読切小説
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さいはての国
仕事柄、阿鼻叫喚には慣れている筈だった。
天之宮を出る前も。
天之宮を出てからも。
まるで己が影法師を背負うように、慣れている筈だった。
しかし、この国の至る所で響き渡っていた嬌声と間欠泉の様に噴き出す邪気は、今宵の退魔師としての経験を遥かに凌駕していた。
ともすれば視界は膠(にかわ)のように濃密な邪気で閉ざされ、必死に振り払えばその都度、隣にいた仲間の姿が消え、或いは眼前で邪に堕とされた。
修行で鍛えていたはずの肺が休みを求めてうねり、ねっとりとした汗が拭っても拭っても目を瞬かせる。
そうして無限とも思われる追走、遁走、疾走をあてどなくあてどなく繰り返した末――
「……ここやな」
今宵は魔力の根源とみられる城に到達した。
宗教国家「レスカティエ教国」。
かつては教団の勝利と栄光の象徴であった筈の城は、今や魔王の旗が翻る修羅場と化していた。
窓の一つ一つがまるで魔物の目のように今宵を睥睨し、愚か者を待ち受けるように城門は口を開けている。
そこには、今宵を除いて他に何も居なかった。
只の人間は勿論、共に突入した仕事仲間も、街に跋扈する魔物の類も、誰も無かった。
その場所にいてはならないと、この世の誰もが理解しているかのようだった。
しかし今宵は悠然と死地へ赴く。
下されたままになっている橋の下に流れるのは濁り切った川で、そこに彼女の姿が映ることはない。
二度と戻らぬことを仄かに、しかし確かに感じ取りながら、今宵は橋を渡り切る。

静寂が横たわっていた城門付近とは異なり、王城内部では再び嬌声の渦が今宵の耳を塞いだ。
触手、そして、触手に寄生された女たちが、侵入者を眷属に引き込もうと怒涛の如く追い立てる。
歯を食い縛りながら加護の印を結び、祝詞を己が盾として、今宵は邪の中心へとひた走る。
そして王座の間に辿り着き中を窺った瞬間、今宵は総毛立つほどの魔力の奔流を受け、思わず後ずさっていた。
「ようこそ…やっと来てくれたのね♪」
実に待ちわびたような風に、その淫魔は言った。
白い翼と尾の淫魔。これは今宵が覚え聞く、大陸における最高位の淫魔の象徴。
女性である自分さえも目を離せなくなるような肢体は惜しげも無く晒され、漆黒の蔦の様な衣は局部のみを最低限隠すだけ。
肌は桜色に火照り、体中を走る紋様が肉体の曲線美を殊更際立たせている。
何より特徴的なのは身体の至る所で輝く赤色。
血で染めた太陽の如きそれは、疲れ果てた今宵の霊感へ甘美な泥の様に纏わり付いてくる。
そしてその宝玉に劣らず赤い眼から視線が送られ、今宵の身体を舐め回す。
「この国に入った者の中で、ひとりだけ異質で、しかも強力な魔力を持った者が居たみたいだったけれど……貴女だったのね♪♪」
今宵の鼓膜はその声を確かに震わせた。
しかし彼女はそれをうまく受け取ることが出来なかった。
その白い翼の淫魔もさることながら、室内の王座と思われる場所で絡み合う魔物達の瘴気に、今宵は精神を引き寄せられてしまっていた。
「な……なんや、これ」
知れず漏れた問い掛けは、誰に聞こえることも無く、眼前の肉塊の放つ不協和音にかき消される。
鳥の羽、獣の脚、大蛇の尾、幾多の触椀。
それら全てが肉体の綴れ織りから無造作に突き出しており、一体いくつの生命体が寄り集まっているのか俄かには判断出来かねるほどだ。
『それら全てを特徴とする個体の淫魔』と言われても否定できない程に妖気は一体化しており、その事実が今宵を猶更困惑させる。
かのように今宵が呆然と立ち尽くす間にも、眼前の淫魔の塊は様々に形態を変え、それ自体が不定形の巨大な魔であるかのよう。
絶え間なく発散されている嬌声や喘ぎは、快楽に溺れながらどこか切なげなものも混じっており、外観とのズレが今宵の精神を揺さぶってくる。
しかし、その千変万化とも呼べる塊に、中心と呼べるものが存在することに、淫蕩に沸き始めた意識の中で今宵は気付く。
(オトコの、淫魔?)
女怪たちの位置が入れ替わる度、争うように場所取りが行われていることに今宵は気付いた。
見ればそこにある肉体は表面に晒された淫魔の柔らかそうなそれとは異なり、精悍な様子が窺い知れる。
そして、彼女は初めて、その剛直を目の当たりにした。
握りしめた法衣の裾が、一際深い皺を刻む。


「あらぁ? 少し油断してたみたい…」
目覚めは唐突だった。意識をほんのわずかな時間だが奪われていたらしい。
慌てて状況を確認すれば、少女を解き放った淫魔の美しい腕が、まるで火に触れたかのように焼け爛れていた。禊を受けた衣に反応したのであろう。
その声に僅かながら正気を取り戻し、今宵は身構える。
「フフフ……本当にたのしみだわぁ……♪ 貴女みたいに素養の有る者がコチラ側に来るなんて……♪♪」
「だ、誰がっ!」
己を奮い立たせるように叫ぶと、今宵は王座を見遣る。
 
