読切小説
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お預け食らいのマンティコア
「あー…… 車輪のスポークが折れて挟まってるのか、まともに動かないわけだ……」

近道だとはいえ、あまり馬車が走るのに適していない山道を通ったせいだろうか。
商品を積んだ馬車は進むたびにガタガタと揺れ、とても乗っていられる状態ではなくなっていた。

「一昨日に確認した時には何もなかったよな? ……全部取り替えなきゃ駄目だな、これ」

たてがみを揺らして鼻を鳴らす二頭の馬ぐらいしか聞き役がいないにもかかわらず、ついそんな事をぼやいてしまう。
荷台から予備の車輪を下ろし、その奥から工具も引っ張り出す。あまりこの手の作業は慣れていないが仕方が無い。

「回り道すりゃあ良かったな……この辺は魔物も出るらしいし」

自分以外には何の気配も無い山道だったが、その言葉に応えるように、乾いた風が落ち葉を巻き込み吹き抜けた。



商人の手伝いとして雇ってもらうようになってから長い時間が過ぎた。
ようやくそれなりに大きな仕事も単身で任せられる程度にはなってきたのだ、ここでミスをして評価を落としてしまうわけにはいかない。
どうにか期日内、それもできるならば相手に好印象を与えられるような素早い納品で相手から、そして上からの信頼を得たい。
自分の店を持つ――。その夢が叶う日はまだ遠そうだ。近づいているのかさえも分からないが、諦めることもできない。

 大人は子供に、夢を持ってそれを追いかけろと教える。だがそれは、体よく利用しやすい相手を作り上げる手段でもある。

そんな言葉をどこかで聞いた気がする。
だがその言葉に示されるような搾取要員とは、自分の力量も知らずに伝説の勇者を目指しているような、そんな現実の見えていない者の事を指すのだと思っていた。
自分の店を持つという並外れていない目標だから、それを叶えている人はざらにいるような夢だから。自分は大丈夫だと思っていた。
だがもしかすると、自分は転落しているのではないだろうか。努力はしているつもりだが、階段を上っている実感も無く時間だけが過ぎてゆく。

「やっと外れた…… クソ、さっさと出発したいのに……」

壊れて役に立たなくなった車輪の姿が、どことなく将来の自分の姿を暗示しているようで気分が落ち込む。
どうも最近、弱気な思考が頭の中に湧き出てきてはこびりつく。その繰り返しばかりが続いている。

ふと、先日街で見かけた若い商人の事を思い出す。
歳は自分よりやや下であるように見えるのに、客の曖昧な要望からでも希望の品をすぐに持ち出す知識量と、満足感を与えて信用を勝ち取る交渉力を持っていた。
明らかに自分よりも勝っている、商人としての才能。あれが現実の壁だろうか。
そしてその能力を生まれつきの才能だと決め付け、向こうが努力して積み上げてきたものだろうという可能性を無視している自分の醜さに気づき、さらに嫌な気分になる。

「あっ――」

固定しようとしていた車輪の金具が滑って落下し、岩肌とぶつかり高い音を立てる。
その音が、弱気になっている自分の思考を批判しているようにすら聞こえてしまった。

「はぁ……、俺は何をやっているんだ?」

ぐずぐずしている場合じゃない――そう思いながらも、ため息をつかずにはいられなかった。



と。

見下ろした地面に、自分のものでない影が重なった。

「う゛おおっ!?」

飛び退いたのは、とっさの判断。出現したのは、朱色の影。何かが墜落してきた、という認識がやっとだった。
バギィッという鈍い響きと、ズジャアッという乾いた音が耳を打つ。
前者は取り外した車輪が鋭い爪を持つ獣の足に踏み潰される音で、後者は粉塵が流れて巻き上がる音か。
それが何かを把握するよりも早く繰り出された爪の一撃は、なんとか工具で受け止めた。

「へぇ、……なかなかいい反応してるねェ?」
「そりゃ……どうも……」

相手との距離は約十歩ほど。体勢を立てなおし、やっとその姿を把握した。

獣の四肢と蝙蝠の翼、それ自体が一つの生物のようにうねる尾を持つこの魔物のことは知っている。
獰猛な性格に加えて毒針まで持つ、肉食魔物の中でも危険度の高い種とされていた。
だが、このマンティコアという魔物がこの山中で出現するというのは聞いていない話だった。

