戻る / 目次 / 次へ

豚足

 オーク達の内外からの奇襲を受けた街の中は、今や阿鼻叫喚ならぬ、艶媚嬌喚な光景が広がっていた。
 街道では武装した市民が武器を取り落としオークの肉々しい身体に犯されている。入口を壊された民家の中からはベッドの軋む音が響き漏れる。見掛けた人間の女は殆んどが縛られ、恐らく配偶者の居るだろう女はオークと貝合わせで疑似セックスをさせられている。その内欲望が肥大化してオークと区別の着かない豚に堕ちていくのだろう。女に対しそれ以外の事にオーク達の興味は一切向いていない。
 路地を視界に通り縋ると、男の子が訳も判らず泣いていたが、その後ろにオークが今や襲わんとしているのが見えた。通り過ぎた時にはすでに、泣き声は鳴き声に変わっていた。
 そんな中を悠然と歩く。自分の仕向けた成果は上々だ。怪我人などが居れば医療班を呼ぶつもりだったが、その必要もなく占領出来たらしい。
「あの〜、ご主人様」
 必要以上に媚び媚びな声を無視して歩く。
「あの、ご主人様! ご主人様ぁ♪ ご主人様っ♥ ごしゅじんさまぁ〜! ……ご主人様? ごーしゅーじーんーさーまー」
「……だー! うっさいッ」
 振り向く。メイド服を着たオークを眼前に据える。腰を捻ってケツに回し蹴りを食らわせると、此奴は「あふん♥」と吐息を漏らす。其れがまたイラッとする。
「詰まらない要件を口にしたら今晩の夕食は豚の丸焼きや……」
「そんなぁ。あ、でもご主人様に食べて頂けるなら、アタシ……♥ ほんも」
 其れ以上言わせる前に首を絞める。
「そうかそうか。なら今の内に食材をシメておかないとな」
「じょ、冗談! ジョーダンですよぉ♥ ぐえーっ」
 離してやる。別に可哀想になったからとかではなく、首を絞められているにも関わらず嬉しそうに弛緩した笑顔を浮かべている此奴の相手をするのがバカバカしくなったのだ。
「ぷひ♥ もうおしまいですか? もっと強くして下さってもいいんですよ……?」
「早く、要件を、言っては、頂けませんか?」
「え、笑顔が凄く怖い! あ、あの……差し出がましい様なんですが……」
 丈の短いスカートで、腕をもじもじさせるローニャ。
「ご褒美、は?」
「はぁ?」
 ローニャは、すると涙目で訴えて来た。
「オークを取り纏めたのは此処一帯を縄張りにしていた山賊の頭だろうが。目当ての男攻略する片手間に手伝ってくれたそうじゃないか」
「そ、そんなぁ! そもそも私が恥を忍んで昔の仲間に掛け合ったから此れだけ集まって貰えたんですよぉっ? あの子だって私の友達なんですからねっ。すっごく馬鹿にしてきましたケド!」
 元々ローニャはバリバリの山賊でかなりの規模の山賊団を、他に二人の魔物と共に率いていた経緯がある。何方かと言えば男を下僕として扱う側だった。無論、昔の仲間も例に倣う。其れが今では山賊団を潰された上小間使いとして主人に媚びに媚びる姿にまで堕ちてしまっては、そりゃ面目というか何というかが丸潰れだろう。
「馬鹿にって、それは酷い」
「でしょー! 私は只理想のご主人様を見付けただけだっていうのにー!」
「馬鹿に失礼だ」
「……はうん♥ 言葉攻め……♥ このSっ気が堪らない……♥」
 どうしよう、眩暈がする。風邪かな。どうもマオルメ達とは違う感じに振り回されている。此奴手元に置こうと思ったの間違いかも知れない。
 まぁ置こうと思ったものは仕方ない。兎も角、ローニャへのご褒美というのは何か考えておかなければいけないだろう。いや、実は既に考え付いているのだが、口にするのは悔しいので別件で同じ事を頼んだ時の為のバリエーションを想定しておく。
