読切小説
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『ドールズライフ』
 貴族の名家、ユーエンウッド家の息女、アリシアは十七歳。
 誰もがうらやむ裕福な家庭でありながら、生まれたときから歩むべき道を決められ、好きでもない相手に愛想笑いを浮かべるような生活。彼女はそれにいつしか息苦しさを感じていた。
 
 そんな彼女にとって唯一心を許せる相手が護衛兼使用人の青年、ラッド。
 一つ年上ということで何かにつけ子ども扱いする彼はアリシアにとって面白くない相手であったが、本心では互いに内心惹かれあっており、幼い頃からずっと側にいた相手を、お互い想わない日は一日たりとてなかった。
 
 決められた道を歩くだけの日々。
 自分の意思など存在しない、空虚な笑みを浮かべ、記憶にも残らないようなパーティーを繰り返す日々。
 そんな色の抜け落ちたような毎日を、人形のように無機質に送るアリシアにとって、唯一といっていい慰めは、彼が決して多くはない給金の中からプレゼントしてくれた人形と語らうこと。
 その可愛らしい少女の人形は、贈られたその日から、今日までずっと、彼女にとって他の何にも代えがたい宝物だった。

 物語は、そんなある日。
 ついに、アリシアに縁談の話が持ち上がった夜に動き出す。


・・・・・・・・・・・・


 ――ゆめを、みている。

 何となく、そんな言葉が浮かんだ。
 頭の中には靄がかかったように考えがまとまらず、身体の感覚もどこか遠い。
 感じられるのは、奇妙な温かさ。不快ではなく、むしろ心がほぐされていくような安堵すら感じる。まるで母様に抱かれているような、ぬるま湯に頭まで浸かっているような、不思議な感覚。それが全身を包んでいる。
 布団のぬくもりかと思ったが、どうも違う気がする。このぬくもりは外からのものではなく、私の身体の奥底から湧き上がってきているようだ。
 生まれてはじめての、不思議な感覚。ぼやけた頭でそれを感じていると、次第に変化ははっきりとなっていった。

 ――何だろ……? だんだん、あつく……?

 心地よい温かさは、いつしか熱いほどとなり、全身に染み込んだ熱が、あふれ出す。やがて行き場をなくした熱は、出口を求めて荒れ狂い始めた。身体の中で渦を巻き、火照った肌から汗が滲み出す。耐え切れず、熱を帯びた吐息が、口から漏れた。
「ぁ……、んぅ……っ」
 苦しげな自分の声が、耳に届く。はぁはぁと荒い呼吸が空気を騒がせ、大きく胸が上下するのが分かった。その間にも熱は引くどころか勢いを増し、全身を焼き尽くすかのようなものとなっていた。
「ふぅ……っ、はぁ……ぅ、あ、ふ……っ」
 呻きにも似た声が、荒い息と共に吐き出される。
 にもかかわらず、私は不思議と苦痛を感じてはいなかった。
 夢の中だからだろうか。全身を侵す熱も、肌に滲んだ汗の感触も、耳障りな荒い吐息さえもどこか遠くのことのようで、自分のことだと実感できないでいる。
 
 ――…………?

 ふと、耳に届く音に、呼吸のもの以外が混じっていることに私は気づいた。

 ――何の、音?

 いまだ靄がかかったような、ぼんやりとした頭のまま、その音に意識を向ける。
 規則正しく、ぎしり、ぎしりと鳴る音。その音に混じって、かすかに、ずちゅ、ずちゅと水気の混じった音が響いている。
 最初の音は、すぐに分かった。私のベッドが軋む音だ。その証拠に、音が鳴るたびに私の身体も揺らされる。

 ――あれ、でも、なんで……?

 何で、眠っている私がベッドを軋ませているのだろう。夢の中でまで気になるほど、私は寝相が悪くはないはずなのだけれど。
 それに、最初は気付かなかったが、どうやら私は何かの上に、馬乗りになっているようだった。奇妙な形をしたそれは、硬いような、柔らかいような、不思議な感触を布越しに返してくる。

 ――私の下に、何か……。いや、これは……モノじゃ、ない……?

