読切小説
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しびとに抱かれて魔に墜ちる
 ジパングの夜は、人が眠り魔性が蔓延る、冥府魔道の刻である。
 真っ当な人間であれば安らかな眠りの中で明日を待つ筈の時――独りの男が、正しく冥府へと踏み入ろうとしていた。

 それは、着流し姿の、眼鏡を掛けた男である。どこかほんわりとした雰囲気を纏った優男ではあるが、帯には剣呑な凶器が刺してあった。
 刀である。人を殺し魔を屠る、ジパングに於ける暴力と死の象徴。それを腰に指す男は、即ち戦士であった。
 しかし、男はジパングの貴種たる武士に非ず、その証として武士にのみ許される二本差しをしていない。
 武士ならざる、さりとて剣を持ち、それに生きるもの――人はそれを剣客と呼ぶ。
 若き剣客が踏み入ったのは、戦に焼かれた村である。
 珍しい場所ではない、ジパングは海の向こうと異なり人間の殺し合いが完全に日常と化している。
 決して絶える事なき戦の日々は、終わることなき犠牲者を生み出し続ける。この村も――男の故郷もその一つだ。

「なつかしいな」

 滅び去りし中に残る昔の面影に、男の顔が綻んだ。
 戦火に焼き尽くされた村の残骸であろうとも、目を閉じれば浮かぶのは嘗ての喧騒である。失われた事を悲しみはしても、帰る事で呼び起こされるのは温かい思い出だ。
 故郷の夜風を楽しみながら、男が向かったのは村の中でも一際大きな建物――廃墟になった、道場であった。
  持ち去る価値も無いと思われたか、表に掛かっていた看板もそのまま残っている。
『貉式萬妙術』――妖怪仕込みと謳った剣に柔は勿論の事、読み書き算盤まで彼はこの場所で仕込まれた。兄弟子姉弟子の話が与太でないのなら、後数年道場が続いていたら道場主――『先生』は伽も仕込んでくれた筈だ。
 男は、己にとって青春の思い出の結晶である道場に踏み入れ――顔を顰めた。

「……なるほど、覚悟はしていたが」

 手入れなぞ幾年も受けていない道場は、荒れに荒れていた。
 在りし日には数多くの道場生の血と汗が愛液が染み付いた床板の所々には穴が空き、壁に掛けるた名札や木剣、学習具などは一つ残らず消え去っている。
 なぜだか形部狸を祀った神神棚もとうの昔に落ちて砕け散り――道場の床を彩るごみと化していた。
 まこと、散々な有様である道場であるが、無事な場所が無いわけではない。
 男は比較的に無事な一角に端座の姿勢で座ると、静かに瞑目――あり得ない待ち人を待ち始めた。
 彼のねぐらに投げ入れられた文――『ただ二人、雌雄を』そう記された果たし状。その差出人として記された、死んだ女を。

 それは、昔の話である。この道場にて武の才を讃えられた二人の若き剣士がいた。
 共に才に溢れ、肉の素質に優れており、貴種の生まれこそはなかったが、剣で糧を得られる事は確実視され、武の一芸にて貴種への登用も有り得ると噂されていた。
 だが、才知への評価は若き二人に共に降り注いでいたが、将来への期待は片一方にしかされていなかっった。片一方は女であったが故に。
 ジパングに於いて、人の女は人ではなかった。才知云々に関わらず、女に生まれたと言うだけで多くの門を閉ざされる土地であった。特に、武の世界に於いては。
 どれほどの剣才があろうとも女と言うだけで道は閉ざされ、流派を起こせど女と言うだけで弟子が集まらぬ。免許皆伝へと至ろうとも、嫁入りの道具としか評価されぬ。
 ウィルマリナ・ノースクリムが決して生まれ得ぬ土地、それがジパングであると先生は悔しそうに語ったものだ。

 故にこそ、彼女はその運命を覆す機会を求めた。女であろうとも、誰の手にも無視できぬ手柄を上げられる場所、徹底して人手が不足し実力だけが求められる場所――戦場へと。
 戦火に塗れたジパングは、立身出世の機にも溢れている。当たり前の、生まれながらの真っ当を覆す機会はいくらかあった。
 彼と彼女にとって、その機会は向こうから訪れた。生まれ故郷が戦火に巻き込まれたのだ。
 先生の教えも聞かずに、彼女はその戦火に飛び込む事を選んだ。道場の皆には故郷を守るためと嘯いていたが、彼にだけは剣で天下を取ると語っていた。

『おれはよ、兜首の一つでも上げてよ。誰の目にも認められる剣客になるんだ。そうして――』

 彼はその時の笑顔を未だに忘れられない。屈託のない本当に綺麗な笑顔であったし、それが最後に見た笑顔になったからだ。
 合戦の終わりは、彼にとっての煉獄の始まりだった。
 彼女の属した陣営は負け、彼女は村に帰らなかった。そして、当然のように勝者達は敵に与した誅罰として村を焼いた。
 勝利の美酒に狂った狼藉者共が村を訪れる前に、先生の導くままに多くの人間は村から逃げたが、数多くの顔見知り達は村と先生の説得も虚しく村と運命を共にした。彼は捨てた側だ。逃げ出したといってもいいだろう。
 彼女がいなくなった村に多くの未練はなかったのだ。道場を守るために剣を振るう気概は無くもなかったが、道場と共に死ぬのは無駄死にだ、村に来る相手は官軍である。幾人斬っても手柄になるどころか悪名を得るだけだ。
 だが、そうして剣友たちと死んだほうがマシであったかもしれぬと時折に彼は思う。故郷も友も失った彼の生きる術は剣一本。先生はそれ以外の道があるとくどい程に語ったが、剣に死んだ彼女に報いる道は剣に生きる以外に思いつかなかった。
 そして、先生の庇護からも逃げ去った彼は、唯一誇れる己の剣技に縋って生き始め――外道へと落ちた。腕しか無い剣客に求められる仕事は、金ずくの殺しだけだったからだ。
 彼は斬った。剣士として生きるために、人として死にながら。
 血に塗れた日々を、剣に縋りながら過ごし続けた彼にとって、ねぐらに投げ込まれた果たし状は、一条の光であった。

