連載小説
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道具の道理
 モノリスは教団領の平凡な中流家庭に生まれた。
両親共に特に頭脳が頭抜けている訳でもなく、家系を辿ってもそんな因子は見当たらない。
そんな中に突然変異のように生まれたのが彼だった。
異様な思考能力、異様な発想力、異様な容姿。
幼い頃にその片鱗を見出されたモノリスは教団に推薦を受けて有名な学校に入学し、飛び級に飛び級を重ね……。
気付けば、一人になっていた。
モノリスの理論には誰もついて行く事ができず、プライドの高い同級生や同僚からは疎まれた。
自分が生み出す膨大な富を享受するうち人が変わってしまった両親も既に自分を我が子とは見ていない。
それでよかった。
人間などを相手にせずともモノリスにとってこの知識と謎に満ち溢れた世界そのものが遊び尽くせぬ玩具だった。
それでも、競う相手がいない事を寂しく思う時もあった。
それを紛らわせるためにモノリスは彼女を……いや、彼女の元になるものを作った。
モノリスが欲したのは「リアクション」を返すもの。
対話も競技もつまるところアクションとそれに対するリアクションで構成されている。
自分はリアクションを欲している。
ならば感情の篭らないリアクションであっても代用になるのではないか。元々会話なんて相手の真意などどうでもいいケースが殆どだ。
そこで最初に作ろうとしたのが「自動対話機」
自動で自分に相槌を打つ機械で欲求を満たそうと考えた。
……このあたりからも察する事ができるように彼は情緒に対する理解に欠ける面があり、尚且つ発想が段階を飛ばしすぎるきらいがあった。
才能の弊害というべきか。
無論、その試作機は作って三日でスクラップ入れに放り込まれる事になった。
モノリスは考えた。
リアクションを得るにはどうすればよいか。
対話は駄目だ。そもそもまともな対話の経験のない自分が対話を擬態しようとしたのが間違いだった。
では……競技なら?
モノリスはチェスを嗜んでいる。
しかしレベルの釣り合う相手は周囲にはいないし、そもそも対戦の機会に滅多に恵まれない。
作れるか?
やってみる価値はある。
モノリスはその作業に没頭した。
幸い周囲の人間には彼が一体何の作業をしているのかは全く分からない。多分、説明したところで理解できない。
彼が重要な仕事だ、と言えばもう任せる以外にないのだ。
そうして捻出した時間を注ぎ込んで試行錯誤を繰り返した。
最初はこちらが打った手に対してチェスの定石を返す機械を作っていたが、定石では打開できない縺れた戦況になってくるとすぐ停止してしまってゲームにならなかった。
これでは駄目だ。
ただ定形を返すだけでは前回の「相槌機」と変わらない。
「思考」なくしてリアクションの多様性は望めない。
モノリスの発想は飛躍する。
「脳」を作ろう。
無論、生物と同等のレベルは不可能にしろそれを模する事は不可能ではないはず。
モノリスは魔法によるネットワークを構築する。
そう、脳とは電気信号によるネットワークだ。
単純なもので構わない、人間の脳だって赤子の頃はシンプルな本能しか備わっていない。
経験を積むことによって複雑化し、成長するのだ。
……ちなみにこの「思考は電気信号である」という考えはモノリスの持論だが教団の宗教的倫理とぶつかるので誰にも明かしていない。
このネットワーク形成にモノリスは半年の月日を費やした。
いや、所業の無謀さを考えると半年しか掛からなかったと言うべきか。
そのネットワークが弾き出した最初の一手をモノリスはよく覚えている。
経過を飛ばしてポーンをいきなりキングの隣に置こうとしたのだ。
駒の動きの制限も何も考慮せずにとにかくキングをとろうとする動き。
モノリスはぞくぞくした。
考えている。
設定された反応を返しているのとは訳が違う。
「シシー」が産声を上げた瞬間だった。








「……っ!」
「なんと……」
謁見の間は異様な空気に満ちていた。
原因は奇異の視線を集める二人の謁見者……いや、一人と一体というべきか。
「神の兵」を実際に目にした人間は多くない。普段はあのモノリスの研究室の中で調整を受け続けている。
二メートルを優に超える長身に黒衣という出で立ち。長身に不釣り合いな真っ白な肌の美貌に後ろに纏めた白髪、唯一露出している人形の手。
そしてその手に嵌められている手枷。肩から胴にかけて全身を固定する拘束具。
見るからに異様な出で立ちをしている。
