読切小説
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魔物娘共和制の行方
 議会は笑劇の最中だ。選良であるはずの議員たちは、議長席の近くに集まり殴り合いをしている。怒号と罵声を上げながら、こぶしを振るっている。ごろつきや酔っ払いのけんかと大差はない。
 議長席を占領しようとして、与野党の議員たちは乱闘を繰り広げる。議長は止めようとするが、誰も彼の話を聞かない。それどころか、野党の議員は議長を引きずり降ろそうとしている。議長を守ることを口実に、与党議員は野党議員を殴り倒そうとしている。
 議会の混乱は、収まることなく続いた。

 リナルドは、鼻血をふきながら馬に乗っていた。議場から出て街を歩いている。先ほど鼻血をぬぐったのだが、また出て来たのだ。議会での殴り合いに参加する羽目になり、与党議員から殴られたのだ。リナルドも与党議員を殴っている。
 議会の混乱にはうんざりする。議員とは選良であるはずだが、そのことを真に受ける者はいないだろう。議員自身が自分を選良だとは思っていない。
 今日の混乱は、与党がいきなり審議を打ち切り、採決を取ったために起こった。結局、与党案が可決された。重要な法案が、ろくに審議されずに殴り合いを経て可決されたのだ。これが国民の代表者たちの仕事ぶりだ。
 リナルドの国は共和制国家だ。議員が選出され、彼らによって元首が選ばれる。法は議会によって可決され、元首率いる行政がその法を実行する。
 リナルドの住む地域は、複数の小国家に分裂していた。王制の国もあれば、共和制の国もある。主神教団が支配する地域もある。リナルドは、そのうちの一つである共和制国家の議員だ。
 リナルドは、馬に乗りながらうつむく。前の元首が支配していたころは、このような混乱はなかった。彼は独裁者だが、整然と物事を進めた。彼を倒したことは間違いだったのではないか?リナルドは、陰鬱な考えに沈んだ。

 共和国は、様々な弊害を抱えていた。共和制と言っても、その実態は貴族共和制だ。古代のような、貴族と平民それぞれの代表が参加する共和制とは違う。貴族や裕福な商人が議員となり、既得権益層が形成されている。彼らの利益のための政治が行われているのだ。既得権益層の打破を唱える政治勢力もいるが、彼らは新興の貴族や商人だ。自分たちの利益を露骨に追求し、そのために政治を利用しようとしているのだ。
 リナルドは小とはいえ貴族だ。だから議員になることが出来た。だが、政治の現状には強い不満を持っていた。国民の利益を守る政治を求めていた。そして一人の男に期待し、加担した。
 その男は、この国の将軍だった者だ。隣国との戦争に打ち勝ち、国民の支持を得ていた。彼は軍を引退すると議員となり、政治の世界に打って出た。彼はたちまち勢力を築き、「強い国家と強い国民」を掲げて活動した。
 リナルドは彼の勢力に入り、彼を元首にするために活動した。元将軍に対する国民の支持は、見る見るうちに拡大していく。国民は現状を否定し、現在の政治を否定していた。そのためにリナルドの活動はうまくいき、元将軍は元首となった。そして新しい時代が始まると思われた。
 新元首は、きちんと成果を上げた。最大の成果は、農民主体の国軍を創設したことだ。それまで共和国は、傭兵に頼っていた。傭兵たちは力に物を言わせて、共和国から金をむしり取っていた。そのくせ、まともに働くことはなかった。傭兵は、共和国をむしばむ病巣だったのだ。
 新元首は、農民たちに目を付けていた。彼らは、戦争の犠牲者となるよりは戦うことを選ぶ。彼らは平時には農耕に励み、農閑期に軍事訓練を受ける。そして非常時には兵士として戦う。士気が高く、生産性のある軍となるのだ。
 これは国にとって大改革であり、反対派も多かった。新元首は反対派を弾圧し、強引に農民軍を創設した。その結果、傭兵に金をむしられることは無くなり、農民軍は周辺諸国を撃退した。リナルドは、自分の判断が正しかったと歓喜した。
 気が付いた時は、取り返しのつかない事態となっていた。リナルドたち元首支持の議員たちは、元首の権限を強化する法案を次々と可決していった。元首の危険性に気が付いた時は、彼は独裁者になっていた。元首は、反対派や反対派になりそうな者を次々と粛清し、恐怖政治を行った。そして、国民の権利を次々と制限したのだ。
 リナルドは自分の過ちを認め、元首を倒す活動を始めた。元首配下の者たちには、リナルドと同様に元首を危険視している者たちがいる。彼らと連絡を取り、ひそかに反元首派を形成した。また、元首の弾圧を逃れている旧勢力と連絡を取る。そして元首に不満を持つ国民を組織し始めた。
