連載小説
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とあるゴーレムの日記
4月21日
私はゴーレム。主によって作られた。
主をお守りし、身辺の世話をするのが、私の役目。
そして主の身に起こった事を記すのも、私の役目である。そう今日命令を受けた。
主の体調は良好。現在のところ問題はなし。
私への精の供給も問題なく終了。引き続き命令を続行する。



4月25日
主の健康状態は本日も良好。
起床、就寝ともにほぼ定時に行われ、摂食量、回数ともに問題なし。
入浴時に身体の洗浄及び精の供給を行う。
命令遂行に問題なし。



4月30日
主の健康状態は良好。
主は在宅せず。
その間に部屋の清掃を行う。
散らばっていた数冊の書物を本棚へ収納。その際に一枚の写真を確認。
主の他に人間の雌個体が写っている。識別不能。
処理不能と判断、干渉せず。



5月1日
精の供給時、主の目から水滴が流れ落ちるのを確認。
解析したところ、涙腺の分泌液と判断。
体調の不良が予期されるも、健康状態は良好。
状況の理解不能。健康維持レベルの引き上げを検討する。



5月5日
主の健康状態は良好。
先日の件に関しては主に気にしないよう命じられたため、暫定的対応のみに留める。



5月8日
主の健康状態は良好。
今日も主より精を供給される。
供給時、幾度か思考の揺らぎが発生。
原因不明。



5月12日
主の健康状態は良好。
朝食時、私が作った食事を主が高く評価する。
思考の揺らぎを確認。原因不明。
主に原因を聞いたところ、唖然とした後、問題ないと言う。
理解不能。



5月16日
主の健康状態は良好。
主は不在。再び部屋の清掃を行う。
主が外出してしばらくして、再び思考の揺らぎが発生。
前日の揺らぎとは違うと判断される。
行動に若干の支障が発生。問題は軽微。


5月19日
主の健康状態は良好。
ここ最近、思考の揺らぎの発生が多くなっている。
特に精の供給時には、激しい揺らぎが繰り返し発生する。
私はどうなったというのだろうか。


5月21日
主に思考の揺らぎについて再び問う。
主は、それを感情だと言った。
自分の作った料理を褒められて「嬉しい」と思い、主のいない状況を「寂しい」と思い、主から精を受ける事を「幸せ」と思う。
そういった、本来私たちゴーレムに無縁である「感情」が、私に芽生えて来たのだと。
…感情。まだ、理解不能。
少しずつ、学習する必要がある。


5月24日
主は今日も健康。
今朝、主にお出しする目玉焼きを焦がしてしまった。
これは、「悲しい」。
今日は、主が家にいて、私にも話しかけて下さった。
これは、「嬉しい」。
今日も主は私に精を分け与えて下さった。
これは、「幸せ」。
…これが、感情。今まで見えていなかった物が、次第に見えてくる。


5月28日
主は今日も健康。
あの思考の…いや、「心」の揺らぎを私が「感情」だと認識して以来、私の中の「感情」は、花が開くように一気に豊かになった。
今まで理解できなかったことが、見えていなかった物が、聞こえていなかった声が、どんどん鮮やかに感じられていく。
なぜ今まで、こんな素晴らしい事に気づかなかったのだろうか。
…それに気づかせてくれた、主。今までは世話の対象としてしか認識していなかったけれど、今は違う。
…私に精を、感情を、幸せを、全てを与えて下さった、「愛しい」存在。
愛。それがこの世で最も尊く、強い感情だと主に教えられた。
…これが、愛。


5月31日
主は今日も健康。
今日は主が家にいない。寂しい。
仕方がないのでまた主の部屋を掃除する。
以前に見た、主と人間の女性の写真がまた目に入った。
…写真の女性は、私と同じ顔だった。
どういう事?


6月3日
主は私と交わる時、時々泣く事がある。
昔気にするなと言われてそのままにしていたが、私が感情を知って、それが「悲しみ」を表すと理解して以来、私は主のその行動に疑問を持つようになった。
なぜ、主は悲しんでいる?