――ドクンッ

伸縮する臓腑の鼓動が、片足立ちになった意識を震わせる。
赤く染まった幾つもの眼が、口吻からまろび出た幾つもの舌が、今宵に「何か」を期待するかのように。
「ま……負けへんっ!」
懐から新たな護符を取り出し術式を組もうとする。
「んもうっ、負けず嫌いなのね♪」
白い翼の淫魔が言った。
途端、今宵の指先で、符はそれこそ紙くずの様に燃え尽きた。無論声の主による手際であった。
今宵の肌には傷一つ付けず、退魔術式と加護の塊とも呼べる護符のみを滅する――
その操作性と威力に、今宵は淫魔と己との彼我に横たわる絶望的な差を認識する。
そして、つい先程負わせた筈の魔物の腕の傷は、いつの間にか元の玉石の様に美しい様子を取り戻していた。
そう。今宵の衣に施されていた、天之宮初代から受け継がれる禁呪の護法も、この淫魔の前では児戯に等しいのであった。
「あ……あァ……」
肉体の疲労に、精神の柱まで叩き折られ、とうとう全身から力が抜け落ち、今宵は粘液塗れになった床へ崩れ落ちてしまう。
二度と戻ることはないと、そう覚悟はした筈なのに。
堕とされる。堕とされる。堕とされる。
急激に現実味を増してくる最悪の事態の心象風景が、血脈を張り裂き臓腑を潰すように己の内で大きくなる。
思考が絶望に塗り固められてゆく。淫魔に敗れた者の行末は、全線で戦い続けてきた今宵自身が誰よりもよく知っていた。
嘔吐の気すら這い出してきて、苦しくなる呼吸に合わせて頤を上げる。そして王座の淫魔達を見上げ――

初めて、彼と目が合った。

「――――」
それは他の女怪たちと同様に赤い瞳をしていた。
しかし今宵には、何かの違いを感じずにはいられなかった。彼の周囲で媚びる者たちの目が白い翼の淫魔と同じ血染めの太陽ならば、彼の目はそれを受けて光る月の様に思えた。
その眼光が、まるで値踏みするかのように冷徹に冷えていて、今宵は自らの全てが曝け出されているかのような気分に陥る。
しかしその瞬間不思議と嫌悪感は薄らぎ、鳥肌の立つような羞恥と、殊更内で燻る火照りがあった。
「お前」
彼の声は凛と冴えていた。とても今まで、周囲の淫魔達と狂乱を繰り広げていたとは思えなかった。
外観から齢を推し量るならば、自分と同じくらいか。
『魔が差せば』、齢などどうとでもなる。今宵はそれも知っていたのだが。
「――なん、やっ……」
歯を食い縛るようにして、荒くなる吐息と共に答える。
体内に孕んだ熱が、とくん、とくんと、胎動の様に四肢へ滲みわたる。
すると無言のまま彼は立ち上がる。
均整の取れた体格に、似合の筋肉の付き方。
全裸であるというのに卑猥さはまるでなく、仁王に若かりし頃の姿があれば、などという場違いな妄想が今宵には浮かんだ。
「見慣れない恰好だ……どこから来たんだ?」
真正面の剛直に目は釘付けになり唾を飲み込んだが――それ以上に今宵は当惑する。
淫魔――それも各個体が、小国なら軽々堕とせる力を有している――を幾らも侍らせるほどの魔物が、未だ獣欲に塗り潰されている訳ではない。
しかし毅然と振る舞って今宵は答える。
「ここから遥か、東のくにっ、や……山越え、海越え、遥々先や」
再び彼は尋ねる。
「なぜ、この国に来たんだ?」
「アンタらを退治するために……きまっとる」
もっともそれは叶いそうにない。
きっとそれは叶わない。
「それがお前の仕事だったのか?」
「そうや」
彼は暫く黙した後、こう尋ねる。
「それは、お前がそうしたかったから、なのか?」
反射の様に、今宵の目が彼の視線を探した。
真摯な視線が注がれていた。
喉に飛礫を押し込まれたかのように、今宵は押し黙る。
続けざまに彼は訊く。
「お前はふるさとの、故郷の定めで向かわされたのか?」
尚再び、今宵は答えることが出来ない。
そうして、彼は察する。
「そうか」
何故か彼はとても悔しそうに唇を噛んでいた。
此れほど可笑しいことも無いだろう。肉欲が全てである魔物と化し、最早それを満たす術を手に入れている者が、何故にかのような顔をする必要があるのか。
今宵には理解できなかった。
そうして混乱する今宵に彼が歩み寄り、そしてしゃがみ込む。
鼻と鼻が触れ合うほどの距離で。
最後の質問はこうだった。
「故郷に想い人はいるのか」
両者の床に着いた手は粘液で汚れていた。
「……そんなもん、おら、へん」
今宵はその事実を、この時初めて、恥ずべきことの様に思った。
「つくることも、考えることも、許されへんかった」
故郷では同年代の女の大半が婚礼の儀を済ませており、今宵自身その祭事を執り行ったこともあった。
手と手を繋ぎ逃げ惑う淫魔の夫妻を追い回したこともあった。
「……そうか」
凍結していた心がここにきて加速する。
封殺していた心が亡者の様に生を求める。
今宵の小さな口が、独りでに戦慄いた。
「――ウチは」
妹を救うことも出来ず。
姉を救うことも出来ず。
人並みの幸せも願えず。
他の幸せを捻り潰して。

