少ししてから若干やけになった様子でサイードに従う。
「分かったわよ!私達でレナさんを守ればいいんでしょ!大体信じられない!聖地によそものを入れるなんて!いつだってそうだわ。サイードは無茶ばかりで姉さんはそれを止めないし…」

長々と続く口上だったが気付くと周りに人の姿は無かった。
「いつだって人の話をきかない!!」
セレスは一人で階段を駆け下りて行った。

 
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祭壇地下、延々と続く階段を下った先に見えたのは一つの扉だった。
「この先に竜王様が…」
「怖いのならば帰ればいい。」
「ごめんねセレス…無茶ばかりさせて…」
「べっ別に帰りたくなんて無いわよ!馬鹿サイード!馬鹿姉さん!」
何度目になるかセレスの声が響く。ほんの僅かな時間を共にしただけだが、レナには彼女の苦労が痛い程分かる気がした。
「この先に竜王様がいる。客人殿、帰るなら今のうちだが…」
「私はマールを連れ戻す為にここに来たわ。」
レナの顔をもう一度だけ見たサイードは黙って扉を開ける、そこには…


「おやぁ〜あなたたちはどうしてここにいるんですかぁ〜?」
アルシェーラが金髪の少年を大切そうに抱えている。少年は微動だにしない。
「マールに何をした!!」
動かないマールを見たレナは怒りの声を上げる。それを見たアルシェーラは悲しそうに笑う。
「うふふ…分かっています…分かっていますけど…」
アルシェーラは抱えていた少年を座っていたベッドに大事そうに横たえると向き直る。
「この子を返して欲しいなら力をボクに示しなさい。」
アルシェーラが呟いた瞬間に部屋の中の空気が重くなる。それと同時にレナの剣がアルシェーラに迫る。

しかしアルシェーラの手が空を切るとレナは吹き飛ばされ壁に叩きつけられた。
アルシェーラの口から光が漏れ出す。
「まずいな…」


【竜王の殲光(ファイナルブレス)】


 アルシェーラの口から溢れる閃光の奔流がレナを包み込む。音すらも追いつかない世界から出てきたのは跡形も無く焼き尽くされたレナではなく、焼け焦げたエリスの姿だった。黒く焦げ付いたエリスはレナに傷が無いことを確認し微笑んだ。

「良かった…間に合った…」
「なんで…なんでこんなことを…」
レナをかばっていたエリスはついに力尽きて倒れてしまった。アルシェーラは更に悲しげな表情で呟く。
「火の民がボクに逆らうからこうなるのですよ。もうお帰りなさい…命は惜しいでしょう。」
「ふざけるなぁ!」
アルシェーラが話す途中に悲痛な叫び声が聞こえた。今まで沈黙を通していたセレスが涙を浮かべ、怒りと悲しみに体を震えさせている。
「竜王様…たとえあなたと言えどただではすまさん。」
サイードが静かに呟いている。しかしその瞳には怒りのみが映っている。

【装魔・煉獄火炎(イグニッション・ヘルフレア)】

 セレスの口から出た炎がサイードの曲刀に宿る。曲刀の刀身は溶けて、宿った炎を翼にしたサイードがアルシェーラへ向けて高速で突進する。
「喰らえぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」


【竜炎殺(デスドラグーン)】


 アルシェーラとサイードが炎に包まれる。だがその炎は一瞬でかき消され、中からは僅かに血を流したアルシェーラと傷だらけで倒れ伏すサイードが現れただけだった。
「そんな…」
呆然とするセレスの前にアルシェーラが歩みを進める。アルシェーラがセレスの目の前に立ったとき、セレスの心の中を恐怖が支配した。
「あなたはもう面白くないですねぇ〜。」

 その声が聞こえたときにはセレスの体は既に壁に叩きつけられていたのだった。


「逃げてもかまいませんよ〜」
アルシェーラの声が聞こえるがレナは無言で武器を構える。その体からは憎しみも怒りもなく闘気だけが感じられた。
「本気…なんですね…」
アルシェーラの言葉に返事もせずに切りかかったレナの剣はアルシェーラの尻尾で受け止められた。
 しばらく剣と尻尾がぶつかり合うと突然アルシェーラが空を飛んだ。
「受けてみなさい。」


『竜王の殲光よ、我が意思よ、形を持ちて我が仇名す敵を討て【太陽光の時雨(ソルレインアロー)】』


 アルシェーラの手の上に現れた光球が弾けるとレナの方に無数の光の針が飛んで行った。
光の針はレナに刺さると熱をレナに伝え消えていく。レナが倒れたのは刺さった針が丁度一万本になったところだった。

「恋敵とはいえ少しやりすぎたんでしょうか…一応死なない程度に手加減はしたんですが…」
アルシェーラが背を向けるとまだ物音が聞こえる。レナが立ち上がっていた。剣を支えにようやく
立っている様子のレナだがその目から闘志は全く消えていない。
「そんなにこの子が大事なんですね〜」
肩で息をするレナを見つめるアルシェーラは困った顔で思考を始めた。そしてレナの前に来たアルシェーラは、
「ん…ちゅ…」


