読切小説
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愛故に、
雨が降る。

雷が鳴る。

空は黒い。

星はない。

雲もない。

永遠の夜。

無限の遠きから訪れる、滝のような雨。
永久の闇が飾る、腐り果てた大地の中。
ぽつんと、そびえ立つ古城が存在した。
腐食はひどく、カビすらも死に絶えた。
そこにあるのは、ただ二匹の悪魔のみ。

ゆえに、そこは魔境であった。
降り注ぐ『雨』の名を冠し――――――『異界』レーガン。

それは同時に、私の名前でもあった。



「……なに、が」

「起こったか? そんなことを誰かに問うほど、貴女は愚かではないはずです」

目の前で起こるのは、惨劇ともつかぬ、淫靡で妖艶な地獄絵図。
昂ぶりを抑えられなくなりそうだ。

「もうとっくにご理解頂けたものと思っておりましたが」

ああ。顔が歪んでしまう。我慢しないといけないのに。
愉しくてしょうがない。気持ちよくてしょうがない。
こんなに愉しいのは、何年ぶりだったろうか。
きっと彼女に出会って以来だ。こんなに心が昂ぶったのは。

ぐちゅっ、と肉の混ざる音が鳴る。
快楽と痛みと痒みをごちゃ混ぜにしたような感覚が、全身を突きぬけていく。
そのたびに彼女は、痛みに顔を崩す。
ただでさえ美しいかんばせが、より美しく咲いていく。
ああ、なんと甘美なことか。
破壊とは、これほどに悦いものだったのか。

「どう、して」

「不用意に知ろうとするかいけないのです。もっと純粋に、快楽だけを求めていればよかったのに」

ごきゅっ、と骨の砕ける音が響いた。
ずくん、と全身がつながる。
―――神経がリンクした。
彼女の末端が、私の脊髄までたどり着いた。

彼女の思考を感じる。
心地よいノイズとして、直接。

―――何が、どうして――貴女、どうやって――こんな―――

―――痛い、苦しい――咽が、灼ける――身体が、熔ける―――

……存外、貧弱なようだった。
圧倒的な魔力、求心力、性技をもって、種の繁栄に大いに貢献した強大なサキュバスだというのに。
インキュバスのハーレムさえ作り上げた彼女が、たった腕の一本つながっただけでピーピーと。

壊れていく様は往々にして、美しい。
彼女も例外ではなく、むしろ私が見てきた中で飛び切りに奇麗だった。

まるで闇夜に咲き乱れる紫桜のように。
まるで黄昏に映える曼珠沙華のように。
まるで四肢に絡む真紅の薔薇のように。

私に沈んでいく彼女は、何よりも優美で、麗華で、淫猥に見えた。

肘まで埋まった。
もう腕の付け根までは私が支配している。

彼女の下腹部は相変わらず、サキュバスとしての性質からか、精気を求めて蠢いている。
子宮口まで突き上げてやると、きゅっと締まって悦んでくれる。
もともと敏感なので、それだけでもう出してしまいそうになった。
鳴き声は泣き声へと変わり、喘ぎは呻きに替わる。
快楽より絶望や恐怖、痛みといったもののほうが先行しているようだ。

彼女の豊満な胸を鷲掴みにする。
搾り取るように指を動かすと、白いものが溢れ出た。
今まで集めた精気、その圧縮物だろう。
勿体無いので、彼女の乳首に吸いついて、頂くことにした。

……事実上の生命活動は、今のところ三割がプロセスを終了し、私の生命に依存を始めている。
無意味な余剰、と判断されたぶんの精気は吐き出され、そのあちこちから漏れ出てきた。
汗や唾液、愛液や涙、乳腺を通ってミルクとしても排出を始めている。
全身の分泌液に不要物として、彼女の魔力が吐き出されている。
ひとつひとつ丁寧に舐めとるのも面倒なので、一番力の濃い胸からの体液を取り込むことにした。

一滴ごとにインキュバス一匹分はあろうかというほどの魔力が篭っている。
濃すぎて、身体が無意識で拒むほどだ。あまり長く浸っていると、知性まで衰えてしまいそうになる。
意識がぼやけそうになるほど甘いそれを吸いつづけるのは、さすがに十秒程度が限界だった。

