読切小説
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激情サラマンダー娘
―――ここは巨大では大きすぎ、小さいと言えば狭すぎる程度の曖昧な大きさを誇る規模を持った商業都市……。
少し前までは農村や田園地帯が横たわるばかりの、特産品もろくになかった地帯がこの辺りに広がっていたのだが、とある富豪がここの立地に目をつけ、近隣に点在している資源豊かな土地から物資を運ぶ際の中継地に仕立て上げた。

それが見事成功し、かゆい所に手の届く商人たちにとって理想的な、輸送の中継地兼、商業都市となり、今では見事に昔の面影を消し去ってしまっていた。

その富がもたらす経済効果は瞬く間に辺り一帯を豊かに潤し、少しばかりの繁栄をもたらしているが、私は一方でこの都市の暗部をしっかりとこの目で確認している。

都市に集まる豊富な物資と資源、そして金。
急速に発展した都市へ商人の次に現れたのは、賊の類だ。
そして盗賊や追い剥ぎが現れるのなら、危険から身を守る為の役割を担う者が次に現れるのが必然。

それらの内の一人が、自分。自身が暗部の内の一人でもあるという訳だ。

なにも盗賊や追い剥ぎだけがこの都市の暗部という訳ではない。
他にも、将来的にかなりの利益をもたらすだろうこの都市。その利権絡みの闘争による賄賂、暗殺、果ては小規模な戦いなど。
あとは元々この地帯に住んでいた農民達がないがしろにされている、という実態もあるが、自分は別に慈善家でも義賊でもないので、こっちは関係のない話である。


という感じで、表面上は豊かだが内面は濁りきっている都市……と言いたいところだが、中心部から少し離れるとすぐに昔を想起させるような、のどかな田園地帯や農村がぽつりぽつりと点在していて、なんだかんだ言っても私は幼い頃から過ごしてきたこの土地が気に入っている。

とは言っても、前述した通り便利屋としてこの都市で生活する事は、並大抵の努力で成し得るものではなかった。

今では、私の依頼達成率は100%
こう言えば私が見栄を張るペテン師に思えるだろうが、この数字こそが私が人生を過ごしてきたなかで見つけた鉄則、いわば教訓なのである。

更に砕いて表現すると、“確実に成功する依頼しか請け負わない”、だ。

私をこの世界に導いた恩師でもあり、それ以上に生涯の恩人でもある人が、無茶な依頼を請け負った結果、死んだ。
なんとも呆気なく姿を消したその恩人から私は、先程言った“100%”の教訓を見出したのである。

その為に私は途方もない努力をした。教訓通り、絶対失敗しない依頼を見定めた上にほとんど休みなしでそれを請け負い続け、名を上げ、得た資金で装備を整える。
あまりに名を上げ過ぎると、他の同業者から狙われる為準備が万全を期すまでは一定以上の活躍は見せない。

そんな気苦労の耐えない、心休まる暇もない時期がずっと続いた。

しかし、今では努力が実り、少なくない金といくばくかの地位を手に入れたのだ―――



……私はもう何回も通い詰めた酒場に顔を出すため、酒場に通じる、いかにも厄介者が溜まり込んでそうな辛気臭い路地に赴く。

大通りなら小奇麗で華やかな面を見せるこの都市だが、少しばかり道を外れるとこの通り。道の舗装は端がめくれ、雨でぬかるんだ土が顔を覗かせる、この都市の暗部の一端を垣間見せる薄暗い場所へ出るのだ。

浮浪者が寝呆けている横を通り過ぎると、土の上に広がる水たまりに私が着こんでいる黒い鎧が、水へ墨汁を垂らしたように映り広がる。

同業者、ないし恨みを抱かれた者に疎ましく思われ、たとえ寝首を掻きにこられようと対処出来る程成長したと踏んだ頃から、私は地位や、異名などに代表される印象を、巷に確立しようと尽力した。
その甲斐あって、噂や異名が今では依頼主にとって安心のネームバリューとなり、暗殺を何度も撃退した事で同業者からは邪魔する者、ましてや暗殺を画策する者も居なくなったのだ。

……灰色で目の粗い石畳が敷かれた、細めの路地をどんどんと進む。等間隔に置かれた申し訳程度の街灯が、より一層辺りのわびしさを照らし出している。そして歩き慣れた路地の角を曲がると、目的地が目の前に現れた。

いかにも低俗な酒を提供していると看板に書いている酒場。ここが私の職場だ。

粗末な鉄枠で囲まれ橙色の明りを漏らし、夕暮れを越え暗くなりつつある都市を照らす酒場に近づいた。無骨な黒い手甲で木製の扉を押すと、ギィ、という音と共に扉は開く。
遠慮する事なく中へ入ると、まず出迎えるのが酒の臭い。次いで、タバコなどの強い臭気が鼻をついてきた。

慣れた香りを肺に吸い込みながら、手近なカウンター席へと席を降ろした。
この店に入って来るのは訳ありの者か、何も知らない一般人のいずれかのようであり、私が入店した際にも素早く意味ありげな視線を向けてくる者が数人いたが、この黒い鎧を見た途端誰もが興味を失ったように酒飲みに戻る。

そうでなくてはならない。こういう時の為に私はこの鎧を印象付けたのだから。
……もちろんこの黒い鎧も、ただ印象付けるためだけの役立たずではない。
騎士という程重装ではないが、急所はしっかりと守れる防御力を持ち、尚且つ重量も抑えてある。そして黒一色が見る者を威圧し、巷で囁かれる噂を思い出させやすくさせる。この鎧も決してたやすく手に入れる事は出来なかった。

これも、下働き時代で金を貯め、努力した結果だ。

酒場で働く女店員が不意に背後から、水の入ったコップをカウンターへ丁寧さのかけらもなく置く。普通の客なら何も置かないが、私という常連への配慮だろうか。
渡された水に見向きもせず、水に映り込んだ、顔を全て覆う自分の兜を眺める。

様々な依頼を請け負い、金を貯めていた頃がふと脳裏をよぎる。
なんとか得た資金で決して安くなかったこの鎧を手にいれ、剣を買い、魔導書をも漁って独学で初歩的な魔術を覚えた。
剣術の訓練はもちろん、人間相手だけではなく魔物に襲われる事も考慮し、魔物図鑑を読み大方の魔物に対する造詣も深めた。

更には鎧に魔方陣を仕込み、魔力を付与する事によって森などを通っても下級の魔物はこちらを避け、戦わずして勝つ事が出来るようにもしてある。

とにかく、当時はなりふり構っていられなかったのだ。尽くせる手はどんな手でも尽くし、出来る事は全てやる。その上で確実に遂行出来ると断言出来る、身の丈にあった任務をこなしていくだけだった。
……それが、依頼達成率100%の理由。

しかし私は今までの仕事の中で、一度も魔物と遭遇した事がない。
その為の努力をしているし、そうしようとしているので当たり前と言えば当たり前だが、仕事を断念してしまうのではないかという唯一の懸念といえば、全く見た事のない魔物だけだった。

だが、この都市は根っからの反魔物派がはびこり、都市の中心部を牛耳ってる場所だ。この都市内での仕事に関して言えば、安全だ。ここに魔物が入れる訳がない。……しかし一方、“サバト”と呼ばれる魔物の一団がこの都市に潜入しているという話を聞いた事があるのも、事実である。もしこれが本当ならば魔物の事だ、恐らく人間という食料を集めに潜入したんだろうが……。

そんな事を考えていると、突然入れ替わるように酒場の奥から仏頂面がトレードマークの主人が出て来て、子脇に抱えた木箱から続々と用紙を取り出し、私が座っている真横の壁にかかった掲示板へとそれらを張りだしていく。

それによりさっきまで脳内で浮かべていた考えは一気に消しとんだ。
三日に一度、この時間にこの酒場のこの掲示板に、他の場所では頼めないような危険だが報酬も高い、訳ありの依頼などが貼り出されるのである。

