読切小説
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愛する彼女はダンピール
もう初春だというのに、日が落ちてしまうと肌寒くなってきた。
ぱちぱちと火の粉が舞っている暖炉に、さらに薪をいくらかくべる。
ふと窓に目をやると、足音も絶えた闇夜のしじまに、しとしとと雨が振り続けている。

今夜はもう客は来ないだろう。
長椅子に再び深く腰掛けて、真っ赤な表紙、お気に入りの小説に耽り始める。
こうして他の事は一切気にせず、本の世界に没頭する時間がとても心地いい。
外界からは切り離されたこの世界でもう一つの人生を演じているようだ。

しばらくすると、唐突にカランカランと玄関のベルが鳴ったのが聞こえた。
突如として意識が現実に呼び戻される。
どうやらお客のようだ。すこし慌ててロビーから受付へ向かう。

「はいはい、いらっしゃい」

玄関前に立っていたのは、黒い分厚い外套とつば広帽子を深くかぶった長身の人物だった。
身に着けているものからはぽたぽたと水が滴っている。
雨の中ずいぶん歩いていたらしい。

「ふぅ…こんばんはー、まだ泊まれるかな?」

予想に反して、その声は凛として透き通っており、明らかに若い女性のもののようである。
彼女は外套と帽子についた露を手で払いながら尋ねた。

「ああ、大丈夫だよ。一泊銀貨1枚ね」

それを聞いてほっとした様子で、大きめの鞄の中をゴソゴソあさって二泊分の銀貨を取り出す。

「…どうも、ええっと名前は?」
「ソフィア・ビアンカだよ」
「『ソフィア・ビアンカ』ね…オッケー、ここの階段を上がって右手の部屋だよ」
「はーい、ありがとね」

リストに名前を書いて、一番暖かい部屋の鍵を引き出しから取り出してやる。
部屋の場所を聞くと、気の抜けるような返事をして鍵を受け取り、そそくさと階段を上っていってしまった。
二十歳くらいだろうか。女の子一人で旅をしているのかだろうか…。
一瞬そんな疑問が浮かんだが、客個人の来歴など探れないし探ろうとも思わない。
さてと、今度こそ邪魔されずに読めるだろう。
暖炉に戻り再び本を開く。


そうして、一息つけると思った矢先に階段を降りてくる足音が聞こえてきた。


「主人、少し暖炉を貸してもらってもいいかな?」


ほどなく先ほどの女が訊ねてきた。
今度は帽子も外套も脱いでしまっている。
露になったその容姿はこれまた予想外であった。

長身長脚で、すらりとした真っ白で健康的な手足。
全体的に露出の多く、腹部が外気に晒されている黒を基調とした危なめの服装。
まだ寒いだろうに太ももまできっちり見えるホットパンツとひざ下まである長いブーツ。
薄暗い中、腰まである見事な金髪が暖炉の火に照らされてきらきらと輝いている。
こちらを見つめるガーネットのような深い緋色の瞳に見とれてしまう。
蠱惑的ともいえるほどの魅力を持った女性が目の前にいた。

「…ああ、好きに使ってくれて構わないよ」

あまりの美しさに少したじろいでしまった。
彼女はわずかに微笑んで、軽く礼を言うと、もう一つの長椅子の端っこにちょこんと腰を下ろした。
長い間雨に打たれたのだろう。外套の下にも水がしみ込んでしまっているようだった。
暖炉の暖かさを一身に受けようと身を乗り出し、腕を火に向けて伸ばしている。

「…あったかい」

本を閉じて立ち上がり、暖炉で温めていたポットからミルクを2杯のコップに注ぐ。

「…よかったらどうぞ」
「ん…ありがと。助かるよ」

これでいくらか寒さもましだろう。
軽く湯気がたつほどには温まっているようだ。
一口飲むと、ちょうどよい暖かさが体の芯から広がっていく。
彼女も少し口をつけると、幸せそうに顔をほころばせている。

ミルクを片手に読書を再開しようと思うと、彼女の方から声をかけてきた。
…今夜はもう本は諦めよう。

「突然雨が降ってきて慌てたけど、よさそうな宿があってよかったよ」
「それはどうも。でもなかなか見つからなかったでしょ」
「結構奥まった場所にあるんだね」
「元々は民家だったからね。不便かけてすまない」

この宿は昔に母が家族ぐるみで経営していたものだ。
それを俺が引き継いで今は主人としてなんとか切り盛りしている。
宿は表の通りに面しておらず、民家に紛れ込むように建っている。
雨の中、結構な時間探すことになっただろう。

「構わないよ。…ところで気になっていたんだけどその本はもしかして…」
「ん?これのことか?」

彼女が指し示した赤い表紙の本。ずいぶん前、旅の行商人からもらったものだ。
なんてことないただの恋愛小説だ。
主人公が美しい町娘と出会い紆余曲折を経てゴールイン。ありふれたシナリオだがそれがいい。
しかし、今の魔物というものが現れるようになって最近ではこういう代物も珍しくなりつつあるか、としみじみ思う。
まぁ反魔領から出たことないから実物は見たことはないけど…。

彼女に表紙が見えるように持ち上げて確認する。

「やっぱりだ!私もその本読んだことあるよ!」
「…本当に?!」
「昔は好きでよく読んでたなぁ。まさか別の場所でもう一度目にするとはね」
「俺も他の読者に会えるなんて思ってもみなかったよ。」

興奮ぎみに反応してしまった。古い本で特別に有名なものというわけでもない。
ただでさえ同じ本を共有できる者というのは少ないのに感激だ。

「なつかしいなぁ。最後のプロポーズがとってもロマンチックなんだよね」
「そうそう!ボートの上で告白するシーンいいよねぇ。それからこの場面なんだけど...」

久しぶりに本を分かち合う機会が出来てどんどん話してしまう。
幸いに、彼女も満更でもない様子で感想を言ったり、あれこれ考察してみたりしている。
とても楽しい時間だった。




話がひと段落したところで気が付いた。
いつの間にやら暖炉の火が弱々しくなっており、消えかかっている。
もはや雨音も聞こえず、あたりが静まりかえっている。
どうやらすっかり話し込んでいたらしい。

「おおっと、もうこんな時間か」
「ほんとだ。私も全然気がつかなかったよ」
「長話に付き合ってもらってすまないね」
「いや、楽しかったよ!機会があればぜひまた話したいな」
「それはよかった。しかし、さすがに今日のところは切り上げようか」

機械式の掛け時計を見ると、すでに一日が終わっていた。
立ち上がって軽く体を伸ばすと節々から小気味いい音が鳴る。

「そうだね。…っとそういえば名前聞いてなかったね」
「アルバート・ブラウン。アルでいいよ。今日はありがとうソフィアさん」
「私もソフィでいいよ。ミルクご馳走さま。それじゃあお休みなさい、アル!」
「ああ、お休み」