ふと、ノイズが停止する。
喚くような思考が終わり、私に問いかけるような言葉が、一つ、紡がれた。

―――なんで、こうなったの

言葉にならないそれを、私の脳は確かに感じ取った。
知りたいのは自分の不運ではない。起こったことの原因だ。
その端に感じたものは、繋がった二つの場所からの、快楽と痛み。
共有している実感を覚えて、ひとつになったことをやっと理解する。
まだ身体はふたつだが、あと数十分もすれば溶け合うだろう。
無我に近い状態の彼女は、それを識っても何も思っていなかった。

にこり、と笑って私は彼女の問いに答える。

「昔、話しましたよね。人間の機能に『自食作用』と言うのがあるのを」

オートファジーとも呼ばれるそれは、ヒトの身体がもつ、本質的な狂気。
生命活動に不全が出た場合、体細胞を分解して生命維持に必要な物質を取り出す……いわば、『自身を食べて』命を永らえる行為。
過度の空腹時、栄養失調時などに起こる、人間の深い部分に眠る機能の一つである。
自分の命を削って、それを引き伸ばそうとする。なんとも、おかしい話だと思う。

首をかしげる彼女にも、この思考は伝わっただろう。
私は、そのまま言葉を続けた。

「私はそれがとても敏感だった。ほんの少しの空腹で体細胞のタンパク質を消費するせいで、ほとんど外にも出られなかった」

蓄えられる体力も少なく、身体を維持するためのエネルギーも多い。
汗をよくかく体質でもあったし、代謝能力が常軌を逸している、といったところだろうか。
病気にはなりにくかったが、いかんせん体力が持たないおかげで、外出はかなわなかった。
激しい運動も、すぐに倒れてしまうかもしれないという懸念から禁じられていた。

「だから、初めて貴女が私のところに来たときは、とても嬉しかった」

――――そう。
この世にある喜び全てを比べても。
絶対に届かないくらい、嬉しかった。

目を閉じ、過去のことを思い出す。
彼女にも、思い出してもらおう。



彼女が現れたのは、夜の帳の降りきった、完全な闇の世界。
誰もいない寝室に、窓から舞い降りた一人の美しい女性。
凄艶な細面、ぼんやりと浮かぶ純白のシルエット、美麗などという言葉では言い表せないほどいやらしく、誘うようなボディライン。
まるで絵のような姿の中に充溢する、喜悦と覇気。圧倒的な魅力。
男を一人肩に抱え、薄く笑うその姿に……私は、恋のような感情を抱いたのだった。

それから私たちは、少しずつ会って、話をするようになった。
肩に抱えた男は毎回違うし、出会い頭に見せる笑顔も少しずつ違っている。
同じ問いにも答えは毎回違っていたし、たくさんのことを教えてくれた。
本や口伝ではわからない、魔王の世代交代による魔物の性質変化。王国内での男性人口が目減りしている原因。

中でも目を引いたのが、魔物が同属を増やすための行為、その偏り方である。
種によってまちまちではあるが、皆、人間を使って増えている。
スライム種は、男から捕食した余剰エネルギーの分散によって。
獣人種は男から得た精子を受精し、哺乳類と同様に、妊娠する。
高等悪魔は女の体内に魔力を満たし、同属へと転化させるという。
淫魔系列の悪魔が魔王に成り上がったことにより、魔物全体の性質が変化したらしい。
面白かった。魔王の形質がほかの魔物のそれに影響するというのもそうだし、なにより淫魔が魔王になって、全員が雌型に身体を作り変えられたことがたまらなく痛快だった。まるで、『種の長は押しなべて女である』ことを魔王が高らかに叫んでくれていたように思えたから。

サキュバスである彼女は、同属そのものは作りこそすれ、自分の周りに置かなかったらしい。数もそれほどたくさんではないとのこと。
ただ、様々なところから気に入った男を連れ出してはインキュバスに変化させていることから、魔族の増加そのものには大きく貢献していたといえるだろう。
自慢げに話す彼女に、私を同属へ変えない理由を問いただすと、『欲望で心が歪むと話してもつまらなくなるから』なんて言っていた。