6月4日
…私は。
私は、ただの代用品だった。

今日、気になっていた事をまとめて主に聞いた。
何故、主と一緒に写っている人間は、私と同じ顔なのか。
何故、主は私と交わるとき、泣いているのか。
…答えは簡単だった。
主には昔、誰よりも愛した妻がいた。
しかしその妻はある時病から命を落とし、主は咽び泣いた。
そして、そのまま失意の日々を送っていた主は、私を作る事を思いついた。
…妻と瓜二つな私…ゴーレムを作って、それを妻に重ね合わせる事で、辛さから逃れていたのだと。
はじめは感情のないゴーレムだからと自分を誤魔化していたけれど、私が感情を知って隠し切れなくなり、罪悪感に苦しめられていた、と。
…つまり私は、ただの代用品。
主は、私ではなく、もういない妻を愛していた。
私を見ていない。主は、私を見ていない。


6月7日
こんなに、こんなに歪んだ、醜い感情があったなんて。
…死んでもなお主の愛を独占するあの人が妬ましい。憎い。
…主が愛おしい。私も主を独占したい。爪の先から涙の一粒まで、主の何もかもを私の物にしてしまいたい。
何故、私は感情を得てしまったのか。
感情がなければこんなにも苦しむ事はなかったのに。
…私を幸せにしていたはずの感情は、今では逆に私をどんどん苛んでいく。
…ああ、主。私は主を愛しています。
なのに、主は私を見ていません。
何故ですか。


6月9日
日を追うごとに、私の中のどす黒くて醜い感情は勢いを増していく。
私は主のためだけに存在しているのだから、主も私だけの主でいて欲しいのに。
そうだ。私だけ。私だけの、主。


6月15日
主はまだあの女の物だ。
私と同じ顔の、あの女の物だ。
ああ、それならば。
…私が、あの女から奪えばいい。


6月20日
主。
愛しています。愛しています。愛しています。愛しています。愛しています。愛しています。愛しています。愛しています。愛しています。愛しています。愛しています。愛しています。愛しています。愛しています。愛しています。愛しています。愛しています。愛しています。愛しています。愛しています。愛しています。愛しています。愛しています。愛しています。愛しています。愛しています。愛しています。愛しています。愛しています。愛しています。愛しています。愛しています。愛しています。愛しています。愛しています。愛しています。愛しています。愛しています。愛しています。愛しています。愛しています。愛しています。愛しています。愛しています。愛しています。愛しています。愛しています。愛しています。愛しています。愛しています。

だから。
私は、主を、私だけの物にします。
(日記はここで終わっている)













目が覚めましたか、主。
…私は食事をしていたはず、ですか?
そうですよ。私がお食事によく効く薬を仕込んでおきましたから。
…何でそんな事をする?
決まっているではないですか。私が主を愛しているからです。
主は教えて下さいました。愛とは最も尊く、最も強い感情だと。
…私は主を愛しています。主の何もかもを一寸も残さず独占したいほど、愛しています。
…ですから、許せない。死んでもなおあなたの事を我が物顔で縛り付けるあの女が、何よりも許せないのです。
だから私は決めました。主を私の物にしてしまおうと。
…その縄は、私が主を縛る縄。
主が完全に私の物になるまで、ほどけることはありません。
心配はいりませんよ。私が主を死なせたりするはずがありません。
ずっと、ずうっと、私がお世話して差し上げます。
食事も、お風呂も、何もかも全て。
…主が私以外全てを忘れて、私以外全てを見なくなるまで。
私が主の他に、何も見ていないように。
…ああ、主。私に全てを与えて下さった、愛しい主。
…これからは、ずっと、私だけの物です…
11/02/03 00:26更新 / 早井宿借
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■作者メッセージ
感情を持った事は、彼女にとって幸せだったか。

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