読切小説
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寂しがり屋で、嫉妬深くて、コミュ症な雷はお好き?
「郵便でーす!」
すっきりとした雲一つない天の元、カゴいっぱいにはみ出した洗濯物を、テラスに干していた中年の主婦の耳にとても元気な声が届いた。
はーい、主婦が返事をすると、バッサバッサと赤いキャップ帽子と、赤いカバンを肩に提げた郵便屋のハーピーが主婦の前に降り立った。
「いつもご苦労様」
「いえいえ、仕事ですから。えっと、確か旦那様宛に二通ほど届いていたような…」
着地の時に落ちそうになる帽子を被り直すと、器用にカバンを開け、ごそごそと目的の手紙を探しだすハーピー、そんな彼女を主婦は既に巣立っていった我が子の様に愛らしく思い、優しく見つめていた。
「ああ、あったあった!これです、これ」
にっこり微笑んで二通の手紙を差し出そうとした瞬間、雷でも落ちたかの様な轟音と、衝撃がハーピーと主婦、二人を襲った。
咄嗟に目をつぶり、耳に手を当てていた主婦が、恐る恐る目を開けると、同じ様に耳に手を当て、しゃがみこんでいるハーピーの横に、青緑色のとても綺麗な色をした羽を持つ、ハーピーと同じ赤いキャップ帽子を目深にかぶったサンダーバードがこちらに一通の手紙を差し出していた。
「速達」
「えっ…?」
ぽつりと呟く様に告げ、主婦に手紙を握らせると、サンダーバードは早々に飛び去って行った。
主婦がそれを呆然と見送くっていると、片耳を押さえ、ふるふると首を振りながらハーピーは立ち上がった。その顔は酷く呆れている様だった。
「もぉ〜、ニト先輩嫌いです!」


空っぽになったカバンと、帽子を風に攫われない様に、時々手で位置を直しながら、ニトは、先ほどまでの仕事中の全速力よりかは少しスピードを下げて、自身が働く郵便局へと向かって飛んでいた。もっとも、それでも同僚のハーピーや、ブラックハーピーたちには負けない。
「今戻りました、っと」
通りを行き交う人々の視線など気にすることもなく、ニトは二階の空いている窓から中に入ると、ぽいぽい、とカバンと帽子、そして、自分の足さえもデスクに投げて、だるそうにイスに座った。
そんな彼女に、デスクで各々の仕事をこなしていた同僚たちは一様に眉をひそめるも、当の本人が一度睨みを効かせれば、彼女たちは再びせっせと手を動かすのだった。
「ニト、ちょっとだけいいかしら?」
「ん?」
机に足を投げ出し、仰け反る様にイスに座っていたニトの顔を、上司であり、この街唯一の郵便局の、局長でもあるリリムのリムが包んだ。
「速達便、ご苦労様。もう全て終わったのかしら?」
「うん…ああっ!嘘、ウソウソ!終わって…」
「そう!よかったわ!じゃあ…」
パチン、リムが指を鳴らすと、山積みになった手紙や封筒などがどっさりとニトの机の上に現れた。
ちらり、と目だけでその山を確認すると、ニトは引きつった笑みを、満面の笑みを浮かべるリムに向けた。
「嘘よね…?」
「人間界ではね、本気と書いて、マジ、って読むのよ」
キスされるのかとニトに戸惑わせる程、リムは顔を近づけると、今度何か奢るから、そう囁き、優しく微笑んだ。
じゃあね〜、手を振りながら自分のデスクへと戻っていくリムを見送ると、ニトは素早くカバンの中に乱雑に手紙を詰め込み、真っ赤になったその顔を同僚たちに見せない様に、雷の如く窓から飛び出した。


結局、追加の仕事を終わらせ、郵便局に戻った頃には当然の様に定時を過ぎ、局内にはリムだけが残っていた。
帰らないのか、と嫌味のつもりでニトが尋ねると、リムは困った様な笑顔を浮かべたながら手を合わせた。その手には一通の手紙が握られていた。
「嫌よ」
「お願い、ニト。住所的にはあなたのすぐ近くだから」
「い・や・だ!どうせ、今配ったって、明日配ったって、変わらないわよ」
「そ、そんなことわからないでしょ?もしかしたら、愛する人からの愛の文通かもしれないし」
ふん、くだらないと言わんばかりに、ニトは鼻を鳴らすと、朝と同じように帽子とカバンを自分のデスクへと投げ、帰宅しようと窓枠へと手をかけた。
しかし、リムはニトのお腹に抱きつき、食いさがる。
「離しなさいよ!バカ上司!」
「お願いよ、ニトォ〜。これが愛の文通かもしれないって思うと帰るに帰れないのよ〜!リリム的に」
「じゃあ、あんたが届けに行けばいいじゃない!」
「あなたの家の方が近いのよ〜」
ぎゅー、とくっついて離れないリムにため息をつき、ニトは窓から降りるとその手に握られた手紙をひったくった。
「…確かに近く、てか、あたしのすぐ横の部屋」
「ほ〜ら〜、横の部屋かどうかまでは知らなかったけど、マンションは一緒だったでしょ?」
「でも、めんどくさいから明日にしよ」
「ニ〜ト〜」
ついには涙目になって懇願するリムに、ニトは渋々手紙を受け取った。

ニトは自分の住んでいるマンションの自室前に降り立つと、首を傾げた。例の手紙を届ける部屋の前に何段にも重ねられた段ボールが置いてある。
もともと他人のことにまるで興味のないニトは、マンションの人間が出て行こうが入ってこようが、気にとめたことは一度もなかった。
元の住人が出ていく準備をしているのか、新しい住人の荷物なのかは、首こそ傾げたが、それ以上気にすることもなく、ニトがポストに手紙を入れようとした時、ガチャリと扉が開いた。
「あっ…」
「あっ、こんばんわ」
優しそうな微笑みを浮かべた、おっとりとしている、というよりもどこか抜けていそうな雰囲気の、ニトよりも少し背の高い青年が礼儀正しく頭を下げた。
「えっと、あっと、あの、その、こ、これ!」
「…?」
ニトは慌てて、持っていた手紙を差し出し、青年がそれを受け取ると、となりの自室へと飛び込んだ。
急なことに呆然としていた青年だったが、勢いよく閉じられる隣室の扉の音で我に返った。そして、受け取った手紙の宛名を見ると、嬉しそうに微笑み、残っていた段ボールを自室へと運び入れた。

はぁ、ニトは温かいお湯に浸かりながら何度目かになるため息をついた。
コミュ障、同僚たちが自分のいないところでそう自分のことを呼んでいるのは知っていた。無論、今でも自分はそんなことはないと思っているのだが。
「…なんで人と話すと緊張しちゃうんだろ?てか、なんであのバカ上司とは普通に喋れるんだろ?」
ニト自身もリムと話せるのは不思議だったし、何より、なぜいつもリムが自分に話しかけてくるのかわからなかった。仕事を押し付けてくるだけならウザい上司の一言だが、昼食に誘ってくれたり、お茶に誘ってくれたりと、いろいろとしてくれる。
「もしかして、あたしを気遣って…な訳ないか。単純にあいつがしたいだけか」
ニトは一人苦笑いを浮かべると、湯船から上がった。