「貴女が迎えに来てくれたとき、手を伸ばしてくれたとき……花開くように、世界が拡がった」

そんな生活が続いてしばらく。
私がサキュバスと密会をしていることが、どこからか漏れてしまった。窓から入ってくるのが見られたのだろうか。
親もうすうす勘付いていたらしく、魔物の主な活動時間の外……よりにもよって、明け方を狙って私の元に兵士を呼び寄せたのだ。
魔物が巣に帰るような時間帯をわざと突いてくるのだ、よほど心配だったのだろう。どんな手を使っても我が子を護りたいとでも、考えたのか。
だが、すでに遅かった。逆の意味で、その心配は杞憂に終わっていた。
私は交わりこそなかったが、彼女に心酔していたのだ。妖艶な笑顔に、鈴のような声に、彼女の目から見た世界に。
眠るだけでも体細胞の死滅を起こす私に、言葉で世界を教えてくれた。広くて、大きい世界を。
彼女になら、全てを捧げてもかまわないと思っていた。
少なくとも、こんな牢獄のような場所で一生を終えるより、そのほうがよっぽど有意義である……とまで、思うようになっていたくらいだ。
魔力、体力、身体能力。全てが人智を超越する存在たる魔族……そのなかでも指折りの力を持つサキュバスならば、私のやりたいことが、何でもできるようになるかもしれない……そう、思ったのだ。
兵士が私を捕らえにきたのは、いいきっかけに過ぎなかっただろう。

だから私は、ヒトの世界と決別を決めたのだ。人間……ましてや自食過敏のこの身体はあまりにも脆弱。
世界を見たいなんて過ぎた願いを叶えるには、それくらいしか思い浮かばなかったのだ。
前々から彼女には、それを話していた。話すたびに笑い飛ばされていたのだが、たった一つ、真面目に言ってくれた言葉があった。
『何かあったら私の名を呼びなさい。六秒で貴女を迎えにあがるわ』
それはつまり、私を同属として受け入れるということ。相応の覚悟、事態がなければ、そんなことには踏み出せなかっただろう。

「それから、色んなところを見て回りました。王国の外も、中も。
 結局、貴方のところに帰ってきたんですけど」

レッサーサキュバス……未熟者の時代、私はまだ世界を見て回るには弱すぎた。
魔界から顕れた魔族に助けられ、人間を喰らうことを覚えた。
対象の射精を促す行為、昂揚させるような言葉。快楽を得ることに抵抗のなかった私は、どんどん飲み込むことができた。
エネルギーを得られなければ、肉体が精気に変換される。魔族になったからといって、その体質は変えられなかったらしい。
だから、必死になっていたのかもしれない。

そうして幾度となく重ねていくうちに、思考は徐々にそちらへと傾いていった。
それにつれて、脚や腕にあった桃色の体毛ははがれてきた。成体へと変化しつつあったのだ。
今まで一度も同属を作ったことのなかった私は、そうなって初めて、やっと人間の雌を喰らった。少ない魔力を送り込み、淫魔へと作り変えた。
それが成体―――サキュバスになる、最後のキーだった。

やっと一人前になれた。それを伝えたくて、私は、彼女のもとへと帰ってきた。
やっぱり、と失望もされたが、彼女は快く迎えてくれた。空腹が死に繋がる私に、インキュバスを与えてくれた。
淫魔にしやすい男の選び方や、魔力の効率的な置換法なんかも教わった。

何だかんだ言って、私が『そう』なってからも、楽しかった。
歪めば歪んだなりに、違った愉しみもあった。
彼女は、そう言ってくれた。
とても、嬉しかった。

「でも、ここに来てやっとわかったんです。『魔物』って括りに入ってから、私の身体がもっとおかしくなったのが」

普通の人間より、死に敏感である。
私の中のそれが、暴走していたのだ。
身体の異常に、過剰反応を起こす体質。
それが、自食作用だけに留まらなくなっていた。

一匹のインキュバスと交わっていて、ふと身体に切り傷が入った。
魔族の私には大したことのない傷。ほんの少し鋭い石が腿に傷をつけただけのものだったのだ。
舐めてれば治るよ。そう言って、インキュバスは私の脚に舌を這わせたのだ。
行為自体はとても、気持ちよかった。ずくん、と傷が疼く感覚と、くすぐったさがたまらなく心地よかった。

肉体というのは実に不思議なことに、傷を塞ぐ途中で邪魔になったものを同化する性質がある。
たんぱく質が主な、生物の肉ならなおさら。
命の危険…と呼ぶには、あまりにも小さい障害だったが、身体はそう判断しなかったのだ。