「はは、なんだい? 怯えてるじゃないか。 怖いんだろうねェ……食われるってのは」
「…………」

そう笑われて、はじめて自分の手が震えている事に気がついた。
しかしそれもしょうがない話だ。先の一撃も受け止めたが、見えていたわけじゃない。その上工具は無残な形にひしゃげてしまった。
どうする?――なんて無意味な自問をしてしまうのも、一種の現実逃避かもしれない。

「いいところに通りがかってくれたねェ、なかなか……おいしそうじゃないか?」
「…………」
「どうしたんだい? アタシが来る前は独り言ブツブツ言ってた癖に急に黙っちゃってさァ?」
「…………、クソっ……」

どうやら、しばらく前から見られていたらしい。
狙われていた、という事か。もしかしたら、車輪が壊れたのもただ山道のせいというだけではなかったのかもしれない。
――ああ、なんで俺ばかりがこんな目に!
陰鬱な気分は変質し、ヤケになった人間のそれに近くなる。だがそれ故に、体の硬直が解け始めていた。

逃げよう。
今はそれが精一杯だ。

「ま、いいさ。とりあえずアンタの名前だけ聞かせてくれるかい?」

踏み出すタイミングを窺っていると、マンティコアがニヤニヤ笑いながら問いかけてきた。

「それを言って意味があるのか?」
「あるねェ。名前を知ってるのと知らないのじゃあ、味の感じ方にもそれなりの差が出るもんさ」
「…………」

嫌なことを言うものだ。
自分の肉を食いちぎられる様を一瞬想像し、再び現実逃避したくなる。が、それを振り払うように顔を左右に振って気を立て直す。
ここはしっかり生き延びてやる。今この状況、行動を起こすならばこっちに注目してるこの瞬間がいい。
向こうはまだ踏み込んでくる様子はない。地面の感覚を確かめて静かに息を吸う。魔物と相対するなんていつ振りか。

「俺はハンカー」

素早く、背負い袋を開いて中身を取り出す。
滅多に開くことの無い、緊急用の小袋部分から。

「商人だ、よろしく」

閃光弾。相手が油断している今だけがチャンスだ。

――商人は戦闘において無力。世間では、そういう見方が一般的だ。
確かに膂力を鍛えているわけではないし、魔法の技術を習得しているわけでもない。
だがそれを補えるだけの、アイテムの知識と調達力がある。
余裕があっても護衛など雇わず、自動防衛機構を搭載して運搬馬車を戦車のようにしている商人もいるほどだ。

だから俺だって、今の状況から逃げるぐらいの備えは十分にしt
「はいよろしくゥ!」
「おゴおっ!?」

突然マンティコアが放った大声とともに身体が吹っ飛ばされ、頭をしたたかにうちつける。
何が起こったのかわからなかった。見えたのは、赤くて丸いものが飛んでくる軌跡。

「アタシはニル。見ての通りのマンティコアさ」

余裕綽々で笑うその表情の隣には、踊るようにうねる長い尻尾。その先端は太く硬質そうで、まるで鈍器にも近いような形状だ。
薄れかけた意識でやっと察する。自分が今何をされたのか。
ああ、その尻尾……伸びるんだ。それはちょっと聞いてなかった。













――はァ。この男、いったいいつになったら起きるのかねェ?

捕まえてから3時間。
巣に連れて帰って何度か尻尾で絞ったまでは良かった。そりゃもう美味しいし、身体が漲ってきて凄くイイ。イイ、んだが……。
意識が戻らないというのは、こちらとしては少しばかり物足りないものである。
もっとこう、散々脅かして弄んで、それから気持ちよくさせてやったりで反応を見て楽しみたいのに。
これじゃ今までやってきたイメトレが全部無駄になっちゃうじゃないか。本番にはまだ進めない。

ぐい、とこの男……ハンカーの頭を持ち上げ、強く打ったらしき部分をもう一度見てみる。
出血もしてるわけでもないし、一応薬は塗っておいた。だからもうすぐ意識も戻るはずだろう。

ふん、アタシにお預けをさせるなんていい度胸だねェ?