 疑問と共に、混濁した意識がかすかに目を覚まし、忘れかけていた視覚を活動させ始める。今更ながらに、私は目をつぶったままだったことに気付いた。
 夢の中でも目を閉じていたことにおかしさを感じながら、ゆっくりと瞼を開く。蝋燭とランプの光が目に飛び込み、わずかに顔をしかめさせた。
 オレンジ色の明かりに照らし出されたのは、寝る前と同じ、見慣れた私の自室だった。窓の外は真っ暗のようで、明かりがより深い闇を部屋の隅に作っている。
 折角の夢だというのに、なんとも面白味がない。
「ぁ……、ぅ……っ、んっ……」
 そんなことを考えている間にも、私の口は荒い息を吐き出して続けていた。
そしてベッドが軋む音と、湿った何かの音も響き続けている。

 ――この、音……何だろう。

 何度も何度も規則正しく耳を打つ音。私は初めて聞く音だ。
 けれど、何故かその音のことを、今の私は知っている気がした(・・・・・・・・・・・・)。

 ――それって、どういう……。

 ぼんやりと頭の片隅に浮かんだ疑問は、しかし答えを得ることは出来なかった。
「――っ!」
 何かに気付きそうになったその瞬間、突然、私の中を稲妻が駆け巡った。疑問も違和感も、一瞬で霧散させられ、ただその衝撃のみが脳裏を真っ白に染める。不意打ちで襲ってきたそれは私の身体を痙攣させ、開かれた口から、声にならない音が漏れた。
 生まれてはじめての感覚だった。あまりにも強烈で、気を失ってしまうかと思ったほどだ。夢の中で気絶するなんて、笑い話にもならない。ショックからかすかに回復した思考の一部に、そんな思いが浮かぶ。それにしても、何だったのだろうか。

 ――さっきの……まだ、痺れてる。こんな感覚、今までに一度だって――

 いや、違う。
 これが初めてではない。
 さっきからずっと、これは私の中に打ち込まれていた(・・・・・・・・・・・・・・・)。
 ただ、気付かなかっただけだ。それに、ようやく感覚と認識が追いついたのだ。
 そう、私の中の何か(・・・・・・)が囁く。

 ――っ!

 ぞくり、と悪寒がした。
 身体は依然として熱いままなのに、なんだか背中に氷の柱を突っ込まれたかのように感じる。これはただの夢のはずなのに、なんだか、とてつもないことが起こっているような。このままだと、取り返しが付かないことになりそうな、そんな気がする。
 夢なら早く醒めて欲しい。必死にそう思っても、私の身体は自由にならなかった。まるで誰かの身体に、意識だけが乗り移ってしまったかのようだ。
 その間にも私の身体は動き、ベッドを揺らす。水音が耳に届くそのたびに、脳裏に稲妻のような光が閃き、全身を揺さぶるほどの強烈な感覚が、身体の中を荒れ狂う。
 私が動くのに合わせて体の中を駆け巡るものが、意識を焼ききるかのような苛烈さで責め立てる。けれど、それは決して不快ではなく、いつしか、私はその感覚の意味をうっすらと理解し始めていた。
「あっ、んっ……、んっ……」
 無意識のうちに私はさらなる刺激を自ら求めていた。その刺激が、快感であることに、いつの間にか気付いていた。口から漏れる声には熱と、甘い響きが混じり始め、心地よさともどかしさがどろどろに溶けて、私の中に流し込まれていく。

 ――何か、おかしい……何かが……

 快感に翻弄され、受け入れはじめていながらも、私の心のどこかは違和感を覚え続けていた。だが、思考にはいまだ靄がかかったように纏まらず、打ち込まれる快感で脳裏に稲妻のような光が閃くごとに、その違和感も失われていくようだった。
 それが、何故かやけに恐ろしく感じる。

 ――本当に、これは、ゆめ、なのだろうか?

 ふとそう思った私の視界、その端に衣装が映った。視線をずらすと、ゆったりと膨らんだ袖と、袖口に施されたフリルの装飾が見える。絹の生地が、ランプの光を受けて美しく輝く。さらに見れば、胸元には大きな赤いリボンが結ばれ、花のように広がったスカートにも、ハートを象った意匠と幾重ものフリルが付いている。
 一瞬分からなかったが、すぐに思い出す。
 これは、私もお気に入りのドレスだ。いつも目にしているから、間違うはずもない。
 けれど、まだどこか違和感があった。

 ――でも、こうして『着た姿』を見るのは、初めてじゃないかしら。

 ぼんやりと浮かべた考えに、ようやく違和感の元に辿り着く。
 そう、この服を、こうして「私が」実際に着たことはなかったはずだ。
 けれど、このドレスのことは、いつも、それこそ毎日のように見ていた。目をつぶってでも、その形、色、刺繍までも思い浮かべられるほどに。

