読切小説
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えろい子の絵本
むかしむかし。
天界に一人の天使がいました。
その天使はまだまだ若くて、その仕事といったら雑用ばっかり。
ところがある日先輩の天使に頼みごとをされたのです。

「ああ、あなた! ちょうどいいところに来たわ。えーと…この」
先輩は抱えていたずだ袋からきらきら光る魂を取り出します。
「…この魂を地上に届けてくれないかしら。もう、仕事が多すぎて手が回らないのよ!」
人間の魂は主神から授けられるものです。魂を地上にもっていくということは誰かひとり人間が産まれるのでしょう。
「分かりました先輩。それでこの魂をどこに届ければいいんですか?」

先輩に伝えられた届け先へ着いて天使はおや? と思いました。
この夫婦、子供を作るにはずいぶん歳をとっているように見えたのです。
夫はともかく、妻の方はもう閉じてしまっているんじゃないかってくらいに。
それでも子供を授かれるのだから、この夫婦はとても信仰に厚い人たちなんだろうなと天使は納得し、
夜中、眠っている妻のお腹に魂をそっと入れて地上を立ち去りました。
(いい子が生まれますように)
腹の中に芽生えたばかりの子供にそっと祝福をしてから。

さて、先輩からの頼まれごとが終わってしまえばまた天界で雑用の日々が始まります。
最近は今まで以上に仕事が忙しくなって、どこかの天使が逃げ出してその分が回ってきてるんじゃないかなんて噂までながれる始末。
天使も毎日毎日天界のあちこちをバタバタ駆け回ってへとへとでしたが、その疲れを吹き飛ばしてくれるものがあったのです。

「うん、ちゃんと育ってるみたいだね。早く産まれないかなあ…」
そう、地上から天界へ帰ってきたあの日から天使は暇さえあればしょっちゅう地上をのぞき見していたのです。
最初は(ほんの数時間ぐらい)我慢していたのですが、そのうち自分が持っていった魂がどんな風になったのか気になって気になって仕方がなくなり、
子を宿した妻の腹が膨れていくのを見ながら、どんな子が産まれるのかな? なんて思い出産の日を心待ちにしていたのです。
村の人たちはあの夫婦が子供を作ったと聞いたときは驚きましたが、これも主神のおぼし召しだと考えて素直に祝福し子供の誕生を喜んでくれました。

天使が地上へ降りた日から十月十日。
産まれたのはそれはそれは可愛い男の子。
でも近い年頃の子が誰一人いませんでした。
一番近いのも一回りは歳が離れたお兄さんお姉さんだけ。
それに人の少ない山中の小さな村ですから、子供付きの一家がわざわざ引っ越してくるなんて希望もありません。

男の子は時々寂しそうにしつつも、村人たちから愛情をうけて元気に育っていきました。

「あ、おねしょしてる。お母さん早く気付いて!」
「危ない! 危ない! ハチの巣なんて突っついちゃ……逃げてー!」
「その草は違うよ! それはただの雑草だから! そんなもの煎じたらお腹壊すよ!」
「…………うん、男の子だものね。しょうがないよね。……ああっ、ダメダメ、見てちゃダメだよわたし!」
天使も天界から届かない声をかけつつ見守っていました。

そんな日常が続いていたある日、いつものように男の子を見ていた天使のもとへ先輩がやってきました。
「あ、お疲れ様です先輩。え、いや、これはサボってなんかいませんよ?! ちゃんと休憩時間ですから!」
先輩が硬い雰囲気をまとっていたので、天使は自分がサボっていると勘違いされたのかと思いました。
「ええ、分かっているわそんなこと。別にあなたに用があるわけではないの。少し遠見の鏡を貸してもらえるかしら?」
遠見の鏡というのは読んで字のごとく、遠くの光景を映し出す鏡です。
大きい鏡なので公共物としてあちこちに設置されていて、天使はこれを使って地上を覗いていたのです。