「ウチはなんの為に生きて――」

その先に続く言葉はなかった。
驚きの余り言葉を失ったから。
「―――――――」
「ごめんな」
彼が何に対し謝っているのか今宵はわからなかった。
その訳を尋ねようとして、しかし今宵は異変に気付く。
「あ、アンタ! カラダがっ、身体が!」
最上位の加護を受けた今宵の衣。それと接している彼の皮膚が、火に晒された畳の様に焼け爛れ始めたのである。
今宵は彼を突き飛ばそうとするが包んでくる腕の力は強く、離れることが出来ない。
「何してん! はよ離れっ!」
交差する首越しに、彼の呼気がどんどんと荒くなってくるのが分かる。このままでは幾ら大きな力を持った淫魔と言えど、その存在に致命的なヒビが入ることだろう。
「あなたっ!」
「お兄ちゃん!」
背後で見守っていた淫魔たちもことの異変に気付き飛び出してくるが――
「はぁい♪ マゾヒスティックは、命に関わらない程度に、ね?」
同じく静観していた白い翼の淫魔が腕を一振りすると、まるで二つの身体の間に竜巻が生じたかのように両者は弾け飛んだ。
呆然と座り込む今宵の眼前で、傷ついた彼の周りに淫魔達が続々と集まってその安否を気遣う。
「いや……俺は大丈夫だ」
回復の祈りを捧げようとする黒い僧衣の淫魔を制止し彼は起き上がった。
「……なんでや」
今宵は問うた。
「ジブン、何がしたかったんや! 死ぬところやったんやでっ?! ジブンを……自分を愛してくれる人が、こんなにもぎょうさん居る前で!!」
「お前こそなんでだよ。俺たちを殺しに来たんじゃなかったのかよ」
今宵は息を呑んだ。
満身創痍の態で立ち上がり、彼が再度歩み寄ってくる。
「ごめんな」
今宵の手を握り彼は言った。
「お前の人生、俺にくれ。そしたら、新しい命をお前にあげられる。だめか?」
今宵は拒むことが出来なかった。
彼女はここで人生を終わらせてしまうことに、それほど躊躇いがなかった。
ただ幸せになりたくて。
そのためには全ての楔をはずしてくれる何かが必要で。
ひとつだけ残された手段が、目の前にぶら下がっていた。


悪いが二人きりにさせてくれ、彼はそう言い残し、無抵抗となった少女の手を引いて寝所へと向かった。
もっとも王座で交わるようになってから、その部屋は最早無用の長物と言っても過言では無かったのだが。
ウィルマリナ一同は、初めは激しい抵抗を見せた。しかし「まあまあ♪」というデルエラの仲介によって彼の願いは聞き届けられ、残された者たちは数日ぶりに城外の戦線を見回りに行く任を命ぜられたのであった。
「うふふ……♪ あの子、いったいどんな風に、愛してあげるつもりなのかしら♪」
独り王座の間に佇むデルエラは腕を組んで期待する。
少女が彼の視線に囚われた時点で、『魅惑(チャーム)』はほぼ成功していた。
彼女自身の持つ霊的加護と衣の術式、さらには彼の想定外の行動で一度は術中から外れかけたが、最後、直接体に触れる行為が決定打となったようだ。
「いえ……あれは『魅惑』ではなくて、あの子生来の魅力なのかしら……」
やや真面目な表情でデルエラは思考する。
彼の魔物らしからぬ行動には並々ならぬ関心があった。あれだけの淫魔を従え、昼夜を問わず爛れた交わりを行っているにも拘らず、まだ『人間』を有している。
最初はそれが気に喰わなかったものの、今はその『人間』としての強さこそが女たちの想いを魔物としての強さに変えたのではないかと考えている。
「一足飛びのサキュバスにエキドナ、一国を支配するほどのローパー……ふふっ♪ 思えば予想外の収穫ばかり♪」
本来、インキュバスは番の魔物にしか手を出そうとしない。彼の場合なら王座の間の魔物たちにしか反応しないはずである。
しかし彼は飛び入りで現れた異国の退魔師に欲情した――恐らくは、彼自身としては彼女を幾多の制約から解き放って救ってやりたかったのだろう。
デルエラも知っている。教団の上級聖職者など魔力の強い者で、あのように不景気な顔をしているのは、十中八九何かしらのしきたりに囚われてしまったものだ。
その生には恋も、愛も、欲も、介在する余地はなかったのだろう。
「……あら、いやだわ♪」
そこまで考えて、デルエラは自分がらしからぬ顰め面をしていることに気付く。
次に攻め入るのは、彼女の故郷にしようかしら――
再び妖艶に嗤い、デルエラは期待に耽る。
「貴女はどんな魔物になるの……ねぇ♪♪」