 ――なぜなら、このドレスは、私のものではなくて――

 はっとした瞬間、ずれていた身体と意識が、わずかだけど噛み合った気がした。
「く……」
 自身の中で荒れる快感を堪えながら、なんとか頭を動かし、私は視線を室内にめぐらす。ここが私の部屋なら、あれがあるはずだ。
 果たしてその予想通り、目を向けた先、ベッドの側には大きな姿見があった。
 目を瞬かせ、こちらに向けられた鏡面を覗き込む。快感の余波でぼやけた視界ではあったが、鏡の中に映し出された姿を認めることはできた。
 可愛らしくも豪奢なドレスに包まれた女の子が、ベッドの上にぺたりと座り込み、鏡の中からこちらを見つめ返している。
「……え?」
 彼女がきょとんとした表情を浮かべ、私と同じように可愛らしく小首を傾げるのを見ても、しばし私はそれが自分自身だとは、分からなかった。唇が震え、それと全く同じに、鏡に映る女の子も口を開く。
「わた、し……?」
 直後、私はそれが紛れもない自分自身だと認識した。してしまった。
 反射的に私は息を呑み、目を見開く。
「っ!」
 もう、否定することは出来なかった。こちらを見つめているのは、紛れもない私自身だ。快感に上気した顔には、驚愕の表情が浮かんでいる。その顔は誰のものでもない、自分のものだ。
 なのに、最初違和感を覚え、自分と認識できなかったのはなぜか。
 理由はすぐに分かった。こちらを覗き込む女の子の瞳は、まるでルビーのように赤く、煌いていたからだ。私本来の瞳の色は、蒼だったはずだ。こんな血のような色ではない。
「え……なに、これ……」
 震える唇から、かすれた声が漏れる。その拍子に衣擦れの音が耳に届き、そして、鏡の中の女の子が着ている服が、私のもの(・・・・)ではないことに改めて気付く。
 リボンやフリルをふんだんに使った豪奢なドレス。まるでお人形のような可愛らしさに溢れたデザイン。そうだ、この服の本来の持ち主は、私ではなくて。いつもこのドレスを着ていたのは――
「あら、気付いちゃった?」
 背後から聞こえた声に、ぎくりとして身を強張らせる。すぐ側に気配を感じたけれど、私は振り向くことは出来なかった。恐怖のせいか、再び私の身体は自由を失い、意識が肉体から切り離される。それでも気を失うことは出来ず、意識ははっきりとしたままだった。
 身を凍らせ、表情を引きつらせる私の耳に、愉快そうな声が響いた。
「そんなに怖がらなくてもいいのに」
 くすくす、と声を漏らしながら、暗闇から女の子が浮かび上がる。
 鏡の中に映るその姿を見、私は無意識に、彼女の名前を呼んだ。
「あな、た……ラヴィ、アン……?」
 私の声に、ラヴィアン――私の大事なお人形――は、口元に笑みを浮かべたまま頷き、スカートを摘むと可愛らしくお辞儀をした。
「ええ、そうよアリシア。はじめまして、っていうのも変かしら?」
 小首を傾げる彼女の動きに合わせ、長く豊かな金色の髪が揺れる。
「うふふ、昔はどこに行くにも一緒で、いつも大事にしてくれてたものね」
 そっと伸ばされた手が、私の頬にあてがわれる。滑らかで柔らかな手のひらは、まるで生き物のようで、人形とは思えない。だが、手首や指に露になった球体の間接が、彼女が作り物であることをまざまざと示している。
「どういう……こと……?」