支給されている赤いカバンとは別に、自身の荷物を入れるショルダーバックを背負うと、軽く身だしなみを整え、ニトは部屋を出た。
「あっ…」
「あっ、おはようございます。朝早いんですね、郵便屋さんて」
部屋を出たニトを迎えたのは、昨夜と同じように優しそうな微笑みで青年だった。
「昨日は手紙ありがとうございました。あんな遅くまで仕事されてるなんてすごいですね」
「ぇっ、ぁぁ、ぃゃ、うん…」
しどろもどろになりながらも、なんとかニトが頷いた。
「今日もお仕事、ですよね。気をつけて行ってきてくださいね」
ニトは同じように頷き、手すりへと飛び乗り、素早く飛び立った。しばらく飛んでから振り返ると、青年は大きく手を振っていてくれた。ニトも小さく手を振り返すと、顔を赤くしながら職場へと向かった。

「なにか良いことでもあった?」
リムの少し楽しげな声にニトはハッと我に返った。気がつくと向かいの席に座ったリムが、身を乗り出して、覗き込むような形で見つめていた。
時刻は正午を少し過ぎたころ、ニトはリムに引っ張られるようにして、郵便局出て、行きつけの小さな喫茶店へと来ていた。昨日の仕事のお礼をしたい、そんなことを言っていたような気がしたが、ニトにはあまり記憶がなかった。それだけ、ぼーっとしていたらしい。
「べ、別に、そんなことないわよ…」
しっしっ、と顔の近いリムを手で追い払うと、ニトは気分を紛らわせるように、コップを手に取り、ちびりちびりと水を飲んだ。
「ふ〜ん、にしては、ずいぶん可愛らしい顔を浮かべてたわよ」
「…そんな顔してた?」
「うん、配達が終わって帰ってきてからずっと」
「…」
配達を終えた後はいつも通りぼーっとしていただけのはずだが、ニトが午前中のことを思い出す一方で、リムはニヤニヤと笑った。
「好きな人でもできた?」
「ぶっ!?」
リムの不意の一言に、ニトの口から水が飛び出した。
「ば、ば、ば、バカ言ってんじゃないわよ!」
「え〜、違うの?だって、あんな風にふにゃふにゃな顔してたんだよ〜」
「うっさい!知らないわよ、そんなこと!」
服や顔についた水滴をおしぼりで拭くと、ニトは顔を赤くしながらリムを睨みつけた。しかし、リムはそんなニトが可愛らしいのか、くすくすと笑った。
「ほらほら、そんなこと言わずに言ってごらん?このリム大先輩が何でも答えてあげるわよ?」
「だ〜か〜ら!本当にそんなことはないんだってば!」
必死で顔を振って否定するニトに、リムは小さくため息をついていると、コツコツ、と規則正しい足音が二人に近づいて来た。
「えっと、らんちセットのお客様…あれ?もしかして、郵便屋さん?」
その声にニトの体はビクリと跳ね上がった。
恐る恐る声のした方をニトが向くと、ほんの少し驚いた様な顔したあの青年が、料理を持って立っていた。
青年の顔を見た瞬間、ニトの顔はおろか、体、羽、足に至るまで一瞬にして熱くなったのが、ニト自身にもわかった。
「と、といれ!」
他の客の視線が集まることなどお構いなく、ニトは幼い子供の様に単語のみを残して、顔を覆いながらトイレへと走って行った。
残された二人は顔を見合わせると苦笑いを浮かべた。
「えっと、らんちセットでよろしいでしょうか?」
「ええ、私がそれ」
青年は頷くと、間違えないようリムの前にサンドイッチやサラダを置き、ニトの席にグラタンを置いた。
青年が料理を置くのを見届けると、リムは青年の上から下まで舐める様に見つめながら話しかけた。
「あなたがニトの想い人さんかしら?」
「えっ?」
「ううん、何でもない。ニトのこと優しくしてあげてね?」
「…はい」
少し考えた後、青年はその優しそうな微笑み浮かべ、しっかりと頷いた。この子ならニトも大丈夫、優しそうな微笑みと、誠実そうな人柄、そして、その独特な“恋の匂い”を放つ青年に、ニトの保護者の様に安心したリムは、軽く手を振って、仕事に戻る青年の背中を見送った。
トイレから戻ってきたニトは、熱々のグラタンをその熱さに苦痛の表情を浮かべながら、はふはふと口の中へかき込み、ものの数分で食べてしまった。もっとも、食べている最中も、時々その目があの青年の方を向いていたのをリムは見逃さなかった。


午後の配達を終えたニトは、昼食を終えた後から、ずいぶん上機嫌なリムに見送られながら、昨日よりも早く自宅へと帰った。しかし、その手には彼宛の手紙が昨日と同じように握られていた。
帰り道、市場へ寄って行こうかとも考えたが、またあの青年に会ってしまえば、今度こそ公衆の面前で恥ずかしい思いをするのは明らかだったために、断念せざるをえなかった。
ゆっくりとした速度で、マンションの周りを飛び、彼がいないことを確認すると、ニトは音を立てない様に自室前の手すりに降りた。そして、可能な限り音を立てない様に、彼の部屋のポスト口を開き、そっと手紙を押し込んだ。
はぁ、なぜ彼だけのために、こんな盗賊の様なことをしなくてはいけないのだろうか、ため息をつきながら、バッグから鍵を取り出し、自室へと入った。
暗い部屋の電気を点ける。しかし、電気を点けたからといって、何か特別なものが浮かび上がることはなかった。
簡素なベッドや無骨なデザインのテーブル、ほとんど使わないデスク。
ニト自身にはよくわからないが、この部屋にいわゆる女の子らしさ、というものは微塵もないことはわかっていた。
そもそも、魔物娘のはずなのに、ニトはあまりに男や恋に淡泊だった。そのうち、恋愛をして、結婚して、妊娠して子を産むんだろうな、そんな風に考えていた。
しかし、彼が来てからは、といっても昨日からだが、ニトの頭の中は彼のことでいっぱいになっていた。本来はそれが魔物娘としては当然であり、自然なのだが、そこに生まれついての頑固さや素直になれないことが話をこじらせた。
青年に近づきたい、好きになってもらいたいという魔物娘としての本能と、素直に自分のその欲求に従おうとしない理性がニトに大きな葛藤を生ませているのだ。
頭上から降ってくる温かいお湯の量を減らし、ほんの少し顔を上げると、表情の緩んだ自身の顔が鏡に映った。
「もぉ…なんなのよ…。なんで、こんなに顔が緩むのよ」
手で緩んだ頬のあたりを持ち上げる。しかし、手を離すとどことなくふにゃりとした、顔つきになってしまう。
「あぁ!もう!」
ニトは苛立たし気にぐしゃぐしゃとその綺麗な金髪の髪をかき乱すが、すぐに温かいお湯が乱れた髪を梳かしていく。
「…寝よ」
もはやお湯に浸かるだけの気力もなく、ふらふらとした足取りで浴室を出ると、パジャマに着替えるのも億劫に感じ、下着だけを履くと、ベッドへと飛び込んだ。
葛藤による気の疲れなのか、ベッドに横になると、ニトはそれ以上彼のことを考えることなく、目を閉じ、そのまま眠りついた。


ガチャリ
青年の部屋の方で聞こえる、扉の開く音でニトはふと目が覚めた。
気だるげに時計に目をやると、短い針が2と3の間、長い針が10と11の間にあった。寝ぼけているせいもあって何時何分なのかを定かに判別することは難しかったが、部屋の中の暗さなどから、今がまだ夜なのは十分にわかった。
そっと寝返りを打ち、青年の部屋の方へと体を向ける。すると、とすん、と小さく何かを置く音が聞こえた。そして、それに続いてギィとなんとも嫌な音も聞こえてきた。
しかし、ニトにはその音がベッドの軋む音だと、なんとなくわかった。
彼がこんな遅くにも帰ってきている。
あの喫茶店は遅くとも10時には閉まるはずだが、その後も他のところで働いているのだろうか。それとも…もしかして…。
「女のところ…?」
バリバリ、と足の方から聞こえる音で、ニトは自分が思い切り足の爪を立てていることに気がついた。
嫉妬している、妬んでいる、不安でいる、そんな自分が恥ずかしかったニトは、勢いよく立ち上がると、キッチンへと向かった。