『ただ二人、雌雄を』

 彼女の名と共に届けられた果たし状は、覚悟を決めさせた。
 罠であるかも知れないと彼は思う。人を斬る日々は恨みを背負う日々である、彼の依頼人が口封じを目論んでいる可能性もあった。

「(だからどうした)」

 しかし、彼は剣客である。囲まれて死ぬのであれば、それを自らの剣への評価として笑いながら死ぬ覚悟は出来ている。
 それに、万が一、彼女が生きていたならば――それを確かめる為ならば、命を賭ける価値はあった。
 強いて恐れるのはイタズラの可能性であったが――ぱちり、と彼は目を開いた――その可能性はないようだ。

「(何かが、来る)」

 退魔の戦士ならざる彼ではあったが、貉式萬妙術の修行と剣客として鉄火を潜ることにより、にある種の霊感を鍛え上げていた。生死、幽冥の縁に立つことで得られる第六感――その感覚が、道場の入り口に冥い気配を覚えるのだ。

「(妖怪か)」

 魔性の気配である、妖怪。海向こうでは魔物と呼ばれる化外たち。

「(なるほど、これは――楽しい)」

 彼は鉄火の予感に高ぶりながら思案を始めた。
 妖怪は人を消して傷つけぬ、殺めぬと言われているが、絶対に傷つけられない訳でも殺められない訳でもない。無力化にその必要が無いだけだ。
 絶対的に殺傷の必要がある場合――望まずとも定説を覆しにかかる妖怪もいる事だろう。
 妖怪の恨みを買った覚え――無いとは言えない。半妖――海向こうではいんきゅばすと呼ばれる者たちを斬った記憶はないが、人と妖怪の距離が近いジパングだ、陰ながら斬った相手を思う妖怪もいただろう。想い人を知らずと斬った事もあるかも知れない。
 そうとなれば、妖怪と斬り合うことも在りえよう……
 彼は静かに腰を上げる。立った相手に座して応じるのは露骨に不利。彼は不意打ち用に座しての抜刀術も会得しているが、どうせ殺し合うなら堂々と立ってやりあいたかった。
 そして、彼が鯉口を切ると同時に、女が姿を表した。
 三度笠を深く被って顔を隠し、縞合羽を羽織った下には小袖を着込む――ジパングに於ける渡世人の一般的な旅装束。異なる物と言えば、腰に差された刀のみ。
 男の顔を見やった女は、静かに笠を脱ぎ下ろす――そこに現れた顔は、彼女のものであった。

「(……騙された訳では、なさそうだ)」

 多少姿は変わっているが、彼女はそれでも彼女である――彼が見紛う筈がない。
 記憶のそれよりも背丈は伸び、幼き日に鞠のようだと不貞腐れていた乳房は、小振りな西瓜を思わせる程に膨らんでいいた。
 男振る為に短く切っていた髪の毛も、腰まで伸びた垂髪に。今の彼女を女以外の性で認識するものはいまい。
 しかし、人であると認識するものもいないだろう。
 総身に纏った独特の幽汽は隠しようもなく、彼女の肌は死人の様に青白い。更に言うならば離れていても嗅ぎ取れるしびとの香り。
 全て、〈落武者〉と呼ばれる往き損ないの特徴――彼の眼の前にいるのは、妖怪であった。

「よぉ……久しぶりだな、一白」

 人でないものになった彼女が彼の名を呼ぶ。昔の様に、男を気取って。

「三年ぶりになりますか、九星」

 剣に生きる鬼に堕した彼もまた、彼女の名を呼んだ。昔のように、剣友に対して。

「ああ、三年だ……」

 彼女――九星は懐かしげに廃墟となった道場を見回した。

「それっぽっちで、随分と人気が失せたじゃねえか。ガキの頃とは大違いだ」
「いくさが、続きましたからね……帰ろうと思っても帰れない内に、みんな出先に根付いてしまった。先生が紹介してくれた場所は、そう悪くない場所と風の噂で聞いていますので」
「あいつらが無事なのは嬉しいがよ、だれもここにいねぇのは、寂しいやな……」

 ぼつりと呟く九星――この村に帰ったのが今日が初めてという訳はあるまい。
 死して、だれも居なくなったこの村に帰った九星が何を思ったか。その答えが寂寥なのだろう。
 だが、寂しさに満ちた九星の顔に、突如として明るい笑みが浮かんだ。少女の頃と何ら変わりない笑みだ。

「だが、まぁ、いいさ。少なくとも、お前がいる」

 そして、九星は不敵な笑みを浮かべた。誰かに喧嘩を売る時に、売られた時に見せた獰猛な笑みだ。
 あるいは、肉食獣のような――そして、男を眼にした時の魔性のような。

「前置きはしない。一白、おれの主君になれ」

 主君――九星と言う女が口にしたならば戯言で終わるが、今の彼女が〈落武者〉であるならばその意味合いは凄艶である。
 〈落武者〉にとっての主君とは、ただの主ではない。主君であると同時に配偶者であり、唯一無二の情人であり、即ち。

「……私に、あなたの男になれと」

 信じられぬ提案を問い直す一白に、九星はこくりと頷いた。

「おれはお前に惚れている。そのためにこそ、おれは死に損なった。いや、まぁ、死んではいるんだがな……」

 苦笑する九星に、一白は返す言葉を持たない。
 昔からそうだった、九星は徹底して言葉を飾らない。喜怒哀楽に欲望に、実に素直に言葉にした。
 だから、嘘偽りなく九星は一白に主君たる事を望んでいるのだろう――即答出来る提案ではなかった。

「わたしは……」
「先生から離れて三年たって、お前には妻も子もいない、おまえにあるのは剣だけだ。ここに来たと言うことは、おれへの思いもあると思っていいんだろう?」

 どこか嬉しそうな九星――痛いところである。一白がこの地を訪れたのは九星の名が文に記されていたからに他ならない。
 死への渇望も大きかったが――万が一の再会を夢想しなかったと言えば嘘になろう。

