連載小説
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3.エルタニン陥落
カーラ・マルタン・ザ・カースドソードから逃れてエルタニンにたどり着いたブレイブでしたが、検問所の騎士達に早速囲まれていました。
そうですよね。
反魔物国に魔力垂れ流しのリビングアーマー着用で現れれば、それはもう攻め込んだことと同義です。

屈強でむさ苦しい騎士達に槍を突きつけられているブレイブはもう涙目です。
泣き出さないのが不思議なくらいですが、少年が必死で涙を堪えている表情はそそりますね。

「貴様、魔物を身につけて現れるとはいい度胸だな」
騎士達の中でも一番体の大きい髭面が怒鳴ります。
「魔物って、ど、どういうことですか」
自分の鎧がリビングアーマーであることに気がついていないブレイブはしどろもどろです。
「とぼけるな! お前が身につけている鎧はリビングアーマーという魔物だということは分かっている。そのように魔力を放出したまま、まだそのような口を聞くとは。我らの目がふし穴だと見くびっているのか」
騎士達が憤慨します。
「えっ、これは王様に貰った、王家に伝わる…」
「ふん、見え透いた嘘を言うな。王家をも侮辱するとはなんという餓鬼だ。これでは子供だといっても死刑は免れんぞ」
騎士達は今すぐにでもブレイブは切り捨ててしまいかねない勢いでいきり立っています。

ブレイブは初めてぶつけられる大人たちの怒りに、死刑という言葉に、もう顔を青くして震えてあと一歩で泣いてしまいそうです。

一方でリビングアーマーと一反木綿はブレイブを傷つけるならば容赦しないと、すぐにでも戦える用意をしています。

じりじりと迫る槍先に、ブレイブの緊張の糸が張り詰めます。


そして、糸は切れちゃいました。

うわぁぁぁぁぁぁぁ〜〜〜〜ん。
ブレイブは大きな声で泣き出してしまいました。
「ごめんなさい、知らなかったんです。お願いですから、許してください」
泣き出してしまったブレイブに騎士達はみんなバツの悪そうな顔を浮かべました。

「おい、こいつ本当に知らなかったんじゃないのか」
「だけど、魔物を連れて街に入ろうとしたことは事実だろう」
「リビングアーマーを引き剥がしてこいつの処分は後にした方がいいんじゃないか」
「でも、司教様や団長ならこの場で切り捨てろって言うはずだぞ」
「俺は魔物よりも司教様の方が怖い」

騎士達に動揺が走ります。形だけ見れば、大の大人達が寄ってたかっていたいけな少年を虐めているようです。
これで動揺してしまうなんて、検問所にいる騎士達はまだまだ経験の浅い騎士達だったのでしょう。

「黙れ! 狼狽えるんじゃない。この程度で狼狽える方があの方々の怒りに触れるぞ」
髭面の騎士が他の騎士達を諌めます。
「俺たちは言われた通りに仕事をするだけだ。こいつはこの場で切り捨てる」
「ですが、隊長」
「うるさい。そもそもこれだけ魔物に触れている時点でこいつが普通の餓鬼であるはずがないだろう。演技に決まってる」
未熟者め、と髭面が呆れます。

騒ぎ立てる騎士達に、
「なにやら騒がしいようですが、どうかしたのですか」
騎士達の声とは違って涼やかな声がかけられました。
「勇者様」
髭面が一気にへりくだります。
勇者と呼ばれた青年は、短く刈られた金髪に碧眼の美形でした。
このタイプ、裏では色々と悪さをしているに違いありません。断言できます。

「リビングアーマーを身につけたこの餓鬼が街に入ろうとしていたので、切ろうとしていたところです」
「へぇ」
青年の瞳がブレイブを捉えます。
勇者様なら助けてくれるかもとブレイブは淡い期待を浮かべます。

「それはいけない」
青年がブレイブに近づきます。
ブレイブがほっとしそうになると、
「どうしてすぐに殺さないのです」
青年が腰に佩いた剣を抜き放ちました。
「いくら子供に見えても、油断はいけません。魔物は狡猾で、人を欺く。なにより奴等に慈悲はいらないと覚えておいてください」