ピピピ、ピピピ、と規則正しくも、やかましい音を鳴らす目覚まし時計を止めると素早くベッドを抜け、顔を洗い、軽く寝癖を整える。そして、特に朝食を食べるようなこともなく着替え、重いリュックを背負って部屋を出ると、玄関先に体育座りして、すぅすぅとこちらも規則正しい寝息を立てるニトがいた。
一瞬、起こすべきかを悩んだ青年だったが、さすがに女性をこんなところに寝かせておくわけにもいかず、意を決してその肩へと手を置き、軽く揺すった。
「ニトさん、起きてください、ニトさん?」
「ん、んん〜」
眠り自体は浅いのか、少し揺するとニトは小さく唸り、青年の方を可愛らしい寝ぼけた顔で見上げた。
「おはようございます、ニトさん」
「ぉはよ…………えっ…」
寝ぼけ眼で青年を見つめていたニトだったが、その意識がはっきりするごとにニトの顔は段々と赤くなっていった。そして、顔が茹でタコの様に赤く茹で上がったところで、飛び起き、青年が何かを言う前に手すりに乗った。
しかし、飛び乗っだだけで一向に飛び立たないニトに青年が首を傾げていると、ニトは青年の方に向き直り、背負っていたショルダーバックからハンカチで包まれた四角い物を取り出した。
そして、それを青年に突き出した。
「こ、これは?」
「ぉ、おべんとぅ…」
「お弁当…もしかして僕のために…?」
ニトは真っ赤になった顔を見せない様にそっぽを向きながらも、小さく何度か頷いた。青年はまじまじとハンカチに包まれた弁当箱を見つめると、おそるおそる受け取り、深く深く頭を下げた。
「ありがとうございます、ニトさん。ありがたく、いただきます」
「う、うん…。で、でも、そ、その、あまり物だから、あ、あんまり、おいしくない…かも…」
「いえ、おいしいに決まってます。だってニトさんが作ってくれたんだもの」
にっこりと微笑む青年に、ニトもぎこちないながらも微笑んだ。
「そ、それで、その、あ、あんたの名前…」
「名前?ああ!すみません。そういえば、名乗っていませんでしたね。名前はハルと言います。よろしくお願いします、ニトさん」
ハルが再びぺこりと頭を下げる。ニトはそんなハルを見ながら、小さく何度も、ハル、ハル、と自分に言い聞かせる様に呟いた。
「これからお仕事ですよね。気をつけて行ってくださいね。あと、本当にお弁当、ありがとうございます」
「うん。いってきます…。あ、あんたも、その…気をつけてね…?」
「はい、ありがとうございます。いってらっしゃい」
お弁当を大事に抱えながら、空いた手を振るハルにニトも小さく手を振り返すと、顔を真っ赤にしながらも、ほころんだ顔のまま飛び立った。

「今日もえらく機嫌がいいわね?」
「そ、そうかな…?」
えへへ、と照れくさそうに笑うとニトを見て、リムは嬉しく思う一方で、その情緒の不安定さを心配していた。本来の彼女なら、昨日の様に否定したり、とにかく素直に認めようとしないのに、今日は機嫌がいいに加えて、素直だ。素直すぎる。
一夜にして心がこんなにも変わるほどのことがあったのかはわからないが、豹変にも近いニトの変わり様にリムはひそかに心配していた。
もっとも、そんな自分の後ろを歩くリムの心配など露知らず、ニトはスキップしながらいつもの喫茶店、ハルの働く店へと向かっていた。
リムの仕事の都合により、遅い昼食になってしまったため、店の中はがらがらで、落ち着いた曲が静かに流れていた。
定位置に座ると、すぐに二つのコップを持ったハルが優しそうな微笑みを浮かべながら、二人の前に現れた。いつものでお願い、ニトは小声でリムに告げると、顔を赤くさせて俯いた。しかし、注文をハルに告げ、リムがニトの顔を覗き込むと、顔の赤さはそのままに、幸せそうな顔をして、もじもじと内股を擦り合わせていた。
「ニトさん、少しだけいいですか?」
ニトとリムが食事を終え、まったりと話をしていると、ハルが控えめに体を小さくしながら声をかけてきた。
ぼん、と音がしてしまいそうなほど、ニトは顔を一気に赤くしながら頷いた。
「お弁当、ありとうございました。とてもおいしかったです。それで、今日は早く帰れるので、その、僕の部屋で良ければ、一緒に夕食を食べませんか?」
「う、うん、行く、行く!」
よかったと微笑むハルと、その微笑みにつられて笑うニトを、あんぐりと口を開け、目を丸くしながらリムは見つめていた。


一昨日、昨日と同じ様にハル宛の手紙を持って、鼻歌を歌いながらニトは自宅へと向かっていた。
ニトには自分自身がどうしてこんなにも楽しく、嬉しい気持ちになっているのかよくわからなかった。昨日はあんなにもハルのことを考え、自分の表情が緩むのが許せなかったのに、今朝、彼に話しかけられ、お弁当を受け取ってもらい、ハルという名前を教えてもらった時には、すでに昨日の自分の葛藤などどこかへ飛んで行ってしまっていた。
自宅の近くまで来ると、下の階からたくさんの荷物を持ったハルが急いで階段を駆け上がる姿が見えた。ニトは小さく笑うと、ほんの少しスピードを上げ、ハルが自室へとたどり着く前に手すりへと降り立った。その数十秒後、階段の方から、たったったっ、という足音と共に、息を弾ませたハルが現れた。
あっ、ハルのそんな声がニトには聞こえた気がした。その瞬間、みるみる顔が赤くなっていくのが分かった。しかし、今回は逃げたり、俯いたりすることは出来なかった。
可能な限りハルの胸のあたりを見つめながら、ニトはゆっくりと近づき、両手を差し出した。
「持つ…よ?」
「えっ、いや、すぐそこですし、大丈夫ですよ」
はぁはぁ、息も絶え絶えになりながらもハルはにっこり微笑むと、さぁ行きましょう、とニトを部屋へと促した。しょんぼりとした表情を一瞬見せたニトだったが、小さく頷くとハルの前を歩いて彼の部屋へと向かった。
ハルは優しい、でも、頼ってもらえなかった、そのことがニトにとって辛いことだった。お前のことなんか必要ない、そんな風に言われている気がしてしまうから。無論、ハルがそんなことを意図して言っていないことは確かだが、それでも、ニトの心の中にモヤモヤが出来始めていた。
「ニトさん、荷物はどうしますか?一旦置いてきますか?それとも、僕の部屋に置きますか?」
「…あ、あんたの部屋に置かせて…」
「分かりました、じゃあ、申し訳ありませんが、バッグの中から鍵を出して、扉を開けてくれませんか?」
ハルはニトに背を向けると、小物などを入れるところに入っていると告げた。ニトは恐る恐る言われた通りのところから鍵を取り出し、なぜか震えてしまう手で四苦八苦しながらハルの部屋の扉を開けた。
「ありがとうございます。ちょっとだけ汚れてるかもしれないので、先に入ってもいいですか?」
苦笑いを浮かべるハルにニトは黙って従い、横に退いた。すみません、と抱えていた荷物を落とさない様に頭を下げると、真っ暗な部屋の壁へと手を押し当てて、電気を点ける。
「う〜ん、大丈夫…かな。どうぞ、ニトさん。少し汚いかもしれませんが」
「お、お邪魔、します…」
そぉっと、部屋へと入るニトを出迎えたのは、自分の部屋では感じることのない、他人の部屋の匂い、いわばハルの匂いだった。
「…いい匂い」
「えっ?何か言いましたか?」
つい開いてしまった口を慌てて手で閉じると、ニトは首を横に振った。ハルは不思議そうに首を傾げたが、それ以上言及することはなかった。
適当に座っていてください、ハルは手を入念に洗い、買ってきた食材をキッチンに並べながら言うと、慣れた手つきで料理の準備していく。そんなハルの背中姿を見つめながら、ニトはハルのバッグの横に自分のショルダーバッグを置き、部屋の真ん中に置かれた丸テーブル近くに置かれたクッションに腰を下ろした。
腰を下ろすと、ニトの気持ちはほんの少し落ち着き、ハル以外のものを見る余裕が出てきた。
ゆっくりとハルの背中から目を離し、部屋の中をぐるりと見渡す。しかし、ほんの数秒もしないうちにハルの背中へと目線は戻ってきていた。
何もない。というと語弊があるかもしれないが、ニトの部屋以上にハルの部屋には何もなかった。真っ白なベッドの上に黒い時計、ハルが使っているキッチン、そして、今座っているクッションと丸テーブルだけだった。
男の部屋入ること自体、ニトにとっては初めてのことだったが、外で見かける男たちの派手な装いから、家や部屋も派手なのだろうという勝手な予想は見事に外れた。
所詮は見掛け倒し、虚勢張りか、ニトはふっ、と派手な装いで女の子たちにキャーキャー言われている男たちを鼻で笑うと、何度もやっていなければ出来ない様なフライパン使いをするハルを見て、はぁ、と感嘆の吐息を洩らした。
それに比べてハルは少し地味なの格好かもしれないが、それは外でも虚勢など張らず、自分らしさを出していられる勇気の持ち主なんだ。と、結局、どんなことであっても、今のニトの頭の中ではハルはすごい、ハルが一番、ハル、サイコー!という様な答えに結びつくのだった。