名前を呼ばれて、彼女の容姿を再び意識して尻込みしてしまう。
話してるときな気にならなかったのになぁ…。

彼女は最後にまた軽くお礼を言って、ロビーを後にした。
暖炉の火を消して、テーブルのコップを片付けると一気に睡魔が襲ってきた。
久しぶりに話し込んでしまったせいで疲れたのだろう。
今日はぐっすりと眠れそうだ。
最後に戸締りしたことを確認して自室に向かう。


***


…朝市の喧騒で目が覚める。
ベットに倒れこんですぐに寝てしまったらしい。

「…まだ寝たいけどしょうがない」

すっかり熟睡してしまったようだ。
初春の朝の澄み切った、独特の空気を肺いっぱいに吸い込み目を覚ます。
冷たい水で顔を洗い、着替えて身だしなみを整える。

「腹ごしらえからだな」

朝食を食べにキッチンに向かう。特に宿泊者用に食事は提供していないが、民家であった名残である。
元々料理が好きで、できる限り調理を行っていたので、器具・調味料はあらかた揃えている。
ちょっと自慢のキッチンだ。

「そういえば食パンを買っておいたっけな」

近所のパン屋から仕入れた一斤を適当にスライスして、ちぎったレタス、ベーコン、チーズをのせて完成だ。
料理とすら言えない代物だが、その場でかぶりつく。
レタスの瑞々しい歯ごたえ、肉のうまみとチーズのコクが絶妙な塩梅だ。

「やっぱりサンドウィッチはこの組み合わせが至高だな」

残りも、ペロリと軽く平らげてしまう。
皿を洗ってから昨夜、暖炉の片づけをしていないのを思い出した。

ロビーに向かうと燃え尽きて炭化した薪を取り除き、代わりに新しい薪を組んでいく。

「…これでよしっと」

続いて、朝の誰もいないロビーではき掃除をしていく。
昨日は雨が降っていたので、宿泊者の靴の泥と一緒に砂も上がっているから念入りに行う。
あまり人気のない宿だが、ロビーを一人きりで掃除ができるのはありがたい。

あらかた土を掃きだしたころ、2階の扉が開く音がした。

「ふぁあ…おはよー」

眠そうにあくびをしながらソフィが降りてきた。
ぼさっとした髪の毛を見るに寝起きすぐなのだろう。

「おはよう。よく眠れた?」
「うん。ぐっすりと」

すでに日は煌々と輝いており、時刻はお昼時だ。
どうやら彼女は朝にめっぽう弱いらしい。

「アル、お湯を借りてもいいかな?」
「はいよ、ちょっと待っててね」

手にしている箒をかたずけて、キッチンで適当な量のお湯を汲んでくる。

「桶は部屋に置いててくれていいから」
「ありがとー」

ソフィはまだ眠そうな目を擦りながら再び階段を上っていく。
危なげな足取りで桶を持っていくのを見送る。

そうして、仕事がひと段落したらお腹がすいてきた。
今日の昼食はどうしようか。
いつものように作ってもいいけど、料理の研究がてら久しぶりに外食するのも悪くないかな。

「ふぅ…顔洗ったらすっきりしたよ」

そんなことを思っているうちにソフィが降りてきた。
もうすっかり目が覚めたようだ。
服装を整えて、髪も後ろに束ねて紺色のリボンで一本に結ってある。
昨日かぶっていた帽子もほとんど乾いたらしい。
全体的に落ち着いた雰囲気で纏まっており、濃い色の装いがとてもよく似合っている。

「ソフィはずいぶんと朝が弱いんだね」

日の光に照らされて昨日よりもはっきりと姿がわかる。
透き通る玉の肌に工芸品のような手足、本当に華奢という言葉が似合う女性だ。

「むぅ…それは認めるけど、私だって努力してるんだよ?」

ぷくっと頬を膨らませるが子供っぽくて可愛らしい。

「すまないね、単にそう思っただけで他意はないよ」
「うーん…やっぱり遺伝なのかなぁ」

遺伝?寝起きの悪さって遺伝するものなのか…。
妙なことで引っかかていると、ソフィのお腹の虫がキュウ、と控えめに鳴いた。

「お腹がすいたの?」

彼女が自分のお腹を抱え紅潮した様子で、コクコクとうなずいた。
それから、気を取りなおしたように咳ばらいをして尋ねてきた。

「んと…この町に来るのは初めてなんだけど、おすすめとかないかな?」
「おすすめかぁ…。近所でいいならたまに行くパスタ専門店が好みかな。ちょうど行こうと思っていたところなんだけど、…よかったら一緒にどうかな?」
「本当かい!ご一緒させてもらうよ」

何の気なしに誘ってしまったけど、女性とご飯なんていつぶりだろうか。
彼女の穏やかな性格のおかげだろうか、彼女といるときは何となく気が置けない。



「しかし、寝起きでもお腹は空くんだね」
「もーっ!いいじゃないかー!」

完璧な容姿からは想像できない彼女の無垢な一面に思わず笑いがこみ上げる。
笑われている肝心の彼女は少し拗ねてしまったが、謝るとすぐに許してくれた。
それでも面白くてつい笑ってしまうけど。

急いで外出する支度をして宿を出る。
玄関を出ると、昨日とは打って変わってすっかり晴天のようだった。
表の通りには既にいくつもの露店が開いており、主婦や小間使いたちがせわしなく行き来している。
ソフィも後について歩いてくるが、その風貌から、一緒に歩いているだけで周りの視線が集まってしまい、足取りが少し速くなる。
それからは小路を選んで歩くようにし、町の案内も兼ねて少し遠回りして店に向かった。




「…よし、到着」
「ここが例のお店?いい雰囲気だね」

よかった。お昼時から少し過ぎたからか、人入りは疎らで普段と比べると結構空いてる。
二人で店に入ると、ウェイトレスが出迎えて席まで案内してくれた。
店の中は外からの光がよく入るように工夫されていて、開放的な空間になっている。
この時間帯でも談笑しながら食事をしている人がちらほらと見受けられる。

窓際の二人掛けの席に腰掛けると、メニューを手渡してくれた。

「ご注文は後程お伺いいたしますね!」
「どうも…、さてと」

メニューをソフィにも見えるように開いてやる。

さてと、今日は何を食べようか…。
ここのパスタはとにかくなんでも美味いが、せっかくなので初めての『キノコと香草のパスタ』にしてみようかな。

「ソフィは決まった?」
「それじゃあ、このトマトクリームパスタにしようかな」
「オッケー...注文いいですか?」

ちょうどお水を運んできてくれたウェイトレスにパスタを2つ注文する。

「かしこまりました!」

元気のいい返事をして、ウェイターが注文をメモして厨房に去っていく。
料理が運ばれてくるのが待ち遠しい。

「うーん…いい香りがするねぇ」
「ここのパスタは絶品だ。期待してくれて構わないよ」

注文してから厨房からオイルとバターの香りが漂ってくる。
ソフィは目を閉じ、小さな鼻をクンクンさせて完成した料理を想像しているようだ。

「それは楽しみだ。やっぱりアルにお店を聞いて正解だったよ」
「気に入ってくれるといいんだけどね」
「きっと気に入るよ」

屈託のない笑顔を向けてくれる。
こんなに落ち着いて会話できる相手なんて本当に久しぶりだ。

「そういえば、ソフィってどこから来たの?この町は初めてなんだよね」
「うん。生まれはずっと東の方だよ」
「つまり、今は旅の途中なのかい?」
「うーん…旅も兼ねての、家出かな…」