回廊を歩きつつ彼は今宵の目を見て、沈黙を解く。
「――なまえは?」
心臓を締め付けられるような、そんな空白があって、
「……今宵」
「コヨイ、か」
「アンタは?」
今宵は彼の名を聞き、それを二、三回口に含んだ。


「んー、やぁ、あ、あっ」
寝所に着くなり絡みついてきた彼を、今宵は振りほどくことができなかった。
流石は上級の淫魔を従える者というべきか、彼の先程の傷はほぼ自然治癒しており、更に禊にも抵抗力が付いたらしく、その身体に新たな傷がつくことは無かった。
「んむっ、んっ、んんーっ」
舌を口の中に差し込まれ、抱きすくめるように回した腕が袴の下から腿と尻を撫でるのを、今宵は一方的に受容している。
(なんや……コレっ……あたまン中まっしろに……)
初めての接吻に恥じらう暇も無く、突き込まれる舌に己が舌を絡め取られ、歯茎を舐め回されている。
注ぎ込まれる唾液を嚥下するごとに体の奥で熱が溜まり、零れる唾液は口の端で筋を作り、端正な顔が汚されてゆく。
更に下半身に爪が食い込むたびよく締まった肉が打ち震え、汗が全身から噴き出してくる。
「ふーっ、うあ、ああぁむ、んっ、んんんーっ」
尻を揉んでいた右手が今宵の後頭部に添えられ、逃げ場が無くなり、接吻がより深いものとなる。今宵の口内が彼の舌で埋まり、或いは今宵の舌が甘噛みで引きずり出されて、まともな呼吸すら出来なくなってしまう。
(あかんっ……なんや、わからん、なんなんや、この感覚は……なんもかんがえられへん……っ)
美しい黒髪を撫でる手は、いつしか髪留めを解いていた。
そして密着した体は顔だけでなく、当然腰と腰の接触も起こる。
今宵の股は押し入ってきた足に押し開かれ、次に布越しの怒張が表面を擦り始める。
「ああ、っ、む、むぅっ、んんああぁ」
身長差で圧倒され始め、倒れぬよう反射的に、今宵は彼の背中と頭に手を回す。結果として両者の間に距離は無くなり、雄の精悍な輪郭全てが今宵を埋め尽くす。
(あ、ゴツゴツしとる……っ。ウチとぜんぜん違う……これが、おとこのまものの……ううん)
そこまで考えて――おぼろげな意識にも拘らず――今宵は改めて思う。
(これが……おとこのひとの……からだ……っ)
しゅるり、と音がして、両者の身体が僅かに離れる。今宵は既に、その離別すら薄ら寂しいものと思うまでになっていた。
すると、今宵の袴がすとんと床に落ちた。着物を留めていた帯が解かれたのである。
そして――
「や、やああ、いけずっ、あっ」
今宵の両腕がその背側に回され、外されたばかりの帯で後ろ手に縛られる。そのまま寝台へと縺れ込み、今宵を組み敷いた彼はその衣と襦袢を押し開いた。
寝床の白とそこに広がる今宵の黒髪が見事な対比となって映える。
「ああっ、やめ、あ、はっ、やあああぁ」
何重にも巻かれた薄手の白布は、戦闘には不向きである大きな胸を固定するための物であった。今宵は恥ずかしげに体を捩るが、それは俎上で鯉が跳ねるのと何も変わらない。
深い谷間に沿って爪が引かれれば、たちまち布は切り裂かれ、豊かな乳房が零れ出す。
すると彼は、迷うことなく右の乳首にかぶり付き、左の乳房を捏ね始めた。
「ああ、あっ、いきなり、や、吸っちゃいやぁ、んはぁ――」
唾液まみれになった乳頭に更に唾を垂らし、そこを中心として次々に接吻の華を咲かせてゆく。室内の松明に濡れた肌はてらてらと光り、淡雪のように白かった肌は今や真っ赤に染まりつつあった。
今宵の両腕は背後で拘束されているため必然的に身体が反り返り、胸部が強調される形になる。そして彼は執拗にその胸を苛めた。
彼女の乳房は獣欲をそそるには十分な代物であったが、その中心には未だ芯とも呼ぶべき固い肉がある。
揉みしだく彼の手にそれは青い果実の様に応えたため、とろとろに熟れさせてやろうという欲望が生じたのだった。
「やあ、ひっぱったら、あはぁっ、せつないっ、んん、せつないよぉっ」
むしゃぶりつく乳首を左に変え、再び今宵を攻め立てる。今の彼女は、爪弾けば鳴く琴に等しい。
「ああ、んん、そ、それ、それぇ、やあぁ」
今宵が褥の上で身体を捻ると、肋骨が僅かに影を作った。彼は乳房を弄ぶ合間合間に、指先で一本ずつそれを摩り、変調子を加えて女の感度を高めてゆく。
「あ、はあぁ、へあぁ」
今宵が喘ぎながら頤を跳ね上げ舌を突き出したのを見て、男の舌が触れるか否かという位置に垂らされる。すると必死で今宵は、その口元に辿り着こうともがく。
「へあぁ、いけずいやあぁ、ちゅっちゅってしたって、したってぇぇ!」
涙を流しながら乞う今宵が堪らなく愛おしくなり、彼は覆い被さるように口吻を押し付けた。待ちわびたという風に今宵も舌を絡ませる。
びちゃびちゃと水の滴る音が室内に充満し、今宵は次々流し込まれる唾液を甘露の如く飲み下す。
こくん、こくんと今宵の喉が鳴り、胸と胸が合わさっているのを双方が認識した頃、彼の手が今宵の下半身へと伸びた。
「あ――」
今宵の開いた口の端で唾液が綱を張る。
大きく見開かれた目は、驚きか、羞恥か、不安か、期待か。
股下までを隠していた襦袢は汗みずくになり、張り付いた肌の赤らみまで分かるほど透けてしまっていた。
