連載小説
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管理しないアヌビス
 その街の名は楽園。人も魔物も区別なく幸せに暮らせる場所。
 その豊富な地下資源と、その場所全体を覆うように湧きでる魔力に支えられ、魔物ですらその性から解放され得る地上の楽園。
 その街に支配者は無く、その町の法は一つだけ。

 “吟味せよ”


 


 その町の北部。空に向かって突き刺さるように伸びた一つの塔。全体的に背の低い建物が立ち並ぶその町では、その塔から見渡せない場所は無かった。
 その塔の最上階。そこには屋根と全方位を見渡せるガラスの無い窓。その部屋の内部にはやや大きめな木製のイスが一つ。
 その塔のほとんどの部分は最上階に至るためのらせん状の階段となっており、現在もそれを昇る人影がある。
 艶めく藍色のくせのない長い髪、それをかきわけて天を向く2本の角。コウモリのような翼、体の各所を覆う強靭な鱗。それらは、最強の種族であるドラゴンの証だ。ただ、その鋭さのかけらもないほわほわとした表情を浮かべた顔だけが種族の威厳を打ち消し、異彩を放っている。
 この街の長、エリアスだ。彼女は薄暗い階段をひたすら上がり、塔の最上階を目指している。
 本当は、背の翼を使って近道をすることもできるのだが、この塔の主の前でそれを行うことはあまり好ましくない。彼女は、容易な道を選ぶものが嫌いなのだ。恐らくこの階段もあえて上りづらいように作ってあるのだろう。

「〜〜〜♪」

 もっとも、この程度の階段ではエリアスに体力を消耗させることなどできはしないが。
 そのまま彼女は上がり続け、ついに最上階への扉に手をかけた。すると、ノックもしていないのに、中から声が聞こえる。

「どうぞ、お入りなさい。エリアス」

 その声に、エリアスは苦笑する。ここに来るたびいつも同じ場所で同じことを言われれば、流石になれるというものだ。最初に来た時はたいそう驚いたものだが、今やどうにか気づかれずにいこうという悪戯心さえ萎えてしまっている。
 
「失礼します」

 エリアスはそう言うと、木製の扉の取っ手に手をかける。金属特有の冷たさを持つそれを捻りながら軽く押すと、扉はかちゃりと開いた。
 そのまま扉を開け、中に入る。塔の最上階にして唯一の部屋は、塔の建築に使われた石材がむき出しの冷たい雰囲気を持つ部屋だ。その主は、そこにテーブルとイス、最低限の家具だけを持ち込み生活している。
 ちょうど部屋の真ん中、エリアスから見て5歩ほどの所に、少し大きめの木製のイスに腰掛けた部屋の主――リィリがいる。リィリは長い黒髪と同じ色の耳を風に揺らせながら、こちらに背を向けていた。

「リィリ先生………」

 エリアスはリィリに近づき、そっと脇に佇む。リィリはここ一帯では珍しいアヌビスと呼ばれる種族で、褐色の肌と鴉の濡れ羽ような髪を持っていた。身につけるのは質素な黒い平服だが、その上から、まるで冒険者が纏うような強靭な素材でできたコートを羽織っている。あちこち擦り切れて少しくたびれているそれは、リィリが常に身にまとっているものだ。
 リィリは外を向いたまま、静かに言葉を紡ぐ。

「エリアス。ここからあなたの街を眺めて、あなたはどう感じます?」

 落ち着いた声音での問いに、エリアスは窓へ歩み寄り、街を眺める。
 塔の南側、街のメインストリートでは、朝から大勢の魔物や人間が商品の売買や他愛もない雑談に夢中になっている。その少し手前、この前ドワーフのティナ姐さんが無駄に立派に作り変えた噴水広場では、すでにたくさんのカップルが仲良く睦み合っている。間もなく噴水が霧状に変わり、彼らを虹で包み込むことだろう。あの噴水を設計したティナのお茶目心だ。
 そこから少し外れた辺りには、民家が立ち並んでいる。そこには大通りほどの活気はないものの、そこに暮らす人々の暮らしようを反映するようなポカポカとした暖かさがあった。
 
「………この街を作ってよかったなぁと思います」

 エリアスは街の風景から視線をリィリに戻して言う。リィリは瞳を閉じたまま、黒髪を揺らして頷く。

「私達アヌビスは、管理する生き物です。自らの周りにあるもの、果ては自らに至るまで事細かに管理して生きてきた」

 その言葉に、エリアスは頷きを返す。エリアスはリィリに、この町を作るに当たって様々な教導を受けた。しかし、リィリは街が完成を迎えた後、自ら街を管理することなくこうしてここで街を眺め続けている。いくら聞いても教えてくれなかったその選択の答えが、これから彼女が語る言葉の中に含まれているような気がした。
 そんなエリアスの心情を知ってか知らずか、リィリは先を続ける。