 だが、うまくいかなかった。元首の勢力はすでに巨大なものとなっており、簡単に反対運動が出来る状態ではない。しかも、反対勢力の思惑はそれぞれ違い、まとまりに欠けた。このままでは、元首によって摘発され、粛清されることは明らかだった。
 リナルドは非常手段を取った。魔物と手を組んだのだ。魔王の勢力は、リナルドたちの国がある地域に勢力を伸ばしていた。そのために、反魔物国から親魔物国や中立国に代わる国があるのだ。リナルドは魔王軍と接触する。共和国を、反魔物国から親魔物国へと変える。そのためにも元首打倒のために力を貸して欲しい。そう申し出たのだ。
 魔王軍は、リナルドの申し出を受け入れた。魔王軍は豊富な物資を導入し、優れた工作員を活動させた。その成果は現れ、反元首勢力は見る見るうちに育った。魔物たちは反乱のための脚本を書き、リナルドたちはそれに従った。ついに反乱は実行され、リナルドたちは元首を倒すことに成功したのだ。
 こうして独裁者は倒され、元の貴族共和制に戻った。共和国は、反魔物国から親魔物国へと鞍替えした。そして旧勢力が復活して、与党を形成した。リナルドのように元首一派から反乱勢力になった者たちは、野党を形成した。

 リナルドは、ため息をつきながら街を見回した。広場には市民が歩き回っている。ここは首都であり、国で一番人口の多い場所だ。おびただしい数の人々が歩き回っている。
 この連中がもう少しマシなら、状況は違ったものになっただろう。リナルドは、唇を噛みしめながら考える。民衆は怠惰で動きが鈍い。だからこそ既得権益層は、力を維持することが出来た。民衆から収奪することが出来た。そして民衆は、怠惰なくせに扇動されやすい。リナルドたちは利で釣り、情を煽ることで民衆を扇動し、前元首に権力を握らせた。そして前元首を倒す時も、民衆を扇動した。
 リナルドは、民衆を沈んだ目で見つめる。前元首は独裁者だが、彼を望んだのは民衆だ。民衆が彼を独裁者にした。リナルドにも大きな責任はあるが、民衆が望まなければ独裁者は現れなかった。
 共和制は正しいのか?リナルドはそう考えることもある。既得権益層が力を握ることは合法的だ。独裁者も合法的に権力を握った。そして、独裁者を倒すためには、反乱という非合法な手段を取らなくてはいけなかった。共和国の原則は法治主義だ。法治主義に従えば、独裁者は正しいことになる。反乱を起こして独裁者を倒すことは、法治主義に反することになるのだ。
 共和制は矛盾だらけ、欠陥だらけだ。リナルドは苦い思いで噛みしめる。現に、今日の議会の惨状は、共和制の無様さを表している。
 今日の審議は、十人委員会について行われた。十人委員会とは、共和国の公安、治安を統括する組織だ。諜報機関も統括しており、共和国の暴力装置と言える。独立した財源と会計を持ち、他の行政機関とは力が違う。前元首の恐怖政治を実行した組織だ。
 前元首を打倒したことにより、十人委員会の権限は縮小された。だが与党は、この十人委員会の権限を強化する法案を出してきたのだ。前元首の残党を取り締まり、共和制を守ると言うのが口実だ。与党の目的は、十人委員会を使って野党を弾圧することだ。この悪法は、多数派を形成している与党によって可決された。
 この悪法に対して、民衆の反応は鈍い。前元首の犬を始末するためだから良い法だと、ほざいている者もいる。初めのうちは、前元首の残党や野党を弾圧するために使われるだろう。その次には、民衆を弾圧するために使われるだろう。自分の身を侵害する法が可決されようとしているのに、そのことを考えていないのだ。自分たちの権利を前元首に奪われた経験をしていながら、このざまだ。
 魔物たちがこの国に入ってくれば、少しは変わるのだろうか?リナルドは考える。親魔物国となり、魔物たちは共和国に移住してきた。彼女たちは、さっそく経済活動を始めている。そして政治参加もしようとしている。次の選挙では、魔物の議員が登場するだろう。
 現在、この魔物の政治参加についても議会ではもめている。与党は、魔物の政治参加に消極的だ。彼らは、反魔物国だったころの既得権益層だ。魔物の手を借りて前元首を倒しても、魔物に対して抵抗がある。対する野党は、魔物の政治参加に積極的だ。彼らは、前元首の部下でありながら反乱を起こした者たちだ。魔物と手を組んで反乱を起こした張本人たちだ。このために、与党と野党は対立している。
 魔物か、リナルドはつぶやく。彼女たちはこの国をどう変えるつもりだ?