「へー、ニトさんは速達を担当してるんですか。やっぱり大変ですか?普通の郵便と比べて?」
「ん〜、どうだろ。普通の郵便は数が多いし、速達はあっちこっち行かなきゃいけないから、どっちもどっちかな?」
そう言うと、ニトは三本目の缶ビールを呷り、すぐに四本目の缶ビールの蓋を開けた。
「に、ニトさん、さすがに飲み過ぎじゃ…」
「大丈夫!大丈夫!これくらい!」
あっはっはっ、と高笑いするとニトは四本目の缶ビールに口を付け、ごくりごくりと飲んでいく。
酒というものは恐ろしいもので、あんなにも口下手で、ハルを前にすると、顔を真っ赤にしていたニトが、食前酒として飲んだ缶ビール一本によって、リムと話している時以上に砕けた調子になってしまっていた。
急な変化に一瞬戸惑ったハルだったが、ニトが饒舌になってくれたおかげで、話しやすくなったのは素直にありがたかった。ただ、ここまで酔いがまわるのが早いとは思わなかった。
「そういえば、あんたは何でこっちに越してきたの?」
「えっ、ああ、まぁ…その、いろいろありまして…」
「ふ〜ん、あっ、そうだ。あんた宛にまた手紙が届いてたわよ」
「いつも運んで頂いてありがとうございます。それで、その手紙は…」
「ん?ん〜ほ、はひか、はっくのなかに…」
缶ビールを口にくわえたまま、ニトは四つん這いになって自分のショルダーバッグへと這って行きハル宛の手紙を取り出した。そして、缶ビールを飲みながら手紙をハルへと差し出した。
「あっ、ありがとうございま…す?」
ハルが受け取ろうとした手紙を上へと持ち上げると、ニトはニタリと悪戯っ子の様な笑みを浮かべた。
「何が書かれてるか見ちゃおっと!」
「えっ!?ちょっ、ニトさん!」
慌てて取り返そうとするハルを足で止めながら、ニトは躊躇いもなく手紙を開けると、酔いのせいでぼやける視界を目を細めることによってピントを合わせ、声に出して手紙を読み始めた。
「えーと、なになに…。毎日手紙を送ってしまってすみません、お体は大丈夫ですか?私の方はだいぶ調子がいいです。私のせいで無茶させてしまってすみません。私も早く体が治るよう頑張ります…。遠く離れていても、私はあなたのことを思っています…大好きです…」
手紙を読み終めると、ニトはおもむろに立ち上がった。
「に、ニトさん?どうかしましたか?」
しゃがみ込んだまま心配気に尋ねるハルの顔面に缶ビールが一本叩きつけられた。中に残っていた少量のビールがハルの髪や体、部屋に飛び散った。
「な、何を…?」
「うっさい!あんたは、あんたも、あたしを騙してたんだ!大事な人がいるのに!大切な人がいるのに!」
「えっ…?」
少し痛むおでこあたりを押さえながら、ハルはニトを見上げた。
そこには、全身をふるふると震わせながら、顔を真っ赤にし、大粒の涙を零すニトが立っていた。
ニトさん、呼びかけようとしたハルの目の前に手紙が叩きつけられ、すぐにその上にニトの足が振り下ろされる。
「あんたはあたしの気持ちを弄んだんだ!好きでもないなら、そう言いなさいよ!勘違いさせるようなことしないでよ!嘘つき!」
「あっ、に、ニトさん!」
ハルが立ち上がるよりも早くニトは自分のショルダーバッグを手に取り、逃げるようにベランダから真っ暗な空へと飛び立った。
真っ暗な空の中、バッサバッサと遠ざかっていく羽音を聞きながら、ハルはさっきよりも明確に痛むおでこを押さえた。どろりとした感触に違和感を覚え、押さえた手を見ると、飲み口の部分でも当たったのか、切れた皮膚から血が流れていた。


はぁ、リムは大きくため息をついた。
その要因は、やるべき仕事が山積みな訳でも、旦那さんが最近してくれないことでもない。
ただ、ここ最近、ほぼ一日中、ニトが机に突っ伏している、それだけがリムにとっては大きな気掛かりだった。
二週間前、あの喫茶店で青年と夕食の約束をしていたニトはすごく楽しそうにしていた。しかし、次の日の朝、誰よりも早く出勤してきたリムは悲鳴をあげそうになった。まだ誰もいないと思っていた局内に、ニトが一人机に突っ伏していたのだ。
何かあったのかと尋ねても、ニトは無反応だった。何も言わず、何の質問にも応えることはおろか、身動き一つしなかった。
仕方なくリムが仕事を始めた。そして、他の職員たちが来た頃になると、ニトは自分の配達物をカバンに詰め込み、逃げるように外へと出て行った。
何かあったのは間違いないようだが、それでも、あの青年が来る前のニトの態度に戻っただけ、リムはそう思い、特にそれ以上気にすることもなかった。
だが、ここ最近のニトの働きは酷いものだった。
届け先の間違い、期日までに配達しない、同僚のハーピーたちとの衝突。
さすがのリムも見過ごせなくなり、ニトを何度か昼食に誘ったが、ニトは無反応を貫いた。それがハルの店であろうと、なかろうと。
そして、今日、局内に誰もいなくなるのを確かめると、リムはニトに強制的に二週間の有給休暇をとるよう告げた。この状態が長く続けば、他の職員たちの目がますます酷くなると思った、リムからの最大限の優しさだった。
しかし、それを聞いたニトは、顔を上げると無表情に言った。
いらないなら、はっきりそう言えばいいじゃん。
横を通り過ぎようとするニトの頬をリムは思い切り叩いた。


