読切小説
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指笛
黄昏時の渓流。
木々の合間を黄金の射光と吹き渡る風が満たしている。
切り立った、大きく高い石の上。そこに僕は立っている。
今はもう朽ちた約束を果たしに。そう、あの約束を。






ぼくは元々山の麓にある集落に住んでいた。他の子がいないというわけではなかったが、ぼくは周りと比べると少しばかり人見知りな性質で、周りとは馴染んでいなかった。
小さい頃は集落の周りだけだったが、年を重ねてくると、それに従って行動範囲も広がった。
ぼくは人見知りではあるものの、好奇心は強い方で、10歳くらいの頃には、足を伸ばさなければならないが、よくこの渓流に来たのだ。
渓流には開けた場所があって、お昼を食べて遊ぶ時間になると、そこで形の良い石を拾ったり、度胸試しに飛び込みをしたりして、夕日の見えるまで過ごすのが常だった。
この渓流には他に来る子も無く、丁度その頃は夏だったので、水の流れるそこはぼくにとって格好の避暑地だったのだ。
そんなある日、ぼくはうっかり履き物を川に落としてしまった。決して遅くない水の流れにぼくは急いで追い付こうとしたが、石ころの上を走るぼくより、水の上を走る履き物の方が僅かに速かった。
いよいよ追い付けないかと諦めかけたその時、流れていた履き物が、ふっと水に沈んだ。思わず立ち止まって、履き物があった辺りに目を凝らす。
何も変わった様子は無い。ぼくは恐る恐る、そこへ近づいてみた。
深さは腰までなので、足を滑らせたりしなければ心配は無い。けれど、履き物が消えたところまで来ても、履き物は見つからなかった。水面に顔を付けて覗いてみても、それらしき影は無い。
一体どこへ……そう思って顔を上げた時だった。背後から、ばしゃん、と水の跳ねる音が聞こえた。
反射的に振り向くけれど、誰もいない。その代わりに、ぼくが落としたはずの履き物が、ちょこんと砂利の上に置いてあった。
不思議に思いながらも、それを履き直して、辺りを見回す。その時だった。

「お礼も言ってくれないの?」
「えっ……!?」

さっきまでぼくがいたはずの所から声がした。
思わず振り向いても、そこに人影なんて無かった。この川に、ぼくの知らない『何か』がいる。勿論そう考えた。けれど、それが何なのかは、僕には分からない。
でも、きっと幽霊ではないと思った。今は夜じゃない、日光の差し込む昼下がりだ。だから、分からない。分からないから、訊いた。

「誰…?」

声は自分でも分かるほど小さくて、川のせせらぎに掻き消されてしまいそうだった。それでも、その『何か』には聞こえていたらしい。また、水が跳ねた。
丁度、切り立った大岩の影になって見えないところから。
水音がした先は、岩の影になっていて見えない。それでもぼくは、その岩に穴が開きそうなくらいに音がした方向を見つめていた。
回り込んで見れば済むことなのにそうしなかったのは、ぼくが『何か』に対して警戒していたからに他ならない。それでもぼくは勇気を振り絞って足を踏み出した。
お化けなんかじゃない。きっと、先にここに来て泳いでいた親切な誰かだ。大岩を一歩ずつ、忍び足で回り込みながら、ぼくはそんなことを考えていた。
あと一歩踏み出せば、音の元が見える。ぼくは岩の影に身を隠しながら、そっとそこを覗いた。
……大岩が淀みを作っているだけで、人らしい人なんていなかった。人らしくない人なら、ぼくを見ていた。
薄緑の肌で、背中に甲羅。頭の皿に、手の水かき。おかっぱの、大体ぼくと同じくらいの女の子。ぼくたちはお互いに釘づけになった。