辛うじて覆われていたその薄い布を捲れば、堤防が溢れたように愛液を垂れ流し、ひくひくと蠢く女陰が露わになる。
無毛のそこへ彼の視線が釘付けとなっていることに気付き、今宵は縛られた体を羞恥にくねらせる。
「や、ややわぁ、そんなじっくり見んといて……ウチ、はずかしくて、死ねそうや……」
その溝を愛おしく撫ぜながら、彼は再び今宵に口付る。彼女も直ぐに反応し、貪るように唾液を滴らせる。
「んんむ、んはっ、ああぁむ、んんんん――っ、やあぁ、はっ、はっ、はうううぅっ」
今宵の花弁はすでに濡れそぼっていたが、彼は尚も愛撫をやめない。舌の絡みあいと喘ぎ声、そしてにちゃりにちゃりと粘膜を掻き回す水音が室内を満たす。
「はあ、はあ、あ、あ、な、なんやぁ、なんかウチおかしい……っ。アソコが、モゾモゾしてっ、狂いそうっ」
「コヨイ、それはな、イくっていうんだ」
「い……っ、イく?」
「ああ、お前が今まで見てきた淫魔たちの絶頂の時と、同じだ」
「ああ……これが……この感覚が……っ。ウチ、いま、あんなに淫らなカオしてるんか……っ」
彼は優しく口付ながら教える。
「うん、今のコヨイは堪らなくエッチだよ」
「え……えっち?」
「淫らってコトだ」
舌を吸われながら今宵は悶える。
「やあ、いけずぅ……誰のせいでそんな、んん――っ! くはああぁっ!」
今宵の弁明は、割れ目に突き込まれた彼の指によって中断させられた。
指の腹でじゅくりじゅくりと今宵の中の浅い部分を蕩かしながら、彼は言う。
「せい、じゃないだろ? 嫌ならやめるぜ?」
そっと指を抜く仕草を見せると、今宵はひどく狼狽した。
「あ、いやぁ……っ。抜いて、ぬいてしまうん?」
「だって、嫌がることはオレもあんまりしたくないしね」
意地悪に笑う彼が、ようやく外見の歳相応に明るく応じ始めたのに気付く余裕は、この時点の今宵にはまだなかった。
「……なさい」
「なに?」
叱られた後の子供の様な顔をして今宵は言う。
「ごめん……なさい。もっと、もっとぐちゅぐちゅって、みだらなこと、え、えっちなことしてくださ……あぁっ?!」
ずぶり、と音を立てて指の律動が再開されたことに、今宵は驚愕と歓喜の悲鳴を上げる。
「やああああっ、そ、それアカンっ、アカンてぇっ、あ、あ、あ!」
とうとう昂ぶってきた今宵の身体に、彼は最初の絶頂を与えんと割れ目を掻き乱す。いつの間にか指は二本目が挿入され、深く刺したり、拡げたりして、処女地をほぐすことに全力が注がれる。
「コヨイ、イくときはちゃんと、イくって言わなきゃダメだ、ぜっ!」
止めとばかり、彼は指の半分ばかりを突き刺した。
「い……イくっ、おめこぐちゅぐちゅってされてへぇ、イくぅぅぅっ!」
腕を縛られた体でがくんがくんと尺取虫の様に悶え、今宵は初めての絶頂に達した。
「はい……良く出来ました」
彼が今宵の頭を、まるで愛児にするように撫でる。汗と涙と涎でぐちゃぐちゃになった今宵の顔を拭ってやり、未だ喘ぐ口へ接吻を落としつつ――
「はぁ、はぁ、は―――ああぁっ?! ちょ、ちょっと……っ! ウチ、まだ、ああ!」
彼はいまだ痙攣する性器への苛めを再開した。手淫を続けながら今宵の顔から唇を離し、その手元へと体をずり下げてゆく。
「あ! ちゅ、んっ、んああぁっ、ん……ちゅう、やめてまうの?」
寂しそうにそう言う今宵の声を聞いて、彼は今すぐにでもキスを再開してあげたくなった。しかしなんとか嗜虐心が勝り、堪えて、
「もっと良いトコにキスする」
「きす? きす、って、ぇあっ?! や! そこはちゃうっ!」
ずぶずぶに濡れた今宵の秘花に口付を始めた。
「あっ! あ! そんなトコ、きたっ、ぅぅ、はぁっ、ひたないぃっ!」
にちゃ、びちゃ、くちゃ、くちゃ。
舌の筋肉が今宵の膣内を掘り崩し、溢れ出る愛液を雨露の如く音を立てて啜る。
不浄に顔を押し付けられているばかりかそこを舐め回されていることに今宵は羞恥と倒錯的な快楽を覚え、太腿を必死で閉じようとした。
しかし今度は彼の手が口、耳、乳房、乳首、肋骨、臍、そして膣口に陰核とあらゆる部位を刺激して、いよいよ身体はほぐれ甘い声が止まらなくなってしまう。
「いや、ウチ、あ! あ!」
早くも二度目の絶頂へと押し上げられそうに喘ぎが加速した時、彼は口を離して今宵に教え込む。
「ほら、イくときはなんていうんだったか?」
再開される口淫に意識を飛ばしながら、健気にも今宵はその声に答える。
「ひ、ヒきますっ、イきます、イきますイきますぅぅ! あ! あああ!」
そこから先は今宵にとって、まさに快楽地獄とも呼ぶべきものだった。
身動きも満足に取れないまま、花弁への指の侵入は更に苛烈さを増し、未だ皮を被っていた陰核はしごき上げられて赤く腫れ上がり、今宵は内腿のほとんどを愛液で濡らした。
更に彼が自らの手で陰茎を擦ったり、今宵の腹に擦り付けたりしていると、やがて大量の精液が降りかけられた。強い催淫作用を持つ淫魔の精が全身に塗り込まれ、今宵は全身が性器の様な感度にまで仕立て上げられた。
この間幾度となく彼女は気絶したが、その都度彼の接吻で目覚めさせられる。唇を差し出されると乳飲み子の様に今宵は反応し、そして再び淫獄へと引き摺り込まれてしまうのだった。


