連載小説
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困惑→変質
その日は朝から生憎の雨で、普段は歩いて登校している道を二人して電車登校していた。
『ううう・・・、満員電車キツイ・・・』

「雨の日は晴れの日以上に電車が混雑する」という話は本当だったのだと確信するほどの状態。

『そ、そうだな(ち、ちかい!顔が近い!)』
『ぐ、ぐえ・・・つぶれてしまいそうです・・・』
望が死にそうな顔でエスケープを求める。
『だ、大丈夫か・・・?(てか、何かすごくいい匂いがする・・・!)』
違う意味で大丈夫ではない誠司が望の心配をする。
『な、何とか・・・たった一駅くらい我慢する。。。』
誠司の制服を掴んで、つぶれないように堪えていた望だったが、緊急停止のアナウンスと同時に電車が大きく揺れ誠司の体に押し付けられる体勢になってしまう。
『う・・・お・・・・(勃っちゃう勃っちゃう!)』
『わ、悪い誠司・・・!』
『だ、大丈夫・・・です。。。』
明らかに大丈夫には見えない誠司は眼鏡を外し、自ら視界を閉る事で精神を支えていた。



それから数日後の、ある晴れた日。
「たまには外で弁当食べよう!」と思いついた望に連れられ、屋上で昼食をとることになった。

『んー、外で食う昼飯さいこー!』
『最近よく食うようになったな』
『インキュバスになったからかな?何か、いっぱい食べても物足りないんだよなー』
口いっぱいに弁当を頬張る様はまるでハムスターである。

『の割には相変わらず、ちびっ子だな』
『うるさい!そんなことをいうデリカシーの無い誠司なんて・・・いただき!』
頭をポスポスと叩く誠司の手を払い、目にも留まらぬ速さで箸を突き出す望。

『おい!俺の弁当!!!』
『人のことを馬鹿にした誠司が悪い。というわけで、このウィンナーは俺が美味しくいただきます』
別に弁当の具1つで文句を言うつもりも根に持つつもりもないが、体以上に望は器が小さいと思った誠司であった。

『あー、んむ。おいひー!』
しかし、小さな口に不釣合いな大き目のウィンナーをほお張ってうっとりした顔を向ける望を前に、誠司の不満は一気に吹っ飛んだ。

『(ぐふっ、まずいまずい。・・・だからアホか俺は。相手は望だぞ!男なんだぞ!)』
『ん?どしたのさっきから下向いちゃって。そんなにウィンナーとられたのショックだった?』
『い、いや、気にしないでくれ。食いたいなら食っていいから・・・』
何とか誤魔化すべく、望に弁当を差し出して誠司はお茶を飲む。
『ま、マジで!?いいの!?』
『ああ、今はとり合えずお茶を飲みたい。むしろ、ずっとお茶を飲みたい。。。(今日の部活はパワー出ないな・・・)』
そんな事を考えながら顔を上げると、ウィンナーの油で唇を艶かしく濡らしながら、舌なめずりする親友がいた。
『ぶふっ!!!』
『ちょっ!急になんなのさ!うわー、思いっきり濡れたじゃん・・・』
『わ、悪い・・・俺の学ラン貸すから!』
『いや、誠司の学ラン着ると変えようの無い現実を突きつけられて腹が立つからいいや』
望はその日一日、部活のジャージを着て授業を受ける事になったのは言うまでもない。



また授業の合間の休み時間でさえも・・・

『なんだこりゃ?』
前の席に座っている望の背中に張り紙がしてあるのを誠司は見つけた。
『「次の授業まで仮眠取ります。1分前になったら起こしてください」だと・・・』

授業中に寝ない分、真面目なのかもしれないが、果たして学生としてどうなのであろうか。
『おい、1分前になったぞ。望、起きろ』
しかし、この小さい体で毎日勉強に部活に頑張っている望は、自分よりも疲れているのだろうと考えた誠司はきっかり1分前に望を起こす。

『んー・・・あと10秒』
『いや、10秒寝ても大してかわらんだろ。』
『うー、眠いぃぃぃ』
駄々を捏ねる望を揺すり起こすと、寝ぼけて涙目での上目遣い、半開きの口からは「はぁ」と熱い息をもらす姿に動きが止まる。固まった誠司を不審に思った近くの席の生徒が声を掛ける。

『どしたんだこいつ?』
『お前まで突っ立ったまま寝てんのか?』
そこまで言われて誠司の時間が戻ってきた。
『・・・!い、いや、何でもない!』
急いで席に着き、眼鏡を掛ける。前を向くと望はとっくに授業の準備を終わらせ、欠伸をしていた。


