読切小説
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魔物娘は電気羊の夢を見るか
「幸せとは何だろう」
 友人に訊くと必ずと言っていいほど「そんなものは、自分のことを認めてくれる良い旦那さんに恵まれて、子宝に恵まれることだよ」と笑われる質問だ。
 確かに一理ある。
 穏やかな生活を送ることができるのは平和な証だし、そこで旦那さんと結ばれてささやかながらも充実した生活を送ることができるのは一つの幸福の形だろう。
 魔王が代替わりして以来、人と争わなくて済むようになった。互いに過激派がいなくなった訳ではないけれど、積極的に人を襲わないということで後ろ指を指されるようなことだけはなくなった。
 ……というのも、魔王が代替わりする以前から私の家系は代々人を襲うことが苦手だったらしい。
 それはドッペルゲンガーという誰かの姿を借りるという魔物の特性に由来する。
 確かに家族でさえ欺くほど精巧な模倣は、一見すると人間の不意をついて襲うためにはうってつけの能力に思える。
しかしながら、人々の思考までをも完全になぞる変身は時として要らぬ同情をしてしまうのだ。
 想像してみても欲しい。
 襲おうと思ってもう家族に化けたら、「夢でも良い、もう二度と会えぬと思っていた」と嬉し涙を流された時のことを。
 記憶をなぞるが故に我が身を貫く再会の歓喜には偽りはなく、また、人の思考を模倣するが故に他人を欺くことに身を焦がすような罪悪感もまた本物だ。
 結果として、ある者は情を捨てきれず老母の世話にその生涯を捧げ、ある者は食い殺すと決めたはずの相手に恋慕を抱いてそのまま添い遂げてしまった。
 そして、人と共に生活すればするほど、模倣の技術は磨かれていき、模倣の技術が磨かれるほど我々は却って人を襲えなくなってしまったのである。

