連載小説
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『妹のテントでポトフを食す』
料理人たるもの、食材には拘るべし。それは口にするのが馬鹿らしいと思われる程基本的なことだけど、意外と実行するのは難しい。
アントアラクネ御用達のうまみ調味料なる万能の繋ぎがあるのは確かだけれども、その旨みが材料の旨みか、と問われて果たして何と答えるかしらね。まぁ辛み付加のためにデスソースぶっ込んだ私が言えた義理じゃないけどね。
「ん〜……」
で、どうしてそんな始まりかっていうと、今まさにそんな材料集めをしている最中なのだ。目的はアウリアークの数年後の新メニューに、アルスと互いに提案した、"お土産料理"の為の食材。
『たまには、こういう事をしてみませんか?』
そんな彼の一言と共に始まった、料理対決。旅先で見つけたものを、工夫して料理し、それを互いに採点するというなんとも仲が悪くなりそうな対決だけど、料理好きな二人で、彼自身もっと料理がうまくなりたい人だから、私はそれに全力を以て協力する。中辛くらいの舌鋒で改善点があれば指摘するのよ……ふふ。
……で、魔界の近くで、魔力の少ない、比較的魔力抜きがしやすい食材を探してはいるんだけど……中々無いわね。と言いますか、虜の果実がどっさり積まれていたり、ハートの実が穫られた陶酔の果実が格安で売られていたり、割と市場の一部が魔界侵食受けまくっているじゃない。
野菜は……この辺りは何が特産かしら……あ、まかいもゲット。魔力がないから一般人にも食べさせられる優れ物よね。これは個人的な保存食にしましょう。味的にこれは……芯まで染み込む塩味とほっくり感が魅力のタイプかしら。ホルスバターとの相性は高そう……だけど一般のバターの方がいいわね。濃い味に濃い味だと参っちゃうし。
ん〜……あ、この野菜見たこと無いわ。外観的にしなっとしているように見えて、その実、水分はしっかり行き届いているレタス。クラウディレタスというらしい。ちょっと試してみよう。魔力はないから、この地域特産かもしれない。あ、他にも苺のようなトマトや割とハードなチーズもある。購入して確認しますか。
後は……。
「……」
……明らかに魔力が入ってたから、見なかったことにしよう。先端の窄まり方がリアルな胡瓜とか、穴の開き具合や隆起、そして浮き出た血管等太さ以外がリアルなズッキーニとかは。それぞれ包胡瓜とマラッキーニというらしい。何というか、刃を入れたくない野菜だわ……。
この魚は塩漬けが良いかな……そう言えばちょっと前に川で水しぶきを高くぶち上げながらジャンプして地面に降りるという見事な肉体芸術を披露していたサハギンがいたわね……。「……今一つ。もう一回」とかぼそりと呟いていたけど、20メートル弱を平然と越えているのに不満って……最高記録どれだけなのかしら。

とか何とか、時折思考がずれつつも私は市場を満喫していたわけですよ。でもコンセプトを決めずに買い物をした所為で、メニューが定まらないわけで。
「ん〜……次はどんなメニューにしようかしら……」
山に積まれたピーマンを前に、購入した物をマイバッグの中に入れた私は考えていたわけだけど。
……とたとたとたとたとったっとったっ
「……?」
何か足音がこっちに近付いているような。歩幅はそこそこ小さくて、十にも満たない子供か、或いはゴブリンとかの小柄な種族か……と、何気なく横に目を向けた私が目にしたものは。

「――ロメリアお姉ちゃああああああああんっ!」

喜色満面に私に向けてダイビングタックルを仕掛けてくる妹の姿でした……って!

「ん?あ、アメrうわったあっ!?」

あっ、あぶなー……咄嗟で偶然だからアメリを受け止める体勢が出来てなかったわ……。咄嗟に重心移動して受け止めたけど、下手したら足滑らせて転ぶところだったわ……。
そんなアメリの後ろから駆け足で近付く影が一つ。ワーシープ。旅の同行者なのかな?
「……知り合いなのアメリちゃん……っていうかなんでいきなり飛び付いたの?」
ワーシープの娘の質問に、笑顔でアメリは答える……んだけど。

「うん!ロメリアお姉ちゃんだ――」

ってまずっ!?
「――むにゅ!?」
「しーっ!」
ちょっと今この場で本名をバラされるのは私的に困るので口塞いで強制ミュートさせていただきました。ごめんアメリ。
「えっと……どうしました?ロメリアさんはアメリちゃんの知り合いですか?」
「え、ええまあ……」
不思議そうにワーシープの娘が私に聞いてくるけど、まぁそりゃそうだろう。何せ端から見れば幼女リリムを一般女性Aが口封じしている光景でしかないわけで。そこ、リリムに触れて平気な時点で逸般人しているとか言うな。
もがもがもごもご何か言うアメリの口を解放すると、アメリはちょっと不思議そうな表情を浮かべてこっちを見た。
「――ぷはっ。えっ……何、ロメリアお姉ちゃん?」
怪訝そうな表情。でもごめんこっちもちょいと訳有りなんだ。完全に私情だけど。
と、彼女達の後ろに旅のお供らしき人達が勢揃い……この和洋混合具合が凄いけどそれは後で聞くとしよう。
「えっと……。ちょっと人気の少ないとこまで来てもらえる?」
「え、は、はい……」
有無を言わせず、私はアメリの手を引きつつ、アメリの旅のお供をやや巻き込んで人気の少ない場所へとやや早歩き気味で移動したのだった……。