家出?どういうことだろうか。
家庭の事情で家を追い出されたとかなのだろうか。
ちょっと気になるがこれ以上踏み込むのはよくないかもしれない。
しかし、それを察したかのようにソフィが付け加えた。

「あー、そんなに深い理由じゃないよ。単に母と喧嘩しちゃってね…」
「そうなのか。しかし家出で初めての町までって、ずいぶん遠くまで来たね」
「もうしばらくは帰りたくないからね」

ピシャリと言い放ち、美しい顔を少し歪ませて溜息をつく。
察するに母親に相当の思いがあるのだろう。

「一体何があったの?」

ついつい気になって訊いてしまった。
彼女は面白くない話だけど、と前置きをして、これまでの「家出」に至る経緯について教えてくれた。

彼女がある領主の娘であり、その母が領民を蔑んでいたこと。
そのためか領民との交流を禁止されていたこと。
ほどんど屋敷の中で軟禁されており、一番の遊び相手はメイドであったこと。
一方、読書は母からも奨められており、よく屋敷の書斎で本を読んでいたこと。
ゆうべの本も屋敷にいたときに読んだらしい。
そして、ひと月ほど前に母親からの言いつけを破り大目玉を食らったこと。
そこから今に至るのに想像に難くない。

彼女が領主の娘であることにはさほど驚かなかった。
佇まいからして並々ならぬ身分であることは何となく感じていた。

うんうん、と聞いているとそのうちウェイターが皿を二つ持ってこちらに向かってきた。

「お待たせしました!ご注文の品でございます!」


配膳された料理はそれなりの量で綺麗に皿に盛りつけられており、クリームの中のチーズと、香草のスパイシーな香りが鼻腔をくすぐる。
ソフィも話を一旦切り上げて、先ほどの表情からは一変して待ってましたと言わんばかりに目を輝かせる。
…本当にお腹が空いてたんだな。

「おぉーすごくおいしそうだね!」
「このパスタは初めてだがなかなかいけそうだ」
「屋敷にいるとき、パスタはあまり食べなかったからとても楽しみだよ!」

「ごゆっくりどうぞ―!」

ウェイターは空いたグラスに水を注ぐとまた厨房に戻っていった。

さてさて、まずは具を均一になるようにパスタの上にばらして、フォークで一巻にして一気に頂く。
初めに香草の食欲をそそる香りが鼻に抜けると、キノコ、続いてバターの旨味があふれ出てくる。
口いっぱいの幸せを噛みしめながらキノコ独特の後味を楽しむ。

「うん。やっぱり美味いな…。」

キノコはあまり調理したことはないが作ってみようかな…。

「ん〜!お腹が空いてたからますます美味しいよぉ」

どうやらソフィもご満悦のようだ。
あのクリームにはチーズの風味がこれでもかというくらい詰め込まれている。
自宅で再現しようとしたが不可能だった。一体どんな技術をつかっているのだろうか…。

美味いのでどんどん手が進む。
お互いほとんど話す間もなく平らげてしまった。

「ふぅ…食った食った」
「おいしかったぁ…」

満腹になった腹をさすりながら、しばらく食後の余韻に浸る。

そうしていると、おもむろにソフィが身を乗り出して訊ねてきた。



「ところでアル…愛って何だと思う?」



思わず口に含んでいた水を吐き出しそうになる。
何を言っているんだこのこは…?
愛って言った?

「…んっ。なんだって?」

何とか水を飲み込む。

「私は愛を探すために旅をしてるんだ」

真剣な眼差しでそんなことを言うから思わず吹き出してしまった。
するとまた、今朝のように不機嫌に顔を膨らませる。

「そんなに笑わなくたっていいでしょー!」
「いやぁ、ごめんごめん。あんまりに真剣な顔で言うからさ」

やっぱり怒った顔も可愛らしい。

「しかし、一体なんだってそんな藪から棒に…」
「…ずっと憧れてたんだ。本の中のお話だけど」

そろそろかわいそうなので、無理にでも平静を保って質問する。

「恋愛小説とか?昨日の夜の本みたいなの?」
「そう!書斎によくそういう本があってね。でもいざ愛って何なんだろうって考えると、考えれば考えるほどわからなくなってくる」

ソフィの母が奨めていた読書のせいで、人とのかかわりにより興味が湧いてしまったのか…。
もしそれが喧嘩の原因になったんなら皮肉なものだ。

「愛かぁ…俺もよくわからないかな」
「そんなぁ…」
「だけど、その人にとっての「愛」なら分かるのかもね」
「その人にとっての「愛」?」
「飽くまで俺の意見なんだけど…」

世界には数多くの恋愛についての小説がある。
そのどれが、なにが本当の愛なのかっていうのはきっと神様にしかわからないんだと思う。
でも、その一つを取ってみると、その作者は確かに全霊をもって自身にとっての「愛」を表現してるんだ。
小説っていうのはそういうものでしょう?
その人にとっての「愛」なら本当に存在しているし、他の人に伝えることもできる。

「…だから問うべきは、ソフィにとっての「愛」じゃないかな?」

やっぱりソフィといるとついつい言葉が出てきてしまう。

「…なるほど。私にとっての、か…」

予想に反して納得してくれているみたいだ。
顎に手を当て、反芻するように、口に出している。

「まあ、実体験もないのに偉そうに言うなって話なんだけどね」

少し自虐気味に吐き捨てて笑う。
ソフィが眉をピクリと動かしたのが見えた。

「…彼女さんとかはいないの?」
「いたけど振られたよ」

普段なら絶対に言わないだろうな…。
ソフィが話をよく聞いてくれることに胡坐をかいてしまっているのかもしれない。

「そうなんだ…。――もったいないなぁ」
「ん?なんだって?」
「なんでもないよ…!それにしても振られるなんてね」
「元々人付き合いは得意な方でもないし、しょうがないさ」

自分から付き合いを申し込んだが、当初、カップルとしてどうすればよいのかと悩んでいた。
それから、勝手に嫌われることが怖くなってしまい、結局、何もできなくなってしまった。
ついに、付き合ってから1年たらずで疎遠になり、拒絶された。
当時こそ大変なショックだったが、今では自分のことしか考えていなかったことに気づき、申し訳なく思っている。
相手を思いやることもできなかった。
愛なんてとても語れない。
そういう性分なのだろう。
本当に仕方のない男だ。

