読切小説
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僕と120号の怪画   『表』
-01-



兎にも角にも変わった絵画が好きで、有り余る金にモノを言わせて買いあさり
気付けば画商顔負けの名画ならぬ迷画コレクションを所有する
坂の上のお屋敷の変人と言われていた。

そんな父の葬儀が滞りなく済んだ火葬場での事。


「なぁ鉄朗。兄貴と話して決めたんだが、
 あの家はお前に今のまま住み続けてもらおうかと思うんだ」

「俺達はもう家族も家もあるし、第一実家は会社から遠くてな・・・。
お前が良ければ親父の遺品も全て引き取ってくれていいからさ」


あんな不気味な屋敷なんぞ寄りつきたくない、と正直に言えばいいのに。


結局趣味の為に資産のほとんどを使い込んでいた父が残したのは、
戦前から立つ巨大な洋館と彼の人生ともいえる怪画のコレクションのみだったのだから
仕方ないと言えば仕方がないが。

「わかった。兄さん達がそう言ってくれるならあの家は僕が譲り受けるよ」
途端に兄の顔がほころぶ。
「あぁ。そうか、よかったよ」

本音が出たな。と思ったが、口には出さないでおいた。
なんとはなしに顔を上げると火葬場から立ち上る煙がどす黒い曇り空の中に溶けていった。







そうしてそのまま、例の如く僕はただっ広い屋敷の主となった。
町を見下ろす山の麓に立つ豪奢な洋館、通称”坂の上”。

かつてこの国に貴族院なるものがあった頃は正一位の公爵家として地位と名誉と品位を賜り、戦後に貴族としては没落しつつも数十の紡績工場を運営し素封家として持ち直し、僕の二つ前の代までは町の権力者として君臨した一族が住んだこの建物。

工場も手放し資産も底をついた今となってはいい噂の種である。
そりゃ兄たちも苦い顔の筈だろう。
因みに固定資産等の手続き一切は兄達が処理してくれていたので、
僕自身が役場に一度しか出向く必要がなかったのは正直ありがたかった。


面倒事がひと段落して僕はかねてからの計画に移った。
絵をオークションに掛けたのだ。確かに気味の悪い怪画揃いで
作者の名前を聞いてもどれもピンとこない物ばかりだが、出す所に出せば目を向く値を付けて欲しがる人々がいるのだ。一種のマニアなのだろうがこんな奇特な品を好む好事家が父以外にもいた事実に複雑な心境であった。

ちなみにどんな絵を父が集めていたかというと、オーソドックスな所で言えば絵の具を塗り手繰った様な印象派や血に塗れた戦争画。
変態性を帯びたもので言えば化物や怪物を子細に描いた文字通りの怪画、クトゥルフ系統の醜悪な絵、他にも口にするのも憚られる品々である。

つまり僕も父の趣味は理解できないし彼の美学にはなんら惹かれてはいない。
ただ知識人としての父が好きだっただけなのだ。
だから今パソコン画面上でどこかの誰かが1千万で競り落とした怪画も
幼い僕にトラウマを植え付けた絵だったりする。



そんな日々が続いたある冬の寒い日。
滅多に誰も来ない屋敷の外に車が止まった。宅急便の大型トラックである。

暫くしてチャイムを鳴らす音がした。門扉を開ける僕。
「すいませーん。お届けモノで―す」
「僕に・・・ですか?」
「えぇーと、柿洲鐘也様宛てですねぇ」
「鐘也は父ですね。僕が変わりに受け取りますよ」
「お願いしまーす。あ、そうだこの荷物なんですけどどうも送り主の方の不備でちょっと遅れたそうなんですよ。元々は半年前に届く筈だったそうなんですけどね?なんでも国外から・・・」

配達員はその後も何か呟いていたが、本来は生きている筈の父が受け取るべきだった
荷物に意識が向きほとんど僕の耳に入って来なかった。
恐らく、いや確実にまた怪画だな。

その後、配達員二人係でトラックから運び出したのは案の定「画」だった。
しかもこれまでない程大きい。
横2メートル、縦1メートルの120号はあろうかという面倒な巨大さである。

広い家だけに置く場所には困らなかったが、飾る気など毛頭ない僕は広間の壁に立て掛けて貰い宅配業者の二人には早々に立ち去ってもらった。
どうせ直ぐに競売にかけてこの家からまた運び出される品物だ。どこに置こうと問題は無い。 取りあえずは父が最後に注文した絵を一目は見ておこうと包装を取っ払う。
そこに描かれていたのはドレスを身に纏った一人の女だった。

ただ、さすがと思わせるのはその下半身から伸びている足が
蛸の様な軟体の触手群だったことだ。

半人半獣ならぬ半人半蛸。常人が見て喜ぶ被写体ではないだろうこれは。
僕は値が付きそうもない画を見て一人溜息をついた。


-02-


漣の寄せては返す砂浜で誰かが僕を呼んでいた。
遠いのか近いのかはっきりしない細い声で何度も僕の名を呼んでいる。

結局誰が僕を呼んでいるのか分からないままに夢が覚めた。
まだ明け方前の薄暗さの中、耳に残る波の音がクリアに僕の頭を覚醒させる。
水でも飲もうと身を起こし広間を横切り台所へ向かう途中、夢の中で聞いた潮騒が
エントランスに木霊した。

幻聴では無い。その音は壁から聞こえる、正確には壁に立て掛けたあの半人半蛸の絵から。
僕は俄かに信じられない気持で、それでも確かめる様に一歩一歩と近づく。
間違いない。絵の奥に海があるかの如きリアルな音だ。