――――――

イヤー凄い顔触れだこと。リリム幼女にヴァンパイア幼女、ワーシープにウシオニに……まだ誰とも番になっていない人間男性……加護を受けているみたいだから勇者かしら。
いずれにせよ何なんだろこのゴッタ荷具合。私の友人といいカオス対決が出来そうじゃない。
「……ふぅ……ここならいいかしら」
郊外の方に到着した私達は、改めて私以外の人や魔物……っつかアメリの連れの顔触れを見ながら、ふぅ、とため息。本当にサラダボウルも良いところよ。それともモザイク?白中心の色彩だけど。
「えっと……どうしたのロメリアお姉ちゃん?ここ魔物にやさしい町なのに……」
うん、それは知っているんだアメリ。でもわざわざ離れた理由はそこじゃないんだ。つか寧ろそれだったらアメリも飛びつかないでしょ……ってそれはいいか。
「というかやっぱり気付くものなのね……」
真面目に練習したとはいえ、もうちょっと擬態の術の精度を上げたいものよ。まぁ一般人や中級クラスの魔物はまずリリムだとは思わないし、思っても気のせいで通せるんだけど、やっぱり姉妹には通じないか……。
「えっと……どなたですか?」
ワーシープの娘の質問に、そういえば自己紹介してなかったことを思い出す。本名完バレだけど、まぁいいだろう……と、「私は……」と言いだしたところで、アメリがワーシープの娘の腕をくいくいと引いた。
「ほら、前によいのみやってとこでごはんたべた時に言った『びしょくひめ』って呼ばれてるお姉ちゃんだよ」
アメリの言葉を受けて、ワーシープの娘が驚いたような、意外そうな表情をして、私を眺める。上から下まで隈無く観察……視姦好きには堪らないけど私にその趣味はない。
「え……ってことはこの人……リリム?」
……まぁそりゃそうよねぇ。今の私の外見と魔力、間違いなくアマゾネスが組み伏せそうな活発系一般人Aだもの。さて、このまま擬態を解くかどうしようか……って。
「……まあバレちゃったしいいか……」
わざわざ擬態を続けるメリットがない事だし、私は早々に……魅了魔力抑制以外の術を解除した。

「……へ?――ああっ!」

そりゃまぁ驚くでしょうねぇ。目の前で魔力の質(魅了魔力以外)と髪の色が変わって、両羽に角に尻尾が付いたら。因みに今はデニムを履いているから尻尾通しの呪文を使ってるのよ。穴開いたら格好悪いし。
あぁ、後ろの皆さんも驚いてるわね。よし、擬態に関する自信がほんの少し回復。
「あ、そうだお姉ちゃん。よいのみやで聞いたんだけど……ナーラってお姉ちゃんのこと?」
「ああ…そういえば宵ノ宮の狐路に寄ったって話だったか……そうよ。それは私の事」
本当に狐路様々ね。美味しい食は病を治すわ……また機会があれば行こうかしら、宵乃宮。
脳内で過去の味を反芻している私に、ワーシープの娘は聞いてきた。
「えっと…何故偽名なんか使っているのですか?」
おっと、大事なことが一つある。これからの美食ライフを行うに当たってとても大事なことだ。それはたった一つ。シンプルでしょ。
「あ、そうそう…その事なんだけど……」
私はアメリ達の目を一人一人見て……ちょっと声を低めた。

「お願いだけど、その名前は絶対に出さないでほしいの。私を呼ぶときはナーラの方で呼んでね」

「えっ?なんで?」
アメリの質問も尤もだ。何故ならこれから言うことは完全なる自己都合。いきなり言われて理解できる代物でもないからねぇ……。でも大事なのよ。
「あのさアメリ…私が魔王城に住む人達に色々言われているのは知ってる?」
「えっと……お店開くとか?」
確定してんのか。噂の時点で未来が確定してんのかコノヤロウ。いけないいけない彼女達は心の底からの良心で私に期待を込めて言っているんだから苛立たない苛立たない。
「そうそれ。……いい加減料理店開けだの婿見つけろだの性感メニュー作って欲しいだの高望みはよせだの忠告じみた手紙を位置探知されて外にまで送ってこられるのが面倒なのよね……」
特にキツいのが一番最後。独身リリムはそれなりにいるけど、私は割と年上だからねぇ……自由に勇者とっ捕まえて愛しろなんて酷い事言う、っつか嫁ぎ遅れ扱いするのは止めてよねぇホント。ようやく素晴らしい人と出会えたんだから……まだみんなには秘密だけど。
因みに他には『新作スイーツはまだかのう』『兵站の生産をお願いしたい』『野菜の販売の委託は考えてますか?』etcetc……。三番目、せめて正式文書で私の自室に出してきなさいよ……確かに噂になる程度にはやり手かもしれないけど、マーブック姉妹に劣るわよ、丸耳もふ尻尾が丸見えな誰かさん。
因みに『魔界甲殻虫が発生した』知らせは私に届くように、アジコとは定期コンタクトをとっていたりする。折角育ててきた畑を荒らされてたまるもんですか。
「あーだから魔力もへんだったんだ。たいへんなんだねロメリ…ナーラお姉ちゃんも」
「そうそう、他の人達もそんな感じでお願いね」
私の声に、旅のみんなは肯いてくれた。
「了解です」
うん、素直でよろしい、つか有り難い……っと、あれ?てか幼女ヴァンパイアって……もしかして?
「あ、そういえばあなた…もしかしてフランちゃん?」
「はい、あたしはフランですが……ロメリ……ナーラさまはあたしのことご存じで?」
やっぱしフランちゃんだった。そりゃ分かるわよ、アメリと一緒にいる同世代の娘っていったら彼女くらいだもの。仲睦まじくしてたのが印象的だったわ。
「もちろん。前にアメリと一緒にいたじゃない。アメリと幼馴染みの側近でしょ?」
「あ、おぼえていらしたのですね。かなり前だったと思いますが……」
そんな前だったかしら。年上特有の時間ふっ跳びが私にも訪れているのかしら。不味いわね脳トレしないといけないわね……。
「あ、そうだナーラお姉ちゃん。今もおうちに住んでるよね?」
おうち……あぁ、魔王城のことか。
「おうち……そうね。住んでるけどどうしたの?」
答えたのはフランちゃんだった。どこか若干名残惜しそうな顔をしているけど……。

「あの…帰る時にあたしをおうちまでいっしょにつれていってもらえませんか?」

ほう。
「あら?旅は続けなくていいの?」
折角アメリと居るのに……と私は思いつつ投げかけた質問に対する返答は明瞭だった。
「はい…元々おいて行かれたからこっそりとおいかけたはいいのですが…やっぱりヴァンパイアに旅はきつかったので…」
「なるほど……たしかにフランちゃんには辛いだろうね……」
修行、というか成長したヴァンパイアなら兎も角、さしてアメリと年の離れていないフランちゃんには日差しの当たる場所の旅はさぞキツいでしょうねぇ。
なら返答は一つ。