「はい、どうぞ。…どうかしたんですか先輩―――あれ?」
鏡で男の子を映した先輩が一冊の本を手にしていることに天使は気付きました。
黒くて分厚い本。それは天罰で命を奪った人間を記録するための本だったのです。
こんなものをわざわざ持ち出すなんて目的は一つしかありません。
「ちょっと待ってください先輩! その本もしかして……!」
「もしかしなくてもあなたの考えている通りのものよ。その目的も」
天使の顔が青くなります。
「でっ、でもあの子は命を奪われるほど悪いことなんてしてないじゃないですか! 悪いことっていったらせいぜいイタズラぐらいです!
 それにイタズラしても人を傷つけたり、物を壊したりなんてしたことありません! ずっと見ていたわたしにはわかるんです!」
 あの子にはなんの罪もありません!」

天使は必死に先輩を説得しようとしましたが、先輩は首を振って言いました。
「あのね、別にあの男の子が悪いことをしたわけじゃないの。最初からそういう約束だったの」
「約束って、どういうことですか」
「あの子の両親はね、本当は子供なんて絶対に授かれないはずだったの。
 でも主神様をとても厚く信仰して強く願い続けたから、主神様は少しだけ願いをかなえてあげることにしたの。
 時が来たら主神様に返すという約束で、13年だけ子供を授けることにしたのよ」
「あの子の両親は、それで納得したんですか」
「……今はともかく、子供を宿したときは主神様にとても感謝していた。そうでしょう?」
それで話は終わりと、先輩は黒い本の予定欄に男の子の名前を書き入れて仕事へ戻っていきました。

それからというもの天使は仕事にまったく身が入りませんでした。
いつも暗い顔、考え事をしてしょっちゅう立ち止まり、仕事の間違いも目に見えて増えました。

そして鏡の前で日課の地上観察をしていた時先輩がやってきました。
「あの子の14歳の誕生日、2週間後よ。少しばかり日数をサービスしてあげたけど14年目は越えられない。13歳の最後の日に魂を回収することになったわ」
「そうですか……」
天使はもう全て諦めたように力なく答えました。

「ああもう、いいかげんにして! いつまであなたは腐っているの! 人間一人の生死でここまで落ち込むなんて天界の住人として失格よ!」
先輩は仕事のストレスもたまっていたのか天使にきつく当たります。
「……はい、すみません先輩。そうですね、わたしは天使だから人間一人ぐらいで…ひとり、ぐらい、で…」
天使は両手で顔を隠して震えてしまいます。
先輩もバツが悪くなったのか目をそらしました。
「…あの子の魂を回収するのは避けられない。でも、楽しい人生だったと満足して死ねるかはまた別の話よ。
 自分には何もできなかったって後悔するなら、少しはあの子の最期を楽しくしてあげたらどう?」
天使は顔をあげて先輩を見上げました。

「あの子、同年代の友達なんて一人もいないでしょ? 村人たちは大事にしてくれたみたいだけど、友達との記憶が一つも無いなんて悔いが残るものよ。
 最期の最期、初めて得た友達に看取られるなんてのも悪くないんじゃないかしら」
「せんぱい……」
「でも、あなたにとってはより辛くなるかもしれない。あなたが何もしないなら私があの子の最期を看取って魂を連れ帰るわ。
 今ここで鏡を見るのをやめればあなたにとってこの件は全て終わる。でもあなたが地上に降りればあの子の死に顔をあなたは直視しないといけない。
 冷たくなった体から魂を取り出して、両親に約束は果たされたと告げる必要がある。あなたはそれに耐えられる?」
天使はしばらく黙っていましたが、やがて頷きました。

「そう。じゃあすぐ行くから準備してきなさい……っていっても用意するものなんてたいしてないわよね。今行っちゃう?」
天使はまた頷きます。
「わかったわ。――それではあなたに魂の回収を命じます。彼が悔いなく心安らかに最期を迎えられるよう尽力しなさい。
 そして誓約を。一つ、天使の名を明かさない。二つ、自分の身を明かさない。三つ、その時が来たなら速やかに執行する。
 いいわね? 心しなさい。もし破ったなら……分かるわね」
「……はい」
この誓約はとても重いものです。
破ってしまえば天界での罰を受けることさえできなくなるでしょう。
「じゃあ……行きなさい」
先輩に見送られて天使は地上へ降りていきました。



