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クリスマス・コレクション
 人間の白河武流とアラクネのメイディが恋人同士になって、一週間が経った。一年先輩のメイディが屋上に武流を呼び出し、そこで壁ドンからの「私のモノになれ」宣言をしたことが、関係変化の決定的要因だった。
 秋が終わり、季節がすっかり冬に移り変わった頃のことである。
 
「あなたはもう私のモノなんだから。絶対に離さないんだからね」
「はい。僕も一生、あなたについていきます」
「あの二人が正式にカップルになったぞ!」
 
 なお二人がくっついたことは、すぐに学校中に知れ渡った。しかし変に盛り上がりはしなかった。むしろ「やっとか」と言わんばかりに、それを知った者の大半が老婆心ながら安堵した。二人がいい雰囲気になっていたのは、メイディが行動を起こす前から周囲にバレバレであったからだ。
 
「なんでバレたのかしら」
「不思議ですね」
 
 なお当事者である二人は、その「いい雰囲気」を完全に隠せていると思っていた。武流とメイディは告白前から両想いの間柄であったが、それを知るのは自分達だけだと本気で考えていた。
 二人して隠し事は壊滅的に下手だった。悲しいことに、二人はそれにも気づいていなかった。
 
 
 
 
「親愛なるタケルへ。今日は両親が不在なので、我が家に来るように。サプライズを用意してあるので、絶対来るように」

 話を戻す。メイディが告白した一週間後、武流は当のメイディからそんな内容のメールを受け取っていた。運良くその日は休日だった――確信犯である――ので、武流も快くそれを受け入れた。何よりメイディの家に上がるのはこれが初めてになるので、武流の胸は喜びでいっぱいになった。
 疑念を抱く、警戒すると言うようなことは欠片もなかった。善人である。
 そしてその日、善人の武流は喜びのままに家を出た。午前九時のことである。
 
「ごめんください。武流です」
「あら、いらっしゃい。よく来たわね。歓迎するわ」

 メイディの家は、武流の家から自転車で十分ほど漕いだ所にあった。メイディは玄関前で武流を出迎え、二人仲良く敷居をまたいだ。
 彼女の家はアラクネ属の体型に配慮してか、周りのものより一回り大きく、おまけに二階建てだった。それを見た武流が高そうだと正直に呟くと、魔界にいる母の友人に頼んで作ってもらったから安く済んだとメイディが楽しげに答えた。
 蜘蛛の先輩も今日を心待ちにしていたことが、その言葉の調子ではっきりとわかった。隠し事が下手な先輩だったが、武流はそこもまた愛らしいと思っていた。
 
「そんなことよりタケル。早く私の部屋に行きましょう。もう歓迎の準備は出来てるんだから」
「は、はい。そうですね」

 そこで話を切り上げ、メイディが本題に戻る。武流も頷き、二人はメイディを先頭にして二階に続く階段を上った。二階部分には複数の扉があったが、カップルは迷わずメイディの部屋に続く扉を開けた。案の定中は広く、メイディがくつろげるスペースが十分確保されていた。
 
「やっぱり大きいなあ。うちとは全然違うや」

 中に入った武流が顔を上げ、辺りを見回しながらしみじみ言う。
 メイディからの反応はない。
 
「先輩?」

 不安に思った武流が視線を戻す。前方にいたはずのメイディが、影も形も見当たらない。
 胸中の不安が増す。刹那、背後からガチャリと音が響く。
 
「えっ」

 思わず後ろを振り向く。そこにはドアを閉め切り、鍵をかけたメイディの姿があった。
 
「なにを……」
「かかったなアホが!」

 武流が疑念をぶつけようとする。
 次の瞬間、メイディが武流に向かって糸を飛ばした。
 
 
 
 
「それで、先輩は僕にこんなことして何がしたいんです?」
「安心してタケル。別に取って食おうとかは思ってないから」

 数秒後。見事に蜘蛛の糸で簀巻きにされ床に転がされた武流を見下ろしながら、メイディがご満悦の表情で言ってのける。
 無論武流も、そのことは承知している。メイディは強引な手は使うが、暴力的な手は決して使わない。そのことは彼が一番よく知っている。
 だから武流は、簀巻きにされても冷静さを失わなかった。床に転がされた体勢のまま、まっすぐメイディを見つめて彼女に問うた。
 