「……わかったわ。帰りに一緒に送ってあげる」

「ありがとうございます!」
良いって事よ。別に私のグルメ旅は私事に過ぎないからそれくらい融通は利くわ。
流石に今すぐに、と言われたら困るけど、まずそれは薄情すぎるからないだろうし。

「ところで…いつ頃帰宅予定で?」
再び始まるワーシープの娘の質問に、私は少し考える。現在買った品物とかを考慮すると……。
「うーん…今度、というか数年後にとある店で出す新メニューをどうするか悩んでいたから……一泊ぐらいして帰ろうと思ってたのよね……」
まだ市場を回りきっていないとはいえ、この分だとめぼしい物も少なさそうなのは確か。そうそう斬新な食料候補はないわ。念のための一泊、といった具合かしら。まぁすぐ帰ってもいいしね。
「そうですか……」
その返事でも考えるって事は、まだ何か懸念があるのかしら。それともまだ聞きたいことでも……あったみたいね。
「あの…ナーラさん。泊まる場所って決まってます?」
「いや、特に決まってないわよ。ただフランちゃんの事もあるしなるべく同じ宿にいたほうが良いわね……」
考えてみれば当然だ。客を放置して進む飛脚は有り得ないもの。といいますかここで別れ分かれて泊まるのは色々と有り得ないと思うわ。
で……その答えを受けて、ようやく何かを決めたらしい。邪魔しちゃ悪いかな?とかそんな心配そうな心情が見え隠れしながら……彼女は私に笑顔を向けた。
「なら…アメリちゃんの『テント』に泊まっていきませんか?」
「……へ?何故?」
「それは…ここでフランちゃんとお別れなら、私の得意料理を食べさせてあげたいなって……」
あぁお別れになる前の思い出作りね成る程成る程アメリとフランちゃんのためっとちょっと待て。

――ほう。料理とな?

「へぇ……旅の間はあなたが料理を?」
「はいそうですが……」
彼女の返事に、アメリが春先に綻んだ蕾のような心からの笑顔で補足情報を伝えてきた。うん、ぷにぷにしたいほど可愛い。
「ナーラお姉ちゃん、サマリお姉ちゃんのごはんはおいしいんだよ!」

ほむ。ほむほむ。ほむほむほむほむ。

「ほぉほぉ……なるほどね〜……」
アメリ、いいのかい?そんな期待させること言っちゃって。私は旨いと聞けばどんな場所にもホイホイ行っちゃう女なのよ?幸いなことに動機も状況もばっちし。心のツナギのホックが一つ一つ外されていく音が聞こえるわ。
というわけで、即断即決。
「いいけど、そのかわり私にもあなたの……サマリさんでしたっけ?サマリさんの料理、私にも食べさせて」
ワーシープの娘――サマリさんは私の申し出に少し驚いたような戸惑ったような表情を浮かべている。まぁ前に私のことはさらっとアメリから聞いているから仕方ないと言えば仕方ないかもね。
「え……あ、はい…お口に合うかはわかりませんが……」
でも逃がさないわよ♪
「それは食べてみないとわからないでしょ?」
既に私の心は期待の触手を貴女に伸ばしているんだから♪と言いますか、どこぞのカレーと呼ぶのも烏滸がましい物体Xのように、相当悪意と無知を以て作られた料理じゃない限り問題なし。
この後の言葉をどもらせたのは、多分私の内心から滲ませている迫力もあるからだろう。そりゃ多分明らかに食べる気に見える私の様子を目にすれば……引くわね、間違いなく。
「そ、そうですね……わかりました」
「じゃあもうちょっと町の外に行ってからアメリのテント出すね」
「そうだね…買い込んだものも仕舞わないといけないしね」
テント、ねぇ。十にも満たないアメリが旅するんだもの。そりゃ持って然るものよね。
さて、私の時にはベッドとキッチン、ユニットバスの付いた自室よりも小さいワンルームだったけど、果たしてどんなのになっているのかしらね。