同じものが目当てであろう他の席に座っていた男たちの数人が立ち上がり、掲示板に歩み寄って来た。
ぞろぞろと寄って来た客が邪魔だと言わんばかりに、黒のチョッキを着た初老で仏頂面の主人は鼻を鳴らし、空になった木箱をカウンターの裏へと乱雑に放り投げる。

それを気にする者など誰一人なく、酒を啜る音が時折聞こえるだけの店内で依頼を吟味する時間が始まった……。

……ここでよく貼り出されるのは、物資を詰め込んだ馬車を護衛して欲しいが、運ぶのは盗品なので表立って護衛を募集出来ないだの、自分の店で盗みを働いた盗賊達を始末して欲しいだのと言った、どれもこれも犯罪がらみのブラックな依頼ばかりだ。

しかし、こういう依頼だからこそ報酬は大きなものが多い。そして自分の実力でなら達成出来る依頼が、経験からしていつも半数以上を占めている。
理論上、ここが自分にとって最も効率のいい仕事場だったのだ。

見るからに質の悪い紙で作られた、粗い依頼の用紙を眺めていく。

一つ目は『山岳のふもとにある、町と町を繋ぐ道路にて戦士に戦いを挑む魔物の排除』。
これは却下だ。依頼主は大方、反魔物派で安全なイメージがついている商業都市のこの地がイメージダウンする事を恐れ、こんなアンダーグラウンドな場所にまで依頼を出したのだろうが、報酬と労働が見合っていない。

まず相手が魔物の時点でハイリスクである。私が知っているだけで、何人もの人間や戦士が魔物が原因で姿を消している。そんな危険な魔物には出会うまでもなく避けてきたので、未だに魔物がどんな力を持ち、どう人を襲い、なにをするのかは見た事がなく、本等で知るほかないが人知を越えた力を持つ事は確かだ。
大抵の人間は魔物にいとも容易く敗北し、獰猛な魔物に食われその胃袋に収まっていったのだろう。

依頼主はこの道路で何かを運びたくて、秘密裏の内に魔物を始末したいのだろうが、標的の魔物がとても強力な個体だった場合、まんまと八つ裂きにされるのはごめんだ。
これくらいの危機管理、私でなくてもここに来られる奴らなら出来るはずである。

二つ目は『家畜を襲う盗賊を追い払って欲しい』という、ここから少しばかり離れた農村からの依頼だった。
単刀直入に言えば、この依頼はまさに“カモ”だ。
なぜこんな場所にまでわざわざ依頼を出してきたのかはわからないが、報酬は村中から頑張って集めたのだろう事が伺える額であり、一方労働は家畜ごときを襲う盗賊を“追い払う”だけでいい。

きっと、世間知らずな村なんだろう。依頼内容と報酬がこちらにとって良い条件であまりに釣り合っていない。だが、そんな事はどうでも良かった。私にとってそれは知った事ではないからである。

依頼を確認するペースをあげ、他にめぼしい依頼がない事を確認するとサッと素早く用紙を剥がす。そしてくすんだコップを薄汚れた布で懸命に拭く主人に軽く目配せし、“依頼を受けにいく”と合図する。

手慣れたもので、他の者が誤って受注しないように主人が取り計らうのを確認したのを最後に、居るだけで気分の悪くなるこの酒場へ私は背を向けたのだった―――



―――栄えある我らが都市は、ランプの温かい光や魔法によって生み出された光源により、様々な方向から照らし出されている。辺りは既に夜の帳が降りていて、すっかり暗くなっていたが、なんとか目的の村へ行くという馬車を捕まえられたのが幸いだった。

馬車の主であるとても小柄な老人も、剣士が居てくれれば安心だ、と笑顔で荷物の上に載せてくれた。

思い出したかのように道路へ等間隔で置かれている街灯に、蛾がむらがる。
その横をギシギシという馬車独特の音を鳴らしながら通りすぎつつ、私は少し離れた位置にある都市を眺めていた。

馬車のたてる音以外無音で、灯りもほぼないといって差し支えないここから見る都市は、華やかで、煌びやかで、美しい。

高い建造物が技術の高さを表し、豪華な灯りは経済力の豊富さを誇示する。
もはや立地が悪くなったとしても、このカリスマ性だけで商人が勝手に寄って来て栄える事だろう。

……まるで、この街灯に集まる蛾のようだ、と私は思った。

中には人間の卑しい部分がどんなに凝縮されているのかも知らずに……。
そんな蛾達の依頼を受ける自分も自分だ、と再確認させられたのだった。

馬車は、脇が雑木林になっているでこぼこ道に入る。緑特有のかぐわしい香りが鼻をついたので、それに気付いた。
唯一、自然だけが純粋で善悪などない場所だ、と長年あそこで過ごした私は痛感している。
正直言えば、自分を殺し、人の卑しい所を見るこの生活に私は辟易してしまっているのかもしれない。

自分らしくない愚痴が次々と脳内で湧きおこる。こういった隙を見せる事が一番危険だと、頭で理解しているのにも関わらず、だ。

こんな感傷気味な気分になるのも、私がこの都市に初めてやって来た状況とよく似ているからに違いない……。




「剣士さん、剣士さん〜」

突然、間延びした声が耳に飛び込んできた。
ハッと顔を上げると、そこにはしわが多く刻まれた顔をした、馬車の主である老人が心配そうに私を覗き込む姿がある。

どうやら荷台で積まれた藁にもたれながら考え事をしていると、目的地に着いてしまったようだ。
ようやく動きを見せた私を確認した老人は、優しい笑顔を浮かべ、荷台に登ろうとかけていた足を地面に降ろした。

私は「助かった」と礼を小さく告げると、老人は何も言わず手を振り答えてくれた。
荷台から降り、周囲を見渡す。そこは見事なまでの小さな村だ。

もう夜なので人影は見当たらないが、あちこちに建つ家からは美味しそうなご飯の香りが漂い、灯りが窓からそれぞれ漏れていた。

とりあえず依頼主に会わなければ、と考えた頃だった。
背後の老人が、今しがた自分達を運んでくれた農耕用のずんぐりとした体型の馬を撫でて労いつつ、私に言葉を投げかけてきた。

「ところで剣士さん、こんな時間に、それにこんなへんぴな村へどんなご用かな?」

疑問はごもっともだ。私のような剣士がこんな何もない村へ来る事など、そう滅多にはないだろう。

「……ちょっとした、用があってな……」

のどかな雰囲気が漂う村だが、気を引き締める事を忘れてはいけない。
飽くまで自分は非合法な立場に居るのだ。極めて静かな、落ち着きはらった声で必要最低限の事を伝えた私は、誰か人を探しに歩き出そうとした。

「……もしかして、あの都市に出した依頼を見て下さったんで?」

その言葉に私は動かし始めたばかりの足を止める。
振り返って視界に収めた老人の顔は、ひょっとして、と言いたげに眉根が寄せられていた。

「盗賊を追い払うという件でここまで来た」

そう言うと、老人はにっこりと笑った。

「お〜 こりゃ奇遇ですなぁ 私が依頼を出した張本人なんですよ。
さぁ、そうと分かればこちらへ。何もないですが、温かいお茶でも……」

老人は嬉しそうに曲がった腰で手をだし、自分のであろう家へと案内しようとする。
だが、私はそれを断る意思を示した。
きょとんとする老人に、私は言葉を付け足す。

「……そういったものは良い。
この村の状況と、仕事の内容、そして何をして欲しいか改めて聞かせてくれ」

感情を殺し、飽くまでスムーズに事を運ばせようとしただけだが、それが私に不快な思いをさせてしまったと老人は誤解している様子だった。
そうなる事も十分予想出来ていたが、私には関係……なかった。

「そ、そうですか……。それじゃ、剣士さんの言う通りに……」

そして私は老人から必要十分な情報を得る事に成功する。
状況によっては一泊し、朝を待ってから行動を開始する予定だったが、その必要もない。
今すぐに仕事を始める事にした。