さて、天使が地上へ降り立ったのは男の子の村近くの山の中。
男の子の両親は薬草師で薬草集めに山の中へ入っていくのも仕事ですが、そろそろ辛くなってきたと言って最近は薬草集めは男の子がしていました。
いつものようにカゴを背負って山道を歩く男の子の前に、木の陰から天使が姿をあらわします。

「えと、その、初めまして……」
男の子も初めましてと返しましたが、見ず知らずの女の子にいきなり声をかけられて戸惑ってしまいます。
「お、お仕事大変ですねっ!」
たしかに薬草集めは楽な仕事ではありませんが男の子にとってはいつものことです。
「えーと……お話! ちょっとお話しませんかっ?!」
今は仕事中ですが急ぎでもないし、そろそろ休憩するのもいいだろうと男の子は思って、大きな石の上に座りました。
なにより初めて出会った同年代の女の子(それもとても綺麗な!)ですから男の子も天使と話をしたいと思ったのです。

「へえ、その草ってそんな効果があるんだね。じゃあこっちの草は―――」
まあ、男の子には大した話題があるわけでもありません。
身近な事をちょっと話したら、あとは薬草講義ぐらいしか話せることがないのです。
「この薬草、そこらに生えてる雑草そっくりだね。わたしだったら間違えて飲んじゃいそうだよ。あれ、どうしたの?」
過去の失敗を思い返し男の子は苦い顔で昔の失敗談を語ります。
天使は男の子のことをずっと見てきたので、こうやってちょっと男の子の記憶を掘り起こして話のネタにするのでした。

「あ、もう陽が傾いてきたね」
ちょっと休憩のつもりが二人でつい話し込んでしまい、気が付いたら夕方近く。
こりゃあ親に叱られるなと男の子はぼやきます。
「ごめんね。わたしが長話したせいで……」
男の子に悪いことをしたと天使も反省。
「ねえ、明日も山に来る?」
薬草がほとんど集まっていないから当然なのですが、男の子はまた明日来ると言って別れを告げようとした……ところで大事な事を訊き忘れていたことに気付きました。
「え?! わたしの名前? それは、えっと…」
一つ目の誓約で天使は自分の名を明かすことができないのです。
「ひ、秘密っ! 私の名前は秘密だよっ!」
結局名前を告げないままその日は別れました。


そしてそれから毎日のように男の子は山へやってきました。

男の子は天使を最初は魔物かとも思いましたが姿は普通の女の子そのもの(翼は隠しています)ですし、
山中の小村とはいえ教団の影響が強い国ですから、男の子の中では天使は山中で暮らしている不思議な女の子で落ち着いていたのです。
そんなこんなで天使と男の子は一緒に遊んだり、仕事をしたり楽しい時間を過ごしました。

ところがある日、男の子は最近両親の様子がおかしいと口にしました。
夜遅くまで主神に祈りを捧げていたり、突然村長の家の地下室を大掃除し始めたり。
それを聞いていままで笑っていた天使の心臓は凍りました。

そう、もうすぐ運命の日。男の子が死ぬ日がくるのです。
きっと両親は男の子を連れて行かないでくださいと、夜遅くまで必死で願っていたのでしょう。
地下室を掃除するなど、力づくでも男の子を渡すまいと、隠れ場所として準備しているのでしょう。
信仰心熱い両親がそこまでして守り抜こうとしている男の子を天使は連れていかなければならないのです。
「……ねえ、お願いがあるんだけどいいかな?」

「明後日でわたしはいなくなるんだ。だから明後日は何があっても、わたしと遊んで欲しいの」
明後日で天使はいなくなる。
それを聞いた男の子はショックを受けて、次々に言葉を放ちます。
どうしていなくなるのか? どうにかならないのか? 