「つまらない話を聞かせてしまって申し訳ない」
「ううん、こちらこそ」
「さて、そろそろ出るか」

妙な雰囲気を無理やり断ち切るように立ち上がり、会計を済ませる。

「ありがとうございましたー!」

いつものようにウェイターが元気な声と笑顔で見送ってくれる。
やはりサービスがよいと料理に集中できてよい。
店を出るともう日が傾き始めていた。



「…ええっと、俺はこのまま宿に戻るんだけど」
「うん。私も戻るよ」

宿に向かって歩いていると、ソフィが後ろをついてくる。
彼女は昼過ぎに予定があるものと勝手に思っていたのだが。

「…やっぱりパン屋に寄ろうかな」
「私もパン屋に寄るんだった」

…何がしたいんだろう。

「…ソフィもしかして暇なのか?」
「自由を謳歌しているんだ」

訳の分からないことを…

「…よかったらパン屋まで案内するけど?」
「やったー!行こう!」

うん。今日は元々休業日だしよいだろう。
もし彼女にしっぽが生えていたらきっとバタバタと大きく振っているに違いにない。
満面の笑みだ。
しかし、そんな顔でそんなに近づかれると少し落ち着かない…。

「…っと、そっちじゃないよ」
「ああ、ごめん…」

場所がわからないくせにすたすたと歩き始めた。
まるで犬の散歩をしている気分だ…。


パン屋に向かう途中、屋敷やそのメイド、領地にいた友達の話をしてくれた。
話を聞いているとソフィの、他者への好奇心がよく伝わってくる。
屋敷に閉じ込められていた時間は彼女にとって拷問のようなものだったのだろう。
外界を求めて本の世界に心躍らせるのもわかる気がする。




「ソフィ着いたよ」

夢中になって話している彼女を制して、声をかける。

「おっと、そうだったね」

彼女は仕切りなおすようにして自分を落ち着かせている。

「ここがよく通うパン屋だよ」

店頭には様々な種類のパンが陳列されており、香ばしい匂いが漂ってくる。
多くはライ麦パンや白パンなどシンプルなものだが、中には砂糖やクリームを使っている菓子パンなるものも揃えている。
値段もそこそこに、とにかく種類が多いのがありがたい。
どうやら朝のピークを終え、奥の工房では、今日の商品は全て焼きあがったようだ。
パン職人が明日の仕込み作業をしている。
お客がいることに気づいた別の店員が声をかけてくれる。

「美味しそうな香りがするよぉ」

まだ食べるつもりなのか…。

「間食としてならこのメロンパンってのがおすすめかな」

独特の模様をした円形をパンを指さす。

「なにこれ?こんなパンは初めて見るよ」
「中はフワフワなんだけど、表面にはビスケット生地を使っているんだ。サクッとした食感がたまらない逸品だよ」

ソフィは陳列されたパンを一通りじっくりと眺めながら確認する。
それから、結局興味深々っといった面持ちでメロンパンを注視し、ついに決心したように頷く。

「これ頂けるかな」

ソフィは店員に銅貨を差し出すと、メロンパンを紙袋に入れてもらって受け取った。
ニコニコして受け取るのを見守ってから、いつものように朝食用としてまたパンを買い込んで店を後にする。

早速今しがた受け取った袋から取り出して、メロンパンを頬張っている。
やっぱり食べるんだね…。

「どう?おいしい?」

その表情を見るに気に入ってもらえたみたいだ。

「…っん。食感もだけど、味も素晴らしいね!くどくならずに、癖になる丁度よい甘さだよ」
「気に入ってくれてよかったよ」

こちらの方に向き返り、金色に輝く髪をなびかせる。
ソフィは本当に幸せそうに食べる。
いつもは落ち着いて見えるくせに、時々こういう不意打ちを食らってドキッとしてしまう。

「…今日はありがとうね、アル。話を聞いてもらって少しすっきりしたよ。あと、パスタもとても美味しかった」

口惜しそうにパンを食べ終えると、礼を言うためにわざわざ立ち止まる。
店を紹介しただけなのに律儀なものだ。

「それなら俺の方こそ礼を言いたいくらいだよ。ありがとうソフィ」

今日は、ソフィと昼食を食べてパン屋に寄っただけだったけど、とても充実した一日のように思えた。

「…ん?何かしたかな?」
「二人で食事なんて久しぶりだったから、楽しかったよ。それに、あんなに美味しそうに食べるんだもん。紹介した甲斐があったってもんだ」

食べているときの幸せそうな彼女の表情を眺めているだけで何となくこちらも幸せな気分になる。

「そうなのかな…。」

彼女自身、自覚はなかったのか、わずかに赤面し目を伏せる。
それから口角に手をあてて自分の表情を確認しているようだ。

「だから。お相子だね」

そういうと、再び帰路につく。
ソフィは納得いかないような顔で首をかしげているが、彼女の存在はたぶん彼女が思っているほど俺にとっては小さくない。


しばらく歩き、露店が立ち並ぶ通りまで来た時に彼女がはっしてと立ち止まった。

「そうだ!今日の晩御飯をごちそうさせて欲しいんだ」

こちらの方に向き直り、両手を組んで懇願するかのように上目づかいで尋ねてくる。
ごちそうさせる、ということは手料理でも作ってくれるのだろうか。
屋敷にいたころに、炊事に関しては件のメイドに扱かれたらしいから期待はできる。

「それは楽しみだ。ぜひ食べてみたいな」
「よし!そうと決まれば食材を買いに行こうか」

今晩のメニューはホワイトシチューらしい。
通りの露店で必要な肉類と野菜を買い揃えていく。

しかし、誰かの手料理を食べることになるなんて考えもしなかった。
振られてからというものめっきり女の影がなかったからな…。
上機嫌で買い物をしていく彼女を見て、ふと思い返す。
それから、彼女がてきぱきと必要な材料を買い込んでいく。




一通り買い終えたら、二人で麻袋を抱えて宿に戻る。
途中、露店のミートパイに誘惑されそうになった彼女を制して何とか帰還した。

宿のカギを開けて中へ入ると、人の目から逃れられほっとする。
ロビーを通り抜けて、二人でそのままキッチンへと向かう。
キッチン中央にある大きめの作業台の上に買ってきた食材を並べていく。

