連載小説
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傀儡の宇宙恐竜 悪質なる遊戯者
 “暗黒海域”――そう呼ばれる海がアイギアルムの街の遥か南方4000kmほどにある。
 位置的には南極圏に属し、そのせいで気温・水温共に寒冷で、周囲には島もほとんど無い。多くの海氷が浮いているため船舶も航行がしづらい上、冬季には海面が凍りつき、辺り一帯は氷で覆われる事となる。
 しかし、この海域がその名で呼ばれるのは海面凍結のせいではない。
 この海域は“白夜”が到来する夏でも何故か辺り一面闇に包まれており、まるで上空で何かに遮られているかのように太陽の光が一切注がれないのである。そんな不可思議な現象が起きる故に“暗黒海域”と呼ばれており、海に棲む魔物娘達はこの海域には気味悪がって近づかない。
 そして面白い事に、この現象はここ四百年の間で報告されるようになり、それ以前には観測されなかったという。
 何故この現象が起きるようになったのかを知る者は誰もおらず、厳しい気候のせいで人跡未踏の海域故に調査がなされないので、原因は解明されていない。
 その特異な現象はいつしか巷で色々な噂を生み、人々の想像を掻き立てた。それらには『主神の悪戯』や『上空に信じられないほど大きいケセランパサランがいる』という笑い話や、『空に巨大な城が浮かんでいる』というロマン溢れるものもある。
 その熱は今も衰えておらず、未だに多くの人々が自分の想像を語るのだという。





 ――――そして、それらの空想があながち的外れでない事を当事者達は知る由もない。
 この海に注ぐ陽の光を遮り続けた“物体”は、確かに存在したのである。暗黒海域の上空約10000m、対流圏上層――そこには確かに“島”が浮かんでいた。
 素人の考えも時に馬鹿には出来ぬというが、これはまさにその好例といっていいだろう。人々の勝手な想像を主神が気まぐれに叶えてやったかのように、それは空高く浮かび続けている。
 島の大きさは直径250kmほどとかなり大きく、地表には草木が生え、河川湖沼があり、小さな山が何ヶ所かあったりするのは地上と何ら変わらない。
 中央部には古風だが極めて豪奢な王城がそびえ立っており、まさに幻想、物語の中の世界と言えた。





『オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛……ン』

 しかし、そんな幻想的な光景にもかかわらず、それに似つかわしくない音が王城からひっきりなしに響き渡っていた。

『オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛……ン』

 『悪鬼の慟哭』、『地獄の底からの呼び声』――そう形容すべき悲しくも恐ろしい調べはひたすらに鳴り響く。誰かがこの世界に踏み込むのを警告するかのように――





 本来、主が鎮座する玉座の間。しかし、そこに主の姿は無い。

『うるさいですねぇ。軋むだけでこれほど耳障りとは……これではおちおち眠れませんよ』
『まぁ落ち着け、メフィラスよ』

 もっとも、主はいないが従者達はいた。
 玉座の間を苛立ちながら往復している、漆黒のローブを纏う魔術師風の男“メフィラス”と、玉座のすぐ左下に控えている鎧の騎士“グローザム”である。ゼットンはこの男に攫われたのだった。

『結局、鎧は“中身”付きで戻って来ましたが、適性ありとはいえ、中身があれで大丈夫でしょうかねぇ?』

 玉座の間の入り口のすぐ隣には地下へ続く階段があり、そこから怪音が鳴り続けている。メフィラスはそこを鬱陶しそうに見やり、溜息をついた。

『実力があれば適性があるというわけではない。勇者では体に宿る主神の力が反発して、ショック死してしまうのは多数の実験の結果分かった事だ。
 どんなに才能があっても、勇者である時点で駄目なのだ』
『確かにその通りなのですが……しかし不安なのですよ。彼はあの村に住み続けていたおかげで邪気を浴び続け、確かに鎧の力には耐えられます。
 しかし、才能が無いとまでは言いませんが、その点では少々物足りないですからねぇ……』
『勇者に比べて劣るのは仕方あるまい。あの村の出身者で若い男は少ないのだし、何より居場所が明らかになっているのは奴だけだった。
 老人や女子供では使えん以上、良いタイミングでくっついてきたあの男を使うのが一番手っ取り早いだろう』
『それは確かに。まぁ、その身をもって罪を贖ってもらう形になるわけです』