モノリスはその戒めを受けて立っているシシーの隣で膝まづいている。
「むう……」
玉座に座って二人を見下ろすのは厳しい顔に立派な顎髭を蓄えた男。
この国で最も大きな権力を持ち、モノリスの研究に出資をしている人物だ。
領主の前の二人を囲うように座しているのは街の富豪や貴族、有力者の面々。
一様に懐疑と興味と、ともすれば怯えを孕んだ視線をシシーに送っている。
「……」
シシーはゆっくりと首を巡らせて周囲に視線を配っている。視線を合わされた者は一様に目を合わせるのを恐れるように逸らした。
「……シシー……」
モノリスが周囲に聞こえない小声で呼びかけると隣で領主に膝まづいているモノリスを見下ろし……。
「……ほう……」
「おお……」
ぎし、と拘束具を鳴らしながらモノリスに習うように領主に膝を曲げた。
「無作法をお許し下さい……「神の兵」は作法を知りません」
「よい……そやつは兵器だ、作法は要らぬ」
髭を撫でながら領主はシシーを冷たい視線で見やる。
「兵器に求めるのは実績……いかに戦場で役立つか、いかに多くを殺し、勝利を確たる物にするか……その一点のみ……面を上げい、「神の兵」」
「……」
シシーは垂れていた頭を上げ、領主と視線を合わせた。
領主の冷たい目とシシーの物映さぬ目が交差する。
「ふ……ん……モノリス」
「はい」
「こやつに意思はあるか?」
モノリスは顔を上げる。
「意思……とは、何かという……解釈に、よります」
「端的に言おう、こやつが主の意思に反して反乱を起こす事はありえるか?」
「……」
「どうだ?」
大きく、暗い目が領主を見つめる。
「全ての可能性は……0ではありません……」
「ほう」
モノリスはシシーの身体に施されている強固な拘束に触れる。
「この拘束も……万が一を考えての処置です……万が一、は、いついかなる時でも……起こりえます……」
再び頭を垂れた。
「私如き、に……この世の理の全てを読み切る事はできません……ただ、考えうる限りの、対策を打ちます……」
「……」
ざわざわと周囲からざわめきが起こる。
「つまり、反乱が起きる可能性は否定できないという事か……?」
「やはり危険ではないか……」
「しかし研究の費用は既に膨大な……」
「私は信用ならん……」
小声で懐疑的な言葉が囁かれるが、領主が手を上げると一斉に静まり返った。
「モノリス、お前がもし100%反乱は起きえないなどと言ったなら」
領主は身を乗り出して二人を見下ろす。
「その人形を破棄しろと命じるところであった」
「……」
「その心構えを忘れるな」
「はい」
周囲は沈黙に包まれていたがシシーに向けられる懐疑の視線は変わらなかった。







 時刻は深夜。
通常なら誰もいないはずの練兵所を松明の灯りが照らしている。
火の明かりを受けて広場に立っているのはシシー。周囲の明かりを取り込むような黒衣はまるで巨大な影がそこに立っているようだ。
そのシシーに研究室と変わらない白衣姿のモノリスが近づく。その手にはフラスコを持っている。
「……テスト」
言いながらそれを差し出した、中には濃い琥珀色の液体が三分の一程入っている。
一見して蜂蜜かブランデーのように見えるが、人間が飲むと腹を下す程度では済まない。
「了解シましタ」
シシーは屈んでそれを両手で受け取ると口に運び、ゆっくりと飲み干した。
白い喉がこくり、こくり、と上下する。
人形がモノを摂取する、同僚の研究者達に大きな衝撃を与えた光景である。
シシーから空になったフラスコを受け取ったモノリスは広場の中央に置かれている巨大な岩を指差し、ぼそりと言った。
「……破壊」
キシュン
モノリスの言葉が届いた瞬間、シシーは独特の音を立てて姿勢を低くする。
「アサルトモードに移行しマす」
ドンッ
言うや否やシシーの立っていた場所から砂塵が吹き出し、モノリスの髪と白衣が風に煽られてばたばたとはためく。
その光景に目を奪われる間もなく砂塵を突き破ってシシーが岩に滑るように接近する。
移動しながらシシーの両手の手首から先がすげ変わる。
刃物だ。
剣、というよりはノコギリに近い形状をしており、どういう構造なのか刃が高速で回転している。
両手を二対のノコギリに変えたシシーは黒衣をはためかせて斬りかかる。
ばぎぎぎぎぎぎぎぎっ
岩と刃が接触した瞬間、耳をつんざくような異音と共に火花が散り、岩がバターのように裂かれ、砕け散る。
がりりりりりりりりっ
回転は止まらず、もう一方の刃が岩を粉砕する。