……と言ってみようかとも思ったが、どうせ聞こえてはいないのだ。

しょうがない、起きるまで待つとしよう。
そう判断すると尻尾を引き抜き、垂れてきた液を綺麗にふき取る。
意識が戻ったら、どんな風にして絞ってやろうか。捗る妄想を楽しみながら、服も元通りに整えた。

しかし、起きるまでどのくらいかかるだろう。流石に何日もかかるということはないだろうけど。

「…………」

むう、このまま見て待ち続けるのでは我慢がもたない。
しょうがない、アタシも寝るとしよう。

逃げられないよう、ハンカーの足に手錠をかけて自分の足と繋いでおく。
うん、なかなかこういうのも悪くない。これからはずっとこの男と一緒になるという事を目で見ているみたいで心地よい。

「さーて、起きたらじっくり遊んでやるからなァ?」

ハンカーにそう囁き、自分も横になって時間の経過を早めるべく目を閉じた。
未だ興奮は収まらず、眠りにつけるまでにはまだまだ時間がかかりそうだった。











妙な形に組み合わされた木々を下から見上げ、なんだこれはと疑問に思った。
自分が気絶している間に知らないところに運ばれたのだと気づいたのは、まともに頭が再起動してからだった。

「どこだ、ここ……?」

頑丈な大木を中心にして地面がくりぬかれた様に広く掘られており、屋根と壁は植物をもとにして構成されている。
明るいのはどうやら日の光ではなく、天井からぶら下がっている魔法石からの発光らしい。
もしかしてこれは、あのマンティコアの巣なのだろうか。思ったよりしっかりした住居を作っている。
どうでもいいような感想を浮かべながら顔を横に向けてみると、当のマンティコアが反対側を向いて寝ているようだった。

気がついたのがバレたら何かされそうだ。そんな思いで、とっさに顔をそらして再び天井に目を向けた。

「で、出口はあるんだよな」

目だけで部屋を見回してみると、出入り口らしき壁の隙間は確認できる。
それは良かった。どうやら、出ることの叶わぬ密室に閉じ込められたというわけではないらしい。
だが、先ほどマンティコアの方を見たときに嫌な物が同時に目に入った。予想が外れていることを祈りつつ、右足を軽く上げてみる。
チャリ、という金属の音とともに、冷えた感触が足首に触れた。

「嘘だろ……、おい」

マンティコアの足首にも錠がはまっており、その鎖がこちらに伸びているのは少し見えていた。どうやら繋がれてしまったようだ。
だが、考えてみれば当然は当然か。獲物を捕まえておきながら、自由な身のままで自分だけ寝ているはずが無い。

「…………」

どうやらまだ命は繋がっているが、状況は完全に八方塞がりだ。
途方に暮れていると、僅かながら呼吸音が聞こえてきた。

すーっ、すーっ……

マンティコアは寝ている。それはチャンスだ。
どこまで運ばれてしまったのかも分からないし、自分の背負い袋もどこかに捨てられてしまったのだろう。
だが、逃げる事はできるはずだ。マンティコアとて、この先ずっと手錠の片方をくっつけて生活するつもりは無いだろう。
ならば、外すための鍵は絶対にマンティコアが持っている。起きてしまう前に、それを探して逃げるんだ。

息を殺して音を立てず、そーっと体に力を入れて作戦を開始した。







むこうを向いて寝ているマンティコアの隣まで近づき、改めてその様子を観察してみる。

意外と華奢な胴体とは不釣合いに獣の四肢は大きく、ふさふさとした体毛に覆われているほか肉球までついている。
例の尻尾は寝たままでも時折その身をくねらせ、うっかりぶつかってしまいそうなので注意を張る。

「大事なものは……普通身につけるよな……」

自分が閃光弾入りの袋をずっと背負っていたのと同様に、こういう物は肌身離さず持っているはずだ。
しかし、当のマンティコアは服といえるものはほとんど身に着けていない。背中を見る限りではほとんど下着同然だ。

「なんてカッコしてんだよ……」

癖の独り言が出てしまい、慌てて口を押さえて様子を窺う。多少寝息が弱まった気もするが、どうやら起きてはいないようだ。
そしてしばらく観察を続けていると、首に革紐らしきものをかけているのが目に入った。
抱え込んでいるような形でよく見えないが、どうやら皮袋のようなものをさげている。

――これか。

どうにかその皮袋を掠め取ることはできないか。
そう思っていろんな方向からそれを見ようとしてみるが、どうにもそれは無理そうだ。

どうするか。そう思い悩んでいると、不意にマンティコアが寝返りを打った。

「……ん」
「(うっ……、おっ!?)」

心の中での驚きが二段階に分かれてしまった。
一段階目は、突然仰向けになったマンティコアの動きと小さな声に驚き、咄嗟に身を引いたため。
そして二段階目は、それに合わせてふるんと揺れ、柔らかさを激しく主張するその物体に目を奪われたため。