「そんな、夜に行くなんて危険ですぞ剣士さん。一晩泊まっていかれてはどうですかな?」

心から心配している事が容易くわかる声音で、私に宿泊を勧めてくる老人に何も言わず、ただ無言で背を向け問題の森に、私は向かっていった―――









―――その後、私は村に戻り、犯人は殺しておいたと伝えた。
老人からは、報酬は例の酒場に置いてあるので、この手紙を渡せば報酬を受け取れると一通の手紙を受け取った。

そして、大袈裟に喜ぶ老人は夜も遅い事だし今度こそ泊まっていきなさいと、再度私に宿泊を勧めてきた。
いつもの私なら、最早急ぐ必要がないので甘んじて家で寝泊まりした事だろう。

……だが、今の私にそれは出来なかった。
また老人の厚意を無下にする事になったものの、仕方のない事である。

今まで、何十年も自分を殺し、冷徹になる事を強いて築き上げた人生のすべて。
人と親しく会話する事、心を許す事など、恩人のあの人が死んでから一切した覚えがない。
そんな心に作った氷の壁で感情を閉じ込める事が、当たり前になり慣れてきたからこそここまでやってこれたのだ。

そしてつい先程自分と同じものを感じた人物。その人物が目の前で突然他者と心から繋がり、幸せそうな顔になっていった。
馬鹿らしかったのだ。自分が守ってきた価値観をいとも容易く揺らがされたのだから。それも、魔物に、である。

人間と魔物という、教団が言うには相容れない存在の二人が、簡単に自分が行えなかった事をしていた。

友人と楽しく会話し、コーヒーなどを飲みながら笑い合う……そんな事を私は無駄だと切り捨て、排除してきていたのに……。

自分の内面に巣食う心の氷を体感し、打ち震えた私は、少なくとも今晩は眠れそうになかったのだ。

「…………こんな日には、夜の冷気にあてられながら散歩した方が良い」

独り言を呟くのも何年ぶりだろうか。今日はいつもの冷静で論理的な自分らしくない行動がとても多く続く。

……私は、頭上に敷かれた絨毯で輝く星々を尻目に一人都市へ続く道を歩いていた。
今晩は比較的寒く、夜の風が動揺した私の頭を冷やし、落ち着かせてくれる。そんな気がした。

今日起こった出来事を脳内で想起してしまい、それを頭を振って忘れ去る。
そんな事を何度かやっていた時に、私はやっと気付いた。

ここは山岳地帯のふもとへと繋がる道だという事に。

やはり、あの魔物の出来事が脳内の思考を蹂躙しているせいで、いつもなら絶対しないようなミスを私は犯しているのだろう。
この依頼を受ける時に見た、山岳のふもとにある道路の魔物……という依頼。
まさにその依頼の道路が、今私が通っている道路なのだ。

今日何度目になるかわからない“しまった”という言葉を心の中で零し、思案する。
今から戻れば、相当時間がかかる。だがこの道に入ってから少なくない時間が経っているのに、噂の魔物と遭遇しない事から既に移動したか、倒された可能性もあるという訳だ。

……だが、やはり避けられる危険は避けるべきだ。
面倒だが、身から出た錆。元来た道を戻り、安全な道で都市へ戻ろう。

そう決断し、辺りに生えている林の葉が一陣の風によって一斉に揺れた時だ。

「へぇ……こんな時間にうろつく奇特な剣士がいたんだ……」

それは自分が元来た道を戻ろうと、背後へ振り返った先に居た。
月明かりしか光源がない辺りで、一際目立ち、容易く姿を視認出来る人物……。
大ぶりな片刃の剣が握られている事に加え、強靭そうなリザード属特有の足と手には、鱗が生えており、腰辺りからは立派な尻尾が伸びているものの、それ以外は鱗などは生えておらず、ましてや鎧も身に着けていない。褐色の肌とスリムな体を惜しみなく外気に晒していて、胸当てといった要所要所を守る最低限の装備しかしていないように見える。

そしてその尻尾から揺らめく炎が、私の目の前に立っている彼女が“サラマンダー”という魔物だという事を教えてくれていた。

尻尾の炎がまるでたいまつの様に暗くなっている辺りを照らしている。
その情熱的な赤毛をポニーテールにしている髪を揺らし、こちらへ数歩歩み寄るサラマンダー。

「一体どんな用があってここを通ったのかは分からないけど、こんな時間にまで通ろうとするなんてよっぽどの事なんだろう。……だけど、剣士だったのが運のツキだな」

そう言い、ニッと笑い鋭い犬歯を見せるサラマンダー。
間違いない。この魔物が酒場の依頼で見た、剣士に戦いを挑んでいる魔物だ。

運の無さとミスを連続させる自分に私はため息をつく。
どうにか回避する方法はないのだろうか、と逡巡するものの、これといった打開策は見いだせそうになかった。

「私は見ての通り、根っからの剣士でね。道すがら腕の立ちそうな剣士を見かけたら、我慢出来ず勝負を挑んでしまうのさ」

相変わらず尻尾の炎は衰える事を知らず、ゆらゆらと揺らめきながら剣を握り直して見せる。そして意味ありげな視線と笑みを浮かべ、こちらに徐々に近づき始めた。
これが何を意味するかは、説明不要だろう。
もはや逃げる事はかなわない。見るだけで、それ程の実力を持った魔物だという事がわかるからだ。

こちらに剣を向け、我流で構えるサラマンダー。

「……私の名前はシルヴィ。戦いを始める前にお前の名前も聞いておこうか?」

不敵な笑みを見せ、半ば挑発的な口調で私に問いかけた、シルヴィと名乗るサラマンダー。
一方私は一言も発さず、ただ立ち尽くす。私の顔は兜で隠れている為、表情が見えずシルヴィは笑みを潜めさせた。

「おや、どうしたんだ? 急に黙りこくっちゃって……それは余裕の表れか?
……それとも……」

そこまでシルヴィが言ったところで、私は鞘から剣を抜き、切っ先を一度シルヴィに向けたあと、地面に降ろしてみせた。

特に意匠が凝らされている訳でもなく、特殊な金属で鍛えられた剣でもない。
自分の手に一番馴染み、扱いやすく、鋭いという機能面だけを重視した結果がこの剣だ。

貴族や騎士達から見れば間違いなく好まれない類の剣である事は間違いない。
ただ剣に柄をつけただけのような物だからである。

しかし、サラマンダーのシルヴィは私の剣を見るや「へぇ」と小さく漏らし、次いで「中々良いモノを選ぶじゃん♪ そこらへんに居る見かけ倒しの戦士達とは違うみたいだな」と称賛の言葉を述べた。

だがそれにも返事を示さず、ただ立ち尽くし、シルヴィの動向に注意する。
最大限神経を研ぎ澄まし、集中させていくのだ。魔物と初めて剣を交え、そのまま生涯を終えるなんて結果にする訳にはいかない。

最後まで返事らしい返事を見せず名前すら名乗る気がない事を悟ったシルヴィは、口端を吊り上げ、その小さな鼻を鳴らした直後、遂に間合いを詰め始めた。

両手に握った片刃の剣を大きく振り上げ、渾身の力で振り下ろす。
その縦斬りを避ける事なく、私は自慢の剣で受け止めた。

かなりの衝撃が剣、柄、手へと伝わり、痛みを感じる。
流石は魔物というべきか、女だが見た目以上の力を有しているのがわかった。
ガチガチ、という剣が擦れ合う音が聞こえ、悪戯な笑みをシルヴィが見せたあと振り下ろした剣を一旦退かせ、今度は大きく横に薙ぐ。

それを後方に下がる事で回避した私に追撃として、腹を目がけて鋭い切っ先を叩き込もうと突きを繰り出すシルヴィ。

連携が素早く、我流なのだろうがよく訓練されていると感じさせる光景だった。
しかし、私の実力が上回っていたのかそれを見切る事に成功した。

自分の剣の腹を上手く使い、必要最低限の力だけを加える事によりシルヴィが前方に大きく突き出した剣の軌道を逸らす。見事に私の脇腹すれすれを通り越し、本来ならその剣が胴体を貫いている位置にまで伸ばしたシルヴィの腕の横を息もつかせない速さで抜ける。大きな動作による余力のせいで、更に接近する私に上手く対応できないまま、私はシルヴィの腹に……蹴りを入れたのだった。

