読切小説
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鍛冶屋を営むおじさんの話
 とある町外れにある、小ぢんまりとした一軒の小屋。入り口の横に雑に立てかけられた看板には、これまた雑な文字で『鍛冶屋』と書かれている。

 店内で欠伸などしながら本を読んでいるのは、少々大柄な体で、顔面にはモザモサとしたヒゲを自然栽培している、まるでファンタジー小説の世界から飛び出してきたような、如何にも鍛冶屋でござい、といった風体の年配男。

 町で新しい酒場が開店間近らしく、調理器具やら装飾品の類が大量に売れ、今日の夕飯は張り込むか、と考えている時だった。


「頼もう!」


 威勢のいい声と共に、この建物には少々似つかわしくない姿‥‥女性が飛び込んできた。


「こちらは、かの高名な戦士、剣鬼ベルザスの持つ剣を仕立てた鍛冶屋に相違ないか」

「はあ、まあ‥‥古い話ではありますが」

「それはよかった! あっと、これは失礼。申し遅れた。私は魔王様直属の親衛騎士団、その第6部隊を預かる、デュラハンのビルギットだ」

「はあ、どうもご丁寧に‥‥で、そのデュラハンさんがうちに何の御用で」

「はっはっは、これはおかしな事を。鍛冶屋にタマネギを買いに来るとでも?」

「ごもっともで。では武具の新調という事で?」

「うむ。近く、魔物と親交のあるいくつかの集落と、親睦の催しを開く事となってな。その折、数名の精鋭と共に剣技の披露をするのだが、私の剣は少々くたびれてきていてな。これはいい機会だと思ったわけだ」

「なるほど。では、剣をご要望という事でいいですかな。それですと‥‥」


 店主が立ち上がりかけた時だった。


「ふうむ。流石と言うべきか。見事なものだな。こいつなんか、装飾も適度に見栄えがして、いい感じだ」


 壁に掛けてあった細身のサーベルを手に取るデュラハン。


「あ、それは」

「握り心地も悪くない。どれ、試しに‥‥」

「あ、ちょ‥‥」


 店主が止める間もなく、デュラハンはサーベルをぶんと一振り。その瞬間。


パキン


「あっ」

「えっ?」


 デュラハンの手にした剣は、あっという間に短くなった。剣先は、遥か彼方の壁に突き刺さっている。


「‥‥折れたーっ!?」

「折れるわ! 人間が使う剣を魔物が遠慮なしに振ったら、そりゃ折れるわ!」

「そ、そんなバカな! 聞くところによるとベルザスの剣は、まだ魔物が今の姿に変わる前の時代、ゴーレムを力任せに一刀両断し、天空を舞うワイバーンを剣の一振りから生じる風圧だけで叩き落したという逸話まである! そんな剣と同じ作者の剣が、こんなに簡単に!」

「貴重な金属や魔力の宿る素材を惜しみなく使って、何ヶ月もかけて打った剣と、生活のために大量生産してる剣を、同一線上で語るんじゃねえ!」

「そう言われれば確かに!」


 デュラハンに電撃走る。


「魔物が使っても大丈夫そうなのは、こっちだよ。剣の他に、槍なんかもあるが」

「ふむふむ。ああ、こちらの方が確かに丈夫そうだ。どれにするか‥‥」

「あ、ちょっと待った。その前に」

「ん?」

「弁償」

「ん?」

「折った剣。買い取り」

「‥‥仕方あるまい。流石に踏み倒せるとは思っていないさ。で、いくらだ?」

「6000G」

「‥‥ん?」

「6000G。本当は6500だが、滅多に売れない魔物用の武器を買ってくれるから、多少はまけてやるよ」

「ろ‥‥6000G?」

「ん。貴族お抱えの用心棒なんかに人気がある剣でな。使い手が魔物じゃなきゃ、長く使える、なかなかの一品だったんだ」


 デュラハンは鎧の隙間から手を入れ、皮袋を取り出すと、中身を数え始めた。


「ひいふうみ‥‥3000‥‥と、ひいふうみい‥‥3700Gしかない‥‥」

「え?」

「3700G」

「‥‥え? え、ちょっと待ってちょっと待って。え、え、意味わかんない」

「‥‥‥‥」

「まあ、剣を折っちまったのは不慮の事故だから考えないとしてもだ。‥‥え? 4000G足らずで剣買いに来たの?」

「‥‥うむ」

「3700Gって‥‥うちの店だと、正規兵になりたてのヒヨッコ剣士が買ってくレベルだぞ?」

「‥‥‥‥」

「おたく、肩書きなんだっけ」

「‥‥魔王親衛騎士団」

「の、部隊長?」

「‥‥はい」

「‥‥‥‥」

「‥‥‥‥」


 昼下がりの店内に、切ない沈黙。

 しかし、デュラハンを責めるのも可哀想な話である。彼女はその身分ゆえ、他の魔物ほどあちこちに出歩く事も多くない身。今回の買い物だって、実に数年振りに人間の領地に出向いてきたのだ。多少人間の常識に疎くても、仕方が無いではないか。