「(なっ、何考えてるんだ俺は!? 一歩間違えれば死ぬんだぞ!?)」

それでも見てしまうのは悲しき性か、一瞬今自分が何をするべきなのかを忘れかけてしまった。

「くっそ……、やらしい格好しやがって……」

その扇情的な見た目といい、もう少しのところで寝返りをうたれた事といい色々と難易度が高そうだ。
とりあえずしばらく黙って機会を待ってみる。

「…………」

が、それでもすぐに別のところへ注意が向かってしまった。

「キレーな顔してんな……」

襲われていた時はその凶暴そうな雰囲気に呑まれてしまい、とても気にする余裕なんて無かったが。
野生じみた生活をしてそうな割に、随分と整った顔つきをしている。寝顔を見ればただただ美人さんだ。
もし起きてしまったら、またあの時の雰囲気に戻ってしまうのだろうが。できればそうならない事を祈りたい。

少し独り言をもらしてしまった時にマンティコアの鼻筋がピクリと動いた気がするが、起きる気配はないし寝返りもしばらくはなさそうだ。

さて、鍵をさっさと探さないと。
鍵の在り処であるの第一候補である皮袋は、寝返りの拍子にマンティコアの首元に乗っていた。

「……寝てる、よな?」

そーっと近づき、うねる尻尾に気をつけながらマンティコアの向こう側に片手をつく。
不安定で狭い場所で寝ているため、首元にある皮袋をどうこうしようとすればどうしても覆いかぶさるような姿勢になってしまうのだ。
整った顔立ちがすぐ近くにある事に、別の緊張感が湧き上がってくるが、身長にゆっくりと皮袋へと手を伸ばす。
体の上に乗っているそれは、マンティコアの呼吸に合わせて上下していた。

だが、呼吸に合わせて上下しているのはその豊かな胸も同じ事で。
その表面にかすかに浮かんでいる汗の雫が滴り落ちる様までもが気になって仕方がない。

「…………」

顔をチラ見してみる。少し呼吸が不規則な気もするが、眼はしっかり閉じられている。
もう少しこの様子を見ていたいと、危険な欲が現れ始める。

「……で、でけぇなあ……。すっげ……」

その二つの膨らみが重力に逆らい、それでいて呼吸に合わせて揺れているのは圧巻だ。
相手が魔物だということは分かっているのに、それでもつい見入ってしまう。

皮袋に伸ばしていた手も、そちらに向けてしまいたくなる。

「少しくらいなら触っても……」

いやいやいやいや、絶対無理だ。多分その瞬間に目を覚まされて八つ裂きにされる。
それに気がつき慌てて手を引き、息を殺して馬鹿な考えを自分で戒める。

「こんなん見せられて正直たまらんし……、確かにもったいないけど、相手が悪すぎるだろ!」

予想外に長引いてしまった自分との戦いをなんとか落ち着かせ、伸ばした手の先で皮袋の口を慎重に開く。
ついつい視線がすぐ下へと吸い込まれそうになってしまうが、マンティコアに気づかれないようにこっそり中を覗こうとする。
すると、確かにあった。手錠の鍵穴と合いそうな大きさの、銀色に光る鍵が入っていた。

脱出への光明が見え始めたことにとりあえず安堵。
覆いかぶさったような姿勢のままで、とりあえず手を止めて一息ついた。

「ふぅーっ……」

だが、ぐずぐずしている暇は無い。
もしマンティコアが目を覚ましたらどう思うだろうか。捕まえた人間が、寝ている間に忍び寄ってきて体をまさぐろうとしているように見えるかもしれない。
激怒は必至。決してまさぐっていたわけではないのに、激痛とともに人生が終わってしまう。

「いや、まあ起きないんだったら是非このまま見入りたいけど……」

何に対しての言い訳だろうか。自分の耳にすらはっきりと届かないような小さな声でブツブツとそう言いながら、伸ばした指先で鍵に触れた。

すると。

「ほォらァァ!!!!」
「うッ!?」

がばっという音と共に、巨大な手に鷲掴みされたように何かに身体を拘束された。

「へへッへぇ、よォくもそう好き勝手に言ってくれたもんだねェ? もうアタシの我慢も限界だよ?」

腰の辺りをマンティコアの両脚がまきつくように挟み込んだのだ。
獣の力は太刀打ちできないほどに強く、それで体の重心を掴まれてしまった。これではどうにも振り払えない。

