読切小説
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日常
休日の朝。
目の前にいる妻の簗莉(やなり)はなにやら嬉しそうだ。いや、正確には“そう見える”が正しいのか。

「簗莉さん、何か良いことありましたか?」

トーストとコーヒーというなんら特徴のない朝食を黙々と食べていた彼女は顔を上げる。

「何もない」

一言発し、また朝食へ。
勘違いだったか。はたまた、声をかけたことによってテンションを下げたのか。
僕、桜 灯喜(さくら とうき)には見当がつかなかった。これが人間の夫婦ならば多少推理のし甲斐もあるだろうが、目の前の妻は人間ではない。

「・・・」

黙っている妻はマンティスという魔物娘。
顔や手足、頭身はもとより乳房等は人間のそれだ。しかし、頭には触覚が存在し昆虫で言うところの腹が臀部から生えているなど異なる部分もある。
見た目としては、全体的に名前にある通り蟷螂の特徴を持つ。

そして何より、マンティス最大の特徴は感情の表現が乏しいということだ。結婚してから2年、交際を含めれば5年。
未だに何を考えているのか、また考えていないのか、読み取れないことは多々ある。
もちろん“営み”を始め全くの無感情というわけではないし日常生活に支障は出ない。

しかし、やはり惚れた相手のことはわかっていたいものである。

「・・・灯喜、どうかしたの?」

考え込んでいた僕に今度は簗莉さんから声がかかる。見るとすでに食事を終えていた。

「あっ、いえ、何でもないです。」

そうと言って食器を下げる妻。冷めてしまってコーヒーを啜りつつ、その後姿を見る。
まぁ、良いか。考えても仕方のないことだと諦め朝食へ戻った。


・・・・・・
・・・・
・・


「せっかくだしどこかへ出かけますか?」

僕は朝食を終えすぐに提案した。
特段生行きたいところがあったわけではないが家にいたいということも無かった。

「そうだね。」

返ってきたのは肯定のみ。もちろんどこに行きたいといった提案は無い。
僕ら二人からすればいつもの事だ。
行先は車の中で決めれば良い。

「とりあえず出かけますか。」

ここでいつもとは違うところが。

「遠いところに行こう。」

簗莉さんがリクエストを出してきた。
かなり珍しかったため少し動揺したが、もちろん反対する理由はない。

「そうですね、どこへ行きますか?」

具体名を訪ねる。
すると返ってきたのは遠くの山だった。

「良いですね、では準備をしましょうか。」

そういって僕らは動き出した。







快晴。
僕が運転し簗莉さんが助手席だ。目的地の山は家から約二時間の所にある。

「簗莉さん、山に登りたかったんですか?」

問いかけ。返事はすぐに返ってくる。

「いや。」

「そうですか。」

どうしてなんて理由は聞かない。意見を出さなかった者に文句を言う権利はない。
もちろん文句なんてこれっぽっちもないが。

赤信号で止まる。ふっと横にいる妻の顔を見る。
無表情。確かに無なんだがやはり僕には“嬉”が感じられた。

「簗莉さん、やっぱり何か嬉しいことありましたか?」

「・・・別にない」

少し間があったが、本人が言うなら間違いないか。

「灯喜には私が嬉しそうに見えてるの?」

前を向いたまま簗莉さんから問われる。
信号が青に変わり発進する。

「そうですね。明確になにかがあると言う訳ではないですが。こう・・・ウキウキしてるというか?」

何度も言うが、傍から見れば簗莉さんに変化はない。妄言となるだろう。僕自身根拠を持ってないのだから。

「そう」

また静かになる妻。うーん、やはり読めない。怒ってしまったのだろうか。それは無いか。
そこで視線を感じる。

「どうかしましたか?」

声をかけると見られている感じは無くなる。

「別に何もない。」

・・・・・・
・・・・
・・

ほとんど雲のない空で太陽が頂点に来ている。

「簗莉さん、そろそろお昼にしますか?」

隣の妻に問いかける。