「じゃあ今日はなんで呼んだんですか?」
「あなたに私の作った服を着てみてほしいのよ」
「服?」

 メイディの答えを聞いて、武流が首を傾げる。アラクネ先輩が腕を組み、たわわな胸をさりげなく強調しながら言う。
 
「そう、服。私達アラクネは自分の糸で服を作るってこと、もう知ってるわよね」
「はい」

 即答する。武流にとっては常識だ。
 気分を良くしたメイディが頷いて続ける。
 
「それで私も、その、何着か作ってるんだけど。自分のセンスに任せて作ったものばかりだから、その」
「実際に人が着たら似合うかどうかわからない?」
「ええ、そう」
「だから僕に試着をお願いしたい?」
「その通りよ」

 察しがいいわね。嬉しそうにメイディが言う。喜ぶメイディを見て、武流も自然と笑顔になる。
 
「そういうわけでタケル、今日一日私につきあってもらうからね」
「そういうことなら喜んで」
「ありがと」

 笑顔で快諾する武流に、メイディが笑って感謝を伝える。そんなメイディに、武流が思い出したように質問する。
 
「それはそうと先輩、どうして僕をぐるぐる巻きにしたんですか?」
「気分よ」
「あ、はい」

 あっさり返すメイディに、武流もあっさり引き下がる。気ままで気まぐれ。このアラクネはいつもこんな感じだ。
 でもそこが愛おしい所でもある。武流は呑気にそんなことを思った。言葉には出さなかったが、ニヤニヤ笑う顔が彼の心情を如実に物語っていた。
 本当に隠し事が下手だった。
 
 
 
 
 数分後。本番が始まる。糸を解いて解放した武流をベッドに腰かけさせ、自分はクローゼットの前に陣取り彼と相対しながら、メイディが口を開く。
 
「それじゃあ早速行くわよ。準備はいい?」
「はいっ」

 それなりに緊張した武流が、背筋を伸ばし肩を強張らせて返事する。そのような形で真面目さを発露させた武流に親しみを感じつつ、メイディがゆっくりクローゼットを開ける。
 
「じゃあ最初はねえ……これにしましょう」

 武流に背を向ける格好で中を物色し、初めの一着を引っ張り出す。その衣装はメイディの大柄の体躯に隠され、武流には見えなかった。
 その後メイディが服を持ったまま身を翻す。そこでようやく武流が、メイディの持つそれを視認する。
 
「スーツ?」
「スーツよ」

 メイディの回答が示す通り、彼女の手にあったのは上下ワンセットの黒いビジネススーツだった。ご丁寧に白いワイシャツと黒いネクタイも付属している。
 提示されたそれは、良く言えばシックな、悪く言えば地味な代物だった。
 
「それが一つ目ですか?」

 案外普通な代物が出てきたことを受け、思わず武流が問いかける。メイディは地味と知りつつ、堂々と言い返した。

「ええ、そうよ」
「見た感じ普通のスーツみたいですけど、何かテーマとかあるんですか?」
「執事よ」
「執事ですか」

 メイディは堂々と返した。オウム返しした武流は、すぐに渋い顔をした。
 
「でもそんな立派なもの、僕が着ても似合いますかね?」
「似合うわよ。タケルは何着ても似合うもの。私が保証する」

 メイディがきっぱり言い放つ。それとない惚気であるが、二人の日常的なやり取りでこれくらいは当たり前だ。
 
「そういうわけだから着てみなさい。あなたに拒否権は無いのよ」
「わかりましたよう」
 
 そして武流もまた、メイディの要請を二つ返事で了承する。それが何であれ、メイディの作った服を着られる。それがたまらなく嬉しかった。
 惚気だ。武流もメイディも、それを日常生活でそれとなく発露させていた。当人たちはそれを隠し通せていると本気で思っていた。
 