そして両腕も同様、左腕はこっちの腕の下を通して背中を、右腕は頭にしがみつく様に掴んでいる。
真下から跳ね上げるようにして抱きつかれ、再び獰猛な表情を取り戻したマンティコアの顔が鼻先数センチにまで接近した。

「な、起きて……?」
「全く、独り言が多いってのも考え物さ、そうは思わないのかい?」

赤みがかった表情から、熱っぽい息が吹きかけられる。
いかん。自分がどんなことを言っていたかは半分無意識で覚えていないが、どうやら怒らせてしまったらしい。
とりあえずどうにか謝って――と、あまり望みの無い挽回策に出ようとするものの、その暇も無く体が地面に叩きつけられた。

「よいしょっとォ!」
「ぐぅ!?」

柔術めいた動きで、膝の辺りを軸に二人分の体が半回転した。
草を敷き詰めたマンティコアの寝床の上とはいえ、背中からダイレクトに伝わる衝撃に一瞬呼吸が止まる。
そして次の瞬間には、マンティコアに逆に乗っかられる体勢になってしまっていた。

「さァて、どうしてやろうかねェ?」

ふふ、と笑うマンティコアの楽しそうな態度とは対照的に、こちらの気分は絶望的。
打つ手は全て失われてしまった。

――そして。

「ん……れろ」
「(うっ……!)」

息つく暇もなく視界が覆われ、柔らかくて濡れた物が頬に押し付けられ、乱暴に這い回る。
そして硬質な歯の感触が当たった瞬間、喰われる覚悟に身を強張らせた。

「ちゅ」

だがそのまま食いちぎられることは無く、より熱い吐息と共に長い舌が唇を割って侵入してきた。
予想外の形で自分の領域に割り入ってきた魔物の行動が理解できず、なすがままにされてしまう。

「じゅる……ん、ふふふ、んぅ……」

咄嗟に自分の舌が触れてしまわないように引いたのだが、マンティコアの舌はそれを余裕で追尾。
四肢で身体を拘束されているのと同様の調子で舌もきっちり絡め取られ、異形の感触を押し付けられた。
独特のザラザラとした質感のそれがねっとりと纏わりつき、何かが吸い取られてしまうような気分にさえなってしまう。

「……んはぁ、ふふぅ……。どんな気分だ?」
「…………」

そのまましばらく口腔内を蹂躙され、やっとのことで互いの口が唾液の糸と共に離される。
満足そうな表情のマンティコアに感想を聞かれたが、口も舌もガクガクでまともに言葉を発せられない。

だがそんなことはお構いなしに、マンティコアは言葉を続ける。

「ハンカーって言ったねェ?」

覚えてたのか。ぼんやりした頭でそう思いながら、反射的に頷いてみせる。

「もう一度言うよ、アタシはニル。冥土の土産に……楽しんでみるかい?」

そしてニルは、自分の乳房を軽く持ち上げ、肉食獣めいた笑いを浮かべて首をかしげた。

「触りたかったんだろう? なら楽しませてやるさァ。情けない顔で果てる所を見せておくれよ」

先ほど触ってみようかどうしようかと迷っていたことを言い当てられ、恥ずかしさでつい目を逸らしてしまう。
だがそれを肯定と受け取ったのか、あるいはこちらの意思など関係ないということなのか。
ニルは自らの位置取りをずらすと、ズボンのベルトに手をかけた。

「じゃ、挟んでやるかね」
「え」

言葉の意味が自分の思うそれと同じなのか。そう思って聞き返すも、ニルの動きは速かった。
上半身の拘束が解かれたと思ったら代わりに尻尾によって押さえつけられ、下が丸ごと脱がされてしまう。

「ふふぅ、やっぱりずっと気になってたんだろぅ? こんなに元気じゃあないか」

気づいてはいたが、既に下の方は準備万端になっていた。
だがそれを正面から指摘されるのはどうにも気恥ずかしいもので、それ以上言うなという思いを込めて睨み付ける。

「んふふ……、好きだよ、そーいう顔もさ」

だが効果は一切無かったらしい。むしろ火に油を注いだに近かったようだ。
見せ付けるように胸を揺らして両手で持ち上げ、その衣服の隙間から俺のモノを挿し込んで挟む。
先ほど散々、恐る恐るながら眺めた大きな乳房。触れてみたいと思ったその物に、ダイレクトに包み込まれてしまう。
その大きさ、柔らかさや弾力といったものが極上であることが、今一層はっきりと理解させられた。
さらにその柔らかくて張りのある圧力の上から、マンティコアの手による刺激が上乗せされる。