 ゼットンの発掘した“鎧”――彼等の会話からは、その所有権がまるで自分達の手にあるかのようであった。
 死蔵されていたと思われていた鎧だが、まさか関係者が今更出てくるとは誰も思わないであろう。

『もうすぐ皆既日食の時期である以上、復活の儀式も、そして奴等への復讐も間近ですが……欲を言うなら彼にもう少し才能があると嬉しかったですねぇ……』
『仕方あるまい。先程言ったように適性と才能は別問題だからな。全くの凡人でなかっただけ幸いだろう』
『“ゼットン君”……でしたっけ? 期待するしかないんでしょうねぇ……』
『そんなに不満なら鍛えてやればどうだ? まだ時間はあろう』
『そうですねぇ……儀式までまだ時間がありますし、もう少し体に馴らしてやりますか』

 メフィラスはそう言うと、地下室に続く階段へ向かい、そのまま地下室まで降りて行った。










 一方その頃、ゼットンが行方知れずという事でアイギアルムの街はちょっとした騒ぎになっていた。
 ゼットンは一応資産家の婿という扱いになっていた上、嫁は魔王軍の個人戦のエリート“ディーヴァ”である。そんな男が忽然と姿を消してもう二週間になるため、事件にならないはずがなかった。
 彼は初めこそ家出をしていなくなったものの、浮気相手の家にいたのはせいぜい三日。そして一週間前に街の教会を訪れ、預っていた物を取りに来たのを最後に行方知れずとなった。
 家出から時間が経ち、さすがに心配したクレアが彼の浮気相手を訪ね歩いたのをきっかけに事件の可能性が浮上し、不審者の目撃証言も出たので、ついに街の守備隊が調査に動いたのである。
 しかし、不審者とゼットンが対峙していたという証言と血痕以外には証拠は見つからず、その生死も不明であった。
 そして今日、一向に進まない調査に業を煮やした守備隊からの要請を受け、街にあるサバト支部から魔女が一人派遣されてきたのである。
 ところが、彼女はメンバーの中でも探査魔術や卜占に長けているという触れ込みだったが、彼女がクレアの屋敷で水晶球を見つめても、本来はあっさり見つかるはずの被害者の居場所が一向に出てこない。この様子を見たクレアは苛立ちが頂点に達しつつあった。

「まだゼットンは見つからないの!? アンタ達は真面目に探してるの!? ねぇ!?」
「も、申し訳ありません、奥様! 全く痕跡が掴めないんですぅっ!」

 苛立ったクレアが魔女に掴みかかる。傍に控えていたエリカとリリーがそれを慌てて引き剥がし、クレアを押さえつけた。

「奥様、落ち着いて下さいませ!」
「落ち着いて下さいニャ!」

 しかし、クレアは腕を振って二人を押しのけると、その怒りの矛先を二人に向けた。

「そもそもアンタ達がゼットンが変な物に興味を示してたのに止めないから……っ!」
「「ひぃ!」」

 ゆらりと立ち上がったクレアの目は怒りと殺意に満ちており、それを見た二人は悲鳴を上げ、恐怖で後ずさってしまった。

「ねぇ……責任取れるの?」

 ダイヤモンドと同じ硬度の爪を打ち合わせ、金属音を鳴らしながらクレアは怯える二人にゆっくり近づいていく。そして二人の首に腕を回して喉元に爪を当て、耳元で囁いた。

「責任、取れるの?」
「ひ、ひっ、わわわたしは」
「ニャニャニャニャ……!」

 魔物娘は男性に肉体的な危害は加えないが、魔物娘同士に関してはそれに限らない。
 ましてや今まで夫と交わっていたのを慈悲深く見逃してやった分、裏切られたという思いさえあり、クレアはそれが憎しみに変わりつつあった。

「ねぇ……」
「やめいクレア。弱い者いじめは、ディーヴァの称号に泥を塗るだけぞ」
「あん?」

 いつの間にかバフォメットが一人、ドアを開けて屋敷に入ってきていた。振り返ったクレアが一体誰だと見やったが、途端に目を丸くしたのだった。

「ケイト…」
「ともかく放してやれ。話はそれからじゃよ」

 彼女はケイト・レイモン。“死霊兵団長”の異名を持ち、クレアと同じくディーヴァである。
 異名の由来は、自分のサバトとは別にスケルトンとゴースト五十体ずつ、計百体で構成された“死霊兵団”を率いている事による。
 ケイトはクレアのすぐ傍まで近づくと、宥めるかのように右肩にモフモフとした手を置いた。それによってかクレアも幾分気が抜けたらしく、二人の首から大人しく手を放したのだった。