「それじゃあ着てみますね」
「お願いね。後ろ向いてるから、済んだら声をかけて」
「わかりました」

 言葉通り、メイディが武流に背を向ける。それを見た後、武流がおもむろに着ていた服を脱ぎ始める。
 自分のすぐ後ろで布擦れの音が小刻みに聞こえてくる。高鳴る鼓動を抑えつつ、メイディがその時を待ち続ける。
 
「出来ました」

 やがて武流が声をかける。それを聞いたメイディはすぐには振り返らず、一旦深呼吸して平静を保ってから、ゆっくり武流の方を向いた。
 
「ど、どうでしょう?」

 そこには汚れ一つない黒のスーツをきっちり着こなした、最愛の彼氏の姿があった。やや服に着せられている感じはあったが、その初々しさがまた愛らしい。
 慣れない執事のコスプレをした武流を見て、メイディは自然と笑みを浮かべた。
 
「やだ、尊い」

 そしてその感情を即座に言葉で表す。言葉だけでは足りず、懐からスマートフォンを取り出してカメラ機能を起動させる。
 
「どうしましょう、私の彼とっても尊いわ。これは保存しておかないと」
 
 次の瞬間、部屋の中にシャッターを切る音が響く。不意打ちでフラッシュを食らった武流が、驚きながらメイディに尋ねる。
 
「ちょっと、いきなり撮影はやめてくださいよ」
「ごめんなさい。でもあんまりにも今のタケルが素晴らしくって、つい自慢したくなっちゃったのよ」

 興奮ぎみにメイディが答え、再びシャッター音が響く。若干の不安を覚えた武流が、メイディに言う。
 
「ツイッターにあげるんですか?」
「安心して。LINEよ。友達の魔物娘に見せてあげるのよ」
「あっ、そっちですか」

 それなら安心だ。武流の心から不安が消える。メイディのLINEグループに属する魔物娘は、全員武流とも顔馴染みだった。二人がつき合ってることも当然知っていたし、二人の惚気話を聞かされたりもしている。
 気の置けない人達だ。それなら大丈夫だ。
 
「そうだタケル。せっかくだから執事っぽい仕草とかしてくれないかしら」
「執事っぽい?」

 心が軽くなった次の瞬間、メイディから注文が飛んでくる。唐突であるが、メイディの気まぐれは今に始まったことではない。
 
「……あまり期待しないでくださいね」
「いいから、いいから。ちょっとやってみてよ」
「ううん……」

 彼女からの催促に、武流がしぶしぶ引き受ける。その後一歩退き、恭しく一礼して気取った声を放つ。

「――私はあなたのしもべでございます」
「あ」
「なんなりとお命じください、お嬢様」
「……」

 反応がない。最初に何か言おうとしたきり、なんの音沙汰も無い。
 予想ではすぐにレスポンスが来るはずだったのに。武流は頭を下げた姿勢のまま怪訝に思った。

「……先輩?」

 恐る恐る顔を上げる。そして視界に映る光景を見て、反射的に声を上げる。
 
「うわっ! 先輩!」

 そこには鼻から血を流し、安らかな表情で天を仰ぐメイディの姿があった。その体は魂が抜け落ちたかの如く微動だにせず、その顔は白磁の彫像の如く美しく凍りついていた。
 
「かわいい……しねる……」
 
 実際、彼女は昇天していた。普段と違う武流の姿に心打たれ、完全に意識を彼方へ羽ばたかせていた。自分の服を身に着けたタケルがこんなに素晴らしいなんて。全部タケルが可愛すぎるのが悪い。
 そうして彼氏の愛らしさに酔いしれるメイディの元へ武流が駆け寄る。アラクネの肩を掴み、我に返そうと必死で揺さぶる。
 
「先輩! 戻ってきてください! 先輩!」
「ああ神様……タケルと会わせてくれてありがとうございます……」

 なおも上の空なメイディが完全に自分を取り戻すのは、それから数分後のことである。
 
 
 
 
「ああ、死ぬかと思った」

 数分後、我に返ったメイディが他人事のように呟く。武流は当然「笑い事じゃないですよ」と釘を刺したが、当のメイディは「あなたが可愛いのがいけないのよ」としれっと言ってのけた。
 