「ぐっ……!」

たまらず呻き声を漏らすシルヴィの顔に、一瞬苦悶の色が浮かぶ。
そしてよろよろと空いていた片手で脇腹を抑えながら数歩後退した。

「ちょっと動作が大きすぎたな……だけどお前、やるじゃん♪」

今の一瞬の出来事に興奮したのか、声音に少しばかり嬉しさが混じった直後、シルヴィの腰から伸びる尻尾、その炎が勢いを増した……ように見えた。

「……」

「相変わらず無口……だな。クールな男も嫌いじゃないけど……一言くらい喋ったら、どうなんだよ!」

なんの反応も示さない私に痺れを切らしたのか、自分の言葉を言い終えると同時に、シルヴィは再度その剣で斬りかかって来た。
斜めから振り下ろされた剣を上手くいなす。しかし間髪いれず今度は逆方向からの袈裟切りが放たれるが、それも体重を微妙に移動させる事で防御を間に合わせた。
最後にまた渾身の力を込めた縦斬りが私の脳天目がけて振り下ろされる。

万が一回避に失敗した場合、この威力の攻撃は勝負を決するものになるだろう。
冷静にその攻撃を、さっきと同じ方法で、頭上付近にて受け止める。
最初の攻撃より怒りがこもっているのか、更に強い力で振り下ろされたその攻撃は流石に肝を冷やりとさせる威力を持っていた。

だが、これで次に攻撃する者は私になった。
一瞬少しばかり屈み、次に思いきり剣を上へ弾く。案の定、予想外な力が加わった剣に翻弄され、その美しい褐色の腹が無防備に晒された。
今回も息をつかせない速さでシルヴィに近づき、鋭い横方向の一閃を放つ。

……しかし、剣からは何かを斬った感触は伝わらない。
見るとシルヴィは咄嗟に片手を地面につく程、身を屈ませていたのだ。

「…………安易に後方へ下がれば良かったものを」

思わず呟いてしまった素直な感想を聞いたシルヴィは、その肌の色と対比してより美しく見える炎のような色をした瞳でこちらを見据え、楽しそうに笑った。

「ははっ、やっと喋ったと思ったらそんな事かよ」

そしてシルヴィは身を屈ませた状態で、下から上へと力強く剣を振り抜いて見せる。
あまりに無茶で我流すぎる剣の使い方に呆気にとられ、少々反応が遅れた。
その結果、彼女の剣の切っ先が私の鎧の肩付近をかすめ、小さな亀裂を作る事になったのだ。

ひとまず後方へ素早く下がり、間合いを取る。
私を剣で捉えた事がよっぽど嬉しかったのか、見ているこっちが面白い程その顔には嬉々とした表情が浮かべられていた。

「どうだ、見たか! 無口ですました態度だからそうなるんだ。
次は本気を出すから覚悟しろよ!」

フン、と自慢げに鼻を鳴らし、剣を構え直すシルヴィ。
バカの一つ覚えのようになんのひねりもなく接近したシルヴィが、威力だけは十分な一閃を放ってくる。
とはいっても威力が高いため、気を抜く事なくそれを、今度は冷静に回避した。
一旦後方へ跳び剣をやり過ごしたあとすぐさま剣を振りかざしながら彼女に近づく。
斜め下から振り上げた剣を、やや拙いながらも大ぶりな剣で受け止められる。
しかしそれを見越した上であまり力を込めなかった為、労力を費やすことなく私は剣をもう一度振り直せたのだ。

剣を持った逆の側へ剣を移動させ、私はシルヴィの脇腹に……柄の先端をぶつけてやった。

「……ッ!」

声にならない声で痛みを表したシルヴィは、奇しくも最初に蹴りを入れられた箇所と同じ部分を抑えて、顔を一瞬歪ませた。

しかし、自分でもなぜ刃ではなく、あえて柄をぶつけてやったのかわからない。
本気を出せば今の隙に一太刀入れて勝負を決める事が出来たはずだ。
しかし……しかし、なぜ。

「お前……さっきからわざと私の脇腹を狙ってるな!?
……だけど、その剣捌き……中々やるな……ッ」

腹をさすり、痛みに呻いていた彼女だったが、途中から一転してまたもや面白いものを見つけた時に子供が見せるような、嬉々とした笑みを浮かべこちらを見てくる。

今度は間違いなく尻尾の炎がより強く燃え盛り、それと比例してシルヴィの興奮は高まっていく。

「久しぶりに洗練された剣捌きの奴に出会ったよ!
さぁもっと剣を交えようじゃないか!」

その言葉に返事をする代わりに、今度は私からシルヴィの方へ戦端を開いてやる事にした。
思いもかけなかったのか、少々目を見開かせたものの、すぐさま剣を構えて私が振りかざす剣を受け止める。

そこから彼女と私がなんども激しく剣をぶつけ合う接戦となった。
しかし決して刃を彼女に向ける気にはなれず、戦いの最中でありながらどんどん上達する彼女の剣の腕に感心しつつ、シルヴィとの戦いは長期戦になっていったのだ。

剣と剣がぶつかり合う音が何度も辺り一帯に響き渡る。
その度、シルヴィの尻尾で燃え盛る炎の勢いはどんどん強くなり、今では近くにいる私に炎が燃え移るのではないか、という懸念が起こる程、炎の勢いは苛烈さを強めていた。

「本気で戦ってないのがムカつくけど……残念だがお前が強いのは確かみたいだっ……私、今戦ってて凄い楽しいよ!」

一瞬、尻尾だけでなく瞳の中にさえ炎が燃え盛ったのかと錯覚するほど、彼女の瞳が輝きを見せる。
我慢ならない様子で、二、三度その場で足踏みした直後今までとは比べ物にならない速さと勢いで突進してきたシルヴィは笑顔全開で私に剣を振りかざす。
とんでもない無茶な攻撃方法に度肝を抜かれながら、なんとか剣を剣で受け止める。
……あまりの威力の強さに手がしびれた。だがそれだけでシルヴィの攻撃が休まる事はなく、次いで左から、今度は右からと、矢継ぎ早に繰り出される様々な方向からの攻撃は、どんどん私の両手に疲労を溜めこみ、痺れさせる。

夕暮れ頃から依頼をこなしたあと、この道を歩いて来るまで一切の休みをとっていなかった私に蓄積した疲労と合わせて、それは致命的なものになってきた。
流石に気を抜けばもろに彼女の攻撃を受ける事になると、その手の痺れは私に予感させる。

しかし彼女も魔物とはいえ生き物だ。
これだけ連続で剣を振れば、流石に疲れるに違いない。生き物である以上、疲れ知らずな訳がないのだ。

冷静に、落ち着いて彼女の攻撃が途切れるのを見計らっていたその時だった。

「お前が―――好きだぁーーーッ♪」

冗談ではなく、時が止まった気がした。
途中緩み始めた緊張も、さすがの疲労により手が限界を迎え始めて痺れた事で取り戻し、神経をもう一度集中し始めていた矢先だ。
満面の笑みで、紅潮した頬を見せながら、通常聞き得る事のないだろう言葉が彼女の口から発せられる。

「私と結婚してくれーーーッ♪」

次に振り下ろされた剣を、私は受け止める事が出来なかった。

意思をなくし、宙で止まった剣を見事すり抜け、シルヴィが放つ渾身の縦斬りが私の肩口から腹部あたりめがけ炸裂する。

「……ぐっ」

鈍い痛みが身体に走った。
いつ以来になるだろうかという呻き声を私があげ、思わず片膝を地面についてしまう。
押し殺していた疲労も、予想以上の量がどっと身体の奥底から一気に湧き起こった。

自慢の黒鎧の破片がいくつか足元に散らばっている。
見ると、刃自体が身体に到達する事は辛くも防いだ様だった。
しかし、それでもかなりの鈍痛が今も身体の中を反響し続けている。