 実際、魔王が代替わりして一番喜んだのは我が一族なのではないだろうか……

「まぁ…… 代替わりをしても悩みなんて尽きないのだけれど……」
 人間に対して敵対的な感情を抱いているわけではないけれど、さりとて自分のすべてを曝け出せるほど無条件で人に好意を抱いている訳でもない。
 そもそも、魔王が代替わりする以前から人と交わっていた私達は、魔族としての素養は随分と薄くなっていたらしく、魔王の代替わりの影響を殆ど受けなかった。
 おかげで、魔物としての常識も理解できるし、人としての常識にも共感できる。
 今でこそ穏健派の筆頭として、我が家は魔物と人が共存するためのコンサルタント業務なんてことをしながら食扶持を稼いでいるけれど、要はどちらとも言えないのだ。
「……はぁ」
 美味しくないお腹だけが膨らむ抑性欲薬剤を水で流しこんで小さく溜息を吐く。
 こんな気休め程度の「おくすり」で我慢できてしまう自分の身体が恨めしい。
「また悩み事ですか、レムネス?」
「あ、ローザ。やっぱり…… 分かる?」
「その姿で図書館の休憩スペースに居る時は、たいてい何か悩み事があるときですからね」
 声がして振り返ると、そこには無機質な金属フレームに身を包んだ魔物が居た。
 オートマタ。
 ロストテクノロジーで作られた魔物娘とも人ともつかぬ異形の少女。
 特定の相手の居ない私は、常にコンサル相手が親しみを覚える姿を借りるか、或いは私自身の理想の魔物の姿を模倣しているのだが、彼女は私の真の姿を知っている唯一の友人でもあった。
「また何かあったのですか?」
 そう言ってローザは椅子を引きながら私の隣に座る。
 すると、彼女の流れるような金色の髪がサラリと揺れて、フレグランスの柔らかな香りが辺りに上品に広がった。
「うん…… ずっと可愛い後輩だと思っていた子に告白された」
「後輩って、もしかしてウィリアム君ですか? 答えは、どうしたのです? あんなに面倒を見て可愛がっていたんだから…… まさか無碍にしたわけではないんですよね?」
 猥談が嫌いな魔物娘はいないが、魔物娘は色恋ネタも好物だ。
 それは一見すると無機質なオートマタも例外ではなく、ローザは目を輝かせて嬉々とした表情で続きを促してくる。
「……ちょっと時間欲しい、て答えた」
「あらまぁ……」
 私は「面倒くさい」と思いつつ、さりとて、彼女以外に相談できる相手も居ない。渋々続きを口にすると、彼女は露骨にガッカリした表情を作って肩を落とした。
 仕方ないだろう。
 あの時の私は、あまりに唐突のことで、危うく変身が解けてしまいそうなくらいに狼狽してしまったのだ。なんとかボロを出さないように上辺を取り繕いつつ、絞り出すようにそう答えて、その場を立ち去るのだけで精一杯だった。
「勿体ないですよ、それにちゃんと応えてあげないと失礼です」
「分かっているよ。近い内にちゃんと返事はするつもり……」
「今日中にしてあげてくださいね。そうでないと、通常は断られたと思いますから」
「うっ……」
 釘を刺されて私は言葉を詰まらせる。
 そうだ。
そもそも、男性に告白されたらすぐに回答を返すだろう。それが好みの相手だった場合、その場で押し倒すという選択肢すらあり得る。
 いや、呼び出された時点で背後から襲い掛かっている可能性すらあるだろう。
 そう考えると私の態度は拒絶しているようにも見えなくもない。
 ただ、私にだって一応は言い分がある。
「だって、私は色んな人生の借り物で…… ウィリアム君が見て好きになっているのはその借りものの私の姿なんだもの。このまま返事をしたら、彼のことを騙しているみたいじゃない……」
 彼は確かに私がドッペルゲンガーであることを知っている。
 でも、本当の私はスーツ姿が似合う凛とした大人の女性でもなければ、誰もが親しみを覚えるような可愛らしい少女でもない。本当の私は、まともに人と目を合わせることも怖いとおもってしまう、ソバカスの消えない地味で奥手な女である。
 それを告げずに彼の気持ちに応えるのは…… やっぱり不誠実だと思うのだ。
「ふーん」
 俯きながら応えると、ローザは気のない返事をした。
「そんなこと言うなら、私はプログラミングされた通りに反応するだけのボットですよ?」
「止めて。たとえローザでも自分の事を悪く言わないで」
「そうですよ、それと同じです。私もレムネスには自身を持って欲しい。自己の定義なんてものは、それこそ曖昧なものなのですから」
 彼女の自虐的な態度に思わず語気を強めると、ローザは私の方を剥いて微笑んだ。
「色んな物をみて、色んなことを感じて、そうやって培われた物が貴女なのだと、私は思います。確かに変身していない貴女の姿を彼には見てもらっていないかもしれませんが…… 真剣になって彼の幸せを想う貴女は紛れもないレムネスですよ」
 姿形だけではなく、歩んできた道のりを含めて私なのだ、と。
 だから、魔力を編み上げて作り上げた理想の自分であろうと、魔力を通さない生まれたままの姿であろうと、両方とも私なのだ、とローザは肯定する。

 ……そっか、誰かを演じる私も含めて、私なんだ。

「えぇ、そうです。だから自信をもって応えても良いのではないでしょうか?」
「……うん。うん、そうだね。私、すぐにウィリアムに返事してくる」
 私は理想の私の姿に変身して立ち上がると、行ってらっしゃいとローザは笑って頷いた。
 もう私の中に迷いはなかった。

………

「ところで、ローザって結構哲学的だよね」
「伊達に眠っている間もアップデートしていませんからね」
18/05/09 00:39更新 / 佐藤 敏夫

■作者メッセージ
 初めての方、初めまして。
 お久しぶりの方、お久しぶりです。
 佐藤敏夫でございます。

 最近は「小説家になろう」でオリジナルSSを書いてばっかりいたので、息抜きがてら書きに来ました。相変わらずエロはない。

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