「僕のせいですか?」
「そうよ、あなたのせいよ。それはそうと次の服着てみましょうか」

 さらにそこから強引に話を変えていく。無理矢理話を逸らされた武流は一瞬唖然としたが、すぐに「しょうがないなあ」と言わんばかりに肩を竦めた。
 本当に、メイディには頭が上がらない。
 
「次は何を着せるんです?」
「そうねえ、次は……」

 観念した武流が次を尋ねる。メイディは首を傾げつつ、身を翻してクローゼットに向かう。
 
「つーぎーはー、どれがいいかなー?」

 クローゼットを開き、ウキウキした声で物色する。武流は執事服のまま、そんなメイディの後姿をまじまじと見つめる。
 そして暫くした後、メイディが探す手を止め、再び武流の方を向く。
 
「これなんてどうかしら」




 次に出されたのはワンピースタイプのチャイナ服だった。一応上は服の体をなしていたが、下の部分は太腿までしか隠せておらず、非常に際どいデザインをしていた。

「脚がすごいスース―するんですけど」
「丈が短いからね」
「これズボンないんですか?」
「……」
「ズボン無いんですか!?」

 武流の悲鳴が部屋に満ちる。メイディはそれを無視し、鼻血を必死にこらえながらスマートフォンの写真機能を起動させた。
 
「あっ、でもこれ、先輩の匂いがまだ残ってる……」
「やめなさい! 匂い嗅ぐのやめなさい! そんなもの残ってるわけないでしょう!?」

 なお撮影中、恋人の残り香に気づいた武流が鼻をひくつかせ、メイディが慌てふためいたりもしたのだが、それはまた別の話である。
 
 
 
 
 次にメイディが出してきたのは、白いコートと白い長ズボン、そして白く細長い布だった。特にコートの裾は無駄に長く、それはあろうことか脛の位置まで降りて来ていた。それ以外の特徴は無かったが、このブツが一般的なものでないのは明らかだった。
 
「それはなんですか?」
「特攻服よ」
「……暴走族にはなりませんよ」
「違うわよ。これもコスプレの一環よ。なよっとした人が、迫力満点の服を着こなす。そのギャップを楽しむためのコスプレね」
「はあ」

 言いくるめられた武流がそれを受けとる。そしていざ着ようとしたところで、武流があることに気づく。
 
「でも、なんでさらしなんて使うんですか?」

 巻き始めながら浮かんだ疑問である。大してメイディは再びスマートフォンを構えつつ、顔を赤くしてそれに答えた。
 
「あなたの乳首を見ていいのは私だけだからよ」
「あっ……」

 それを聞いた直後、武流が押し黙る。メイディも同じように黙り込み、双方無言のまま着替えが進行する。
 数分後、ただカメラのシャッター音だけが室内に響いた。二人は顔を真っ赤にしていたが、うっすら笑みを浮かべてもいた。
 
 
 
 
「じゃあ次はこれ」
「着物、ですか?」

 武流の指摘通り、メイディが出してきたのは紺色の和服だった。それまでとは打って変わって落ち着いた、ある意味堅実な衣装の登場に、武流は逆に心配を覚えた。
 
「失礼ね。私だってちゃんとした服くらい作れるわよ」

 武流の疑心を敏感に察知したメイディが口を尖らせる。心を見透かされた武流は慌てて「ごめんなさい」と謝ったが、メイディはそれ以上怒ることはせず、手にした着物を武流に押しつけた。
 
「ほら、いいから。とにかく着てみなさいな」
「は、はあ」

 受け取った武流が和服へ着替え始める。着付け方は前にメイディから習っていたので、これくらいは簡単である。
 
「うわあ……!」

 数十秒後、着替え終えた武流が歓声を上げる。それは自分の体躯にぴったりであり、緩すぎずキツすぎず、絶妙な着心地を提供してきたのである。
 故に武流は感動した。お金を払って買い取りたいと思ったほどであった。
 