「‥‥ちなみに例のベルザスの剣は、幾らほどだったのだ?」

「そうだなあ。使った素材なんかも全部現金に換算すると‥‥ざっと、5000万ってところか」

「ごせっ‥‥!」

「なんせ、バカ強い魔物がいる洞窟の奥でしか採れない石なんかも使ってたからなあ。今は昔より魔物の危険が無くなってきてるから、もう少し安く上がるかも知れんが」

「魔物の‥‥あ! あ! そうだ!」

「ん?」

「これ! 剣! 私の使ってた剣! 買い取り!」

「買い取り?」

「うむ! 剣鬼とまで呼ばれた男には及ばないかも知れんが、私とて腐ってもデュラハンだ。その私が振るい、これまで戦い抜いた剣‥‥自慢では無いが、なかなかの業物だと保障しよう」

「なるほど! それに魔物の持ち物だなんていうからには、きっと人間がまだ扱ってない素材や技法が‥‥ん?」

「どうした?」

「ちょ、ちょっと待っててくれ。念のためだ。少し出かけてくるから、適当に茶でも飲んでてくれ」

「ふむ? まあ、構わんが」


 そう言い残すと、鍛冶屋はデュラハンの剣を預かり、出かけていった。




 数十分後。

「ああ、お帰り。一体どこへ‥‥ははあ、私の剣を、鑑定にでも出してきたのだな?」

「鑑定‥‥まあ、近いものはあるかも知れんが‥‥行ってきたのは、教会だよ」

「教会?」

「お前これ、呪われてんじゃねえか!」

「えっ」

「神父様、青ざめてたぞ! 仮にこいつを人間が装備したら、毒・混乱・石化・暗闇・沈黙その他諸々のフルコースらしいぞ!」


 読者諸兄には、装備するだけで「くさい息」レベルを味わえると言えば伝わりやすいだろうか。


「そ、そんなバカな‥‥」

「お前これ、どうやって手に入れたんだよ」

「城の奥に安置してあって、誰も使ってないようだから貰い受たんだが‥‥たしか、アンデッドの徘徊する洞窟奥の沼地に、妙に綺麗な状態で浮かんでたとか、そういう‥‥」

「絶対曰く付きじゃねえか! なんでそういうの貰っちゃうんだよ!」

「言われてみれば、酒場に置き忘れてた筈なのに、気付いたら自分の部屋にあって、変だなと思ったりした事もあったが‥‥まさか呪いの装備だったとは」

「怖いわー。思いっ切り触っちゃったし」

「‥‥それで、どれくらいの値で買い取ってもらえるのだ?」

「え、嘘。今の話の流れで売る気?」

「もちろんだ。曰くがあれど、名品に変わりは無いからな。人間がダメなら、魔物にでも売ればいい」

「むう、確かに‥‥それに装備しなきゃ、呪いも平気か‥‥使い古されてるが、まだ美品と言えるか。拵えは‥‥」

「どんな感じだ?」

「‥‥うん。単純に剣として見れば、なかなかだな。仮に美術品として見れば、貴重な魔界の装備品って事で、愛好家なら30万前後出すんじゃないか」

「おお!」

「とは言え、だ。30万でこの剣を遥かに超える名剣を用意出来るかと言われると‥‥大人しく、まだこれを使ってた方がいいんじゃないか?」

「うっ‥‥」

「ただまあ、この剣を売らない場合、さっき折った剣の分をどうやって弁償するかって話にもなってくるんだが」

「くっ、忘れてなかったか‥‥」

「なめとんのか」

「あいわかった。剣の新調はともかく、過失の責任は取らねばなるまい。だが、知っての通り私には金が無い」

「うん」

「不本意ではあるが、ここはやはり体で‥‥」

「あ、そういうのはいいです。大丈夫です」

「何い!? 不服だと言うのか! 自分で言うのもなんだが、私はそれなりに整った顔立ち! そして割と豊満な体! 対する貴公は、どこから見ても男やもめで、その上お世辞にも女性からモテそうにない、毛むくじゃらおじさん! どこに拒む要素があるのか!」