 震える声が、知らず口から漏れる。背後から私を抱きしめているこの少女は、間違いなく私のお人形、ラヴィアンだ。だが、その彼女がなぜ、まるで生きているかのように動き、言葉を発しているのだろうか。
 やはり、これは夢なのか。
「そうね……夢かもしれないわね。でもねアリシア。今はそんなこと、どうでもいいでしょう?」
 私が疑問に声を上げると、それに答えるように、つい、と頬を彼女の指が撫でた。
 たったそれだけで、私の背をぞくぞくとしたものが走る。そしてそれに思わず、口から声が漏れてしまう。
「あ……んっ」
 隠しようもない悦びを滲ませた声に、ラヴィアンは瞳を細め、口元を歪める。顎を肩に載せ、彼女は私の顔を撫でながら、耳元に囁く。
「どうかしら、その身体は? 触れられただけで、気持ちいいでしょう?」
「どういう、んっ……こと……?」
「ああ、まだそこまでは気付いてないのね?」
 ラヴィアンは手を止めず、しっかりと私を抱きしめたまま、やさしく肌を撫でる。人と違い、わずかにひやりとした指先の感触が、私の中の熱を改めて認識させる。
「ん……ふ……、や、め……っ」
 身体の自由を失った私は彼女の手から逃れることも出来ず、切れ切れの言葉を発することしか出来なかった。その間にも服の上から触れられるだけで、堪えきれない快感が流し込まれ、抑えられない声が漏れ出てしまう。
「くすくす……可愛いわアリシア……。真っ赤な頬に、涙を浮かべたその表情、とっても素敵よ……。その服も、今のあなたにとっても似合ってるわ……」
 ラヴィアンのうっとりとした声が、耳に響く。お人形に抱きしめられ、私は身をよじる。そんな中でちらりと見えた鏡の中では、同じドレスに身を包んだ少女が抱き合い、悶える姿があった。
「私のこの格好、も……ぁ……っ、あなた、が……?」
「そう、私のお気に入りのドレスよ。折角だから、おそろいに、ってね。喜んでくれたら、嬉しいわ」
 衣擦れとベッドのきしむ音、そして私の荒い呼吸と喘ぎが、空気を揺らす。
「なん……っ、で……、ぁ、こん、な……」
 戸惑う私に彼女は「ヒミツ」と囁き、楽しげに目を細める。
「少なくとも、あなたに悪いことはしないわ。だって、わたしの大切なご主人様なのですもの」
 そういって、ラヴィアンは後ろから抱きついたまま、私の髪にそっと指を通した。壊れ物を扱うような繊細な動きが、彼女の言葉が本心からのものだと、私に分からせる。彼女に害意がないと理解できたことで、ほんの少しではあるが、私は安堵することが出来た。
「ふふ、そう。大丈夫よ、大丈夫だから」
 人形としての元のサイズよりは大きくはなったが、それでも私よりも小柄なお人形が、私の髪を梳る。
 それはなんとも、奇妙な光景だった。
「こうしていると、どちらがお人形さんか分からないわね」
 笑みを浮かべ、愛しげに、ラヴィアンが私の髪を撫でながら、呟く。
 確かに、彼女の言う通り、鏡に映る二人の少女はそっくりだった。
 そう、それほどまでに、私たちは似ていた。顔立ちこそよく見れば違うものの、事情の知らない者が今の私たちを見たら、仲のよい姉妹だ、といわれても信じてしまいそうなほどに。
 蝋燭の薄明かりの中、同じドレスをまとい、髪の色も、瞳の色も同じになっているせいだから、だろうか。
 だが、それだけではないような気がした。上手くいえないが、その原因は見た目だけではなく、全体的な雰囲気や、さらに言えばもっと本質的なところにあるような気がする。
 そう、まるで――

