連載小説
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第6話 使い魔の触手がテンタクルになったので挨拶をしに行く
 トリスの店を後にして触手の森へと向かう。
 しかし、触手の森まで歩くのは、テンタクルになって日の浅いクロには難行だ。なので、近くで馬を借りて、それに乗って触手の森まで行くことにする。店から少し歩いた所にあるケンタウロスの夫妻が営む牧場で、馬を貸してもらえるように頼んでみると快く一頭貸してもらえることになった。
 身体は大きいけれど、優しい目つきの賢そうな馬だ。
「ねぇ、噛みついたりしない?」
「大丈夫だよ、撫でてごらん?」
 生まれて初めて馬を見るクロが私の影に隠れながらケンタウロスに恐る恐る訊ねると、彼女は笑いながら応えて撫でてみるように促した。
 そして、その言葉に覚悟を決めたように頷いて、クロがおっかなびっくり触手を伸ばすと、馬の方は尻尾を緩やかに振りながら触手が頬に触れるのを大人しく待っていた。
「わっ……」
 ちょん、と触手の先端が馬の頬に触れる。人や魔物とは違う、生き物の感触。その感触に思わずクロは感嘆の声を漏らした。
 撫でるというより触れただけではあったが、馬の方はと言うと勇気を出して触手を伸ばしたクロに笑いかけるように心地よさそうに目を細めた。そんな馬の優しそうな表情を見てクロの警戒心も幾分和らいだのか、先ほどよりも少しだけ積極的に撫で始める。
「意外と…… 可愛い、かもー?」
「あぁ、でも悪戯好きだから気を付けて?」
「え…… っひゃぁ!?」
「あっはっはっは。言っている傍からか」
 クロがケンタウロスの夫妻の方に注意が逸れた瞬間を見計らい、馬は長い舌を伸ばしてベロリとクロの触手を舐めた。驚いて触手を引っ込めると、馬は満足気に首を振り、それから拗ねた表情を浮かべているクロに甘えるように顔をこすりつけてきた。

………

 こうして馬を借り受けた私達は、その背に乗ってのんびりと触手の森へと向かう。
 この辺りは穏健派の魔物が多いお陰か、道中は極めて穏やかなものだ。空ではハーピィがシルフの紡ぐ風と戯れ、高原ではエルフが子供に弓の扱いを教えているのが見える。誰もが私達の姿に気が付くと、穏やかに笑いながら手を振ってくれた。
 彼女達が手を振ってくれる度に私の後ろに乗っていたクロは嬉しそうに触手を振るので、乗っていた馬が呆れるように小さく首を振っていたのは決して見間違いという訳ではないだろう。
「そろそろだよ」
「本当ー?」
「ほら」
 指さす先にはユラユラと蠢く触手達が居る。
クロの懐かしい故郷…… 触手の森だ。
彼らが私達の姿を認めると、今度は手招きするように身体を揺らして歓迎の意を示した。
「ただいまー」
 クロは馬から降りて触手達の前へと歩み出ると、触手達は身体を伸ばして緩やかにクロの身体に巻き付いた。
 触手達に我先にと群がられている姿は、もしも魔物に理解のない人が見たら触手に襲われているようにも見えるだろう。けれども、彼らにしてみれば故郷を離れて遠い場所に嫁いでいった可愛い一人娘が、立派になって帰ってきたのを労っているだけなのだ。
 その証拠に絡みつかれているクロの表情はどこまでも寛いだ表情で擽ったそうに笑っている。
 ただ長いこと帰っていなかったせいなのか、その歓迎は少しばかり念入りだ。いい加減放して欲しいと抵抗を試みるが、触手達はあと少しと言わんばかりに彼女の身体に執拗に身体を擦り付けている。
「ねぇ、シーラ、笑ってないで助けてよぅ」
 触手同士が絡み合い、最早大きなひとつの触手玉と化している。その奇妙な光景に思わず笑っていると、触手塗れの彼女はムスッとした表情で抗議の声を上げた。
「……うん?」
 ただ、因果と言うのは不思議なことに巡り巡って自分のもとにやってくるようだ。具体的に言うと、使い魔の哀れな姿を笑う主人というのは、その使い魔と同じ目に逢うらしい。
 トントンと肩を叩かれた。
 なんだろうと思って振り返ると、そこには興味津々といった風に身体を揺らしている触手達が居た。