「おじさんは目先の欲望に惑わされないんですー。目の前の美女より、一月後も無事おまんまにあり付けるほうが大事なんですー。だから早く6000G払って欲しいんですー」

「くう! なんたる屈辱!」

「とは言え、流石の魔物も無い袖は振れないか‥‥一回帰って、誰かに借りるってのは?」

「人間の店で商品壊しちゃったけど、お金足りないからちょっと貸してください‥‥とでも言えと!? そんなの、騎士の誇りが許さないだろう!」

「まあ、わからんでもないが」

「 あと、万一団長の耳にでも入ろうものなら、絶対怒られるから嫌だ! どっちかと言うと、騎士の誇りとかよりそっちの方が深刻だ!」

「なんか、お前には3000Gの剣でいいような気がしてきた」

「失敬な。私はこれでも一部隊を率いて戦場を駆け」

「はいはい。うーん、それじゃあもう‥‥足りない2300G分、タダ働きってとこに落ち着くか‥‥本当は、あまり人手いらないんだが」

「それが妥当か。なーに、心配はいらない。お釣りが出るほどの働きを約束しよう」


 こうしてデュラハンは、暫くの間、鍛冶屋の下で雑用をこなす事となった。

 魔王親衛隊員が、家政婦に華々しくクラスチェンジしたのだ。が。




数時間後


「お嬢さん」

「‥‥はい」

「誇り高いデュラハンのお嬢さん」

「‥‥はい」

「お前もう‥‥何が出来るの? 何か出来る事あるのかよ。この世に」


 デュラハンは、鍛冶屋の前で正座していた。


「洗濯を頼めば俺のお気に入りのチョッキを川に流してくるわ、鉱石の分別を頼めば貴重な鉱石とその辺に落ちてそうな石ころと間違えるわ‥‥挙句の果てには、薪拾い頼めばなんか気持ち悪い枝拾ってくるわ‥‥なんだよこれ! なんかウネウネ動いてるんですけど!」