「誰…?」

もう一度訊いた。こうでもしなければ、ぼくは何とも言えないばつの悪さに叫んで逃げてしまいそうだった。

「わたし?わたしはヒスイ。きみは?」

特に言い淀む様子も無くすいすいと答えるどころか、こちらに訊き返してきた。
たじろぎながらも、ぼくは何とか言葉を振り絞った。

「ぼく……ぼくは、ショウ」
「きみ、いつもここに来てるよね」
「えっ……見てたの?」
「うん。水の中から」

ぼくはいつも一人で遊んでいるという自覚があった。
それはそうだ、一緒に遊べる様な子はいなかったのだから。けれども、この子……ヒスイと答えた子は、ぼくを見ていたらしい。
但しそれは、木陰や岩陰などではなく、水の中から。ぼくはヒスイの変わった風貌からも、こう訊かずにはいられなかった。

「きみは……」
「ヒスイでいいよ」
「え?あ……えっと、ヒスイって………人間じゃあ、ないよね」
「うん。わたし、河童なの」
「河童……あの、キュウリが好きな?」
「そう。相撲も好きだよ」

河童がいるということは、ぼくもお爺ちゃんやお婆ちゃんの話から聞いた事があった。でも、こんな近い所にも出てくるとは予想だにしていなかった。
ぼくはそもそもどうしてヒスイを見つけようとしたのかを思い出した。水音の正体が、履き物を拾ってくれたのかを確かめようとしたのだ。

「ぼくの靴、ヒスイが拾ってくれたの?」
「そうだよ。でも、ショウったらお礼も言ってくれないんだから」
「えぇ……だって、どこにいるか分からないから…」
「あはは、ごめんね。ちょっと驚かせてみたかっただけなの」

近くにいることだけを分からせて姿を見せなかったのは、ただの悪戯心。
彼女はその心が剥き出しになったかの様に可憐に微笑んだ。
ぼくはまんまとヒスイの思い通りになって怖がったことに少し悔しさを覚えた。

「もう……でも、ありがとう」
「どういたしまして。ところで、ショウってわたしと同じくらいに見えるけど、何才?」
「えっと…11才」
「わぁ!わたしと同じだよ!」
「う、うん……」

ヒスイはぼくと同い年だと分かると、表情をぱぁっと明るくして、ぼくの手を取ってぶんぶんと上下に揺らす。
ぼくは元々の性質もあって、ヒスイの勢いに飲み込まれ気味だった。けれど、決して悪い気分ではなかった。
内向的な自分にも抵抗無く踏み込んできてくれたのは、彼女が初めてだった。

ぼくは気付くと、何とかしてヒスイと仲良くなりたいと、言葉を振り絞るようになっていた。
初めて仲良くなれる子が出来るかもしれないと、精一杯にヒスイと話した。
その時間はとても早くて、気が付けば夕日が見えているほどだった。ひどく名残惜しかった。

「もうお家に帰らなきゃ……」
「えー…?」
「大丈夫。明日も来るから」
「ほんと?じゃあ、わたしもおむかえするね!」
「えっ……どうやって?」

普段は水の中にいるのに、ぼくが来たことがすぐに分かるとは思えない。
ぼくだって、いつ来れるのかは日によって少し違うから、正確にいつ来るとは言えなかった。要するに、インターホン代わりになるものが必要だったのだ。

「あっ、えーと……じゃあ、来たら、こうして?」

ヒスイもそのことは考えていなかったらしく、少し考え込んだ様子を見せると、一つ方法を提案した。

ピーーッ。

と、渓流に甲高い音が響く。指笛だった。
ぼくはこの音で本当にヒスイが気付いてくれるのか心配だったが、その点はぼくが初めてヒスイに会おうとして時を思い出せば解決した。それ以前に僕は心配しなければならない事がある。

スーーッ。

と、掠れた音がぼくとヒスイの間に流れた。ぼくは指笛なんかやったことも無かったのだ。ヒスイの指笛を見よう見まねでやったところで、簡単に出来るわけでもなかった。

「あ、あはは…練習すれば、すぐに出来るようになるよ!」

これにはヒスイも苦笑い。結局、この日はそのまま別れてしまった。
その日からは、ぼくが渓流に来て指笛の練習をしているところをヒスイが気付いて、それから遊ぶという形に落ち着いた。
お互い、会っていない時に起こった出来事を話したり、もっと早く泳げる泳法を教えてもらったり、一緒に相撲をとったり。ヒスイと一緒に過ごしていると、それまでと比べて時間が倍以上の早さで進んでいる様に感じた。実際、ぼくはそれまでとは比べものにならないほど楽しい時間を過ごしていたのだ。