「…よいしょっと。到着」
「材料全部揃ったねー」
「調理は俺も手伝うよ」
「うん。助かるよ!」

一緒に作るという提案にすんなり二つ返事で応えてくれる。
実はソフィと作れることを密かに楽しみにしていた。

「さてと、まずは材料の下処理からだね」

順番に手を洗ったのち、ソフィが袋から野菜を取り出していく。
包丁を手渡すとソフィは手際よく皮をむいていく。

なかなかうまいものだ。
その腕前に少し感心する。

続いて彼女が鶏肉の下ごしらえをしている間に、小麦粉や牛乳、その他調味料を棚から集めていく。

「よしっ。こんなものかな」

ジャガイモ、にんじん、たまねぎ、鶏肉が見事に食べやすい大きさに切り分けられている。
最終的に、ほとんど彼女がやってしまった。
さすが本職のメイドに叩き込まれただけあるな…。

後は材料を鍋に突っ込むだけだ。
大して手伝えることもないだろう。

「付け合わせは今日買ってきたパンでいいか?」
「うん!こっちもじきに仕上がりそうだ。よかったらお皿を出しておいてもらえるかな」

朝食用に買ってきたパンのいくつかをバスケットに入れてから食器を持ってくる。
そうして話している間にもソフィは切っておいた具材を鍋に入れて火にかけていく。
ちりちりと食欲をそそる音と、香ばしい匂いがあたりを包んでくる。

野菜にしっかりと火が通った頃合いで、牛乳、小麦粉を加える。
秤は使わずに目分量で調整している様子をみるに、相当作り慣れているのだろうか。

「あとはもう少し煮込んで完成かなぁ」

ソフィがなかなかの出来といった風にうなずき、焦がさないように鍋をかき混ぜている。
真剣な表情で調理している様に思わず見とれてしまう。
彼女の普段着のクールなイメージから一転して、とても家庭的な印象を受ける。

「…よし!こんなものかな。アル、シチューできたよ!」

彼女に呼ばれて鍋を覗くと、まるでお手本のような、見事なシチューになっていた。
今すぐにでも食べたい衝動を抑える。

「おぉ!これはうまそうだ!」
「それじゃあ、お皿に盛りつけようか」

せっかくの機会なので、キッチンの奥の棚から秘蔵のワインを持ってくる。
いつもは、自分へのご褒美として孤独の晩酌をするためにとっておいてるものだが、ソフィとならもっと味わい深いお酒が楽しめるだろう。
ソフィがよそったシチューとパンが入ったバスケット、グラスをもってロビーに向かう。




暖炉前のテーブルに料理を並べると、薪に火をつける。
ワインを注ぐと、薄暗い中で暖炉の火の光がグラスを照らし、何ともロマンチックな雰囲気を醸し出す。
なんだかデートしているようで、小っ恥ずかしくなってしまう。

「まずは乾杯だね」

ソフィが手慣れた様子でグラスを持ち上げて催促する。
それに従うと、彼女は舐めるようにワインを口にする。

「よし、さあ!食べて食べて!」
「…いただきます」

期待の眼差しでこちらの顔を覗き込まれ、思わず目をそらしてしまう。
よく見れば見るほどその抜群の美貌を再認識してしまう。

邪念を振り払うように目の前のシチューの味に集中するようにする。
スプーンとすくって口に含んだとたんに、ジャガイモがほろほろと崩れていく。
鶏肉もその旨味を余すところなく引き出しており、噛めば噛むほどにあふれ出てくる。
間違いなくうまい。しかしそれだけでない。
ソフィが作ってくれたという事実に心が満たされる。
人に作ってもらえる料理というのはこんなにも暖かいものだったのか。

「…おいしいよ、とっても」

ソフィはそれを聞いて、安心したように体の緊張を解く。

「よかったよー。実は私が初めて作った料理もシチューなんだ」

そう言ってようやく自分のシチューに手を伸ばす。

「道理であんなに作り慣れているわけだ」

一番の自信作を作ってくれたのだろうか。
簡単な料理だが、火加減や、材料の下処理で細かな工夫がなされており、真心がこもっているように感じる。

「シャーレイが『シチューは料理の基本ですの!』っていっつも言うからさー」

ソフィがご機嫌そうにクスクスと笑う。
シャーレイというのは、例のメイドのことだ。
一緒に過ごした時間が長いからだろう。よく彼女の話を聞かせてくれる。

「本当に彼女のことが好きなんだな」

彼女はグラスを傾けながら、返事をする代わりにニコニコしながら頷く。

今日一日、結局ソフィと食事をしていただけだったが、とても濃密な時間を過ごした気がする。
彼女と話している時間は非常に新鮮なのだ。
自分とは真逆で人懐っこくて天真爛漫。
笑顔を振りまく向日葵のような女の子だ。
それでいて、俺の話にも真剣に耳を傾けてくれる。
ずっとそばにいることが出来るならどれだけ幸せだろうか。

「そういえば、アルはまた彼女さんが欲しくなったりしないの?」

ぼんやりとそんなことを思っているとソフィが神妙な面持ちで見つめてくる。
絶妙なタイミングだったので、考えが読まれているようで少し焦った。

「…どうだろう。いたら良いだろうな、とは思うかな」

お互いを思いやれるような、そんな高尚な男女であれるのなら、さぞよいのだろう。
しかし、自分にそんなことが出来るなんて到底思えないし、まして、相手を幸せにするなんて叶わぬ理想でしかない。


「…例えば私ならどうかな?」


一瞬何を言っているのかわからなかった。
あっけにとられてソフィの様子を窺うと、どうやら上気しきっているようだ。
ソフィの既に空になった、三杯目になるグラスを見て納得する。

「…どういう意味?」

言葉のまま、ただ確認したかった。

「どうって、私が彼女だったらってことだよ」

まるで当然だろう、といわんばかりに言い放つ。
ソフィと恋人か。
からかっているつもりなのだろうが、少し考えそうになって思わず生唾を呑み込む。

「…悪くないかもね」

酒毒に当てられてついつい口が滑ってしまった。
言ってしまってから恥ずかしくなり、慌てて目を逸らす。
しばらくの沈黙。


だんだんと、ソフィの反応が気になって、覗き見るように少しずつ顔を上げる。

金糸のような彼女の髪が乱れ、純白の大腿を柔らかく覆っている。
露出した腹部は少し汗ばんでいるのか、艶やかに暖炉の火の光を反射している。
唯一完全に覆われている乳房は豊満で、服の外からでもその弾力が想像できる。
目だけそらし、整った顔をこちらに向けて憂慮しているような表情を浮かべている。

気まずくて目を合わせないようにしていたのに、結局、全身を舐めまわすように凝視してしまった。
そのせいで、心臓がどんどんと早く脈打つ。

「そっか、…じゃあ付き合ってみる?」

まるで意を決したかのように体をぐっと近づけ、目を直視して尋ねてきた。
その気迫に呑まれ、狼狽していると催促するようにソフィが言葉を続ける。

「アルは私のこと、どう思ってるの?」

…ソフィのことは素敵な女性だと断言できる。
容姿端麗でおまけに太陽のような人柄だ。
男であるなら惹かれない訳はないだろう。

「…別にどうってことは」

なんとか絞り出すように言葉を紡ぐ。
なぜ素直になれないのだろうか。

「わたしはアルのこと好きだよ」

臆面なくそう言って、さらに密着する寸前まで体を近づけてくる。
からかっているだけではないのだろうか…。
金髪から香ったモモのような甘い芳香がさらに鼓動を加速させる。