「落ち着いたかの?」
「しらけちゃったよ」

 バツが悪そうに呟くクレアを見たケイトは、満足そうに呵々と笑った。

「さすがに余計な手間を増やしたくないでな」
「それで、何の用?」

 クレアがぶっきらぼうに訪問の理由を問うが、ケイトは途端に神妙な面持ちになった。

「お主の旦那を攫った奴なんじゃがのー、聞き覚えがあるんじゃよ」
「本当!?」

 居ても立ってもいられず、クレアはケイトに飛びついた。

「待て待て、慌てるでない」

 ケイトはクレアを引き剥がすと、「立ち話もなんじゃのう」と勝手に居間に向かい、クレア達も呆れつつそちらへ向かった。
 それから五人はソファに座ったが、ケイトはメイド達に紅茶を要求し、エリカは渋々台所から紅茶を持って来た。皆が呆れつつ見守る中それを啜り、ケイトは本題を話し始める。

「わしも事件の事を聞いて興味を持ってのー、ついさっきそこの魔女っ子と同じく水晶球で見てみたのじゃ。ディーヴァの旦那に手を出すなど、知ってりゃ恐ろしくて出来んからのぅ。
 …ほれ、ちょっとそれをよこすんじゃ」
「は、はい」

 そう言ってケイトは魔女の水晶球を引ったくり、テーブルの上に置いた。そして手をかざして魔力を注ぎ、ゼットンが攫われた時の光景を映し出した。

『今時の奴等がこの剣の事を知らないのは当然だ。今現在この地上において、この剣の使い手は俺しかおらん』
『フン。墓守の分際で、このグローザム様に逆らうとはな』

 そして、誘拐者が自分の名を名乗る場面まで再生したところで、ケイトはそこで停止させた。

「聞いたじゃろ? こやつは自分の名を“グローザム”と名乗り、魔導激光剣(マジック・ビーム・ソード)を使っている」
「知り合いなの?」

 クレアの問いかけに対し、ケイトは首を横に振った。

「わしも会った事は無いが、世界史に載るほどの人物じゃよ。確か、四百五十年ほど前の人物じゃったか…」

 ケイトの呟いた内容を聞き、他の四人は怪訝そうな顔をしている。魔女でさえ、半信半疑といった面持ちであった。

「まぁ、そんなしけた面をせず聞くが良い。今から五百年ほど前じゃったか、『エンペラ帝国』という物凄いデカい国があったんじゃ。
 その時はまだ先代の魔王陛下の御代でのぉ、まだ魔物が普通に人を喰らっておってな。魔物に対する恨みの深さは現在の比ではなかったそうじゃ。ま、教団の奴等に恨まれとるのは今も変わらんがの。
 …話がちとそれたの。その国の皇帝は“武力による世界征服”という馬鹿げた野望を掲げておったんじゃ。
 普通に考えれば、子供の夢というか狂人の妄言じゃが、恐ろしいのは其奴がそれを実現しかけた事じゃ。最盛期には地上の七割を支配し、先代率いる地上侵攻軍を度々撃退していたというから、狂人にせよ高い実力を持っていたのは確かなようじゃな。
 で、皇帝に仕える七人の大将達がおってな、皆武勇なり魔力なりで勇名を馳せていたんじゃ。
 そして、その七人の内の一人で強力な氷魔法を操り、同時にMBSの達人として知られていたのが“五千人斬りのグローザム”なのじゃい。
 ……で、わしの知っているグローザムは其奴だけじゃ。そして奇妙な事に、冷気を操り、MBSを使っているという点も共通しておる。
 偶然にしては出来過ぎておるのう」
「「「「………………」」」」

 ケイトの言うことは、にわかには信じ難かった。エンペラ帝国はとうの昔に滅びており、何故その時の将軍が彼に襲いかかるというのか。
 いくらなんでも、与太話にも程があるというものだ。

「エリカさんにリリーさんだったかのう?」
「は、はい」
「はいニャ」

 ケイトに名を呼ばれ、二人は慌てて返事をした。

「この前、ゼットン君と一緒にトレジャーハンティングに行ったそうじゃのう」

 二人は無言で頷いた。

「どんな宝を取りに行ったのかの?」
「“鎧と槍”です。もちろん、ただの装備ではありません。御主人様が教えて下さった話によると、そのエンペラ帝国の皇帝が愛用した物だとか…」