 リナルドは、魔物に対する不安をぬぐえなかった。

 リナルドが家に着くと、ルチアーナが待っていた。彼女は魔王軍の元外交官であり、リナルドの反乱に協力した者だ。現在は、共和国の国籍を取得している。リナルドの公私にわたる相棒であり、共に政治活動をしている。種族は、淫魔であるサキュバスだ。
 彼女は、リナルドの怪我を見るとすぐに手当てをしてくれた。リナルドは、手当てを受けながら彼女を見る。サキュバスだけあって整った顔立ちをしている。目鼻立ちがはっきりしており、肉感的な顔立ちだ。黒革で出来た露出度の高い服を着ており、豊かな胸や尻、引き締まった腰を引き立てている。黒髪から突き出ている黒い角や、背に広がる黒い翼も彼女の魅力を増している。人ならざる魅力だ。
 彼女は、ラベンダーの香水をつけている。漂ってくる香りをリナルドが楽しんでいるうちに、手当ては終わった。彼女は、紫色の瞳でリナルドを見つめる。そして口を開く。
「相変わらず議会は荒れているようね。共和制には長所も有るけれど、短所が目立ちやすいわ」
「確かにな。だが、他の政治体制よりはましだ」
 リナルドは、渋い顔をしながら吐き捨てる。
 共和制の短所は、彼は身に染みて分かっている。だが、魔王軍に所属していた者に言われたくはない。魔王は専制君主の一人だ。共和制とは敵対する政治体制を敷いている者だ。
 魔王は、国民により選ばれた指導者ではない。魔王は、国民の監視を受ける訳では無い。主権は魔王に有り、政治決定は彼女の意思が最優先される。彼女の後継者は、彼女が決めることになるだろう。その後継者とは、彼女の娘の内の一人だ。リナルドには受け入れられない政治だ。
 魔王が有能であることは間違いない。彼女は、実力で魔王の地位を手にした。そして魔物たちを支配下に置いている。魔王が率いる魔物たちは、歴史上かつてないほど勢力を拡大している。
 魔王の有能さは、反魔物国の指導者と比べればよく分かる。共和国が存在する地域に、北にある反魔物国の大国が侵略してきたことがある。地域の小国たちは、大国に従った。だが大国は、小国を守ろうとしなかった。そのために小国は、次々と大国から離れた。さらにその大国は、別の反魔物国の大国にこの地域を共同統治しようと持ち掛けた。自分の競争相手を巨大化させたわけだ。当然のことながら、その大国は地域の支配に失敗した。
 魔王は違っていた。共和国が存在する地域の小国に対して、魔王軍が守るという国際条約を結んだ。そして実行に移して証明した。他の大国がこの地域に侵略しようとすると、軍事衝突を覚悟して排除した。他国と共同統治することを拒否しているのだ。このことにより、共和国を始めとする小国は、親魔物国へと鞍替えした。このことから、魔王の有能さは十分に証明されている。
 だが、有能だからこそ問題があるかもしれない。そう、リナルドは考える。魔王は、有能であるために魔物から絶大な支持を得ている。魔物たちの魔王への忠誠は、神に対する信仰と似ている。リナルドには、主神教徒の主神への信仰と同じようなものに見えるのだ。
 主神教団は、神権政治を行おうとしている。理性に基づく合理的な政治を拒否しているのだ。リナルドには、魔物も同じに見える。理性ではなく魔術的な政治を行おうとしている。神性ならぬ魔性を持った魔王という指導者は、その魔性に頼った政治をしている。そうリナルドは見ている。
 政治は、理性に基づいた合理的なものでなくてはならない。神性や魔性に頼る不合理なものではいけない。特定の価値に頼ることなく政治を行わなくてはならない。そのための道具、あるいは手段として共和制はある。そうリナルドは考えている。
 共和制は、少なくとも他の政治体制よりはマシだ。リナルドは、苦さと共にそう考える。
 リナルドは、自分の考えに沈んでしまっていた。ルチアーナは、彼を見て苦笑する。彼女は、リナルドの前にしゃがみ込む。そして黒革の手袋で覆われた手で、彼の太ももをゆっくりと愛撫する。リナルドは、目が覚めたようにルチアーナを見つめた。彼女は微笑みかけ、太ももから股間にかけて愛撫する。
