読切小説
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人生で大切なものは、だいたい医学書から教わった
「うぅ……こっちで合ってるの、かな……」
 ずりずり、と左足を引きずりながら、イオンは真っ暗な森の中を進んでいた。
 イオンはこの森を抜けた先にある小さな村の出身だった。
 しかしその村の出身者なら、まず間違いなくこの森を通ることはない。
 何故ならこの森には、人を襲う魔物が多く住み着いているからだ。
 もちろん、イオンも始めから森を迂回するように作られた街道に沿って村を目指していたのだが、その進路を塞ぐ問題が現れてしまったのだ。
「っ!?」
 背後から聞こえたガサッ、という草を踏みしめる音にイオンは身を縮みこませた。
 街道にいたのは、10人ほどの盗賊たちだった。
 加えて不幸なの事に、イオンは村の人たちに必要な薬を買った帰り道だったのだ。
 それは盗賊たちが手に入れても使い道に困るものだろうが、どんなものであれど薬は薬。売ればそれなりの金額になる。
 ニヤリと不気味な笑いを浮かべ、一歩一歩と近づいてくる彼らを前に、イオンは迷いなく森へと飛び込んだ。
 彼らに勝てる力はない。見逃してもらえるだけのお金もない。
 とするならば、この薬を守るためには逃げるほかにはなかったのだ。
 しかし、普段はボロボロの医学書と師匠の元で治療の手伝いをする毎日を送るイオンに対し、彼らはそんなイオンのような獲物に飢えながら走り回っている盗賊たちだ。
 森に飛び込んだ瞬間、イオンの目の前に現れた盗賊の仲間がイオンの左足に浅い一撃を加えたのだ。
 幸いだったのが、傷が浅かったために斬られてからも数分は走り続けられたことと、日が暮れていたために隠れやすかったということだろう。
 しかし、今ではもう左足の感覚がほとんどなく、膝から先がただの棒のようにかイオンには感じられず、出血の為に頭も重くなってきていた。
 それでも、イオンにはここで立ち止まっている時間はなかった。
 胸に抱えている薬も、村人たちが数少ないお金を出し合って買ったものだ。
 なんとしても届けなければいけない。
 イオンは歯を食いしばり、再び右足に力をこめようとしたそのときだった。
「ぐぅっ……!?」
 前かがみ気味になっていたために沈んでいたイオンの視界が、グググッと上を向く。
 それはイオンが意図した行動ではない。
「ったく、手間かけさせやがって」
 図太く、しゃがれた声がイオンの背後から聞こえ、次の瞬間それとは対照的に耳をつんざくような甲高い音が森の中に響き渡った。
 イオンの華奢な首に大木の枝のような腕が滑り込み、背の低いイオンの身体は軽々と宙に持ち上げられていた。
 水の中を泳ぐように両足をバタバタと動かしてはみるものの、しっかりと入り込んだその腕は一向に解ける気配がない。
「無駄だってんだよ、オラッ」
 音が、消えた。
 まるで果物から果汁を搾り出すように、イオンの首がギュッと締め付けられる。思わず目が飛び出しそうなほどの強さだ。
 必死に酸素を取り込もうとイオンは口を動かすが、ヒューヒューという扉の間から入り込む風のような音が口の中を行ったり来たりするだけ。
 もうだめだ、そう思ったとき、ふと首に掛けられていた荷重が消え、いきなり飛び込んできた酸素にイオンは思わずむせた。
「……野郎、したら身代金、とれねぇだろうが」
 酸素が肺に飛び込み始めると、再びイオンの元に音が戻りはじめた。
 気づけばイオンの回りに盗賊たちは全員集合していた。どうやらあの甲高い音は、居場所を知らせる笛か何かの音色だったようだ。「だけどよぉ、あんなちっこい村だぜ? こんなガキ一人のために金なんか払うのかよ」
「分かっちゃいねぇな。人の死体なんてめったに見てない奴らだ。こいつの指の1本か2本送ってやれば、気も変わるだろ」
 下品な笑いに混じって聞こえるその恐ろしい話は、当然イオンの耳にも入っていた。
「おいおい……そんなに怖がるなよ。たかが、10本もある指の1本を切るだけだ。死にはしねぇよ」
 一人の盗賊がイオンの顔を覗き込む。薄汚れた笑みが月夜に照らされ、その右手には怪しく光る刃物が見えた。
 羽交い絞めにされているイオンにできる抵抗などあってないようなもので、あっという間に薬は奪われ、イオンの左手は木の幹に沿って立てられていた。
「おう、もう少し指の間を開かねぇと、間違えて他の指も切っちまうぞ」
 なんともありがたみのないご好意だったが、イオン自身は恐怖に脅えてそれどころではなかった。
 イオンの心の準備など待ってくれるはずもなく、月に重なるように刃物が振り上げられる。
 またしても音が消えたが、心臓が張り裂けそうなほどに悲鳴を上げているのが分かった。
「か、は……」
 しかしそんな無音空間だったからだろうか?
 決して大きくはないが、今まで聴いたことのないようなおかしな声が森の中に小さく響いたのだ。
「おい、ど、ごっ……」
「ぐふっ!?」
 イオンを押さえつけていた盗賊も不穏な空気を察知したらしく、イオンは投げ捨てられるように地面へと落とされた。
 その刹那だった。
「ひっ!?」
 ビシャッ、と何かの液体がイオンの顔にべっとりと張り付いた。
 思わず瞼を閉じて視界を塞いでしまったが、その液体の匂いはイオンがよく知っているそれと似た匂いをしていた
 久しぶりに自由になった左手でその液体を乱暴に顔の上からはがし、イオンは慌てて瞼を開いた。
 何故ならその液体の匂いは、人間の血液のそれとよく似ていたからだ。
「ぁ……ひ、っ……!」
 しかし、瞼を開いてしまったことを、イオンはすぐに後悔した。
 むせ返るような血の匂いが森の中に充満し、地面に這い蹲っている盗賊たちは皆、ドクドクと血を流しながら痙攣していたのだ。
 まるで戦場の一角のようなその景色の中に、ふと黒い縦長の影が目の前に現れ、イオンは引き寄せられるように首を上に持ち上げた。
 スラリと伸びた2本のつららのような影がやがて川が合わさるように重なり、そしてそのまま上に視線を持ち上げると、またしても月に重なるようにして怪しく、そして鋭く光る物体をイオンは目にした。
「うっ、うわぁああああああっっっ!」
 生物的な生命の危機感を感じたためだろうか。イオンは立ち上がることなく、ほとんど転がるようにしてその影から離れ、先ほど自分の左手が乗せられていた木の幹を背にして身を震わせていた。
 そんなイオンに対してゆっくりと、影は近づき始め、やがてスッと暗闇から浮き出るように姿が露になった。
「ま、まも、の……」
 胴体こそ緑色の鎧のようなものに包まれ、頭からは触角や金色の宝石のようなものがついているが、しなやかなふくらはぎや顔の輪郭は人間の女性のそれと大差ない。