「…もう限界なんだ」

完全に酔っているようだ。

目はとろんとして、薄紅色の唇は力なく開いている。
こちらに体を傾けたと思うと、彼女の柔らかそうな唇がゆっくりと首元に迫ってくる。

首筋に彼女の熱い吐息がかかり、自然と体が硬直してしまう。

「…おい、ソフィ!」

突然、水をかけられたようにはっとした。
彼女の唇が触れようとする直前で、何とか保った理性をふり絞り彼女を突き放し、距離を取る。

「悪酔いしすぎだぞ。からかうのもいい加減にしてくれ」

ソフィは目を丸くして唖然としてる。
悪ふざけにしても少しやりすぎだ。

「そんな、からかうだなんて…!」

さすがに酔いから醒めたようだ。
慌てて首を振って必死に否定している。

「もういいよ。……すまないが先に寝かせてもらう。ご馳走様」

有無を言わさぬように、一方的な宣言をする。
残りのシチューを急いでかき込み、それをほったまま逃げるようにロビーを後にする。

「待って、そうじゃないんだよ…」

ソフィは最後に細々とした声で静止を促すが、聞こえていないふりをして自室に籠って扉を閉める。

扉の前でしばらくたたずんでいると少しずつ動悸が収まってくる。
俺は何をしてるんだろう…。
自分に呆れて、うつ伏せにベッドへ倒れ込む。
ソフィがいきなり迫ってきたのに驚いたが、最初はからかっているのだと思った。
会って間もないのにそんなことあるはずないと。

しかし、ソフィが人を陥れるようなことをするだろうか。

「本当に告白されたってことなのか…?」

自意識過剰でなければそうなのだろう。
正直なところ、さっきもそれを少しは分かっていた筈だ。
ところが、自分でも訳の分からないモヤモヤをぶつけるように、きつく当たってしまった。

…また拒絶される恐怖がそうさせたのだろうか。
彼女の純粋な好意に応えるのが怖かったのか…?
だとすると自分が傷つかないように彼女を傷つけてしまったことになる。

「最低だな…」

ベッドの上で頭を抱えて自己嫌悪に陥る。
今謝ったなら許してくれるだろうか。
しかし、ああいった手前、今から非常に戻りにくいし、許してもらえないかもしれない。

どうするべきか考えてみるが、時間だけが過ぎていってしまう。
結局、悶々としてなにもできないまま意識が闇に吸い込まれていく。


***


いつの間にか寝てしまったらしい。
時計に目をやると、日が出てから既にいくらか経っているようだった。

何とか起きようとするが、目覚めは最悪だった。
それほど呑んでいないのに、二日酔いのような頭痛がする。

「頭痛の種は酒じゃないだろ…」

誰でもない自分に言い聞かせ、今日謝ろうと決意する。
考えていても埒が明かない。
きっと昨日のことで呆れてられただろう。
こんなことならすぐに謝るんだったと今更後悔して、鉛のように重い腰を上げる。

ロビーに出ると、テーブルの上はすっかり片付いており、暖炉の火も消されていた。
彼女が後片付けをしてくれたようだ。
あの後、一人で作業している姿を想像して、胸が締め付けられるような気持ちに襲われる。

しばらく長椅子に腰かけ放心していると、一抹の不安が脳裏を掠めた。
…もしかするともう宿を出てしまったのだろうか。

なぜもっと早く起きなかったのかと悔いていると、鍵がフロントに置かれていないか確認する。
そうして棚を漁っていると、ゆっくりと二階の扉が開く音が聞こえてきた。

やがて荷物をまとめた様子のソフィが降りてきた。
彼女の姿が見えて、心底安堵する。

「アル…」

やはり黙って出るつもりだったのだろうか。
一瞬、バツが悪そうに、気まずい表情をして目を逸らす。

「昨日はごめんなさい。酔っていたとはいえ、悪いことをしたよ」

どう謝ろうかと考えていると、彼女は努めて笑顔を崩さないようにし、先に謝罪した。
こちらが悪いのに、謝られると申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

「いや、俺が悪かった。本当にすまない」

なるべく誠意が伝わるように、じっと頭を下げ続ける。
これでも埋め合わせにすらならないだろうがこうするしかない。

「そんな…、アルが謝る必要ないよ」
「結局、自分のことだけ考えてた。本当にごめん」

我が身可愛さに、少しの勇気も出せず彼女の気持ちを踏みにじり傷つけてしまったのだ。
謝らないでよい理由などない。

「ううん、急にあんなこと言った私が悪いんだよ。アルなら、気遣って断りにくいなんてこと分かってたのにね」

いままで見たことないくらいに弱々しい笑みを浮かべる。
やがて決心ように頷くとこう切り出した。


「実は私、ダンピールっていう魔物なんだ」


ソフィは荷物を再び持ち上げて、あっけらかんと告白する。
魔物だって…?
書籍からの知識しか持ち合わせていないが、魔物にはそれたらしめるシンボルがあるようだ。
しかし、彼女には羊の角や、鱗に覆われた尻尾があるように見えない。