「あ! や! もう! あっあっあっあっあっああああ」
もう何度目になるかわからない悶絶は、舌と歯で陰核を潰された時に途絶えた。
ほぼ噴き出すように愛液が押し出されるのを確認し、彼は急いで今宵の顔へ視線を向ける。
「ぁ―――――ぁ―――――――――――!」
快感の余り喉が引き攣りまともな絶叫すら出せず、伏し目がちな目が白目の大半まで晒すほど大きく見開き、全身ずぶぬれになるほど汗をかいて、今宵はこれまでで最長の絶頂を迎えた。
流石にその状態が十秒に達すると彼は己がやり過ぎを察して、頬をぱちぱちと叩いて正気に戻す。
ようやく呼吸が再開され、目の焦点が更に数十秒かけて彼の赤い目に合さった途端、今宵はぼろぼろと泣き始めた。
「ごめん、ちょっとやりすぎた」
ばつが悪そうに彼が唇を落とすと貪るように舌と唾液を受け入れながら、彼女は駄々を捏ねた。
「んちゅ……いけずや、ちゅ、あんなんされたら、ん、もう、離れられなくなる……んむぁ」
今宵を縛っていた氷が砕け散り、その反動からか幾分か幼くなった彼女を抱きながら彼は告げる。
「それじゃ――」
今宵の性器を確認する。数多の絶頂でぐずぐずにほぐれ、酒瓶をひっくり返したように匂い立ち濡れそぼったそこは、妖しく蠢いていた。
「そろそろ、本番だ」
「あ――」
彼の長大な陰茎が自分の股にあてがわれるのを見て、いよいよ堕とされるのだという実感がわいてくる。