「うぅっ……」
「どうだ? はは、もう睨むのは終わりかい?」

押し寄せてきた快感をなんとか堪えようとしたのだが、そんな努力は無駄だったらしい。
目を開けば柔らかな巨乳がむにゅりと変形して包み込んでいる様子と、ニヤニヤとこちらを見上げるニルの姿が目に入る。
目を閉じれば敏感な部分が優しく、それでいて激しく擦られて。融けてしまいそうな気持ち良さが容赦なく刷り込まれる。
最初の印象からは程遠い、奉仕にも似たニルのその行為に、抑えられない熱が下半身で湧き上がった。

「ん……」

それを見計らったように、先端の敏感な部分がニルの口に咥えられる。
胸を支えて刺激を与え続けるその手を一切休めることなく、器用に口を使い出す。
唇でしごき、外周を舌で一周させ、湧き立つ熱をさらに加熱させようと、思うが侭に貪られる。

それだけの責め、経験不足の俺では到底耐え切れなかった。

「――ッ!!」

それを察したのか、ニルが直前で肉棒を深く咥える。
思わずその頭を掴んでしまい、爆発してしまいそうな悦びをその口腔内に解き放つ。

 ――どくんっ、どくっ……

全てニルの喉奥に注ぎ込んだため、どのくらい出たのかは見えないし分からない。
だが、たまに自分の手でしごいて出す時よりは明らかに多かったのだろうという風に感じた。

 ――どくんっ、どくんっ……

何を考えるでもなく、荒れ狂う欲望に従って出し切った。
そして、ニルはそれを全て受け止めた。

「……はぁっ、はぁーっ……」

絶頂を過ぎ、ようやく全身の硬直が解けて力が抜ける。
ニルの口からも引き抜いたが、一瞬前に舌に舐め取られてしまい一滴もこぼれたりはしなかった。

「……ふふ、随分と出してくれたねェ? アタシの頭まで掴んでさ。意外と乱暴するじゃないか?」
「うっ……、いや、それは……」
「責めてるわけじゃない、それァいいのさ。……で、まだ元気は残ってるんだね?」
「…………」

ニルが顎で示したのは、少し大人しくなったとはいえ、まだまだ直立の姿勢を崩さないハンカーの男根。

「ま、既にアタシのほうは用意も済ませちゃってるからね、お互い準備できてるって事さ」

上半身を押さえつけていた尻尾が解かれ、ニルが前へと重心をずらす。獣の両手で両肩を上から押さえられ、身じろぎの一つも許されない。
ちょうど腰の上に跨るようなその体勢。何をしようとしているかは明白だった。
だが、もう抵抗する気分でもない。もう一片の力も入らないし、最後にこんな思いができるのなら魔物に喰われるのも悪くない。
もうどうなったっていいだろう。だから、目の前の欲望に思う存分従ったっていいはずだ。

もやのかかったような脳でそんな事を考え、ニルが着衣をずらして秘所を露わにするのをぼんやりと見ていた。

「ふぅーっ……」

そして一息。ニルのその吐息を聞いて、ああ挿れるんだな、と今更な感想を心の中で呟く。
なぜこんな展開になっているのか。もうそんな疑問は、頭のどこからも失われていた。

「んぅっ……!」
「ぁはぁっ……!!」

勢いよく腰が沈められ、肉棒が魔物の体内に呑み込まれてゆく。
上がった嬌声が、それぞれどちらのものだったのかはわからない。
ずぶずぶと、まるで肉棒の形状を熟知した上で形を作ったかのように抵抗も無く沈み込み、それでいて最大限の締め付けに隙が無い。
身体を押さえつけられなかったら身を捩じらせていただろう快感に悶え、肩を押さえつけているニルの獣手にしがみつく。

「ふ、ふ、どうだィ? 気持ちいい、か?」
「…………あ、くぅっ……!」

火照りきった表情で笑うニルの顔は、最初とは随分印象が違って見えた。
それは実際に雰囲気が柔らかくなったのか、あるいはこっちの感じ方が変わったせいか。

「ふ、ふぅ……。いいぞォ、このまま絞ってやるゥ……。はぁ、中でアツくて、思い切り掻き回して……。それで、全部、全部アタシの中にぶちまけるんだ……」

この時点でも頭が真っ白で壊れそうなほどなのに、ニルは腰をくねらせ始めた。
最初は慎重に。そして次第に勢いを増す。時折動きを止めて、何かを耐えているかのように身体をビクビクと震わせながら。
前後に上下に。内側に備わった無尽蔵の襞がその動きと共に肉棒を蹂躙し、頭の中まで掻き回される。
自分の意識も、過去も目的も時間の感覚も、全てが交じり合って融けてしまいそうなその快感は、とても手に負えるものとはいえなかった。