ぼくはその日もヒスイとくたくたになるまで遊んで、また会おうねとお別れの挨拶をして家に帰った。
その日の夕食で、ぼくは信じられない事を聞かされた。

「引っ越し………」

何かと不便な山間部を離れて、便利な都市部へ移る。
これはぼくの為でもあるんだ何だと父さんは諭していたけれど、そんな事は少しもぼくの耳には入ってこなかった。

(ヒスイ……もう会えないの?)

もう後一週間もすれば、ヒスイと離れ離れになってしまう。
ぼくは迫り来るその事実がずっと頭の中で空回りしていた。
寝つきも、夢見もよくない夜になった。

翌日、いつも通りにお昼を食べると、吸い込まれるようにしてあの渓流に向かった。
渓流に着いたら指笛の練習を始め、そうこうしている間にヒスイが気付いて出てきてくれる。ぼくはそんないつもと何も変わらない流れに安心していた。
ヒスイがぼくに見せてくれる笑顔も……

「……ョウ?ショウ?」
「え?あ……なに?」
「どうしたの、ぼーっとして?どこか悪いの?」
「あ、いや……大丈夫だよ」
「ほんと?なんだか元気無さそうだけど……何かあったの?」

ヒスイが顔を覗き込んでいて、どきりとした。
ヒスイの何気ない問いかけで、ぼくは心の中を見透かされた様な気がした。
ぼくがヒスイにどれだけ安心しても、ヒスイと一緒にいられる時間がそう長くないのは変わらない。
そもそも、ぼくが今日ここに引き寄せられる様にして来たのは、ヒスイにその事を伝えるためだ。一週間後、ぼくは遠くに引っ越してしまう。だから……

(だから?)

一緒に来てほしいとは言えない。ヒスイは河童だ。水の周りが住処なんだ。でも、きっと……

(きっと?)

きっと、また会えるから。きっとって、いつ?ぼくは、子供ながらに……いや、子供だからこそある可能性を考えていた。
それは無意識に今まで思いつかない様にしていた可能性で、それが頭を過ぎってしまった今、ぼくは堪らなく恐ろしくなった。
口に出してしまったら、それが本当になってしまうかもしれない。ぼくは最早前向きな考え方が出来なくなっていた。

「大丈夫、本当に大丈夫だから」
「うーん……でも、無理しないでね」
「うん!」

ぼくはそれきり、ヒスイの前で心配されてしまう様な弱気な顔を見せなくなった。
ぼくはそれまでの内気さが嘘の様に活発にヒスイと遊んだ。泳ぎの競争も水切りの競争もいっぱいしたし、相撲もヒスイが満足するまで取った。
ぼくはいずれの競争でも一回としてヒスイに勝てなかった。それでよかった。ぼくはヒスイと過ごせれば、それでいい。そう思っていた。

引っ越す前の日ですらも、ぼくは変わらぬ足取りでヒスイのいる渓流に向かった。指笛は、結局吹ける様にはならなかった。それでもぼくは明日の事など忘れて、ひたすらヒスイと遊んだ。






僕はとうとう、ヒスイを欺き通した。


僕は大学に入って、この集落へとまた戻ってきた。数年ぶりの集落は子供の頃に見ていたものより数段鄙びて、乾いた笑いすら込み上げさせた。
集落に付くや否や、僕はあの渓流を目指した。この辺りの景色はあの時と変わっていない。
ただ、成長して歩幅が大きくなったからか、あの川辺に到着するのは早く感じた。ここの景色も変わっていない。
しかし……『彼女』が変わっていないかどうかは分からない。そもそも、ここにいるのかすらも。
僕は『彼女』に対して考える事は無かった。ただ、ここに来た時に指笛を吹く。あの頃に出来なかった約束を果たしに来ただけだ。
黄昏時の、少しだけ冷えた風が頬を撫でる。僕は息を深く吸うと、『彼女』がそうした様に息を吹き込んだ。

