連載小説
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港町にて
 「ここまでうまくできるとは、職人さん達の腕は神の手と言っても言い過ぎじゃないな。」
 「ほめても何にも出てきやしませんぜ、旦那。」

 ここにいるのは新型戦列艦の設計者リョウと鍛冶師ギルドの長ロゼである。新魔物領のギルドだから当然ロゼにはサイクロプスの妻がいる。
 鉄で船を作るときから良質な鋼板をどう入手しようかと悩んでいたときに、酒場で知り合ったロゼに相談したところ、
「面白そうだな、ギルド総出でやってやるよ。」などと豪快に引き受けてもらい、ギルドのつてでドワーフたちまでもが参加して造船は始まった。

 まずは、造船所から建設をするということとなり、ある海に面した一角に場所を定めて作業を開始した。造船所だけで2〜3年は覚悟していたら、ロゼがジャイアントアントを20人雇って作業させた結果、一晩で完成してしまい、満足して旦那を抱えて宿屋に向かう彼女たちと、できあがった造船所を見て開いた口がふさがらなくなってしまったのは記憶に新しい。

 そして、船体を作るために材料の鋼板の作成に取りかかるが、鍛冶師ギルドの精錬が予想以上に優秀で、良質な鋼板がすぐにできあがった。
 「鉄の塊から図面通りの船体をたたき出してやるぞ。」と言われもしたけど、そんなことをしたら完成まで何十年かかるかわからない。船体自体は順調に建造が進み、鋼板の溶接にはドラゴンが協力してくれて、文字通り溶接して接合面をサイクロプス達が仕上げてゆく様は芸術的でもあった。

 一番難易度が高いであろう砲身の製造も芸術的な仕上がりを見せ、ロゼに聞いても、「魂込めてぶっ叩いて穴を開けただけだ、内部の溝はドワーフたちが試行錯誤して削ってくれたよ。練習用に余分に作ったのもあるからよ。」と言い、実際に練習用に作った砲身を見ても、使用に充分耐えられる程の見事な出来だった。

 進水式にはサバト長のバフォメット様に立ち会ってもらい、見事に浮かんだときのあの表情は今思い出しても笑えるほどだ。それと対照的に手を取り合って喜んでいる鍛冶師夫婦の姿もほほえましく、感慨深げなドワーフたちも満足した表情を見せていた。

 次は、この船をまともに運用できるようにしないといけない。なにせ、従来の戦列艦とは全く構造が異なる上、戦闘になればなおさらだからだ。そのために第一次要員として選抜された魔女達に運用上に必要な知識と、戦闘の際に必要となる知識をたたき込んできた。
 見るからに頭から煙が吹き出しそうなほどになりながらも必死についてきてくれたため、ほぼ完璧なほどにまで仕上げることができた。そのご褒美として、ご主人と過ごすための長期休暇を与え、おいしいと評判のスイーツを振る舞った。そのおかげで財布が大幅に軽量化してしまったが。

 第二次要員がサバト本部から派遣されてきた。損害を受けた戦列艦の乗員だそうだ。優秀な航海士がいたために、教育はすんなりと終了し今までの疲れを癒やしてもらうために、休暇を与えている。

 「ところで、旦那。後は何をすればいいんだい。」
 「皆さんの働きぶりが予想を超えるので、休んでくださいとしか言いようがありませんよ。」
 「旦那が休んだ方がいいんじゃないか?ずっと働きづめだからよ。」
 「こいつが無事に動いたら考えますかね。」

 大きく背伸びをしながら答えていると、背後から思いっきり抱きしめられた。

 「だ〜れだ?」

 普通こういうことをする時は目隠しをするもんじゃないかなと、抱きすくめられた胴体に視線を移すと黒い羽が視界に入る。

 「アヤ、もう勉強は終わったのかい?」

 アヤと呼ばれたカラステングは抱擁を解いてリョウの前に回り、

 「終わったよ、後は稼働準備に入ったから1週間後には航行試験できるってカズヤさんが言ってたよ。」

 彼女とはこの港町にくる道中で知り合った。捕縛用の魔方陣に掛かってしまい身動きがとれない状態で、助けようとしたときに反魔物の集団と乱戦となったが、武術の腕の立つカズヤと、付き添いの魔女夫婦との連携で難なくこれらを撃退し、助け出した後そのままついてきて現在に至る。