 ぼんやりと、浮かび上がる考え。私と彼女が、姉妹のようでさえある理由。

 ――根っこの部分から、私が彼女そっくりになってきているような(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)気さえしてくる。
 
 脳裏に浮かんだその言葉に、私は凍りつくような冷たさを覚えた。
いまだにラヴィアンの愛撫は続き、その度にもどかしいほどの快感を与えられ、真っ赤な頬のまま、熱い息を吐き出してはいたが、凍えそうなほどの冷気が、ぞわぞわと足元からせりあがって来るような錯覚さえする。
 何か、大切なことを見落としているような。取り返しの付かないことになっているような。そんな不安と恐怖が、じわじわと増していく。
 それに押し潰されそうになる直前、彼女の手が、私の胸に触れた。
「――っ!?」
 服の上からとはいえ、先ほどとは比べ物にならない強さの刺激が、私の全身を貫く。開いた口からは声にならない声が迸り、思わず見開いた瞳の端からは涙が零れた。
「あら、胸がいいの? アリシアはいけない子ね」
「ちっ、が……あっ、ん! やめ……、くぅんっ!」
 私の反応が面白かったのか、ラヴィアンは両手を私の胸にあてがい、揉みしだきはじめた。
 ドレスの生地を通して浮かび上がる柔らかなふくらみが、人形の小さな手の中で形を変え、服の皺が波のように寄せては消えるたび、快楽が生まれ、私を翻弄していく。
「やめて……、ひぅ……っ、おねが、い……あぁん……!」
「とてもそうは思えないけど? ほら、先っぽ、硬くなってきてるわ」
 そう言うと、ラヴィアンは指と指の間に私の乳首を挟む。指の腹が先端をはじくと、目の前が真っ白になるほどの光が爆発し、指の間に挟まれた乳首が布地と擦られると、わずかな痛みとそれ以上の快感が注ぎ込まれる。
「ああ……いいわ。アリシア、その顔、とっても綺麗よ……とっても淫らで、可愛らしい……」
 ほうっと吐息を漏らすラヴィアンの言葉に、私はいやいやと首を振る。
「いや、ぁ……ちが、ちがぅ……んんっ、ぁ……」
「違うの? こんなに嬉しそうなのに? ほら、鏡の中のあなたも、悦んでいるわ。とっても幸せそう」
「そんな……っ、こと、あぁっ、な、い……」
 だが、言葉とは裏腹に、確かに鏡の中の私は幸せそうに頬を赤くし、瞳を潤ませ、悦びを表していた。涙で歪んだ視界でさえ、それははっきりと分かった。
 そして、いつの間にか、わたしの心のどこかでは、彼女から与えられる快楽をもっともっとと望みだしている自分が生まれつつあった。その想いが強く、大きくなるたびに、私は自分が別の何かに変わっていくような、奇妙な感覚をも覚え出す。
 そんな私の心を見透かしたかのように、ラヴィアンは囁く。
「ふふ……それでいいのよ。もっと気持ちよくなりましょう? もっと淫らに、もっと素敵になるの」
 いつしか恐れも戸惑いもなくなりだした私の心に、ラヴィアンの言葉が染み込んでいく。それは、とても素晴らしいことのように思えた。ふわふわと宙に浮いたような感覚の中、私はぼんやりと声を発する。
「んっ……ふ……ぅ……、もっ、と……?」
 尋ねる私に、鏡の中のラヴィアンが答える。
「ええ、そう。あなたには素質があるのよ、アリシア。もっと綺麗に、可愛くなれる素質が、ね。大丈夫、何も怖くはないわ……わたしが、一緒だもの。任せてくれればいいの……」
 夢見心地のままの私を、彼女の手がゆっくりと撫でる。ラヴィアンの手が頬、首、肩、そして服の中に入り込んで、胸、お腹へと下りていく。さらに一度おへその辺りまで下りた手が肩まで戻り、片方ずつ二の腕、肘、手首、指先までをなぞっていく。
「あ……ん……」
 ラヴィアンの指が、手の平が触れると、その部分から快感と共に、温かな何かが染み込んでくるような気がした。そして同時に、わたしの身体がぎしぎしと音を立て、別の何かに変わっていくような感覚が生まれる。
 けれど、今の私にはもう、それは怖くはなかった。逆に、もっと変えて欲しい、との思いともどかしさが渦を巻き、時折訪れる大きな快感の波を、待ち焦がれてさえいた。
「気持ちいいの?」
「う、ん……」
 尋ねる彼女に、私は頷く。
「んぅ……ふぅ……はぁ……ん……」
 気付かないうちに、身体に感じていた違和感はなくなり、まるで最初からこの身体だったかというほどに、私の意識は馴染んでいた。服とこすれる肌の感覚も、私を撫でる彼女の指の感触も、先ほど以上に鮮明に感じられる。そしてそれが強烈な快感を生み出し、今まで味わったほどのない悦びを私に感じさせた。
「さて、そろそろ頃合かしら。私ばかり愉しんでしまっては、いけないものね」