「凄いです! これ本当に先輩が作ったんですか?」
「もちろん。それくらい朝飯前よ」

 感激する武流に、メイディが得意げな態度で答える。この時の彼女は、見るからに嬉しそうだった。
 当然だ。彼氏に自分の作った物を褒められて喜ばない者はいない。
 
「でも、なんでこんな上等な服を作ろうと思ったんですか? これ手触りとか着心地とか色々、かなり手間がかかってますよね」
「それはもちろん私のためよ。それを着たあなたと一緒に、夏にお祭りにでも行きたいなあって思って……」

 だがこの時のアラクネは、喜ぶと同時に油断していた。疑問を投げた武流に対し、メイディはあっさり己の本心を曝け出してしまった。
 
「あっ」

 そこまで言って、しまったと気づく。口を閉じるが、後の祭りである。
 同じように武流も沈黙する。静寂が場を包む中で、武流が顔を赤らめ、脳内で何事か妄想し始める。
 
「先輩と一緒に……」

 武流が呟く。直後、何かを察したメイディの顔が茹蛸のように真っ赤になる。
 
「いいから! ポーズ! 早くポーズ取りなさい!」
「は、はい!」

 その後恥を隠すように、必要以上に声を荒げてメイディが催促する。武流もそれで我に返り、言われるがまま大急ぎでポーズを取り始める。
 こうしてこの時の撮影会は、非常に慌ただしいものとなった。
 
 
 
 
 ファッションショーはこの後も続いた。水着、放浪者、魔法少女、勇者、踊り子。完全にメイディの好みで生み出されたそれらの衣装を、武流は自ら進んで着こなしていった。
 
「さすがに踊り子はやりすぎですよ」
「そんなことないわよ。あれくらい、露出の範疇には入らないわ」
「ええ……」

 踊り子の撮影を済ませた時には、既に陽が傾き始めていた。元の服に着替えながらメイディと会話していた武流は、会話中にふと窓の外を見たことでようやくそれに気づいた。
 
「――あ、もうこんな時間」
「ちっ、気づいたか……そうね、楽しいことをしてると、時間が過ぎるのもあっという間ね」

 武流の言葉にメイディが反応する。幸いなことに、前半部分の悪態が武流の耳に届くことは無かった。
 そして本心を隠しつつ、さりげない態度でメイディが武流に言う。
 
「タケル、最後にもう一つだけ着てみてほしい服があるの。いいかしら」
「最後の? ええ、構いませんよ」

 その問いに、武流が快く承諾する。それを聞いたメイディが身を起こし、再度クローゼットへ向かう。緊張を気取られないよう細心の注意を払いつつ、メイディが意識して肩の力を抜いてクローゼットを開ける。
 目当ての代物は、開けられたクローゼットの端の方にあった。メイディが手を伸ばし、ハンガーに架けられたそれを掴む。
 
「これね……」

 そこで動きを止め、一度息を吐く。その後短く呟き、意を決するようにそれを引き抜く。急いで胸元に引き寄せ、武流に見えないように体で隠す。空いた方の手で素早くクローゼットを閉め、武流に背を向けたまま彼に声をかける。
 
「おまたせ、タケル」

 その声はやや震えていた。聡い武流は――忌々しいことに――それだけでメイディの感情の揺らぎに反応した。
 
「先輩? どうかしたんですか?」
「これよ。これを着てみなさい」

 武流からの問いかけ。メイディは無視して話を進めた。彼の方を向き、隠していたそれを押し付けるように武流へ見せる。
 
「それが最後の一着?」
「ええ」

 メイディが首肯する。彼女が提示したのは、普通の服――黒い長袖のシャツと紺色の長ズボン。そこらの衣料品店で売られているような、至って平凡な私服一式だった。
 それが最後? 思わず武流は首を傾げた。
 
「普通の服ですね」
「え、ええ。そうね」

 若干どもりながらメイディが答える。なぜ落ち着きがないのか、武流は訝しんだ。彼はメイディの気配の変化には気づいていたが、何故変化したのかまでは思いが至らなかった。
 
「それを着ればいいんですか? なんだか、前のよりぱっとしないですけど」
 
 余計な部分で鈍感な男である。気の抜けた武流の声が室内に響く。それが引き金になり、メイディの肩から力が抜け落ちる。
 自分一人で気を張っているのが馬鹿らしくなったのだ。そうして落ち着きを取り戻したメイディは、鈍い武流を睨みつけながら彼に問いかけた。
 