青年がブレイブに切りかかります。
しかし、リビングアーマーは跳躍して騎士達の包囲から抜け出します。
「逃がすものか」
青年はブレイブに追いすがります。
リビングアーマーは何とか鎧の硬い部分で青年の剣をしのぎます。ですが、流麗に振るわれる青年の剣はいずれブレイブに届いてしまうでしょう。
「取った」
青年の剣がブレイブの首筋に走ります。彼の瞳には隠しきれない嗜虐的な光が浮かんでいます。


でも、こういう時はそんな言葉を口にしてはいけません。
青年の剣を漆黒の大剣が防ぎます。
「なっ」
割り込んできた漆黒の大剣は青年の剣を折り、青年の体を唐竹割りにして叩き伏せます。
地面に叩きつけられた青年はそのまま失神してしまいます。もちろん剣による切り傷はありません。

「大丈夫か。少年」
そこにはカーラが立っていました。
元からつけていた鎧はすでにボロボロでしたが、その上から漆黒の鎧が多い、右手に禍々しい漆黒の大剣を携えています。黒に覆われた部分には赤い筋が血管のように浮き出て脈動しています。
カースドソードと化したカーラは禍々しさと妖艶さを身にまとっていましたが、勇者としての力強さや真っ直ぐな瞳はそのままで凛々しくありました。

「お、おねぇさん。ありがとうございます」
ブレイブが助けてくれたカーラに声をかけます。
ですが、忘れましたかブレイブ君、その言葉は言ってはいけない言葉だったということを。

おねぇさんという言葉が再び刃となってカーラの胸を貫きます。
はぅぅぅぅっ❤︎
カーラが豊かな胸を抱きしめながら、身をよじって悶えます。

「もっと、もっとだ。少年。もっとおねぇさんと言ってくれ。いや、おねぇちゃんも捨てがたいぞぉ!」
ブレイブに詰め寄って、危ない吐息が漏れています。真っ黒な瞳の中にもっと真っ黒なナニカが渦巻いているように見えます。
ブレイブは別の意味で身の危険を感じました。

「やめなさい。この大バカ者」
ヴェルメリオが槍の柄でカーラの頭を叩きました。
「何をするか」
「何をするか。では、ありません。貴女が少年に何をしようとしていたのです」
「違うぞ。私は少年に愛でてもらおうとしていただけだ」
むしろタチが悪い。ヴェルメリオはもう何度目になるかもわからないため息をつきました。
これからのことがどうあれ、ひとまず助けてもらったブレイブはほっと胸をなでおろします。


でも、騎士達は全くほっと出来ないのでした。
「ひぃ、ドッ、ドラゴン!?」
「あれは、まさかカーラ様!?」
「魔物になってしまうなんて、終わりだ…」
ガタガタブルブル、皆一様に震えています。
どうでもいいですが、誰も勇者の青年のことは心配していません。やっぱり人望なかったのですね、あいつ。

槍を取り落とし、天を仰いでへたり込む彼らに、再度ヴェルメリオがため息をつきます。
「この国の人間は貴女以外知りませんでしたし、期待してもいなかったのですが。ここまで情けないものしかいなかったとは」
「知っているか。ため息をつくたびに幸せも一緒に出て行ってしまうそうだぞ」
「いったい、誰のせいだと思っているのですか」
ヴェルメリオのこめかみには青筋が立っています。


「俺、カーラ様のこと好きだったのに」
その中の一人の騎士がポツリと漏らしました。
「あのドラゴンに夢中で他のことに興味なかったみたいだけど、鍛錬するカーラ様はカッコ良くてきれいで」
「俺も」「俺も」「お前らもかよ」
騎士達が口々に言います。
「魔物になっちまうなんて」
「ショックだ」
「でも、魔物って男を性的に襲うんだろ。そして、食っちまう」
「俺、カーラ様とヤレるんだったら、死んでもいい。というか、ヤリながら死にたい」
「ちょっとお前、それは」
「同意」「同意」「同意」「当たり前だろ、俺もだ!」
騎士達が次々に立ち上がります。妄想に別のものを立ち上がらせている奴もいます。
こいつら、これだから男共は。

「カーラ様、俺を犯してくれ! そして、食ってくれ」
「「「「隊長!?」」」」
「あんた、何抜け駆けしてんだよ」
「いくら隊長と言えども、これだけは譲れねぇ」
「あっ、こらお前、どさくさに紛れて先に行こうとしてんじゃねぇ」
むさ苦しい男どもの声が大混乱です。