「それは、そのとおりです。だからこそわたしはあなたの誘いに乗ったのです――雌雄を決するために。しかし、決着という意味ではなく、雌と雄に言う意味とは思いませんでしたよ」
「どちらの意味も、ある」

 九星は、静かに腰の刀を抜いた。幽冥の気配を纏った刀――〈落武者〉が手にすると言う妖刀。斬った人間の命ではなく、人である事そのものを断ち切る魔性の剣。

「おれがお前と結ばれるためには、おれはお前を斬らねばならない」

 九星は、剣先を一白に突きつけた。

「来い、一白。三年ぶりに戦ろうじゃないか」

 そして、『雷雲』の構えを取る――九星の得意手。呵責なしの全霊の証だ。
 応じる様に、一白も刀を抜いた――『鯉幟』の構え。迎撃体勢は整った。

「――妖怪が、人を斬る事に躊躇いは?」
「命を奪うわけではない。お前の中の人を斬るだけだ。そして、お前は、おれと同じ魔性に至る――そして、おれと夫婦になる」
「……わたしの刀は、あなたを殺す剣ですよ」

 九星の妖刀に人を殺める機能は無かろうが、一白が持つのはジパングの生んだ殺傷芸術品。直に切り込めば並大抵の妖怪である九星を殺める力は十分にある。それを知らぬ九星ではあるまい。

「おまえに斬られて終わるなら、それもいい」

 笑みと共に放たれた言葉。相も変わらずに、飾らない言葉であった。
 そうも言われてしまったのならば、男として返すべき言葉はただ一つしか有り得ない。

「わたしも、同じですよ」
「おれに斬られたら、お前は始まるのさ」
「斬られたら、ですがね」

 互いの口元が釣り上がる/互いに歩を進める。
 互いが互いを殺傷圏内に収める――瞬間、戦いが始まった。

「ぜあっ!」

 初太刀を撃ったのは九星が速かった、『雷雲』からの『墜星』。妖怪の膂力を生かした生前よりも力強い飛ぶ斬撃。
 それを一白は難なく『逆滝』で弾いて捌く。如何な豪剣とてそれを為す理は人のそれ、剣の術理を抱いたジパングの剣士にとって妖怪の剣は絶対の脅威ではない。魔王の血族に類する性能差があるならばともかく、凡百の妖怪であれば技量で十分肉体の性能差をを覆せるのだ。

「はぁっ!」

 弾いた直後に一白は『蜂針』を仕掛けるも、九星は迎撃の『底槌』で回避。喉元に迫った鉄の先端は、剣の峰に叩かれた。
 剣を弾かれた衝撃と共に生まれる隙――等は一白には存在しない。刀を弾かれる様な無様を晒すことはなく、その衝撃に乗るようにして跳躍。見事に九星の追撃より逃れた。
 互いが互いの刃圏より外れた――戦闘中断。二人はじり、と間合いを詰めながら表情を変える。

「へへ」
「はは」

 九星と一白、どちらともなく笑みが溢れた。互いに浮かぶはひたすらに歓喜である。魔の情交のそれにも似た淫らな笑みが互いに浮かぶ。
 剣客にとって全霊の闘争はまさしく至悦、己が身に着けた全てを賭して削り合う戦いは、この世の全てに勝る興奮がある。そう感じ取れるものだけが、剣の道を転げ落ちる事が出来るのだ。
 そして、転げ落ちた先に二人はいる。
 死して〈落武者〉となり、人外の剣を身に付けた九星。
 心を殺しながら剣客とて生き、数え切れぬ血を刀に吸わせた一白。
 妖怪と貸す事で人の理を超える肉を有する様になった九星ではあるが、屍山血河を築き上げた一白の剣も魔の領域に踏み出している。
 勝負を分ける絶対的な力量差は二人にはない、本能的にそれを理解した二人の笑みが凄愴な者へと変わった。
 駆け出したのは、同時だった。

 ――白刃が散る。

 ――火花が踊る。

 ――刃鳴が舞う。

 それは、至福の時間だった。

 互いに相手を終わらせるために剣を奔らせ続けながらも、この戦いが永遠に続く事をどこかで望んでいた。
 しかし、永遠などこの世の何処にもありはしない。
 妖怪とて死は訪れる、世界の理とて力で変わる。大いなるものですらそうであると言うのに、矮小な剣客の殺し合いなど、永遠の片鱗にすら到れる訳がない。
 戦いの終わりを告げたものは、鈍い鋼の残響――刃の上げた断末魔。
 二人の眼が見開かれた。互いの眼に止まったもの――折れた一白の刀。
 如何に技量が伯仲したとて、人外の妖刀と人の刀では絶対的なまでに強度差がある。魔界銀の刀ならばまだしも、鉄の刀で妖刀と撃ち合い続ければ音を上げるのは鉄のほうが必然早い。
 片一方の武装喪失――趨勢は決した。しかし、それで諦める様な潔い人間が剣客商売などやれる筈がない。
 一白は折れた刀を強く握って踏み込み――その射程に九星を捉える前、心臓に強い衝撃を覚えた。

「――終わりだ、一白!」

 一白が胸元に視線を下げる――其処には、胸元に突き立てられ――心臓を貫いた妖刀の姿。
 想像していた痛みはない、ただ熱さだけが刺された場所からじくと広がっていく。
 未知の感覚に、一白の体から力が抜ける――刀を握る事すら叶わず、長らくの相棒を手放してしまう。 ――今、剣客としての一白は完全に破れた。そして、人として死に始めるのだ。

「ふふ……」

 終わり始めた一白に、九星は心臓に差し込んだ妖刀をより深く深く捩じこみ――押し倒しながら、床に縫い止めた。

「ぐ……あっ……!?」

 ただでさえ動ける状態では無い一白であったが、背を貫いた刀で床に深々と縫われた事で、完全に動きが封じられた。もがく事すら難しい。
 ピン刺しにされた標本の様な有様になった一白――その思考を占めるのはひたすらに熱だ。
 心臓から焼けるような熱さが広がっていく、汗が止めどなく溢れる。
 視界も霞み、熱病に浮かされた様な心地――しかし感覚はなぜだか鋭敏に。
 肌に感じる着物の感触が今までになく繊細で、息を吸う度に舌が空気の味を感じ取る。

「(これは、なんだ……)」

 未知の感覚。味わい――そして、鼻孔に感じる濃密な女の汗の香り。間違いなく九星のもの。
 しびとの香りをなぜだか甘く感じる己に一白は困惑を覚えるが――それどころではないものを聞いてしまった。
 道場の外で歌う虫達の鳴き声を掻き消すように、間近で響いた衣擦れの音。起こしうるものは唯一人。だが、何故――何故、九星が服を脱ぐ?