 ふと呟かれた言葉と共に、ラヴィアンの手が、私から離れる。彼女の手がもたらす新たな刺激が失われ、私の中でくすぶる熱が、切なく、もどかしさだけを膨らませる。
「あ……あぁん……、ゃぁ……、ラヴィ、アン……やめ、ないでぇ……、さわって、ぇ……」
 涙を零しながら懇願する私に、ラヴィアンはくすりと笑み、言う。
「あなたのお願いなら、続けてあげてもいいけど……本当にいいの?」
「ん……ふ……、なに、が……?」
 鏡の中で頬を赤らめ、汗と涙を浮かべながら、同じ鏡の中のラヴィアンに尋ねる私。
 私の言葉に、彼女は楽しげな笑みを浮かべたまま、そっと指を差す。
 その先は、スカートの下。
 何のことか分からず、疑問を浮かべる私に、ラヴィアンはいたずらっぽく笑い、言った。
「彼のことを、ほおっておいて、よ……」
「え……?」
 その言葉と同時に、再び私の中に、稲妻が走る。全身の神経が焼き切れてしまうかというほどに熱く、激しい快感。真下から突き上げられ、打ち込まれた衝撃がそのまま快楽と化し、私は悦びに涙を零した。
「ひぁっ……!?」
 不意を討たれながらも、私は歓喜に声を上げ、その快楽を享受する。
だけでなく、私の身体は突き上げられる動きに合わせ、腰を振って、更なる快感を貪欲に引き出そうとしていた。
「あは……っ、あんっ、んっ、はぁん……っ!」
 ベッドを大きく揺らし、汗と涙を舞い散らせながら、私は声を上げる。
 そして、今更ながらに気付き――いや、思い出していた。
「そう、そうだったのね……」
 思えば、一番最初から、このベッドには私とラヴィアン以外にも何か、いや、誰かがいたのだ。ラヴィアンのことに気付く前にも、私は何度もそれを感じていたはずだったではないか。
 いつの間にか忘れていたわけではない。途中で感じられなくなったわけでもない。
 なぜなら、ラヴィアンが愛撫をしている間も、ずっと、この快感は続いていたからだ。もたらされる変化に戸惑い、恐れ、期待し、ついには悦びを覚えるまで。途切れることなく、私の中を満たしていた。それに、彼女が決して私のあそこだけは触れなかったのも、そして、それに私が不満を抱かなかったのも、ようやく理解できた。
 いくら彼女でも、そこには触れられなかったのだ。
 私の下に、もう、彼がいたから――私と、繋がっていたから。
「ラッド……」
 万感の想いを込めて呟いた彼の名に、聞きなれた声が答えを返す。
「アリシア……」
 どうして気付かなかったのだろう。すぐ私の下にいる彼は、いつものように優しく微笑みながら、私を見つめ返してくれた。額には珠の汗が浮き、呼吸は荒く、髪は乱れ、そして、その瞳は私と同じく、真紅の異色に変わり果ててはいたが、私の愛する彼に変わりはなかった。
「あ……っ、ん……」
 その彼の手が、私の腰を掴む。お互いの存在を確かめ合うように、私たちはより深くつながり、より硬く結びついた。愛する人を認識したことで、さらに快感は明確なものとなり、身体に叩き込まれる快楽が、容赦なく私を蹂躙する。
「ひっ……あ、あっ、ああっ……んっ、ふぅっ!」
 荒々しく突き上げられ、勢いよく腰を落とし込むごとに、快感が迸り、視界を明滅させる。そして一突きごとに、私の身体はさらなる変化を遂げていった。
 身をよじる私の身体が、ぎしり、と軋む。
「ふあ、あ、ぅ……あぁ、わたし、変わって、く……あ、あぁ……っ!」
 快感に翻弄され、私はうわ言のように呟く。先ほどラヴィアンに愛撫されていたときよりも、はっきりと変化を感じ取ることが出来た。
 くわえ込んだ彼のモノから溢れるモノが私の中に染み込むたびに、きりきりと音を立てて、私の身体は可動し、機構を変じていく。各関節が節々から新たに作り変えられ、新たに生まれた機構に、彼のモノから与えられた血(・)が通っていった。
「ラッド……あっ、ラッド……、わたし、わたし……っ」
 愛しい人の名前を呼びながら、私はただ、本能のまま腰を振る。
 服の袖から覗く、彼の胸板にあてがわれた手は、球体の部品で指の形をしたパーツを繋いだような姿と化し、彼が抱く腰も、間接構造が変化したことがドレス越しに分かった。
 だが、もう今の私はその変化を恐れも、拒みもしなかった。それ以上に、変化が進むたびにもたらされる快感と、彼と繋がる幸福感が、私の中を満たしていったからだ。
「ああ……アリシア……素敵、素敵よ……」
 私を見つめ、心から嬉しそうに漏らすラヴィアンの声が、耳に届く。
 汗に濡れ、炎に照らされていた肌はより艶やかさを増し、長い金髪は、さらに輝きを増していく。鏡の中に映る私は、先ほどよりもずっと、彼女に近しい存在となっていた。