片膝をつき、剣を置いた私は、敗北したのだ。
今更になって思うのも遅いが、彼女は魔物である。
それを失念したか、もしくは心のどこかで無視していたか……。

常に様々な状況へ陥る事を想定していたとはいえ、こんな形で精神を揺さぶられようとは思ってもいなかった。
まさか、この程度の出来事で命を落とす事になるとは、予想だにしておらず、今自分の置かれた状況、そしてこれから起こるであろう惨劇を思い描く。

次の瞬間、私の兜が脱がされ、シルヴィの顔が近づいてきたかと思った後……。

「んちゅ……れろ…………ぢゅるる ……ぷはぁっ♪」

何かやわらかく温かいものが口に触れ、次にねっとりとした何かが口内へ割って入り蹂躙してきたのだ。

「お前……キレイな茶髪してるな♪」

一通り彼女の舌が私の口内を舐めまわしたあと、息継ぎの為顔を離したシルヴィが、私の兜を取り払った姿を見て感想を述べる。
そして先程より紅潮させ、先程よりも勢いよく尻尾の炎を燃やしたまま片膝をつく私を見下ろす彼女の姿は、月明かりで照らされ少しだけ妖艶に見えた。

「……お前、今、一体何を……」

「何って……キスに決まってるじゃないか♪」

何も言わず、これといった抵抗すら見せなかった私だが、今かなり動揺しているのは確かである。私が今聞きたい事は、何をされたのかじゃなくて、何故こんな事をしたかだ、という事は、誰が聞いても察してくれるはずだ。
だが、彼女にそれを期待した私が愚かだったらしい。

「…………私を殺さないのか?」

当然だと思っていた事を、彼女に問いかける。
すると彼女は一瞬酷く驚いた表情をしたあと、目一杯嬉しそうな声をあげながら私に飛びかかり、抱きついてきたのだ。

「殺すなんて……そんな事する訳ないじゃないか!
私はお前に惚れたんだーーーっ♪ 大好きだぁぁっ♪」


その勢いを受け止めきれるはずもなく、前からシルヴィに抱きつかれつつ、後方へと押し倒され、地面へしたたかに後頭部を打ちつける。

今しがた終えたばかりの戦いによる痛みに加え、後頭部にも鈍い痛みが起こったが、突然またシルヴィの潤ませた瞳が私の顔に近づき、そして互いの口が重なった。

「ちゅ……んちゅ、ぢゅる れろ……」

今度は完全に押し倒され、馬乗りにされた状態から彼女は私に覆いかぶさり、舌を進入させてくる。彼女の温かくも粘液をたたえた舌は、私の口内の味を確かめようという意思が伝わる程丹念に、そして丁寧に口内を舐め上げてきた。

私はなんの抵抗も出来ず、ただひたすら彼女が取った突拍子もない行動に呆然とし、その舌に対する防衛も考えつけないまま口内に彼女の唾液が注がれていく。
その唾液がどんどん溜まっていき、溢れてしまうというところで思わず飲みこんでしまった。

「……んっ」

唾液が喉を通る小さな音を鳴らす。

「ぷはっ ……お前、私のを……♪」

するとすぐに顔を上げた彼女は、今までよりも更に熱っぽい紅潮を頬に浮かべ、蕩けた瞳へと変貌し、なんとも言えない情欲の炎を浮かべたような表情で喜びの声を上げたのだ。

「私のを受け入れてくれたんだな♪ じゃあ私も精一杯期待にこたえないと……っ」

熱く、とても情熱的かつ献身的な口づけ。
最初はなんどもついばむようなキスで私と触れあっている事を確認したがっている素振りを見せていたが、途中で我慢出来なくなったのか先程のような……いや、更に深く長いディープキスを再開させる。

「れろっ んっ♪ ぢゅるるるっ ちゅっ……ぷぁ♪」

時間が立つにつれ、更に激しさを増すキスはまるで彼女の尻尾で勢いを増していく炎とそっくりだった。
舌が唾液を絶えず送り込みつつも唇を強く重ねる行為は、彼女が私の身体をもっと確めたいがまだ足りないと言いたがっているような風に思えた。

しばらくして、私の舌が勝手にシルヴィの舌と進んで絡み出してしまう。

「んんんんっ!! んんっ♪ んぁ♪ もっとぉ、もっとちょうだぁい♪」

私としては意図した行為ではなかったが、それにより彼女は目を見開かせたあと、快楽に濡れた瞳で嬉しそうに顔を緩ませた。
それに触発されたのか、より濃厚かつ脳がとろけるような程深く官能的なキスをかわす事になった。

彼女の顔が間近にあるというのに、彼女は薄目をあけ、今自分が舌を入れている男の顔を見逃すまいとしている。そのせいで表現しがたい背徳的で悩ましい感情が沸々と湧き起こる。しかしそれがなんとも愛おしそうな目をしている事は、実に不思議でありながら、嬉しくもあったのだ。

実際は数分なのだろうが、私にとっては数時間程度にも感じられたその行為は、彼女が密接にくっつけた口づけを剥がす際の「ぷはぁ……♪」という艶めかしい音と共に終わりを迎える。

頭が熱にやられ、どこか夢見心地な気分に浮かされた私は、互いの口から伸びる長いキスの名残……唾液によって作られた糸を見つめていた。

「すごい……私の炎よりも熱くて、溶けちゃいそうなキス……。
もっと、もっとお前の鼓動を感じさせて欲しい、だから……私に身を委ねて欲しい……♪」

完全に快楽の虜になったシルヴィは、更なる欲求に素直な視線で私を射抜く。
その視線には妥協や遠慮などという無粋なものは存在せず、むしろそれが恥ずかしいものなんかじゃなく至極当たり前なものだと自然に思える力が込められていた。

「…………」

私はいつも冷静で、論理的に物事を進めようとする。それは、今回の出来事でも例外ではないのは、当然だ。しかし、あまりに物事が飛躍しすぎた事により自分の脳内で未だに出来事を処理する事が出来ず、ただでさえ会話は得意ではないのに上手く言葉を口にする事が出来ない。

「ここまでされてもまだ喋らないなんて、強情な奴だな……口下手なのか……?
まぁいいさ♪ 私がお前を気持ちよくさせて、お前を勝手にもっと感じてやるから……♪」

そう言って彼女は相変わらずとろけた瞳で私を見下ろしつつ、不敵な笑みを浮かべる。
彼女の鱗に覆われ、リザード属特有のそれだった手が見る見る内に人間となんら変わりない手に変貌したかと思うと、細くしなやかになったその指が私の胸辺りに下ろされ、徐々に下腹部の方へと静かに移動していく。

自分でも薄々予期し始めていた展開に、見事シルヴィは持って行こうとしているのが伺えた。
まだ頭は熱っぽく、先程から何も動いていないというのに呼吸が音を立てて口から出ていく中、最早私の顔から視線を外し、私の下腹部辺りへと熱心に視線を注いでいる彼女を見やる事しか出来ない。

彼女はズボンを下ろし終えると、私の下着に手をかける。その顔には期待と興奮の色が浮かんでいるのがありありと見てとれ、その感情は更に膨れ上がっているのが容易く感じられた。
恐る恐るといった感じで下着を下ろし、露わになった私の性器を目にした彼女は「わぁ……♪」という歓喜の声を漏らす。

そう、先程の濃厚で絡みつくようなシルヴィの舌によって、私の性器は十分充血し膨張していた為、彼女が下着を下ろすと同時に勢いよく、ちょうど彼女に向かってその先端を向けたのだ。

「これが、これが男の人の……っ 凄い匂い……♪ クセになっちゃいそうだ……♪
もうこんなに大きくなってて、私を待ってたみたいに……凄い、嬉しいよぉ……♪」

通常であればこんな目にあうなんて、羞恥の極みに達するはずだが、彼女の反応はなんとも肯定的かつ官能的であり、逆に劣情をそそられるような奇妙な感覚に襲われてしまう。
シルヴィは私の勃起した性器をうっとりした様子で眺め、少しばかり硬直している。その後、彼女は見る事ですら至福だったと言わんばかりの面持ちから、我慢出来ないといった面持ちに切り代わり、今まで剣を握り敵と戦っていた両手の指で、私の性器を両側から包み込んだ。