 村や街にいる女性とは雰囲気こそ違うが、しかし人間とこの上なく似た容姿をもつ生物。
 イオンが本や言伝で聞いたことのある魔物の知識と目の前にいる生き物の姿は、見事に合致していた。
 そしてほとんどの魔物に当てはまることが、もう一つある。
 それは、人間を襲う、という敵対性だ。
 逃げることもできず、ただ震えるだけのイオンの前に魔物は何事も口にせず立ちはだかった。
 暗闇の中でもうっすらと光を放つ琥珀色の瞳がイオンをじっと見つめ、対してイオンもその瞳に吸い込まれるように魔物を見つめていた。
 血の匂いに包まれた静寂の中、やがて魔物がスッと両腕から伸びる鎌のような腕を振り上げる。
 殺される。覚悟は決まっていないが、イオンの中で確信が生まれた。
 しかし、イオンはその現実を受け入れるわけにはいかなかった。
「ま、待ってくださいっ!」
 振り下ろされはじめていた右手が、イオンの顔の前でピタリと止まる。
 その時、体勢を低くしたために魔物の顔が初めて見えた。
 まだイオンと同じ、もしくはもっと幼いかもしれないような顔立ち。まるで貴族の屋敷に置かれている人形のように綺麗な顔立ちだが、赤い飛沫を顔につけ、温度のない表情を浮かべていた。
「ま、まだ、死ぬわけにはいかないんです」
 果たして自分の言葉を理解してくれているのだろうか。
 そんな一抹の不安が胸の中に雲を浮かべていたが、それでも曲げられない意思を伝えるためにイオンは言葉を続けた。
「く、薬を待っている人たちがいるんです! お、お願いですから1日だけ待ってください!」
 そう。イオンは村人のためにも死ぬわけにはいかなかった。
 イオンが頼まれた薬は、半月ほど前から村で蔓延しだした流行病の特効薬なのだ。
 その病状自体は死に至るものではないのだが、薬なしでは1ヶ月以上は酷い熱に襲われる。
 麦が特産の村では、既に収穫できるほどに成長しているにも関わらず、農夫が倒れてしまったために収穫ができていない。
 村の冬は厳しく、このままでは繊細な村の麦はそう遠くないうちに寒さにやられてしまうだろう。
 そうなれば村の収益はなくなり、納税どころか、村の食料さえなくなってしまう。
 それだけは、絶対に避けなければいけない。
 両親を失った自分を拾い、育ててくれた村の人たちを助けずに死ぬわけには、いかないのだ。
「あ、明日の夜には戻ってきます。そ、それからなら……こ、殺しても構わないですから……どうか……」
 声が震える。
 ……本当は殺されたくない。
 イオンとて、死ぬために生まれてきたのではないのだから。
 しかし、このまま殺されるぐらいなら、せめて村の人たちだけでも助けたいのだ。
「…………」
 魔物は何も言わず、表情も変えることなくイオンを見つめていたが、やがてスッと腕の刃を引いてイオンに背を向けた。
 どうやら同意してくれたのだろう。イオンはそう確信し、頭を下げた。
「あ、ありがとうございますっ!」
 その声に振り向くこともなく、やがて魔物は森の闇へと溶け込むように消えていった。
 

「はぁ……はぁ……あっ……!」
 森を抜けたイオンが目にしたのは、3日ぶりの村の姿だった。
 日を見る限り、もうお昼を過ぎた頃だろうか。
 あの恐ろしい魔物が去った後、倒れている盗賊たちの様子を見たがどれも首や心臓などの急所を狙われていたために、誰一人として息をしているものはいなかった。
 それから森の中を半日ほど寝ずに彷徨い続け、自分でもまだ動けているのが不思議なぐらいに身体は疲れ切っていた。
 道中で見つけた薬草で傷口を覆い、ツタでそれを縛り付けたために左足の傷口は既に止血できていたが、気づけば丸1日ほど何も食べず、何も飲まず、寝ることもなく歩き続けたのだ。
 医者の卵という観点から自分を診れば、今すぐにでも横になるべきなのは明らかなのだが、イオンには果たさなければならない約束があった。
 黄金色の海のようにゆらめく小麦の農道を通り抜け、村の入り口を抜けても村人には誰一人会う事がなかった。
 3日前より、状況は更に深刻なようだ。
 イオンはすぐさま、村の中央部にある一際大きな建物を目指した。
 本来、そこは集会場として使われているのだが、今は流行病になった患者を隔離するための病床として使われていた。
 その分厚い木製のドアの前に立っただけで、扉の向こう側から絶え間ない咳と、苦しそうなうめき声がじわじわと聞こえてくる。
 早く薬を渡さないと。そう思ったイオンがドアの取っ手に手を掛けようとした瞬間だった。
「やっぱり、ゲホゲホ、あいつは逃げたんだっっ!」
 水分がなくなり、乾いた怒号が扉の向こうから吹き飛んできた。沸騰した湯から湧き出る泡のように鳴り続いていた咳や声が、全てを忘れたかのようにピタリと鳴り止んだ。
 その代わりに、誰かがすすり泣く声がイオンの耳へ静かに入り込む。
「あいつは、やっぱり余所者だったんだ! ゲホッ! あいつは、薬の金を持って――」
「ふざけんなっっっっっ!」
 重く、身体のそこから震える大砲の発射音のような怒号が、うわごとのように呟いていた誰かの声を弾き飛ばす。
 少しだけ声がかすれていたが、イオンはその声の主が近所の気のいい農夫、ラルフの声であることがすぐに分かった。
「イオンはな、俺らなんかよりもずっと頭が良くて、努力家で、そして優しい子だ! お前だって、本当は知ってんだろうがっ!」
 まるで雄たけびのようなその言葉を聞きながら、イオンは村の子供たちから阻害されていた一時期を思い出していた。
 イオンは拾われたのは、村の近くで起きた戦場の跡地でだった。
 戦場で拾われた子供の親は、両親共に傭兵か、もしくはそれに従軍する医者などと決まっていた。
 戦闘が起これば、近隣の村は食料などを差し出さなければならない。もちろん無償で、た。彼らは武器を持っているのだから、そもそも反対などできるはずがない。
 だから、戦闘に協力する者を皆、村の人は一概に恨んでいた。助けたときは赤子ということで情に流されたが、お前には人殺しの血が流れている、などの言葉を同じくらいの子供たちから何度も浴びせられた。
 イオンが村にきてからも、そうした理不尽な徴収が何度かあったために、イオンにはその気持ちがよく分かった。だから村の子供たちが自分を責めても、イオンは何も言わなかった。
 言わなかったが……もちろん、影では向けようのない悔しさと苦しさで枕を濡らす毎日だった。
 しかしそんな日々は、ある日突然終わりを告げた。
 村の子供たちは何の前触れもなくイオンに「ごめん」と謝り、それからは同じように遊び、接してくれるようになった。
 その理由をイオンが知ったのは、師匠の元で医学を勉強し始めた2年前の15歳の夜だった。