そんな興味も抱きつつ、私はサマリさん達に付いていくことにしたのだった。

――――――

――で、テントに着いて私は、アメリ達と談笑していたわけなんだ。特にアメリ達の旅の話は興味深かった。サマリさんが元人間で、共に自らの足で旅をしたいから魔物化を決意して、アメリがそれに応えた辺りは、不覚にも少し潤みそうだったわ。そうそう決意できるモノじゃないしねぇ。
「へぇ…そんな旅をしてたんだ……姉妹に会いに行く為に旅してるだなんて珍しいと思ったけど、思ったより楽しそうね」
「うん、楽しいよ!というかロメリ…ナーラお姉ちゃんもいろんなもの食べてるんだね」
私も私で色んな場所に行っているのよねぇ。アルスと一緒に行った物も含めて、今御母様のお腹の中にいる妹も含めた姉妹の数より多いんじゃないかしら。
「まあね。全部が全部おいしいってわけじゃないけど……」
当然思い出したくない物もある。胸糞悪かった店……は極端な物はホスピタリティを『体に』叩き込んだけど……それよりも今は気になることがある。
「……しかしねぇ……」
「ん?どうしたのロメ……ナーラお姉ちゃん?キョロキョロしてるけど……」
「いや……このテント、見れば見る程私が持っていたものより豪華になってるなと……」
魔界の技術班は変態か。何処の教会の皆さんよ魔界化したら技術は発展しないなんて嘯くのは。この通り私が貰ったときより相当の豪華仕様じゃない。私も頃合い見て改築申請しようかしら……それよりも、もし彼と一緒に店を開くとき用に取っておこうかしら。
そんなお花畑な事を考えていたら、このパーティの黒一点であるユウロ君が、私にさらっと質問してきた。
「へぇ……ナーラさんってアメリちゃんより何歳年上なんです?」
……まぁ気になるわよねぇ。そういう話題になるのも無理無いわ。でもね……あまり年は言いたくないのよ。
「私は第二三王女……とだけ言っておくわねユウロ君」
「……了解です。肝に銘じておきます」
うん、物分かりがいい子は好きよ。問答無用でババアと抜かした相手は聞き分けを良くしてあげなくちゃいけないもの。ナドキエ出版方式で。ナドキエ出版方式で。ナドキエ出版方式で。大事なことだから分かるまで繰り返すわ。分からない人はナドキエ出版の『アマゾネス美少女滞在期』のP125を御覧あれ。生意気な子供も極限まで聞き分けが良くなるわ……。
「そう言えば、新メニューって何です?店は出していらっしゃらないはずでは?」
話題を変える質問。サマリさん、ナイス。まぁそうね。惚気はしないにしても、料理について語っておくことにしようかしら。
「その話をする前に一つ質問。"Auli Ark"って知っているかしら?」
私の質問に、皆さん首を横に……あれ?ユウロ君?
「……確かそれ、大陸南南東部にある中立派のリゾート地の話が出た時に、耳にしたことがあります」
ちょっと待てリゾート地を攻めるつもりだったのか勇者の皆さんは。或いは勇者がバカンスに出掛けるのかしら?できれば後者であることを心底祈るけど。
「何の話かは聞きたいけど後にして、そうよ。'楽園'リオミーゴにある、夏期限定で開く店ね」
「夏期限定……確かリオミーゴは海が目の前だったはず……まさか、海の家ですか?」
おお、ユウロ君博識。まさか海の家を知っているとは。大陸ではちょっと陸地に入ると知らないもの。特に大陸中心地でふんぞり返る教会上層部や対外布教の兵士以外は知らないんじゃないかしら。
「その通りよユウロ君。で、その海の家の一家と私は長い付き合いでね、数年に一回、サプライズで特別メニューを個数限定で作っているってわけ」
ほう……と感心の吐息が漏れる旅の皆さんを眺めながら、私は今までに作った料理を思い出していた。基本受けが良かったけど、特に店も含めて受けが良かったのが、今ではジャンクフード店での定番メニューとなっている『ルミナスフィッシュ&まかいもフライ』だったりするのよね。
特に後者は今ではこれを出さない店がないくらいに瞬く間に広がったからねぇ……アレかしら。外れのない百味ビーンズみたいな扱いかしら。しかも地方独自と銘打てる……っつか芋自体が農家単位で味が違うもの、仕方ないわね。
作る上で懸念だった多種多様のまかいもをカラッと揚げる方法を、色々試行錯誤して成功させたのが大きいわね。あ、今ではその方法は普通に出回っているわよ。その辺りの権利は放棄したもの。やっぱりジャンクは安くなくちゃ。今は私がやった技を発展ないし独自進化させて、さらに楽にカラッと揚げられているみたいだしね……やっぱり発展っていいわね。
そこで少し話は変わって。
「ところでスズちゃん……記憶喪失って本当なの?」
「はい……アタイには1年ちょっとの記憶しかない……親の事も、アタイ自身の事も何も覚えてないんだ」
スズって名前のウシオニ……多分彼女の本名は別なんだろう。'真名を見抜く目'とかその辺りの魔法があればイケるんだろうけど……生憎私はその辺りの魔法は専門外なのだ。
「そうなんだ……私じゃ力になれそうにもないわ……ゴメンね」
せめて思い出の味とかあれば再現してあげることは出来るんだけどね……。
「いえ…以前の記憶もたしかに気になるけど、こうしてスズという名前で皆と旅して得た記憶だってアタイの事なんだし、気にしてないから別にいいよ」
「そう……」
笑顔を見せてくれたけど、私としては自分の力不足に相変わらずだなぁ、と内心苦笑い。
仕方ないのだ。魔王の娘は万能じゃない。神やお母様ですら全知全能とはいかないのだから……ねぇ。

っと、話がやや沈みがちになったところで……お腹がペコリングだ。アメリもなんかそれっぽい表情してるし……というところでサマリさんが時間を確認して椅子からおもむろに立ち上がった。
「さて……ではそろそろ夕飯を作ってきます」

ということで、待ってました。お食事のお時間です。

「うん、楽しみにしてるわねサマリさん」
「はい…頑張ります……」
私の声に少し硬くなるサマリさん。いやいや、硬くならなくていいから。普段通りで旨いのならその普段通りを期待するわよ。
でもこれ以上声をかけたらワームの外殻並にカッチカチやぞ!になりかねないのでやめておこう。
ま、静かに期待しましょうか。
「……そう言えばアメリ」
「何?ロ……ナーラお姉ちゃん」
食事前のちょっとした話題に出していいのやら迷ったけど、ついでに聞いてしまえ。聞き役に徹したからさっきおもいっきし聞きそびれたことだ。
あ、サマリさんの胸じゃないわよ?明らかに盛り上がりが不自然なのは一目瞭然だけど胸論争は八方塞がりだし。

「……サキュバスとか他にも色々にあったでしょうに、サマリさんをどうしてワーシープに変えたのかしら?」

正直、アメリが居るから旅資金にそこまで困るわけでもなし、貧乏で心荒んだ家庭を嘆いた妹が変えるくらいしか思いつかないわよ、ワーシープは。
因みに過激派の妹は……『銀狼鬼』とか裏で人間に恐れられているらしいワーウルフ専の妹や『菌糸の女帝』なマタンゴ専の妹っていう変わり者以外は大体サキュバス中心ね。制圧しやすいんでしょうし。
「サマリお姉ちゃんにもきかれたんだけどね……」
と、事のあらましを何処か誇らしげに説明してくれた。
自分の足で歩ける魔物。
人の手と同じように自分の手が使える魔物。
そして、サマリさんという人間にぴったりの性格特性を持った魔物……それらを加味した結果、アメリはワーシープを選んだみたいだ。
「サマリお姉ちゃんみたいにやさしくて、あたたかくて、たまにちょっぴりこわくて、それでとってもたよりになって」と嬉しそうに言うくらいだから、それなりの期間の旅の中で、何度も頼りにしてきたんだろう。その彼女らしさを損なわないように、考えて、で、彼女にとっての最善の姿を与えた。
凄いわよねぇ。敢えて裏切るいい根性した妹達もいる中で、ここまで考えてあげられるんだもの。十歳にも満たないのに、立派じゃない。

「……偉いわねぇ」

私が頭を撫でてあげると、はにかみ笑顔を私に向けてくれた。多分人間換算で一世紀近く年が離れている疑惑あるけど、こうして触れ合って何ともくすぐったい感情が浮かんでくるのはやっぱり"素直な妹"だからかしら。
……何か"素直な妹"って言葉、ハンスに使わせたくないわね……彼女の場合全身全霊で他の娘とかを別の意味で"素直な妹"にするからね……ランちゃんもそうならないことを祈る。
……等とそんなことを話していたら……お、いい香り。この香り……コンソメ、しかもどこぞのサバト製のコンソメより上質な奴ね。『カーマちゃんの隠し味シリーズ』……まだあれ粗があるもの。改良の余地あるから今必死でやっているんじゃないかしら。
とことこと木床を踏みならし、お盆にスープの入った皿を人数分乗っけて、サマリさんは戻ってきたのだった。