「ごめん、何も言えなくて……」
二つ目の誓約で天使は自分の身を明かせません。
「今日はもう、バイバイしよ。明日はこれないけど……明後日はちゃんと来て。――お願い!」
言うなり天使は駆け出して男の子から遠く離れていきました。


次の日、男の子はいつもの待ち合わせ場所の大きな石の前でずっと待っていましたが天使は来ませんでした。


その次の日、ついに男の子の運命の日がやってきました。
その日は男の子を朝早くから父親が起こして村長の家へ連れていき、母親は主神にずっと祈り続けていました。
他の村人たちもいつもと違いどこか緊張したような面持ちで村中がピリピリしていました。

遠くからそれを見ていた天使はとても残念に思いました。
(あんなに警戒されていたら村から出てこれないよね……)
天使がうつむいたとき、背後から息を切らした男の子がやってきました。

聞くところによると地下室に一度は閉じ込められたそうですが、用を足したいと必死で演技して出してもらったのだそうです。
そのあとはトイレの窓からこっそり抜け出して、村のはずれからは走って山の中までやってきたとのこと。

息も切れ切れな男の子の手を取って天使は歩きます。
「今日は最後だからもっと山の奥まで入ってみない?」
これは男の子を探しに来るであろう村人から離れるための言葉でしたが、最期の時は二人で静かに過ごしたいと思う天使の気持ちもありました。

「その、今日の遊びなんだけど……結婚式ごっこ、とかだめかな?」
これは天使なりに考えた最期の遊びです。
この男の子は愛する女性に出会うこともなく、自分の子供を抱くこともできず今日命を落とす。
それはとても寂しいことだと天使は思い、一日だけでも男の子の妻になり愛を注ごうと決心したのです。

結婚式ごっこなどと予想もしなかった遊びを口に出されて、男の子は顔を赤くしましたが、まんざらでもないのか首を縦に振りました。
「えっと、あなたは結婚のやり方知ってるかな?」
男の子は首を横に振ります。
男の子がもっと小さなころに村のお兄さんとお姉さんが結婚式を挙げるのを一度見ただけで、記憶もあいまいでした。
「じゃあ教えてあげるね。まず新郎と新婦が胸の前で両手をつないで主神様に誓いの言葉を唱えるの。例えば新郎○○は新婦××を永遠に――」
ここまで言ってはっと天使は気付きました。
一つ目の誓約。男の子は天使の名前を知らず誓いの言葉を唱えられないのです。
「な、名前を…………」
黙り込んでしまう天使を前に男の子は言いました。
もうこれで会えないのならせめて名前だけは教えてほしい。

もちろん天使は答えられません。黙り込んだ二人の間をひんやりとした冷たい風が通り過ぎていきます。
ふと男の子が空を見上げると黒い雨雲。
通り雨でしょうか、ぽつぽつと水滴が落ちてきます。


そして木陰で雨宿りしようと頭をめぐらしたした男の子を。
「ダメええぇぇぇっっ!」
天使が突き飛ばしました。


女の子の腕とは思えない力で突き飛ばされた男の子は、地面で頭を打って瞼の裏でとてもとても眩しい火花が飛び散りました。
耳も打ちつけたせいか耳の奥がキーンとした感じでよく聞こえません。
一体なんなのかと天使に文句を言おうとした男の子の前の地面がはじけていました。
いえ、より正しく言うとさっきまで男の子が立っていた場所が雷に打たれてはじけていたのです。

そのすぐ横には男の子の代わりに雷に打たれて倒れた天使。
落雷のショックでその背中に隠されていた翼が露わになり、はっきりと見えています。

男の子の頭の中はもう混乱状態です。
ずっと遊んでいた女の子が天使でしかも雷に打たれて倒れている。
状況が全然分かりませんでしたが、ひとまず倒れている天使に駆け寄って抱き起こしました。

「あ…無事だったんだね、よかった」
天使の声は寝ぼけているかのように、ぼんやりとしたものです。
よく見ればその体はうっすらと光をまとっていて、体から光の粉がホタルのようにどこへともなく飛んでは消えていきます。