 そこから今現在の状況にまで繋がるわけである。

「成程。どんな物じゃった?」
「ドス黒い色が特徴的な鎧と槍です。私の見る限り、見た目だけでなく秘める力もまた恐ろしい代物でした」

 エリカの発言を聞いたケイトは頷いたが、あまり愉快そうな顔ではなかった。

「ゼットン君は何故それを欲しがったのかのう?」
「御主人様はよく奥様と組手を行なっておりましたが、一度も勝てた事がありませんでした。御主人様はそれを恥じておられまして、一度でもいいから勝ってみたいと常々考えておられました。
 しかし肉体面・技術面共に成長の限界を感じられたようで、それならば他の手段に頼るしかないとお考えになられたからかと……」
「そりゃ不憫じゃのう。嫁がバケモノだと夫も苦労するわいな」
「ケッ!」

 ケイトはクレアをからかうように呵々と笑ったが、それを見たクレアは鼻を鳴らしてそっぽを向いてしまった。

「グローザムに皇帝の鎧か。どちらもエンペラ絡みなのが気になるのう」

 しかし、今分かるのはそこまでである。

「奴が誰にせよ、あの場でゼットン君が攫われたのは鎧の在処を吐かせる気だったからじゃ。
 …まぁ、あの場で大人しく喋っておれば殺されておっただろうがの。そこは不幸中の幸いと言うべきか。
 残念ながら居場所は結局分からなかったが、生きておる事は分かった。あの類の魔術は対象が存在しなければそういう反応を示すからのう。
 そういう反応を示さなかったという以上、生きてはおるんじゃ。何で生かしておるかまでは分からんがの」

 それは皆既に分かっている事である。もし死んでいれば、クレアはさらに取り乱しているだろうし、メイド達も嘆き悲しむだろう。

「で、結局居場所は分かったの?」
「まるで分からん。占いでも引っかからんのではお手上げじゃ」

 クレアの問いかけに対し、ケイトは諦めたかのように両手を上げ、首を横に振った。

「アンタ結局何しに来たのよ!」

 激昂したクレアがケイトの胸座を掴んで絞め上げるのを三人は慌てて止め、クレアを引き剥がしたのだった。










 メフィラスは浮遊島を降り、とある街の入り口から少し離れた所へやって来ていた。そして、彼の傍らには巨体の騎士が控えており、置物のように突っ立っている。

『綺麗な街ですねぇ』
『………………』

 以前は教団圏であったが、近年魔物によって攻め落とされた“商業都市ゾーリンデン”。
 かつての名残で街は高くて分厚い城壁に囲まれており、それなりの規模の都市なので人の出入りも多く、それに伴って魔物娘も多く暮らしている。それだけ街の防備も固く、それなりの軍事力を持っている。

『君の住んでいた街からは国を五つほど隔てた先の土地なんですよ、ここは。それについて何か感想はありますかね、ゼットン君?』
『………………』

 騎士が身に纏うは、かの“エンペラの鎧”、左肩に担ぐのも黒い“双刃槍”であり、頭には黒いヴァイキング風ヘルムを被っている。
 しかし、彼が攫われたはずのゼットンであるのは間違いない。顔の上半分は面当てで覆われているので顔は分からないが、その口元から彼だと分かるからだ。
 何故彼がメフィラスに従っているかは定かでない。しかし、彼の雰囲気は虚ろで、意識がここに無いかのようだった。
 普段は口やかましい彼だが、口は開くことを忘れたかのように閉じられたままである。

『ほう、面白そうな街ですか。しかし残念ながら観光目的で来たわけではないのです。申し訳ありませんが、我慢して下さい』
『………………』

 喋っていないにもかかわらず、メフィラスはゼットンの意思を読み取ったのか。そして彼の感想を代弁し、あまつさえ彼をたしなめてしまった。

「お話中のところ失礼する」
『おや?』

 メフィラスが一人で喋っていたところへ、いつの間にやら五人の魔物娘達に囲まれていた。
 ややツリ気味の目、鰭のような耳、蛇のような尻尾、鋭く大きな爪の付いた三本指の足から彼女等がリザードマン、そして金のかかってそうな装備から街の正規軍だろう。

