連載小説
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『老人と少女の切符』
海岸線を走っていた列車はいつのまにか林の中を走っていました。
明かりの消えた車内には木漏れ日が溢れ、木々のさざめきが開け放たれた車窓から流れ込んできました。
「さっきは情けない姿を見せてしまったね」
老人はばつが悪いのか、照れたように頭を掻いて苦笑いをしました。
そんな老人の様子を見て、ゾンビの少女はほんの少し微笑みました。
「それにしても、誰からも忘れられる老人と言葉が話せないゾンビの少女か・・・」
「・・・・・・」
「初めて見たときから君のことが何となく気がかりだった理由が分かったようだ」
「・・・?」
「たぶん私は君に自分自身を重ね合わせていたんだろう。理由は分からずとも自分に似たものを感じたからか、とてもいたたまれなく思ったんだ」
「・・・・・・・・・」
「それでいて、そんな君を愛おしくも思ったんだ。だから、もし君さえ良ければ私が・・・」
そこで老人は視界の端に人が立っていることに気づきました。
そこには、制帽の鍔と制服の襟で顔のほとんどを隠した車掌がいました。
白い手袋をはめた手に改札鋏を持っていることから、切符を切りに来たと分かりました。
「切符を拝見いたします」
車掌はそう云うと、切符を受け取るために手を差し出しました。
列車であるなら切符は必要になるのに老人はそのことをさっぱり失念していました。
慌ててズボンや上着のポケットを探ると、上着の内ポケットに固い感触がありました。
老人は内ポケットを探ってみるとどうやらそれは二枚あるようで、取り出すと車掌に手渡しました。
「拝見いたします」
車掌は手のひらくらいの大きさの切符を受け取ると、老人に尋ねました。
「これは三次空間の方からお持ちになったのですか」
「いえ、それがよく分からないもので」
車掌はそれを聞くと、切符を光に透かしてみたり、指で叩いてみたりしていました。
そうして得心がいくと、改札鋏でぱちんぱちんと切符を切り、二人に返しました。
「よろしゅうございます。最果ての停車場へは次ぎの駅でお乗り換えください」
そう云うと車掌は改札鋏をかちかちさせながら隣の車両へと移って行きました。
老人とゾンビの少女は返された切符をまじまじと眺めましたが、なんのへんてつもない真っ白な紙でした。
「急に現れたものだから驚いてしまったよ」
「・・・」コクリ
「しかし、私たちの目的地は分かったようだ。乗り換えがあるようだから支度をしよう」
老人がそう云って座席を立つと、車内に案内が流れました。
『渓谷の停車場、渓谷の停車場』
列車は堂々たる瀑布を背景に、滑るようにして渓谷の底へと降りていきました。

その停車場もまた一風変わっていました。
渓谷の間を流れる穏やかな大河の中州に停車場はありました。
川底に線路が敷設されていて、その線路は瀑布から渓谷の停車場へと続き、穏やかな流れとともにどこまでも続いているようでした。
「川底に線路があるなんて、なんともかわった場所だ」
「・・・」コクリ
「どこまで見ても川が続いている」
何の気なしにホームから川をのぞき込むと、ホームでできた影から小魚が逃げていきました。
そうしてしばらく小魚を観察していると、川面にひょっこりともうひとつの顔が映りました。
「・・・・・・」
ゾンビの少女もホームから川をのぞき込み、流れに逆らって忙しなく泳ぐ小魚を観察していました。
小魚は時折川から飛び上がり、鱗をきらきらと輝かせながらぽちゃりと川に戻っていきました。
すると、小魚たちが突然ホームの影に身を隠しました。
老人がいったいどうしたのかと考えていると、遠くからざああという水を切る音が聞こえてきました。
「どうやら列車が来たようだ」
水を切って走るそれは確かに列車でしたが、今まで乗っていたものとは見た目がまったく違っていました。
銀地に橙色の横縞があって、一両だけの短い電車でした。
「停車場がかわっていれば、列車もまたかわっているようだ」
電車が停車場に到着すると、空気が抜ける音の後にゴトリと扉が開きました。
「さあ、行こう」
老人は電車に乗ると、ゾンビの少女に手を差し伸べました。
ゾンビの少女はその手を握って電車へと乗り込みました。