「出来ました。私の得意料理の一つ、ポトフです」

ほう。ポトフですか。
「わーいおいしそー!!」
「お、きたきた!アタイウインナーが一番多いやつで!」
「ちょっと大きさとかは違うかもしれないけどなるべく全部均等に入れてあるからね。もっと欲しかったらまだ鍋に残ってるからあとでおかわりしてね」
ポトフ入りのお皿を器用にテーブルの上に置いていくサマリさん。その姿はさながら給仕のよう。或いは母親……ってこんな感じなのかしら?
そして私の目の前に置かれたポトフ……。何処か朝焼けを思わせる薄橙の透いた液体の中に、とろけつつある馬鈴薯、人参、玉葱、キャベツ、そしてソーセージが見える。水面に浮くパセリが何とも可愛らしい。悪く言えばシンプル、よく言うならば気をてらわない発展の見込める完成型ね。それに……。
「うん……いい匂いね」
「ありがとうございます」
材料達の作り出す、この芳しいパフューム。声は平静を装っているが、実際私の心の涎がスタイを使わなければ危ないほどに垂れてきているのは確かだ。期待は高まる。気付かれたかは分からないけど、リアルに何度か唾を飲み込んでいるわ……。

周りの声に合わせて、私はスプーンを手に、合掌。

「……いただきます」

音を立てずにスプーンの上に夕陽丘の景色を移すと、薄雲の如き湯気も一緒に立ち上る。スプーンの冷気で冷やされないうちに、私は熱も香りも全て余すことなく……スプーンごと口の中に入れた。

――そう、電撃よりも優しい、穏和な感情が浮かんだのは、その瞬間だった。

……特別な素材、という訳じゃない。ウィンナー、オニオン、キャベツにニンジン、そしてポテト……適度に塩、香り付けのパセリ、そしてコンソメ。どれも特産品というわけじゃない。人間界ならばどこでも手に入る、ありふれた、ただありふれた食材ね。

……けど、違う。このポトフは他の物とは明らかに違うわ。煮る過程で適度にとろけ、コンソメが染み込んだ野菜達。それが上質な野菜にも劣らない味を私に伝えてきているんだもの。
まずはニンジン。まるで上質なバターソテーを食ちにした時のような、熟れた感触と芯とのナイスバランス。舌先でとろけそうでありながら、歯には確かな噛み応えを残している絶妙な茹で加減……。噛む瞬間に溢れ出す、ニンジン特有の甘みとコンソメの混ざり合う独特の味。それが舌先から体を満たし、鼻へと通り抜けていく……。
芯ですら舌先でとろけてしまいそうなキャベツは、その素材の持つ甘みを遺憾なくスープの中に流し込んでいく……元来水分を吸い上げる役割を持っていた芯がそれらの出汁を吸い上げて、歯を通した瞬間芳醇な風味を解き放っている……。
玉葱もキャベツと似た感じだ。時として刺々しくも感じる硫化アリル等の辛みが煮込まれることで和らぎ、甘みが浮き出たところでコンソメの風味と混ざり合っていく……。微かに残したシャクシャクとした食感に心躍らせ、食物が纏う甘美なフレーバーを食べた者の存在に向けて染み渡らせていく。
ウィンナーがやや自己主張しているきらいはあるとはいえ、あれは始めからほぼ完成されている類の食べ物だから仕方ない。それは上級の物であればあるほど、当てはまるピースは少ない。これは一般に出回っているものであるから……まだ主張は少なく、コンソメに塩というシンプルな出汁の中に誤差範囲で肉の風味を溶け込ませている……。
そして……忘れちゃいけないのが……それらを全て受け入れ、身を崩しながらもなお舌と腹に応えるボリューム感を持つ、大きく切られたポテト……。芯までほっくりとしたその身に出汁を際限なく染み込ませ、噛み砕く瞬間には柔らかい質量を以て応え、舌先では確かな熱量ととろみを以て踊り、そこから芋特有の甘み等を味蕾に伝えながら極細に融け崩れていく……。
料理とは調和、それはどこぞのグルメハンターも口にしていたわ。霧の大陸伝来ジパング育ちのラーメンを好む一端の丁稚の一人もまた同じ事を言っている。
高級だから良いんじゃない。
具材の味が美味しいから良いんじゃない。
料理の中に、美しい調和が描けるからいいのだ。そしてその調和を、このポトフは描けている――。

「……ふぅ、御馳走様」

いや〜、思わぬ儲け物だわ。墓穴掘るから絶対言わないけど、『サマリお姉さんのポトフ』って名前で売り出したら客が来るんじゃないかしら。
こりゃ貰いっぱなしじゃリリムの名が廃るわ。……お礼と言ってはなんだけど、簡単に作れて工夫のしがいがあって美味しいレシピ、教えちゃおうかしら……。
「えっと……どうでしたか?」
サマリさんの言葉に……私は、自然と、笑顔を浮かべて返していた。

「……美味しかったわ」

「ほ、本当ですか!?」
私の感想に、サマリさんの表情に花が咲いた。や、本当に美味しかったのよ。お世辞でも何でもなく。
「ええ……そうね、感想聞きたいならもの凄く簡単に言うけど……」
さっきの思考を口に出すのは恥ずかしいしくどいので掻い摘んで話そう。
「ぜひお願いします!!」
力を入れて言われたわね。ならば……行くしかないか♪
「わかったわ……このポトフ、材料はありふれたもの、それでも舌先に触れた時や噛んだ時に感じた食感、コンソメや食材の持つ味や風味、これらが見事に調和していた……こんなに美味しい物をほぼ毎日食べられるアメリが少し羨ましく感じるわね」
「ありがとうございます!!」
まさかこんなに喜んでもらえるとは。そのまま何かしないのは流石に不味いわね……流石にタダ飯食べて終わりは王女の名が廃るわ……あ、いいこと思いついた。
「そうだ、お礼と言ってはなんだけど、簡単に作れて工夫のしがいがあって美味しいレシピ教えてあげようか?」
「え、いいのですか!?」
「ええ。朝ご飯には向いていないから、明日のお昼用に、明日帰る前に実際に作って教えてあげるわね」
「あ、ありがとうございます!!」
ふふ♪こんなに喜んじゃって。さて、何を教えようかしら……。

