読切小説
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後悔
人の目を見るのが、苦手だった。だから、声だけを聞いて生きてきた。目を見れないから、人の目から真意を汲み取ることができない。それで、たくさんの人を傷つけて、何度も自分も傷ついた。
貧しい農民の息子に生まれ、文字通り泥にまみれて生きてきた私にとって、その知らせはまさに晴天の霹靂だった。ある日、神父様が私の家に訪れてこう言ったのだ。
「君には魔法の才能がある。是非とも勇者にならないか?」
私は驚愕した。畑を耕すだけの毎日を送ってきて、そのようなことは微塵も考えたことがなかった。
私には、魔法の才能がある?そんなはずがない。その時私はそう思った。あまりに馬鹿げてる。
そして、神父は続けた。
「君ならば、あの邪悪な魔王だって蹴散らすことができる筈だ。そうすれば、君も、ご両親も、こんな苦労をせずに楽に生きていけるんだ。やって、くれるね?」
両親に楽をさせられる。今まで育ててくれた両親への恩返し、親孝行。目の前の男は、確かに私ならやれると言った。両親のためならば、やってやる。私は頷いて、神父について行く事を決めた。
やはり、私は目を見ることができなかったようだ。もし見えていたのなら、あの男の狂気を、信仰に溺れた狂気を、汲み取れたかも知れないのに。


5年後


暗い洞窟の中では、嫌でも孤独が身に沁みる。穴の中で私は、そうひとりため息をつく。
私は、近くの村では化け物と呼ばれて恐れられている存在だ。いや、事実化け物ではあるのだが。蝋のように白い肌。鋭く尖った歯。そして何よりも、ギョロリとした赤いひとつ目と、目玉のついたたくさんの触手。私は、ゲイザーと呼ばれている魔物だった。この様な外見だ。全うな恋愛等と言うものはとうに諦めている。諦めてはいるが、生きていくためには男性の精が必要なので、時々通りかかる男達を襲い、犯し、記憶を奪って人里に帰している。
その日は、特に雨の強い日だった。独りで洞窟の中で焚き火に当たっていると、煤の匂いに混じってある臭いが私の鼻をついた。血の臭いだ、それも若い男の。洞窟の入り口まで歩いて行くと、そこには両目から血を流した男がいた。
「大丈夫か?」
声を、かけてみる。すると男は、首をこちらに向けて、
「大丈夫に見えるか?」
と返すのだ。
「何が、あったんだ?」
「魔物を殺しそびれたんだ。知らなかった。だってあんなの人間とそう変わらないじゃないか。」
「呪われていたんだ。あの男、ああ私に勇者になるよう言った神父のことだ。とにかくそいつに。私には彼女らを殺すことは出来ない。それで私が魔物討伐隊から逃げたら、この様だ。両親のために頑張ってきたのに、2人は私が勇者になる前に死んだ。今思えば、教会に使い潰されたんじゃないかと思ってる。ああ、私は何をしていたのだろう。私は、私は…」
私は、いつの間にかうわ言に変わっていた目の前の男の声を聞きながら、彼がひどく小さく見えた。彼はきっと、私も魔物であることに気づいていないのだろう。
本来私は、この男に対して憎悪を抱かなければならないのかも知れない。この男は勇者で、私達魔物を脅かす(あまりそんな話は聞かないが)存在であるからだ。だが、私が感じたのはこの男に対する愛情だった。いとおしさだった。母性のようなものだった。それで、気づいたら私は彼の震える肩を抱いていた。
「大丈夫。お前は、誰も傷つけていないじゃないか。悪いのはお前じゃない。お前は悪くないんだ。今まで辛かっただろう。もう大丈夫だ。私が、そばにいてやるから。」
彼の耳元でそうささやいた。自然と言葉が出てきた。まるで、誰かに口を乗っ取られたように、すらすらと口が勝手に動いたのだ。
彼は一層肩を震わせて、とうとう声をあげて泣き始めた。そのまま私は彼の背中をポンポンと、子供をあやすようにたたく。雨の音は少し小さくなって、彼の嗚咽にかき消され、聞こえなくなった。



あれから彼女と体を重ねる度に、少しずつ視力が戻っていった。彼女の魔力の影響らしい。私は、少しずつインキュバスになっているようだった。かろうじて彼女の顔が見えるようになった時は、彼女のひとつ目に驚いたものだ。彼女は怒ってしまい、数日は口をきいてくれなかった。今では彼女のかわいらしい点のひとつだと思っている。
私は隣の妻と一緒に両親の墓、といっても彼女のお手製で遺体も埋まってはいないが、木で作った小さな墓標に手をあわせる。
「さあ、朝ごはんだ。一緒に食べようぜ。」
私の妻はそういって、かわいらしいひとつ目を細めて私を見つめる。まだ僅かにぼやける視界で、私は確かに彼女の目を見つめていた。

18/03/16 21:59更新 / 山村タイマー

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初投稿なり。よろしくお願いします。

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