「なにを……」

 掠れる様な一白の問――返答は即座に為された。

「雌雄は決した――おれの勝ちだ。後はただの雌と雄よ」

 その声には先の決斗の時に感じた熱とはまた異なる、籠もるような熱さを感じた。

「どうだ、おれの身体は……昔よりも良くなったとは思うのだが」
「……よく、見えない」

 感覚の鋭さはますます増していくと言うのに、なぜだか視界だけは曇ったまま――どころか、一白の視界は更に曇りが増していく。何故だ――?

「……ははぁ。それが邪魔物だな」

 自らの顔に九星の手が伸びたと思った瞬間、視界が、晴れた。
 晴れた視界――映る女の肌――直視する前に思わず逸した先には、九星の手に握られた眼鏡。
 何をする――そう口にする前に、九星は手にした眼鏡をくしゃりと握り潰した。
 ぱんぱんと眼鏡の残骸を払いながら、九星はにこやかに笑う。

「今のお前の眼に、こんな物はいらん」

 一白は呆然と見る。
 幼い頃に高熱を発してから眼鏡無しではろくに物が見えなかったと言うのに、幼き日の様に全てが鮮明と見えるではないか。
 硝子越しでない世界――幾年ぶりであろうか。そして、生の視線で見る女の肌も。
 近くで見る九星の肌は余すこと無く死人の青白さをしてはいたが、その肉の張りは健康的な生者そのもの。しびとの香りも確かにあるが、女の香りを掻き消すほどではない。戦を経た裸体からくゆる九星の香りは、鋭敏を増す一白の鼻を酔わせていく。
 加えて言うならば、彼が見上げる九星の顔の下には巨大な肉球がでんと備わっているのだ。
 小袖の下に西瓜でも仕込んだとしか思えなかった大豊乳。生で目の当たりにして目を奪われぬ男はいない。

「人でなくなると言うのも、悪いものではないだろう……ん?」

 ふと、一白の何かに目を留めた九星はにまりと笑った。一白の股座にて、九星の乳房と張り合うかの様に肥大した猛りを見つけたのだ。
 それが幼馴染のものとても、女としての証をまざまざと見せられて反応を抑えられる程に一白は修行を積んではないなかった。彼は未だに年若い、剣に浸らねば女に溺れる年頃でもあるのだ。
 まして、九星の妖刀で人の枷を砕かれつつある今――感覚と共に肥大する肉欲は、一白の中で目を逸らしようもない程に明らかな物になり始めている。

「邪魔なものは、眼鏡だけではないな」

 九星は一白の下腹部を多く布地を捲りあげ――猛りを辛うじて押し留めている褌を容赦なく剥ぎ取った。既に限界近くまで肥大した一白の若さがしびとの色香に晒される。

「むぅ……これはなかなか、ではないか?」

 しびとの眼に映るそれは、魔羅の呼び名に恥じぬ肉の凶器であった。
 臍を叩かんばかりに反り返り、青筋たった紅の肉刀――鞘の一部が刀にへばり付いたジパング人に多い特徴を示すそれは、誰の眼にも明らかな業物である。

「さぞかし女を泣かせたのだろうな……」

 まざまざと一白の猛りを眺める九星――その眼には複雑な感情が見えた。
 ちろりと見えるは緑色の炎――己が知らぬを知った女への嫉妬であろうか。その誤解を一白は解いておきたかった

「いえ……そこは未だに女を知りませんよ」
「何だと? 人斬りと言うのはそうも銭にならん生業なのか?」

 冗談めかした九星の言葉に、一白は熱さを堪えながら大真面目な顔を作った。

「……あなたに操を誓っていたと言ったら、笑いますか」

 これは一白の嘘である。九星の言葉とは逆に、彼のねぐらの床下には殺しで得た多額の金子が唸りを上げている、居続けをしようと思えば、一年程度はやれるだけの蓄えはあった。
 それを女に使わなかったのは、興味がなかったからではない。彼の入れる場所がなかったからだ
 妖怪の遊郭とて誰でも招くというわけではない、侍でもないのに殺しの匂いが染み付いた不逞の輩は、まず拒まれる場所だ。
 金にあかせてと言うのは論外だ。一夜であれば通じようが、一白の金は殺しで経た後ろ暗い金である。若旦那と言う風体でも無いのだ、多額の金子を一夜で使えば即座に金の経緯に調べが入る。
 先生が自分を探しているとの噂もある、師に合わせる顔などない一白にとって再会は絶対に避けたかった。
 ならば、後腐れのない胡坐引きでも探すかともなれば、夜鷹連中にはまず間違いなくみかじめを取る裏の大物がいる。海向こうでは過激派とも呼ばれる大物は、人殺しを更生させる事に奇妙な熱意を抱いており、一白が客と判れば即座に狙いを定めて来ることだろう。
 真に後が腐れぬ人の夜鷹なぞは、それこそ妖怪が大手を触れぬ土地にしかいない、女を抱く為に其処まで旅立つのであれば千摺りでよい。力尽くで人を犯すというのは旅立つ以上に気乗りがしなかった。
 いわば一白の童貞は稼業の都合と出不精の結果でしかないのだ。