「邪悪な気配を感じ取ったので急行してみれば怪しい奴。一緒に来てもらおう!」
『嫌だと言ったら?』
「力ずくだ!」

 メフィラス達を威圧するかのように、リザードマン達は剣の柄に手をかけた。

『連れて行かれるのは嫌ですしねぇ……ゼットン君、ここは頼みますよ』

 そう言って、メフィラスはそそくさと逃げようとした。しかし、彼女等がそれを見過ごすはずもなく、魔界銀製の鋒がメフィラスを貫いたのだった。

「!?」
「いない!?」

 しかし、リザードマンの一人が鋒に刺さったはずのメフィラスがいない事に気づく。
 皆辺りを見回すが、やがて少し離れた先でメフィラスがこちらに向けて右手を振っているのに気づいたのだった。

「い、いつの間に!?」
『オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛……ン』
「「「「「!?」」」」」

 そして、挑発的な態度を見せる魔術師風の男とは対照的に囲まれても微動だにしなかった騎士が、鎧の各部を軋ませて音を鳴らしながら双刃槍を構えた。

「……見かけは立派だが、腕はどうかな?」

 彼女等の見立てでは、この鎧の騎士は典型的なパワーファイターに見えた。そして鎧の重量は恐らく数十kgにも及ぶであろうから、転ばせて取り押さえれば簡単に勝利を収める事が出来ると考えたのだ。
 それにいくら怪力であろうと、人間の範疇ではたかが知れている。
 オーガやミノタウロス、グリズリーなどの馬鹿げた膂力から見れば、どんなに力自慢の大男でも細腕に見えるものだ。

「はぁっ!」

 一人がゼットンに斬りかかった。振り下ろされた鋒は鎧の胸に当たり、甲高い音と共に弾き返された。

「斬れない!?」
「くっ!」

 もう一人も右肘の関節部目がけて突きを放ったが、彼が若干体を動かしたせいで籠手に当たってしまい、同様に弾き返された。

(硬いな…)

 魔界鉄製故、彼女等の剣は肉体を傷つける事は無い。しかし、それ以外は別だ。
 サイクロプスの鍛え上げた剣はフルプレートアーマーですら、やすやすと斬り裂く事が出来るのだ。だが、目の前の男の鎧にはかすり傷一つ無い。

「「「「「………………」」」」」

 突きを避ける時以外、男は武器を構えたままの棒立ちを続けている。こちらから仕掛けているが、向こうは反撃してこない以上、敵意は無いように見えた。
 しかし、あのローブの人物から発せられる魔力には皆本能的な嫌悪感を覚えた。かつての旧時代の魔物とも違う、底知れぬほど暗く、邪悪で、禍々しい…そんな印象を受けるものだったのだ。
 それ以外は平凡で、目深に被った黒いフードにより顔も影になってしまい分からない。だが、その危険性は今まで出会った誰よりも高いと、彼女等の本能は告げていた。

「……そいつはいい。あの黒いローブの男からだ!」

 反撃してこない以上、リーダー格のリザードマンはゼットンに危険性は無いと判断し、ひとまず放ってメフィラスの方を追いかけることにした。

「待て!」
『ふむ、ゼットン君も意外に強情ですねぇ。まだ反抗出来るとは』

 そう唸って歩き始めたメフィラスをリザードマン達が追いかけるが、何故かいくら走っても彼に追いつくことが出来なかった。
 悠然と歩くメフィラスを彼女等は必死に走って追いかけるが、いくら走ってもその距離は一向に縮まらない。

「な…何だ、幻術か!?」

 おかしい事に気づいた一人が後ろを振り返るが、すぐ後ろには街の入り口、そして棒立ちするゼットンが見えた。
 あれ程の距離を走ったにもかかわらず、彼女等はその場から動いていなかったのだ。

「やはりそうだ!」
「し、しかしどうやって…」

 彼女等は剣術の腕はあるのだが、魔術に関してはからきしである。ましてや幻術の解き方など誰も分からない。

『もうお終いですか? もう少し足掻いて欲しいものですがねぇ』

 いつの間にか、メフィラスは彼女等のすぐ目の前に現れていた。相変わらず目深に被ったフードのせいで表情は分からないが、嘲り、弄ぶような不愉快極まりない態度であるのが分かる。