じんわりと痛む頬を押さえながら、部屋へと入り、電気を点けると、すぐに散乱したゴミたちがニトを迎えた。それらを蹴り飛ばす、あるいは踏み潰しながらベッドへとたどり着くと、もう何日も洗っていない汚れたシーツへと体を預けた。
そして、ゆっくりとテーブルへと手を伸ばし、ほんの少しでも残っていそうな缶ビールを手当たり次第に横に振って、中身を確かめる。
五本ほど缶を振ると、ちゃぷちゃぷ、と飲みかけの缶を見つけ、口をゆすぐことなく、それを呷った。缶が空になると、いつもの様にそれを壁へと投げつける。
カン、カランカラン、と乾いた音を立てる缶と共に、画鋲で壁に貼り付けておいた手紙が一通落ちた。
ニトの部屋には、14通の手紙が一枚一枚画鋲で壁に貼り付けられていた。それらは本来、ハルの元へと届けられるはずの例の手紙だった。
毎日、毎日、ハルのことを心配する手紙に、最初はイライラしていたニトだったが、次第に、手紙の差出人が本気でハルのことを考え、心配し、愛しているということが、認めたくないながらもニトは理解し始めていた。
つー、と目から溢れそうなる涙を毛布で拭くと、ショルダーバッグから今日のハル宛の手紙を取り出した。そして、それを丁寧に開けて、一字一字大事に読んでいく。
“あなたからの手紙が途絶えて、二週間になります。お体は大丈夫でしょうか?もし辛いことや苦しいことがあったなら、無理をせず帰ってきてください。その方が私は嬉しいです。私の体のことは気にしなくても大丈夫ですから、それよりも残りの短いかもしれない時間をあなた共にいられる方が幸せです。 大好きなハルへ”
手紙を読み終えると、ニトはいつも通りその手紙を壁へと貼り付けた。そして、テーブルの上を占領していた缶ビールたちを片手で追い払うと、散乱していたゴミの中から数枚の便箋と鉛筆、消しゴムを探り当てた。



ニトが有給休暇をもらってから三日後、ハルが部屋を出て行った。





ぐぅ〜、と鳴る音によってニトは目が覚めた。さすがのお腹も数日缶ビールだけを通す状況に怒っているらしかった。
はぁ、仕方なくニトはベッドから降りると、ボサボサ髪のまま近くのスーパーへと繰り出した。
ありがとうございました、鼻をつまみながら機械的に言われるお礼の声を背中で聞きながら、外へと出て、アパートへと帰る道すがら、ニトは袋に入った大量の缶ビールとつまみ、お弁当を見て、今が夜中であることなど気にもとめず声高らかに笑った。
ハルがいなくなったのを知ってから、すでに四日が経ち、有給休暇もUターンへと差し掛かった。すでに三週間近くこんな生活をしている。こんな堕落しきった生活を。
たった一人の男と出会っただけで、たった一度、初めて人を好きなっただけで。
自分がいけなかった。勝手に舞い上がって、ハルも自分のことを好きなはずだと妄想して。
最低、その二文字が頭をよぎった。
そうだ、自分は最低のクズなんだ、だから、リムにも見捨てられたのだ。
ニトは笑いながら、泣いていた。その涙を止めようと、どんなに上を向いても溢れ出る涙をせき止めることは出来なかった。
ひとしきり笑い俯くと、ニトは急に胃の中の物が喉のあたりまで逆流してくる感覚に襲われ、手を口に当てた。再び上を向きそれをなんとか堪えようとするも、あまりの気持ち悪さに身をかがめ、下を向いた瞬間、それは一気に喉をめぐり口へとやってきた。無論、そこまで来てしまっては我慢することなど出来なかった。
止めどなく溢れてくる気持ち悪さと、悲しさで顔をぐちゃぐちゃにしながら、ニトは道端の電柱へと吐いた。
「ニト…さん?」
自分がどれくらい電柱へと向かっていたかわからなくなった頃、ニトはすぐ後ろから自らの名を呼ぶ、聞きたくて仕方がなかったあの優しげな声に気がついた。
気持ち悪さが落ち着くのを待って、ゆっくりと振り向くと、両手に大きな紙袋を持ったハルが心配気な表情でこちらを見つめていた。
ハルだ!
そう歓喜する本能とは裏腹に、ハルにしてしまったことへの罪悪感が再び気持ち悪さとなってニトを襲い、空っぽのはずのお腹からさらに搾り出すように吐き気を促した。
ハルは手に持った荷物を置くと、前かがみになって吐くニトの背中を嫌な顔一つせず、優しく撫でた。ニトの気分が落ち着くまでずっと。
「だいぶ落ち着きましたか?」
涙やよだれ、吐瀉物で汚れたニトの顔をハンカチで拭きながらハルは尋ねた。ニトは小さく頷くもすぐに俯いてしまった。ハルに合わせる顔がなかったからだ。
「ニトさん」
いつもより強く名を呼ばれ、グッとニトの体に力が入った。ハルはそんな石の様に硬くなってしまったニトを、まるで柔らかい羽の様に優しく抱きしめた。
「ニトさん、あなたに伝えたいことがあります。もし聞いてくれるなら、頷いてください。嫌なら、そのまま動かないでください」
すぐに放しますから、そう耳元で囁かれたニトは慌てて頷いた。
肩に乗るニトの頭が上下に振られることを確認すると、ハルはありがとうございますと礼を告げ、一度深呼吸した。
「ニトさん、僕はあなたのことが大好きです」
「う、嘘…!だって、あの手紙には…」
「あの手紙を書いていてくれたのは、僕の姉さんです」
「えっ…」
ハルは一度抱擁を解くと、驚きのあまり声を失うニトに優しく微笑みかけた。だが、それでもニトは一緒になって笑うことは出来なかった。
「で、でも、あたし、ハルにひどいこと…」
「あれくらい気にしなくても大丈夫ですよ。それよりも、こちらこそ、誤解させてしまって、すみませんでした」
「そ、そんな、ハルは悪くないよ。あたしが、勝手に、その、勘違いして…」
ニトの声はだんだんと掠れていった。声に出せば出すほど、自分がどれだけ身勝手に怒り、ハルを困らせていたのか、身に染みて理解させられた。
辛そうに俯くニトをハルはまた抱きしめた。
「…ハル」
柔らかく温かいハルの腕に包まれて、どれくらいかの時間が経った頃、ニトは勇気を振り絞りハルの名を呼んだ。なんですか、そう尋ねるハルの声は変わらず優しかった。
「…こんな、勘違いしやすくて、嫉妬しやすくて、ダメなあたしだけど、ハルの、あなたのことが、あたしも…大好き…!」
「ニトさん…!」
正直な想いを伝えると、ハルの抱擁は痛いくらいに強まった。でも、ニトはそれを苦に思いはしなかった。それだけ、愛しい人が自分のことを想ってくれている、求めてくれている。
ニトもハルの背中へと手を回し、しっかりとその温かな体を抱きしめると、自然と先ほどまでの冷たい涙とはまるで違う、温かい涙が溢れてきた。