「――お前は、馬鹿な男だ」

 呆れたような九星――当然だろう。惚れた相手に操などと、艶物語の乙女でもあまいに。
 やはりバレたかと一白は思うが、九星は何と泣き始めた。

「馬鹿な男だ! 死んだおれを待っていたのか! 馬鹿野郎! この、この!」

 ぐりぐりと妖刀で一白を抉る九星。これが鉄の刀であったらぞっとしない事になったであろうが、痛みの代わりに更に身体が火照っていく。
 このままでは、刀に串刺しにされたまま達するかも知れない――その恐るべき可能性はすぐに抜き取られた。

「ええい! もう、いい!」

 一声叫んで九星は一白から妖刀を抜くと、そのまま床に突き立てた。
 そして、一白の襟を掴んで引き上げると、濡れた眼で見つめ――くしゃくしゃになった顔を近づけ、一白の口を吸った。
 九星のそれを口付けと表する事は不可能であろう。下品な音まで立てて九星の唇を貪る所作は、まさしく口吸い――口喰いと言ってもいいぐらいだ。
 貪られる形で九星の唇を味わう一白は、女の唇とはかくも甘いものだと思った。妖怪へと変じたが故の特製か、はたまた相手が九星故にか。
 どちらであろうとも構わなかったが、叶うならば九星も同じ様に味わってくれと一白は切に願う。
 そして――ふと気づく。刀が抜かれた今、身体の自由を阻む物は何もない。自由を意識してみると、身体を異様に軽く感じる。

「(わたしが、妖怪になったと言うことなのだろうか……)」

 人たる事を失った事に思うことはあるが、悲しむことも人である事を懐かしむことも後回しだ。
 今、一白がすべきこと――それは、眼の前の女に応じてやる事だ。
 力強く口を吸い返しながら、一白は九星の腰を抱き寄せる――九星の胸が一白の肉でひしゃげ潰れる。
 そして、獣同士が甘く噛み合うような吸い合いが始まった。作法も技工も存在しない、互いの情欲を貪り合うような口交接。
 びちゃびちゃと粘音が響き始めた――どちらともなく舌を使い始めたのだ。互いの舌や歯の味までも知り尽くさんとするような浅ましい行いである。
 行為の必然として浴びることになる荒い息、それすらも一白は心地よく感じる。妖怪になるという事は多情になると言うこととは聞いていたが、我が身で味わって見れば納得も行く。

「(まさか、女の息で感じるとは)」

 息だけではない。口内に流れる九星の唾液は甘露のようにも感じ、これを啜るだけで永遠に生きていけそうな気分にすらなる。
 しかし、人は――否、妖怪は異性の唾液のみで生きるに非ず。より深くを貪り合う必要がある。
 その為により己を高ぶらせるべく、一白は抱きとめるのとは逆の手でそっと九星の秘所に触れた――濡れている。

「嫌なら言ってくださいね――」

 微かに唇を離して告げた言葉への返礼は、先程よりも気持ち強めの口吸いである。ならば、遠慮はいるまい。
 愛撫の作法など知りはせぬ一白は、恐る恐る、まさに腫れ物に触るようにして九星の花園を指で弄っていく。指が触れた時に九星がひくりと震える。
 人のそれは温いと一白は話に聞いていたが、九星のそれはどこか冷たい。やはりしびとのそれは人の物とは異なるのだろう。
 ならば、この火照りを少しは分けてやろう――情欲故にか指先にで熱を感じるようになった一白は、そっと指を九星の奥に差し込み始めた。
 口水をしながら九星がくぐもった呻きを漏らす。どこか堪えるような――だが、苦痛の声ではなかった。

「(これは面白い……)」

 その反応に悦を覚えた一白は、子供が砂場を穿るようにして九星の秘所を指先で探っていく。
 曲げた指の角度、潜らせた深さ、指先で柔く掻いた時の反応――そしてその度に指に感じる肉の蠢きと、九星の声。これほど面白い玩具があるなど、一白は考えたこともなかった。
 どこまでも知り尽くしたい、否、知り尽くしてやる。欲望の赴くままに一白は指の及ぶ全てに触れ続け、その感触と反応を楽しんでいたが――唐突なまでに終わってしまった。

「―――あぁ……!!」

 堪えきれぬと言った様子で唇を離した九星が一際強く啼いたと同時に、九星の中が強く絞まる。

「(これは、達したということだろうか)」

 それならば良い――男としての満足感にふける一白は、そっと名残惜しげに吸い付く秘所から指を抜いた。
 べとり、と愛液で濡れた指――ふと、その味が気になった。
 毒という事はあるまい――指先を飴でも舐めるようにぺろりと舐めると、信じ難い事に甘かった。
 唾液の味も悪くなかったが、秘所の味はより濃く深みがある。妖怪がこれを糧とするのも納得できる。

「美味しいですよ――」

 褒めるつもりの言葉――しかし、九星は無反応。いや違う、顔を赤らめて震えている。
 何かしらしくじったかと内心で狼狽する一白――どん、と言うと九星に突き押された。

「ずるいぞ、お前ばかり……主君なのだから少しはおれにされていろ!」
「わたしはまだこうしていたいのですが」
「お前のイキリはそうは言っていない風に見えるぞ!」
「ふむ」

 確かに、改めて己の猛りを見下ろせば雫はだた漏れしているし、正直な所出したいと言う思いはある。
 だが、しかし。

「あなたが楽しんでくれるながら、私の棒きれも我慢が聞きますよ」
「おまえ、そういうことばかり――――ええい! ともかく、次はおれだ!」

 そう言うと九星は素早く一白の股座に屈み込むと、その豊かな胸で涙を流し続ける男の猛りを挟み込んだ。柔みよりも弾力を強く感じる張りの良い乳房に挟み呑まれた肉塊が、あさましくもひくりと跳ねる。
 ただ挟んだだけで見せた無様な反応に、九星は嘲るような笑みを浮かべた。