「……うっ……!」

シルヴィのやわらかく、適度な弾力を持った指がとても心地よく予想外な感触を私にもたらした為、思考云々ではなく本能で快感の言葉が口から飛び出した。

「あっ♪ 今感じてくれた!? 私の指に今びくんって、お前の動きが伝わったぞ♪
まだまだこんなもんじゃないから……私の剣捌きはな♪」

両方向から性器を挟みこんだ手は、ゆっくりと、今触れている感覚を無駄にしたくないと主張するかのように慎重に、そして確実に上下へと移動を開始し始める。
すっ、すっ、という規則的な音は私の触覚と視覚だけでなく、耳にまで快楽と肉欲を喚起させ始めた。

「……お前、こんな事をして何に……うぁ……なるんだ?
どんな、なんの得になる?」

感情は興奮し昂り続けているものの、なんとか頭が最低限の冷静さを取り戻したお陰で、山ほどある問いかけたい言葉の中から一つを快楽に幾度も押し消されそうになりながらシルヴィに投げかける事に成功する。

「なんの得になるかだなんて、愚問じゃないのか?
私は、強い奴と戦うのが好き。それでお前と戦って、興奮したんだ♪
その興奮した本能に従って……目の前に強い大好きなお前が居て……襲うのは当たり前だろ♪」

丁寧に両手で挟みこんだ私の性器を一切止める事なく上下に擦りながら、彼女は嬉々とした笑みで私に問いかけの返事を示す。その顔に邪な感情などが入り込む隙はなく、ただメスの本能が織りなす快楽と、目の前の相手……私を欲したいという気持ちしか見てとれなかったのだ。

「私……この私が?」

質問を絞り出した時点でもう余力が残っておらず、シルヴィが返した言葉をただ反芻する事しかできなかった。

「もっちろん♪」

快活な言葉が飛び出し、身体でもその意思を表そうとしているのか手による奉仕が熱を帯びる。
そして、彼女はおもむろに顔を下ろしたかと思うと、突然亀頭の先に温かくやわらかい何かの感触が感じられた。更には耐えがたい快感が、一度崩壊を始め止まらなくなった積み木のように性器の先端から脳の中心に広がっていく。

「ん、くっ……!」

その快感に意味の無い言葉を口走る。それが嬉しかったのかは顔を見る余裕がなかった為知る事は出来なかったが、代わりに彼女の舌が私の性器に絡まった。

「じゅぷ、じゅぷ、じゅぷ」

一度舌を性器に纏わりつかせたあと、少し速めに顔を上下させ、その絶妙なやわらかさを持つ唇で私の一物をしごきあげる。すぼませた唇で刺激を与えている間、時折舌でも不規則に口内で性器を舐め上げられ、腰が思わず浮いてしまう快感が湧き起こり、容赦なく私を襲ってきた。

私はその淫靡で妖艶な光景を眺め、呼吸を乱れさせるほか出来る事がない。
一方彼女は愛おしそうに私の一物を眺めながら口での奉仕を続ける。顔が私の腰から離れ、近づく。その度に言葉にしがたい快楽が思考を途絶えさせた。

「だめだ……それ以上は……」

心の底から切に願った言葉を、行為を中断する暇も惜しくて無視したのか、それとも私の反応が心地よく、嗜虐心から無視したのかはわからないが、一切構う事なくむしろより奉仕するペースを速めたようにすら思えた程だ。

彼女の唾液が肉棒全体を汚した事で、口が性器をしごきあげる度に水滴音が響き、より一層行為の妖艶さを引き立て、背徳の情が湧き起こる。時折口内に溜まった唾液を音を立てて啜る行為も、私の背徳感を喚起させるのに十分な材料だった。

その一連の行為に、頭の中がどんどん白く染まっていき、何か得体のしれないものが腰の辺りから広がって来る。それをお構いなしに彼女は必死に性器を責め上げていた。

彼女が顔をうずめているというのに、自分の中からほとばしる欲望を止める事が出来ない。
このままでは不味い事になってしまう。

だが、私の身体は意に反してそのまま勢いを加減する事が出来ない。
そして、彼女が優しい舌の動きで肉棒をまんべんなく舐め上げていた動きから、亀頭の傘の部分を突如集中的に責め始める動きに変わり、甘噛みを時折交えたあたりから急速に絶頂を迎えたのだった。

「じゅぷ、じゅぷ、んちゅ、れろぉ……――――――っっっ♪」

私が快楽から耐えようとしているにも関わらず行為を激しくさせている彼女は、無言の内にいる私の絶頂を知る由もなく ―かと言って私が一言断るほどの余裕もなく― 私の肉棒を味わっている途中で精液が暴発したのをまともに受けた。

悪い気がしたものの、その原因は彼女にある。どこか溜飲が下がる思いと共に、思考が焼けつくほどの快感が入り込み、それに入れ替わるようにして精液が絶え間なく性器から出されていく。その精液の行き先はシルヴィの口内だ。

「んんんーーーッッ♪」

声を発し、驚きの表情になるシルヴィだったが、一切肉棒から口を離そうとせずむしろ更に吸いつくようにしゃぶるのが、不思議だった。
だが更に不思議なのは、これほどの量を出しているにもかかわらず全て零す事なく受け止めきれている事だ。

しばらく射精が続き、快感で動けなくなった私の肉棒からはもはや一滴も精液は残されていない。なんとか一呼吸つけた所で彼女の顔が視界に入った。その顔は幸福で一杯であると同時に口内が今しがた出し終えた精液で一杯だ。
目を細めて出来る限りの幸福感をアピールすると、私の眼前で口に入った精液を嚥下し始める。

「んっ んっ んっ」

ゴクッゴクッと、ゆっくり、だが大きく飲み込む度に精液が喉を通り彼女の体内へ落ちていく音が響く。それはとても劣情をそそる光景だった。

「こんなに……美味しいなんて……あたまが、ぼーっとしちゃうよ……」

何度嚥下したのだろうか、彼女の細い喉が何回も動き、驚く事にやっと全てを飲みほした。
空になった口から出た言葉は、私……いや、男にとってかなり嬉しいものである。
シルヴィの言葉に嘘偽りなどなく、もはや夢見心地といった顔を見るだけでそれが本当の気持ちなんだという事がわかった。

「はぁ……はぁ……ねぇ、もっと私にせーえき、ちょうだい♪」

その言葉は、今の射精で一連の行為が終わったという期待を打ち消すものだった。
薄々予想していたとはいえ、目の前で突き付けられるとやはり少々ダメージはある。
だが、心のどこかで、それを嬉しく思った自分が居たのも……事実だ。

彼女は自分の豊満な胸を申し訳程度に覆っていた胸当てを外し、近くに置く。隠すものがなくなり堂々と露わになった胸は、胸当ての上からでもわかるほど美形で、なおかつたわわに実っていた。

何をするんだと訝しげに眺めていると、それはすぐに判然とした。
シルヴィはちょうど胸部あたりを私の股間付近に持ってきたかと思うと、豊かな乳房を二つ、乗せたのだ。

「お前、そこまで……」

彼女の行為に驚き、つい言葉を漏らすと彼女はまたもや悪戯な笑みを返してきた。

「知ってるんだぜ、男がコレに弱いっていうのはぁ……♪」

話で示した部位……胸で、ちょうどその割れ目に肉棒が収まるよう上手く宛がう。
……だが、それは案外手間取り、見ると彼女の顔もいつの間にか笑顔が消え去って恐る恐ると言った感じに表情が変貌していた。

「……」

不安そうにやっと挟めた肉棒をまじまじと見下ろし、彼女は自分の胸の両脇に手を置く。
そして、たどたどしい動作でその乳房を上へ持ち上げる。乳房が持ちあがった際、ただでさえ緊迫していた肉棒に、更なる圧力が加えられ、思わず口から吐息が漏れた。
手とはまた違う感触のやわらかさに酔いしれていると、ゆっくり乳房が下がる。私が見る限り、彼女は胸で奉仕するのが初めてなようで、上手く慣れていないらしかった事が伺えた。