「ああ。これは我々の間では割とポピュラーな怪植物の枝で、一度燃やせば三日三晩燃え続け、あらゆる物を灰に」

「何焼くつもりだよ! 人ん家で!」

「うう‥‥こ、こんな筈では‥‥」


 日々を戦いやそのための鍛錬に費やしてきた彼女。その代償は大きく、私生活的な面では、なかなかのポンコツっぷりを発揮したのだ。


「もー‥‥もういいわ。弁償は待ってやるから、金の工面が出来たら‥‥」

「そういう訳にもいくまい。一度交わした約束は守らなくては!」

「そうは言うけど‥‥このままじゃもう、一生ここで生活する羽目になるぞ」

「え? そ、それはもしやプロポ‥‥そんな、さっきは拒まれたから、まだ心の準備が‥‥」

「誰かー! 誰かこの子を3000Gで引き取ってくれんかー! たーすけてくれー!」

「何だか悲痛な叫びをあげてるとこ、失礼するよ」

「ん?」


 今にも泣き出しそうな鍛冶屋に声をかけたのは、ドワーフだった。小さな体に、大きな荷車がミスマッチに見える。


「む! 魔物か! 今こそ私の本領発揮!」

「ぎゃあ! い、いきなり人様に刃物を向けるんじゃないよ!」

「店主殿には指一本触れさせぬ!」

「客だよ! きゃーくーだーよー! 要らん事しないでくれよもー!」

「‥‥客? はて?」

「すまんすまん。えーと、買い取りかね?」

「うん。今回はこんな感じで」

「えー、鉄が20。ミスリルが5‥‥お、こいつはなかなか」

「お、流石にお目が高いね」

「これだと‥‥こんな感じでいいかい」

「もう一声」

「敵わんなあ。じゃあこれだ」

「商談成立! またご贔屓に」

「ああそうだ。こんな物を作ってみたんだが、試しに使ってみるかい?」

「これは‥‥へえ、なるほど! 持ち手のところがこうなってて‥‥やっぱり、人間は面白い発想するねえ。はるばる歩いてくる甲斐があるよ」

「面白い発想と言えば、今町に東の国の剣士が来とるぜ。昨晩酒場で会った時に、頼み込んで得物を見せてもらったんだが‥‥ありゃすげえや」

「へえ、いいなあ! アタシも頼んでみようかね。っと、もうこんな時間。他の店でも頼まれ事があったんだ」

「商売繁盛みたいで、羨ましいこって」

「むふふふ。今日は美味しい酒を買って帰るのさ。それじゃ、また!」

「あいよ」

「‥‥‥‥」


 用を済ませたドワーフが店を出て行き、店内は再び二人切りとなった。だが、デュラハンの様子がどうにもおかしい。むっつりと、面白くなさそうな表情を浮かべている。


「‥‥どうした?」

「ドワーフとは随分楽しそうに話すのだな。私は雑に扱うくせに」

「そらお前、あっちはお客さん、こっちは元・お客さんだしなあ」

「元? なるほど。つまり今はお嫁さ」

「首の穴から煮えた鉄流し込むぞ」

「怖っ」

「さあ、そんな事より、そろそろ飯にしよう。‥‥ちなみに、料理なんかは?」

「任せておけ! あまり経験は無いが‥‥なあに。料理なんていうものは、経験よりもセンスが物を言うのだ」

「よし、食いに行こう」


 短い時間で、デュラハンの出来る事と出来ない事を見分けるという、常人にはまね出来ない特技を習得した鍛冶屋であった。




 夜 酒場


「さーて、何を食うか‥‥そういえば、デュラハンって物食えるのか?」

「食べられる。食べられるが‥‥知っての通り、今日は持ち合わせが‥‥」

「ああ‥‥いや、まあ、飯くらいは食わせてやるよ。酒も少しなら」

「しかしそれでは‥‥む! そうだ! 店主殿、少し待っていてくれ」

「ん? ああ、いいけど」


 デュラハンは、足早に店の中央へと向かって行く。


「さあさあ、お立会い! これより、世にも不可思議なものを諸君にお見せしよう!」

『なんだなんだ』 『綺麗な姉ちゃんだな』

「ここにいるのは、見ての通りどこにでもいる普通の‥‥普通より少々美しい女! だがしかし! こうして気を込めると‥‥えいっ!」


 グルングルングルン


『うおーっ!』 『首が! 首が回ってる!』 『すげえ!』


 パチパチと、店内の至る所から巻き起こる拍手。そして飛び交うお捻り。

 一通り拾い集めたデュラハンは、鍛冶屋のところへ戻った。満足げな顔で。


「ふふ、デュラハンという種族は、まだ人間に浸透していないようだな。日陰の人生を送ってくれた先人に感謝だ」

「その先人は多分泣いてると思うぞ」

「恐らく、団長以下仲間達に見られたら、怒られるどころか発狂すると思う」

「うん、じゃあもう二度とやるな」


 ともあれ、体を張った一発芸の甲斐もあり、二人は豪勢な食事に舌鼓を打ち、美味しい酒も味わい、ご機嫌に一日を終える事が出来たのであった。




 さて、共同生活も二日、三日と続けていれば、ポンコツだったデュラハンの家事スキルにも若干の成長が見られるようになる。

 根本的に、経験値が足りていない部分が大きかったのだ。


「そうそうそう。そんな感じ。やれば出来るじゃあないか」

「ふふん、ざっとこんなものさ」


 デュラハンのドヤ顔も目立つようになった頃、一つの問題が発生した。


「‥‥まずい」

「何が」

「力が‥‥活力が‥‥精力が底をついてきた‥‥」

「はい?」

「知っての通り、我々魔物が生きていくには、男の精を受ける必要がある。だが、中でもデュラハンは少々特別でな。体の中に精力を蓄える事で、そこいらの魔物のように、いつでもどこでも発情するという事態には陥らない種族なのだ」

「はあ」

「だが、この仕組みが少々厄介でな。首が外れると、蓄えてあった精が簡単に漏れ出てしまうのだ」

「首が?‥‥あっ、お前まさか」

「そう‥‥数日前、我々が初めて会った日の夜‥‥小銭を稼ぐために首をグルングルンさせた時、決して少なくない量の精が漏れてしまったようだ」

「あんなしょうもない事のために‥‥お前ホント、仲間に知られたらぶち殺されるんじゃないか?」

「否定は出来ない。或いは、首と胴体を溶接されて、元デュラハンとかにされるかも知れない。本気で」

「こっわい」

「と、いうわけでだ‥‥私に落ち度があるのは重々承知だが、もう割と限界なのだ」

「はあ‥‥えーと、つまり?」

「つまりだな、簡単に言うんであれば‥‥先っちょだけ! 先っちょだけでいいから!」

「ぶーーっ!」

「いや、本当に! 先っちょだけっていうか、ちょっと触る感じだけでもいいから! つんって! 本当に! お試しみたいな!」

「待て待て待て待て! 言動が思春期の男の子みたいになって‥‥あっ、バカ! 首ずれてるじゃねえか! 何か出てる何か出てる!」

「わかった! わかったわかった! じゃあじゃあじゃあ、チュー! チューだけでいいから! 大丈夫だから! チューだけ! はい、せーの!」

「うわっ!」




「ふう‥‥やっと落ち着けた」

「お前もう‥‥本当に溶接してもらえよ」

「はっはっは」

「笑ってるし」

「しかしまあ、あれだな。子供じゃあるまいし、あそこまで抵抗しなくてもよかろうよ」

「そう言われてもな‥‥そういう事は、好きな人としかしちゃダメよって婆ちゃんが」

「‥‥そういう事を、拒んだ本人相手に言うのは如何なものかと思うが」

「まあそれは冗談として、聞いた話によれば、魔物と交わった男は、もうそれ以外頭になくなるとかって言うじゃないか」

「いや、まあ確かにそういうケースも少なくないが‥‥逆に、相手の魔力を得る事で、それまで以上の能力を発揮できる場合も多いと聞くぞ」

「それはそれで問題なんだよな。俺は、今の俺が持て得る限り最大の能力で仕事がしたいんだ。そして、後世に名の残る、最高の剣を打つ‥‥俺だけじゃなくて、世に生きる全鍛冶職人の夢だと思う」