 本人曰く、「面白そうだからしばらく一緒にいたい。」と。カズヤには「お前にぴったりじゃないか、娶ってやれよ。」と言う始末。アヤを見ると湯が沸かせるんじゃないかと言うぐらいに顔が赤かった。その晩にシてしまったのは超機密事項である。しかし、付き添いの魔女に「昨夜はお楽しみでしたね。」と耳元でささやかれたのでスイーツで口封じをした。しょうがないでしょう一目惚れなのだから。

 アヤは進水式を終え浮かんでいる船を不思議そうに見ていた。
 「ほんとに浮いてるね、鉄なのに。これも何とかの原理だっけ。」
 「アルキメデスの原理だよ。」

 「早くこいつが大海原で大活躍してくれると造船に関わった俺たちとしてはうれしいんだがね。」
 「ロゼさん達職人が手がけた船ですよ。活躍するのは決定事項と断言します。」
 「相変わらず俺たちを乗せるのがうまいな、旦那は。空飛ぶ鉄の鳥を作れと言われりゃ作っちまうよ。」

 「ではそのうちに頼みましょうか。」
 「できたら私と競争ね。」
 「最速のカラステング様に負けない物を作ってみせますぜ。」
 他愛もない掛け合いで互いに笑いながらこの船が少しでも被害を減らすのに役立つことを願いながらも、早く出港しなければと焦りも感じていた。

 − 襲撃から逃れてきた船が入港したぞ!!

 港の方からいつも聞いている叫び声が聞こえてきた。一緒に港の方へ向かっていくとそこにはよく自力で航行してきたのが不思議なほどにぼろぼろの船が今まさに接岸した。すぐに屈強な男達が船に飛び乗り、後ろに医者も続いた。
自力で歩ける者はゆっくりとタラップを降り、治療が必要な者は先ほどの男達が抱えて降りてきた。

 「いつ見ても気持ちのいいもんじゃねえな。」

 ロゼがそう呟くと船尾に掲げられている旗を見てリョウをつついた。

 「あの旗、旦那のところのじゃないか?」
 「間違いない、サバトの旗だ。」

 大鎌と三角帽子が組み合わさったデザインは見間違えることはない。でも入港したのは1隻だけ、確か通常は戦列艦5隻に商船3隻の編成のはず。不審に思い比較的軽傷の乗組員に聞いてみたところ意外な答えが返ってきた。

 100門級戦列艦5隻、80門級戦列艦10隻、輸送船7隻の大編成にもかかわらず30隻以上の大艦隊に襲撃され、戦列艦が足止めをしている間に散開して逃げたと言うこと。積み荷のほとんどを捨てることによって速度を上げて追撃を振り切ってここに逃げ込んだ。

 「ひどいもんだな…。」

 リョウの後ろにいつの間にか駆けつけてきたカズヤも船を見つめていた。

 「これをなくすためにあの船を作ったんだからな。」
 「ああ、必ず成功させよう。」
 
 昼の喧噪が静まり、月明かりに照らされている新型戦列艦を造船所前から眺めつつ、酒の入った小瓶を開けて一口味わうリョウの元にアヤが音もなく降り立つが、気配と匂いですぐにわかり、小瓶を後ろに差し出すと見慣れた黒い羽が視界に入り、小瓶をつかむと少し飲んでから目の前に差し出される。

 「全部飲んでもよかったのに。」
 「私がお酒に強くないの知ってるくせに。」

 拗ねるように言っているがその表情はいたずらっ子のように微笑んでいる。月明かりによって更に魅力的に見えてくる。危うく煩悩が天元突破する寸前で何とか持ちこたえた。

 「そんなに強くないからこれぐらいは大丈夫じゃないか。」
 「う〜ん、それじゃ遠慮なく。」

 再び小瓶を持つと残りを一気に飲んだと思ったらこっちを向いて、両腕を首の後ろに回したかと思ったらリョウの唇は彼女のものでふさがれていた。

 「んんっ、ん〜」

 すぐに開放され、ほんの一瞬の出来事だが、リョウには長く時間を感じた。アヤは唇を離し、そのまま頬ずりをするように抱きついた。リョウはそんな彼女の頭をそっと撫でていた…。
12/01/09 17:07更新 / うみつばめ
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■作者メッセージ
次回、血湧き肉躍る大海上バトルとはならないのでご安心を。

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