読切小説
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少年の求めたもの
「ここか」

鬱蒼とした森の入口に佇む一人の魔道士が口を開ける。
そこはまるで人の世界と魔物の世界の境目のようだった。
臆病風に吹かれればすぐにでも引き返せる。
勇敢にも足を踏み入れれば帰ってこられるかはわからない。
しかしその魔道士は少しの震えも見せず送迎の馬車の方を振り返った。

「2日間お世話になりました。領主には3日か4日で戻ると伝えておいてください」

「は、はい・・・」

魔道士はとある領主から依頼を受けていた。

「深い森の奥に妖精の泉がある。その泉に浮く花は聖なる力を有すると言う。魔導の発展の為にも、どうかこれを手に入れてきて欲しい。報酬は弾もう。」

それが依頼の内容だ。魔道士は金銭に目を眩ませるタイプではないが、以前に受けた依頼の報酬の底が見えかけ、そろそろ新しい生活費のことを考えなくてはならなかった。そこに舞い込んだのが今回の依頼だ。
この森は並大抵の人間が足を踏み入れられる場所ではない。
悪戯好きな妖精、甘い香りや蔦などの罠を張る植物型魔物。そういった
魔物の「幻惑」「誘惑」が侵入者を待ち構えているからだ。
「危険」。この森を一言で済ますならこの言葉が打って付けだろう。

だからこそ今回の報酬は魔道士が今までに見たことがないほどの物だった。今回の依頼をこなせば当面金銭面での不自由はない。
危険と隣り合わせの報酬。しかし魔道士には今回の依頼をクリアする自信があった。
実は魔道士には「感情の起伏」という物がなかった。いや、失ったというべきだろうか。
生まれながらに両親を失い、血縁の家に移り続けた。そんな血縁の者からすれば彼は「邪魔者」だ。追い出されないために、相手の機嫌を損なわせないように、魔道士は「個」を殺し続けた。そして、その時間は余りにも長過ぎた。彼はいつしか「個」を失っていたのだ。
個がなければ幻惑も誘惑も意味がない。惑わされる心が無いのだから。

だから、今回の依頼は魔道士からすれば「森を進み花を摘んでくる」だけの依頼に過ぎなかった。

痺れ毒を防ぐ薬、魔香を防ぐ薬など、心ではなく体を侵す攻撃への対策を済ませ魔道士は森の奥へと足を進めていく。想定通り、森の中は幻惑や誘惑が至る所に待ち構えていた。

しかし、そこは冷静な魔道士だ。心に囁きかける類の誘惑は効かず、
植物型魔物のツタや吸精花などのトラップも的確な判断と高レベルの魔術で乗り越えた。そして、2日はたっただろうか。

姿を隠し体を休めていた魔道士の耳にせせらぎの音が聞こえてきた。
「ようやくか・・・」
魔道士はその音が依頼にもあった「妖精の泉」であることを確信した。
しかしここで事を急いではならない。妖精の泉は妖精たちの安住の地でもあるからだ。

無論、そうなると多くの妖精が集まってくる。
「一日見張って・・・居ない時間を見極めるか」
魔道士は不可視の結界を張り、そこで泉を見張ることとした。
妖精たちが居なくなる頃合い、そこをついて花を持ち帰ろうという算段だ。

一時間、二時間、三時間・・・。刻一刻と時間が過ぎていく内に、魔道士はある法則を見つけた。
「時間を決めてあるのか・・・?」
妖精たちは一定の時間がすぎると泉から離れていき、また一定の時間が立つと戻ってきていた。その時間はバラバラではなく、常に決まっているようだった。まるで人間の「入浴」のようだ。

「法則性があるのなら・・・その隙をつけばいいか」
魔道士がチャンスを伺っていた時、一人の妖精が口を開いた。
「私で最後かなぁ・・・?うーん・・・まぁいいや!眠いからねよーっと!」
泉から出てきた妖精が「自分が最後である」と漏らし泉を離れていったのだ。