雷に打たれて大けがをしたのか、早く医者を、いやせめて応急の薬草でもと天使を気遣う男の子に天使は諭すように言いました。
「これ、けがじゃないの。わたしが約束破っちゃったから、主神様が罰を落としたんだよ」
三つ目の誓約、その時が来たなら速やかに執行する。

本当なら天使は男の子が雷に打たれ死んだのを確認してすぐに魂を取り出さなければならなかったのです。
それをかばって命を救ってしまったのですから、これはとんでもない反逆です。
誓約を破った天使は天界へ帰ることもできずただ消滅するしかありません。

「そうだ、さっきの質問に答えてあげるね。わたしの名前は―――」
一つ目の誓約で禁じられていましたが、すでに三つ目の誓約を破ってしまった上にもうすぐ自分は消えるのです。
もう洗いざらい全て話してしまおうと天使は思いました。
「―――だからご両親を悪く思わないでね。あなたのお父さんは主神様との約束を破ってでもあなたを守ろうとしたんだから」
話し続ける天使の体はもう冷たくなってきていました。雨雲も通り過ぎて、陽がさしたおかげで肌の血色の無さがより目立ちます。

目を開けるのが辛くなってきたのか、天使は瞼を閉じがちになりました。
「こんなこというとひどいかもしれないけど、わたしが消えてもたぶん別のてんしがあなたをつれもどしにくると思う。
 いつになるかはわからないけど、そのときまでごりょうしんとなかよくくらしてね。これ、おねがい」
男の子は泣きながら頷いていましたが、今すぐ自分にできることはないか、してほしいことはないかと天使に訊きました。

(いますぐ…? けっこんしき、はだめだよね。しゅしんさまがゆるしてくれないもん。
 じゃあ、えっと、えっと、あ、そうだ)
天使はもう一度瞼を開いて男の子にお願いしました。
「きす、して。ふうふじゃなくても、きすはしていいんだよ」
男の子はうん、と頷き目を閉じて顔を寄せてきます。
天使も目を閉じます。
(あったかいな……にんげんってこんなあったかかったんだ。あ、そうだ。もっとぎゅっとしてもらえばよかった)
そう思いますがもう瞼一つ動きません。



(………………ん? だあれ?)
もう考えることもできない天使に誰かが声をかけてきます。
(しゅしんさま? ん、ちがうの? なあに? あのこといたいか?)
誰かわかりませんが天使の心に語りかけてくるなど、相当高位の神でなければできないことです。
(うん、いたいよ。ずっとあの子と一緒にいたい。でもそれはできないんでしょ?)
誰かは言います。お前があの男の子を永遠に愛すると誓えるなら、自分が祝福して夫婦と認めよう、と。
(誓う。誓います。わたしはあの子が産まれる前からあの子を愛していました。そしてこれからもずっと愛し続けます)
誰かが頷く気配がしました。そして誰かの力が消滅しかけていた天使に注ぎ込まれます。

「ぐっ……! あぁぁっ!」
男の子は驚きました。
光の粉を撒き散らし透けて消えかかっていた天使が、突然目を見開いてしがみ付いてきたのですから。
光の粉はより激しく飛び散りますが、逆に天使の姿ははっきりとしてきて、今まで透けて見えていた背景が見えなくなりました。
そして変わったのは透けていた体だけではありません。
金髪は色が抜け銀色になり、肌は血色のない青ではなく人外の青白さに変色し、白かった翼は新月の夜のような真っ黒に染まりました。

はあはあと息を荒げる天使に抱きつかれて男の子は困惑しました。
「ん、もう大丈夫だよ。心配かけてごめんね」
天使はそう言って男の子の頬を伝っていた涙を舐め取りました。