「はて‥‥それならば、もう叶っているのでは? 魔物にも恐れられ、剣鬼とまで呼ばれた男。そんな者が愛用していた剣ならば、十二分に‥‥」

「そうかねぇ‥‥まあ、こんな話をいつまでもしてても仕方が無い。とにかく、おじさんは夢を追いかけるのに精一杯で、家庭を持つ余裕なんて無いのさ」

「むう‥‥」

「さて、今日はドワーフが来る日だな。そろそろだと思うが‥‥」


 外を窺う鍛冶屋を見ながら、デュラハンの頭には色々な考えが浮かんでいた。

 あれだけ名高い剣を作っていて、まだ満足に至っていないのか。そんな男が作り上げる、真に最高の剣とはどのような物なのか。実現するのは可能なのか。それを振るうは、どこの誰なのか。自分にはその資格が有るのかどうか。さっきのチュー美味しかったな。割と相性がいいのではないか。

 等々、余計な事も含めて考えていると、鍛冶屋の待ち人が現れた。


「毎度! こないだの道具、評判よかったよー。正式に大量生産する気、ある?」

「うーむ、あれは半ば、ドワーフ専用みたいな造りだからなあ。ゴブリン辺りでも使えるようなら、考えんでもないけど」

「じゃあ、もし連中が使わないようならさ、多少割高でもいいから、専用に作ってよ」

「考えとくよ。で、今日の品揃えは?」

「はいよ。今日はこんなとこ」

「えーと、鉄が30、銅が45に‥‥なんだい、今日はやけにしけてるな。ここに来る前に、どっかで売っちまったのか?」

「いやいや、ここが一件目。最近どうも、鉱脈ちゃんの羽振りが悪くてね」

「そらいけねえ。粗末に扱ってるんじゃねえか? 東の国じゃ、山を神様扱いまでしてるそうだぜ」

「あっはっは。じゃあ今日は、少し多めにお土産を買っていかなきゃ」

「それがいい」

「あっ! 神様といえばさ、こんな話、聞いたかい? ヘハモハ山の話」

「って言うと‥‥川の上流にある?」

「そうそう。そこを根城にしてたドラゴンがね、好みの男を見付けて、何もかも放っぽり出して、他所に行っちゃったそうだよ」

「へえ、ドラゴンが。そりゃ、よっぽど必死に追いかけたんだろうな」

「結果的に二人は上手く行って、新しく居を構えて生活してるらしいのさ。っていう事はね」

「ああ、ドラゴンが今まで守ってたお宝は、置きっ放しってわけか」

「そうなんだよ! で、ドラゴンと言えばさ、なんだっけ、あんたが昔剣を打ったっていう有名人。あの人も、ドラゴンの巣から色々くすねて、剣の材料にしたんでしょう?」

「あ! 例の、超希少鉱石か!」

「それそれ! もしかしたら、ゴロゴロしてるかも知れないよ!」

「そりゃすげえ!」

「‥‥‥‥」

「‥‥なーんてな。そんな上手い話、ないない」

「だよねえ。その人に剣を打った時だって、ほんの少ししか使わなかったんでしょう?」

「ああ。無論、他の材料も一級品だったけどな」

「けどさあ、もしたくさん手に入ったら‥‥あれも作れるし、これも作れるし‥‥なんだったら、他の金属と混ぜて、あんな事も‥‥ふふ、むふふふ‥‥」

「だよなあ。せめて‥‥せめて、生きている間に、もう一度だけでも触ってみたいもんだ。あれから数十年、経験を積んでいく内に、あの貴重な鉱石の力を十分引き出せなかったってのを理解しちまってな」

「贅沢な悩みだこと。あたしなんて、図鑑で見た事しかないってのに」

「ま、おたくらは寿命が長いんだ。いつか存分に出回る時が来るかも知れないぞ」

「そうかもね。そん時にゃ、スプーンでも作って墓前に供えてあげるよ」

「勿体無いことすんな!」

「あっはっは! それじゃ、今日はこれで」

「ああ。またな」


 前回と同じく、趣味と仕事が両立した会話をして帰っていくドワーフ。そして、前回と同じく黙っているデュラハン。

 だが今回は前と違い、むくれているわけでは無いようだ。


「なあ店主殿」

「なんだい」

「その、ヘハモハ山? というのは?」

「ああ、さっきの話か。ここから東に歩いたところに、でっかい川があるんだがな、それを上流に辿って行くと、これまたでっかい山があるんだ」

「ふむ。話を聞くに、近そうだな」

「近いは近いんだけどな。その山を登るには、中の洞窟を通らなきゃいけないんだが、まあ劣悪な環境でな。普通洞窟で活動する魔物でさえ、近付かないって話だ。それこそ、ドラゴンだの何だのくらいしか入っていかねえよ」