魔道士の不可視の結界は完璧だ。先程の言葉は魔道士を引っ掛ける為の罠ではなく、魔道士が長い張り込みの末に得た、貴重な言葉だった。
「よし・・・今だ!」
今が好機、と見た魔道士は泉へと駆け寄る。
一面を見渡すとそこには確かに美しく浮かぶ花があった。
「あれか・・・」
魔道士が浮遊魔術で花をこちらに浮かせようとした時だった

「ああ・・・また水浴びの時間を間違えちゃった・・・あら?」

透き通るような美しい声が背後から聞こえてきたのだ。
「なっ・・・!」
気付いた時にはもう遅かった。魔道士の姿はその声の主に見られてしまった。
「あらあら・・・人間さん?こんな森の奥まで珍しいわね・・・」
魔道士の目に映り込んだのは息を呑むような美貌、美しい翅、そして何よりも包み込むような優しい雰囲気を漂わせる女性だった。

「ティター・・・ニア・・・!?」

話には聞いたことがあった。妖精たちを統べる女王、ティターニア。
妖精の泉へと足をすすめる以上、遭遇する可能性はあったが・・・
(く・・・最悪だ・・・)

相手は妖精の女王。如何に魔術に長けた魔道士と言えども敵う相手ではない。彼女との接触は極力避けるはずだった。いや、絶対に避けねばならなかった。
それが正面から遭遇してしまったのだ。魔道士は自らの軽重さを恨んだ。
「くっ・・・!」
こうなれば仕方ない、と魔道士はティターニアを睨みつけ、臨戦態勢へと移った。

「ん〜・・・そんな怖い顔しないの。お姉さんと君がここで出会ったのは偶然なんだから。」
「偶然・・・?手下の妖精にああ言う様に吹き込んだのは貴方でしょう・・・!
迂闊だった・・・!まさか不可視の結界が見破られるなんて・・・」

「吹き込む・・・?結界・・・?」
臨戦態勢の魔道士をよそにティターニアは魔道士の言葉に対し
指を口元に近づけ「ん〜?」と心当たりのなさそうにしていた。

「ん〜・・・お姉さんね、水浴びの時間を勘違いしちゃってて・・・
慌てて浴びに来たら・・・君がいたの。」
「な・・・」
「だから、安心して?お姉さんは敵じゃないから・・・ね?」

「安心して。」
自らの住処に断りもなく侵入してきた人間に対するティターニアの言葉。
敵対心など一切感じさせないおっとりとした口調。香り立つような気品と優しい雰囲気もあいまって、魔道士の警戒心は本人の知らぬ内に揺らぎ始めていた。

「ところで・・・君はなんでここに来たの?迷子?」
「い、いや・・・私は依頼で・・・花を取りに・・・」

ティターニアの質問に口が自然と開いてしまった。
(わ、私は一体何を・・・!?)
愚かな行動をした、と後悔しながらも魔道士はその返答に「危機感」は感じていなかった。

「花・・・?ここで花っていうと・・・妖精の花のことかしら?良いわよ、おねえさんが許可してあげる♪」
「え・・・?」

まるで玩具を欲しがる子供の望みを叶えるかのような笑顔。
魔道士はその言葉に呆気に取られながらも「これは罠だ」といった考えにはならなかった。

そう、魔道士は知らずの内にティターニアの優しさに呑まれつつあった。
魅了とまではまだ行かないが、ある種の「安心感」「信頼」のようなものを抱くようになっていた。
誰からも愛されず、誰も愛さなかった、そんな氷のような心。
そんな魔道士の心をティターニアの甘い優しさは溶かすかのように包み込んでいた。

「でも、せっかくだから・・・条件つけちゃおうかな・・・」
「条件・・・?」
「うん、おねえさん水浴びまだだから・・・体、洗ってほしいな?」
「なっ・・・!?」

体を洗ってほしい。今の魔道士にとってその言葉は何よりも魅力的な言葉だった。氷の心を優しく溶かされた今、ティターニアの甘い魅力は
魔道士の心をどんどん侵していく。淫魔からのこのような問いかけは
魔道士は普段なら睨み返す。自分が魅了されつつ有ると気付いていない魔道士は、いつもと変わらず睨み返そうとするが、ティターニアの包み込むような優しい顔を見た瞬間、魔道士は恥ずかしさからふいっと顔をそらした。

(ど、どうしたんだ・・・?ティターニアの顔を直視できない・・・)