「熱いかもしれないですから、気をつけて食べてくださいね」
「うん、わかった…熱ッ!」
だから言ったのに、口を押さえるニトにハルは苦笑いを浮かべた。
ハルの部屋で三週間ぶりのシャワーを浴びたニトが、ハルに借りたパジャマへ着替え、お風呂から戻ると、ハルがニトのために消化の良いものをと、お粥を作っていてくれた。
そして、ニトがそれを食べ、ハルはニトの綺麗な金髪の髪を梳かしながら、お互いにこの三週間のことを話した。
あの日、ニトが出て行ってから、ハルは姉からの手紙のせいでニトを誤解させてしまったと後悔したが、謝ったところでどうすることも出来ないと、半ば諦めていた。
そして、仕方なく、この街へ来た本当の目的でもある、体の弱い姉の治療費を稼ぐことに専念した。
ハルの姉は生まれつき体が弱く、よく風邪を引いたり、体調を崩すことが多かった。にも関わらず、誰よりも自分のことを気にかけてくれ、優しくしてくれる姉に育てられたハルは、彼女に負けないくらいの優しさを身につけ、今度は自分が姉を助ける番だと、街へと出稼ぎへ来たのだ。
止めはしなかったものの、ハルのことを心配した姉は、毎日のように手紙を書いた。しかし、そのほとんどは、ハルではなく、ニトへと渡っていた。
姉の存在など知らないニトは、毎日のように送られてくる手紙が、ハルが故郷に残してきた恋人のものだと誤解した。しかし、誤解しながらも、その手紙を読むにつれ、ハルを想う気持ちの強さと優しさを知った。
二週間、計14通の手紙を読んだニトは、差出人の体の調子がどんどん悪くなっていることを知った。そして、居ても立っても居られず、ハルの友人と称して、とある薬と共に一通の手紙を送った。
その三日後、ハルの元へ、故郷の家族から速達の手紙が届いた。姉の様子がおかしいから一度帰ってきてくれ、短くそう書かれた手紙を持って、ハルが急いで故郷へと戻ると、そこには、頭に二本の角、背中には黒い羽、そして、お尻からはくねくねと動く尻尾を生やした姉が変わらない優しそうな笑顔で出迎えた。
最初こそ戸惑ったハルたちだったが、数日も過ごす内に違和感はなくなっていった。
ハルが故郷へと帰ってきた日から、四日が経った頃、ハルの姉は、ハルにニトから送られてきた手紙を見せた。
手紙には、ハル宛の手紙を自分が奪ってしまっていたことと、ハルを傷つけてしまったこと、そして、そんな自分にハルを愛する権利はなく、あなたにこそある、だからこそ、この薬を飲んで、長生きして欲しいとニトの心中が赤裸々に綴られていた。
ニトの本当の想いを知ったハルは、姉にだけ別れの言葉を告げ、すぐにニト元へと戻ってきたのだ。
一通りお互いの知らなかった部分を埋める様に話すと、ふと、ハルにある疑問が湧いた。
「そういえば、あの薬は一体何なんですか?僕の故郷では見たことも聞いたこともなかったのですが…」
「あぁ、あれはあたしたち魔物娘の栄養剤みたいなものよ。魔力が凝縮されてて、魔物娘が飲めば、そのまま栄養として体中をめぐるだけだけど。人間が飲めば、状況にもよるだろうけど、女性なら何かの魔物娘に、男性なら大抵はインキュバスになるらしいわ」
最近人気になっているのを思い出し、一か八かで送ってみた、無責任でごめんね、と謝るニトの頭をハルは優しく撫でた。
「いいえ、ニトさんが送ってくれたから、姉さんは助かったんです。だから、そんなに自分を卑下しないでください」
「…うん、ありがとう、ハル」
小さく礼を言うと、ニトは愛しい人に優しく撫でられる後頭部に意識を集中した。


久しぶりに温かみのある食事、ましてや、それがハルによって作られた物であったためにお腹はもちろん、心の奥底まで温められたニトは、すぐに眠気に襲われ、ハルに身を預ける様にして眠りについた。
幸せそうに眠るニトをベッドに運ぶと、ハルもまたベッドに腰掛け、ニトの可愛らしい寝顔を見つめた。
あの日見た時よりも顔色は悪く、痩せてしまったニトに、ハルは胸を痛めた。
そっと、頭を撫で、そのままゆっくりと頬へと手を下ろしていく。すると、ニトの唇がほんの少し動いた。起こしてしまっただろうか、一瞬慌てたハルだったが、その口からこぼれたのが寝言の様なものだと分かるとホッと胸を撫で下ろした。
何を言っているのだろうか、ちょっと疑問に思ったハルは、軽い気持ちで顔をニトの唇に寄せた。しかし、ニトの唇が少し動くたびに、小さく掠れた声で自身の名を呼んでいることに気がつくと、ハルの胸の内で今まで灯ったことのない、欲望という名の火が、ボッ、と灯った。
「ニトさん…」
囁きかける声がとても小さかったのは、ニトを起こさないためというよりも、起きて欲しくなかったからかもしれない。呼吸するたびにかすかに震える唇から目を離さずに、ニトの顔を挟む形でベッドに手をつくと、ハルはゴクリと生唾を飲んだ。
バクバクと早鐘を打ち、酸素の取り替えばかりを欲する体を可能な限り抑えながら、ゆっくり、ゆっくりとすぅすぅと眠るニトの顔に自身の顔を近づけていく。
あと少し、あと少し…。
「睡姦なんて、今時流行らないわよ?」
唐突に聞こえた声に、心臓が止まるほど驚いたハルはすぐにベッドから飛び退き、はぁはぁと荒い息のまま声のした方向を向いた。
「はぁ、はぁ、あなたは…」
「お久しぶりね。ハルくん…だったかしら?」
「はい…えっと…」
「リム、ニトの上司よ」
いつの間にかクッションに座っていたリムはにっこりと微笑んだ。ハルも微笑もうと努めるが、荒れた呼吸のせいで思う様に顔の筋肉が動かなかった。
「別に、そういうことをするな、って意味じゃないのよ?でも、今はニトを休ませてあげて?」
「…ごめんなさい、僕は、とんでもないことをするところでした…」
自分を戒める様に下唇を噛み、爪が食い込むほどの握りこぶしを作るハルに、リムは苦笑い浮かべ、立ったままのハルを、自分の部屋でもないのに、ベッドに腰掛けるよう促した。そして、自分もまたクッションから立ち上がると、よりニトの顔に近い方のハルの隣に座った。
「…私ね、この前、ニトを叩いちゃったのよ」
「それは、どうしてですか?」
あんなに仲が良さそうなのに、と不思議そうに尋ねるハルに、リムはニトの叩いた方の頬を撫でながら遠い目をしながら呟いた。
「…つい、ね。頭に血が上っちゃったのよ。それで、この子の術中に嵌まっちゃったわけ」
「術中?」
「この子はね、誰かに見捨てられることを何よりも怖れているのよ。そして、怖れるがあまり、自分からは決して他人を相手にしない。あるいは、仲良くなったとしても、突然、自分からその相手との関係を壊そうとするのよ」
「なぜ、そんなことを?」
「きっと、辛いんだと思う。深まれば深まるほど、無くした時の損失感は大きくなるもの。だから、この子は無意識に相手を遠ざけ、そして、突然捨てられるくらいなら、自分から関係を壊すようにしているのだと思う」
「つまり、ニトさんはリムさんとの関係を…」
「違う、って言えるだけ、私が鈍感だったら良かったのかもね」
リムは困った様に笑うと、今度はニトの頭を撫でた。
「この子は、それこそ、雷の様に起伏の激しい子よ。機嫌の良い時はすこぶる良いし、悪い時はすこぶる悪い。その上、我慢強いくせに寂しがり屋で、優しいくせに嫉妬深くて…。とにかく、手のかかる子よ」
「…」
リムはニトの頭から手を離すと、ハルと向き合った。その顔は真剣な表情だった。
「ハルくん、あなたはニトを裏切らない?あなたはニトを信じてあげられる?あなたはニトを不安が無くなるくらい、愛で一杯にしてあげられる?」
「…はい、必ず」
しっかりと頷くハルと、十秒以上見つめ合うと、リムの真剣な表情はふっと和らいだ。
「やっぱり、ニトはいい子を見つけたわね。サンダーバードの観察眼は伊達じゃないってことかしら」
「えっ、あっ、いや、僕は、そんな…」
「はいはい、今更謙遜しない。じゃあ、私は帰るから、ニトのこと、よろしくね。あっ、でも、あと一週間休みだからってHばかりしてちゃダメよ?」
バイバーイ、とにっこり笑いながらリムは軽く手を振り、パチンと指を鳴らすと、煙の様に消えてしまった。
ハルは今までリムが座っていた場所に向かって一礼すると、乱れた布団をニトに掛け直した。そして、電気を消すと、床に横たわり、クッションを枕代わりにして眠りについた。