「……まぁ、皆最後には祝福してくれたんですけどね……♥」
 ぼそりと呟いたローニャの台詞を、聞こえなかった振りをして、先に進む。
「あ、待って下さいよぉ。もうこの街には面白いものなんてないと思いますよ? 何かお探しですか?」
「なんで俺が此処の攻略にオークを煽動したか判るか?」
 ローニャは考える素振りを全部省いて「判りません♪」と答えた。黙ってケツを蹴り上げる。虚しい事に、此奴は普段此れを期待しているのだ。
「この街には近場に森と洞窟がある。これは基本的にオークを伏せて置くのに有効だ、と謂う事。其れと、此処を本隊で攻めるとなると勘付いた王都の騎馬隊に側面を突かれる可能性が合った。その為奇襲を掛けて速やかに制圧し、救援の伝令は必ず森を通るから其処で伏せていた部隊が美味しく頂く様に算段を付けたかった。オークは鼻が利く。森の何処を通っても、彼女達なら見逃しはしないだろう。おまけにこの時期偶然、発情期を迎えるオークが一杯居るそうだから、猶更見逃さない」
「ほえー。ご主人様、流石です♥」
 馬鹿にされた気がしたのでケツを蹴り上げる。素直に賞賛したつもりだったローニャは頭上に疑問符を並べながらお尻を撫でる。
    此奴は徒党を組むオークの中で戦略を以てして略奪を行った初めてのオークだった。見た目とは裏腹に、卑怯さと卑劣さに掛けては遥かに俺を上回る。今はその能力が俺への媚び諂いに向いているのが何とも奇妙な話ではあるが。
「……俺はお前と戦術の話をしたかったんだがな……何か反省点とかあったかなーとか」
「うんと、戦術なんて、私みたいな下賤な雌豚には、よく判らない事なんですけど……」
 と、カマトトぶった前置きを置いて、語る。
「もし伝令が女の子だったり、既婚者だったりすると、幾ら発情期のオークでも無視しちゃってたかもしれませんよ。あの子達、命令あんまり覚えないですから。通り過ぎた人間全部捕まえろっていっても、どうせ自分の目当ての男の人じゃないと興味示しませんし……正直、ギャンブルだったかなって……あ、いや、全然良く判んないんですよ? ご主人様の作戦、素晴らしかったから、私みたいなのの意見が何の役に立つか判らないんですが……ひゃん♥」
 ケツキック。最後の取って付けた様なフォローは完全に期待していたからだ。
「……確かにな。だが一応この街に控える警備兵の殆んどは独身だってのは調べを付けていたからその心配はあんまりなかった。しかしそれでもギャンブル色は強かったのは確か……ふむ、可能性を排除した気になって油断していたな」
「後ですねぇ。質よりも数っていうのは確かに正解だと思うんです。私達って、一匹だと弱いけど数が揃うと其れはもう強気になりますから。でもねぇ、無暗に物壊したり、遣り過ぎちゃいますから……ご主人様のお気に召す成果とはちょっと異なるかなーと」
 ローニャがそう話した途端、通り過ぎた民家が粉塵を撒き散らして倒壊した。すっかりレイプに夢中になっていたオークが一匹下敷きになる。大惨事と思いきや、瓦礫に埋もれてもまだ腰を振っているのが、隙間から垣間見えた。
「時々魔物って凄いなと思う時がある」
「そうですか? 私はご主人様の方が凄いと思います! それはもう夜なんか特に……あぁん♥ この感じぃ♥」
 ケツを蹴り挙げられてもまだ言い続けるか此奴は。
「……でも、ご主人様は本当に凄いと思います」
 ローニャが俺の腕を肉々しい胸に抱き締める。
「私の足りない脳みそなんかじゃ及びもつかない……戦略や戦術なんて目じゃない位。だって、オークを使った一番の理由……ううん、私を昔の仲間と引き合わせた理由だって……♥」