『・・・一体、俺は何を考えてるんだ?』




近頃の自分の行動に頭を抱えながら部活に勉強にと気を紛らわせていた誠司だったが、あっという間に月日は過ぎて、いつの間にか期末テストの季節になっていた。

「テスト期間中で部活も休みだから、午後はテスト勉強に付き合ってくれ!」と乞われた誠司は、部屋に望を招き勉強会を開いていた。
明日のテスト科目に向けて最後の見直しをしていると、望は途中で眠くなってしまったのか机に突っ伏してしまう。
『望、そんなところで寝ると風邪引くぞ』
『魔物は風邪なんて引かないんだよ』
『・・・屁理屈捏ねるな』
誠司が呆れていると望は顔を上げ、「はあ」と息を吐くと立ち上がる。
『んじゃ、ベッド借りる』
誠司の返事は待たずに、ボスンという音と共に倒れこむ望。
『制服がシワになるぞ』
『じゃ、パジャマ貸して』
まるで我が家にでも居るように誠司のベッドを占領した挙句、パジャマを貸せとのたまう。
『生憎だが、俺はパジャマ着ない派なんでな』
『なら、部活のジャージ貸して』
諦めの悪さだけは誠司にも勝る望は部活のジャージで手を打ったようだ。誠司も「はあ」とため息を吐くと、洗濯してハンガーに干していたジャージをベッドにうつ伏せになっている望に手渡す。
短く「ありがと」と零した望に「どういたしまして」とワザとらしく答えた。



『下はめんどくさいからいいや』



以前の誠司ならいくら望といえども下にパンツだけの格好で自分のベッドに寝かせはしなかった。
その夜、自分が寝る布団に別の男がパンツ姿で寝るのは気分のいいものではないからだ。だが、いまはそうは思わない。
「あの白い足で俺が普段使っている布団に・・・」そこまで考えて頭を激しく振り、邪な心をかき消して勉強に集中する。

『展開式か・・・』

明日のテスト科目である数学の参考書を開き目を通すと、一番上に文字と数字が並んでいた。
展開・・・てんかい・・・布団の下には俺の部活のジャージ(上だけ)を来た姿で寝ている。
あの掛け布団を「展開」すれば、あのすべすべの足を拝め・・・


『いや!いや!いや!違うだろ、俺!!!!』
机に何度も頭を打ち付けて、必死に邪心を振り払う。
『(邪心振り払えてねーじゃねーか!!!)』

『んー、・・・うるさいよ誠司。バカ、寝られないじゃん・・・』
そんな誠司に布団から顔だけ出した望は文句を垂れる。本来であればそんな事を言われる立場ではないのだが、理由が理由なだけに反論できない。
『お、おう。すまん。。。(展開式はダメだ、次に行こう)』

さっきのことを忘れようとページを多めに捲る。



『連立方程式・・・れんけつ、ほうていしき・・・だと・・・?』



『ガンガンガンガン!!!!』
血が出るのではないかと思うほどに机に頭突きを浴びせる。心の中では二人の誠司が殴り合いの喧嘩をしていた。



『あー、もう!だからうるさいってば!!!』
しかし、そんな攻防がついに望を起こしてしまったようだ。眠りを邪魔されたからか、イラついた顔をして誠司を睨む。
『俺、少しトイレ行って来ていいかな・・・?』
そんな望の視線に居た堪れなくなり、誠司は席を立とうとする。
『・・・?行って来れば?てか、何で俺に聞くの?ここ誠司の家でしょ?』
『そう、だな。うん、トイレ行って来るわ』
至極当たり前のことを答える望に、誠司は項垂れたまま返事をする。


2階にある自室から、わざわざ1階のトイレへ足を運び、精神を統一する。
「心頭滅却すれば火もまた涼し」
死んだ母方の祖母が「暑い日は寒いと言え!」と口をすっぱくして言っていたのを思い出す。


『望は可愛くない望は可愛くない望は可愛くない望は可愛くない望は可愛くない望は可愛くない』

『望は男俺も男望は男俺も男望は男俺も男望は男俺も男望は男俺も男望は男俺も男望は男俺も男』

何故か念仏のように手を合わせて便器を拝みながら何度も繰り返す姿は、人として完全に終わっている。

『・・・・・・・・よし!!!』
両頬を叩き気合を入れ、その足で自室へと向かう。一応ノックをしてから扉を開けると、そこには布団に入った時の格好のまま、ベットに座る望が居た。
誠司は心の中で思った。




『(父さん、母さん・・・俺は、もう戻れないかもしれません。。。)』




最近の誠司は様子がおかしい。常に何かと戦っているような、切羽詰った顔をしている。
それだけではなく、俺のことを見ている頻度が多い。最初は気のせいかとも思ったが、一緒に居る時間が長ければ長い分だけ、確信へと近付いた。