 ルチアーナは、リナルドのズボンを脱がす。彼のペニスは固くなっており、下履きを持ち上げていた。ルチアーナは、下履きを脱がしてペニスを露わにする。彼女は、肉感的な顔に笑みを浮かべる。そして赤く塗った唇をなめ、ペニスの先端に口付ける。繰り返し口付けると、顔を欲情で赤らめながら頬ずりをする。そして口付けと頬ずりを繰り返す。
 リナルドは、陰鬱な考えに沈むことを止めた。ルチアーナのなめらかな黒髪をなで、彼女を促す。淫魔たる女は、いたずらっぽい顔をしてペニスに舌を這わせ始めた。わななく肉の棒を桃色の舌がねっとりとなめる。
 二人は他のことを脇に置き、欲望に溺れていった。

 夜会は盛況に見えた。共和国の迎賓館で、人間と魔物の夜会が繰り広げられている。本来は外国の使節などをもてなす館だが、今日は人魔の交流のために使われていた。参加者は、共和国の人間の政治家、貴族、官僚、商人などだ。魔物側は、新たに共和国の貴族や官僚、商人となった者、そして魔王勢力の外交官、他の親魔物国の外交官だ。
 リナルドは、夜会が繰り広げられる舞踏の広間にいた。彼は壁画を眺めている。様々な神話上の出来事が、幻想と写実を織り交ぜて生き生きと描かれている。壁画の描かれていない壁には、色鮮やかな様々な絵がかけられている。広間の各所には、大理石の彫像が立っている。
 いずれも、共和国の歴代の権力者たちが創らせた物だ。共和国は芸術の創作が盛んであり、それらの創り手を権力者は保護することが多かった。その成果は、この迎賓館にも飾られている。迎賓館自体が芸術品だと言える。大理石で覆われた建物は、幾何学的な造りをしている。外壁、内壁ともに緻密な彫刻が為されている。
 金銀の燭台は、絵画や彫像、そして踊る人々を照らしていた。踊る人々の絹のドレスや金銀の装身具、紅玉や青玉、金剛石などの宝石を輝かせている。
 女の大半は魔物だ。黒、赤、黄、オレンジ、紫などの鮮やかな色の絹のドレスを着ている。そのドレスは、金糸や銀糸の刺繍がある物だ。体の曲線がはっきりと出るデザインであり、胸の谷間や太ももをさらけ出すきわどいデザインの物ばかりだ。金銀のティアラや首飾り、腕輪などはめており、そこには紅玉や青玉、金剛石などが付いている。彼女たちの身に付ける香水は、舞踏の間をかぐわしいものとしている。
 リナルドは彼女たちに見とれた。人間から見れば異形の者たちだが、いずれも優れた容姿の者たちだ。彼女たちは素晴らしい肢体を見せつけ、富を使って身を飾っている。そして異形の体も目を引くものだ。蛇の下半身、馬の下半身、鳥の翼、ドラゴンの翼などを彼女たちは持っている。その魔物特有のものは、彼女たちの魅力を高めている。優雅で官能的な踊りを繰り広げる彼女たちを、リナルドは見つめる。
 彼は、無理やり彼女たちから目を離す。見とれている場合ではないのだ。この夜会も政治の一つなのだ。人間と魔物たちは談笑をしている。少し見れば友好的なやり取りが為されているが、実際には緊張に満ちたものだ。お互い情報交換に励みながら、相手の腹の内を探っている。優雅な社交辞令の合間に皮肉が込められる。社交に慣れた者がこの場を見れば、その刺々しさに眉をひそめるだろう。
 リナルドの見間違いでなければ、魔物たちは終始友好的だ。だが、人間の方に抵抗があるのだ。表面的な礼儀正しさの裏に、強い警戒心がある。それは魔物の受け入れに消極的な与党の者はもちろんのこと、受け入れに積極的な野党の者にもある。
 当たり前のことだな。リナルドは、声に出さずに言う。魔物は、人間とは違う存在である上に侵略者なのだ。共和国の内紛に介入して勢力を拡大しているのだ。警戒しない方がおかしい。
 リナルドは、沈んだ表情になりそうになる。外国勢力である魔物たちを共和国に引き入れたのは、彼なのだ。内政を解決するために外国勢力を引き入れることは、政治手段として下策だ。その下策をやってしまったのだ。やらざるを得なかったのだ。