 ――リビングドール(あなただけのお人形)。

 身体の中で荒れ狂う快楽が、私の脳髄を犯す。
 思考が、心が、注ぎ込まれる熱と快感に溶かされる中で、不意に、そんな言葉が浮かび上がった。
 
 ――ああ、そうなのね……。

 やはり、私は、お人形なのだわ。けれど、今までとは違う。

 ――本当に大好きな人に、本当に大事に想われる、とても幸せなお人形。これからは、ずっと、ずっと、彼のモノになって、いつまでも一緒にいられるんだわ。

 そう心から理解した私に、今までになく満たされた気持ちが湧き上がる。彼のモノから身体の中に快感がもたらされるたび、幸せと悦びは際限なく膨れ上がっていく。強すぎる刺激に苦悶の声を漏らしながらも、ただひたすら動き続ける青年のことが愛おしく、私は獣のように荒々しく動く。私の興奮を受けて、身体の各部では球体間接機構がきりきりと音を立て、激しく稼動する。
「いいよぅ……ラッドの、きもち、いい……ひぁ……っ、膣内(なか)、すご、いっ……ああぁっ!」
 腰を落とし、彼のモノで膣内を擦りながら、生み出される刺激を味わう私。鏡に映る人形は欲望に染まり、淫らに踊り続ける。ラヴィアンと同じような、人形の姿になってしまってなお、私の身体は女の子そのものの柔らかさと滑らかさを保ち、彼のモノを包み込むあそこは熱く蠢いていた。
「あんっ、んっ、や、あっ……! このからだ、いいっ、きもち、いいの……っ! あ、んぅ、もっと、ほしいのぉ……っ!」
 魔の眷属に堕ちた私は、本能の命じるまま、彼を貪る。彼の吐き出す精をこの生ける人形の身体に満たし、思考を焼ききるほどの快感を身体の中で暴れさせる。彼が一突きするごとに、私が腰を落とすごとに、リビングドールとなった体は淫らで美しく変わっていく。それが、とても悦ばしい。
 だが私には同時に、大切な彼を、魔物となった自分がもっと気持ちよくしてあげたい、という想いも生まれていた。自分自身のことだけでなく、私の大好きな、ご主人様に尽くしたい、愛したいという欲望。それは、ただの人形には出来ないことで、リビングドールという名の魔物に生まれ変わった今の私なら、出来ることだった。
 互いの赤い瞳が、見詰め合う。
 涙に濡れながらも、奥底に激しく揺らめく情欲を認め、私は微笑んだ。
「ラッド……もっと、気持ちよくなって……わたしで、感じて……」
 囁いた声と共に、私の膣内が締まる。彼の手が、先ほど以上に私を強く掴む。
 壊れてしまうのではないかと思うほど強く突きこまれた肉棒が、私を貫き、揺さぶった。髪が乱れ、ドレスのスカートが舞い上がる。
「ぐぅ……っ、アリ、シア……う、うぁ……」
 肌に痕を残すほど私を強く掴み、腰を打ちつけるラッドが、呻く。快楽と苦悶の入り混じるその声に、私は彼が悦んでくれたのを悟った。
 私の心の中に、悦びと幸せが満ちていく。
「きもちいいの? ねえ、ラッド……わたしを……感じて、んっ……、くれてる。の?」
 尋ねた私への答えは、先ほど以上に強烈な挿入だった。膣内を削り取られるような摩擦が、私の身体を震わせ、子宮口に先端が叩きつけられる。がくんがくんと揺さぶられ、いやらしい水音がさらに騒がしさを増す。
 彼の求めには理性の欠片もなく、遠慮も容赦もない激しいものだったが、しかし私の心に浮かんだのは、幸せだけだった。
「あふ……っ、んっ、いいの、もっと激しくして、いいよ……っ、わたし、わたしは、あなただけの……っ、お人形に、なるから……あ……ぁっ、あなただけの、お人形に、して……」
 うっとりと声を紡ぐ私は、しかしこの快楽が永遠ではないことをうっすらと悟っていた。切れ切れに漏れる呻きが、彼の限界が近いことを物語っている。
 そして、絶頂が近いのは私も同じだった。びくびくと膣内が痙攣し始め、身体の中で、いまにも何かが爆発してしまいそうな感覚が膨れ上がっている。
「あ、はぁっ、んっ、らっど、ラッドぉ……わたし、わたし……いっ、しょ、いっしょに……」
 がくがくと震える身体を抑えながら、私は懇願の声を上げる。
 歯を食いしばりながらも彼が笑みを浮かべ、頷くのと、その瞬間が訪れるのは同じだった。
「ひっ、ぁ、あついの、が……くる、きちゃ、う……!」
 私の最奥に触れた彼の肉棒から、精液が勢いよく注ぎ込まれる。
「あ、あぁぁぁぁぁぁ――っ!!」
 身体の中を灼熱に犯され、極上の美酒のような精の味を感じながら、私は大きく仰け反り、嬌声を迸らせた。時間の感覚が失われ、ただ、津波のように押し寄せる快感と快楽に身を任せる。
やがて私は糸の切れた人形のように、彼の上に倒れこんだ。
 膣の中でいまだ脈動と射精を続ける彼の存在を感じながら、私はゆっくりと意識を手放す。愛しげに私を抱きしめる大きな男の手と、慈しむように頬を撫でる小さな人形の手を感じながら、私はまどろみに沈んでいった。