「私も、長い間管理者として生きてきました。ピラミッドと呼ばれる建物の中で、永劫の時をファラオ……王の遺した全てを守るために」

 リィリの語る内容は、今まで一切語ろうとしなかったリィリの過去に触れるものだった。それを、リィリは語る。

「そして、今からちょうど50年ほど前……。私の守るピラミッドに、彼がやってきました」

 リィリの語る“彼”は、たった1人でリィリの管理の下に動くファラオの兵士たちをすり抜け、リィリの元までやってきたのだという。迷宮のように入り組み、そこかしこにリィリの張り巡らした侵入者撃退用の罠をことごとく掻い潜って。
 一切のゼスチャーを交えず、淡々と言葉のみで語るリィリだが、エリアスにはそれで充分だった。

「私の元にたどり着いた彼は、抜剣した私の前で自らの剣を床に突き刺し、こう言いました。『君に惚れた』と」

 リィリの管理の元に迷い込んだ、たった一つのイレギュラー。それは偶然か、必然か、それが巻き起こしたひとつの騒動によって、リィリは管理の呪縛から抜け出した。
 それと共に、リィリの魔力によって維持されていたピラミッドも、瞬く間に砂漠の砂へと還り、後には、2人だけが取り残された。

「私と彼は、様々な所を旅しました。しかし、彼は人間。ついに彼は老いと蓄積した疲れによってこの世を去りました」

 それが、“ここ”です。とリィリは足元を指さす。この街最高の建築家であるティナによって手がけられた巨大な塔は、リィリの人生を変えた偉大な人間の墓標だった。
 自分でも気がつかないうちに、リィリはコートを強く握る。今ではこのコートが“彼”と自分を繋ぐ唯一の物だから。
 そんな、どこにでもある英雄譚。どこにでもある悲劇。しかし、彼女の物語はそこで終わらない。なぜなら、彼女は生きているからだ。

「あなたと出あったのもちょうどその頃ですね。そして、わたしはその傍らであなたの偉業を見守ってきた」

 行く場所の無い子供を養い、国を追われた異端者を匿い、どれだけ強大な相手にも決して屈しなかった、この楽園のありよう。それを偉業と言わずしてなんというのか。閉じられたリィリの瞳は、それでもエリアスにそう語りかけていた。
 びゅうう、とガラスの無い窓から一陣の風が舞いこみ、2人の髪を揺らす。

「そして、この町が出来上がった時。そこにあふれる人たちを見て、私はもう必要ないことを悟りました。この自由の街に、私の管理は必要ないと。ですから、私はここで、彼の場所でこの町を見守ることにしたのです」
 
 未だ、街に住む住人の数は多いとは言えない。が、利益を顧みることなく商品を運んできてくれた商人たちや、この街の噂を聞きつけて移住を決意した住人たちのおかげで、街の規模は大きくなりつつある。
 だまってその話を聞き終えたエリアスは、なにか、じんとするものが胸の奥に宿ったような感覚を得た。それと同時に、顔も知らない“彼”に対して、言葉にならない感謝の念を抱いた。
 
「私は、少し生きすぎました。そして、短い間に変わりすぎた。ですから、街のこれからはあなたたちが担っていくのです。解りましたね?」

 細い褐色の手で、エリアスの手を包み込むように握ったリィリは、瞳を閉じたままそう言う。
 それに、エリアスはそこにこめられた想いを受け取る。

「はい」

 


 それから、今も南の大通りで行われているような他愛もない雑談をした2人は、やがて陽が傾いてきたころ、自然と別れた。
 エリアスは席を立ち、リィリは再び窓ごしに、瞳を閉じたまま外を眺める。
 エリアスが階段に続く扉に手をかけた時、背後からリィリが声をかける。

「あなたの選択は、どこも間違ってはいません。それでも、あなたに責任をとらせようとするものが現れた時。それはあなただけが背負うものではありませんよ」

 見透かしたような言葉。実際、いま背後にいる預言者のような風情を持つアヌビスには全てお見通しなのかもしれない。
 だから、エリアスは振り向かぬまま笑みを作り、リィリには聞こえないような音量でそっと囁く。

「ありがとう……」

 どういたしまして。という声が聞こえたような気がした。
11/01/23 11:47更新 /
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■作者メッセージ
こんにちは、湖です。

一風変わった作品を投稿してみました。
ほのぼのした空気、出てますでしょうか?

この作品は、他の湖作品と連動しております。
そのうち、彼や彼女がちらっと出て来たりするかもしれません。
その時は、生暖かい目で見守ってやってください。

では、読んでくださった皆様に、最大級の感謝を

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