読切小説
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コンクリート製豆腐ハウスのお話
 深い森の真ん中には大きくて澄んだ湖が広がって、そのほとりには綺麗な草花とコンクリートでできた真四角の家。

 自然に逆らうようにぽつりと建っているその家には、中途半端な魔法使いと尾が二本あるしゃべる猫、あーだこーだと言いながらぐでぐでぐだくだ暮らしてる。










 
暑くなると伸びて、寒い時は丸まるモノってなーんだ。

私です。

無駄に暑い夏を越えて、今度は冬ですよ、冬。ん? 夏の次は秋だろうって? 残念この島は冬か夏しかないのです、ワンクッションがないのです、熱と冷気のワンツーなのです、布団の中でダウン中です、ああ、太陽は雲に隠れていますし、やけに胸にしまったペンダントが冷たい。

 暑い日は早く冬にならないかと愚痴っていざ冬になると暖かくなれと思うのはエゴでしょうか、神様。

「ああ寒い日だ、肌を刺すような空気だ、外の太陽は雲に隠れて見えない、だが我が家にはもう一つの太陽がある」

 おーそーれみーおー、と布団の横にちょうど通りかかった黒猫のチェロを布団の中へ引きずり込みます。

「わわっ、なにすんのさマスター!?」

「ようこそフトンサイドへ」

「いや、訳わかんないからねっ!?」

 寒い日の布団には魔力がこもる、魔力がこもった布団からは誰も出ることは出来ない、古事記にもそう書かれているのに、チェロの抵抗は続きます。

「あー、大人しくして下さいなチェロ、ライトニングコシヒカリと改名しますよコシヒカリ」

「改名しますよて、もう改名されてるじゃないの」

「おや、ダークネスコシヒカリの方が良かったです?」

「やめて! なんか腐ったお米っぽい!」

「では、太夫マーク2で」

「マーク2てなんなのさ、1はどこにいったのさ」

 おや、それを聞きますか。

「マーク1はどこかに行きました」

「え?」

「マーク1は遠いどこかに行ったので、あなたはマーク2なのですよ」

 夜空のような暗い布団の中で光る二つの満月と目を合わせます。
 
「…………行っちゃったの?」

「ええ、あなたが来る前にマーク1は遠くに」

「…………そう」

 チェロの抵抗がピタリと止まりました、フトンサイドへ墜ちる覚悟ができたのでしょう、私はチェロのお腹をわしっと掴んでもみもみわしゃわしゃ。

「…………ん」

 しようとしたら布団の中でチェロが一瞬光って、次の瞬間には長い黒髪の女性にむぎゅっと頭を抱えられていました。
 
 ああ持たざる者と持つ者の差、変身する前はスマートでちっこいのに、何でこんなに柔らかくて私より色々と大きくなっているのでしょうか、主に胸とか、胸とか、胸とか、胸とか、胸とか、ああ柔らかいちくしょう。

 柔らか山脈に顔を埋めて、幸せと羨みの谷間からちらりと上目遣いに見るは二つの半月。

 うん、なんでしょうね、突然ですがチェロの目が『何も言わなくて良いよ、分かったからゆっくりお眠り』的な優しさに満ちております。

 嫌な気分ではないのですが、非常にこそばゆいと言いましょうか、妙にむずむずするのです、はて、どうしてこうなったのやら。

「どうしたの……マスター?」

 そう言いながら、チェロは顔を近づけて自分の額を私の額に合わせると両手を私の背中に回してきゅっと軽く抱っこしてきました、やぁね顔が、顔が、これちょっとでも動くとトス、いやキスしてしまいます。


あらやだ奥さんこれってキマシた? キマシた? おかしいですねぇ、私のナニがこの娘の犯る気スイッチを押してしまったのでしょう…………あ。

 もしかして?

「チェロさんや、チェロさんや?」

「なぁに、マスター?」

「マーク1は死んでませんよ?」

「へ?」

 ぽかんと開かれた目と広がる瞳孔、図星じゃないですかやだー。

「こらこら、勝手に先輩を殺さないで下さいよ」

「いや、遠くに行ったってそう言う事じゃないの?」

「本当にどこかに行ったのですよ自分探しがどうのこうの言うので、ほいじゃいってらっしゃいと荷物一式くくりつけて飛んでもらいましたよ」

「飛ばした?」

「翼生やして飛んでもらいました」

 まぁ自分の体に生えていても、自分の意志の通りに動くとは限りませんが、思春期の右腕のような感じですね。

「……なぁんだよ、もう」

 チェロは呆れたようにため息を一つ、そして再び布団の中に光が瞬くとそこには黒猫一匹。

「心配して損した」

 そう言って、もそもそと布団から脱け出して掛け布団の上に丸まりました、気持ち良いのか、ゆらりゆらりと尻尾が泳いでおります。

 フトンサイドへ墜ちましたね(確信)

「あら、心配してくれたのですか?」

「え、あ、ち、ちが」

 あらあら尻尾が右へ左へと忙しいですねぇ。

「違うから! マスターの勘違いだからそれ! 同居人が辛気くさい顔してるとこっちまで暗くなるでしょ!? だから」

「ハイハイワタシノカンチガイデスネ? ワカリマシタリョウカイデス」

「いや分かってないでしょ!? 違うからね? 本当だからね!」

 必死に否定するほど真実味は増すものです、そして何かを隠そうと慌てている人はいつだってからかいたくなるものです、まぁチェロは猫ですが。

「私は忘れませんチェロの口からこぼれた優しい声を、たしか『どうしたの……マスター』でしたっけ? どうです? 似てます?」

「似てないし! そんな声出した覚えはない!」

「あら、さっき私を抱きしめながら囁いていたでしょう? あの無駄にデカイ乳に私の顔を埋めて……ねぇ? チェロ、何を食べるとそんなに大きくなるのでしょうか?」

 おや、おかしいですねぇ、そんなにぷるぷる震えなくてもいいのに、何を怖がっているのでしょう?

「し、知らない、気づいたらこうなってたし」

「豊乳効果のある食べ物を長い間食べているのですが、効果が出ないのはなぜでしょう?」

「食べてもムダだからなんじゃ……あ」

 どうやら、私はこの猫に滑らない口を与え沈黙を教えないといけないようです。
 具体的には揉みます、何を揉むかって? それはご想像におまかせいたします。

「ち、違う違う違うぅぅ! 冗談だってぇ! そのヘンな手の動きはなに!? うわぁ! 何で? 何でアタシ変化した!? え、強制変化の魔法ってなにそれ恐いっ! まって、その瓶の中の液体何!? ちょっとまって、まってってば、あ……あ……あ!!!」










 猫の悲鳴は深い森と広い湖を通り抜け鳥と風の音に飲み込まれる、いつの間にか晴れた大空の頂点には太陽が輝き、優しく大地を照らしていた。













深い森の真ん中には大きくて澄んだ湖が広がって、そのほとりには綺麗な草花とコンクリートでできた真四角の家。

 自然に逆らうようにぽつりと建っているその家には、中途半端な魔法使いと尾が二本あるしゃべる猫、ときたま猫の悲鳴を森に響かせて、あーだこーだと言いながらぐでぐでぐだくだ暮らしてる。
16/04/07 12:58更新 / ライトニング中田

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