 子供には何の罪もないだろう。村人を集め、ラルフが声を荒げてくれたのも、たしかこの集会場だったはずだ。
 だからイオンは師匠の下で、村の人たちを一人でも救える医者になろうと決心したのだ。
 しかし、その夢が叶う事は、もうない。
 イオンは扉に掛けかけた手をスッと下すと、代わりに盗賊たちの血で赤く染まった薬入りの麻袋を取っ手に結びつける。
 自意識過剰かもしれないが、イオンが一度中に入れば諸手を上げて歓迎をしてくれるだろう。
 しかしそうなれば、今日中に村を出て、再びあの場所に戻る時間がなくなってしまう。
 それに何より、みんなの顔を見れば、きっとこの決意はあっという間に解けて消えてしまうだろう。
 律儀に約束を守る必要がないことは、イオンとて十分に分かっている。
 でも何故だか、イオンはあの魔物にもう一度会わなければいけないような気がしていた。
 だからイオンは、村人たちに会うわけにはいかない。
 そしてこれが、この村とのお別れとなるのだろう。
 イオンは集会場から離れ、足元に落ちていた少し大きめの石を手に取る。
 思えば、村の友達とやった初めての遊びが石投げだった。もちろん、ひ弱なイオンの石は全然飛ばず、友達から笑われた。
 しかしその笑いの温度は、それまでイオンに向けられていたものとは明らかに違い、とても温かいものだった。
 もちろん、その友達だって今は集会場の中で苦しんでいるのだ。
 イオンは石を握り締め、集会場の扉をめがけて力の限り投げた。
 おそらく、今までで一番綺麗な放物線を描いた石は見事にドアに命中し、静かな村に鈍い音を立てる。
 それを確認したイオンはすぐさま背を向け、村人の住む家の影へと飛び込み、村の外を目指した。
 遠く背後から木の扉が軋む音を聞き、イオンは安堵の笑みを一人浮かべ、別れの言葉を呟く。
「……さよなら、みんな」


 再び森の中に入り、大分前にはもう日がくれ、満月の月夜が森の中に差し込む唯一の光源だった。
 しかし一向に、盗賊たちが殺された場所をイオンは見つけられていなかった。
 森を抜ける際、ところどころの木に目印となるようなものは付けていたのだが、一見すればどれもこれも同じような木ばかりでほとんど役に立たなかった。
「……もう、帰っちゃったかな……」
 ふと、頭の中に浮かんだ事態を予測したイオンの心に浮かんだのは、命が助かるのではないかという安堵ではなく、深い申し訳なさだった。
 あの魔物は曲がりなりにもイオンを救い、そして命を奪うことなく見逃し、更に今はイオンのために待ちぼうけをしてくれているかもしれない。
 そう考えれば、たとえ行き先が間違っているとしても立ち止まる気にはなれなかった。
「……あっ……!」
 そんな願いが神様に届いたのだろうか。
 イオンは何気なく目にした木に、自分が記した目印を見つけた。
 それもただの目印ではなく、矢印の縦線に横棒が1本だけ書いてある目印だ。
 イオンが目印を書く際、次の目印の方向を示す矢印と、何番目の目印であるかを矢印の縦線に横棒を加えることで書き記してきた。
 つまり、目の前にある矢印は目的地自体に印をつけた次に書いた矢印だ。
「やった……」
 イオンは思わず笑みを零し、だけどこれから自分は死ににいくのだということを思い出して、結局複雑な表情で矢印が指し示すほうへと歩き出した。
 太い木々の根っこを跨ぎ、背の低い木々の葉を掻き分け、少しだけ開かれた場所が目の前に現れる。
 その部分を挟んだ向こう側に立つ木の幹が月夜に照らされ、遠くからでもハッキリと分かるほどに大きな罰印をイオンは見つけた。「……戻って、これた」
 思わず、深い安堵のため息を口から吐き出してしまった。それと同時に、忘れていたかのような酷い疲れが身体を襲う。
 重い足取りで目印を書いた木の幹に近づくと、ほとんど崩れるようにして木のたもとに座り込んだ。
 このまま目を閉じてしまえばすぐにでも眠りが襲ってきそうだったが、しかしイオンは決して眠りにつきたくはなかった。
 あの魔物がイオンを殺しにくるのなら、おそらくイオンが寝ていようが起きていようがなんの関係もないだろう。
 しかし、イオンは最後にもう一度、あの魔物に会いたかった。
 会ったところで果たして何をしたいのか、自分自身分かっていなかったが。
 ふと周りを見回してみると、昨日の盗賊たちの死体が一つ残らず消えていることに気づいた。あの魔物が餌とするべく盛って帰ったのだろう。
 自分がその盗賊たちと同じ運命を辿る想像をしたとき、やっと身震いが身体を襲ってきた。
 そう、自分は餌なのだ。これからあの魔物に殺され、食べられるだけに、今は生かされているだけ。
 イオンはそう自分に言い聞かせ、森の中にぽっかりと開いたこの場所から見える最後の月を見て、覚悟を決めた。
 と、向かい側の草木のほうからガサッ、と何かが動く物音を聞き、本能からかわずかにイオンは身構える。
 月に照らされたためか、大小6つの金色の光が暗闇の中に浮かぶ言霊のようにぽぅ、と揺れながら浮かび上がった。
 ゆっくりとこちらに近づいてくるその魔物は、無駄のない動きでスタスタとイオンの方へと近づいてくる。
 その両腕には、不気味に光る細い三日月のような鎌を携えて。
 イオンはどう話しかけようか、と心の中で思案していた。
 昨日はありがとうございました? 遅くなって申し訳ありません? どうぞ、僕を殺してください?
 色々な言葉が頭の中に浮かんではいるのに、声にならない。
 ただひたすら、色のない表情を浮かべながらこちらに近づいてくる魔物を見つめることしか、イオンにはできなかった。
 イオンとの距離がほんの2、3歩ほどの距離になったとき、イオンはゆっくりと瞼を閉じる。
 暗闇に包まれた世界の中では、敏感になった聴覚が捕らえた魔物の足音だけが唯一の情報だった。
 ガサッ、ガサッ。地面に生い茂る草の音が、もう目の前まで近づいてきた。
 ……もう、終わりだ。
 心の底から死を覚悟した瞬間、何故か股間がムズムズとうずきはじめた。
 そういえば、死に瀕した生物は子孫を残すために性的欲求が高まる、という話を師匠から聞いたことをイオンは思い出した。
 弱々しく、女々しい性格をしていた自分もやはり男だったんだな、とイオンは苦笑いを浮かべた。
 ……と、そこでふと気づく。
 正面から聞こえたいた足音がいつの間にか背後に移動し、段々と自分から遠ざかっていることに。
「あ、れ……?」
 恐る恐る瞼を開くと、やはりあの魔物の姿はそこになく、代わりにガサガサと木々を踏み倒してこの開かれた場所から遠のいていく音が後ろから聞こえてくる。
 気づかなかったのだろうか? 付いて来いという意味だったのか? それとも、同じ種族の別人だったのか?