「――つまりね、主神様はわたしに怒って罰を与えたんだけど、別の神様がわたしを助けてくれたの。
 この姿はその神様の影響。ちなみに服も変わったのは天使の服は魔力で出来てるからね」
天使は男の子が落ち着くのを待って、何が起こったのか説明しました。
その説明で男の子は納得しましたが天使の姿、なにより服装の変化には戸惑いを隠せません。
「この服はその神様に使える天使の正装なんだよ。わたし以外の天使もみんなこれ着てるんだから」
そう言われても体のごく一部、胸と股間ぐらいしか隠していない服は、昔聞いたサキュバスの姿を連想させます。

「……変わっちゃったわたしは嫌いになった?」
殺し文句です。こんなことを言われて頷けるような男はいません。
男の子も姿の変化にまだ慣れていないだけで、嫌いなわけがないと答えました。
「ああ、よかった。そのうち慣れてちゃんとわたしを好きになれるよ」
男の子は嫌いじゃないと言っただけで、好きなどとは一言も言っていないのですが天使にとって大した違いではありません。
「それでね、ちゃんとわたしが回復するには結婚式ごっこを最後までやらないとダメなんだ」
ウソです。天使の体はもう完全に回復しています。
しかしそれを聞いた男の子は真剣な顔になって結婚式ごっこをしようと言いました。

「結婚式ごっこは途中までやったけど、最初からやり直そう。そうじゃないと回復しないから」
うまく男の子を騙した天使は新しい神様方式の結婚式ごっこを始めました。
「まずわたしをぎゅーって抱きしめて。そうしたらわたしもあなたをぎゅーってするから。これは別に変な事じゃないよ。
 神様が変わったから結婚のやり方も変わったただけ。ほら、ぎゅーってして」
戸惑う男の子と抱き合って天使は次の言葉を口にします。
「じゃあ次は誓いの言葉。…今度はちゃんとわたしの名前を呼んで誓ってね。そして誓いの言葉を唱えたら口づけ。これで結婚式は終わりだよ」
天使と男の子は密着したまま誓いの言葉を唱えました。今度は天使の名前もきっちり口にして新郎新婦の誓いは無事完了です。
「じゃあ最後に口づけね。新しい神様は長く激しくするほど強く祝福してくれるんだよ」
そう言うなり天使は男の子の唇を奪いました。
逃げられないように背中に回した手で頭を押さえ、舌を入れ、唾液を混ぜ合わせ、あごが涎でべとべとになるぐらい激しいキスです。
「んっ…ん…っ……ぷはぁっ。これで誓いの口付けも終わったね」
男の子は酸欠とショックで頭がぐらぐらしていましたが、なんか気持ち良かったことだけは覚えていたのでその通りに答えました。

「じゃあこれで結婚式は終わり。つぎは新婚生活にいきましょう」
今ので終わったんじゃないのかと男の子は言いますが、天使にとってはまだまだ途中なのです。
「いま終わったのは結婚式ごっこの結婚式だけね。結婚式ごっこはこの後の新婚生活も入るんだよ」
呆然とした顔を向ける男の子を、楽しそうに天使は押し倒します。
地面は草が生えている上に、天使の魔力でクッションのように柔らかくされていたのでもちろん男の子には傷一つ付きません。

「ねえあなたぁ、わたしたち結婚して…えーと、三分ぐらい経ったんだからもうそろそろ子供を作ってもいいと思わない?」
天使の口調がちょっと演技っぽくなりました。ちなみにここでいうあなたは“君”ではなく“わたしの旦那様”という意味でしょう。
「あなたってば夫婦になってもぜんぜんわたしに触れてくれないんですもの。だからこうして夜這いに……えーと、ごめん」
どうも男の子はこの演技にはのってくれないようで、白けた雰囲気になってしまいました。