「んぅ、じゅる……、はふぅ、んんんっ……!!」

唐突にニルが顔を近づけてくると、ぶつけてきたような勢いで唇を押し付け、再び舌を滑り入らせた。
動くたびに激しく揺れる豊かな胸も同時に強く押し付けられ、互いの体に挟まれてむにゅりと形を変えたまま揺れ続ける。
そしてその強引なキスが終わっても密着だけはそのまま続け、顔を擦りつけながら嬌声を上げ続ける。
濃厚すぎる獣の情欲の匂いが脳の中まで満ちて行き、思考まで犯されてしまったような感覚だった。
まるで自分も人間ではない別の生き物になった気分。しかし、それに対する抵抗感は一片たりとも浮かばない。

「ん、いいぞ、これ、ふぅっ、気持ち良いィ……!! あふ、あぅ……。ふぅーっ、はぁ、はぁーっ……、んはぁーっ……!」

押さえ込まれるニルの手の力はさらに強くなり、肌が触れ合っている部分からはじんわりとした熱が伝わってくる。
呼吸は手がつけられないほど荒くなり、蕩けきった眼はどうやら焦点もあっていない。まさしく本物の獣のようだ。
体を揺らす度に汗が飛び散り、尻尾は暴れ狂うように振られ、時折地面に叩きつけられる。
それでもなおこちらを押さえこみ、動きを封じる力だけは一切緩む気配がない。

「うぅぅー、ふぅんっ、はぅ、ふぅっ……! はぁ、はぁんっ、はふぅ、ふぅーっ……!」

一心不乱にに腰を振るニル。このマンティコアからの徹底的な快楽漬けに、人生を丸ごと上書きされてしまいそうだ。
これまでの苦労も、これからの目標も。それらを全て忘れ去り、ただただ悦びを貪った。

「くふぅ、ふぅー、これ、すごいぃ……、はぁぅっ……!」

肌の柔らかさに吐息の熱。それら全てに融かされてゆく。

「あっ……出る……っ!」

そして再び快感は下半身の一点へと集中し、それを吐き出そうと全身に力が入る。

「ぅくぅっ……、ニルぅっ……!」
「ふぅ、きたァ、ふぅううううっ……!」

今度はニルの腰を掴み、結合部を深く深く絡みつかせる。
もうこのまま吸収されて取り込まれ、一つの生物になってしまったとしても構わない。
もしかして今まさに、自分は魔物に喰われているのではないだろうか。

二度目だというのに勢いの衰えない射精を魔物の体内で弾けさせ、どこまでも深く流し込んでゆく。
その果てしなく落下し続けるような心地よさに顔を歪めながら、薄れつつある意識の奥でそう考えた。











「ん? ああ、アタシらは肉は喰わないぞ? 精を吸って魔力源にしてるのさ」

その話を聞いたのは散々絞られて疲れ果ててからの数時間後、ようやく体力が戻ってきてからの事だった。

「いや、でも……言ってなかったか?食い殺すとか、冥土の土産にとか」
「あー……、そういえばそんな事も言ったかねェ? ま、ちょっとした言葉の綾さ。今更気にすることじゃないねェ」
「…………何で目をそらす? どうもまるめこまれた気分だ」

いつの間にか辺りは夜になっていた。
どうもここに連れ去られてからの時間の感覚は曖昧だが、考えてみればそれだけの時間が経過しているのも当然かもしれない。

「ま、でもこれでさ。ハンカーとアタシは夫婦になったってわけだなァ?」

上半身だけ起こしていた俺の頭に、ニルが後ろからしなだれかかる。

「…………え?」
「なんだい、その間抜けな声は? まさか嫌だってのかい?」
「いや、そういうことじゃないんだが」

強気そうなニルの声に一瞬不安そうな色が混じり、慌ててその線を否定する。
正直いきなりの事で実感すら掴めていないのが現状だが、肉を喰われる訳じゃないと分かったし、ニルは実際魅力的だ。
話してみれば優しいところもあるし、むしろ俺には勿体無いぐらいだろう。
夫婦というのはまた突然すぎるというのもあるが、さしあたっての問題はそういうことではなく。