電車の中はこざっぱりとしていて、座席は車両の両側にありました。
老人は端の座席に座り、ゾンビの少女はその隣に座りました。
『発車します』
無機質なアナウンスの後に、電車は停車場を出発しました。
電車はざああ、と水を切って進んでいき、時折吹き込んでくる水しぶきが二人のほおを少し濡らすのでした。
それからしばらく川に沿って電車が走っていると、またアナウンスが流れました。
『この先滝のため水道橋に入ります。お近くの手すりやつり革にお掴まりください』
ごとりと何かに乗り上げるような音がすると、電車はそのまま走っていました。
「・・・!!」
ゾンビの少女は車両の後ろにある窓から外を確かめると、驚きの表情を浮かべました。
電車はまさに滝から突き出るように建造された水道橋の上を走っているのでした。
「おお、これは凄い」
高く高く造られた岩造りの水道橋の上を電車は静かに走っていました。
水道橋から流れ落ちる水の先には大きなため池があり、一面に青々とした麦畑と牧草地帯が広がっていました。
よくよく眼をこらしてみると、そこには農夫たちが働いていました。
風に揺られる麦の海をかき分けながら水をやるもの、馬に跨がり牛や羊を追うもの、みんな一様にちんまりとしていました。
そのとき、ゾンビの少女は窓から少し身を乗り出して手を振りました。
農夫たちも作業の手を止めて、手を振り返したように見えました。
水道橋はゆるやかに下りながら、麦と牧草の海を眼下に走りました。
やがて水道橋は穀倉地帯を抜けるとトンネルに入りました。
トンネルの中でも水を切る音が聞こえることからここは地下水路のようでした。
車内に明かりはあるものの、水路の中には明かりはなく真っ暗でした。
すると、二人が乗る電車以外の水を切る音が聞こえてきました。
いったいどんな列車が来るのだろうかと窓を見ていると、少し離れたところに反対方向に進む電車が見えました。
かと思えば追い抜くように物凄い速度で走る列車もあるし、ホームに佇む人たちもいました。
「どうやらここには線路が張り巡らされているらしい」
「・・・」
すると、電車の外が明るくなりはじめました。
明かりの発生するもとは出口でした。
水を切る音もいつのまにか聞こえなくなっていました。
地下水路を抜けるとしばらくはいたって普通の線路で、外と車内は暖かな陽気で満ちていました。
陽気のせいか老人はうつらうつらとしていると、肩にゾンビの少女が寄りかかるのを感じました。
ちらっとゾンビの少女の様子を窺うと、彼女はすやすやと眠っていました。
「あれだけのことがあったんだ。疲れていても無理はない」
そう云って老人はゾンビの少女の頭を優しく撫でました。
ゾンビの少女は少しくすぐったそうにしていました。
「ああ、私も眠くなってしまった。おやすみ」
そうして老人もゾンビの少女に寄り添うようにして眠りました。
老人は袖を引っ張られる感覚で眼を覚ましました。
眼を開くと薄桃色の小さな花弁を手のひらに乗せたゾンビの少女がしきりに外を指さしていました。
「なにかあるのかい」
老人はそう云って窓の外を見ました。
そこには薄桃色の花を咲かせる木々が整然と立ち並んで並木道となっていました。
花弁が風に乗ってひらひらと舞い散っていくその様はまるで吹雪のようでした。
「なんて綺麗な並木なんだ」
二人は言葉も無く眺めているばかりでした。
しばらくすると、薄桃色の並木が青葉の茂る並木に替わりました。
どうやら山を上っているようでした。
『終点、最果ての停車場、最果ての停車場』
車内にアナウンスが流れました。
「どうやら旅も終わりのようだ」
「・・・」コクリ
電車が静かに停車し、ドアを開けました。
停車場は緑に包まれた山の中でした。
ホームの他には何も無く、駅員らしい男が立っているだけでした。
「切符を拝見いたします」
二人が停車場から出ようとすると、駅員が云いました。
老人は懐から真っ白な切符を二枚取り出すと、駅員に渡しました。
「たしかに拝見いたしました。長旅お疲れ様でした」
駅員に切符を渡すと、二人は停車場から出ました。
そこには一本道があって、山の中をまっすぐ伸びていました。
この道はどこに行き着くんだろうかと老人が思案していると、ゾンビの少女が手をつないできました。
「・・・」
「すまないね。ここまで来たのだから考えても仕方がない」
「・・・」コクリ
手をつないだ二人はゆっくりと一本道を歩いて行きました。

一本道を辿っていくと、開けた草原に辿り着きました。
そこには色とりどりの花が咲き乱れていて、二人が隣り合って座っていました。
「旅の終点がこんなにものどかな所だとはね」
「・・・」コクリ
「・・・・・・」
「・・・・・・」
花の香りに包まれて静かに佇む二人でしたが、老人がふと呟きました。
「そういえば、私は君にひとつ云いそびれてしまったことがあるんだ」
「・・・?」
老人はゾンビの少女に向き合うと、彼女をまっすぐ見つめました。
「付き合いは短いうえに、急な話で戸惑うかもしれないけど聞いてほしいんだ」
「・・・」
「私が死んだら同じ墓に入れてほしい」
「!?」
それは突然の告白でした。
ゾンビの少女はあまりに突然だったためにひどく慌て、嬉しさからか恥ずかしさからか顔をほんのりと赤らめてしまいました。
「・・・どうだろうか」
「・・っ・・・ぅ」
ゾンビの少女は老人の思いに答えようと口を動かし、声にしようと肺から息を絞り出しました。
「無理はしないでおくれ。いつものようにでいいんだ」
そう云って、ゾンビの少女を心配する老人でしたが、ゾンビの少女はそれでも声にしようとしました。
「・・・ぁ・・う」
「う・・・れ・・・・し、い」
ゾンビの少女ははついに思いのたけを声にすることができたのでした。
「声が出たのかい!それに、うれしいって」
老人が驚いてゾンビの少女の肩を掴むと、ゾンビの少女も声が出たことに驚いたようでした。
そしてにっこりと微笑みながら涙を流すのでした。
「ああ、私はなんて幸せ者なんだろうか!ありがとう、ほんとうに・・・」
老人も涙を流していました。
「わた、し、も」
そうしてゾンビの少女と老人は強くお互いを抱きしめ合いました。


その後、二人がどのように過ごしたかは誰も覚えていません。
二人きりで静かに暮らしていたかもしれませんし、街で暮らしていたかもしれません。
ただひとつ確かなことは、老人とゾンビの少女は今もあの花畑の下で二人仲良く眠りについていることだけです。

おわり
14/08/23 18:41更新 / リキッド・ナーゾ
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■作者メッセージ
最後まで読んでいただき、誠にありがとうございます。

ついに完結しました。
楽しんでもらえたでしょうか。

たった3話でしたが長かったです。疲れました。
書いてて楽しかったですが、やはり読み切りの方が書きやすいです。

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