 様々な憶測が頭の中でグルグルと回ったが、イオンはとにかく立ち上がり、魔物の足音が消えていった草陰に両手を伸ばし、掻き分けた。
「っっっっ!?」
 それを見たとき、イオンの思考は一気に硬直してしまった。
 膝を折り、イオンと向かい合うようにして中腰になっている魔物は、股を大きく横に開いてイオンを見上げている。
 相変わらずの、つかみどころのない表情で。
「……んっ」
 小さないきみ声は、他でもない魔物から出た声だった。
 その声に、チョロチョロ、という生暖かい音が間髪なく続く。
 イオンは、動くことができなかった。パクパク、と口をだらしなく動かしながらも、しっかりとそれを見てしまっていたのだ。
「……どうして?」
 そんなイオンに、魔物が話しかける。
「ご、ごめんなさいっっ!」
 しかしイオンはその返事どこか、魔物が人の言葉を話したことさえ忘れ、すぐさま180度回転をして後ろを向いた。
 そんなことより何よりも、女性の排泄行為をあろうことか直視してしまった、ということにとてつもない背徳感を感じたからだ。
「なんの、ぁ、こと?」
 言葉の間に入り込んだ高い声が、イオンの背筋をするりと撫でる。
「な、なんのこと、って……そ、その……あの……」
 察してくれない魔物に、イオンは語尾を縮みこませた。
「……なんで、戻ってきたの?」
「な、なんでって言われても……?」
 抑揚のない言葉で問いかけてくる魔物に言葉に、イオンは完全に肩透かしを食らっていた。
「……あなたは、村に戻ると言っていた。そこには、っ、あなたの仲間がいるはず。そんな安全な場所から、あなたがここに戻ってきた理由が分からない。あなたを追って、村に危害を出すと思ったから?」
 魔物は淡々とした口調で疑問符を並べた。どうやらイオンが約束を守りにきたことが不思議なようだ。
「た、たしかに、村の人たちにも危険が及ぶかもしれないとは思いましたけど……あ、あなたが僕を助けてくれたからです」
 言葉通り、イオンの中ではその割合が強かった。
 あのまま盗賊に捕まっていれば、薬は売り飛ばされ、イオンの指と共に身代金が要求されていただろう。
 しかしそれは戻ってきた理由の6割ほどで、残りの4割がなんであるかは、イオン自身によく分かっていなかった。
 主だった理由を聞いた魔物は、少しの空白を空けて、こう答えた。
「……私は、あなたを助けたつもりはない」
「わ、分かってます。餌を確保するために、盗賊の人たちを殺――」
「違う」
 思わぬところで言葉を遮られ、イオンは危うく後ろを振り返ってしまいそうになった。
「あなたたちの肉は、んっ、あなたたちが思うほど、美味しくはない」
 直感的に理解しがたい言い回しに、イオンの頭は小さな混乱を生んだが、それをすぐに解消する言葉が後に羅列する。
「独特の強い臭み、何度も喉の詰まるほどの骨の多さ。加えて、あなたは昨日の人間とは違って、女のような身体つきだから食べるところがない。間違っても、あなたは私の餌になりえない」
 ……どうしようもないほど酷い言われように、イオンはムッとした感情をわずかに覚えた。
「じゃ、じゃあ昨日の人たちの死体がないのは何故ですか? い、いえ、それ以前に! それならあなたが彼らを殺す理由がないじゃないですか」
「森に住んでいるのは私だけではない。私が人間の肉の味が嫌いなだけ。逆に、それが好きな動物もいる。んぅ、人間を殺したのは、彼らの発した音が耳障りだったから」
「お、と……?」
 音、と言われて真っ先に思い浮かんだのは声だった。しかしイオンだって耳障りなはずだし、なにより今まさにその耳障りの音を魔物は聞いていることになる。声の違いで殺す相手を選んだのなら、イオンの他にも10人も居た盗賊たちの中で1人ぐらい生き残りがいてもよかったはずだ。
「ふぁ……」
 それ以外の音を考えているイオンの耳に、またしても魔物の高い声が飛び込んできた。これほどの近さで女性の排泄に立ち会ったことはなかったが、どうやら思わずこういう声が出てしまうらしい。
「あっ……!」
 知らなかった知識にイオンの思考がわずかに奪われたとき、ふと思い出した音があった。
「もしかして、ピーッっていう笛の音じゃないですか?」
「……よく覚えていない。でも、そういう音かもしれない」
 曖昧な返答に、イオンは試しに口笛を吹いてみようかと思ったが、万一それが魔物の逆鱗に触れた時を考えてとっさにやめた。
 そんなことより、もっと大事なことを聞かなくてはならない。
「そ、それで結局……ぼ、僕は帰って、いいんですか……?」
 ゴクリ、と喉に詰まるほどの唾液を、イオンは飲み込んで返事を待つ。
「あなたを刈れば、私はまた腕を洗いに行かなくてはいけない。静かに帰ってくれるなら、私は何もしない」
 それまでの会話の流れを聞いていればほとんど分かりきっていた答えなのに、イオンは心の底から深い安堵の息を零した。
 無言で生を実感するために5秒ほどを費やし、イオンはそれから少し思案した後、魔物を背にしたまま開かれた場所へと戻った。
 そして恐る恐る振り返ると、ちょうど上手い具合に魔物の姿は茂みの向こうへ隠れていた。
「あ、あの……助けてくれて、ありがとうございました」
 大声で言おうと思ったが、“静かに”帰ってと魔物に言われたため、声を抑えて最後の挨拶をした。
 10秒ほど待ったが、生い茂った緑色の壁の向こうから返事が聞こえることはなかった。
 ふと、自分の中に先ほどまであった安堵という感情が消えていることに気づき、わずかな疑問を持ったが、振り返った先に続く長い長い帰路のことで頭の中はすぐに埋め尽くされてしまった。
 まさか村に戻れることになるとは露ほども思っていなかったため、当然村への帰り道など覚えておらず、昨日以上の疲れが身体を地面に埋め込むかのようにのしかかっている。
 このまま夜が明けるまでここら辺で一眠りしたいところだったが、危険な生き物が住んでいるとされている森だ。
 先ほどの魔物は友好的……とまではいかないが、進んで危害を加えてくる気性ではなかったために助かったが、盗賊たちの肉を食らうような危険な生き物が同時に生息しているのも事実だった。
 眠気という魔物の甘い誘惑に大きく首を振り、イオンはもう一度気を引き締めなおした。紆余曲折はあったが、結果的に助けられた命だ。無駄にしてはいけない。