『ゲームはまだ始まったばかりですよ』
「な…ナメるなぁぁぁぁっ!!」

 激昂した一人がメフィラス目がけて剣を横に薙ぎ払ったが、当たった瞬間にメフィラスは煙のように掻き消えてしまった。

『ふむ、これでは私の勝ちのようですねぇ』

 掻き消えてしまったメフィラスの低い声が辺りに響き渡る。

『追いかけっこは私の勝ちですが、皆さんは納得しておられないようだ。そこで、次のゲームを用意しました』
『オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛……ン』
「!」

 メフィラスのアナウンスが終わると共に、ゼットンが鎧を軋ませ怪音を鳴らしながら、ぎこちない調子でこちらに歩いてきた。

『君達にはこのゼットン君と闘ってもらいます。彼は修行中の身でしてね、君達には対戦相手となってもらいますよ。
 君達が勝てばこの幻術から君達を解放し、我々は大人しくこの場から去りましょう』
「上等だ! 隊長の私が直々に闘い方を教えてやる!」

 リーダー格のリザードマンが改めて剣を構え、ゼットンに斬りかかった。ゼットンはそれを槍の柄で受け止め、押しのけた。

「りぁ!」
『……!』

 押しのけられた事で体勢が崩れたが、彼女は地面に手を突いてそのまま倒立気味に足を上げ、彼の下顎目がけて蹴りをいれる。
 剥き出しの顎に強烈な攻撃を加えられた事でゼットンは脳震盪を起こしかけ、地に膝を突いてしまった。

「フン、他愛もない! 大層な鎧を身に纏おうと、それで動きが制限されては意味が無いではないか! これを教訓に基礎からやり直すんだな!」

 あっさり勝利を収めた隊長を見て、他の四人は歓声を上げた。

『第一ラウンドはあなたの勝ちのようですね。御褒美として、あなたには五分間のインターバルを与えましょう』
「そんな物は必要ない! どうみてもK.O.で私の勝ちだろう!」
『おやおや、何を申される。どちらかが死ぬまでゲームは終わりませんよ?』

 ゲームの主催者はメフィラスである以上、ルールを決めるのもまたメフィラスであった。
 幻術によって彼女等は牢獄に囚われており、術者である彼が生殺与奪の権利を持つ以上、五人は彼に従うしかないのだ。

『それと御礼を申し上げましょう。あなたの一撃のおかげでゼットン君の精神が少し緩みましてね、これでより簡単に彼を操る事が出来ます』
「な!?」

 隊長が驚くのも束の間、ゼットンの目に赤い光が灯った。さらには全身から黒煙のような障気が噴き出し、辺りに漂い始めた。

『オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛……ン』
「……それが本気か? いいだろう、来い!」

 ゼットンは無言で双刃槍を振り回してきたが、隊長はそれを剣で打ち落とし、返す刃を彼の首元へ叩きつけた。しかし隙だらけだった先程と違い、全く怯むことなく左掌を彼女の右脇腹に食らわせる。

「っ!」

 体を反らしていたため、ダメージは軽い。しかし、彼女は本能的に危険を感じ取り、一寸でも多く間合いを離すために彼の左腕を蹴り、跳んだ。

『オ゛オ゛!!』
「ぐあっ!!」

 それから少しズレたタイミングでゼットンの左掌から強力な衝撃波が放たれ、それを食らった彼女は20m以上も吹き飛ばされた。
 地面に叩きつけられた彼女はすぐさま起き上がったものの、全身に少なくないダメージを受けており、呼吸も乱れていた。

(あ、危なかった…! 離れてなければ…!)

 距離を少し離せたから良かったものの、間近で受けていれば全身を砕かれていただろう。

『むぅ…まだ手加減していますねぇ。オリジナルと比べれば威力は二百分の一も出ているかどうか……』
(じょ…冗談じゃない!)

 弱めていてさえあの威力、全力ならば跡形も残るまい。隊長はそれを考えて戦慄し、より慎重さを増した。

(だが、どうすればいい…!?)