 RPGでいうならば、ダンジョンなのにエンカウント無しである。


「なるほど‥‥しかし、ドラゴンは本当に貴重な品を集めている事も多いからな。伝説級の代物なんかもあるかも知れん」

「それでも、わざわざ死にに行く奴はいないさ」

「ふうむ‥‥」

「それよか、今日はドワーフに支払う予定だった金が思ったより出て行かなかったんだ。今日も外で何か食うとしようぜ」

「では、また首グルングルンで小遣い稼ぎを」

「やめろって」


 その日以降も、鍛冶屋とデュラハンは平和な日々を過ごした。

 鍛冶屋は武具や日用品を作り、デュラハンはそれを手伝い‥‥時には邪魔になり。なんだかんだと、楽しく生活をしていた。

 だが、数日後。叩き折った剣の代金を完済した翌日。

 デュラハンは姿を消したのだ。


「むう、やっぱりどこにもいないな‥‥借金返済記念に、何か打ってやろうと思ってたのに」


 普通ならばここで「どこに行っちまったんだ‥‥」等となるのが物語りの常ではあるが、この鍛冶屋も伊達に年は食っていない。


「あー、やばいわー。絶対山行ってるわあいつ‥‥んもー‥‥」


 ここ数日の話の流れからデュラハンの行き先を読めないほど、頭に血が巡っていない男ではなかったのだ。

 しかし、それはそれで問題が生じる。彼女が危険な山へ向かった原因は、自分にあるという事を悟ってしまったのだ。


「くそっ。あんなつまんねえ話、するんじゃなかったな」


 後悔してみても、どうする事も出来ない。件の山は、腕の立つ冒険者でさえも素通りするほどの危険な場所なのだ。一介の鍛冶屋では到底太刀打ち出来る筈も無い。鍛冶屋なのに太刀打ち出来ないとはこれ如何に。

 そういう訳で、鍛冶屋はデュラハンの身を案じながらも、普段通りの生活を営む事しか出来ないのであった。




 デュラハンが姿を消してから、丸一日が過ぎた。その間に鍛冶屋は、彼女の書き残した置手紙を見付けていた。

 そこに「弁償が済んだから帰ります」とでも書いてあれば心底救われていたのだろうが、そんな都合のいい話はあるわけも無く、書かれていた内容は鍛冶屋の推測通りであった。


『例の山を制覇してみようと思う。三日も戻らなければ、私の事は忘れてもらってもいい。魔物が一匹、人の前から消えるだけなのだから』


 短く書かれた淡白な文章。だが、こんな物を読んでしまうと、かえって心配になるのが人の性である。

 どうしたものかと鍛冶屋は考える。

 無理を承知で探しに行こうか。そんな事をしても、死体が一つ増えるだけだ。

 ならば憲兵にでも掛け合って、捜索隊なりを結成してもらおうか。見知らぬ魔物のために、命をかけて旅立ってくれる者がいればの話だが。

 いっそ、魔物の縄張りに出かけていって、彼女の仲間でも探し出してみようか。デュラハンは組織立って行動しているらしいし、案外これが一番現実的かも知れない。

 そんな事を考えていると、入り口の扉が開かれた。首の筋を違えそうな勢いで振り向くが、それと同時に思い出す。今日はお得意様がやってくる日だったのだ。


「毎度ー。今回は、結構いい物揃ってるよ」

「あ、ああいらっしゃい。見せてもらうよ」

「ありゃ? デュラハンのお姉ちゃんの姿が見えないね。おつかいか何か?」

「いや、実は‥‥」




「そりゃ大変だ! なんてこったい!」

「このまま放っておくわけにもいかんし、この際奴の上司にでも相談してみようかと思ってたところだ」

「そうだね。幸いデュラハンってのは、あたし達の中では居場所の特定がしやすい部類だし。なんなら仲間にも伝えて、手伝ってあげてもいいよ」

「そりゃ助かる」

「お得意さんの困り事だからね。その代わり、暫くは商売で美味しい思いさせてもらうよ?」

「ああ、それは構わんよ。ちょっとの間なら、あんたらの仕事を手伝ってやってもいい」

「交渉成立だね。じゃあ、色々準備しないと。食べ物や何やらはもちろん、魔王さんの縄張りまで行くなら、馬も用意しておいた方がいいね」

「馬か‥‥たしかに、のんびり旅なんてしてちゃ、意味が無いからな」

「誰かに借りるのがいいだろうね。町に暫く滞在する予定の旅人なんかがいればいいんだけど‥‥おっと、馬の話をしてたら、嘶きが聞こえるよ。ここに向かってるみたいだ。ひょっとして、運が向いてるんじゃない?」