こうして、お食事会は笑顔のうちに過ぎていったのだった……。

―――――

――食後にはみんなでお風呂。テントの大きさから相応に大きいんだろうなぁとは思っていましたよえぇ思っていましたさ。でも、やはりこうして入ってみると口にしたくなるわけで。

「ふぅ……さっぱりするわ……というかなんでこんなに広いのかしら……」

……うん、風呂もデカすぎ。魔界の技術班は変態か。変態しかいないのか。こんなん一人旅を前提にした作りじゃないでしょ。ちくせう。改築申請出しますか。
「ん?ロメ……ナーラお姉ちゃんのはこんなのじゃないの?」
「日々ぎじゅつはすすんでるってことですね……」
そうなのよ。私の頃はまだユニットバス的なお手洗いが一緒のスタイルで、カーテンが仕切だったわけで。まぁ妹の旅だ。このくらい広い方がいいのかもしれない。
そう思い直しつつ私は……この風呂の中で何かが変わりつつあるのを感じていた。

「……」

何か視線がちくちくするなー……違和感は早いうちに処理するに限る。ということで……質問だ。
「えっと……ところでサマリちゃん?」
「はいなんでしょうか?」
答える声は至って明瞭。だけど何だろう。どこか若干狂気的な物をはらんでいるような雰囲気は。
「なんだかさっきから視線が痛いんだけど……何か気になる事でもあるの?」
彼女の視線、それは間違いなく私に突き刺さるように向かっている。正確には私の体の一部分に。
「へ?何の事ですか?」
とぼけているような声。けどその中に舐りの果実の中にたぎる果肉を思わせるようなどろどろした思いが見え隠れするのが分かる。
「いや…気のせいじゃないよね?」
「だから何の話です?別に私が何を見ていようがいいじゃないですか」
明らかに顕現し始めたぞこれは……顔は変わっていないけど、声に険がありすぎる。「あ、これは……マズイマズイ……」って声が横から聞こえてきた。遠ざかる気配。で、私は一歩下がりつつ、若干身構えて……本筋に入ることにした。
「あのさ……具体的に言うと、私の胸見てない?」
効果は抜群だった。

「はあっ?やだなぁ私はその綺麗に整い過ぎてる醜い脂肪の塊を観察してただけですよ」

――な!?
「……何その悪意のある言い方!?」
空耳かと疑いたかったけど、明らかに風呂場にエコーが掛かって響いているから空耳ではない。間違いなく、この羊少女の口からその言葉は発せられている!
「いやぁなんでそんなものが付いているのかなと……私が潰してあげましょうか?」
ちょっと待って何かサマリちゃんの目がギラギラ血走っているんだけど!貴女の体を覆う毛に鎮静効果はないの!?と言いますか既に構えが省みない人のアレになって……。もう、削ぐ気しか見えない。
「いやそれはお断りさせて……」
「断る!!」
「いやなんで!?」
本当に何なのよこれは!?誰か教えてよ普通からしたらサマリちゃんも相当あるはずなのに何で赤を見たミノタウロス並に暴走しかかってるのよ!?
既に周りが見えなくなっているだろうサマリちゃんは、私に向かって吶喊の構えをとり――そのまま地を蹴り、飛びかかってきた!

「かくごぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ…………!!」

――ってまぁ動揺はしたけど、実際狙いが私の胸である以上、直線軌道に跳ぶのは体が分かるわけで。彼女が跳ぶと同時に、私は半身体をずらし、彼女の腕の軌道ほんの少し下辺りに片腕を伸ばした。で。

「ちぇいっ!」

――手刀は料理人……乙女の嗜み(キリッ)。まぁそんなわけで。

「あぷっ…………」

いい感じに手がクリーンヒットしたバーサ(マリ)ーカーは、そのまま意識を黒に染め、私にぐったりと体を預けましたとさ。……技量未熟なワーシープに後れをとる私じゃないわ。
何か視界の端でアメリちゃんとスズさんが遠い目をしてこの光景を見ていて、フランちゃんがガクガク怯えているけど……あぁ、成る程。この子の悪い癖か……。何つー癖なのよ、全く。
「さて……サマリさん運ばないとね……よいしょ……っと……ワーシープ特有のもふ毛が眠気を誘って大変だわ……」
あぁ、水の質量も含めて重たいわ……そして下手したらもふ毛の効果で私の瞼まで重い重い……。
で、アメリ達と協力して、服着せたりベッドまで運んだりしましたとさ。ユウロ君呆れ顔。これまたしでかしかねないわね……。

――――――

サマリさんをベッドに寝かせた後、私はスズちゃん(何か分からないけど彼女はちゃん付けで呼びたくなる)と話していた。出来ればジパングのお料理について話したかったけど、記憶がない以上望み薄なので、中心になったのはまた別の話題。
「……へぇ、ユウロ君ってこんな子だったんだ」
そう、パーティの黒一点、勇者の加護を受け、まだインキュバス化しておらず、当人にその気がさらさら無いという、妹によっては強引に押し倒しかねない優良物件のユウロ君だ。
「初めて会ったときも、アタイに「俺こそテメエを気絶させて逃げるからな!!」って本当に気絶させたからね」
魔物を傷つけたがらない勇者、ね。大概そんな子は魔物と結ばれて『堕ちた勇者』として名を馳せているけど。……ってか、スズちゃんと会った時点で既にアメリと旅してたって事はその前の時点で出会っているって事で……。もしかして、最初に出会ったのが彼だったり?いやそれだとしたら危ないか。
ま、いずれにしても。
「アメリが出会った勇者がユウロ君で本当に良かったわ……」
「……アタイもユウロに出会えて良かったと思う」
分かり合えたようで、分かり合えていない。多分スズちゃんと私の抱く感情は違う。それは当然だ。スズちゃんと私……いえ、私達では、勇者に対する印象が違うのだから……と?