「んんっ、ごほん! 今のは忘れて欲しいかな…」
咳払いをして気を取り直し、天使は新婚生活を続けるようです。
「結婚したての新婚さんは仲良くいちゃいちゃするもの。それはあなたも知ってるよね?」
村で結婚式を挙げたお兄さんとお姉さんの熱々ぶりは小さかった男の子の記憶にも深く刻まれています。
「だからわたしたちも同じようにいちゃいちゃするの。キスしたり、抱き合ったり、エッチしたり、ね」
エッチしたり、の辺りで男の子が少し反応したのを天使は見逃しません。
「あ、エッチの言葉に反応したね。ごまかさなくてもいいよ、わたしはあなたが初めて一人エッチした日まで知ってるんだから」
男の子はもうどうしたらいいものか、なにも言えなくなってしまいます。
「一人エッチは気持ちいいよね? じゃあ、わたしと二人でエッチ…セックスって言うんだけど、わたしとセックスしたらもっと気持ち良くなると思わない?」
恥ずかしがりつつも男の子は頷きました。
「うんうん、素直なあなたはホントに大好きよ。じゃあわたしとあなたでセックスして気持ち良くなりましょ」

天使の服はさっと脱げますが、男の子が全部脱ぐには時間がかかります。
(裸になるまで後ろ向いててなんて、もうかわいいなあ。ああ待ち遠しい!)
背を向けていた天使は男の子のお許しが出て、振り向いた途端目を丸くしました。
(え、何で寝てるの? さっきの続きからするの? これわたしが犯しちゃっていいってこと?)
てっきり男の子が上になるものだと思っていた天使は、真っ赤になって横たわる男の子を見て涎をたらしてしまいました
(ああっダメ! かわいすぎるよこの子! 赤ちゃんのころよりずっとかわいい!)

「じゃあこれからセックスするけどその前にわたしの体を見て。おっぱいじゃなくて下の方ね」
男の子が視線を下げて、天使の股間をじーと見つめます。
「あなたのおちんちんが付いてる所に、わたしは穴が空いてるでしょ。この穴はおまんこって言って男のおちんちんを入れる場所なんだよ。
 女もおまんこを使って一人エッチしたりするんだけど、やっぱり男とセックスした方が気持ちいいんだよ。どうしてかわかる?」
男の子は横に首を振ります。一人エッチよりセックスのほうが気持ちいい理由なんとても想像が付きません。

「それはね、男は余分で女は足りないからなんだよ。だから男の人はおちんちんから精液…一人エッチしたときに出る白い汁のことね、
 その精液を出して余分なものを外に出そうとするんだ。
 逆に女の人は足りなくて寂しいからおまんこに指や棒を入れて足りないところを埋めようとするんだよ」
本当に気持ちいい理由はまた別なのですが、天使は男の子に分かりやすいようたとえて話します。
「つまり、あなたのおちんちんをわたしのおまんこに入れるっていうのは、あなたの余分なものをわたしがもらうってことなの。
 これでわたしたちはセックスしている間、差し引きゼロになって満たされて気持ち良くなれるのよ」
天使は分かりやすく話したつもりでしたが男の子はハテナ顔であまり分かっていないようです。
しかし、真っ赤になって緊張していたのですからそれがほぐれたという点で十分に意味はありました。

「ごめん、長く話しすぎちゃったね。でも実際にやってみればわかるよ……」
天使が男の子に馬乗りになり、指で穴をくぱぁと広げます。
「わたしのおまんこびちょびちょでしょ。これはおちんちんの先が濡れてるのと同じなんだよ。じゃあ入れてあげるね……」
男の子のおちんちんの先っぽを咥えて腰を下ろしていきます。
「んっ……! 入ってる…! わたしのおまんこにおちんちんが入ってるよ……! あなたも気持ちいい?
 うん、もっと奥まで入れてあげるね…! あなたのおちんちんを全部わたしの中に……っ!」
ゆっくりと挿入していって天使は男の子のおちんちんをついに根元まで飲み込みました。
天使の体はまだまだ成長途中でしたが、それは男の子も同じなのでサイズ的にはちょうど良かったのでしょう。

「あはっ、全部入っちゃった。わたしのおまんこどう? 熱くてぬるぬるして、手で一人エッチするよりずっと気持ちいいでしょ。
 このおまんこであなたのおちんちんをごしごししてあげるからね」
そう言うと今度は腰をあげて男の子のおちんちんを抜き始めました。
「あっ、おちんちんがおまんこに引っかかってるっ…! いや、これで終わりじゃないよ。抜ける前にちゃんと戻してあげるから」
天使が腰をあげて離れると思ったのでしょうか。男の子が天使の手を握ります。