「まさか。そんなに都合よく、貸してくれる誰かが通りがかるなんて」

「でも、もしお客なら儲けもんじゃない。ちょっとサービスしてあげる見返りに、なんて話しになるかも知れないし」

「んーむ。そう都合よくいくかな‥‥っと、いらっしゃ‥‥」

「ただいま」

「‥‥‥‥」

「‥‥‥‥」

「あ、あれ? どうした? 何かあったか?」

「‥‥お前かよ! おまっ‥‥お前かよ!」

「話の流れがおかしいでしょ!」

「な、なんだなんだ? あ、もしかして、こいつが気になってるのか? こいつは私の愛馬で、首切れ馬の」

「馬はどうでもいいよ! いや、凄く大事だったけど、たった今どうでもよくなったよ!」

「超速そう! 上に本人が乗ってなきゃ、最高のタイミングでの登場だったのに!」

「話の流れがよくわからんが‥‥とりあえず休ませてもらっていいか? 水なんか貰えると有り難いな」

「あ、ああ」


 帰ってきたデュラハンやその愛馬に水や食料を与えている内に、空気はやっと落ち着き、その間に鍛冶屋とドワーフは今までの経緯を説明した。


「なるほど、そういうわけか。それは驚くだろうな」

「驚くどころか、一瞬夢かと思った」

「しかしまあ、実行に移される前に戻ってこれてよかったよ。私の仲間まで巻き込んで大騒ぎになっているところに、今みたいに平気な顔でひょっこり帰ってきてたらと想像するだけで‥‥ああ恐ろしい」

「それはそうと、無事だったのか?」

「ああ、なんて事はなかったさ。長らく誰も踏み入れない間に、環境も変わっていたようだ。もしかしたら、主であったドラゴンが色々手を加えたのかも知れんが」

「そうだったのか」

「近く、あの山にも開発の手が入るかもな。或いは、魔物の住処となっていくかも知れん。‥‥っと、そんな事はどうでもいい。これが今回の戦利品だ」


 そういうと、デュラハンは馬の背や脇腹に括り付けてあった荷を解き、地面に置いた。


「私とした事が、どんな物が貴重なのか知らないまま出かけてしまってな。もしかしたら、大した物は入ってないかも知れんが。どうだ?」

「どれどれ? じゃあ失礼して‥‥うわっ、こんなおっきいリライト石、見た事ないよ! わっ、わっ! こっちはアダマンタイト! うわー! うわー!」

「こりゃ凄いな‥‥ところで、石だけでこんなにあるなら、剣や何かもあったんじゃないか?」

「ああ、そう言えばたくさん並べてあったな」

「‥‥それ持って帰ってきて使えばよかったんじゃないか?」

「はっはっは、また妙な事を。仮にあそこに置いてあった剣が、それこそベルザスの剣に匹敵する威力を誇っていたとしよう。それでもだ」

「うん」

「そんな、どこの誰が作って、何者が使っていたかもわからないような剣‥‥持っていても、箔が付かないではないか。格好悪い」

「‥‥うん?」

「それならば、多少手間や金がかかろうとも、名のある者に作ってもらったり譲ってもらった方がいいに決まっている」


 要はブランド志向である。いつだって、どんな世界だって、女の子はブランド品に憧れるものなのだ。

 それが騎士としてどうなのかはわからないが。


「で、ドワーフよ。件の鉱石とやらは無さそうか? なんなら、今度はどんな物を持ってくればいいのか調べた上で、もう一度行ってくるが」

「ちょっと待って。今、最後の包みを開け‥‥」

「どうした? やはり無かったか」

「‥‥あった」

「本当か!? で、その鉱石というのはどれだったんだ?」

「‥‥全部」

「うん?」

「この包み、全部、それ‥‥」

「ほう! いや、私もなかなか運がいいようだ。はははは。‥‥ん?」

「こ、こいつはすげえ‥‥こんなにたくさん‥‥」

「夢みたい‥‥」

「ふうむ。職人の価値観はよくわからんな。私には、少しばかり綺麗な石っころにしか見えんが‥‥そんなに凄い物なのか」

「ああ‥‥全世界の職人の憧れ‥‥いや、人生の目標とすら言えるかも知れん。叩けば叩くほど、焼けば焼くほど、鍛えれば鍛えるほどに、強く、しなやかに、美しくなっていく‥‥それがこの幻の金属、アンガイヤワーメなんだ」