 生への執着を取り戻したイオンが村へと帰るための一歩踏み出したその時、突如大砲が直撃したような衝撃がイオンの背中を襲った。
「ぐっぅうっっ!?」
 言葉にならない声を上げながら、イオンは勢いそのままに頭から倒れこんだ。片足を宙に浮かせていたためか、倒れながらイオンの身体は半回転の力が加わり、顔から草に突っ込むことはなかった。
「っうう! あぁ、ぅぅ……」
 しかし顔を上に向ければ後頭部は下を向くは当たり前であり、草の枕を押し倒しても勢いが余った後頭部は、そのまま硬い地面に手荒い着地を遂げた。
 毎年、祭りの季節になるとラルフなどに無理やり勧められるお酒を呑んだ後のように、イオンの視界はグルグルと渦を描いたが、やがて光り輝く月夜を背景にして、何かが自分の目の前にいることに気づいた。
「ぅぅ……え……?」
 青白い月光に映し出されたシルエットは、つい先ほど別れたばかりであるあの魔物の姿だった。
「あ、あの……」
 どうやら魔物に背後から豪快なタックルをかまされたようだが、なぜ静かに帰って、と言った相手がそのようなことをしたのかは分からなかった。
 何故なら、こちらを見下す金色の瞳には相変わらず表情がなかったためだ。
「やっぱり、ダメ」
「え? ぁ……」
 魔物が呟いた言葉の意味をイオンが理解できたのは、膝の辺りで馬乗りになっている魔物がゆっくりと左手を振り上げたからだ。
 もちろん、どうしてその心変わりが起きてしまったのかは分からなかったが、どうしてと問いかけるつもりにはなれなかった。
 心変わりの理由が納得できるものであっても、そうでなくても、やはりイオンは殺されることになるのだから。
 振り上げられた鎌の青白い刃先を見ながら、イオンは必死に心を落ち着けようと努力した。
 逃げる気は、ない。これが元々の約束だったのだから。
 やがて鎌の刃先が残像を描きながら、ゆっくりとイオンの身体へと近づいてきた。まるで時間が遅くなったのではないかというほどにゆっくりと、そして確実に。
 しかしイオンは、やはり臆病だった。
「くっ、ぅうううううぅっっっっ!」
 声にならない叫びが、噛み締めたままの歯の内側からあふれる様に漏れ出す。
 ビリッ、と服が破ける音がそれに続き、身体は痛みではなく寒気を訴えだした。
 大量の出欠が伴う傷を負った場合、血液が失われたことによる寒さが痛みより先にくることがある、とはどこかの医学書に書いてあったとイオンは思い出し、その痛みに備えてさらに歯を食いしばる。
「っっっぅぅぅ………………ぁ、れ……?」
 しかし、暗闇の世界の中心でいくら待とうと痛みが襲ってくることはなく、ついに痺れを切らしてイオンは恐る恐る瞼を開いた。
 十数秒前と変わらずに夜空に浮かび続ける月を見て、イオンはまだ自分が死んでいないこと確かめた。
 一抹の不安を抱えながらゆっくりと首を持ち上げると、じっとイオンを見つめる魔物、そして服が破れて露になっている自分の素肌が目に入った。服はちょうど縦に身体を割ったところで破けているものの肌の表面に傷は見当たらない。
 そして伺うように魔物のほうへと視線を戻すと、魔物は何事もなかったかのように口を開いた。
「私とセイコウしてほしい」
 イオンの耳にはそう聞こえた。ただその一文の中で、どんな漢字のセイコウという文字が入れば正しいのか、イオンには思いつかなかった。
「ぇ? あ、あの、セイコウ、って何ですか……?」
「あなたのおち○ちんを私のおま○この中に突き入れ、蹂躙し、犯して欲しい」
「っっっっっ!?」
 魔物の真顔の願いが、夜風にさらされて冷え始めていたイオンの体中の血液を一気に沸騰させた。それは興奮とかそういう類の感情のためではなく、ただ単に驚きと恥ずかしさによるものだった。
 おそらく魔物は、イオンが"性交”という言葉を知らないと思ったのだろうが、命を守るための勉強をしている医者の卵が、どうして命が生まれるかを知らないわけがなかった。
 むしろ間違った知識を持っているのはこの魔物のほうだと、イオンは慌てて口を開いた。
「ちょ、ちょっと待ってください! あなたは間違っています!」
 イオンの言葉に、ほんの少しだけ魔物の首が傾いたような気がした。
「僕は人間ですよ? そ、そういう行為は同じ種族の雄と――」
「私は間違っていない」
 声の大きさが先ほどより少しでも上がったり、語調が強くなっているのならムキになっているのだろう、とも思えるのだが、魔物の声は何もかもが最初のときと寸分も変わっていない。
「私たちマンティスの中に雄はいない。下腹部の不快感を収めるには、人の子種を注いでもらうしか方法がない」
 初心なイオンを真っ赤にさせるのには十分すぎる言葉を並べる魔物。こういうのを恥らうのは、てっきり女性の方かとイオンは思っていたのだが。
「え、ええっと、そのですね……っぇ?」
 イオンはどうにかして考えを改めてもらおうと考えていたのだが、既にマンティスはイオンの顔など見てはいなかった。
 その視線の先は、まさにそちらにしか用がないとでも言うかのように、イオンのしょぼくれた股間のモノへと向けられていたのだ。「わ、わぁああああっっ!!!」
 なんだか開放感溢れる空気が身体の全体の表面を流れるなと思ってはいたのだが、まさか下半身の服まで破られているとはイオンは想像していなかった。
 しかし服を切り裂いたのも性交のための準備だったのだとすれば、むしろ上半身の服よりも下半身を露出させることが一番の目的だったのだろう。
「たたせて」
「は……は、ぃ……? ひぁああっ!」
「このままの状態では私のおま○この中に入らない。早く勃起させて」
 マンティスの左手で乱暴にモノを握り締められたイオンは、なんとも情けない悲鳴を上げた。生暖かいマンティスの手のぬくもりが、マンティスの衣服の向こうからじんわりと伝わってくる。
「早く」
 モノをしっかりと握ったまま上半身を倒し、息が吹きかかるほどの近くで、マンティスは静かに要求をした。むにゅ、っと体感したことのないやわらかさの胸が、イオンの貧相な胸板に押し付けられ、目の前では金色の2つの瞳がじっとりとこちらを見ている。
「ぼ、勃起させてって言われても、そ、そんな風に見られてたら……」
 見透かすように向けられているマンティスの視線から、イオンはさっ、と目をそらす。イオンは医学書の知識で自慰行為知っていたが、実践したことはいまだにない。