 攻めなければ自分も、仲間の命も失うだろう。しかし、彼の命を奪うのも嫌だった。
 あのローブの男の言葉からして、この鎧の騎士は嫌々闘っていると思われたからである。彼もまたあの男の呪縛へ必死に抵抗しており、苦しんでいるに違いないのだ。

「やるしかないか…!」

 肋骨の痛みに耐えながら隊長は一気に間合いを詰め、そのまま二人は剣と槍で何十合も打ち合った。
 しかし、どちらも業物とはいえ格段の差があり、打ち合う度にこちらの刃が欠け、切れ味が鈍っていく。
 だが、剣がただの鉄板に変わろうかという瀬戸際でついに彼の兜を跳ね上げ、あらわになった頭頂部に一撃を叩きこんだ。その衝撃で彼はよろけ、数歩後退した。

「やった………………う!?」

 しかし、切れ味が鈍ったとはいえ魔界鉄製の武器である。精が流れ出てそのまま彼を無力化するかと思われたが、それは一向に起きなかった。

『努力は認めますが残念でしたね。ゼットン君の体を覆う障気には精の流出を防ぐ効果があるのですよ』

 得意気なメフィラスの声が辺りに響き渡る。それを聞いた隊長も隊員達もひどく悔しそうに歯噛みしたが、突如頭を抱えて苦しみだしたゼットンを見て、表情を変えたのだった。

『む、何だ!? 頭への一撃で洗脳に影響が出たか!?』
「ぐぅう…! ああああ…!」
「おい!」

 メフィラスが若干狼狽したのを悟り、隊長はすかさずゼットンの元へ駆け寄った。

「私の声が聞こえるか!? 負けるんじゃない! あんな奴の操り人形にまたお前はなりたいのか!?」
「い…嫌だ…!」
「そうだろう! お前と闘っていて分かった!
 お前はインキュバスで、そして愛している女がいるだろうという事に! 女はお前の帰りを待っているはずだ!」
「く…クレアが…」
「そうだ!――――ぐわああぁぁっ!!!!」

 彼女等には後悔する時間すら与えられなかった。晴天にもかかわらず天上から降り注いだ極大の雷が五人に直撃し、一瞬で跡形も無く蒸発させてしまったのである。
 さらにはその余波を受けてゼットンも感電し、吹き飛ばされてしまった。

『名残惜しいですが、ゲームはここで終了としましょう。よく頑張りましたね、あなた達には敢闘賞をあげてもいいぐらいです』

 まことに卑劣な事に、都合が悪くなったのでメフィラスはゲームを強制終了させた。そしてゲームの参加料として、彼女等の“命”を徴収したのである。
 初めからメフィラスは彼女等とまともな勝負をする気は無かったのだ。





 メフィラスは幻術を解き、彼の前にそびえるゾーリンデンを見据えた。

「ま、行き掛けの駄賃です。掃除しておきますか」

 メフィラスがそう呟くと共に空から無数の雷撃が街に降り注いだ。
 突如降り注いだ雷撃に住民達は断末魔を次々にあげていくが、それも雷鳴に掻き消されてしまう。
 
「……」

 平和な一日から一転、地獄絵図となった街をメフィラスは満足気に眺めている。
 やがて雷撃が止んだが、その時にはもう、街は住人も建物も皆、この世から消え去ってしまっていた。城壁は大量の砂に変わり、街にはついさっきまで人が住んでいたという痕跡すら無くなっていたのだ。
 街はほぼ更地となり、吹く風が城壁だった砂を吹き飛ばし始めている。

『当初の目的は果たせませんでしたねぇ。まぁ、そこそこのショーを見れたので良しとしますか』

 メフィラスは焼けたゼットンを抱えると、そのまま姿を掻き消したのだった。
14/12/28 21:35更新 / フルメタル・ミサイル
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■作者メッセージ
備考:エンペラ帝国

 かつて世界の七割を支配していたという、史上最大の国家。教団圏国家の多数を支配下に置きながら、主神信仰を弾圧していた事で知られる。また、地上の覇権を賭けて先代の魔王軍と幾度も激戦を繰り広げており、結果的に彼等の侵攻を食い止めていた。
 最盛期には170万という膨大な数の戦力を持ち、さらに総人口は10億人という空前の規模であった。しかし、主神信仰を弾圧していたために内部にかなりの火種を抱えており、しかも急激に領土を拡大し過ぎて各地の鎮撫が追いついておらず、それらが崩壊の引き金となった。
 そして、初代皇帝エンペラ一世の死をきっかけに元教団圏で勇者達の叛乱が続発、軍が各地の鎮圧に追われていたところで、魔王軍が好機と見て侵攻、散々に打ち破られる破目になる。これらが原因で帝国はあっさり崩壊してしまい、現在までの版図となる。
 なお、残党は数十年後も生き残っていたが、その頃誕生したばかりの魔物娘と戦争の末、敗北。25万の軍勢が残らず捕虜となる。なお、その際にデルエラ率いる軍勢が特に目覚ましい働きをしたという。

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まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33