「いい加減に言えば、私はヴァンパイアのハーフみたいなものだから見た目は人間に近いけどね」

驚いて、彼女の体をまじまじと観察してしまった。
彼女はそれを察して、愛想笑いを浮かべ、全身が見えるようにくるりと一回転する。

「知られると避けられるって分かってて黙っていたんだよ。アルを騙していたんだ」

その言葉の半分は彼女自身に向けられているようだった。
顔を伏せており、帽子に隠れその表情までは窺い知れない。

「ごめんなさい。ありがとう、短い間だったけど楽しかったよ」

突然の告白に開いた口が塞がらず、思考が追い付かない。
そうしている間に彼女は簡単な別れを告げ、顔は伏したまま、すたすたと外に向かう。

…待ってくれ。
このままでは一生後悔することになる。
ソフィそれでも俺は…。


すれ違いざまに彼女の手を何とか掴み取る。

「ソフィ、好きだよ」

そう言ってからだが、我ながら全く身勝手だと呆れる。

「…え?」

ソフィが信じられないといった様子で、目を見開き顔を上げる。
次に彼女が言葉を発するまで、延々と長い時間が流れているような錯覚をした。


「本当に…?だって、私、人間じゃないんだよ?」

分かってる。
もう一度、秘めていた気持ちを伝える。

「ソフィが魔物だったとしても、ソフィを嫌う理由にはならないよ」

今度は素直に言えた。
きっと彼女は勇気を振り絞って告白してくれたのだろう。
男としての、なけなしの矜持にかけても、それに応えるべきだ。

彼女は泣きそうになるのを必死にこらえているようだ。
繋いでいる手からは僅かに震えが伝わってくる。

「それだけじゃない…。騙していたんだよ?」

それも聞いた。
俺だって同じだ。
拒絶されることを恐れ、自分を守るために怒ったふりをして傷つけた。

「嫌われるのが怖かったからだろ?それなら俺もおんなじだ。だからお相子」

ついに、彼女の頬に一筋涙が流れる。
手から伝わる震えも大きくなってきた。
声はかけずに、そのまま背中を擦ってやる。
身長は同じくらいなので、少し不格好だが…。

しばらくすると落ち着いたようで、再び顔を上げる。


「…アルのせいだからね?」
「なに…むぅっ?!」


そういうといきなり、言葉を遮るようにソフィの唇が口を塞いだ。
何が起こったのか一瞬わからなかった。

「っん…ちゅ、はぁ…はむっ…」

キスをしているのだと分かった瞬間、全身に血が逆流したかのような感覚に襲われた。
ソフィはまるで、ついばむようにキスを繰り返す。
いつまでそうしていたのだろう。
彼女の豊満な胸も押し付けられ、理性のタガが外れ始める。

「んっ……れろっ、ぇろっ…」

無理やり口をこじ開けられ、こちらに舌をねじ込んでくる。
キスとはこんなに気持ちよいものだったのか。

「んぁっ、ぷはぁ…。…アル、いいんだよね?」

いったん唇を離すと、お互いの唾液の糸が引く。
ソフィが顔を赤らめて訊ねてくる。
もう止められない…。

再びキスをして、そのまま自室へと手をつないで向かう。




勢いよく扉を開くと、そのままベッドに押し倒される。

「っ!…ソフィ!」
「…手加減できないよ?」

その目は仕留めた獲物を眺める猛獣のようだ。
見たことがないくらい妖しく笑いながら、胸元を優しく撫で上げてくる。
ソフィは跨った体勢のまま、今度は顔を首元に近づける。
柔らかいものが触れた感触がしたと思うと、チクっと鋭い痛みが襲う。

「…っく!」

痛みはさほどだったが、得体のしれない感覚に一瞬パニックになる。
血を吸っているのか…?
今度はその箇所から麻酔を打たれたかのような感覚がじんわりと広がっていき、だんだんと体が熱を帯びてくる。

「ん、んくっ…、ちゅう…。はぁ…こんなに、おいしいなんて♪」

やがて、ソフィが満足げに首から口を離す。
恍惚として、のぼせたかのように上気している。
息遣いが聞こえるほどの深呼吸をしてから、またキスを仕掛けてくる。
もはや、その顔からは理性の片鱗すら感じられない。

「ん、っちゅ…れるっ……じゅるる…」

ソフィがむさぼるように、口内を蹂躙する。
舌と舌がねっとりと交わるたびに、痺れるような強い快感が襲う。
噛まれた箇所から送られてくる、酒気に近い未知の感覚に、頭に靄がかかってくる。
どれだけかわからない時間、そうしてされるままになっていた。

「すっかりキスが気に入っちゃたみたいだね…」

いつの間にか、ソフィは俺のシャツのボタンを外し、完全に脱衣させたていた。
彼女自身の上半の服も手際よく脱ぎ捨てられていき、形の良いたわわなバストが露になる。
お互いの肌と肌で触れ合うと、その柔らかさが直に伝わってくる。

「ふふっ…凄く大きくなってる…♪」

優しい抱擁に恍惚としていると、彼女が悪戯に笑って、ジーンズの上から肉竿を撫で上げる。
彼女のそのガラス細工のような美しい手が触れるたびに、全身の血が湧きたつように興奮してしまう。
そして一旦上体が離れたと思うと、彼女は股間を注視するような姿勢をとり、
俺のズボンに手をかけ、一気に下着ごと下ろした。

「うぅっ…」

ソフィの目の前にいきり立つ愚息が現れる。
足の上にまたがっている彼女は、屹立した肉棒を眺めて、熱い吐息を漏らす。
目は潤み、肉棒にくぎ付けになっていた。

「…あはぁ、凄い匂いだよ…」

数回にわたり、愛おしそうにキスをすると、大きく口を開けて肉棒を迎え入れる。
竿のすべてが柔らかく包まれ、思わず腰が引けような快感が襲う。
彼女は逃がさないといった具合に、さらに深く咥えこみ、チロチロと舌を使って舐めまわしてくる。

「んっ…はぁあ、おいひい…れろっ…」

しばらくすると、口淫の激しさが増していく。
初めは味わうよう全体を這うように舐め上げていたが、徐々に唇を窄めて、大きくストロークし始める。
まるで搾り取るかのような動きに確実に射精感が湧いてくる。

「んぷっ、じゅるっ、じゅぷ…」

テンポのよい水音が部屋に響いている。
ついに、射精の前兆で全身に力が入り、肉棒が動揺し始める。
それに気が付いたソフィがじゅぶじゅぶと喉の奥に奥にと誘導し、食道までもまるで歓喜するかのように蠢かせる

「んっ…はぁ!…あぁ、もう…!」

欲望がせせり上がり、ソフィの口内へ一気に沸きたつ白濁をぶちまける。

「っん…むぅっ!…んくっ…んく」

ソフィは豪快に喉音を鳴らして、全てを受け止め、飲み干していく。
いつ止まるのかと思うほど長い射精だった。

「…れろっ、んぽっ…。ん…ごちそうさま」



最後に、綺麗に竿を舐めまわし、ご満悦な様子でそういった。
愚息はというと、あれだけ吐き出したというにも関わらず、また硬度を増していき、そそり立つ。

「まだ元気だねぇ…じゃあ、今度は私も気持ちよくしてもらおうかな♪」

ついに彼女が秘所を守る下着に手をかけ、思わず固唾を呑み込む。
少しずつ、ショーツが下ろされていくと、すでにじっとりと濡れている蜜壺から愛液が溢れてくる。
全てを脱ぎ捨てると恥毛の一切ない桜色の綺麗な割目が露になる。
真っ白な太ももを伝って、愛液が肉棒にまで零れる。
挿入してみるとどんなだろうと想像するだけで身震いしてしまう。

「…アル、ほんとに、いいんだよね?」

今更そんなことを聞くのか。
既に腹は括ってある。
彼女なりに、最後の理性を絞り出した気遣いなのだろう。
返事をする代わりにこちらから腰を持ち上げて、竿を秘所にあてがい挿入する。

「…えっ?…んんんんっ?!ひゃうんっ!あんっ、はぁあっ……!!」

ソフィは急に挿入されたのに驚いて一息で腰を下ろしてきた。
彼女の中は、煮えたぎるように熱く重厚な肉厚に囲まれ、膣壁のヒダがきつく絡みついてくる。
目の前がチカチカするような強烈な刺激が動かないでいても襲ってきて、気を抜くと今にも暴発しそうだ。