「ふふんっ、どうだっ、おれの胸はっ! ずっとちらちら見ていたのを知っているんだからなっ!」
「返す言葉もありませんよ」

 小さい頃から九星の胸は大きかった、周りの女――妖怪も含む女たちから大層羨ましがられていたものだ。彼女自身は剣の邪魔だと嫌がっていたが、一白は彼女の乳が好きだった。幾度か、使った事もある。
 幼き頃に性の対象としていたモノが、己に奉じている――それに喜びを覚えぬ男はいない。

「ガキの頃はこれが嫌いだったっ、大きくなってからも邪魔だったっ、でも、こうしてお前のそのツラをみるとっ、おれは幸せだっ」
「わたしの顔、ですか?」
「お前、凄く助兵衛な顔をしているぞ」
「そうですか――わたしが――」

 自らの表情の変化なぞに気など使ってはいなかった。ならば自然と欲望が顔に出ても仕方がない。
 ――別に良い。隠さなければならない様な状況では無いのだから。

「では、好きになったばかりのあなたの乳で、もっと助兵衛な顔をさせて見てください」
「――おうっ!!!」

 九星の頷きは、蹂躙の開始を意味した。
 張りの良い乳が一白の乳房を挟みながら素早く跳ね動く――まるで男の匂いを胸の谷間にこすり染み込ませようとするかのような所作。一白の先走りによって粘つきが加わった乳房の感触は、まさに極楽のそれである。妖怪と化していなければ、腰が抜けて崩れ落ちたかも知れなかった。

「気持ちいいですよ、九星」

 彼女曰くの助兵衛顔で乳奉仕を褒め称える一白は、そっと九星を見下ろしたが――様子がおかしい。
 必死な様子、というには過剰な程に目が座っている。そして呼びかけにも反応せずに乳房の先端から適時飛び出る肉の先端を恐ろしいとも言える眼で見据えていた。
 更に、口端からは涎がとめどなくこぼれている、まるで馳走を前にした餓鬼のようだ。

「(そう言えば、妖怪は男の精を糧とするのであったか……)」

 〈落武者〉は蘇ったしびと、命なき亡者である。己に無き命を貪る質を持っても不思議ではない。
 ならば、今の彼女が求めている事は――

「九星、わたしのそれを吸いたいのですか?」

 ぴくり、と九星の動きが止まる――彼女は恥ずかしげにこくりと頷いた。

「構いませんよ。わたしの唇にしたように、たっぷりと――」

 九星は最後まで聞かなかった、故に一白は最後まで言えなかった。
 乳奉仕を文字通り放り出した九星は、一白の尻をぐいと掴むと猛る肉を己の口内に文字通り捩じ込んだののだ。その威力は言葉を喉に詰まらせるのに十分である。
 生まれて初めて味わう女の口内――堪らないどころではなかった。
 ただ、含まれるだけでも男を高ぶらせる箇所が、全身全霊で一白の肉を貪っているのだ。
 じゅるじゅると下品な音を立てて、唾液を床に零しながら九星は首を激しく前後して肉の全てを攻め立てる――その間、舌は渦を撒くように蠢き含まれた箇所を凄まじい勢いで這い続ける。
 口淫と言う言葉があるが、これはもはや口辱――女が口を用いてする強姦の様な行いであった。

「九星、激しいです……」

 言葉に対する反応は無い。いや、その余裕が無いのだろう、今の九星は飢えに飢え続けた果てに眼の前に現れた馳走を貪る餓鬼である。腹を多少なりとも膨らませねば、会話などもはや叶うまい。
 ならば――どうするか。どうもせずにただ肉の高ぶりを愉しめば良いだけである。
 千摺りにも等しい激しさで前後する唇に、長く耐えれる気はしない。彼女の腹を膨らませるのはもう直だ。

「九星、そろそろ……」

 一応の礼儀として予兆を告げるが、相変わらず何の反応もない。
 肉の高ぶりを感じる、せり上がるものを感じる、留める理由はない。
 ただ、為されるがままに一白は達し――九星の口内に種汁をぶち撒けた。生まれて初めて、女の身体に放つ種であった。

「――ぐぅっ」

 一白は顔をしかめる。放つと同時に凄まじい勢いで吸い付かれ――放精が終わらない。
 放精は長くても数秒で終わるというのが一白の経験であったが、今は違う。五秒か、十秒か――それだけ出しても精の勢いが止まらない。
 精も根も尽き果てる様な――否! 尽き果てぬ。終わらない、止まらない。
 魂が焼けるような快楽に、一白は喘ぎながら悶えた。気をやるとはこう言う事を言うのだろうか。

「ふぅ」

 ようやく射精が終わった――後数秒続いたら心が焼き切れたであろう。
 だが、九星の正気が戻る様子はない、出なくなった事に焦るようにして凄まじい吸引をし続けている。
 未だに一白の肉は猛り狂ってはいるが――それでも連射は出来ぬ。何より、二度目は違う場所に放ちたい。

「九星……九星?」

 呼びかけにも答えない、まだまだ食い足りないというよりも一度食らった事で心の箍が外れてしまったのだろうか。
 ならば、致し方ないか。好みではないが――力尽くだ。
 一白は微かに屈んで九星の両乳首を力を込めて抓る――たまらずに口と手が一白から離れた。
 その瞬時の好きで、一白は九星を押し倒す。ジタバタと暴れもがく九星を、一白は巧みに抑え込んだ。

「妖怪としての力はあなたが上でしょうが……力任せのけだものであれば、こうするのは容易いもの」

 貉式萬妙術の柔技――殺さず壊さず封じ込める寝技の技術。この様な場で役立つと一白は思っても見なかった。改めて師への感謝を捧げながら、滾り続ける肉を濡れる秘所へと刺し当てた。

「わたしがあなたの主君だと言うのなら、今この場ではその様に振る舞ってあげましょう」

 故に、許可を取ることも意思を問うこともなく――暴れ悶える九星の深奥に一白は己の灼熱を捻じ入れた。
 生まれて初めての女の内肉――指で解した故か抵抗もなく根本まで入った。
 瞬間。九星は獣の様にいななき――再びの絶頂で一白を締め付けてくる。ただ挿れられただけで絶頂を迎えたのか。
 だが、一白がそれに喜ぶ事はない。彼もまた己の全てを包み込む快楽に悶えていたからだ。
 口のそれとは比較にならぬ全方位から貪る様に吸い付く肉壷の感触は、指で知ったそれとはまるで異なるもの。天上の極楽であり決して逃れられぬ地獄――先程あれ程出したと言うのに、こうしているだけでも出してしまいそうだ。