シンプルな白いカーテンが通す、薄く優しい朝日によってニトは目を覚ました。久しぶりによく眠った、そんな気がして、上体を起こし、伸びをしながらあたりを見渡すと、いつもなら嫌でも目に入るゴミの山がないことに気がついた。
そして、やっとここが愛しいハルの部屋なのだと思い出した。
そっと、音を立てない様にベッドを抜けると、ニトに背を向けて眠るハルに近づいた。
「ハル…?」
うずくまる様に体を小さくして眠るハルの背中をさする。しかし、ハルは全く起きる気配がなく、規則正しい寝息を立てるばかりだった。
ニトはハルの体を跨ぎ、ハルと向き合う形で横に寝そべった。
こうして見ると、ハルはどことなく中性的だった。髭は生えていないし、眉毛もしっかりと整えられている。髪は少し長めで、手足の爪も綺麗に切り揃えられている。
そんじょそこらの女子たちよりも、ずっと女子力なるものが高いのではないだろうか、そんなことを心地良さそうに眠るハルを見つめながら、考えていると、ニトの胸のあたりで、またぐちゃぐちゃな気持ちが生まれた。
大丈夫、ハルはあたしを捨てたりしない、見捨てたりしない。どこかへ行っちゃったりしないよ。疑心暗鬼に陥るもう一人の自分を、ニトは必死で慰める。しかし、もう一人の自分は嘘だ、と泣き叫び、それなら証拠を見せろとニトに詰め寄った。
「証拠…」
ニトは気持ち悪い胸を押さえながら、起こさないよう慎重に、ハルの体を仰向けに倒した。そして、不自然にズボンを持ち上げている、ハルのそれをズボン越しに撫でた。
「ん…ぅぅん…」
一瞬、眉間のあたりがピクリと動いたハルだったが、それ以降は時々声が漏れる程度だった。
ある程度撫でると、ニトはゆっくりとハルのズボンとパンツを下ろした。そして、初めて見る男のそれに驚きつつも、すぐに跨り、自分の下半身を露出させ、全く濡れていない自身の秘部を力任せに押し付けた。
「あれ…?なんで…?こうすれば、入るって…」
何度押し付けても、話で聞いたように自身の秘部がハルのそれを受け入れてくれないことにニトは焦った。そうして、何度も何度も秘部とハルのものを擦り合わせていると、
「ニト…さん…?」
寝惚けた顔つきだが、確実にハルと目が合った。その瞬間、ニトの体から力が抜け、ハルの小さく開かれた股の間に尻餅をついた。
「ニトさん?って、うわっ!」
ニトを目で追った先に自分のそれがあったことにびっくりしたハルは、急いでズボンを履き直し、少し顔を赤らめながら、魂の抜けてしまったかのように呆然とするニトの肩を揺すった。
「その、何かあったんですか?」
「…ぃょ…」
「えっ…?」
「怖いよ…ハル…」
ニトは肩を震わせながら、小さく泣き始めた。急なことの立て続けで驚いたハルだったが、それでも体は自然とニトを抱きしめていた。
ある程度ニトが落ち着いてきた頃、ハルはニトの頭を撫でながら、優しい声で尋ねた。
「落ち着きましたか?」
ニトは黙ってハルの肩に押し付けた顔を上下に動かした。しかし、それでもハルにしがみつくように回された腕は小刻みに震えていた。
「何か怖いことがあったのですか?」
「…どんなにハルのことを信じようって思っても…いつか捨てられるんじゃないかって…怖くなって…」
しゃくりを上げながら、震える声で話すニトの言葉を、ハルは黙って、うん、うん、と頷いて聞き続けた。
「それで…Hなことしてあげれば、ハルに…捨てられないんじゃないかって…思って…」
「無理にそんなことしなくても大丈夫ですよ、僕はあなたを決して捨てたりなんかしません。それとも…」
ハルはニトの両肩に手を置いて、一度体を離すと、にっこりと微笑んだ顔をニトへ向けた。
「言葉だけじゃ、信用、出来ませんか?」
えっ、と何を言っているのかわからない、そんな顔をするニトにハルは顔を寄せ、
チュッ…
唇と唇だけを触れ合わせた。
「は、ハル…い、今のって…」
「キス、です。ついでに言うと、僕のファーストキスです」
照れたように頬を赤く染めながらハルは笑った。そんなハルに同調するように、ニトの顔もどんどんと赤くなっていく。
「…こ、今度は、あたしから…」
「はい、お願いします…」
チュッ…チュッ…チュッ…
何度も、何度も、唇と唇を触れ合わせる。そのたびに、お互いの体は火照っていき、いつの間にか、ハルの手はニトの胸へ、ニトの手はハルの股間へと、自然な流れで移動していった。
そして、キスもまた、唇同士を触れ合わせるだけのものから、舌を絡ませ合う、濃厚なものへと変わっていった。
数分以上も、ハルとニトは互いの体を弄り合いつつ、濃厚なキスを続けていたが、唐突にハルは唇を離した。その理由は、飽きてしまったからでも、酸素が欲しくなったからでもなかった。
ハルはニトを軽々と抱き上げて、ベッドへと寝かせた。身を縮こませ、期待とほんの少し恐怖心が入り混じった、潤んだ瞳で見つめてくるニトを、ハルは舐める様にじっくりと見渡すと、その大きくも小さくもない、ちょうどよい大きさの乳房へと両手を伸ばした。
「ふぁっ…!」
パジャマ越しに優しく揉まれるだけで、ニトの体に電流が走った。比喩や例えではなく、本当に電流が走ったのだ。そして、その電流は触れていたハルにも流れた。
ビリビリッ、とした感覚に驚いたハルは手を離した。
「ご、ごめんね…。その、気持ちよくなっちゃうと…んっ…!?」
驚かせてしまったことを謝ろうとしたニトの唇をハルは強引に奪い、乱暴な手つきでニトのパジャマをずり上げる。もちろん、ブラジャーなどつけていないニトの綺麗な乳房はすぐに露わになった。
「綺麗です…ニトさん…」
「ゃぁぁ……」
恥ずかしそうに顔を隠すニトの胸の谷間にキスを一つ落とすと、ハルは右手で左乳をこねながら、右乳に吸い付き、舐め回した。
「ぁっ、ぁっ……やっ……あっ!! ぁっ、だめっ、ぁっ……!」
あまりの気持ち良さに、ハルの顔を退けようとニトは手を伸ばすが、あむっ、とピンク色の綺麗な乳首がハルの口に含まれる。
「は、ハル……やっ、だめっ……やめっ……ぁっ、ぁぁぁぁぁぁ…ッ!!!」
熱い唇で押しつぶす様に挟まれた挙げ句、れろれろと舌で嘗め回され、ハルの後頭部を掻きむしるようにして、ニトは体を反らせたまま甲高い声を上げた。