実際の絵に海は描かれていないが、僕はそっと耳を付けてみる。

幼いころ、父も母もいた頃、夏の日に砂浜で拾った大きな貝殻に耳を寄せて
海の声を聞いた淡い記憶がよみがえる。
決していい少年時代だった訳じゃないのに僕の心は懐かしさで満たされていた。




朝になって僕はその絵を自分の部屋に持ってくると飾る場所を吟味していた。

理由や理屈はどうあれ、”潮騒が聞こえる絵”を手放すのが惜しくなったのだ。
而した結果絵は僕のベッドの向かい側に飾る事にした。
気味の悪い絵ではあるがこれはこれで見慣れればまぁ大丈夫だし
付加効果の方が大事な要素なのだから良しとしよう。

「ふ、父さんも偶にはマシな買い物するじゃないか」
朝日に照らされた絵を見上げて呟く。

「申し訳ないけどこの場所だと直射日光があたって色落ちしちゃうわ」
「そりゃ不味いな、って・・・・・・え?」

女の声がした。言い忘れていたがこの屋敷には僕しかいない。
元より豪邸には付き物の給仕なども雇う金がないから現在進行形で
オークションなどをしているのだ。
だから、きっと空耳なのだろうと自分を納得させる。

「言わせてもらえばこの部屋には絵は飾らないほうがいいと思うわ。
だって全体的に暗いんですもの。
唯一明るいのがこの西日差す一点なんてねぇ」

どうやら空耳じゃないらしく確かに人の声がする。しかし周囲にもちろん人はいない。


「あれ?、おかしいな。疲れてるのかな。ハハ・・・」

僕はあえて窓際に立ち外の景色に目を向け人の姿がないか見回す。
何が喋っているのかは分かっていたが、そうせずにはいられないほど僕は動揺していた。
だって僕に苦言を呈したのは、他の誰でもない絵の中の女だったのだから。





朝食を済ませた僕は庭の裏手の焼却炉に佇んでいた。
今と違い昔はここで家から出る廃棄物を誰に憚る事もなく燃やしていたそうだが
使われなくなって十数年がたっている為随分と寂れている。
しかしたった一枚の絵を燃やすくらいなら大した煙も出ないし大丈夫だろう。

「ちょっと!?考え直しなさいよっ!」
「・・・」
気のせいか空耳がやけに長く続く。
「君っ!燃やしたら殺人よ?やめて頂戴っ」
「・・・・」
「何よ、波の音がした時はあんなに喜んじゃって部屋にまで飾ったのに
人の声が聞こえた途端にこの仕打ち?信じられない人でなしねっ!こっちは生きてんのよ?」


「いや、生きてないだろ。そもそも人じゃないし、そもそも絵だろう君は」
つい切り返してしまった。
「なんッて無礼者なの!? 私はちゃんと生きて貴方に言葉を伝えているのが見えて、
聞こえてるでしょう?」

確かに僕の横に立てかけた絵の女性は声を発するばかりか、
正面を向き身振り手振りで滑らかに動きながらこちらに噴気している。
一体何がどうなってるんだろうか。
そんな非日常な疑問に答えなど出る筈もなく、僕は無意味な考えを捨てて作業に移り
注ぎ口を開けた灯油をゆっくりと近づけた。

その途端
「いやぁああああ、いやぁあああ、殺されるぅうううう。死にたくないーーーー」

絵が咽び泣き始めた。
アニメーションでも見ているのかと錯覚する動きで
絵の中の女は涙を流し顔を歪ませ肩を震わせ嗚咽した。
その声のでかさたるや、ムンクも耳をふさぐ絶叫である。
あまりの事に灯油を持つ手が止まり、身じろぎしてしまう。

山間の高台から戦慄く女の金切り声、これではまるでサスペンスドラマの殺害現場だ。
間違いなく僕が犯人の。

「くっ、お前・・・少し黙れ」
勿論黙る気配などなく、彼女は薄っぺらい絵の奥からけたたましい悲鳴を上げている。

約3秒のセルフディベート。

「・・・ワカッタ。モヤスノヲヤメヨウ」
結局僕は根負けしその言葉を口にする。

女の金切り声が止んだ。
「・・・・・ずず」
泣き止んだ彼女は一回鼻を啜ってこちらに顔を向ける。

「ほんと?」
「ああ」

「本当に?」
「あぁ、燃やさない」

「その言葉に二言は無い?」
「しつけぇよ」

口調が悪くなってしまったが、蓋の閉められた灯油を見て彼女はやっと信じてくれたらしく
懇願するように組んでいた両の手をほどいていた。

「えへ、えへへ。それじゃこれからお世話になるんだし、お互い自己紹介・・・しましょ?」

画の変わり身の早さに呆然としながらも、今泣いた烏がもう笑うとはこの事だろうな、と一人思った。




-03-



「僕はこの柿州家の三男で今現在の家主の鉄朗だ。」
エントランスに立てかけた絵に語りかける。庭での言葉の通り自己紹介である。
そして、僕の挨拶を聞き終えると同時にふんぞり返り喋りだす彼女。

「ふふん、私はかの名高き『オデュッセイア』にもその名を記されたスキュラの眷属よ。
 見てのとおり、箱舟に乗ることを許されなかった神話の時代の存在ね」

「すまない、今日はもう休ませてくれないか」
「ちょっとちょっと!?」

出鼻を挫かれる。いうに事欠いてオカルティズムのオンパレードではないか。
ただでさえ低血圧の僕の神経をこれ以上弱らせてどうしようというのだ。

「・・・・まず、まず聞きたいんだが君は何だ?どうして絵が動く?なぜ喋る?」
父は君の正体を知っていてこの絵を購入したのか――――――?
そう聞きたかったが、最後の問いかけはしないでおいた。