「ふぅ……」
 口から漏れたかすかな吐息が、空気を振るわせる。
 窓の外はいまだ暗く、燭台に灯る揺らめく炎が、部屋の中をぼんやりと照らしている。夜明けまでは、まだ時間があるのだろう。屋敷の中も、外も、ひっそりと静まり返っている。
「ん……」
 ふと、部屋に漂う精の匂いが鼻をついた。
 鉛のように重い身体と、そして下腹部に残った違和感が、先ほどの記憶を思い起こさせる。
 蝋燭の炎に手をかざし、照らせば、細く、しなやかな指を繋ぐ球体の間接が見えた。
 人形の魔物、リビングドールとなった私の新しい姿。異様ではあるが、今はとても誇らしい。
 思わず、くすり、と笑みを漏らす。
 そんな私に、すぐ側から声が掛かった。
「お嬢様?」
 顔を向ければ、赤い瞳をこちらに向ける青年の顔が映る。それだけで、私の心が揺れた。思わず、頬が緩む。心配そうにかすかに寄せられた眉根に、案じられているのだと分かって、不謹慎ながら嬉しくなってしまう。
「ふふ、なんでもないわ」
「そう、ですか? さ、先ほどの行為で、お疲れ、なのでは……」
 今更ながらに真っ赤になって、消え入りそうな声で呟くラッド。彼もまた、先ほどの交わりを思い出したのだろう。最後の方は、お互い理性の欠片もなく、荒々しく求め合っていた。従者という立場の彼には、冷静になって、いろいろと思うところもあるのかもしれない。
 けれど、もう、そんなことは気にしないで欲しかった。
「大丈夫。むしろ、あなたの精のおかげでとっても調子がいいくらいよ。いっぱい、注いでくれたものね」
「いえ、それは……すみません」
 私の言葉に、ますます顔を赤くして縮こまるラッド。そんなつもりで言ったのではなかったのだけど、逆効果だったようだ。
 ふぅ、と溜息を吐き、私は口を開く。
「ね、ラッド、起して」
「無理はなさらない方が……」
「大丈夫だから、お願い」
 戸惑いを浮かべつつも、彼の腕が、やさしく私を抱き起こす。きしり、と間接をきしませる音が、やけに大きく響いた。
「お嬢様、その……お、お身体の具合は……大丈夫、ですか?」
 おそるおそるといった風に私を抱き支えるラッドが、声を掛ける。
それに微笑みを返しながら、私はゆっくりと言葉を発した。
「ええ、平気。ねえ、ラッド」
「はい……」
「もう、お嬢様って呼ばなくていいのよ」
「で、ですがお嬢様」
 なおも食い下がる彼に、私は首を振る。
「ダメよ。お嬢様って呼ばないで。だって私、もう、魔物に――あなたのお人形に、なっちゃったんですもの。ううん、違うわね。私は望んであなたのモノになったの」
 彼の頬に、私は指を滑らせる。ぴくり、と震える彼に構わず、私は言葉を続けた。
「だから、もう何も気にしなくていいの。あなたがいっぱい可愛がってくれれば、それだけでお人形の私は幸せなの。あなたといっしょなら、それだけでいいの」
「アリシア……」
 泣きそうな顔で、私の名を呼ぶラッド。私の肩を抱く手に、わずかに力がこもる。
「ふふ、名前で呼ばれるのも、なんだか久しぶり。嬉しいな、ラッド……いえ、ご主人さま」
「は……、はい」
 ご主人様、と呼ばれることに、まだどこかくすぐったそうにしながらも、返事をしてくれるラッド。
 彼の肩に頭を預けながら、私はゆっくりと瞳を閉じる。彼の体温と、鼓動が触れた肌を通じて、流れ込んでくる。それだけで、私は満たされていく。
 と、穏やかな空気に包まれる私たちに、声が掛かる。
「ラッド、アリシア。幸せそうなところ悪いのだけど、私のことも忘れてもらっては困るわ」
 瞳を開ければ、ベッドの端にはむくれた表情のお人形――ラヴィアンが腰掛け、こちらを睨んでいた。先ほど私を魔物に変えた妖艶な雰囲気とはうって変わって、子どもっぽい様子の彼女に笑いを堪えながら、私は手招きをする。
「ふふ、大丈夫よラヴィアン。あなたは私の大事なお人形ですもの、忘れたりなんてしないわ」
「本当かしら。すっかり二人の世界が出来上がっていたみたいだけれど」
 まだ少し不機嫌そうにしながらも、ラヴィアンはベッドの上の私に身を寄せる。拗ねたような表情を浮かべながらも、私が彼女の髪をとかすと、ラヴィアンは気持ちよさげに身を任せた。
「なら、今度は三人でしましょうよ。ねえ、ご主人様」
 期待に目を輝かせるラヴィアンと共に、私は彼を見つめる。
やがて諦めたように彼が頷くのと、私とラヴィアンが抱きつくのは同時だった。

夜は、まだまだ長く続く――
14/01/13 21:57更新 / ストレンジ

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