腰を動かすのに少し慣れたのか、天使の動きがだんだんなめらかに早くなっていきます。
男の子は安心したのか天使を掴んでいた手を離しましたが、手持ちぶさたになって目の前のものを掴みました。
「ん、おっぱい触りたいの? わたしのおっぱいは大きくないよ? あなたが触りたいならかまわないけど……」
たしかに成長途中の天使の胸は大きくありませんでしたが、感度はいいのか握られて形が変わるたびに天使の息が乱れます。
そして胸をいじる男の子の動きが早くなってきました。

「あ、もう精液出そうなの? 出すときはわたしのおまんこの中で出していいからね。
 わたしももういっちゃいそうだし……あ、いくっていうのは一番気持ちよくなるってことね」
言いながらも天使の動きは激しくなっていきます。
「あっ、いっちゃう! 早く精液出して! あなたより先になんていけないからっ! え、わたしと一緒にいきたいの?
 じゃあすぐ射精して…! わたしももう限界で……あっ!」
男の子が射精すると同時に天使はいきました。
初めてのセックスとしては上出来の結果ではないでしょうか。

「あっ……。あなたの精液熱い…。おちんちんからびゅって飛びだしてる……」
おまんこに射精されて天使はもう夢ごこち。
(このまま妊娠しちゃわないかな……。でも一回じゃ無理だろうなあ)
まだまだ子供の男の子の子種で孕みたいなどと考えながら、天使は男の子にキスをします。

さて、なにもなければこのまま一昼夜通してまぐわい続けたかもしれませんが、そうはいかないのです。
「ね、わたしと一緒に新しい神様のところへ行きましょう。ここにいたら別の天使が来てあなたを連れて行ってしまうから。
 わたしを助けてくれた神様ならあなたを守ってくれるわ」
男の子はそれに賛同…しようとして両親のことを思い悩み始めました。
神様のところへ行ったならきっとそう簡単には戻ってこれない。
せめて自分が無事に生きていることだけでも伝えてからと考えたのです。

「……じゃあわたしがご両親に伝えるよ。あなたは無事ですって。だから早く行きましょ? こうしている間にも来るかもしれないし」
その言葉で決心がついたのか男の子は天使に連れられて地上から万魔殿へ去って行きました。

(ごめんなさいね。万魔殿に行ったら人間は特別な許しが無いかぎり帰れないんだ。ちゃんと無事は伝えるから……。
 ご両親もごめんなさい。あなたたちの大事な子供とはもう会えません。でも主神様に魂を持って行かれることだけは無いから……。
 この子が死ぬことだけは無いからどうか安心して)



「こうして万魔殿に侍る堕天使がまた一人増えましたとさ。めでたし、めでたし」
ここは親魔物国家の学校兼堕落神の教会。ダークプリーストがまだ小さい魔物娘たちに本を読んで聞かせています。

「はーい、せんせー!」
話を聞き終わると一人の魔物娘が手をあげ質問をしました。
「けっきょく、このだてんしさんはおとこのこと、ごっこじゃない“ほんとうのけっこんしき”はできたんですかー?」
昔話につっこまれても先生は困ります。
「……そうね、きっとできたんじゃないかしら。いまごろは本当の夫婦として万魔殿でいちゃついてるんでしょうきっと」

本日の授業が終わり、魔物娘が全員帰ったあと。
教会の管理人でもあるダークプリーストは祭壇を掃除します。
「うん。今日もほこり一つなく……あら?」

どこから舞い込んだのか、祭壇の上には新月の夜のように黒い羽根が一枚落ちていました。
11/10/11 17:39更新 / 古い目覚まし

■作者メッセージ
天使が処女なのにセックスについて含蓄たれてたり、安っぽいドラマみたいな演技したりするのは、
堕落神の力と一緒にそういう知識や技術が流れ込んできたと解釈しておいてください。

ここまで読んでくださってありがとうございました。

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