「はぁ・・・。どうでもいい質問ばっかりね。他に聞くべきことがあるでしょう?」
「いや、すごく大事な質問だよ。なんだったら他は聞かなくてもいいくらい」

「君ってさ・・・目付きも悪いけど性格も悪いってよく言われてそうよね」

自分自身あまり他人に感情を露にするタイプではないと自負していたが、
高い沸点を軽々と上回る彼女の傲岸不遜な態度に自らの血管が切れる音を聞いた。

「・・・燃やすぞ」
「!?」









そして、あっという間に日が暮れて夕食の時間。
前述の通り食事の準備をしてくれる給仕などいない為一人で侘しく済ませた後は
もはや寝る前の日課になっているパソコン画面のオークション進行具合を確認する。
1枚の絵に高値が付いていたので何の絵かよく見ると、幼児を丸呑みにしている怪物が描かれていた。
まったく、親父も親父だが買手も買手だな。

「・・・ん・・・すぅ・・ね・の馬鹿ぁ・・すぅ・・・」

そんな親父の形見の品はエントランスで意味不明の寝言交じりに熟睡している。
自身が焼却されないと分かり安心したのだろう。漣の音が穏やかに洋館を満たしている。

寝室を抜け出した僕は忍び足で彼女の元に近づいた。どうやらかなり深い眠りの中にいるらしく
二三度呼びかけて見ても全く反応がない。
意図した訳ではないが月の光が丁度絵全体を包むように照らし、
画布の奥の女の姿を立体的に映し出している。

こうしてみると窓一つ挟んだ向こう側に部屋があるのだと錯覚してしまいそうになる。
不思議に思いながらも僕は無意識に手を伸ばす。
震える指先が頬に、正確には絵の表面に触れる。

勿論何の感触もないと思っていたが以外にも弾力があり仄かに温かく
さながら”人肌”である。
視線をスライドさせると唇があった。
平面だと俄かに信じられない光の艶が僕の目を釘付けにする。
そう、グロスで輝く口元は魅力的で―――‐




・・・何をやっているのだ僕は。
まるで絵に魅入られた狂人だ。いやがおうにも父親の血を感じ嫌悪感を露わにする。

と、絵の中の彼女が目を開けていた。僕は急いで伸ばした手を引っ込める。

「お前、いつから」
「君が私の頬っぺをさすっていた時から」

自分の顔が紅潮していく。見られていた。
「それからやたらと私の唇を凝視していたけど・・・あれは何?」
「・・・っく」
「ねぇ何?」

「五月蠅いな、あれはお前の正体を探ってたんだよ」
苦しい、かなり苦しい言い訳だ。女は何か含みを持たせる笑みを浮かべ目を細める。
「ふ〜ん、君は女の子の口元を見れば正体を探れるんだねぇ」



腹立たしい。
寝室に戻った僕はベッドを思い切り蹴飛ばす。
たかだか一枚のカンバスにいいようにあしらわれた気がする。
なんとなくだが、なんとなくあの絵は”良くないモノ”であると再度直感した。

本当に今更だが。








-4-


翌日、例の怪画が来て三日目の朝。
昨日なかなか寝付けなかった為、遅めの朝食をとっている時の事。

「鉄朗くーん、鉄朗く−ん。てぇつぅろーーーーくぅううん」

若い女の甘ったるい猫撫で声が広間を突き抜ける。
曰く女の声というのは男のそれより人の耳に入り易くなっていると言うが
満更でもないのだなと思う。
いや、正直に言おう。酷く耳障りだ。

「なんだ?」
「お腹が減った」
胸を張って堂々と空腹を告げる絵の女。それを僕に告白してどうすると言うのだ。

「あぁ・・・そう。じゃ用事があるから僕はこれで」
「なっ、待って待って・・・待ってー!!」

「なんだよ」
「お願いがあるの、そのね、何か食べ物を持ってきてほしいの」
「食べ物を・・・って、お前」
「いいから!お願い!」


ソプラノの高音ボイスで捲し立てられ渋々台所へ向かう。
屋敷には以前から食料は相当数備蓄してあるが
朝食を作る際に用意した卵やウィンナー、サラダが余っていたので
取りあえずこれらを持って行ってみた。

「・・・君はさ、これを持ってきてどうしようっての?」
「ん?駄目なのか?」
「駄目に決まってるわ!!生でしょ?生だよッ!?私を犬猫なんかと一緒にしないでよ」

ならば調理しろとでも言うのか?と切り返すと、勿論よ。と返された。
「仮に、その料理を持って来たとして一体どうするんだ」

鑑賞でもすると言うのか?食べれぬ料理を前に鑑賞などそれはもはや感傷ではないか。
というかそもそもお前が絵で、鑑賞される側の筈だろうに。

「どうするんだって・・・、だから食べるのよ」
「馬鹿も休み休み言ってくれ」
「馬鹿ですって? 鉄朗くん、あんまり私を怒らせない方がいいわよ・・・」

これまでに無い生意気な口調を露わにする彼女。気のせいか部屋がピリつくのを感じる。
「随分に強きな発言だが、絵の中にいるお前を怒らせた所で何ができる?」

「私を怒らせると・・・泣くわよ」


十分後、エントランスには火の通った一端の朝食がテーブルに用意されていた。
「これで文句は無いな」
「うん。ありがとー♪」
憎々しげに見つめる僕を尻目に満面の笑みを浮かべる半人半蛸。
こうなれば自棄である。一体どうなるかとことん付き合ってやろうではないか。

「最初はねー、それ、ソレが食べたいなぁ」
「食べるって・・・え」
見るだけじゃないのか?まさか、本当に文字通り「食す」と言うのか?
僕はしぶしぶ、こんがり焼き目のついたウィンナーにフォークを指し彼女の口元、が描かれている部位に手を伸ばす。