もう戻れなくなる。もう戻れなくなる。もう戻れなくなる。もう戻れなくなる。

怯えの心が今宵に囁きかけてくる。この段階で未だに堕ち切っていないのは――彼女の境遇を考えれば皮肉という他ないが――長きに渡る修練の賜物と言えるのだろう。
「な、なぁ、んむ……ウチの腕、んん、解いてくれへんか……?」
その時間稼ぎをするため、今宵はもぞもぞと体を動かしながら彼に告げた。
「あ――ごめんごめん。あんまり夢中になっててすっかり忘れてた。その、痛くなかったか?」
すぐに帯が解かれ、今宵の顔の横に置かれる。
その布に施された紋様を見て、そして真正面にある彼の顔を見る。
「――あは」
自由になった両腕で彼女が最初に行ったのは、彼の背中に手を回しきつく抱き寄せることだった。
「あんだけイジめ抜いといて『痛くなかったか』なんて、ちゃんちゃらおかしいわ――やっと、ぎゅっとできた」
どこか驚いた風の彼にちゅっと口付た後、今宵は初めて、微笑みを見せた。
「ごめんな――今日はウチ、なんもでけへんけど、次からは、ジブンも気持ちよくなれるよう努力するから――だから」
背中に爪を立てる。
「ウチの全部……奪って」
そう言った瞬間、今宵は彼の顔が泣きそうに歪んだような気がした。
しかしそれを確かめる間も無く、快感の洪水に今宵は攫われてしまう。
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!」
躊躇い無く一気に打ち出された陰茎が、今宵の体内に坑道をぶち抜いた。
それほどの衝撃だった。淫魔の力か痛みは薄かったが、圧迫感は相当なものだった。
「〜〜んっくっあはぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
やはり彼の竿は大きすぎるらしく、未だ全ては入り切っていないらしい。
「コヨイ……コヨイ……」
耳元で彼が囁く。今宵は顔をそちらへ向け、唇をねだった。
すぐに口付が始まり、今宵は体の力が抜けてゆくのを感じる。すると体内の陰茎がより奥へと進みだす感覚を得た。
「ちゅ、ちゅ、ちゅ、ちゅ、ぁん、む、んむぅう」
絡み合う舌が糸を張り、唾液と唾液が混ぜ合わさって互いの喉を流れる。
舌を食み合い、吐息を掛け合い、互いの名を呼び合う。
そうしているうちに、遂に彼の全てを今宵は飲み込んだ。
「……ぜんぶ、入ったぞ、コヨイ」
「……あぁ、わかる。ん、ジブンの全部、ちゃんとウチ、受け入れられたんね……うれしい……」
今宵は両足を彼の腰に回し、両腕と同じくぎゅっと抱き寄せた。
暫く、抱き合ったまま二人は動こうとしなかった。接吻を繰り返し、睦み合い、愛を囁く。
すると今宵はこれまでの己の生――権謀術数に満ちた生の空しさが、みるみる暖かいもので埋まってゆくような気がした。
「なあ」
「なんや?」
接吻を押し付け合いながら言葉が交わされる。
「お前の事、嫁にするからな」
「あんなにいっぱいおるのに?」
「そうだな」
「否定せえへんの?」
「それが魔物だしな」
「そっか……そやな……ウチも、お嫁さんになりたい。一番じゃなくていいから、ウチを愛してほしい。でも」
「でも?」
「一番になれるよう、いっぱいいっぱいご奉仕しますから……幸せにして、ください」
「はは、期待するよ」
「それじゃ……んちゅ、だんなさまぁ」
今宵は巻き付けた足を交差させ、腰をくねらせ始める。
「初夜のウチを……いっぱい可愛がってくださいませ、んん」
「わかったわかった……ん?」
運動を開始しようとした彼はある異変に気付く。
「コヨイ……頭に耳が」
「みみ?」
彼が今宵の頭に手をやる。すると、明らかに髪の毛ではない何かが引っ張られている感触がした。
「イヌにしては細長いな……キツネの耳に似てるかも。コヨイ、お前の故郷に、キツネの魔物はいたか?」
「狐……あっ」
天之宮の家を抜け出し大陸に渡るまでに、今宵は幾つかの集落を渡り歩いた。そのなかのひとつで稲荷と遭遇したことを思い出す。
人間たちと友好的に暮らし、夫と思われる男に献身的に仕える姿を見て、心の奥底で羨ましいと思っていたのかもしれない。
その願望が静かに溜まり、ここで開花した。そう考えることが妥当のように思えた。
「『稲荷』という魔物が、そうです。ウチの国の中でも特に強力で、でも夫に尽くす生き方をする魔物……」
「コヨイにぴったりだ」
そう言いながら腰を動かし始めると、甘い喘ぎで今宵は追従する。
「あ! あ! せ、せやろか……んんっ!」
彼は今宵の尻を抱え込みながら突き上げを強める。
「んん〜〜っ! や、はげしい! あっ、こんなんウチ、すぐ、イッてまう! やぁっ」
「キツネの魔物なら、そのうちここから尻尾が生えてくるんじゃない?」
尻に掌を喰いこませながら腰を送り込む彼を、今宵は息も絶え絶えに受け容れる。しかし限界は直ぐにやってきた。
「ああ! ああ! ごめんなさい! ウチ、もう……っ」
「いいよ、ほらイけっ!」
「あぁ、んんんっあああああああああああぁ!」
腹が盛り上がるほど強く剛直を突き出すのと同時に、今宵は昇天した。
「あ……ダメ……ウチこれ耐えられへ、ぇえあああああ!」
未だ下り切っていない絶頂の余韻へ、彼は次の挿入を繰り返す。初めのゆったりとした態度はなりを潜め、一心不乱に今宵の子宮を責めたてる。
「あ! アカンアカン! やぁ! は、あ! は、あああぁ!」
喘ぎと連動して今宵の膣壁は蠕動し、咥えこんだ陰茎をずぶずぶと咀嚼する。失禁したような愛液の放出はいよいよ止まらない。
「ん! あ! やぁ! あ! あ! あっ!」
小刻みに入り口を擦ったかと思えば、深く長くじっくりと陰茎を出し入れしたり、工夫すればするほど今宵の身体に味が染み込んで行くのが実感できる。
「はうぅぅ! んんんんうぅ――うああああああぁ! あぁぁぁぁぁっ!」
辱められながら今宵の顔は歓喜に紅潮し、弓なりに沿った背骨は彼とより密着するかのようだ。
一筋の髪の毛すら入り込まない程密着した二人の身体は、尚も互いを求めて不毛な抱擁を繰り返す。
「コヨイ、そろそろオレも、出すぞ……膣内と外、どっちがいい?」
怒張の先端を子宮口に押し付けられた今宵の回答など初めから一択でしかない。
「膣内に! ぁあ! 膣内におねがいしますっ! だんなさまぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
最後の力を振り絞るように今宵が両手両足を彼の身体に巻き付けると、遂に射精が開始された。
「あぁ! あ、あ、あ、あ、あ! あ、ああ、あ、あ」
精の噴出に合わせて今宵の膣は収縮し、より多く子種をねだって剛直に縋り付いた。
「まだだぞ、コヨイ……まだまだいっぱい、可愛がってやるからな……」
「はひいぃ……だんなさまぁ……もっともっと、んちゅ、んあぁ、ウチの中に精をくだひゃいい……あっむ、ウチにだんなさまのあかひゃんをぉ……んん」
叩き付ける精を感じながら。
叩き付けられる精を感じながら。
二人は接吻し、そして腰を擦り付ける。
どちらかが気を失っても口付は繰り返され、ふやけきった唇で愛を囁き、そして今宵に精が満たされる。
彼女に九本目の尾が生え、とうとう互いが無意識の接吻を送り合うまで、二人だけの婚姻の儀は続いた。