「……タケル、今日が何月何日か、覚えてる?」
「えっ」

 突然の質問に、武流が虚を突かれる。しかし彼はすぐ気を持ち直し、今日が何月の何日かを思い出した。
 
「十二月の、二十五日?」
「そうよ」

 投げ遣り気味にメイディが返す。服は突き出したまま、続けてメイディが問う。
 
「十二月二十五日は? どんな日?」
「どんな……あっ」

 そこでようやく気づく。
 今日はクリスマス。武流は今ここで指摘されるまで、そのことを完全に忘れていた。
 
「そういえばそうだった」

 冗談ではない。彼は本当に忘れていた。初めてメイディ先輩の家におじゃま出来るという喜びで頭の中がいっぱいになり、それ以外の事柄が綺麗さっぱり抜け落ちてしまっていたのだ。
 
「本当に忘れてたの?」

 呆れた声でメイディが言う。彼女もまたここに至って、武流が本当に今日がクリスマスであることを失念していたことに気づく。
 それに乗じて、ついでのように武流がまた別のことに気づく。
 
「まさか、今日の着せ替えって全部……」
「……気づくの遅すぎ」

 今までのそれが盛大な前振りであったことを知った武流が、即座に顔を真っ赤にする。初々しい反応だが、遅い。
 なんて間の抜けた男なんだろう。メイディは素直にそう思った。しかし彼女は、それ以上憤ることはしなかった。大切なことをすっかり忘れ、自責の念から雨に濡れた子犬のように縮こまる彼氏を目の前で見てしまったら、怒る気も失せるというものだ。
 
「……まあいいわ。そういうわけでこれ」

 観念したメイディが、そう言って持ってた服を再度突き出す。武流が恐る恐るそれを受け取り、その後メイディが目を逸らして小声で告げる。
 
「メリークリスマス」

 瞬間、武流の心臓が激しく高鳴る。彼の耳は、メイディのその言葉をしっかり聞き取っていた。
 ハッとした武流が顔を上げる。メイディは顔面を耳まで真っ赤にし、なおもそっぽを向いていた。
 
「私が直々に作った服なんだから、ちゃんと着なさいよね」

 視線を逸らしたままメイディが言う。意地でも武流の方を見ようとしなかった。
 好きな人に初めてプレゼントを渡す。その喜びと恥じらいと興奮で、今の自分は絶対ひどい表情になっている。それを武流に見せるのが怖かったのだ。
 
「ありがとうございます! 大事にしますね!」
「え、ええ。そうよ。そうしてくれなきゃ困るわ」

 顔を隠すことに集中するあまり、武流への返答もつっけんどんなものになる。だが武流はそれで気分を害することはなく、ニコニコ笑ってメイディからのプレゼントを見つめていた。
 
「先輩が僕のために……」
 
 そしてそう言って、渡された服をぎゅっと抱きしめる。彼は幸せだった。メイディのプレゼントは、武流の心をしっかり幸福と愛で満たしていた。当人にそれを知る余裕は無かったが、アラクネのサプライズは大成功だった。
 
「先輩……」
 
 同時に彼の心の中で、また別の想いが湧き上がる。受け取ってばかりではいけない。何か自分からも、先輩にプレゼントを渡すべきだ。
 しかし残念ながら、今手元に渡せるような品物はない。そもそもクリスマスそのものを忘れていたのだ。渡すものなど最初から用意していなかった。
 それでも何か。何か無いのか――。
 