猛烈な異音と共に破壊は続き、一分と待たず身の丈程もあった岩は地面に散らばる小石と化した。
破壊対象を失ったシシーはシュンシュンと両手のノコギリから煙を立てながら動きを止めた。
演舞、などと呼べるものではない、単純な破壊行為だ。
「凄まじいものだ」
場外から見学していたボーナイが半ば呆れたような声を上げた。
「勇者の……人間の強さとは異質だな、これなら上級の魔物にも引けを取らん」
傍らにフラスコを持って立つモノリスに語りかける。
「……です、が、運用を考えた場合、今のような全開の動きはさせる事ができません……」
「ふむ?」
空のフラスコをゆらゆら揺らしながらモノリスは言う。
「この分量の燃料を消費してあの動きです、コストと見合うかと言われると……疑問、です」
「……」
ボーナイは黙る。モノリスが作るこの燃料の原価を聞いた時は耳を疑ったものだ。
「それを解決するのが魔力……です」
「魔力を動力にすれば今のと同等の動きが可能なのか?」
「理論上は……それ以上、です」
「はっはっはっは!」
ボーナイはやにわに笑い声を上げる。
「なるほどなるほど……もう一つ、重要な項目だが……」
笑ってモノリスの顔を覗き込む。
「こいつの「量産」だ……いくら強力だろうと単一の戦力では戦況はひっくり返らん、「神の兵の軍勢」を作る事は可能か?」
「……」
モノリスは暫く黙る。
「製造の工程は、確立されています……ただ、問題は素材……神の兵を作るのに必要なのは……魔界の、素材、です」
「ふん、皮肉なものだ」
「希望的観測を述べると……この兵が魔界領、もしくは親魔物領に潜入、帰還し、素材を持ち帰る事ができたなら……」
ボーナイは腕組みをする。
「一体が二体に増えたところでどうにもなるまい」
「いえ……もう一体は、違うタイプを製造します……」
「違うタイプ?」
「「神の兵」を作る「神の兵」……」
暫く考え込んだボーナイは驚きの目をモノリスに向けた。
「……それは、よもや……」
「先程言ったように……製造工程は確立されています……その技術を移し込み、精密な動作が可能な神の兵の「作り手」を製造すれば……極論を言うと私が死んでも、彼女達の量産は可能、です……」
神の兵の量産、その最大の課題はモノリスと同レベルの技術者……作り手がいないという事だった。
ところが、不遜にもこの男はその作り手すら作り出してしまおうとしている。
「ふふふふ……」
ボーナイは制服の上から腕をさすった。
「鳥肌が立った、お前は本当に天才だ、怪物だよ」
「……」
くるりと踵を返すと、ボーナイは練兵所の出口に歩き出した。
「近いうち、その素材収集のために神の兵を派遣する事になるだろう……準備をしておけ」
「……はい……」
モノリスはボーナイの背を見送ると広場で影のように立って次の指示を待つシシーの元に歩み寄った。
「……シシー……」
「はイ」
シシーは顔をモノリスに向け、じっと見つめてくる。
「……」
「……」
モノリスが手を伸ばすと、その高い位置にある頭をそっと下げる。
 ぽん ぽん 
軽くその頭に触れてやってこう言う。
「……お疲れさま……」
「アリがとうゴざいます」
習慣のようなこの行為、無意味だとモノリスは自分でも思っている。
だが、道具に愛着を持つのは不自然な事ではない、そうも思う。
何より……これは自分の錯覚ではあると思うが……。
先程のようにシシーが自分をじっと見つめる時は、この行為を望んでいるような気がするのだ。
「……」
いつもより長めにシシーの硬質な髪の感触を味わいながらモノリスは考える。
このシシーのコピーが大量に作り出され、戦争のために働く事になったなら……自分は、どう感じるだろう。
侵略し、殺すために大量に作られ、壊され……。
頭を振った。
シシーは生き物ではない。
そう、何かの役に立てるために自分が作った道具なのだ。
役に立てる事だけを考えるべきだ……。
知らずに思考に沈んでいたモノリスがふと我に返ると、シシーはいつもより長い頭部への接触にじっと目を閉じていた。
モノリスの胸は痛んだ、何故だか痛んだ。
「……帰ろう、シシー……」
「はイ」
「……帰って……チェスをしようか……」
「よろコんデ」
15/10/29 18:23更新 / 雑兵
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見事に色気ゼロ

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