昨夜僕を惑わした形のいい唇が大きく開き、今か今かと待ち侘びている。
「あー…」




ここからの変化は僕にとって劇的だった。
カンバスの画布はまるで水面の如くフォークを、その先のウィンナーを飲み込んだ。
そして新たに書き加えられたが如く絵の中にそれは現れ――‐女の開けた口に治まった。
彼女の歯がフォークに触れ僅かに手元に感覚が伝わる。
実感した。紛れもなく『生きている』のだ。この品は。
抜き取られたフォークの先に当たり前だがウィンナーはもう付いていなかった。

「・・・お、おいしィいいい!!この滴る肉汁なんて何年振りかしらっ」

咀嚼しながら両手を万歳し、そのまま頬に手を当て幸せそうに微笑む彼女。
僕は信じられない光景に愕然としながらも次は何を食べるか尋ねていた。

「次はね、えーと、パンがいいかな」

焼いたトーストを指さし喜々とした彼女の要望通りママレ―ドのジャムを付けたパンが
画の中に飲み込まれる。ただし今度はフォークでは無く僕自身の手がそれを運ぶ。

さっきは水面に見えた画布表皮は存外に液体とは程遠く凝縮された煙の中を通過する感覚に近かった。やがて手首付近まで突っ込んだ時である、手が触れた。僕は目を見張った。

画の中に自分の手が表れ、その指に向こうの世界の女の手が交わる。美しい、と思った。
きっと正気の沙汰じゃないのだろうがそう思えるのも血の成せる技かもしれない。

「うぅん!美味しいッ安っぽいパンだけど上の果物の砂糖付けが絶品ね!」

僕の葛藤などどこ吹く風でトーストに齧り付く彼女。
結局、ウィンナー7本とトースト2枚、サラダにコーンスープをこの後たいらげ
最後の水を要求して食事の〆とする模様だ。

「ん?そういえばお前、”何年振りだろう”とかって言ってたな」
「正確には4年ぶりの食事よ。ここに来る前はもう全っ然食事なんてさせて貰えなかったわ」
「・・・お前って食べなくても大丈夫なの?」
「そうだよー?ま、嗜好品って奴かなぁ」


あまりの出来事に動揺して気付かなかったがそこそこの量の食料をただ喰いされている。
僕は顔を引きつらせながら、布巾で丁寧に口を拭う女をねめつける。

だが、不思議と思ったほどの怒りの感情は無く
どちらかといえば「昂揚している」と言った方が近い。
そりゃ数分前の非日常の経験を思えば当然?かもしれないが、
僕はどうにも付加効果を抜きにして
この画を気に入り始めているのかも知れなかった。


思案顔で絵を見上げる僕を前に女が恍惚に呟いた。
「御馳走様でした」






-05-

天井を見上げ溜息をつく。
頭の中は朝の出来事をずっと反芻している。
スキュラ(便宜上今はあの画をこう呼ぶことにした)は食事後すぐに眠りにつき
昼食も夕食もとらず眠り続けている。

喋って、動いて、あまつさえ食事する。紛れもなく生きている『絵』。
根拠は無いが父はきっと知っていて購入した、と思う。
僕の手に、いや人の手に余るあの品をこれからどうする?父はどうするつもりだった?


「考えても仕方がない・・・か」
なんせ”変人”の考えだ。凡人の僕に推測などできない。

エントランスに入ると聞きなれた漣の音が流れている。
僕は絵に近づき彼女がもう目を覚ましたか確認しようとした。が

「!?」

そこには何も描かれていないカンバスが寂しく立て掛けてあるばかりだった。

「なっ・・・いない!?」
まるで最初からそこに異形の被写体など存在していなかったと
言わんばかりの白々しさである。
僕は絵に近づき声を掛ける。
「おい・・・おいっ!」

思い切って画布に触れる。
しかし、かつてそこにあった弾力も暖かさもなければ、絵の中に手が飲み込まれる事もなく無機質な感触が指をなぞった。
「なんの冗談だよ。・・・ちくしょう・・・」
指先に残るカンバス”のみ”の手触り。それははっきりと現状を説明する力を持っていた。

スキュラが消えた。

僕は目に見えて狼狽した。何故いなくなる。いや確かに疎ましく思ってはいたけど、
今日やっと興味を持ち始めた矢先なのに何故このタイミングでいなくなる?
僕は茫然自失の状態で周囲を見回す。ぐるりと天蓋に目線を走らせるが勿論誰も、何もいない。

「・・・・」
探そうにも、相手はこの世界に存在しない絵の中の住人。なす術などない。
月並みだがいなくなって初めてあいつに対する自分の執着に気づかされる。
もう一度絵に目をやるが、エントランスの壁には波の音だけを流す無地のカンバスしか存在しない。。



ソファーに座って何をするでもなく時間だけが過ぎていき
気付けば時刻は午後11時を回っていた。

このまま寝る気分にはなれず、かといって屋敷にいるのも具合が悪く感じた僕は庭に出た。

外は月が出ていないにもかかわらず星明りで木々が鮮明に見て取れた。
こういった時この町が田舎なんだなと改めて思う。
ちなみに庭と一言にいってもそこは豪邸”坂の上”、屋敷を取り囲む山がまるまる家の敷地なのでその広さたるや夜に徘徊するには少々危険が伴う規模である。

だが僕はまるで意に介さず歩を進める。
何かで気を紛らわせていないと喪失感で叫びだしてしまいそうだったからだ。
夜気が体を包み、だんだんと冷えてくるが気にせず山の中に足を踏み入れる。