インキュバスの舌は見る見るうちに同化し、私とひとつになった。
傷が塞がるのが、いくらなんでも早すぎる……そう思った直後。
接合した舌から痛みが走ったのか、インキュバスが叫びをあげた。
なんとか身体を離すため、反射的に手足に爪を立てて私を引きちぎろうとする。
身体に傷が増える。深くなる。そこからまた、爪が、指が同化していく。それが、そのインキュバスの最期……だったと思う。
ずぶずぶと身体の中に取り込まれるインキュバス。四肢の付け根まで飲み込まれ、張り付いた後、胴からも同化が始まった。
恐怖に歪んだ男の顔が、胸から、私の中に入ってくる。異物感もなく、当然かのように取り込んでいる。

普通なら恐怖を覚えるべき、その光景に……私は慄くことも、恐れることも、できなかった。

なぜなら――――――

「―――私、気持ちよかったんです。女の人を犯したり、男の人を犯したりするのとは、ぜんぜん違うベクトルで」

満足感、と言えばいいのだろうか。
叫びたくなるほど身体がいっぱいになって、欠けているものが充てられていくような。
ずっと絶頂が続くような、そんな感覚。

私はサキュバス。快楽に順応する、淫らな魔族。
なればこそ、この快楽に、戸惑うことなど欠片もなかった。

ついた傷は皆、指なり舌なり肉棒なりで、擦りつけてくる。インキュバスとはそういうものだ。サキュバスの傷さえ、性具にしてしまう。
そうなれば最後、苦悶の表情で全員が全員私に飲み込まれていくのだ。
その度に私は、器が溢れるような、厭きのこない痛烈な愉悦を味わうことができる。
インキュバスは所詮奪われる側。人間のような脆弱な種族の延長上でしかない彼らを『食べる』ことに、何の抵抗もなくなっていった。

その快感に気付いて、自分から傷を狙うようになった頃。
だんだんと、常の飢えが失われていることに気付いた。
精気を吸わないと、死んでしまう―――そんな焦りが、不要になっていた。
器が、だんだんと自分から水を吹いている。まるで、泉のように。
インキュバスの持つ精気の生産機能が、彼らを『食べる』うちに私と結びついたのだ。
生産より消費の方が依然多かったが、それでも昔に比べて、サキュバスらしいサキュバスになれたと思う。
それ以来、焦るような、がっついた性交は行われず、愉しむための行為が増えた。
最も効率的な膣を使っての吸収だけでなく、男のモノを奉仕する技も使うようになった。
快楽を味わうことを覚えた、と言ったところだろうか。サキュバスが最初に覚えるべきことを、やっとそのときになって理解したのだ。

「……だから、もう止まれないんです。これが私の―――淫魔『レーガン』の、存在意義だから」

彼女をもう、肩まで『食べた』。
傷口に張り付いた彼女の脇から、同化が始まった。
ぴちゃぁっ、と音が鳴り、彼女とまた繋がる。

諦めたように、安らかな表情の彼女。
胸元にあるその頭を、撫でる。
優しく、愛しむように。

「気になっていたでしょう? 私に男のモノが生えたこと。
 その仕組みが知りたくて、私に手を突っ込んだんでしょう?」

小さく、頷いた。
口だけが動き、言葉は頭に響いてきた。
もう、呼吸も必要なくなったのか。

―――昔から、貴女は出会うたびに違う反応をしてくれて、飽きなかったわね。

―――いつも、知らないことばかりで、驚きに満ちていて。そんな貴女に、たまらなく興味が湧いたの。

―――身体まで変わっちゃって、それがきっかけよ。前から、こういうこと、貴女にしてみたかったわ。

……そうですか。
なら、答えてあげないといけませんよね。

下の繋がりはとうに解かれ、彼女の柔らかい身体と私の剛直は密着していた。
だんだんと、そこからも同化は始まっていた。
あまり、長くはないかもしれない。その前に、少しでも、教えてあげよう。
教えていなかった私を。私というサキュバスの本質を。