「(いや、一度出してしまおう……)」

 一白は即座に無理を捨てた、相手は性を食らうののだ。早すぎるのは男の恥だがあまりお預けを食わせるのも悪い。一白は身体を前に傾ける、九星と間近で向き合うと――べろりと舌を出した。九星は、直ぐにその意図を理解した。
 赤子が乳房に吸い付くように、九星は一白の口に――舌に再度吸い付く。自らの精液の絡んだ舌の味は、思っていたより悪くない。これも妖怪となったが故だろうか。
 何れにしろ到達を阻害せず、むしろ己を高めてくれる――彼が求めるものは存分に与えられた。
 自らの口を貪らせながら、一白は自らの肉をしびとの奥で擦り上げる――千摺りではけして味わえぬ快楽が動かすだけで肉棒に染み渡る。
 男から絞り上げるためだけに進化した妖怪の秘所は、なりたての男が耐えきれるものでは無いという。それを我慢が足りぬだけだと嘗ての一白は思っていたが、嘘偽りではないと思い知った。
 三擦り半――それだけ動かした時、九星の内で一白は爆ぜた。
 快楽を受けた時間は口で齎された時の半分以下だが、放った量は勝るとも劣らない。
 放つ度に九星の肉が蠢き精液を奥深くまで貪っていく、挿れただけで出しかけたしびとの膣は、一度出してしまえば其処まで搾る蟻地獄であった。
 再び意識が飛びかけた九星――その意識を引き戻したのは、目の前に浮かぶ九星の勝ち誇った笑みだ。

「へへっ、早いな……」

 その眼に先程までの獣じみた狂気はない。腹を精液で膨らませてやったせいか、稚気めいた彼の知る九星が戻ってきた。

「あなたを戻すために、わざと出したんですよ」
「負け惜しみはよせよ、早漏」
「早漏がお嫌いだというのなら、さぞや気が萎えたことでしょう。お終いにしますか」
「ま、待てっ!」

 一白は淡白な声で未だ猛る己自身を引き抜こうとする――その腰を、九星は足で抱えるようにして封じた。

「冗談だ。早くて何が悪い、おれの腹が早く膨れるということだろうが!」
「もう十分では」
「馬鹿! 気が狂うほどには飢えてないが、腹はまだまだ減ってるんだ。何と言っても、男を喰うのは初めてだからな……」
「ほう、あなたも初めてでしたか」
「気付け! 膜があったはずだぞ」
「あなたの具合が良すぎて気が回りませんでしたよ」
「馬鹿! 具合がいいとか真顔で言うな!」
「本当ですよ――だって」
「ひゃんっ!」

 抜きかけた肉を再び――勢いよく九星の奥に打ち込む。九星はおんなの声で哭いた。

「こんな風に突いただけで、出したい出したいと玉が煮えてくるのですからね。これが良くないと言うならば何が良くないというのか――まぁ、他の女など知りはしないのですが――九星? 九星?」

 突いてから反応がない――何故かビクビクと痙攣して呆然としている――軽く頬を貼ると、直ぐに戻ってきた。

「凄まじいな……これが男か……突かれただけで芯まで痺れたぞ」
「ふむ、妖怪は人のそれより感じやすいとはいいますが。女も変わらないものですね」
「なぁ、おい。一白、もっとくれ」
「何を?」
「おまえの魔羅をもっとおれにブチ込んでくれと言ってるんだ!」

 一っ欠片の恥ずかしげもない、飾らぬ言葉である。
 望み通りにはするつもりだが――二度出したせいか、ほんの少しだけ意地悪をする余力が湧いた。

「九星、わたしはあなたの主君ですね?」
「そうだ! なぁ、早くくれよ……おれはもう堪らないんだ……」
「なら、もう少し主に乞うようにして頼んでくれませんか?」
「主君! お願いいたします! ブチ込んでください!」

 元気の良すぎる懇願である、一白が妖怪でなければ萎えていたかも知れない。
 だが、今の一白は妖怪であり――この程度の言葉ですら燃える程度には九星を欲していた。

「いいでしょう――では、たんと味わいなさい」
「あひぃっ!?」

 瞬間、肉と肉がぶつかる音が――九星の鳴き声が響いた。
 もう、容赦も呵責もなにもない、ただ獣の様に一白は九星に打ち込み始めた。
 自らの肉棒の味を膣全体に染み込ませるように、肉で肉を摩り下ろす様な勢いで一白は九星を刳り続ける。傍から見たならば、あまりにも暴力的なまぐわい――されど、互いに浮かぶのは交接の歓喜のみ。

「ああっ、一白! 一白ぅ!」

 堪らぬと言った様子で、九星は一白に抱きついて来た。
 全身が炎になったかの様に火照る今の一白に、九星の温まらぬ身体は心地よい。

「(やはり、しびとか)」

 人の持つ温もりを決して得ぬが故に、しびとは人の熱を求めるのだと聞いたことがある。〈落武者〉である九星が己を熱する事は、出来ぬのであろう。
 ならば、それを温めるのは主の役割に違いない。一白は自らの熱を注ぎ込むようにして交わりに熱中し始めた。

 突く、抉る、擦り付ける――ただ、自分を高めるだけの行いで九星も等しく高まってくれていた。
 否、高まり過ぎたせいか、一突きか二突きごとに達してしまっているようで、既に九星の顔は涙と鼻水で惨たらしい事になっている。

「ほらっ、イケっ、出せっ、主殿っオレの死人まんこに出せっ、立場を解らせろっ夫婦の初まぐわいだっ、屈服しろ、俺はさっきから屈服しっぱなしだっ、屈服白いの寄越せっ!」