「人気があるのですね」
「そのようだな」
他人事のように答えるカーラにヴェルメリオが生温かい視線を向けます。

「でも、そろそろ止めないとまずいことになりそうですよ」
ヴェルメリオの言葉通り、だんだんと頭に血が上ってきた彼らは今にも槍を手にとって戦いかねない様子になってきました。
あなたたちが突き合って、流れるような血は絶対に見たくはありません。

「お前たち、やめろ!」
一喝。カーラの凛とした声はよく通ります。
一発で騎士達が止まりました。
「私を求めて争うのはやめてくれ。お前たちがいくら争おうとも、私はお前たちと交わるつもりは一切無い」
カーラの言葉に騎士達は愕然とします。
「そんな、嘘でしょう。カーラ様」
「なん、だと!?」「あなた言いたかっただけでしょう」
「魔物だったら、見境なく男を求めるはずじゃ」
「後生ですからー」
都合のいい言い分ですね。
これは教育のしがいがありそうです。
「私の操はこの少年に捧げるつもりだ」
「ええっ!」
いい笑顔のカーラの言葉にブレイブが一番驚いています。

「貴様ぁ、カーラ様に何をした」
「魔物にされて嗜好がおかしくなってしまわれたのか」
「少年許すまじ」「殺す」「許せねぇ」
騎士達の怨嗟の声が重なります。
物騒な言葉にブレイブが身を縮こまらせてしまいました。

それを見咎めてカーラは言い放ちます。
「何を勝手なことを言っている。私は元から年下、これくらいの少年が好きなのだ!」
「「言い切ったよこの元勇者!」」

騎士達の声が空に吸い込まれ、ヴェルメリオはもう諦めて空の青さを見つめていました。





「それでは行こうか、少年」
カーラがブレイブの手を引いて門の方へ進みます。
「どこへしょうか?」
ブレイブが冷や汗を流しながら尋ねます。
「決まっているだろう。私の屋敷、私たちの愛の巣だ」
うむ、いい響きだ。カーラはご満悦の様子です。
一方、ブレイブの汗はさらに吹き出します。
その様子を勘違いしたカーラは勘違いして、
「大丈夫だ。私も初めてだから一緒に頑張ろうではないか」
剣を体内に引っ込めた生身の手で卑猥な形を作っています。握った拳の人差し指と中指の間から親指を覗かせています。
ぐにぐに。

「カーラ、止めておきなさい。相手はまだ少年でしょう」
「愛に年齢は関係ない。そうだな、少年」
ブレイブの手を引いてどんどんと進みます。
「待ってください。えっと、カーラさん」
ピタリとカーラの足が止まります。そして、真剣な顔でブレイブに迫ります。
「違うだろう少年。お・ね・ぇ・ちゃ・ん、だろう」
「さぁ、言ってみよう。さぁ、さぁ」
カーラの迫力に負けてブレイブがたどたどしく、
「カーラ、おねぇちゃん」

ぐっはぁぁぁぁぁぁ❤︎
カーラが大きくのけぞりました。ブレイブの位置からは見えませんが、鼻血も垂れています。
カーラは右手を天に掲げると、満ち足りた顔で、
「我が生涯に、」
「それ以上は止めなさぁぁい!」
ヴェルメリオが慌ててカーラの手を下げさせます。
「貴女は心臓を貫かれた時に理性まで砕かれたのですね」
「いや、私としてはあまり変わったつもりはないぞ。確かに少し自分に正直になった気はするが」
そんなはずはないでしょう、とヴェルメリオは項垂れます。

「あなたはあのドラゴンなんですよね」
二人を見守っていたブレイブがおずおずと尋ねます。
「ええ、そうですよ。名前はヴェルメリオと言います」
ヴェルメリオの微笑みにブレイブはドキドキしてしまいます。
「あ、ぼ、僕はブレイブと言います。ヴェル、メリオさん」
「ブレイブ、良い名前ですね。私のことは呼びにくければ、ヴェルと呼んでいただいて構いません」
「わかりました。ヴェル、姉さん」
ヴェルメリオは少し目を見開き、確かにこれは悪くないかもしれない、と頷くのでした。
わざとじゃ無いですよね、ブレイブ君。