ピィーーーーーーッ。

山中に広がる様な錯覚に陥りそうなほど、指笛はよく響いた。少しの間、渓流に反響する音に目を閉じてみる。
聴覚が研ぎ澄まされて、山の息づきが聞こえる様だった。その時。

ピィーーーーーーッ。

もう一度、指笛の音が聞こえた。はっとして辺りを見回すも、川の方には誰もいない。この指笛は山彦なんかじゃない。確かに僕はこの耳で聴き取った。
指笛の主を探そうと岩の上を降りた時、頭の中であの時の光景がフラッシュバックした。
……そうだとすれば。この先に、指笛の主がいる。僕が今しがた降りた、この岩の向こうに。てっきり川の方にいるのだと勘違いしていた。
ここは他でもない、思い出の場所だ。きっと、それを考えてくれたのだろう。僕は岩の向こうを覗くべく、意を決して足を踏み出した。
当然、僕の視線の先に人間はいなかった。裏を返せばそれは。

「ヒスイ……!」
「ショウ!」

僕は『彼女』について考える事なんて無かった。別に『彼女』に会えなくてもいいとすら考えていたはずだった。
けれども、僕は気付くと足を前へ前へと踏み出していた。
そうしてやっと、また僕は自分の気持ちに嘘を吐いていたのだと判った。
嗚呼、忘れるものか。あの日以来、片時も忘れる事なんて出来なかったさ。
僕達はお互いの姿を認めると、同時に走り出して、強く抱き合った。

「あぁ……逢いたかった……」
「……僕もだ」
「ずっと……待ってたんだから!」
「ごめん。僕も怖かったんだ。もうヒスイとずっと会えなくなるんじゃないかって……自分だけ、逃げてたんだ。だから、僕はもう逃げない。僕はヒスイが好きだ。君と出逢ったあの日からずっと……ヒスイが大好きだ」
「私も…初めて逢ったあの時から、ショウが好き!大好き!」

僕達は身体こそ大きくなったものの、その心根は全くと言って良い程変わっていなかった。
僕達はそれを確認すると、どちらともなく顔を近付けて、互いの唇を重ねた。羽毛の様な、軽い口付けだった。
唇を離すと、ヒスイが物足りなさそうに僕を見つめてくる。頬が紅潮して、息が荒くなり始めている。僕はどうもヒスイのスイッチを入れてしまったらしい。

「ショウ…私、ショウが欲しいよ……からだ…うずいて、せつないの」
「……うん。僕も、ヒスイが欲しい」

僕もあれから少なからず成長している。ヒスイが、魔物という存在がどんな性質を持っているかは理解しているつもりだ。
人間のそれよりよっぽど劇的で熱烈な性欲。
僕はこれから、彼女を…ヒスイを抱く。
初体験がここになるとは思ってもみなかったが、ヒスイをここまで我慢させてしまったのも僕の落ち度だ。その責任は取らなければならない。
今の僕が持つ知識で、ヒスイをどれだけ悦ばせられるのだろうか。しかし、不安に苛まれている時間は無かった。
僕達はもう一度キスをした。今度はお互いを深くまで味わう、濃厚なキス。舌がお互いの唇を掻き分けるのも、ほぼ同時だった。