「あらぁ……こんなとこにいたの♪」
彼が城の見張り櫓でタバコを吸っている時、デルエラが下方から飛び上がってきた。
「ん――禁煙する気はないのかしら?」
「すみません、クセみたいなもので」
人間である頃の習慣を未だ残していることに内心驚きつつ、デルエラは言う。
「あのコ……ええと」
「コヨイ、って名前らしいですよ」
「コヨイ……コヨイとの愛は、ちゃんと確かめられたかしら……♪」
さも愚問であることを自覚しきった風にデルエラは尋ねる。
「どうでしょうか」
「あら?」
意外だ、という風に眉を顰める彼女に、彼は言った。
「彼女は――コヨイは今まで抑圧され過ぎていた。普通に生きて、普通に恋を出来る環境にいたのなら、オレなんかに身を委ねることはなかった。オレはただ、そこに乗っかっただけですよ」
「貴方って、いつもムツカシイコトを考えているのね。せっかくインキュバスになれたのだし、もっと愛と欲を素直に楽しんだらどうかしら?」
紫煙を風に流しながら彼は笑う。眼下に集う魔物たちはやがて己の夫を見つけ、彼女達の世界で幸せに暮らすのだろう。
「普通ならそうできたと思います。でもオレには」
「貴方は?」
「オレには、その資格がない。ウィルマリナも、ミミルも、サーシャさんも、プリメーラも、メルセ隊長も、フランツィスカ様も、オレは助けてあげることが出来て――出来なかった」
王座の間で交感する時のような呼び捨てでは無く、人間時代の呼び名で彼が名を挙げていることに、デルエラは気付いていた。
「みんな国に、時代に抑圧されていた。結局こうなるしか、各人に救いはなかったのかもしれない。でも――」
煙草の火を城壁の縁に押し付け、彼は言う。
「先んじて誰かの想いに応えることは、他の誰かを見捨てることになる――だからオレは何も答えることはできないし、どれが正解だったとも言えない。ただ、自分が間違っていたことしかわからない」
デルエラは、人間は魔族には理解できない感情をもつことを認めた。
しかしそれが、それこそが彼に魔物としての才能を与えているとも思った。
「でも――コヨイは、貴方が幸せにしてあげられた、そう言っていいんじゃないかしら」
「オレの欲ですよ。あの部屋に辿り着けるほど力を持った女の子を番にしたいと思った――それだけです。だからオレは、彼女に謝らなくちゃいけなかったんです」
「そう――そろそろ、みんな城に戻ってくるわ。ちゃんと労ってあげてね?」
「もちろんです」


ここは魔界国家「レスカティエ」。
抑圧されし者達の、最後の楽園。
11/09/07 02:48更新 / ももんが

■作者メッセージ
お読み下さった方々、ありがとうございます。
そして初めまして。CGIの操作が不慣れなので変な表示などになっていたらごめんなさい。
新刊を拝見し、ドツボだった今宵ちゃんにエロいことしたいと思ってさせて頂きました。エセ関西弁なのはご容赦くださいホントすみません。
てか稲荷としてのラブ描写少なくてごめんなさい。
今宵ちゃんには幸せになって欲しいので出来るだけ魔物化というものが暗いイメージにならないよう書いた心算ですが、さじ加減が難しいところです。
「あなた」の性質は、身分差や種族の違いを気にしなくて子供を子供扱いできて年上のお姉さんの心配が出来て隊長と取っ組み合えて、というところから想像して書いてみました。きっと優しくて心が強くて、それ故に周りの女の子を魔物にしてしまったことへの人間としての怒りや後悔とかが魔物になっても少し残ってるんじゃないのかなーとか考えました。
ともかく素晴らしいキャラクター達を生み出してくださった健康クロス様に感謝の念を捧げつつ、これからも期待させて頂きたいと思います。
それでは改めてありがとうございました。

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