「――あっ」

 武流の脳に天啓が舞い降りたのは、まさにその時だった。閃いた彼は服を抱きしめたまま声を上げ、それに気づいたメイディが目線だけを武流に向けて問いかける。
 
「なに? どうかしたの?」
「いえちょっと、先輩にプレゼントしたいものが見つかりまして」
「私に?」

 気になる。好奇心をくすぐられたメイディが尋ねる。時が経って顔の赤らみが抜け落ち、幾分か平静を取り戻した状態で、メイディが続けて問う。
 
「何か持ってきたの?」
「いえ、物ではないです。僕が先輩に渡したいのは、物じゃないです」
「?」

 メイディの頭の上に「?」が灯る。だが本格的に武流の方を向こうとしたところで、当の武流から「そのままでいてください」と言われ、思わず体を硬直させる。
 
「そっち向いちゃ駄目なの?」
「はいっ。そのままで。お願いします」

 焦ったような調子で武流が答える。メイディの疑念は未だ晴れない。しかし頼みを無碍にするわけにもいかず、結局メイディは顔を逸らし続けた。
 そんなメイディに武流が近づく。一歩ずつ、確実に歩を進め、互いの距離を縮めていく。
 やがて武流がメイディの眼前に立つ。武流の吐息がメイディの頬を撫でる。好きな男の気配と匂いを間近で感じ、メイディの心臓が否が応でも跳ね上がる。
 
「先輩」

 至近距離で武流が声をかける。メイディがぎこちない調子で「なに?」と返す。
 意を決して武流が口を開く。
 
「……いきます」

 武流が顔を寄せ、メイディに迫る。
 二つの影が一つに重なる。
 直後、メイディが頬に柔らかな感触を覚える。
 
「え」

 即座に武流が顔を離す。メイディが呆然としたまま、頬に手を当てる。
 武流が恥ずかしげに苦笑し、自分の唇に指を添える。
 
「やっちゃった」

 悪戯っ子のように武流が笑う。そこでようやく、メイディが何をされたのか理解する。
 
「あなた……」
「サプライズです。先輩」

 理解し、呆然とするメイディに、武流が笑顔で言ってのける。一本取ってやった。そう語る後輩の笑みは、憎々しいほどに清々しかった。
 そしてそれを見た瞬間、メイディの中で理性が切れた。
 
「タケル」

 アラクネが恋人の名を呼ぶ。相手がそれに反応する前に、目にも止まらぬ速さで肉迫した蜘蛛が獲物を押し倒す。
 
「えっ――」

 気づいた時には、武流は物理的に拘束されていた。蜘蛛の下半身で腰から下にのしかかられ、互いの手はしっかり指が絡まれていた。メイディの顔が間近に迫り、爛々と赤く輝くアラクネの両目が囚われた人間の顔をじっと見つめる。
 
「せんぱ、い?」

 いきなり押し倒された武流が、怯えた声で問いかける。大きく見開かれた武流の瞳を凝視しながら、メイディが静かに告げる。
 
「今日は泊まっていきなさい」
「え」
「クリスマス。一緒に過ごすのよ」

 突然の、且つ一方的な要求。対する武流は即答こそ出来なかったものの、すぐに意識を取り戻した。
 
「いいんですか?」

 そして我に返ると同時に、メイディにそう問うた。彼の目には期待の光が灯っていた。

「迷惑じゃないですか? 一日中、先輩と一緒にいても」
「何を今更」

 問われたメイディが、彼の疑問を一笑に付す。赤い瞳で武流を見つめながら、優しい声色で彼に告げる。
 
「あなたはもう、私のモノなのよ」
「あ――」
「あなたがいいの。あなたとじゃなきゃ嫌なの」

 熱い吐息が武流の睫毛を揺らす。メイディがさらに顔を近づけ、耳元で囁く。
 
「私を熱くさせた責任、取ってもらうからね」
「……はい」

 武流が頷く。その顔には笑みが浮かんでいた。
 メイディが顔を離す。彼女も同じように笑っていた。
 幸せそうに微笑みながら、二人の男女が見つめ合う。
 
「メリークリスマス」

 どちらからともなく祝福の言葉を捧げる。その後メイディがゆっくりと顔を降ろし、再度二つの影が一つに重なる。
 
 
 
 
 こうして二人で過ごす初めての聖夜は、熱く燃え上がるものとなった。
18/12/24 20:42更新 / 黒尻尾

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