 突かれすぎて気でも違ったのか、訳の分からぬ事を口走る九星――しかし、その渇望は痛いほどに伝わってくる。欲しいのだ、一白の精液が、多少なりともある意識と心で男を求めているのだ。
 ならば、答えてやろう――幸い、またしても限界は訪れている。しかし、その前に――ひとつだけ言っておくべき事があった。
 いや、もっと早く言っておくべきことだったのだが、言いそびれていた――思いついた時が機会である。故に、一白は九星の耳に唇をよせ……

「言い忘れましたがね、わたしもあなたに惚れているのですよ」

 囁くようにして、呟いた。瞬間、九星の膣がこれまで無いほどに締まり上がる。
 その肉の締め付けに、一白は最大限の放出で応えた。
 精も根も尽き果てる様な爆発的射精――驚くべきことに、それでもまだ萎える気配はない。

「九星」

 放ちながら、突きながら、一白は九星に囁き続ける。

「陳腐な言い草かも知れませんが、今夜は寝かせませんよ――」

 九星は、嬌声で応えた。二人の夜は終わらない。






 夜が開け、空が白み始めた頃――二人の交接はようやく終わりを迎えた。
 何もかもを吐き出し終えた一白。未だ沸き立つ物はあるが、もはや煮え立ちはしない。
 心地よい虚脱の中で、ぐったりと床に寝そべる――その体に、猫のようにして九星の身体が絡みついた。

「どうだ、人を捨てた甲斐はあったろうが」

 九星の眼にも未だ情欲の火は燻っているが、盛ってはいない。ある程度は満足したという事だろうか。
 技量もなにもない、勢いだけのまぐわいであったが――彼女の笑みを見る限りは最低でも及第点は得られたらしい。

「あなたが相手だったからでしょう、人のままでもきっと同じふうに思ったと思いますよ」
「馬鹿……」

 ごろり、と九星は一白の胸板に頭を載せた。心地の良い重みだ。

「で――お前、これからどうする気だ」
「どう言う意味です?」
「妖怪は人を斬れん――少なくとも、お前が今までしてきたようにはな」

 その通りであった。妖怪の持つ魔力は本質的に人間への加害を禁じている。
 相手の魔力を削る事で打ち倒す事はできるが、精々が意識を奪う程度。命を奪う事は不可能ではないが、剣を用いては難しい。
 九星の言う通り、今までの殺しの仕事を続けることはもはや不可能だろう――足を洗うしか無い。だが、そうなった時、問題が出てくる。

「そうなれば、仕事が出来んだけでは済まんだろう……仇討ち、口封じ、なんでも有り得る」

 暗黒の世界は足抜けを容易くは許さない。妖怪になりましたから足を洗いますでは済まないのが刺客稼業である。
 仇討ちは兎も角として、過激派の妖怪に情報を売られる事を警戒した彼の雇い主が口封じに退魔師を使う事は十分に考えられた。殺人請負業者を目の仇にする妖怪は実に多く、暗黒の世界では人と妖怪が常に喰らい合っている。妖怪に転んだ元手駒など、元締めからすれば即座の抹殺対象であろう。
 だが、それはそれで面白いと九星は思う。妖怪として得た力、何処まで世界で通じるか試してみたいという戦士の欲望もある。

「やるだけやって死にますよ。付き合ってくれとはいいません」
「玉砕瓦全の何れかならば、瓦全が尊いと先生が言っていたのを忘れたか?」
「とは言いましても、わたしには剣しかない。後はあなたか――この時だけで終わるにしても」

 九星が一白の頭頂を叩いた。なんともまあ主君への忠節に溢れた〈落武者〉である。

「馬鹿を言え。おれには剣以外もあるし、お前とここで終わるつもりはない。そも、お前はおれの主君となったのだぞ、いきなり暇を告げるとはどう言う了見だ」
「案でもあると?」
「先生がな」
「……やはり、動いていましたか」

 考えてみれば、九星が一白の居場所を知った事も裏の稼業を知っていたことも可笑しいのだ。九星の様な猪女に手掛かりを掴まれる様な世界ではない。
 助言者か、あるいは黒幕か――どちらかに先生がいるというのは自然な流れだった。

「お前と義理がある連中とは話をつけるそうだ」
「手荒な真似と言うのなら――わたしも彼らに渡世の義理というものがありますが」
「なぁに、荒っぽくはならんと保証済みだ。色っぽくはあるそうだがな……わはは」

 高らかに笑う九星――安心とは言いたくなかったが、死なないのであれば義理は立つ。それに、暗黒の世界では、負けたほうが悪いのだ。
 さて、一先ずの命の心配はいらない――となれば気にせねばならぬのは今後である。

「それで、わたしはこれから一体?」
「まず、おれと夫婦になる。今更嫌とは言うまいな」
「そりゃあまぁ」
「その後は、ゆっくり考える!」
「えー……なんですかそれ……」
「一白!」

 まざまざと、九星は一白を見つめる――糞真面目な似合わぬ面構えで。

「おれには、お前だけあればいい。今までおまえが何人殺そうとおれの知ったことか。これから何処で何をするにしても、おれとお前が共にあるなら、きっと幸せになれるさ」
「九星……」

 力強い言葉だった、飾ることを知らぬあまりにも実直な言葉だった。
 一白にもそれを信じ込ませてしまいかねないほどの、強く太い意思の言葉だった。

「それに、先生はあの町の夜を獲ると意気込んでいる。いずれはあのぬらりひょんと遣り合うなぞという話も聞くし、腕尽くの争いになろうものなら……人で磨いたお前の剣が光る事もあるだろうさ」
「なるほど――それは面白い」

 どうやら、一白を待ち受けているのはこれ以上無いほどに幸福な人生なようだ。
 愛する女、底知れぬ快楽。敵との闘争――長き生を楽しむのに十分な愉悦がこの先にはある。

「わたしは、幸せものですね」

 一白は、魂の奥底からそう呟いた。
19/07/06 20:41更新 / ふにげあ

■作者メッセージ
尚、一白と九星の年齢は18歳です

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