「満更でもなさそうじゃないか。ヴェルメリオ」
「何をバカなことを言っているのでしょうか、このバカ者は」
「何度も人のことをバカというものじゃないぞ。だが、そんなことより少年。君はブレイブというのか。ブレイブくん、ブレイブきゅん!」
またもや危ない呼吸をしだすカーラ。さっきよりも深く、業も深い。
「ヴェル姉さんはカーラおねぇちゃんを足止めしてたんじゃなかったのですか?」
横でまた悶え始めるカーラは放っておきます。
「そうだったのですが、戦っているうちにカーラが突然、『少年の身が危ない』といって、説得されるがままにここにたどり着いてしまったのです。こんなバカ者でも、魔物の勘はバカにはできませんから。特に、狙った男性に関することでは」
そのおかげで助かったとはいえ、もうブレイブの口からは乾いた笑いしか出てきません。
「大丈夫ですよ。ブレイブは私の彼女たちが守ります」
ヴェルメリオが鎧を指差して微笑みます。
忘れていた別の問題を思い出して、ブレイブは叫び声を上げるのでした。

そんなやりとりをしながら、三人は門をくぐって行きます。
騎士達は騎士の礼を取りながら、涙をながし彼らを見送るしかありませんでした。

仕事しろよ、とも言えないですね、この場合。
挑んでも返り討ちにされるのは見えていますし。
でも、安心していいですよ。あなた達にももうすぐ素敵なお嫁さんができるのですから。
うふふ。





「このっ、魔物め。応援は、勇者様達はまだか!」
カーラとヴェルメリオに挑む有象無象を彼女たちはちぎっては投げ、ちぎっては投げ。

ずばっ、どかーん、ぎゃああー。ギャグみたいな地獄絵図です。
カーラに挑んだ騎士はカースドソードに切られて悶絶して地面を転げ回っています。
切られたのが女性だった場合、魔物娘になって。あっ、また一人路地裏に連れ込まれていきます。
カップル誕生おめでとうございま〜す。
ヴェルメリオはできる限り弱めたブレスを使っているのですが、次々と騎士達は吹き飛ばされていきます。
吹き飛ばされた騎士達を魔物娘になった子達がお持ち帰りしています。隠れ潜んでいた魔物娘たちも、ここぞとばかりにお婿さんをゲットしていきます。

ずばっ、どかーん、ぎゃああー、あぁァぁ〜ん❤︎、悲鳴に嬌声が混ざり、徐々に嬌声の方が優っていきます。
吹き飛ばされている騎士達の中にはいつの間にか勇者達も混ざっています。弱いです、有象無象との区別がつきません。
カーラとヴェルメリオを相手にしてしまったら仕方がないのかもしれませんが。

いつの間にか、騒ぎを聞きつけた街の外の魔物娘も加わり始めています。
この街は終わりですね。


門の外にいた騎士の一人がハーピーに抱っこされて雲の向こうに消えていきます。お幸せに。
先ほどのいけすかない金髪の青年勇者がダークエルフを背中に乗せて全裸で四つん這いです。ぴったりの相手に巡り会えたようでなによりです。
壮年の司祭の上ではデビルちゃんが腰を振っています。
ブレイブと同じくらいの年の子がデーモンのお姉さんをバックで突いています。

繰り広げられる阿鼻嬌喚の中をカーラとヴェルメリオはブレイブを連れて進みます。
カップルの痴態を目にしては顔を赤らめるブレイブ、ヴェルメリオは目を伏せてほんのりと頬を染めながら、カーラははち切れんばかりの胸を張って堂々と進んでいきます。

向かってくるものはもうほとんどいません。


「カーラ、何だその様は」
「父様」
目の前に現れた父親にようやくカーラの足が止まります。
「一族の面汚しめ。貴様のような奴は儂が成敗してくれる」
父親のそんな姿に動揺することもなく、ブレイブを紹介します。
「紹介します父様。私の良人です」
ブレイブは口をパクパクさせるだけで何も言うことはできません。
「貴様、そこまで落ちるとは。最早何も言うことはあるまい」

問答無用でカーラに剣が迫ります。

(中略)

倒れ伏す父親と意気揚々と屋敷へと入っていくカーラ。
ブレイブとヴェルメリオは無言で後に続きます。
親子の葛藤やらなんやらがあったやら、なかったやら。そんなことは知ったことではありません。


こうして反魔物国エルタニンはめでたくこの日から新魔物国になったのでした。
めでたし、めでたし。
16/05/04 22:07更新 / ルピナス
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■作者メッセージ
なんか勢いで今日は書き続けました。
だが、後悔はしていない。

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