「明日から、どうしようかと思って」

元々俺は商人だ。商人として生きてきた。
ニルの話によれば一応荷馬車は山道の脇に繋いでおいたらしい。
今から戻って急いで届ければ、間に合わなくは無いだろう。しかしそれでどうなるというのだ。また、届きそうに無い夢に向かってその場で足踏みをするだけか。
このまま放置していれば、誰かが荷馬車を発見するだろう。荒れた道とはいえ、十分に備えた商人であれば定期的に通っている道と聞いている。
そうなれば商会に連絡が入り、魔物に襲われて失踪したとして処理されることだろう。
その後で実は無事でしたと舞い戻っても、元のようには戻れず、自分の店を持つという夢への道は一切閉ざされることになるだろう。

……この先、どうすればいいのだろう。

後ろから抱きつかれたままでその表情こそ見えなかったが、ニルはこの話を黙って真面目に聞いてくれた。

「夢ねェ、いいじゃないか」
「…………本当に、良いと思っているか? 最近では、こんなもの持たなかったほうが上手くいってたんじゃないかとも思えてきた」

愚痴にも近いこんな話ができたのはいつ以来のことだろう。
内容が内容だけに仕事仲間には聞かせられない話だし、数少ない友人はまともに聞いてはくれなかった。

「成功とか、失敗とかさ、そういうのはちょっとアタシには分からないかもね。アタシ等は生きてくだけなら最悪何もしてなくても何とかなるからさ。仕事ってモンに対する価値観は全然違うだろうね」

今日あったばかりの相手に、こんな話をできている自分が意外に思う。
これまでずっと損得によって相手との関係を計り、心を開く事なんてほとんど無かったからだ。

「でも、目標に向かって頑張ってる姿ってのはアタシも好きでさ。ハンカーの事、もっと好きになったよ。魅力的だ、うん」

いつからだろうか、誰かと一緒にいる時に安らぎを感じなくなったのは。
それが懐かしいような新鮮な感じがして、つい喋りすぎてしまう。

「俺が……、もう目標に向かって頑張る気をなくしかけてるとしてもか?」
「それならそれでもアタシはいいよ。要はそういう頑張りを持てる人間だってことなんだ。仮にその夢が叶わなかったとしても、別にやりたい事を見つけた時にもう一度燃え上がる。そんな気がするね」

頭が上手く回らず、それが正論なのか詭弁なのか分からない。
だが、心のどこかで曲がってしまったものが、まっすぐに正されていくような気がした。

「でもサ、それをアタシに相談したって事は、まだ未練は残ってるんだろう? もしそうなんだったらさ、一つ提案があるからしっかり聞きな」

未練。その言葉を否定する事ができず、流れに委ねるように聞き返す。

「…………どうすればいいんだ?」
「こっち側で商人やりなよ。魔物国家プリッツラクト。アタシも普段はそこに住んでんだ。ここなら二人で商人できるだろう?」
「ここに住んでるんじゃなかったのか?」
「ここは仮住居みたいなもんだよ。アタシも結構都会派なんだよォ」

後ろから抱きつく力が強くなったと思ったら、肩越しにニルが顔を覗かせた。

「アタシもこれから商人の仕事ってやつを学ぶからさ、一緒に頑張ればいいじゃないかァ。もう一人じゃないだろう?」
「…………ありがとう」

直球で心を揺らされる言葉をぶつけられ、つい黙り込んでしまいそうになったが――なんとか礼の言葉を返す事ができた。

「じゃあ、明日からはそっちの方向で頑張ってみるか」
「んははァ、それじゃ、まずはプリッツラクトに帰るところからだな」
「ああ、よろしく…………ニル」
「これからはずっと一緒だなァ、ハンカー」

巻きついていたニルの手の感触が片方消えて、目の前に肉球つきの獣手が差し出される。
それに手を合わせると、互いに指を絡ませて握り合った。

心の底から安心できる暖かさを、その一晩中味わった。
15/04/28 00:12更新 / akitaka

■作者メッセージ
二ヶ月ぶりぐらいです、アキタカです。
仮眠から目覚めたマンティコアさん、捕まえた男が自分に覆いかぶさろうとしているのに気付き、何をするのかwktkしながら狸寝入りをするの巻。

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