「ん……ちゅっ…ぁ……ちゅる……ぅ…」

僕とヒスイの舌が絡み合う。
自分でも驚くほど僕は積極的で、僕は彼女を味わいながらもぐいぐいと前進していた。岩肌と僕とでヒスイを挟み込む格好になっても、なお僕達はお互いを味わった。
お互いがお互いの唾液を啜っている。舌が、歯列を、歯茎を、縦横無尽に這い回る。
僕はヒスイの舌を吸いながら、彼女の唾液を飲み下した。僕がそうしている様に、僕の喉がこくこくと上下する様に、ヒスイもまた僕の唾液を一心に嚥下している。
それに気付いた僕は、自分の中に潜むどうしようもない官能を擽られた。
僕達はどれくらいこうしていたのだろう。そう思えるくらいに長く、深い口付けの後に、漸く舌が離れた。唾液の銀糸が、重力に従ってぷつりと切れる。
ヒスイの目は虚ろだった。焦点の朧気な、蕩けた目をしている。僕の目も今、そうなっているだろうか。思考が、はっきりしない。
背負っている甲羅の肩紐の部分をずらすと、ヒスイの双丘が露わになった。
僕達が出逢った頃とさほど変わり映えしていない様な気がするが、なだらかながらも形は整っている。頂点の、ピンと尖った桜色がまた可愛らしい。
艶やかで、きめの細かい薄緑の肌。出逢った頃よりもずっと綺麗に見えた。手を滑らすと、湿っていながらも滑らかな感触が伝わってくる。
突起を指の腹で転がすと、ヒスイの口から吐息が零れる。桜色を口に含むと、彼女の悩ましさが加速する。

「ふ…う…うぅ……あっ…!んっ……んぅ…ひぁん!吸っちゃ…ゃあ……」

左を吸い、舐り、甘噛むのと同時に、右を転がし、摘み、弾く。僕が責め方を変える度にヒスイは違った反応を見せてくれる。
僕の中で、彼女への愛しさが込み上げる。それがまだ頂点に達してはいないのが、自分でもよく分かった。
胸への愛撫を終えると、僕はヒスイの首筋に強く吸いついた。ヒスイが小さく、だが甘く呻く。言わずもがな、跡を残す為だ。
けれども、僕はそういった知識を持っているだけで、経験が伴っているわけではない。付けたはずの跡は、誰が見ても歪だった。僕は思わず謝った。

「う……ごめん…」
「ううん、いいの…。ショウが跡を残そうとしてくれたのが嬉しいから、それでいいの」

ヒスイが話す言葉の一つ一つが、的確に僕の欲望を掻き立てる。
ヒスイをぐちゃぐちゃにしたくて堪らなくなる。
僕の下腹部の疼きは、間も無く臨界点を迎えようとしていた。

「私もお返しするからね」
「えっ…あっ、ちょっと!」

言うが早いか、ヒスイは僕のズボンとパンツを手際良くずり下げていた。
僕の滾った怒張が夕空の下に曝される。夕暮れの冷えた空気が突き刺さって、感覚が鋭敏になっている気がした。

「美味しそう…じゃあ、頂いちゃうね」
「待っ…うぁっ!っ!ぐ…ぅ…ぁ…!」

ヒスイは僕の返事も聞かずに屈んで肉棒を舐め始めた。ヒスイの舌が触れた瞬間、痺れが全身を駆け巡った。
愚息の方も相当期待していたのか、与えられる快楽に悦んでその身を震わせている。ぬらぬらとぬめった舌がそこらじゅうを這い回っている。裏筋をなぞり、カリ首を伝い、鈴口を穿る。
痺れに抗おうとしても、波が次々に押し寄せてきてキリが無い。恐ろしい事にこれはヒスイによる愛撫の前段階でしかないのだ。
ヒスイが一度、口を離した。いよいよ本番かと思ったが、それは大きな誤解だった。
次の瞬間にヒスイが口を開けるのが見えた。この為に溜めたであろう大量の唾液が糸を引いていた。これはまずい。
そう思う間も無く、ヒスイは僕の得物をその小さな口で包み込んでしまった。