20分も歩いた頃だろうか、僕は息も切れ切れに目的の場所についた。
幼少時、兄たちと一緒に作った『秘密基地』という名の木の板張りの簡易な小屋。

年の離れた兄たちは早々に卒業したが、僕は学校で嫌なことがあるたびここまで来ては泣いていた。そんな淡い少年時代の塊に辿り着こうかという刹那
僕は泥濘に足を滑らせた。

 ”山道というのは本当に危ないから気をつけて歩かなくちゃ”

そう自分に言い聞かせていた幼少時を思い出しながら僕は山の急斜面に転がり落ちた。
受け身をとる余裕もなく暗い山肌を真っ逆さまである。

体を裂く枝や顔を擦る枯れ葉の感覚が絶え間なく伝わる。
痛さより自分が滑落したのに驚いていた矢先
眼前に夜でもはっきりと見て取れる大木が見えた。
不味い。ぶつかる―――−

「ぅああああああああああああああああああああああああああああ」
無意志に僕はあらん限りの声を絞り出していた。
「あああああああああああ、あ?」

あれ?おかしい。
目前の障害物に衝突していない。それどころか、転落が停まっている。
まさか、僕はもう死ん―――

「ふぅ、危ない所だったわね」

聞きなれた、ふわふわした声でパニック状態だった脳が落ち着きを取り戻す。
この声はスキュラ?
視線を向けると、大木に当たる寸前の僕を触手で受け止めている彼女の姿があった。






‐06‐



「鉄朗くんの馬鹿」
頬についた切り傷に薬を塗っていると、スキュラがむくれっ面で呟く。
彼女は向かい側のソファーに凭れかかりながら、絵の中と同じ黒暗色のドレスに身を包み
下半身の触手群を自由にさせている。

屋敷に戻って早々シャワーを浴びて怪我の程度を確認したが、幸いあの時スキュラが
助けてくれたおかげで軽傷だけで済んだ模様だ。

「ホントに酷い怪我してないの?」
「あぁ、右手の打撲と体のあちこちに切り傷があるくらいで大したこと無いよ」
「大した事あるよッ!?もぉー本当に馬鹿なんだから、なんで夜の山になんか行くのよ馬鹿」

もう何回となく馬鹿と詰られ続けているが、命を救われた手前言われるがままである。
だが、もうさすがに”とある疑問”について問い詰めないと限界である。精神衛生的にも彼女に是非納得のいく説明をしてほしい。

「あのさ・・・」
「なぁに鉄朗くん?」
「お前って、そんな立体的だった?」

「ふふん。君は私のプロポーションの良さにやっと今気付いたのね」
「違ッ・・・・・・・分かった、質問が悪かった。えーとお前」

いざ真正面から聞くとなると、何か核心に触れる様でしばし躊躇うが意を決して口にする。
「絵の外に・・・出れるのか?」

「うん。出れるみたい」

即答であった。微塵の迷いもなく、即答。
「いや、いやいや。なんでだよ、じゃなんで今まで出なかったんだよ?」

戸惑う僕の詰問にスキュラは”あ〜、その事か”といわんばかりの顔で手を叩いた。
「私もわかんない」

恥も外聞もなく威勢よく言いきる彼女。駄目だ、もうこれは有耶無耶になる流れだ。

「急に出れるようになったのよ」
「急にって・・・」
「神様だって7日で世界を作ったんだから、私だって3日で絵の中から出れるようになるわよ」
「どんな理屈だよ」

案の定、有耶無耶である。

僕は何度目かの溜息をつくと別の質問を投げかける。
「ところでお前、絵を出た後何処に・・・・・」

言葉の途中で、あるモノが鼻を衝く。
それは幼いころから現在に至るまで誰もが嗅ぐ独特の芳香だった。

「お前・・・地下室のワインセラーに居やがったな」
「あははは、はは・・・。分かっちゃった?」

柿洲家がまだ権威を持ち合わせていた頃から
名のあるワインが数多く貯蔵されている地下深くの酒蔵。
あの場所ならエントランスでの僕の呼び声が届かないのも納得がいく。
つまり、落胆する僕の足元で彼女は美酒に舌鼓していたのだ。

そして摘みでも欲しくなり上にあがって来たら僕の姿がなく、ドアが開けっ放しだから
探しに出て見れば滑落現場に出くわし今に至る。


「と、いったところか・・・」
「うん。そのとおりだよ。勝手に飲んじゃってごめんね」

悪びれもせず舌を出して謝罪する彼女に、怒る気力もなく目を瞑る。
「はぁ・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「鉄朗くん?」
「・・・もういいよ。いろいろあって今日は疲れた」
今は一刻も早く眠りたい。眠って頭の整理をしたい。

「あれれ?怒んないの?」
顔を覗き込んでくるスキュラに再度念を押す
「なんだかんだでお前に借りが出来たしな・・・」

「借り?」
「恩ってことだな」
「・・・・恩?・・・・鉄朗くんが私に?」
「ああ。甚だ不本意ながらな」
「・・・ふふふふ」

不敵に笑った彼女は此方を向き猫なで声を出す。

「ねぇ、鉄朗くん?私ご褒美がほしいなぁ」
「ご・・・褒美い?」
「うんうん♪」

そう言うや否や、スキュラが顔を近づけ触手を僕の足に絡めてくる。
「お前、思ったより悪酔いしてるな・・・」
「してないよぉ。その”恩”をここで返してもらうだけだよ?」

ソファーに座る僕の腰に跨る様に触手を乗せられ、やや身動きが取りずらい。
「むこうの世界にいるときは分かんなかったけど、こうしてると鉄朗くん暖かいね〜。
 ほっぺもすべすべだぁ」
「ちょ、何すんだ馬鹿」
「ん〜」