「……あ、ごめんスズちゃん。アメリ達が気になる話題を話しているっぽいからちょっとそっち行くわ」
「?どうぞ」
一言断りを入れつつ、私はアメリとフランちゃんが普通の言葉を使って"友達"として話しているところにちょっと飛び入りした。
「……でも一番は……アメリとなかなおり出来たことかな……」
「……そうだね……」
あ。確かに……。
「そういえば前会った時はフランちゃんはアメリに敬語使っていかにも従者って感じだったけど……今はそんな事無いのね。仲良くて良い事だわね♪」
不自然な入りになっちまいました。アドリブきかないわね私。
「はい……」
あぁ、フランちゃんそんな優しい顔しちゃって。ですぐに曇り顔。そんな顔年に似つかわしく無いじゃないのに、ねぇ。
「従者としてれいぎ正しくしないとダメ、アメリも困るからと言われて……」
確かに、"従者"という立場を鑑みるならば正論ね。躾というか教育というか、その係が熱意に燃えているのが分かるわ。それが何をもたらすかは兎も角としてね。
「アメリはけいごきらいなのにね!!」
アメリ、それは流石にリリムの立場上大きくなったときに困るから慣れておきなさい、という心の突っ込みはさておき。
「なるほどね……礼儀か……」
まぁ……正直自分に突っ込めるほどの技量も普段の態度もあるわけじゃないんだけど。
「ロメリ……ナーラさま、こういうのってダメですか?」
「そうねえ……」
実際、リリムという立場からしたら、こうフランちゃんに言うべきなんだろう。『敬語を保て』と。でもね、私は私の立場に従う。折角仲良くなった二人をまた仲違いさせる事なんて私はしたくないし……ね。

「私は良いと思うわよ。というかむしろガチガチになるよりは今の方が微笑ましくて良いわよ」

「ほ、本当ですか!?」
フランちゃんは目を丸くして私を眺める。あらあら、瞳うるうるさせちゃって。
「ありがとーロm……ナーラお姉ちゃん!!」
アメリは跳ねて私に抱きついてきた。そんなに嬉しかったのか、アメリ。
「まあ私自身が身分とかの礼儀に関してはあまり褒められたものじゃないからねぇ……注意しろって言われても無理」
実際のところこれなのだ。食に関してのことなら兎も角、普段の立ち居振る舞いまでやってられるかという話です。面倒この上ない。
この世界の私以外のどこに店主や客にアームロックを仕掛けるリリムが居るというのか。居たらその妹に会ってみたいぞ。姉?姉さんはまず無いのは分かっているし。
「じゃあアメリ…もうあたしはだれに言われてもこうやって話すね!」
「当たり前だよ!!だってアメリたちは……」
「「しんゆうだもんね!!」」
二人揃えて叫んだ声は、どんな太陽すら霞むほど眩しくって素敵だったわ。
「ふふ……微笑ましいわね……」

思わず私も、その隣にいたスズも笑顔をこぼしてしまう。

……にしても、その礼儀を叩き込んだのが誰かは分からないけれど、誰も得しなかったとするならば、軽くとっちめようかしらね……うふふ。
兎も角、仲良きことは美しきかな。

――――――

夜のガールズトークを終えた私は、アメリと一緒にベッドルームに入った。ガールって年じゃない?言うな。
「……」
抱き心地のいいと評判高いアメリの体を抱えながら、私は眠りに付こうとしていた。アメリは既に眠りに付いており、後は私が意識を落とすだけ。
でも、何となくこうして私に比べて力のないリリムを抱き締めていると……あの事件を思い出す。
実は私は勇者という職業についてはあまり良い印象はない。積極的に関わるつもりはなく、もし何かしでかすなら相応の報いを与えるスタンスをとっている。まぁ勇者は大概は私達の命を狙っているから、それに報う以上彼らの"人間としての生"を奪う事になるんだけどね。
歴戦の老勇者によって妹を奪われ、教会によって実験材料にされ、汚されたあの子……。今は異世界に行ってしまったらしいけれど、こちらでも度々起こっていた発作は、まだ治っていないだろう。
私がその知らせを聞いたのは、魔界の片隅、剰りにバイト店員に横暴を働く店主にアームロックを掛けていた時だった。代金を迷惑料込みで払って、家に着いたときには、既に遅かった……。
正直、ユウロ君が優しい勇者で良かったと思う。彼ならまだアメリを任せても大丈夫だと信頼できる。もしも腹に一物ため込んだような相手だったら……姉として"お話"しなきゃならないから。
あの時のようなことが、もう起こらないように……。

……くぁ。やっぱりこんなこと考えるもんじゃないわ。今はゆっくり、休もう……。
……あぁ、アメリの体……抱き心地いい……。

――――――

午前七時、厨房に、手を洗って歩いてった。
手元に無数の材料、傷んだのはないらしい。
右手に、黄身入った、ボウルを持ってかき混ぜた。
始めよっか、サンドイッチ製作、美味しい物を目指して。
不快感を与えないように、精一杯(隠し味を入れて)といた。
黄身を広げ焼くよ、チーズもケチャップも用意済みで。
見えない栄養(もの)を得ようとして、緑黄色を刻み込んだ。
静寂を切り裂いて、瑞々しい音が響いたよ。
私が彼らを呼んだって、返事もろくにしなかった。
今ここに、美味しいフーズ、私、一人で待ってる。
Oh Yeah〜Ahh〜。

……なんてね。呼ぶわけ無いじゃない。というわけでサンドイッチ完成でござい。
パンの裏にさっとバターを薄く塗ったりとか、一部はほんのり焼き色をつけてみたりとか、ハムやベーコンに焼き色をつけてみたりとか工夫を加えたりしてみたけど、気に入ってくれるかしらね?
さて、そろそろ皆さん起きてくる頃かしらね。いい感想を期待しつつ、ゆらりと待たせていただきますか。