既に、溶岩のようにドロドロになってしまっている下腹部がヒク、ヒクと蠢き、さらに熱い液体が迸るのを感じて、ニトは耳まで朱に染めてしまった。
ニトの反応に満足したのか、はぁ、はぁ、激しく上下する胸から口を離すと、ハルは仕切り直すかの様に、ニトの衣服を全て脱がせ、自身も生まれた時の姿になった。
お互いに何も隠す物が無くなると、ハルは優しくニトを抱きしめた。
「ニトさん…その、こんなこと言っては、情けないかもしれないのですが…僕、もう我慢出来そうにないです…」
「…うん、いいよ。ハル、いっぱい、あたしを愛して…」
さっきまでの激しいキスではなく、最初の頃の様な触れるだけのキスをすると、ハルは身を起こし、これ以上ない程硬くなり、透明な液すら出しているそれを、ゆっくり、ゆっくりと、ニトの膣内に入れていく。
「ぅぅぅ………あっ…ぁぁぁ…」
苦しそうに呻くニトと同様に、ハルもまた声にこそ出さないが、苦しんでいた。
ニトの中はまるで電気が漏電しているかの様に、ビリビリッ、ビリビリッ、と快感の電気をハルのそれに流していた。ぎゅうぎゅうとそれを締め付けられるだけでも我慢するのは厳しいのに、不意打ちの様に、急に流れてくる電気のせいで、ハルの射精感はどんどんと高められていった。
これ以上ゆっくりすることが出来なかったハルは、ニトの腰を掴み、腰を押し出しながら、ぐっとこちらへ引き寄せた。
「かっ……ひィッ……うっ……!」
悲痛な声を上げるニトに心を痛めながらも、ハルは、息を整え、射精感を堪えた。
「ごめんなさい、ニトさん…。痛かったですよね?」
「ううん、大丈夫だよ…。やっと、一つになれたんだね…」
ニトは涙を流しながら、両手を広げて、キスをせがんだ。ハルがそれに応じ、ゆっくりと唇を触れ合わせた時だった。
ビリッ、とハルのそれを不意打ちの電気が襲った。そして、その一撃がハルの最後の防波堤を壊した。
「ご、ごめんなさい、ニトさん…もぅ…!」
「えっ…?んぁっ…!?」
ドク、ドク、ドク…
熱い精液がニトの膣内へと吐き出されていく。未知の感覚に怖がりながらも、体は本能的に精子の味に酔い痴れ、ビクンビクン、と震えるハルのそれを揉みしだく様に、膣内は蠢いていた。
「すごい…熱い…ハルの精子…」
「ごめんなさい、ニトさん。その、勝手にイッてしまって…」
射精がやっと止まると、ハルは申し訳なさそうに謝った。しかし、ニトは繋がったまま上体を起こし、ハルを抱きしめた。
「大丈夫だよ、あたしも、気持ちよかったもん。それに…」
「それに…?」
ニトは照れ臭そうに笑うと、お腹をさすった。
「もしかしたら、ハルの赤ちゃん、できちゃったかもしれないから」
赤ちゃん、ニトの口から発せられた、その単語に、ハルのそれは再び硬さを取り戻し始めた。
「あっ、ハルのまたおっきくなってる…」
「ニトさん、もう一度してもいいですか?」
「あたし、いいけど…。無理、しなくてもいいんだよ?」
「大丈夫です、それよりも、ニトさんを気持ちよくさせてあげたいです」
ハルはニトを優しく押し倒すと、一度深呼吸をして心を落ち着かせ、ゆっくりと腰をグラインドさせ始めた。
「んぅぅぅ…………ぁぁぁっ……」
先ほどまでの苦しそうな表情はなく、ニトは目を瞑って甘い声を漏らした。その都度、ビリッ、ビリッ、とハルのそれを快感の電気が襲う。その電気のせいか、あるいは、ニトの甘い声のせいなのか、それとも、両方のせいなのか、ハルの呼吸は荒くなり、動きもどんどんと早くなっていく。
「んっ、……あっ、あんっ! あっ、あぁぁぁ……!」
「はぁ、はぁ、はぁ、ニトさん!ニトさん!」
荒い呼吸をしながらハルが呼ぶと、ニトは喘ぎながらもハルの体に抱きついた。ハルの温かさが伝わると、その嬉しさや心地よさから、再び電流が全身を走った。
「ひぁぁぁあッ!! やっ、やぁっ、い、イクッ……やっ、イくゥッ!!」
「んぁっ…!」
電流はハルの体へも流れ、先ほど出して幾ばくもしないうちに、第二波が押し上げられてきた。そのことに気がついたハルは、このままではさっきと何も変わらないという焦燥感に駆られ、より腰のスピードを速めていった。
「っ……あヒぃッ!?はあっ、はあっ……はぁぁぁっ…………」
急に早くなるハルの動きにニトは驚き、より強くハルにしがみつく。
「ニト…さん……そろそろ僕……出そう……です…!」
「ハル!……あぁんっ! あんっ、あっ……あんっ、あんっ………あっ、あっあっ、あっ……!」
バチッバチッ!
ハルにも聞こえるほどの大きな音のする快感の電流が流ると、お互い同時に達した。
ドクン、ドクン、ドクン…
二回目の射精だというのに、むしろ一度よりも沢山の精子が子宮に送られてくる感覚を、ニトは夢心地で味わっていた。ハルもまた、ニトに抱きしめられながら、最後の一滴まで搾り取ろうとするニトの膣内の動きにそれを任せていた。
「はぁ…はぁ…。気持ちよかったでしょうか?」
「うん…。すごく、気持ちよかった…。ありがと、ハル」
最後の力を振り絞ってキスをすると、ハルはニトの横に倒れ込み、下半身は繋がったまま、抱きしめ合いながら眠りについた。


「ニト先輩、こうですか!?」
「…まぁまぁ、かな。あとはそのまま飛んでみて、慣れればもっと早く飛べる様になると思うから」
分かりました、ビシッ!と敬礼をすると、新人のハーピーは赤い帽子とカバンを持って、どことなくぎこちないながらも、ニトに言われた通りに飛んでいった。
ハーピーが見えなくなると、ニトは窓を閉めて、自分の机へと座った。すると、タイミングを見計らったかの様に二つのカップを持ったリムが近づいて来た。
「ご苦労様、どうかしら?少しは早くなる見込みはあるかしら?」
「どこまで成果が出るかわからないけどね。まぁ、早くはなると思うわよ」
「それは良かったわ。…言っておいてなんだけど、無理しなくてもいいのよ?」
「別に無理なんかしてないわよ。それに、今はまだ大丈夫よ」
ニトはそう言うと、少し大きくなったお腹を愛おしげに撫でた。
16/11/02 00:59更新 / フーリーレェーヴ

■作者メッセージ
二万字超えという、いつの間にかかなり長い作品になってしまいましたが、最後まで読んでいただきありがとうございました。

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