『聞くしかないか・・・』

「コンコン」と控えめなノックがして扉が開く。入ってきたのはこの部屋の主で、俺の親友で、最近の悩みの種。ベットに座っている俺を見た瞬間に瞳孔が開くのが分かった。


『(ああ、また見られている・・・)』


誠司の視線は俺の顔、上から下へ降りて行き、借り物のジャージから覗く太股に釘付けになった。
しかし、すぐにはっとした顔をして俺の顔色を見る。足を見ていたことがバレていないか伺っているようだ。
いきなり本題に入ってもいいが、まずは逃げ道を塞ぐことにしよう。
『どうしたんだよ?そんなところに突っ立って。俺も目が覚めちまったから勉強の続きしようぜ』
いつも通りの表情と声で話し掛けるとほっと安心した顔をしてこちらに近付いて来た。
さっきと同じように一つの机を共有し、向かい合わせになってノートを開く。

誠司は眼鏡を掛けているだけあって俺よりは勉強が出来る。・・・バスケもだが。
『んじゃ、気分を変えて生物の復習するか!』
これは単に俺が生物の授業が苦手というのもあるし、誠司の得意科目という理由からだ。
『望は生物苦手だもんな』
『そうそう。・・・だから、上手に教えてくれよな?』


望は自然と口元が歪むのを堪えることはできなかった。


『いいか?生物は遺伝子を持ってる。俺もおま・・・魔物も遺伝子持ってるよな・・・?』
『子供作れるんだし、持ってるだろ?・・・多分。』
『だよな。ま、とにかくだ。その遺伝子同士が掛け合わされて、また新しい個体が出来る。・・・ここまでいいか?』
『ああ、大丈夫』
誠司は俺の考えなど知らず、一つ一つ丁寧に説明していく。

『生物は基本的に雄と雌がいて、その両方の性質を受け継ぐわけだが・・・必ずしもその子供がその両方の性質を発現するとは限らない』
『なんで?「遺伝子」は掛け合わされるんだろ?』
俺はわざと「遺伝子」を強調する。

『まあな。でも、良く考えてみろ。雄と雌の遺伝子が掛け合わされるのに、生まれるのは雄と雌のどちらかだろ?雄と雌の両方の性質を持った子は生まれない』
『ふーん・・・』
まだ誠司に反応は見えない。それなら・・・


『じゃあさ・・・』
そういって誠司の方へ身を乗り出す。自然とジャージの裾が上がり、太股の面積が広がると、すぐに誠司の目線が痛いほどに集まるのが分かる。眼鏡の奥の瞳には俺の足しか映っていないからだ。



『アルプって雄と雌・・・どっちなんだろうな』
耳元に口を寄せてワザとらしく囁く。


『あ、るぷ・・・?』
面白いほどに狼狽する誠司に加虐心がズクっと刺激される。


『ああ。誠司は知ってるよね?魔力治療する時に、俺が女になるかも知れなかったって話』
『あ、ああ。医者とお前の両親から話は聞いた。男に対する恋愛感情があるとって話しだろ・・・?』
『そうそう・・・お前の予想通り、俺はテニス部の白川さんのことが好き「だった」んだ。だから、ちゃんと男として戻ってこられた』




誠司はどこで気付くかな・・・?
今か・・・次の台詞か・・・その次の台詞か・・・




『「だった」って・・・どういうことだよ?』
『前にも話したよな?視線を感じるって』
そこまで言って誠司は面白いくらいにびくっと体を跳ねさせた。
『そ、その話は・・・』
『分かってる。お前は「見てない」んだろ?』
馬鹿なやつだ。あんなに四六時中見られて気付かないわけないのに。

『俺の体は今も男だ。インキュバスにはなったが、魔物娘「アルプ」にはならなかった。それは白川という女が好き「だった」から』
『だから・・・「だった」って、なんだよ・・・』
誠司の質問を無視して、俺は言葉を続ける。そろそろ俺の我慢も限界に近そうだ。

『魔力が体に満ちている俺にはその視線は少しずつ影響を与えたんだ。お前は見ていない「つもり」だったんだろうけど、「自意識過剰」な俺の体はだんだん変化をしようとした』

誠司は俺から目を逸らさない。ごくっと唾を飲み込んだのが分かるほどに。
『俺は必死に抗った。何せ、そいつは俺の大事な「親友」で「男」だったからだ。元々、そんな趣味もないしな』
そう言って笑った。誠司の瞳に映る俺は、昔の人間に近い自然な笑みを浮かべていた。