「うあぁぁ!?」

より強い痺れが身体を流れた。ヒスイの口内がじゅるじゅると、僕を優しく、暖かく、そして激しく包んでいる。
僕の槍が、ヒスイの喉までもを蹂躙している。だが、実際に蹂躙されているのは僕の方だった。
事実、僕は立っていることも難しい状態だったのだ。岩肌に手を付いて、ヒスイの暴力的とも言える奉仕に身を任せるしかなかった。
舌による責めが唾液の潤滑油によって凶悪さを増し、それに加えてヒスイは僕のモノを吸引すらしてきた。
押し寄せる快楽の波に最早抗うことは叶わず、僕は飲み込まれようとしていた。

「ヒ……スイ…!もう…駄目…!!」
「ふぃいよ、ふぁふぃへ。ふぉうらい」
「ぃいっ!?ぐっ、うっ、…うぅぁあぁぁぁあぁあっ!!」

限界が近いことを伝えると、ヒスイの動きが早まり、僕の精を搾り取ろうと迫る。
ここに来てヒスイは責め手を更に増やし、射精を円滑に済ますべく、僕の睾丸を空いていた手で揉みしだきさえしてきた。
一際大きな波に僕は彼女の頭を押さえつけながら、絶叫と共に精をヒスイの口にぶちまけた。
相当な量となるはずのそれらを、ヒスイは一滴も零さず、喉を鳴らして受け止めてみせた。
彼女が、僕の出した精を、飲んでいる。尿道に残った分も、吸って。僕のをだ。征服感が僕の身体を覆った。行為はまだ、終わっていない。
僕達が燻ぶらせてきた欲は、こんなもんじゃ消えない。
支配欲がむくむくと鎌首をもたげる。

「私……もう、我慢できない。ちょうだい、ショウの…ショウのおちんちんで、私をめちゃくちゃにして……」

ヒスイが立ち上がって股の部分を横にずらし、秘所を開けて僕を待っている。
ヒスイがその言葉を言い終える頃には、僕の怒張が二戦目に備えて臨戦態勢に入っていた。
僕の心も、彼女の言葉に従うしかなくなっていた。
ヒスイの割れ目は侵入者を今か今かと待ち、とろりとした蜜を持て余すほどになっている。
僕は怒張をそこに宛がうと、ヒスイの目を見た。心で頷き合うと、僕は前に進んだ。

「っ…!つっ……う…」

怒張が膣壁を掻き分けると、結合部から赤い筋が流れ出た。
ヒスイの表情は、破瓜の痛みが齎す苦痛で歪んでいた。目の端からも、透明な筋が見えている。

「大丈夫?」
「っうん……大丈夫だから…動いて?」

飽くまでも僕の快楽を考えてくれる。そのいじらしさに、愛しさがまた膨らんだ。
ヒスイは動いてと言っていたけれど、それでも僕は彼女が落ち着くまで抱きしめた。

「僕、ヒスイと繋がれて嬉しいよ」
「えへへ……私も」
「…可愛いな、ヒスイは」
「そんなこと……ひあぁぁっ!?」
「ぅおっ…!?」

僕は不器用だから、特に女性を喜ばせられる様な話術の心得は無い。
それでも、不器用は不器用なりに善処して愛を語る。そんな稚拙な歓呼でも、ヒスイは微笑んで答えてくれる。
本当に、愛しくて、堪らない。
僕はヒスイの頭を撫でた。ただそれだけのことで、彼女は悲鳴に近い嬌声を上げて僕を締め付けた。すんでの所で暴発は免れた様で、僕は少しほっとした。
しかし矢継ぎ早に問題は起こる。ヒスイが力の抜けた様にその場に崩れ落ちてしまったのだ。
咄嗟に彼女の身体を支えて、結合部が外れてしまうことは防いだが、これでは立ったまますることは出来ない。
一先ず、僕は手近な浅瀬に彼女を横たえた。水の上ならば、砂利の痛みも少しは和らぐのではないかと考えたからだ。

「さっきのって、どうしたの?」
「えっとね…私達河童は、頭のお皿が弱点なの。触られるだけでも、力が抜けて動けなくなるの」
「……性感帯ってこと?」
「ひゃあんっ!やぁっ…ん……もうっ…!言いながらぁぁ…なでっ…ないれぇ…」
「ごめんごめん。つい可愛くて」