「あんっ!んっ、はぁ!ちょ…っとま、って!」

強烈すぎる快感に、すでに射精したというのに腰が勝手に動いてしまう。
また、それ以上に感じている彼女が愛おしくてやめられない。
突き上げるたびにわなわなとその見事な体躯を震わせて、豊満な乳房が上下に揺れる。

息も絶え絶えに、何とか暴発を堪えていると、やがてソフィがペースを戻していく。
自慢のバストを押し付けるように、背中に手を回し強く抱きしめられ、身動きが取れなくなる。
その間も、彼女は大げさに水音を鳴らし、腰を動かすのをやめず、執拗に愚息を責めたててくる。
そのあまりの激しさにベッドが悲鳴をあげるようにギシギシと軋む。

「…ぁあっ!ソフィっ…出るぅ…!」

その暴力的なまでの快感にたまらず肉棒が吐き出そうと脈動を始める。
ソフィは手を緩めるどころか、より一層、きつく膣内を締めあげる。
繰り返される苛烈な攻めに耐えられる筈も無く果てようとすると、彼女が狙ったかのように、同時に深々と腰を叩き落とした。
最奥に肉棒が突き刺ささり、意識を手放しそうになる快感が引き金となると、穴の開いた水風船のように、馬鹿みたいに精が漏れ出す。
彼女を中心から犯している感覚に心が満たされる。

「くっ!、んんっ、はぁあああん…!」

ソフィは苦痛とも悦楽とも取れる表情を浮かべながら、弓なりに体を逸らせ全身を痙攣させている。
どうやら彼女も絶頂に達したらしい。
止めとばかりに、膣内が収縮し尿道に残った僅かな精も絞り上げられる。

「…ぁあ、ふぁあ…、これが、「愛」なのかなぁ…」

やがて限界を迎えたのか、糸の切れたマリオネットのように彼女が倒れ込んでくる。
跨った体制のまま、少し息苦しいが存外と軽い。

耳元で囁かれた予想外の言葉に、さすがに失笑しまう。

「ふふっ、…幸せ♪」
「…あぁ」

いままでの肉食獣のような獰猛な笑みから一転して、今度は満足げに優しく微笑んだ。
愛おしい…。

彼女のふんわりとした触感を味わいながら、手で髪を梳いていると、窓から差し込む光と、彼女の体温の暖かさに包まれる。
ゆりかごに揺られるような安心感に満たされ、意識を手放し、眠りに落ちた。


***


目を覚ますと、夕暮れの光が辺りを茜色に染め上げていた。
だいぶ長いこと寝ていたな…。
先ほどまでの出来事がまるで夢のように思えたが、すぐそばにいる彼女がそれを否定する。
いつの間にか、ソフィは隣で可愛らし寝息をたたており、二人が入るように毛布を被せてくれている。

感謝の気持ちを込めて、彼女の頭を撫でる。
うん、今度は俺がご飯をごちそうしよう。
ソフィを起こさないようにベッドから立ち上がる時にシーツの惨状に気が付いた。

「…あとで、まとめて洗濯しよっと」

脱力しきった体に鞭打って、彼女の分の散らかった衣類も畳んで纏め、着替えを済ます。
陶酔しきっていた頭もさすがに冴えてきた。

…ソフィって魔物なんだよなぁ。
悪の権化、人を殺す。
今どきそんな古臭い教義を本気で信じている奴なんているのだろうか。
貿易も盛んに行われており、反魔領といえど外の情報は入ってくるので、そんなもの出鱈目だなんてことは自然と分かる。

まぁそれが、教団に見咎められない理由にはならないが…。

しかし、ソフィはその人外の美貌を除けば、至って普通の人間だ。よっぽどでなければ露見する心配もないだろう。
この街にすんなり入って来れたのがよい証拠だ。

ほとんど杞憂になりつつそんなことを考えていると、むくりと彼女が体を起こした。

「…ふぁあ、おはよう、アル」

相変わらずの挨拶で、少しでも悩んだ自分が馬鹿に思えてくる。
裸の彼女を見て、今朝の出来事がフラッシュバックする。
局部は毛布で隠れているのだが、それが逆に妙な色っぽさを醸し出す。

「おはよう、服はそこにあるから」

直視をしないように何とか努めて平常心を保つ。

ソフィはというと、こちらの気も知らず寝ぼけている様子で呑気にあくびをしている。
早く何か着てもらえないと色々と落ち着かない。
ヤキモキして目のやり場に困っていると、やたらに時間をかける。

「ふふっ。見てたでしょー」

…どうやら、看破されたらしい。
観念して、両手を挙げて大げさに降参する振りをする。

上機嫌でこちらを眺めて、子芝居を演じている間に着替え終えてすっかり普段通りになっていた。

「もうたっぷり堪能したでしょ♪」

おもむろに近づいてきたソフィは、耳元で囁きさらに追撃を仕掛ける。
おまけに頬にキスされ、完全に彼女のペースに呑まれている、

「…もうわかったから勘弁してくれ」
「昨日のお返しだよー」

ようやく満足したのか、開放してもらえた。
どうやらからかったことを少し根に持っている。
してやったりといった表情だ。


「…アル、私たち恋人なのかな…?」


再びベッドに戻って腰掛けると、今度は彼女が目を伏せて訊ねてきた。
恋人か…。
お互い思いを伝え合ったんだからそういうことなんだろうか。
…ここは男が一肌脱ぐべきだろう。

「ソフィ、僕とずっとに一緒にいてくれるかい?」

一呼吸つき、意地でも目をそらさないように手を差し伸べる。
恐らく真っ赤であろう顔は、夕焼けでいくらか紛れるだろうと祈る。

「…喜んで♪」

優しく手を握り返してくると、勢いそのまま抱きついてきた。
今朝腕の中で泣いていた時とはまた違った、安心しているかのような表情。
彼女の存在を確かめるようにじっと抱きしめる。

黄昏時、無限にも感じる神秘的で穏やかな時間。


この数日間、彼女と出会ってからの時間は本当に濃密で新鮮だった。
ソフィから沢山の「愛」も受け取った。
これからは彼女にそれ以上を与えていきたい。

「ソフィの屋敷にも挨拶に行かないとな」
「そうだね。…とりあえず、ご飯食べてから考えようか」


これから、二人でどんな「愛」の物語を綴るだろうか。
18/05/13 05:16更新 / サニー

■作者メッセージ
最後まで読んでいただいてありがとうございます!

いかがでしたでしょうか
初投稿ですが,駄文・冗文が多々ありまして申し訳ございません

初めて書いてみると本当に先人の方々を尊敬するばかりです…
とりあえず習作とさせていただきます

少しでも楽しんでもらえたら幸いです
ではでは,またお会いできるときまで!

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