 ケツキック。ケツキック。
「其れ以上言うな」
 別に、此奴がこの前「昔の仲間は今どうしているかな」とか話していたのは関係ないのだ。「私にもご主人様が出来たんだって連絡したいな」と言っていたのも関係ない。
 そりゃあ? 確かに? ローニャが指摘した理由の通り、この占領にオークを使う意味なんてぶっちゃけ薄いですよ? でもね、だからっつってはははそんな事の為に重要な戦略に私情を混ぜ込む訳あるまいはははは。
 何せ此方が成功しなければ、本命である王都攻略に本隊が背後を突かれるかもしれない。大変重要な局面なのだ。だからこそ、確実性を求めたつもりだ。だから、その、たかが一メイドの個人的な感傷に関わるつもりなんて。
「訊かなきゃ良かった」
 余計な事。でなきゃローニャにからかわれる事もなかったのに。
 ローニャは額を俺の腕に擦り付ける。
「……愛してます。ご主人様……♥」
「……チョップ」
「あいた♥ もう、照れ屋さんなんですから♪」
 溜めて、ケツキック。ローニャの70kg台の体重が2M程飛び上がった。
「さーて。次は……近くの孤児院の視察かぁ。未成熟児童の数の確認だなー。流石に1歳児や2歳児に手を出すのはおじさんもドン引きだからなー。悪影響が出ない内に回収して然るべき施設に収容って所か」
「ちょ、ちょっと待って下さいよぅ。あの、服が、看板に引っ掛かって……おーりーれーなーいー!」
「数があれだなー。多かったら、中央に連絡して里親探しか。人間の子が欲しいっていう魔物の夫婦が人間の孤児を引き取って我が子として育てる支援をウチの領地で試験導入したは良いがまだまだ周知されてないからなぁ。全く、領地を占領したら絶対性的にどうしようも出来ない子供の処遇が問題になるっていうのに魔界全体の関心度が低いってのも、どうしたもんか。といっても安直に淫魔化させると人間の数が減るだけ。デリケートな問題だっつーのに、こういう皺寄せ的な事に実働部隊が頭悩ませてるんだから如何に上が仕事してないか判るな。あーあ、全く全く」
「え、ちょっと待って下さい! 放置? 放置プレイですか!? ……あふん♥ ご主人様、それだったら目隠しを忘れてますよ!♥ あと猿轡も外せないんじゃないですかね!♥ 聞いてますか? ご主人様ー!」
 独り言を喋り通りてその場を離れる。
 顔が熱くなっているのがローニャにバレない事を祈った。

戻る / 目次 / 次へ

【小ネタ】
「満足した豚であるより、不満足な人間であるほうがよく、満足した馬鹿であるより不満足なソクラテスであるほうがよい」
ジョン・スチュアート・ミルの功利主義論より引用。

曰く、豚は飯食って寝るだけでこれ以上なく満ち足りるが、人間はそうじゃない。愛や誇りや安定によって満足を得る。
曰く、馬鹿は不完全な状態だと理解出来ないから欠ける事なく感じて満足しているが、知性者は不完全を理解し許容する。
どっちが幸せだろうか   というような話。
JSミル曰くそれは後者だと。
豚が豚にとって幸せだろうと、人間が豚になろうと思わない。
馬鹿が馬鹿にとって幸せだろうと、知性者が馬鹿になろうと思わない。
満足と幸福は違う。自分がこれ以上望まぬ能力と姿である事が幸せだ。
調べてみてそんな感じに解釈しました。

拙作を読まれた方の中で興味がある方がいらっしゃいましたら、また引用元を調べてみて下さいね。

13/01/06 05:01 Vutur

top / 感想 / 投票 / RSS / DL

まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33