だが何度かゆっくり胸で挟んでいる内に、要領を掴んだのかペースが速まる。

「……♪」

楽しそうに口端を歪ませ、自らの胸を巧みに使い私に快楽を与えてきた。
先程全てを出し切り、半分萎んでいた私の性器は見る見る内に再度充血し始め、見事に固さと大きさを取り戻していた事が驚きである。

肉棒は胸の中で膨れ上がり、シルヴィの乳を押しのけながら、乳からはみだした先端を彼女のすぐ眼前でその存在を誇張した。
視覚で私が気持ちよくなっている事を確認出来たシルヴィは、一層嬉しそうにしながら行為に熱を入れていく。

「……いつも道行く戦士と戦ったあと、こうやって襲っているのか?」

快感に脳を支配されながらも、ずっと無言でいるのも何かと思い些細な疑問を投げかける。
すると彼女は行為をピタリとやめ、嬉しさに満ちた顔を、怒りを込めた表情に一変させた。

「そんな、何を言ってるんだ! 私は強い男を探していたんだ!
しっかりと自分なりのポリシーとルールを持って相棒を探している。
それで……お前なら……その……良いな、って……」

最初は威勢よく突っかかって来たものの、途中から段々と言葉に覇気がなくなり、尻すぼみな形になっていくシルヴィ。

しゅんとした顔で会話を途切れさせたあと、俯く彼女に、言いようのない“何か”を感じたのを覚えている。

だがその後、突然彼女が立ちあがったかと思うと、顔をグイッと近づけて口づけをされた。

「ちゅ……んっ……ぴちゅ……ぷはぁっ」

短いキスだったが、それには愛が確かに込められていたのを感じる。

「……なんだ、照れ隠しか?」

率直な感想を言うと、彼女は顔を耳まで赤く染め、視線を定まらなくさせた。

「なっ、そんなんじゃっ ないからなっ」

語気が弱まり、なんとも言えない挙動に陥るシルヴィ。そんなシルヴィを眺めていると、どこか心が温まってくる気がする。
彼女は切なそうに目を細めた。そして、時々「んーっ」と唸りながら何かを躊躇している様子を見せているとやっと口を開いた。

「だから……お前じゃないと……だめなんだよッ♪」

見た目からして奔放そうな彼女が中々言えなかった事だ。彼女にとって相当恥ずかしかったものだろう。だが、それを言った事により決壊したダムの水流よろしく素早く飛びかかって来た。

起こしていた上半身がまた押し倒され、地面に後頭部をぶつける。しかし、痛みはもはや感じる事なんかなかった。彼女は手際よく私の鎧を脱がし始め、彼女と同じく露わになった肉体にキスをしたり、丹念に舌を這わせ始めたりしたのだ。

「もぉ……我慢できないのぉ♪ 愛おしくて、お前が欲しいんだよぉ……♪」

その言葉通り、私をひとつひとつ確かめるような丁寧さで胸、乳首、脇腹などを彼女の舌が這っていく。彼女の行為は直接的な性行為ではないにも関わらず、私に快感をあたえたあげく、それにより性器まで勝手に跳ねる始末だった。

「もう私、このままだと堪らなくなっておかしくなっちゃうよッ♪
だから、だから、早く繋がろうっ♪」

そう問いかけつつ、彼女は下着を外し、秘部であるぴったりと閉じた薄い筋を露わにする。
私の返事など待たず、言ったとしても特に意に介する事なくそれを実行するのだろうが。

「はぁっ……♪ はぁっ……♪」

どんどんと興奮が高まり、感情が昂っていく。見ているこっちも相当感情が昂っているのだが、彼女のそれは想像以上だ。これが、愛する男を目の前にしたメスの姿なのか、と覚えさせられるほど彼女の今の姿は情熱的で……淫靡だった。

仰向けになり、十分に勃っている性器を真下に、彼女の愛液が滴り落ちる秘部が降りてくる。そしてそのまま、私の性器は彼女の中へ入っていく……と思われた。

「あっ……あれ?」

見ると、愛液に濡れ、ぬるぬるとした彼女の秘部に性器が入る前に、性器が滑ってあらぬ方向へと逸れてしまうのだ。
何度か腰を下ろし直すものの、興奮によって上手く定まらないのか、それとも単に慣れていないのか一向に入る気配がしない。

「初めてなんだな?」

「うっ、うるさいなぁ……」

見ているこっちもじれったく感じる光景だった。なんども先端だけが秘部に擦れ、申し訳程度の快感を運んでくる。このままだと生殺しなので、途中で痺れを切らした私が肉棒に手を添えて彼女の動きを補助する。それを見て、もう一度挿入に挑戦するシルヴィ。

すると、今度こそ先端が秘部に埋まった。
シルヴィも色気が混じる声を漏らす。そのまま、どんどんと腰を下ろしてくる。
官能的な声を発しながら、私の一物は彼女の中に入っていき、先端からは既にかなりの快楽が流れ込んでくるもののそれに耐えていく。

そして、それは途中で起こった。
なんと彼女は一気に腰を下ろしたのだった。

「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッッ♪♪♪」


もはや声にならない声をあげ、目を大きく見開いたシルヴィは数秒間なにも動く事が出来ない様子である。彼女の尻尾で燃える炎も挿入とほぼ同時に最大限激しく燃える。
見事に開通した彼女の膣、その最奥にある子宮が、私の性器の鈴口と激しく触れあうのを感じた。

「―――ッッ!!」

途中から自分で身体を支える事もままならない様子だったので、倒れこんでしまわないよう彼女の腰をしっかりと掴んでやる。すると、前方向へ少しばかり身体を傾けたあと、しなやかな腕をだらりと垂れ、手を私の胸に置き支えとした。

彼女が視線を送って来る。歯を噛みしめ、言葉を発する事が出来ない事から、相当な状況なのだろう。やはり初体験はとても痛いのだろうか……と考えていたが、彼女の目を見ると、“凄い気持ち良いッ♪”と訴えかけている事が易々と感じられ、心配は杞憂に終わった。

何度も視線でこちらを見やり、私と感覚を共有しようとしてくる。
確かに、入れた瞬間の衝撃は凄まじいものがあった。子宮と鈴口が触れあい、四方八方から締め付けるような肉の襞が加える圧力もかなりの快感だ。しかし、彼女が再起するのを待っている間、一切動かないので彼女が迎えている絶頂と感覚を共有するのは難しいものがあったのだ。

私を見かねたのか、それともそれを察したのかはわからないが、まだ興奮冷めやらぬ中彼女は全力を尽くし、腰を振り始めた。

「んっ!! んぅ! あっ♪ あっ!! あ♪」

少し動くだけで、彼女は叫ぶように声を発する。頬はかなり赤く染まり、視界は上手く定まっていないらしい。なんどもビクンと身体が痙攣するように跳ね、それと同時に膣の中もキュンと肉棒を締め付けてくるのだ。
細かい肉襞が膣の中にある私の性器を責める。ざらざらとした形状が、意思を持った生命のように、私の中から精液を吐き出させようと快感を絶え間なく与えてくる。

自身の尻尾で燃える炎により暗い辺りを照らし、シルエットを浮かばせる。
そのせいで、比較的小柄な彼女の身体が私の上で跳ねるのを否応なく見せられ、背徳感が増していく。

「ねぇっ これ凄いよっ♪ んぁっ、はぁっ、おちんぽ気持ち良いっ♪♪
おかしくなっちゃう、私ダメになっちゃうよ♪♪」

激しく乱れ、今では強く打ちつけてくる腰で快楽を貪るシルヴィの姿はとんでもなく淫乱で、美しかった。
彼女の発する炎は理屈もわからないが不思議な事に触れても熱くなく、むしろ心地いい温かさで私を包み、行為を更に高めてくれる。
そんな状況で更に昂っていく私は、彼女を支える為に掴んだ手を、別の目的の為に使う。
しっかりと腰を掴み、私は我を忘れて自分から腰を振り、肉棒で彼女の膣を掻きまわしたのだ。