 それを今から、似た年齢の少女のような容姿をした魔物の前でしろというのは、あまりにひどい拷問だった。
 しかし、
「その調子」
「え、えっ……?」
 マンティスの声につられてイオンが視線を戻すと、マンティスは身体を横にずらしてイオンの股間を見ており、イオンもその視線の先を追うと、イオンのモノがマンティスの手のひらから亀頭を出し始めていた。
「うっ、ぁ……」
 そうして敏感になり始めたモノが、マンティスの手のひらの情報をより鮮明にイオンへと伝える。
 わずかに蠢く指、火照り始めた温度、そしてマンティスが向ける視線までも感じ、イオンのモノはあっという間にギチギチにそり立つ剛直へと変わっていた。
「もう、大丈夫」
 それを見計らって、マンティスは上半身を持ち上げると、イオンの膝の上に乗っていたお尻をゆっくりと浮かばせる。
 移動した先は、もちろんイオンのそり立つ剛直の真上だった。
 挿入するところを確認しやすいようにだろうか、マンティスは上半身から下腹部までを覆っている衣服の裾をつかむと、ペロンとそれを持ち上げた。
 そこには、太ももと同じようにスベスベとしてそうな下腹部がイオンの方に顔を覗かせており、イオンは思わず粘った唾液を飲んだ。
 人と魔物が交わるなど、町の教会に知られれば間違いなく火炙りにされるほどの許されざる行為は、しかしイオンの心臓をはちきれんばかりに興奮させていた。
「……えっ? ぶふぅぅっ!?」
 見入っていた下腹部が急に近づき始め、視界が暗闇に襲われたと思ったときには、溢れんばかりの肉が頭部を覆っていた。
 当然ながら口も鼻も、耳の穴さえも下腹部や太ももに塞がれ、急激に意識が遠のき始めた。
「んんっっっっ、ぶはぁあああああっ! はぁっ、ゲホ、はぁはぁ……」
 二度と目覚めそうにない眠りにイオンがつくギリギリのところで隙間が生まれ、イオンは咳き込みながらも必死に息を取り込んだ。
「忘れていた」
 何を、と聞くだけの空気をイオンの肺はまだ取り込めてなく、わずかに口がパクパクと動かすことしかイオンにはできなかった。
「舐めて」
 そう言って、マンティスはぐいっと下腹部についている穴をイオンの顔に近づけた。たしかに、濡れていない状態で性交をすれば、痛みとともに性器を傷つけ、そこから病気になるというのをイオンも聞いたことがある。
 しかし、さきほどのような方法でやられては、病気以前にイオンが窒息で死んでしまう。
 だからと言って、女性の性器を舐めるなど恥ずかしいことこの上ないのだが……恥部をより近づけてきたマンティスは、このままだとまたイオンの呼吸を止めかねない。
 覚悟を決め、イオンは口からわずかに出した舌先で、どことなく甘い香りを放つマンティスの蜜壺の縁を舐めた。
「ん……」
「ちゅ、んっ、れろ……」
 イオンはわずかに視線を上げ、マンティスの様子を確認したが、顔のパーツに微細な変化も見られず、ただじっとこちらを見つめるマンティスはイオンの方が逆に気恥ずかしく、視線を戻して目の前の女性器を舐めることに集中した。
 医学書には、女性器の周りや陰核の部分に刺激を与えれば体液が染み出す、と書かれていたが、果たしてそれが魔物であるマンティスにも有効なことなのか。
 イオンの疑問の結果は、すぐに明らかになった。
「ん、ぅ……」
「ぺろ、んっ、っ……」
 顔を挟むムニムニとした太ももが、一瞬だけ顔を締め上げてきた。その直後、自分の唾液よりも生暖かい液体が舌先に触れ、イオンはほとんど無意識のうちにそれを飲み込んでしまう。
 ほんの少しだけ、ほのかな甘みが口の中に広がったような気がした。
「んぁ、んぐ、っ、はぁはぁ……」
 イオンが口を遠ざけると、混ざり合った体液がイオンの唇とマンティスの蜜壺の間で架け橋を作った。気づけば呼吸もかなり荒く、頭は靄が掛かったようにボーッとしていた。
 そんなイオンを見下しながら、マンティスは自らの秘所に指先を伸ばして液体をすくうと顔の前まで持ち上げ、パクリと指ごと咥えてしまった。
「……ヘンな味」
 ポロリとマンティスは言葉を漏らすと、ズイズイと移動を始めた。
 その行く先は相変わらず、むしろ先ほどよりもいきり立っているようにさえ見えるイオンのモノの真上だった。
「うっ、ぁ……」
 マンティスの指先が敏感な亀頭を軽く撫で上げ、イオンは背筋が痺れるような感覚に思わず嬌声を上げた。
 やがて、マンティスの衣服が包み込んでいる細い人差し指と親指で作った輪に、イオンはカリ首の位置を固定された。
「はぁはぁ……」
 息の荒いイオンの視線も、対するように会ったときから何も変わらないマンティスの視線も、同じように互いの股間部分に集まっていた。
 そして、マンティスはゆっくりと腰を下ろし始め、亀頭がマンティスの膣口を押し広げた、その瞬間だった。
「っう、はぁぅうううううぅっっっ!」
「くぅううううぅぅ!?」
 先に嬌声をあげたのは、マンティスの方だった。直後、一気にイオンのモノはマンティスの中に飲み込まれ、濡れた肉に包まれた感触がイオンに声を絞り出させる。
「くぅぁぁ、ぼふぅっ!?」
 と、イオンの顔が再び何かに包まれた。太ももよりも柔らかく、そのまま飲み込まれてしまいそうな感覚が顔全体を覆う。
 しかし、その分太もものようにがっしりと固定する力はなかったため、首をバタバタと動かせばすぐにそこから抜け出すことができた。
「ぷはっ。ふ、ぁ……あ、あれ……い、痛かった、ですか……?」
 イオンの顔を塞いでいたのは、マンティスの豊満な胸だった。先ほどまでイオンを見下していたマンティスは、上半身を倒してイオンの頭を胸に抱えるようにしてうつ伏せに倒れ、その身体は小刻みに震えていた。
 人間と同じように処女膜があったとするのならばその痛みのためなのだろうが、マンティスのこれまでの様子を見ていると、それぐらいの痛みでは眉もひそめないだろう、とイオン思っていたので驚いた。
「……ご、ないで」
「え? ぁ……」
 耳元で震えた声が囁かれ、ゆっくりと向き直った顔に月光がわずかに差し込むと、金色の瞳がわずかに震えていることにイオンは気づいた。自分よりもずっと強い存在だと思っていたマンティスが、触れれば壊れてしまいそうなほどにはかなげな存在へと、イオンので変化する。
「お、ねがい……うごか、ないで……」