と、彼女が見計らったように僕の開いた口に自らの唇を重ねて来た。
「!?!?」

僕が逃げられない様に頭をがっちり両手で押さえて長い長いキスをする。
その間も触手はうねりながら寝巻の中に浸入する。
軟体動物特有の湿り気と吸盤が体にひっつくあの感覚が肌を刺激する。
「ぅあ・・・やめろっ!?」
「だいじょうぶ、鉄朗くんは楽にしてればいいから」

如何わしいビデオで聞くような台詞を耳にし顔が紅潮する。立ち上がろうと下半身に力を入れるが股の下のゾワリとした感触で体が硬直した。

「・・ッ」
「あれあれ?」

ズボンの裾から浸入した彼女の触手が太股を通り過ぎ、僕の陰茎に張り付いていた。
収縮を繰り返しながら、吸い付いては離れ、また吸いつく。
これが何なのか吟味するが如き動きである。
やがて狙いを定めた様に他の触手も数本その部位に集まって来た。

「ふ・・・く・・・」
「鉄朗くんどうしたの?ここ痛いの?ごめんねもっと優しくするね」

顔を心配そうに覗き込みながら、下半身の触手群の動きを変化させるスキュラ。
陰茎の側面に張り付いていた吸盤が徐々に鈴口に近づいていく。

「ッ・・・馬鹿駄目だ!?」
「わぁ、なんか汁が漏れて来たよ?」

これまで経験した事のない人外の愛撫に僕のモノからは先走り汁が溢れていた。
彼女はそれを触手の先で掬うとその蠱惑的な唇で舐めとった。

「ん・・・これ結構おいしいィ。ねぇ鉄朗くんもっと、もっとこのお汁出して・・・」
寝巻の中に入り込んだ幾本もの足が邪魔といわんばかりに僕の衣服をはぎ取り出した。
抵抗しようにも人体で最も弱い部分に断続的な攻撃?が加えられているため簡単に丸裸にされる。

「鉄朗くん、色白いねぇ。でもおいしそう。あむ・・・」
ぱくりと、露わになった僕の乳首に舌を這わせる彼女。
熱い口内からの吐息も混じり首元の毛が総毛立つ。
この姿勢だからだと彼女の着ているドレスの胸元が見えるが、自身でプロポーションの自慢をするだけの事はありかなりのグラマラスである。

「・・・君、おっぱいに視線が行き過ぎだぞ?」
「なッ、別に見てないし・・・・・・・ひぅあ!!?」
「嘘つくといじめちゃうよ〜。ほらほらぁ」

陰茎に巻き付いた触腕が、揉みしだくように一気に蠢きだし僕は女の様な声を漏らす。

「あはっ。今の声か〜わぁいい〜い」
「くぅ・・・お前ッ・・・・あ」

不意に白い迸りが勢いよく飛び彼女のドレスやテーブルに飛散した。
こんなはずじゃない。なんか色々こんなはずじゃない。僕は言葉もなく項垂れる。
「あ・・・えーと・・・わぁ、出ちゃったね」
「    」
「鉄朗くん?」
「    」
「えいっ」

!?
スキュラが僕の陰茎に噛みついた、こともあろうに射精直後の一番デリケートなタイミングで。

「いったぁああ!?」
「え〜?いたぁふないれひょ?だっれあまがみらよ?」
一物を咥え込んだまま眉根を寄せて抗議する彼女。なんと言っているか聞き取れない上に
吐息と口内の粘液が唇の動きと共に断続的な快感を与えて来るため抗議など聞いている余裕がない。

「んん?・・・おおきくなっれきた」

これで勃起しない奴がいるなら教えて欲しい。
年頃の肉感的な女が嬉しそうに自分の局部を咥え込んでいるのだ。
女性経験のない僕にはあまりに刺激が強過ぎる。例えそれが半分蛸の化物だとしても。

じゅぷぷぬちゃじゅっぽぬちゃぬちゅぐっぽぐじゅ

淫媚な音が僕の下半身から発せられている。
以前彼女の足達はまるで獲物を逃がさんとでもするかの如く巻きついて離れない。
「はぁ・・・う・・・はぁ、はぁ」
「息が荒くなってきたねぇ。きもちぃいんでしょ?ココからもまた美味しいお汁垂れて来たよ」

僕の快楽依存度を計るように一旦口を放し、上目遣いで顔を見上げてくるスキュラ。目がらんらんと輝いている。遅まきながらこの人外、パーソナルな部分で「どS」という項目がつくようだ。

「ねぇ鉄朗くん」
例の何かを懇願する顔で見詰めてくる彼女。

「ベッド行こっか♪」
「んなッ――――」

それは不味い。それだけは不味い。喰われる。性的な意味か食的な意味か分らないが
こうなった以上どちらも同じ意味合いに感じる。
僕はかつて立ち上がろうと試みたソファーに今度は逆にしがみつく。

「ってわぁああああ」
「さ、行こ行こ?」

あっさりと引っぺがされ、広間を後にするスキュラと僕。
彼女は体格は僕より小柄だと言うのに予想以上の力持ちだった。主に下半身の足達が。
そして成す術なく触手に絡み取られながら廊下を引き摺られていく様は完全なる主従逆転と言えた。

「さ、ついたよ?」

早々に寝室に辿り着き部屋に入るなり鍵を閉める彼女。ベッドの上に横たえられ縮こまる僕。
未だ寝起きをする住みなれたこの自室が今は牢屋の様に感じた。
「な、なぁスキュラ・・・一旦落ち着こう?」
「?私はすごぉく冷静だよ」

じり、じりとベッドの脇で間合いを測る。

「いや、お前酔ってるからッ普通じゃないから・・・ほらッ今自分が何してるかも分かってないだろ?」
「もー、ちゃんと分かってるよ?私はこれから鉄朗くんと交尾しようとしてるんだもん」