先程までの冷静な顔から一転して恥ずかしさに顔を赤く染め、顔をそらす。
自分の中の感情に気付かずにもじもじとする少年。その光景はー

「えいっ♪」
「んむっ!?」
「ふふっ、捕まえた♪もう、駄目だよ?おねえさんの前でそんな可愛くしちゃったら・・・」

ティターニアにとって、この上なく魅力的な光景だった。
相手の雰囲気に魅了されていたのは魔道士だけではない。
ティターニアもまた、魔道士の愛らしさに魅了されていたのだ
ティターニアの胸に優しく包まれる魔道士。
胸の温かさと柔らかさに触覚を愛撫され、甘い香りに嗅覚を愛撫される。

「ん・・・良い子良い子・・・」
「あっ・・・」

そして優しい言葉とともに頭を撫でられる。魔道士にとってはそれが決め手となった。
優しさに愛情。今まで魔道士が味わったことのない感情。
安心感に幸福感。少年が心の奥底で何よりも望んでいたもの。
ティターニアはそれを与えてくれる。

(ああ、僕・・・こうしてて良いんだ・・・)

更にそれを求めるかのように少年は更に顔を胸の奥へと沈める。
脱力し、だらんと下がっていた両腕は、ティターニアを求めるかのように
彼女を抱きしめようとする。

「ん・・・可愛い・・・♪」

ティターニアもそれを拒否することは一切ない。
むしろティターニアもまた、少年を求める。絹のような太ももは少年の下半身を優しく包み込み、
頭を撫でる手の動きは、少年を全てから守るかのようにより繊細になっていく。

「あうっ・・・?」
「ん・・・どうしたの・・・?」

ティターニアにその気はなかった。いや、0ではないだろうが、ティターニアが少年に抱く心はあくまでも「甘く癒やしてあげたい」「優しく包み込んであげたい」と言った類の物だった。胸で顔を包み込んだのも、太ももで下半身を包み込んだのも少年を癒やすためのものだった。

しかし、今の少年にとってティターニアの体から与えられる感覚は「癒やし」だけではなかった。

「・・・大きくしちゃった・・・?」

欲情。
愛情や優しさで氷の心を溶かされた少年には本来持つべき別の感情も蘇りつつあった。ティターニアのような理想の女性に抱きしめられて欲情しない男など居ない。今までも魅了ガスや粘液などを防ぎきれずに体だけが欲情したことはあった。しかし、心から女性を求めたことはなかった。
初めて抱く感情に少年は不安になり、心細さのようなものを感じていた。

「大丈夫、おねえさんが居るから・・・ね?」
「・・・うん」

だが、ティターニアはその不安すらも優しく溶かしてくれる。
もう少年の心は、「ティターニア」という存在だけで染まりきっていた。

熱く滾った欲情がティターニアに優しく包み込まれていく。
少年にとって、ペニスを包む快楽よりもティターニアと一緒に居られるということが何よりも嬉しかった。

「あうう・・・ティターニア・・・お姉ちゃん・・・大好き・・・」
「ん・・・お姉ちゃんも魔道士君の事大好きだよ・・・」
「クリス・・・」
「ん?」
「僕の名前・・・です・・・」

淫魔に名を捧げる。それは一般的な価値観から見れば眷属になるのと等しい愚行だった。
しかし少年にはそんなことはどうでもよかった。只彼女に名前で呼んでもらいたかったのだ

「私も・・・クリス君の事、大好きだよ・・・」

ティターニアもまた、眷属などとそんなことは頭のなかには全く無かった。
只彼を名前で呼べることが嬉しかった。

「んぅ・・・っ」

クリスの体がぶるっと震える。どうやら限界が来たようだ。
ティターニアもそれを察し、より強くクリスを抱きしめる。

「ん・・・おいで、クリス君・・・♪」

自分の全てを受け入れられるような感覚。
ここに居て良いという安心感。
少年の表情は、暖かい幸福に包まれていた。
17/03/20 18:43更新 / かずら

■作者メッセージ
初投稿になります、言葉遣いや段落わけなど至らなかった所も多かったです。
読んでくれてありがとうございました(^ ^)

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