「あッッ!! だめだっ、そんな事しちゃぁっ♪
お前のおちんぽがぁっ♪ 私のナカでぇっ♪」

途端に跳ねあがる彼女の身体。その声からして思考がショートする程の快感がシルヴィを襲っているのがわかるが、それでももう自制を失った私の身体は意思云々の前に止まる事を許しはしなかった。激しく腰を振り、肉棒を彼女の膣にこすりつける。何度も、先端が子宮をノックするのを感じた。

「……シルヴィっ!!」

とめどない快感が頭を埋め尽くす中、私は彼女の名前を叫ぶ。
すると彼女は、下から激しく突かれる中これ以上ないほど嬉しそうな笑みをたたえ、私を見た。

「今、今私の名前を……っ♪ やっと呼んでくれたんだなっ♪
私……幸せっ」

そして彼女は前にもたれかかって来て、その豊満な胸を私の胸板で挟んで潰しながら、口づけを交わす。
これ以上ないという程、熱く、優しく、激しい口づけだった。
唾液を互いに舌を使い送り込みあったうえで、絡ませる。濃厚かつ激しい口づけをよそに、私は腰を休める事なく振り続けた。

私の腰が彼女の腰にぶつかる時に発せられる乾いた短い音が、何度も何度も町と町を繋ぐ道、誰も居ない夜に響き続ける。

「んっー♪ んっー♪」

口を塞がれている為なにも発せられないが、代わりに喉奥から絞り出す快楽の声は、私の欲情を更に加速させるのに一役買った。
どんどん加速する欲望は、次第に膨れ上がった風船のように私に警告を与え始める。

そろそろ、限界だ。

一言、伝えようとしたものの、彼女は性器で既に繋がっているというのにもっと繋がっていたいのか口を離そうとせず、会話が出来ない。その為、私は止むを得ずそのまま彼女の中で果てる事を決意した。

「……ッッ」

かなり力強く、彼女の腰にあてた手を使い、もう限界まで引き寄せた腰を手繰り寄せる。
こちらの腰もより深くを目指そうと、肉棒の根元まで彼女の秘部に加えさせようと前に出る。

鈴口がシルヴィの子宮入り口でぶつかりあった時、私は文字通り何も考えられない程思考が真っ白に染まった。


「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっっ!!!! んっっ♪♪♪」

彼女の最奥で、私の肉棒からは先程射精を一度済ませたとは思えない程の精液が吐き出され、容赦なくシルヴィの中を埋め尽くし、汚していく。
止める事も出来ず、止める事もせずに性器の中を通った精液が留まる事を知らないようにどんどん出ていった。

「あっ……あぁっ……」

脈動する肉棒から吐き出される精液をまさに感じているのか、ようやく口づけをやめて顔をあげたシルヴィはだらしなく舌を突き出し、人生で初めてとなる中だしを体感している。

それから射精している間、我慢ならず何度か腰を打ちつける度に彼女は全身で跳ねた。

……その最中、彼女を下から見上げている間、彼女から発せられる炎はとても温かく、心地良かった。
その炎は、今まで生きてきた中で私の心の中に巣くった冷たい氷を音を立てて溶かしていくような、そんな気がしたのだ―――



―――そして、サラマンダーの娘との情熱的で激しい性行為は終わりを告げた。
自分でも信じられないが、以前まで人を襲い食らうと信じていた怪物と、私は交わったのである。

それも、会って間もなくだ。

射精した直後、凄まじい絶頂を体感したシルヴィはしばらく動けなくなったので、私の胸の上で、私の腕に抱かれながら数分間休憩をした。
その後でなんとか身体を起こしたシルヴィは、とても満足げで、幸せな面持ちをしていたのを覚えている。

今では手近にあった倒れた木の上へ共に座っていた。

「はぁ、気持ち良かった……お前の事がますます好きになっちまったぜ……♪」

「それは、良い事なのか、悪い事なのか……」

「良い事に決まってるだろ!」と突っ込まれながら後頭部をはたかれる。
行為の最中には興奮していた為全く意識しなかったが、地面でしたたかに打ちつけた際の痛みが少しばかり再発した。

「……ったく、無愛想な奴に惚れちまったから困るぜ……」

ふぅ、とため息をつき、頬を膨らませてこちらを見やるシルヴィは、愛おしかった。

「まぁ、やっぱりそういう所も可愛いんだけどな」

そう言ってニヤリと笑い、犬歯を見せてくる。
天真爛漫で、憎めない笑顔を浮かべていた彼女だったが、不意にその笑顔はなりを潜める事になった。

「……ところで、聞いて無かったけどお前、名前なんていうんだ?」

小首を傾げる彼女の疑問はごもっともだ。しかし、普通ならこんな行為をする前に知っているのが当たり前なのだが。

……だが、困った事になった。

「……」

なんの返事も返さない。正確には、返せない。

そんな私を彼女は当然ながら訝しく見つめてくる。答えない私を不審に思っているのか、それとも心配してくれているのか。

「おい、どうしたんだ?」

眉根を寄せて質問するシルヴィは、少しばかり心配そうだった。
それに意を決して、私は口を開く。

「……名前は、ない」

小さく、突然漏らした言葉にシルヴィは「えっ?」と聞き返す。
私は聞かれた通り、もう一度「……名前が、ないんだ」と言った。

そう、私は捨て子で、恩人である元盗賊の男に拾われた。
物心がついたかついていないかという頃に拾われたので、私は自分の名前を知らなかった。
そして、その恩人も私に名前をつけなかった。“坊主”というのがいつもの呼び名であり、実質私の名前のようなものだったからだ。

そして彼が死んで以来、私は一心不乱に働いた。裏切られるのが恐ろしかった為誰とも繋がりを持たず、会話する事すら滅多になかったから名前も必要なかったのである。

それを彼女に包み隠さず伝えた。

すると彼女は酷く辛そうな表情にかわった。
一瞬、なんで自分の事ではないのにそんな顔をするのか理解に苦しんだが、彼女が親身になってくれたという事に気付き、心臓がドクンと脈打つのを感じた。

「……そんな事があったのか……だから名前が……」

彼女はゆっくりと地面に視線を落とす。そしてしばらくした後顔をあげると、そこにはいつもの明るい笑顔が待っていたのだった。

「でも、名前がなくても関係ないぜ。
お前はお前、私の夫だ。それだけで十分!」

ニッと笑ったあと、誇らしそうに胸を張って見せる。
しかし一転して、またもや頼りなさげで不安そうな表情に落ち込んだかと思うと、頬を紅く染めたシルヴィは脇にあった剣を置き、私の横まですっと移動して、私の左腕を両腕で絡めてきた。

「……でも、そのやっぱり……名前が呼べないと、お前が愛おしくて、欲しくてたまらない時辛いから、その分もっと私を愛してくれよ……?」

彼女の情熱の炎が私の氷を溶かしきる音をどこかで聞き、私は彼女に笑ってみせたのだった。


13/11/29 15:27更新 / 小藪検査官

■作者メッセージ
どうも、初めまして。今回が小説初デビューとなります。
初めて書いたえろえろなお話だったんで、様々な問題点が私を襲いましたが……(下手くそだとか下手くそだとか下手くそだとか)
なんとか頑張りましたw

初デビューとはいえ長いのはどうなんだカットしろっ
ていうのが一番の悩みでした。作中の依頼で他の魔物と出会ってちょっとしたイベントがあったりしたんですが、長いわサラマンダーと関係ないわでバッサリカットしました。
ついでに短いですが主人公を拾ってくれた恩人との出会いも馬車の上で思い返してましたが、やっぱりサラマンダーに関係ないし、と思いカット。
めっちゃ悩みましたが、思いっきり行ったら行ったで結構スッキリです。

今後も精進したいと思います。……とは言っても、この後書きを読んでくれる=作品を読み切ってくれる人が居るのかどうか……

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