「……召喚術……では、語弊がありますけど。取り込んだものの一部分を、体表上に顕現させられるんです」

インキュバスの腕、胴、頭、脚、陰茎。今はそれ以外を出すことはできない。
それ以外が出せるかどうかも……まず淫魔以外の魔物が取り込めるかどうかもわからない。
自分の身体の表面上、というルールを守るのなら、自由自在に出すことはできるらしい。
色々と試したが気持ち悪くてやめた。
背中から何本も手が生えた神の真似をしてみたが、魔力が途中で尽きそうになった。
やはり、あまり無理なことはしないほうが懸命なようだ。

これがわかったときは、もう、愉しくて仕方がなかった。
一人で慰める行為が、まったくの不毛ではなくなった。
男を犯してみたが、あまり気持ち良くなれなかったことから、やめた。
手に剛直を『召喚』して、自分で慰めるのも、なかなか悪くなかった。
ただ手からでは快楽も得られないし射精もできないので、『召喚』する場所はある程度選んだほうがよさそうだった。

―――面白いわね。他の淫魔はもってないわよ、そんな力。

それはそうだろう。
死に敏感である体質と、取り込んだものを最大限利用しようという本能が生んだ、歪な力なのだから。
……あってよかった、とは思うが。
この体質があったから彼女に出会えたし、この本能があったから淫魔として型の外れた快楽も知れた。
絶対に、ないほうがよかった、とは思わない。

―――じゃあ……私も『召喚』できるようになるのね。

―――私の身体は凄いわよ? 色々と。

―――なんといっても一国を揺るがす偉大なサキュバス、感覚も技術も、その辺のとは比べ物にならないんだから。

消えかかった彼女の、最期の主張に苦笑する。
確かに、彼女の性技は私なんかより断然上だ。
彼女の手が生み出す快楽に酔い痴れて、私は淫魔と化したのだから。
そんなことは言わなくても、ちゃんとわかっている。

もう半身が埋まってしまった。
そろそろ、首に到達したころだろうか。
身体を、はちきれんばかりの愉悦が包む。
だが、嬌声を上げるなんてこと、出来はしなかった。
この彼女の、どこまでも安らかな―――魔物が絶対できないくらい愛しみに溢れた、聖母のような笑顔を見ているのだから。

娘に看取られる母。
姉を看取る妹。
散り際の主人を慰める従者。
どれとも思える私たちの姿は、きっとどれよりも遠い。

きっとこれは、セックスだ。身体を、生命をあわせて、交わる行為。
本質的な意味での、コミュニケーションとしてのセックス。

互いに感じるのはもう、純粋な快楽だけ。
魂が重なって、ひとつになることの悦び。
インキュバスを『食べた』ときとは違う。
もっと、深いところで交わっている感覚。

こころも、からだも。
ひとつにとけあって。
わたしとあのひとは、いっしょになる。

「……好きです」

―――私も。

「誰よりもです」

―――私も。


彼女が私と、私が彼女と。
全部がひとつになって、混じりあう。
もともと共鳴していたこころだ。混ざってしまえばもう、戻らない。


―――ありがとう。

―――私の、大事な、たった一人の妹、

―――レーガン。


……最後まで、それなんですね。
がっかりですけど、それでいいです。
貴女に、愛されているんですもの。
不満なんて、文句なんて、絶対言いません。
その愛で、私とひとつになってくれたんですもの。

ゆっくりと、瞳を閉じた。
身体を包む快楽が、静まっていく。

私が、『私』になる。

彼女と、ひとつになる。

一固体として――――――サキュバス『レーガン』が、産まれる。




雨粒が一滴だけ、

頬を伝い落ちる。

それが、合図だ。

『私』の目覚め。























































「お腹が減ったわね」

おはよう。
はじめまして。
新しい私。



振り続く雨。
止むことのない雨。
それはほんの少し、優しくなった。


永遠の夜が続く異界―――

あのひとの為の世界―――

私が出て行く為の家―――

いつか帰る為の場所―――


その魔境は、私の名を冠し―――――レーガン。
古い言葉で『雨』の意を持つ、彼女がくれた名前。


静かに立ち上がり、私はその城をあとにした。
10/03/13 01:13更新 / 羅宇屋

■作者メッセージ
※謝辞
自食作用について多大な曲解と自己解釈を加えたことを謝罪いたします。

※以下あとがき

百合っていいよね。
たまらないよね。胸が熱くなるよね。
そして百合百合しい人たちが一つになるとか素晴らしいよね。

そんな人たちのために書きました。

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