自分の唇でレナの唇をふさいだ。深い口付けの最中突然レナが後方へ飛ぶ。
「なんのつもり…」
「キミのことも好きになったんですよ〜とても可愛いですから。」
警戒を続けるレナは再びアルシェーラに武器を構えるがアルシェーラの体からは闘気はすっかり抜けていた。
「なんで武器を構えるんですか〜」
「マールを返してもらうためにあなたに力を示す。そう言われたけど私の実力は足りなかった。こんなことじゃマールを返してもらえない。」
未だに真剣な表情で剣を構えるレナの近くまで寄って剣に手のひらを当てるアルシェーラ。切っ先は手のひらに吸い込まれ、剣からは竜王の血が滴り落ちる。
「ボクにこんなに大きな傷を負わせたんですよ〜キミは十分強いですよ〜」
「それは…私がやったんじゃない…」
「キミの心がボクにそうさせたんですよ。ボクの心はキミの心とキミたちの絆に負けたんですよ。」
アルシェーラが傷の無い方の手でレナの頭を撫でる。
「だから…そんな悲しそうな顔しないでください。ボクはキミのことも好きです、そんな顔は見たくないんです。」
「マールのことを返してくれるんですか?」
「いいえ〜さっきいいことを思いつきまして〜うふふ…」
アルシェーラは不気味に笑っている。レナの背中に何か冷たいものが走った。少し後ずさるレナ、しかし目の前の絶対者はそれを許すことなく彼女の肩をつかむ。
「あなたもボクのものになればいいんですよ〜」
「あなたは何を言ってるの?」
「キミがボクのハーレムに入ればみんな一緒でめでたしめでたしです〜」
状況を把握できていないレナを尻目にアルシェーラは目を輝かせてレナににじり寄る。
「マール君と一緒にボクのハーレムに入りますか?悪いようにはしませんよ〜」
アルシェーラの輝く瞳はレナから思考力を奪っていく。そしてついに

「はい…あなたの言うとおりにします…」


操られたレナが恭順の言葉を放った瞬間だった。突然レナとマールの左手を炎が包み込んだ。
「なによこれ!」
催眠が解けたレナの手で燃える炎からは熱が感じられず、錯乱状態のレナを無視して指先から消えていく。
そして炎が消えた跡には不思議な形の痣が残っている。
「それは〜竜王の紋章ですよ〜ボクの所有物である証です〜あなたたちの用事が終わったら…」

『天の楼閣よ、星天の王城よ、彼の者どもを導け【空間転移(テレポーテーション)】』

「必ず帰ってきてくださいね〜」
アルシェーラの声が聞こえた後、彼女以外の者が光に包まれて部屋から消えた。


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「あいつらは大丈夫だろうか…」
一夜にして不落の要塞都市となった竜の里の奥、神殿の中で竜の里の長は一人呟いた。里に訪れた客人と自分の息子サイードと彼に良くしてくれている二人の竜の無事を祈っていた彼の目には昨夜の厳しさはなく、
ただ心配のみが映っていた。そのときだった。 
「これは一体…」

 一瞬のうちに神殿の床に魔方陣が描かれ閃光が走るとそこには竜王の元に向かった者達と金髪の少年が姿を現した。
「大事ないか。」
顔を厳しく直した里長がサイードに尋ねるとサイードは堂々と立ち上がり答える。
「ああ。」


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「でもどうしてみんなに怪我が無かったのかしら?」
「なんの話をしてるんですかレナさん。」
「さらわれたあなたを私達が助けに行ったのだけど竜王様の攻撃でレナさん
以外は凄い重症だったのよ。」
状況を呑み込めないマールは首を傾げるばかりだった。
「私も最後まで戦ったけどかなり厳しいところまで追い込まれた筈よ。」
「サイードは気にならないの?」
「皆が無事ならそれでいい。」
「不思議なこともあるんですね。」
マールが綺麗に話をまとめようとしたところに空から声が降ってきた。

「ボクが治してあげたんですよ〜」
「竜王様!なんで!」
突然の出来事に驚き声をあげたセレスだったがその言葉を聞いたアルシェーラは機嫌を悪くしてしまった。
「失礼な子ですね〜ボクがキミたち火の民に酷いことをしてそのままにするような竜に見えたんですか〜?お仕置き、必要ですか〜?」
「いえいえっそんな滅相もない!」
頭を地面に擦り付けて謝るセレスだったが竜王の声音は穏やかに戻る。
「うふふ〜冗談ですよ〜かわいいですね〜」
(遊ばれてるね。)
(遊ばれてるわね。)
(遊ばれてるな。)
(セレス…)
「もうみんな知らない!!」
四人分の哀れみの視線を受けたセレスは怒りと羞恥で顔を赤らめてどこかへ飛んで行ってしまった。
「もう、お別れみたいね。」
「俺達はあいつの機嫌を直さなくちゃいけないみたいだしな。」
「ふふふ…頑張ってね。」
「いくぞ、エリス。」
「ええ。」


セレスが飛んで行った方へ歩いていく二人を見送ったマールとレナだったが、
二人が見えなくなるとどちらからでもなく自然に目を合わせ、
「それじゃぼくらも行きましょうか、レナさん。」
「そうね。」
彼らとはまた別の方向へ歩いていくのであった。



「必ず帰ってきてくださいね〜マールくん、レナちゃん。」
空から降る声が二人に届いたのか、それは二人のみが知るところだった。

11/03/10 11:28更新 / クンシュウ
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■作者メッセージ
「どうしてこんなことに…」
どっどうしたんですか。
「…なのに…がない…」
…え…
「ヒロインの筈なのに最近メインの話がないのよー!」
ざくっ
それから作者のことを見たものはいなかった。


そんなわけで竜の舞う山、百火の竜王は完結です。
遅くなって大変申し訳ない。最近ゲームばかりで暇はあったんですが書いてはいませんでした。
次回は当初はレナメインで話を作るつもりだったんですが、もう一個お話を入れてからにしようかなと思っております。
「これだわ…こうしてメインヒロインは忘れられていくんだわ…」
ソッソンナコトハナイヨ…

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