僕が訊くと、ヒスイは少し恥ずかしがりながらも教えてくれた。
そう、河童にとって頭の皿は性感帯なのだ。
性感帯を常時晒しているというのは中々魔物らしいと言えばらしい。僕は心の中に湧き出た嗜虐心に思わず従ってしまった。
ヒスイの皿を撫でると、それに呼応するかの様に、彼女の嬌声と共に膣が蠢く。喘ぎながらも咎めてくるヒスイに、僕は微笑んだ。僕は悪くないのだと、自分勝手に。

「じゃあ……動くよ」
「うん…来て」

ヒスイも幾分落ち着いた様なので、本来の目的を達成しなくてはならない。
僕達は再び頷き合った。それを皮切りに、僕が抽送を始める。

「あっ…はっあぁ…んぅ…」

腰を打ち付ける度に、ヒスイの声に甘さが混じっていくのが分かる。
少しずつ、僕に慣れていっているみたいだった。川のせせらぎに混じって、ずちゅずちゅと淫猥な音が響き渡る。
ここには、僕とヒスイの二人しかいない。いさせない。
ヒスイの声が甘くなっていくのに従って、僕も抽送の勢いを強めた。嬌声はどんどん遠慮が無くなってくる。

「あっ!うあっ!ひゃぁぁ!いぃっ!きもち、いいっ!」

未熟な僕の責めで、ヒスイはこんなにも悦んでくれている。

「すきぃっ!ショウッ!すきっ!だいすきぃっ!」

何も言わず姿を消した僕を、ヒスイはこんなにも愛してくれている。

「ヒスイ!愛してる!ヒスイッ!ヒスイッ!」

これ以上、何を望もうか。
僕はヒスイを愛している。皿から爪先まで全て、ヒスイが愛しい。

「あぁぁっ!ショウッ!ショウッ!ショウッ!」
「ヒスイッ!ヒスイッ!ヒスイッ!ヒスイッ!」

僕達はもう、お互いの名前を呼ぶくらいでしか愛を語れないところまで来ていた。
今感じているこの快感が、どちらのものなのかも分からない。
抽送が限界を超えて早まる。
結合部から溢れる液が泡立ち、飛沫となって飛び散る。
ヒスイの膣がこれまでに無いほど締め付けてくる中、僕の逸物はいよいよ膨張した。
僕達は最後の瞬間を感じ取ると、互いをひしと抱いて、口で口を塞いだ。

「「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!」」

逸物が脈動し、子宮にありったけの白濁を吐き出す。膣はそれらを漏らすまいと、逸物を奥へと引きずり込もうとする。
全身が快楽電流に支配され、射精は二度目にも関わらず十秒以上は恐らく続いた。
外れた結合部から、こぷりと白濁が溢れる。とても暖かで、幸福な余韻が僕達を包んでいた。
僕達はその幸福を何度も享受するべく、幾度も交わった。それほどまでに、僕達は飢えていたんだと思う。






星の瞬きを見ながら、僕達は並んで座っている。川のせせらぎは、いつまでも変わらない。

「…あの、さ」
「なぁに?」
「僕、この山の麓にある村に引っ越そうと思うんだ」
「え?でも…」
「僕の故郷だから。何より……ヒスイも、ヒスイの故郷に近い方が良いと思って」
「あ………」
「順番、ばらばらになっちゃったけど、言うよ。ヒスイ、僕に付いて来て欲しいんだ。ずっと、ずっとね」
「うん……ずっと、ずっと一緒!」

抱きついてくるヒスイ。今更ながらに赤面する僕。見ているのは精々、星と月くらいのものだった。
15/08/30 03:03更新 / 香橋

■作者メッセージ
人生初のSSがこういうものとは我ながら高ハードルだなと考えてました。

男の子は当初は清で表記しようとしたのですが、何となく山下清が思い出されるのでカタカナ表記になってしまいました。

少しでも気持ちが昂ったのでしたら幸いです。

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