「おはようございます……昨日はごめんなさい……」
「いやいや、私こそ咄嗟に気絶させてごめんね」
で、朝一番の挨拶がこれである。サマリさん、割と反省しているみたいだし、思ったよりは次はマシになるのかしら?とりあえず私の方としては手刀の後遺症が無さそうで安心したわね。まぁ手刀は料理人……乙女の嗜みだしね(ニッコリ)。
「朝ご飯まで……ありがとうございます」
……そんな恐縮されても困るのだけど。折角厨房が空いているのだから、腕の振るい所だと確信しての行動だし。
「いいのいいの。私だって料理作りたいしね!」
それをあっさり言うとこうなる。折角だからつい張り切っちゃったわ♪皆さんお腹がペコちゃんでしょうし、手軽に摘めるサンドイッチセットを作ってみました。あれ確かギャンブル好きの貴族が生み出したのよね。単純ながら奥深くて変わり種を含めれば幾らでも種類が作れるのが良いわよねぇ。
「あ、おはよーサマリお姉ちゃん!早く朝ごはんたべよ!」
「そうだね……それじゃあいただきます」
アメリの一声で食事が始まると、みんな思い思いのサンドを取るのだけど……本当に、人に依るのよねぇ。例えばスズちゃんなんか真っ先にハンバーグサンドを手に取ったし、アメリは大きめのB.L.T.サンド、ユウロ君はバランスのハムチーズトマトサンド。焼きサンドもいつの間にか無くなっていたりして。
「ナーラさんの料理、美食姫って呼ばれるだけあっておいしいなぁ……」
「あら、ありがとうね」
こう褒められるとむず痒いモノがあるけれど、前日あれだけ感動させた貴女も中々の腕よ?でも感謝と讃辞は素直に受け取ります。それが王女としての振る舞いにも繋がるの。
「うーん、チーズ美味い!」
「ハムサンドも美味いな」
次々に讃辞の声と笑顔が飛び交う食卓……これぞ幸せの一時よね。家庭的で、ささやかで、でも暖かい牧歌的な一幕。
私もアルスとそんな家庭が将来的に築けるかしら……♪

――――――

「……ハンバーグに下味を付けたり、チーズを乗せてみたり、目玉焼きを温泉卵なんかにしてみてもおいしいわよ」
……で、食事を終わって皿洗いの後、私はサマリさんにちょっとお手軽アレンジしたロコモコを教えてあげたのだけど、その時の目は真剣だったわね。流石パーティの料理担当。ただ感心するだけじゃなくて、ポイントポイント重要そうなところは見落としがなかったわ。
「なるほど……たしかに工夫のしがいがありますね……」
きっと今脳内では今の作業のトレースが行われていることでしょう。
「で、これがレシピを書いたメモね。わからなかったとこがあったらこれを見ればたぶん大丈夫よ」
もしかしたら要らないかもしれないと思いつつ、手抜かりがあったらいけないからレシピも渡す。
「ありがとうございます!」
サマリさんは本当に喜んでくれていた。私としてもここまで喜んでもらえるのは嬉しい……けど、同時にもう少し何かしてあげたい気にもなる。何がいいだろうか。そう長くここで引き留めるわけにもいけないし……あ♪
そうよ、旅を続けるんだから必要なモノがあるじゃない!古来より生物が生物たるために必要な……栄養源!
私は後ろ手で野菜格納庫と空間を繋げると、そのまま手を伸ばし、素早く基本野菜セット数点をピックアップし、さっと袋詰めして……人参ピーマン玉葱馬鈴薯は多めにして手渡した
「それとこれ…楽しかったお礼のおみやげみたいなもの。受け取ってね」
「はい……これは?」
ふふふ……これを渡す私の顔は満面の笑みが浮かんでいることだろう。短い時間だったけど、本当に、本っ当に楽しかったんだから。

「これは私とサバトの娘達が汗水垂らして作った無魔力畑で生産したもの。魔界にある貴重な普通のお野菜ってとこだけど、鮮度や質は保証するわ!」

「そうですか……ありがとうございます!!」
ほんのりわが子を送り出すような寂しい感傷が走ったけれども、それ以上にこの素晴らしい時間の提供者達に対する感謝感激雨嵐じゃなかった霰が私の心を満たしていくワ!
食を通じての触れ合い……あぁ、素敵。

そして、アメリ御一行に見守られる中、私はフランちゃんと共に、魔王城(わがや)の前へと転移した。
フランちゃんはちょっと寂しそうな顔をしていた。でも寂しがるだけじゃなく、これから自分はどうしていきたいか、自分の中でしっかり定めたような瞳の輝きを持っていた。
フランちゃんにとって、アメリとの旅は成長の旅でもあったんだなぁ、とお姉さんとしてはしみじみよ。是非ともその心を忘れないで欲しいわ。

無論、私もあのポトフの味は忘れない。よし、家に着いたら一回再現してみよう!

fin.
13/04/10 23:25更新 / 初ヶ瀬マキナ
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■作者メッセージ
おまけ

そろそろ足が痺れてきた。何度やっても、石畳に正座は慣れない。無論好きでやっているわけではない。私はそんな自傷行為が好きなマゾではないわ。違うからね!絶対違うからね!疑った人はキュッと締めるわよ!鯖みたいに!鯖みたいに!
「……貴女も王女ならば、従者の躾及び王女としての振る舞いをあの二人に対し教育すべきでしょうに、何故にその逆をやりますか」
私に正座をさせている主がぴしゃりと言い放つ。私はそれに反論すべく口を開いた。
「王女としての風格云々よりも、年齢相応の心を持ち育てていくことが大事だと考えたから――はぎっ」
雷撃打ちやがったよこの姉!それも三発くらい!まぁ私は慣れっこだけど!
「有り得ません。王女として生まれたからには王女としての義務があり、従者として任命されたならば従者としての立ち居振る舞いがあります。それを蔑ろにする気ですか?」
凛と、私の一番苦手とする、『規律風姫』の二つ名を持つ姉を前に、私の足はそろそろ限界を訴えつつあった。くっ、魔法拘束が恨めしい。
というかまさかフランちゃんの教育係が姉直属の部下だったとは……。

『ひぃっ!首!首の縁をなぞらないでくだふひゃああああだめっだめぇっひしょをしっぽつんつんしないでくだ――ぁあああああああああっ♪♪』

……姉の好みらしい素直で剛毅木訥なデュラハンを手込めにした罰が今私に下されているわけです、はい。
「今回は母上から立ち居振る舞いを不問にするお達しが出ておりますからフランの件についてはもう何も言いません。ですがロメリア、私の部下に手を出したことの罰は受けてもらいますよ。
二時間、そのまま反省していなさい。それが貴女への罰です」
断罪するようにはっきり告げた姉はそのまま去り……二時間後、拘束魔法が解けたわたしは足の痺れにしばらくのたうち回る羽目になるのだった……。



……というわけで、ようやく完成いたしました。
マイクロミーさん、お待たせです!!

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