 あ、これは非常にマズイ……

 そう思って一歩後ずさりながら逃げようとすると、その視線の先には触手塗れになっている私の可愛い使い魔が居た。
 目が合う。
 彼女はにっこりと笑う。私も肩越しに彼女へ引きつった笑みを返した。
「その人ね、私の御主人様だよー?」
「裏切りものぉぉぉ〜〜〜」
 嬉々として触手達が私の身体に絡みつき、そしてクロの所に放り込んだのは言うまでもない。

………

 この辺りの土地は魔力が潤沢にあるお陰で、触手の森の触手達は非常に人懐っこいものの人を襲うようなことはない。彼らにしてみれば、敵対する危険を冒してまで人を襲って魔力を搾り取るよりも、人と仲良くして取引をした方が遥かに有益なのだ。
 私達は彼らが満足するまで揉みくちゃにこそされたものの、怪我一つすることなく無事に解放された。
 もっとも、私たちは触手の粘液塗れになってしまったけれど。
「うぇ…… ベトベト……」
「あはは。シーラ、粘液塗れ〜」
「誰のせいよ……」
 クロの服は自分の粘液を吸い込まないように防粘液加工がされているが、私の服はそんな加工はしていないのだ。
 ケタケタとクロは楽しそうに笑っているが、服が肌に張り付いて気持ちが悪いし、粘液のお陰で身体が冷える。
 触手達は少しはしゃぎ過ぎたと言わんばかりに申し訳なさそうな様子で私達のことを見上げていた。
「……いいよ、気にしないで」
 ため息を吐きながらも、苦笑いを浮かべる。
 魔物と付き合うなら、この程度のことは日常茶飯事だ。悪気があったわけではないのだし、大目に見てあげよう。
「へっくしゅ……」
「シーラ、大丈夫―?」
「うん、平気……」
 とはいえ、寒いものは寒い。
足踏みをしながら寒さを耐え忍んでいると、触手達が丁寧に畳まれた緑色の何かを持ってきてくれた。
 何かと思って手に取って広げてみる。それは生え変わった触手なめし、編み込んで作ったタオルと簡素なつくりの服だった。
「借りて良いの?」
 訊ねると触手は「もちろん」とでも言うようにコクコクと頷いた。どうやら彼らなりの謝罪の表れらしい。
「ありがとう、ありがたく借りるね?」
 持ってきてくれた触手を優しく撫でてやると、くすぐったそうに身体をよじり、それから甘えるように手のひらに触手の先端を押し付けてきた。
「シーラ、着替えるならあっちの方に良い場所あるよー?」
「あ、うん」
 そう言って、つっとクロが着替えるために丁度良さそうな岩陰を指さした。
着替えるために岩陰に入ると、先ほど服を持ってきてくれた触手達がどこからか大きな布を持ってきて着替えるための目隠しを作ってくれた。お礼を言うと彼らはくすぐったそうに身を揺らした。
 数多の触手達が蠢いている中で着替えるというのは、ちょっとだけ勇気が必要だったけれど、彼らに守られていると考えれば安心できる。
粘液を吸って重くなった服を脱ぎ、借りたタオルで軽く身体を拭く。新しい服に袖を通すと身体が少しだけ軽くなった気がした。
「もう大丈夫だよ、ありがとう。助かった」
 布越しに声を掛けると、ゆっくりと目隠しが外されていく。岩陰から顔を出すと、小さな触手達と戯れながら待っていたクロと目が合った。
「どう、かな?」
「シーラ、素敵ー 似合っているよー」
 服の裾を摘まみながら訊ねると、クロはニヘラッと笑顔を浮かべた。触手達もクロの言葉を肯定するように、ハグをしてくれたり、手の甲に触手の先端をくっつけたりしてくれた。
 なんだかむず痒いけれど、少しだけ安心する。
「それじゃあ、行こうか。皆、またね」
 まだ少しだけ名残惜しそうな表情を浮かべる触手達に別れを告げ、本来の目的であるクロのご両親への挨拶のため、更に森の奥へと歩を進めることにした。
17/12/28 22:34更新 / 佐藤 敏夫
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■作者メッセージ
いえーい みんな見てるー? コミケ前の宣伝も兼ねて久しぶりに投稿だよー?
魔物娘図鑑二次の小説書いたよー
詳しくは、クロビネガトップの同人誌紹介一番下をチェックだ!(丸投げ

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