『でも、・・・・・・ここが限界みたいだ』
その言葉に誠司が「えっ・・・」と小さな声を漏らした。次の瞬間には誠司をベットの方へ突き飛ばし、腹の上に馬乗りになる。
『も、もう・・・体の・・・へ、変化を・・・おさえ、られ・・・な・・・』

そこまでが限界だった。出口を塞いでいたホースの根元が外れたように体から魔力が溢れ出ていくのが分かる。
『あ・・・はっ・・・・!!!』
体が熱くて涙が止まらない。心臓が焼かれているような感覚に声も出ない。倒れ掛けた俺を誠司が受け止めて、必死に声を掛けてくる。

『(ああ、今にも泣きそうな顔して・・・。あの時もこんな顔してたのかな・・・?)』
誠司の顔に手を伸ばすとすかさず握り返し、より強く体を抱きしめてくる。

『(どんな顔するかな・・・。嫌われはしないだろうけど、これから大変なのかな・・・)』
誠司の胸に顔を当て、体の熱に必死に耐える。その間も「頑張れ」だの「大丈夫か」だの声を掛けてくる誠司に、「出産してるわけじゃないんだぞ」と文句を言いたくなる。





俺は目の前の現実を受け止めるので精一杯だった。
トイレから戻ると、目が覚めてしまったらしい望に変な質問をされ、勝手に事故の時の話をされ、挙句の果てには突き飛ばされた。
ベットの縁に頭を打ち付けた痛みを我慢しながら文句を言おうと望を見ると、体が黒とも赤とも紫とも分からないモヤのようなものに包まれ始めていた。

倒れこんだ体を受け止め、涙を浮かべる顔を抱きしめ、彷徨う手を握る。
次に感じたのは違和感。

受け止めた体に回した手からは背中にナニかが生え始めるのを感じた。
頭からも角のようなものが浮き上がり、心なしか体の感触も変わっている気がする。
段々とモヤが薄れ始め、霧散していく。そして、望は俺の胸に手を当て、体を起こした。





そこに居たのは






「アルプ」だった。








『はっ・・・はっ・・・』
望が荒い息を吐きながら俺を見る目は、欲情に濡れきっていた。

『誠司・・・?』

その声にはっとする。
『の、望・・・お前、その体・・・』
『ああ、やっぱりダメだったか。今まで我慢できてたんだけどなー・・・』
自分の体を手で触りながら確認すると、望はため息を吐いた。
『誠司・・・俺、アルプになっちゃったよ』
『あ、あるぷ・・・』
現実に頭がついていかない。望はインキュバス化しても、男のままだったんじゃないのか?
『そう、アルプ。今はまだなったばかりで男みたいな体つきだけど、「魔物娘」なんだよ?』
そういって笑う望は俺の知る望とは違うメスの顔をしていた。


『ああ、でも・・・

ロリコンの誠司にはこっちの方が魅力的なのかな・・・?』


そういうと、俺の貸したジャージのジッパーを上から下へと下ろしていく。下着もつけていないまぶしい素肌に瞳孔が開きっぱなしになる。

息が出来ない。

目を逸らせない。



『母さんから聞いたよ?誠司、病院で言ったらしいじゃん』
ジッパーを全て下ろし、前が全開になった体を俺の方に倒してくる。
望の目が俺の目を捕らえて、逸らすことを許さない。


『「俺だけはこれからもあいつの親友です」ってさ』


望の顔が近付いてくる。それを止める事も避けることも出来ない。

『いいの?避けなくてさ。このままだと、シちゃうよ?』

望が何かを言っているが頭が思考を放棄していてはどうすることも出来ない。
ただ、望の顔を見ることしか出来ない。
ニヤリとした笑みを浮かべた悪魔が俺を喰おうと顔を寄せる。

『(そんな顔して・・・今すぐにでも食べてあげたいけど、そういうわけには行かないんだよ?誠司はその事分かってるのかな?)』

あと少しで唇同士が触れる距離になって、望の動きが止まった。不審に思っていると、望は文字通り悪魔の笑みを浮かべた。


『では、ここで問題です。インキュバスとして、ちゃんと「男」として復活した俺をこんな体にした犯人は誰でしょう?』


俺は「ああ、そういう事か・・・」と理解した。男として生きて、男として生還した望を魔物娘に変質させてしまったのは他でもない・・・





『・・・俺だ』





俺の望に対する欲望の篭った視線が望の精神に影響を与え、体さえも作り変えてしまったのだ。
『正解』
俺の答えを聞いて、満足そうな顔をする望。
『なら・・・』
言葉はさらに続く。


『責任・・・とってくれるよね?』
13/12/20 22:04更新 / みな犬
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