 しばらくは実利的な交渉を中心にやった方が良いだろう。そうリナルドは考えている。魔物たちが入り込んだ経過や人間側の不信を考えると、急に親交を結ぶことは難しい。経済上の堤体や貿易交渉などを中心にやった方が良い。実利的なことならば、交渉の余地がある。現に、魔物側からは技術提供の申し出がなされている。実利を得ているうちに、魔物を徐々に受け入れるかもしれない。そうリナルドは見ている。
「せっかくの夜会なのだから、もっと楽しそうな顔をしなさいよ」
 ルチアーナは、リナルドの腕に手をかけながら言った。彼女もこの夜会に参加している。元魔王勢力の外交官であり、次の選挙では共和国の議員候補として立候補する。この夜会は、協力者を得るために彼女には必要なのだ。
「楽しんでいるさ。目の保養になるからな」
 リナルドは笑みを浮かべながら言う。そんな彼の腰を、ルチアーナはつねる。
「彼女たちに遊びで手を出したら、痛い目に合うわよ」
 リナルドは苦笑する。魔物娘にとって浮気は禁止事項だ。それは人間よりも厳しい。
 リナルドは、ルチアーナの格好を見た。彼女は、蜘蛛の魔物娘アラクネが作ったドレスを着ていた。アラクネの糸を黒く染めた生地を使い、銀糸で刺繍されている。胸の谷間の見えるデザインであり、彼女の豊かな胸を引き立てている。ドレスには深いスリットが入り、白い太ももと黒いストッキングが見える。そして彼女は、銀で出来たティアラや首飾り、腕輪や指輪を付けていた。
 やはり素晴らしいな。リナルドは声に出さずにつぶやく。魔物娘はいずれも優れた容姿だが、サキュバスであるルチアーナの魅力は際立っている。少なくともリナルドにはそう見える。こうして夜会用の格好をすると、彼女の魅力は増す。
「あいさつ回りは済んだか?」
 リナルドは、ルチアーナに見とれそうになることを抑えて質問する。
「ええ、野党の議員に挨拶は済んだわ。主だった官僚にもね」
 ルチアーナは、野党から出馬する。野党議員と交流する必要はある。そして実務を担う官僚との交流も必要だ。リナルドは、彼らには事前に話を付けておいた。その後で、ルチアーナはあいさつ回りをしたのだ。
「商人たちには話を付けなくていいのか?」
 リナルドは確認する。共和国は商業が盛んだ。議員は、商人の支持を得る必要がある。
「この夜会に参加する商人には、話をする必要は無いわ。私が支援して欲しい商人は、別にいるからね」
 ルチアーナの答えに、リナルドは考えをめぐらす。
 彼女は、生活物資を扱う小商人や職人の支持を得ようとしている。彼らは、この夜会には参加出来ない。参加しているのは、彼らを締め付けて収奪する大商人だ。ルチアーナは、小商人の寄り合いや職人組合に顔を出している。魔物と彼らの協力関係を結ぶために交渉しているのだ。
 この国には、魔物以外の新興勢力が勃興するわけだな。リナルドは無言でつぶやく。次の選挙では、小商人の代表や職人組合の代表が議員として立候補するだろう。彼らを支援するのは魔物だ。新興勢力は、既得権益層と権力闘争を繰り広げるだろう。
 この国は、変わらざるを得ないだろう。リナルドは、そう判断している。すでに大きな変化が始まっている。そして魔物を引き入れることで、リナルドは変化に大きく加担した。
 この変化を推し進めよう。この国を改善するためには変化が必要だ。変化により悪くなる可能性もある。その時は、誤りを認めて修正しよう。独裁者を倒した時のように。リナルドは、苦痛を感じながら考える。
 共和制は、誤りを修正できる体制だ。少なくとも独裁政治や専制君主制よりは、誤りを修正しやすい。それこそが共和制の最大の長所だろう。そうリナルドは考える。
 曲が終わり、踊りがいったん終了した。新たな舞踏を始めるために小休止となる。踊っていた男女は、手を取り合いながら別室へ歩いていく。あるいは庭園の方へと向かう。男は人間、女は魔物だ。
 リナルドは小さく笑ってしまう。彼らは、お楽しみを始めるようだ。魔物娘は性に積極的だ。この夜会で早速相手を見つけ、快楽の時間を過ごそうと言うのだろう。
 ルチアーナは、リナルドの肩を撫でる。
「私たちも庭園に行きましょう。この庭園は、快楽の時を過ごすのに向いているわ」