 コクコク、とイオンは至極素直な返答を返し、石化したかのようにジッと固まった。
 股間からは、マンティスが呼吸をするたびに脈動する肉の感触の快感がひたすらに送り込まれ、イオンは荒い息でそれに耐えていた。
「ふぅ、んぅぅ……」
 その熱をわずかに冷ましてくれるような風が通り抜けたとき、マンティスはゆっくりと腰を持ち上げて、自分の中からイオンのモノを引き抜き始めた。その間も、イオンはただただじっと、目と口を一文字にギュッと閉じているマンティスを下から見ていた。
 やがて、イオンの竿の部分が冷たい空気に晒された時、イオンはそのままモノを完全に引き抜くのだろうと思っていた。何故なら、目の前のマンティスの顔は、とても苦しそうに見えたからだ。
 しかしそれは、イオンの完全なる勘違いだった。
「ふぁ、んんんぅぅっっ!」
「くうぅぅうつうっ!?」
 晒されていたイオンの竿の部分が、再びマンティスの中に飲み込まれてしまった。油断していたこともあって、先ほどの以上の快感がイオンを襲う。
 しかし、今度はそれだけで止まらず、すぐさまマンティスの腰が浮かび上がり、飲み込まれる。
「ぅ、ぁ、ま、待っ、てっ……!」
「んぅ、あっ! くぅ、ぃ、い……!」
 イオンは首を振ってマンティスに止めて欲しいと請っているのに、マンティスは一向に腰の上下運動を止めようとはしない。
 ずちゅ、ずちゅ、という濡れた音と互いの荒くなった息が混ざり合い、嫌でもイオンの興奮を高めてしまう。
 一方でマンティスの顔はと言えば、先ほどのようにすがるような目をイオンに向けながらも、だらしなく開いた口からは白い息をとめどなく漏らしていた。
「だ、めぇ……! んんぅ!?」
 それでも必死に理性を働かせていたイオンの口を、マンティスは不意に自分の唇で塞いできた。
 火照った息と粘っこい唾液がお互いの口の中で行き来し、やがて抱き合うように溶け合う一方で、何か肉質なものがイオンの口の中に入り込み、イオンは思わず舌を引っ込ませた。
「ちゅ、んっ……にげ、ないえ……」
 わずかに開いた口の隙間から、マンティスの声が聞こえた。
 その声が先ほどまで淡々と言葉をつむいでいた無機質なそれとはまったく違う、火照りのある口調と濡れた声質に変わっており、その威力はイオンの動きを止めるには十分過ぎるほどの威力を持っていた。
「んぁ、んんぅぅ……」
「ぁ、ぅぅ、ぅぅぅっ……!」
 再び入り込んできたマンティスの舌に抱かれながら、イオンは小さく呻いていた。
 マンティスが腰を跳ねさせるだけではなく、イオンのモノをあまがみするかのようにグリグリと腰を回し、締め付けてくる攻めに、イオンのモノはもはや爆発寸前まで膨らんでいた。
「ぅぅ〜、ぶはっ! ぼ、ぼく、も、もぅぅぅ……!」
「んぅ、ぁ♪ 出し、て♪ はぁ、んっ♪」
 ギュッとイオンの身体を強く抱きしめながら、マンティスはさらにイオンのモノを激しくしゃぶり、口の中を蹂躙していく。
「ぅううううう、ふぁぁあああああっっっ!」
「んぅうううぅう!? あ、はぅ……♪ れ、てるぅ……♪」
 粘っこい水音が音を立てるたびに、イオンは身体を震わせて精を吐き出し、マンティスは身震いをしながらそれを受け取っていく。 身体の水分をすべて搾り取るかのような抱擁でイオンを抱きしめるマンティスの表情は、それまで一切の感情を出さなかったとは思えないほどに蕩けた表情でイオンを見つめていた。
 やがて互いに引き寄せられるように、イオンとマンティスは顔を近づけてキスを再開した。
「んぁ、ぅあ!? ま、待っ、うぁぁっっ……!」
 積極的に絡めてくるマンティスの舌に任せていたイオンは、モノが再びしごかれ始めて悲鳴を上げた。
「はぅ、や、ぅ……も、っと……♪」
 無邪気な子供のような表情で腰を動かすマンティスは、貪欲な腰使いでさらにイオンの精液を求めて続ける。
「だ、だめ、も、もぅ、ぅうぁああっっっっ!」
「んぅ、ぁうぅ、あっ、つぃの……♪」
 激しくも甘い攻めを受け続けながら、イオンの意識は泥に飲み込まれるように消えていった。
 
 
「……きて……」
 誰かの声に意識を引き上げられたとき、イオンは瞼のむこうに光を感じた。
 1日以上眠っていなかった身体はもう少しの睡眠を欲していたが、診療所の用意でいつも早朝に起きているイオンにとって、そうした状態で目を覚ますことが常であり、ここでもやはり眠気に打ち勝ってうっすらと瞼を明けた。
「んっ……?」
 ゆっくり慣らすように瞼を開くと、ボヤけた視界の中心に誰かの輪郭を見つけた。
 宝石のような2つの金色の瞳、感情を示さな一文字の口、ひょっこりと鎌首をもたげている2本の触覚……。
「……触覚って、うわっ!? がっ!」
 てっきり村の人間か誰かだと思っていたイオンは、人にあるはずのない部位を確認した瞬間、勢いよく振り上げてしまった後頭部が背後の何かにぶつかった。
「くぅぅぅ……」
 涙を抑えながらちらりと背後を振り向くと、そこにあったのは罰印が刻まれたあの大木だった。
「大丈夫?」
 膨れ始めた後頭部を摩るイオンの顔を覗き込むように身体を近づけながら、マンティスは抑揚のない声を静かに零した。
「っぁ、だ、大丈夫ですっ!」
 イオンの上で顔を蕩けさせていたマンティスの表情は夜の闇とともに消えてしまっていたが、無表情の中に残る微かな妖艶な色香がイオンの心臓をビクリと跳ねさせた。
 そう、とマンティスは小さく返事をしてイオンの身体から離れると、パチパチと小さな火の粉を散らしている焚き火に近づき、そこから何かを取ると、イオンに向けてスッと差し出した。
「……あ、あの、これ、は?」
「イノシシの肉。あなたでも食べられるように火に通しておいた」
 そう言って、マンティスがイオンに向けた木の棒には、真っ黒な物体が突き刺さっていた。イノシシの肉は村でもありふれた食材ではあったが、こうした形で出てきたのは初めてだった。
 ……というより、それはコゲていた。
「ど、どうも」
 しかしこちらが受け取らなければいつまでも突き出していそうなマンティスの右手に負け、イオンはぎこちない笑みを浮かべてそれを貰った。木の棒はどこか湿っぽい。
 コゲた食べ物は身体にとって有害である。これもどこかの医学書に書かれていたことだが、果たしてその著者は作ってくれた人の前で、出されたコゲた食べ物を拒否したことはあるのだろうか?