絶句した。
やばい。本気で喰われる。だって彼女の目が据わっている。
尻ごみする僕を前に自らのダークドレスの肩ひもに手を掛けるスキュラ。
そして躊躇する事なく一気に取り払うと、そこには室内灯がぼんやり照らしだす一糸纏わぬ姿の人外の雌が佇んでいた。

15、6歳程の幼さの残る少女の顔立ちに眠たげな瞳。
程良く肉のついた体には女性らしい丸みのラインが見て取れ
二つの大きな乳房は青白い血管が浮き出るほどたわわに実っていた。
腰から下の部位はやはりというか、文字通りの吸盤がびっしりついた蛸足が複数生えており、
均整のとれた上半身とは打って変わって生物的な生々しさとグロテスクさが際立った。しかしそれでも
彼女を一つの個体として見たならばどうだろうか?僕は彼女を―――――――


「・・・鉄朗くんは私が欲しくない?」

これまでの甘えた態度と間逆の、真摯な誘惑の声に喉を鳴らして生唾を飲み込む僕。

「私は鉄朗くんが欲しい・・・鉄朗くんのがほしいよ・・・?」

その時、自分の中で何かが弾ける音を聞いた。鎖が千切れる様な解放された金属音。
そう、僕はこの忌まわしき血に逆らうのを止めたのだ。

僕は彼女を『美しい』と決めた。本能のままに。








-07-

ベッドに腰かけた僕の股の間にしゃがみ込んだスキュラが
両の乳房で僕の陰茎を挟み込んでいる。
二つの柔肌が上下する度、亀頭が出ては隠れしている。

「う・・・で、そうなんだけど」
「まだ、だめ。ほら、こうしたらもっと滑りが良くなって気持ちいいよ?」

何を思ったのか、自分の両胸に触手を近づける。そして、その表面についた吸盤を胸の谷間に寄せたかと思うと でろり、と粘性のある透明な液体が吸盤から分泌され谷間に流れ落ちた。
やがて間に挟まれた一物を覆うと生温かさが竿全体を包んだ。

「動かすね」
「あぁ!?」

くちょぴちょねちょくちゅちゃねちゃくちゅりぴゅくちゅり

ぬるぬるになった陰茎を乳房で揉みしだかれる。
蕩ける様な快感に無意識に下半身が反応しだした。
「あは?膝が震えてるね・・・気持ちいいんだ」
「くっ・・・スキュラ・・・・もう、我慢できないって・・・っああ!?」

射精の瞬間乳房でしっかり押さえこまれ、白濁色の液体は彼女の胸の中に飛び出した。
完全に竿が根元まで肉房に埋まった状態での発射だった為、飛散しなかった精液が僅かに
彼女の胸の隙間から垂れ落ち、腹部を白く染める。

「やぁん、いっぱいでちゃったねぇ。まだ腰がぴくぴく動いてる・・・」
「はぁッ、はぁッ、はぁッ・・・ちょ、ちょっとタンマ」
「だぁ〜め〜。ほら見て?」

そう言って、陰茎を挟んだまま閉じていた両乳房を開き精子で汚れた双丘を露わにする。
白い糸を引きながらどろどろになった僕のモノが彼女の胸元を零れ落ちる。

肩で息をしながらその様子を見ていると、屈んだスキュラが二度の射精で萎びた竿に再度その肉丘を近づける。だが今度は先の突起、乳首を尿道口に這わせるように小刻みに動かしだしたのだ。

「ふぁ・・・うぉおお」
「あん・・私もこれ気持ちいい・・・」

亀頭より敏感な男の部位をマシュマロの突起がねちっこく愛撫する。
興奮によるものか、スキュラの顔にも赤みが差し吐息もより熱っぽいものに変化してきている。足に当たるであろう触腕たちは主である彼女が快楽を得ると
しなやかに伸縮しうねうねと蠢いている。

やがて彼女の献身的な行為で項垂れたままだった僕のモノは雁首をもたげ隆起していた。

「やっぱりまだ元気だね、鉄朗くんの」
「・・・こんなことされて感じねぇ奴いねぇよ・・・てか、勃ったんだから・・・ッ・・もうヤメロッ」

出ちまうだろうが、と声にならない言葉が消えた。彼女の唇で。
不意のキスで重なった唇から容赦なく伸びてきた舌が僕の口内に侵入する。
上顎をなぞり、捜す様な素振りをした後僕の舌にたどり着き悩ましく絡めあう彼女。

「ぷふぁ・・・・お前・・・やっぱり酒の味がするぞ」
「んん、そりゃあさっきまで浴びるみたいに飲んでたからね!」

はにかむ彼女の目を見つめ口を紡ぐ。それを察したのかゆっくりと立ち上がるスキュラ。

「ねぇ・・・今度は私、鉄朗くんの精液をココでいっぱい浴びたいな・・・・・」

幾本もの触腕の付け根に当たる中心部
彼女の生殖腔がひくつきながら僕の眼下に広げられた。
人間でいう膣のある部分にソレがついているというのが彼女を”交ざり者”足らしめている気がした。

無言でベッドに仰向けになる僕を、触手群が跨ぐ。
彼女は2本の足を器用に使い起立した陰茎を支えると愛液を滴らせた自らの秘所にあてがい、こすり付けるように穴の側面に這わせた。
「じゃぁ、いくね」

徐々に腰を沈めてくる彼女の動きに合わせて竿が飲み込まれていく。
ねちょり、といやらしい水音が響き根元までスキュラの膣内に収まりきった。
「ん・・・んん・・・あぁああん。えへへ。もうピクピクいってるよぉ〜?」
「ッ・・・・は・・・うぅ・・・」