しかし返事はない。隣に意識を向けると静かな寝息が聞こえる。
まぁ僕はお腹空いてないし、良いか。
長い一本道を進んでいく。

「そういえば、付き合っていたころにも同じようなことがあったような」


―――☆―――


初夏。
実家近くの公園で簗莉さんと会うことになっていた。
僕は待ち合わせの10分前についたが彼女は既にいた。

「お待たせしました」

座っているベンチの方へと向かう。

「待ってない」

いつものそっけない態度だ。この頃はまだ慣れていなかったが。
簗莉さんは自分の隣をポンポンと叩き座ることを要求してくる。言われたとおりに行動する。
すると顔は合わせないが僕の手に自身の手を添えてくる。

「少し暑いですね。」

照れ隠しも含め同意を求める。

「そうでもない。」

さらりと流される。彼女に動く様子がない為、前を向いておく。
しばしの静寂。
ゆったり時が流れるのを感じていると、ふっと肩に何かが乗る。簗莉さんの頭だ。
寝てしまったのだろう。特段困ることも無いし、重いわけでもないからそのままにしておいた。

何も、本当に何もしていない時間だったがここが僕の居場所なんだと感じる。


―――☆―――

魔物娘らしく夜は激しいし、愛しあってはいる。そこに間違いはないが日常から簗莉さんが満足できているかは自信がない。
やりたいことも無く、特に目標を立てることも無くこれまで生きてきた。
簗莉さんのことは愛しているし幸せにしたいとも思っている、しかし、イマイチ行動に移せていない。

これで良いのだろうか。

「んっ・・・」

そこで簗莉さんが起きた。

「ごめん、運転任せきりだった。・・・疲れてない?」

「いえ、好きでやってることですから。簗莉さんもまだ寝てていいですよ。」

本心だ。僕が運転するだけで妻が心地よい時間を過ごせるなら本望である。

「あっ、でもそろそろお昼にしますか?どこかによって・・・」

“クスクス”

笑い声。簗莉さんの笑い声。
元々表情の変化が少ないマンティス、微笑むことはあっても声を聴くことは稀。

僕は驚き、訪ねる。

「僕何か可笑しなこと言いましたか・・・?」

既に笑みは消えているが雰囲気は依然和やかだ。

「そんなことない。ただ、前にも同じようなことがあった。・・・覚えてる?」

恐らく、僕と同じことを思い出したのだろうか。肯定する。

「私の幸せ」

ん?なんですか?

「私の幸せ。何をする訳でもない、今日だって別に目的地はどこでも良かった。」

・・・

「今日は灯喜とドライブしたかった。でも重要なことは私たち二人であるということ。」

そうか。
僕は間違っていた。簗莉さんはずっと機嫌が良かったんだ。ただ、僕と一緒であることが理由であることは分からなかった。

「灯喜は楽しい?」

もちろんです。

僕だけでなく妻も喜んでいた。素直に嬉しい。

「僕だって何もなくても、何をしてなくても簗莉さんがいればそれで充分です。」

「そう」

短い返事。
そして再び沈黙。

しかし僕にはもう焦りは無かった。これから目的地へ向かうがもうそれ自体どうでもいいことだ。別につかなくても良いし、おそらく登山もしないだろう。

僕はこの時間を、二人の時間を大切にして行きたい。

―――☆―――

「んっ・・・。ごめん、寝てた。」

公園のベンチ。起きた彼女に自分の思いをそのまま告げる。

「いえ、別に謝ることは無いです。だって・・・僕は幸せですから」
17/06/27 02:08更新 / J DER

■作者メッセージ
マンティスで書いてくれと知人から言われ絞り出したものです。
快晴のとある日にバスの中で思いついたお話です。

ここまで読んでくださった方々本当にありがとうございました。
お時間使わせて申し訳ありませんでした。次も頑張ってあげます。

また宜しければ、以前の物もお読み頂けると幸いです。

では最後に皆様の余暇のお供になれることを願いましてー。

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