 目線で目を射抜くかのようにこちらを見続けるマンティスを前にしたイオンが、その黒い食べ物を口にするまでそう時間は掛からなかった。
「……どう?」
「お、美味しいです! げ、ゲホ! 肉汁がたっぷり染み込んでて」
 たしかに、肉の中に肉汁は残っていた。
 しかしその肉汁を出すためには焦げた表面をかまなければならず、その部分を噛めば表面が崩れ、舌にジワリと苦味が広がってしまう。
 正直、マズかった。
「そう」
 マンティスはそれからも無表情で、焦げたり、半生だったり、時にはちょうどいい加減の肉をイオンに与え、やがて1日以上何も食べていなかったイオンの胃袋は久しぶりの満足感に、喜んで仕事をこなしていた。
 一方で、マンティスは生のままの肉を時折口に含みつつ、一心不乱に肉を焼いては、イオンに差し出す、という一連の行動を繰り返した。
「も、もうお腹一杯です」
「……そう」
 何本目かも分からない今度の串はそれなりによさそうな焼き加減ではあったが、膨れてしまったお腹の悲鳴に応え、イオンは左手でストップを示した。
 残った肉はそう多くなかったが、マンティスは表情も変えずにそれらを平らげ、やがて火の消えた焚き火を挟んでイオンと向かい合うように座った。
 どうしようか、とイオンは考えていた。改めて、こうした何もない時間に置かれると昨日の出来事が思い出される。
 膝を抱えたマンティスは、露出した股間部分をイオンに見せ付けるようにして座っていた。もちろん、イオンはそれを直視しないようにして視線をそらしていたが、昨日はあの中に……という事実を反芻すると小さな身震いが身体を襲った。
「……そこに、服」
「え?」
 ふと、マンティスはうつむいたままイオンの右側の木を指差した。つっとその指先を目線で追うと、木の棒に掛けられた衣服が掛けられている。
「あれは……?」
「あなたを襲った人たちの。……寒そう、だった、から」
 そう言って、マンティスはギュッとより強く自分の膝を抱きしめた。
 今は昼間のため、寒さはそこまで感じないものの、やはり女性の姿をしたマンティスと向き合ったまま裸でいるのはイオンも避けたかった状況だった。
「ありがとうございます」
 せっかくの好意にイオンは甘えることにし、股間を隠しながら服の掛かっている木に近づくと、背伸びをしてそれらを手にして見た。
 何度か嗅いだことのある血の匂いが、ボロボロの絹の服からわずかに感じられた。
 しかし、失血死させるほどの傷を負わせていたのにも関わらず、鼻を近づけなければ分からないほどの匂いしかしないのは不自然だ。それに木に掛けられていたところをみると、おそらくマンティスが洗ってくれたのだろう。
 イオンはその心遣いに感謝しながら衣服に袖を通した。かなり大きめのサイズだが、ズボンもシャツもとりあえずは問題ない。
 ふぅ、と開放感のなくなった身体でイオンは頭を落ち着かせた。
 とりあえず、これで約束は果たしたはずだ。紆余曲折はあったものの、これ以上ここに留まる理由はないだろう。
 イオンは自分にそう言い聞かせ、マンティスの方へと向き直った。
「あの……ご馳走様でした。僕、帰ります」
 深々としたお辞儀には色々なことへのお礼が含まれていた。
 マンティスは閉じていた口を小さく開いて何かを言おうとしたが、やがて何も言わずにイオンから静かに視線を外した。
 ……帰ろう。
 イオンは自分にそう言い聞かせ、マンティスに背を向けて一歩を踏み出した。来た時は逆から来たが、マンティスの隣を通り抜ける勇気はなかった。
「……まっ、て」
 消え入るような声だった。耳を澄ませていなければ、神経を研ぎ澄ませていなければ、絶対に聞き取れない声。
 だからイオンは聞こえなかったフリをして二歩目、三歩目を続けて踏み出した。
「まって……!」
 今度はさっきよりも大きかった。聞き逃しても、おかしくはない声量。
 だけどイオンは四歩目を踏みとどまってしまった。ほんの一瞬の立ち止まりでも、マンティスに聞こえているという意思表情をするには十分過ぎる時間だった。
 音はなかったが注がれている視線のためか、イオンはマンティスが近づいてきたことを察知して、ゆっくりと振り返った。
 三歩ほどの距離、ちょうどイオンが先ほどまで寄りかかっていた大木のたもとで、マンティスは立ち止まった。
「……なん、ですか?」
 イオンはできるだけ平静を装って口を開いた。マンティスのほうを見つめることができたのは、マンティスがイオンのほうを向いていなかったからだ。
 対するマンティスは、分かりやすいほどに挙動不審。うつむき加減の顔をちらちらとわずかに動かし、イオンのほうを一瞬三鷹と思えば、すぐに下を向いてしまう。
 昨日、イオンの目の前で排泄行為を始めても見せなかったマンティスの態度を前にしながら、それでも何も言わない自分に、イオンは腹を立てていた。
 だけど、何も言えるはずもない。
 昨日イオンは性交を願われ、誘惑に乗せられ、そして求められるままに子種をマンティスの中に吐き出しただけなのだ。
 もし、その思いが自分の勘違いだったらという不安に隠れるイオンは、性交を求めた昨日の態度でマンティスがその言葉を口にすることを必死に祈っているだけだった。
 自分が目の前に出てきたら思い切り殴りたい。イオンはそんな自己嫌悪を抱えながら、しかしマンティスが口を開くのをずっと待っていた。
 ……しかし、マンティスが口を開くことは、なかった。
 そんなマンティスに、イオンは微笑を浮かべて非情な言葉を掛けた。
「それ、じゃあ」
 あっ、と声は出さずに小さな口を開いたマンティスをちらりと見ながらイオンは振り返り、そして歩き出す。
 一歩、二歩、三歩……。こうやって催促すれば、マンティスは昨日のように強引なタックルで自分を引き止めてくれるのではないかと、イオンは他人任せな希望を持ちながら歩みを続けた。
 しかし四歩目を踏み出そうとしても、背中は軽いままだった。
 もしかしたら、マンティスはこんな分からず屋の男に呆れ、もう姿を消してしまったのかもしれない。
 情けない自分をもう一度強く恨みながら、四歩目を踏み出そうとしたときだった。
「ぇ……?」
 四歩目は踏み出せた。背中は相変わらず軽い。なのに、違和感がイオンを襲った。
 それは本当に小さな、小さな違和感。
 イオンはゆっくりと首をそちらに回すと、申し訳なさそうに身体を縮めこませながら、イオンの服の袖をちょこんと引っ張るマンティスの姿を見つけた。
 イオンよりも少しだけ背が高いため、顔を横にそむけているマンティスだったが、そのせいで真っ赤に熟したリンゴのような頬がイオンには丸見えだった。
「……くすっ」
 イオンは思わず笑ってしまった。これで思い込むな、というほうが無理な話だ。
 だからイオンは、思い切りそれを表現することにした。
「っっっっっ!?」
 イオンの笑い声に首をかしげていたマンティスの胸に、思い切り飛び込んだのだ。頬がリンゴなら、こちらは西瓜のように膨れた胸に頭を押し込み、グリグリと子供のように擦り付ける。
 その感触を存分に味わった後、イオンはゆっくりと顔を上げた。
 マンティスは予想通り、いや予想以上に目を大きく見開いて瞼をパチクリとさせている。
 言おう。なぜならそれが真実だから。イオンがマンティスと始めて会った時、飛び跳ねていた心臓は決して命の危険を知らせていたからだけではないのだから。
「僕、マンティスさんが好きです」
 まるで幼い子供が近所のお姉さんに結婚を申し込むような、そんなストレートな言葉でイオンは愛を伝えた。
 マンティスはさらに瞼を大きく見開き、再び真っ赤な頬をイオンにしばらく見せてから、恥ずかしげにイオンのほうへと振り向いた。
「うん……」
 口角がわずかに上を向いているのをイオンは見逃さなかった。
 そしてマンティスはギュギュ、っとイオンの頭に回した腕を締め、たわわに実った胸へと自ら押し付けてくる。なんとも不器用な愛情表現だが、いかにもマンティスらしい、とイオンは笑ってしまった。
 が、その笑い声はマンティスの胸の中へと吸い込まれ、森でその声が聞こえたのはマンティスただ一人だけだった。
11/04/04 17:18更新 / faith

■作者メッセージ
皆さんご存知と思われる、アレの話を大元にしてます。
マンティスさんも同じように、性格のモデルがあります。分かる人は分かると思いますが(汗
個人的には、出会う→押し倒す→アッー! 的な簡潔スマートで書けるようにしたいですね。

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