言葉にならない、というか言葉にできない。
彼女の足に吸い付かれたときも相当に凄まじかったが、ここはその比じゃない。
触手が吸盤なら、膣内はヒダである。それもただのヒダではない。
まるで意思を持った糸こんにゃくが密集して僕の肉棒に吸い付いてくる、といった具合だ。
脈動する肉の襞が餌でも求めるがごとく付着し離さない。

「あッ!?駄目、まだ駄目だよう」
「・・・ッうぁ!」

射精間際の陰茎の痙攣を膣内部で感じた彼女が寸止めする要領で
竿の根元を締めるが、時すでに遅く3回目の精を撒き散らしていた。
腰が浮き上がるほど激しく出た白濁色の液体を蜜壷で受け止め文字通り吸い取っていく糸こんにゃくの群れ。
2,3度ポンプ運動を繰り返し精子の放出が止んだ偽しばしの余韻に浸ろうかという最中、彼女の襞はまだ足りないといわんばかりに締め付けてきた。

「もー、出しちゃうのが早いよぉ・・・・でもまだ、この中に美味しいおつゆのこってるよね?」

ふにゃけた陰茎の尿道内に残る一滴の精液すら搾りつくす吸引で僕自身の脳がとろける錯覚を覚える。果たして錯覚だろうか。局部を飲み込まれたまま行われる劇薬のような愛撫に、若さゆえの下半身が反応し硬さを取り戻していく。


「わぁ、今度は前よりもっと大きくなってきてる・・・私の子宮に下のお口がキスしてるもん」
艶のある吐息を漏らし、下腹部を貫く男の肉棒から与えられる快楽に恍惚とする彼女。

みちみち、みち、と肉壁を締め付けだした
スキュラが油断している隙を見計らって腰を突き上げる。

「んわぁ!?・・・て、つろうくん!?・・・やぁ・・・ぁん、それ駄目・・・ふぃん」
膣内の糸こんにゃくの壁面をえぐる突き上げで彼女の奥の奥まで掻き分ける。
今まで吸い取られ放題だった生殖口から大量の液体が漏れ出し僕の体やシーツを濡らす。
透明な液体が大半だが、その中に混じる白いゼリーのような粘体はきっと僕のモノだろう。お互いの愛液が交ざった汁が下腹部をべちょべちょにしピストン運動を助長する潤滑油となる。

「あぁあん、待って、待ってよッ私もっと愉しみたい、のに・・・やぁああん、イッちゃうぅう」
「へっへ。さっきの・・・仕返し、だ」

とは言ったものの実は一回突き上げるだけでこちらもいつ果ててもおかしくない状態だ。亀頭から海綿体にかけてねっとりしたヒダがこすり付いてくるのだから当然も当然だが。
しかし責められた途端この有様とは。実はどSの仮面を被ったMなのかも知れないなこの女。

「うぅ・・・やぁんッ、はぁッはぁッダメ、ダメ、あぁあああん」
「く・・・僕も限ッ界・・・・だ」

果てる瞬間、ざわめいていた彼女の触手群が僕の腰に吸い付き
数百の吸盤がどこかしこに口付けした。
同時に僕の陰茎も臨界点を突破し彼女の体内に4度目とは思えない迸りを吐き出していた。






乱れた呼吸もそのままに僕の胸に倒れこんできたスキュラは満足げに微笑んでいる。
僕は疲労で今にも途絶えそうな意識を必死で奮い起こし彼女に声をかける。

「うん。大丈夫。平気だよ?すっっごく気持ちよかった・・・・・・鉄朗くんは?」

同じような返答をするとスキュラはいっそう微笑み。僕の頬に軽いキスをする。

「それからね、実はもうひとつ鉄朗くんにお願いがあるんだ。私にねーーーーーーー」
彼女の語るささやかな願い。その願いを聞きながら僕は夢の世界に落ちた。







■■■■■■エピローグ■■■■■■


気だるい疲れを感じながら目を覚ます。
昨夜の貪りあう蜜事の反動で体の、主に下半身が筋肉痛になっているが
そんなものはさしたる問題ではない。
問題なのは部屋のほうである。あのあと眠気に任せて着替えもせずシーツも変えず寝たので性交の残り香がぷんぷんしている。

僕は隣で寝ているスキュラにかまわず窓を開ける。朝気をまとった冷たい風が吹き入れてくる。

「ん、んん?」
肌寒さに目を覚ます彼女に小さく声をかける。
「起きろ。朝だぞ」
「うぅん・・・まだ夜ですぅ」
「いや、ガンガンに日が射してるだろ?ったく」



「昨日のお前の”お願い”・・・考えてやったぞ」
「・・・?」

毛布から頭半分だして寝惚け顔の彼女に僕はしたり顔で呟く。

「『ミデン』でどうだ?」
「え?何が?」
「お前の名前だよ」
「え?私の名前?・・・・・・」

「ギリシャ語で”零”って意味なんだ。”ここから始まる”ってことでさ」
「ここから始まる・・・」

ただ只管に僕の言葉を反芻する彼女。気に入らなかったんだろうか。



「ううん。素敵・・・・ありがとう鉄朗くん。今日から私、ミデンだよ」

満面の笑みを浮かべる絵の女、いや『ミデン』。
駄々をこねて嫌がると思ったがこんな顔を見せられると
昔飼ってたインコと同じ名前だなんて今更口にできないな。

まぁインディ・ジョーンズも忠犬の名前を付けられたというし、いいか。





僕らは暖かい毛布の中で、お互いの体を手繰り寄せ火のような口付けを交わした。
12/05/30 17:23更新 / ピトフーイ

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