 ルチアーナは、両腕で胸を挟んで強調する。白い胸の谷間が燭台の光で輝いている。彼女からは、ラベンダーの香水の甘い香りが漂ってくる。リナルドは、その香りが胸の谷間から漂ってくる気がした。
 彼は、サキュバスの手を取る。性を司る魔物は、伴侶たる男と共に歩く。二人は、月光で輝く薔薇の生け垣に消えていった。

 半年後に選挙が行われた。結果は与党の敗北、野党の勝利となった。議会の過半数を野党が占めた。元首は議員により選出されるため、元首も野党から出馬した者だ。政権交代が起こったのだ。
 野党からは魔物が大勢立候補し、彼女たちは議員として当選した。また、小商人や職人の代表者も、野党から出馬して当選した。リナルドは再当選し、ルチアーナは初当選した。彼らは政権交代により、与党議員として活動することとなったのだ。
 リナルドは、祝賀会で葡萄酒に酔いながら国の行く末について思う。これで大きな変化が起こった。新たな勢力が政治に参加したのだ。貴族や大商人が意のままに振る舞い、軍人が台頭して独裁者となる事態を引き起こしたのが今までの共和制だ。だが、構成員が変われば共和制も変わる。これで共和制は改善するかもしれない。議会はマシになるかもしれない。
 そう酒に酔いながら思った。

 議会は笑劇の最中だ。野党議員の質問に対して、与党議員が答えている。野党議員は、質問の形を取りながら与党議員を非難している。答弁に答えている与党議員は、複数の魔獣が合わさった魔物娘キマイラだ。複数の者が一人の者の中にいるように、支離滅裂な答弁をしている。議場には、野党議員のヤジと露骨な嘲笑が響き渡る。
 与党議員たちは、野党議員たちに対してヤジを飛ばす。狼の魔物娘であるワーウルフ議員は、遠吠えの様なヤジを響き渡らせる。少し離れた席では、鳥の魔物娘ハーピー議員と歌う鳥の魔物娘セイレーン議員が、審議そっちのけで談笑している。
 その前の席では、豚の魔物娘オーク議員と蠅の魔物娘ベルゼブブ議員が堂々と弁当を食っていた。その左側の席では、牛の魔物娘ミノタウロス議員と羊の魔物娘ワーシープ議員が居眠りをしている。ミノタウロス議員に至ってはイビキをかいている。
 突然審議が止まり、採決が行われた。悪魔である魔物娘デーモン議員は、業を煮やして強行採決に出たのだ。たちまち議長席の周りに与野党議員が駆け込む。双方の議員は、怒号と罵声を上げながら殴り合いを始める。
 議長席の前では、鬼の魔物娘オーガ議員と元軍人の野党議員が派手な殴り合いをしている。魔犬の魔物娘ヘルハウンド議員は、その殴り合いに飛び込もうとする。彼女の背後から、武闘派として知られる野党議員が飛び蹴りを食らわせる。たちまち二人は、床を転げまわって乱闘を繰り広げる。
 騒ぎで目を覚ましたミノタウロス議員は、寝ぼけ眼で辺りを見回す。そして事態に驚いて議長席へ駆け込む。だが寝ぼけているために、議長席にある机に頭から突っ込んでしまう。破裂するような音を立てて、机が砕ける。ワーシープ議員は、騒ぎにもかかわらず寝ている。
 魔物娘の母と言われる蛇の魔物娘エキドナ議員は、何とか議会の混乱を鎮めようとする。だが与野党を問わず、だれも彼女の相手をしない。エキドナ議員の必死な声は、怒号と罵声にかき消される。
 リナルドは、呆れた顔で議場を見回した。これでは前と変わっていない。選良とは程遠い痴愚たちの饗宴だ。これでは、何のために魔物を議員に引き入れたか分からない。
 ルチアーナと目が合った。彼女は、苦笑しながら彼を見る。リナルドも苦笑する。
 今は仕方ない。急に改善することは無理だ。徐々に改善していかなくてはならない。政治とは、固い岩盤に穴を開けていくようなことだ。挫折しても挫けず、粘り強く挑み続ける。それが政治に携わる者の義務だ。リナルドはそう考え、口を引き締める。
 魔物を伴侶とした議員は、混乱を極める議場の中で、これからの審議予定と野党との交渉予定について考え始めた。

16/11/15 23:02更新 / 鬼畜軍曹

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