「ほーう。それで、これだけあれば、理想の作品は仕上がりそうなのか?」

「ああ! 間違いなく、一世一代の一振りが産み出せる!」

「ふふ‥‥では、仕事を依頼しよう。報酬は、そこにあるお土産で足りるかな?」

「つ、作らせてくれるのか? 俺に‥‥」

「何を今更。私が何のためにここに来たと思っている。引き受けてくれるかな?」

「‥‥しょ、承知しました! 鍛冶屋生活の全てを込めた一振り、作って見せましょう!」


 数日前、剣作りを依頼しに来て、いきなり商品をへし折り、名剣を買うどころか弁償すら出来ず、居候モンスターとしての日々を送る羽目になったデュラハン。

 今ようやく、客として迎えられる時がやって来たのであった。


「それで、デザインや使い勝手の希望なんかは?」

「ほう、そんな注文まで聞いてくれるのか」

「そりゃ、お客さんだからな」

「ふっふっふ‥‥何だか気分がいいな。偉くなった気分だ。頭が高いぞ店主殿」

「調子に乗んな」

「むむむ? いいのかな? なんなら、他の職人に依頼してもいいのだが」

「ぐっ‥‥なんて奴だ」

「冗談だ。そうだな‥‥馬に乗って戦う以上、槍とまではいかないまでも、刀身は長めの方がいいな。あと、個人的に刃は両面に付いていた方が使いやすい」

「ふむふむ」

「それから、私は盾を持っての戦いが少々不得手でな。守りにも使いやすいよう、幅は広めだと助かる。後は‥‥」

「あのー‥‥」

「ん?」

「もしよかったら‥‥あたしにも手伝わせて欲しいんだけど‥‥どうかな」

「そりゃ、俺は構わんが‥‥」

「では頼もう。人とドワーフの合作など、そうそうある事では無さそうだし、格が上がりそうだ」

「やった! 恩にきるよ!」

「よし、それじゃあ早速作業にかかろう。俺はデザインなんかを煮詰めておくから、あんたは炉に火を入れといてくれ」

「ラリホー!」

「私は?」

「え、何が?」

「私は何をすれば?」

「いや、別に何もしなくても‥‥もう下働きする必要もないんだし」

「あ、そういえばそうだったな。どうもここ数日で、雑用癖が付いてしまったようだ」

「そんな騎士、なんか嫌だな」

「では、町でもぶらついてくるとしよう。何せ今までは無一文だったからな。まずは、ついでにくすねてきた宝石なんかを換金しなくては」

「ちゃっかりしてるな」

「もう大道芸の真似事とはおさらばだ。では、また後で」


 こうして、デュラハンの新しい剣を作り出す作業が始まった。鍛冶屋もドワーフも、実に幸せそうである。

 尚、この日の晩、酒場で酔い潰れている女騎士が発見されたそうだが、それがどこの誰なのかは伏せておく事とする。



「ふう‥‥一旦休憩にするか」

「もう? 人間は、こういう時に不便だね。それとも、単に年のせいだったりして」

「ほっといてくれ。えーと、茶でも‥‥ん? こ、こいつ、まだ寝てるのか‥‥おい、いい加減に起きろよ。もう、とっくに昼回ってるぞ」

「ううん‥‥まだ少し寝かせておいてくれ‥‥胃が重い‥‥」

「毎日毎日遅くまで出かけてやがって‥‥」

「仕方ないじゃないか‥‥普段は毎日毎日、鍛錬なり規律のある生活なりに縛られているんだ。こうして、たまに隊を離れた時くらい羽を伸ばし‥‥うぶっ‥‥あ、危なかった‥‥」

「危なかったじゃないよ! 首の隙間から何か汁出たよ! ギリギリアウトだよ!」

「ったく‥‥近い内に完成するからな。そん時にはしっかりしておけよ」

「任せておけ‥‥うっぷ‥‥あと、ちょっと体力が持ちそうにないから、精力を‥‥キスでいいから‥‥」

「絶対やだ。今だけは絶対やだ」

「薄情も‥‥うぇっ‥‥」


 そうこうしている内に、剣は段々と形になっていき、いよいよ完成間近となった。


「おはよう二人共! いや、もう夕方だが! 腹に酒が残っていないと、こうまで清々しい目覚めを迎えられるものなのか! 夕日が眩しいな! はっはっは」

「‥‥‥‥」

「‥‥‥‥」

「な、なんだ? 無視はないだろう無視は。確かにここ数日の私は少々みっともない姿を晒していたかも知れないが、今はこうして‥‥」

「ちょっとお姉さん! 静かに! 今が一番大事なとこ!」

「あ、はい」

「前の時には、俺は金属の持つ硬度だけに頼り、とにかく硬く鋭くする事しか考えていなかった‥‥だが、長年経験を積んだ今ならわかる。この金属の性質は、硬さのみに在らず‥‥むしろ、粘り強くしなやかな、その柔軟さにある‥‥」

「なるほど。それこそ、こいつが唯一無二の鉱物と呼ばれる所以ってわけ」

「勝負は一瞬。こいつの持ち味を最大限に高めるには、高温が必要だ。だが、必要以上に熱すれば成分は変質し、ただ硬いだけの剣になってしまう」

「焼きを入れ始めてから、15分40秒経過」

「その一瞬を見極めて‥‥」

「15分50」

「‥‥‥‥」

「4、3、2」

「一気に冷やす!」

「0!」


 鍛冶屋が剣を水に浸した瞬間、凄まじい量の蒸気が周囲に立ち込めた。


「‥‥ど、どうなったんだ?」

「‥‥とりあえず、完成はした」

「おお!」

「だが、こいつが史上最高の名剣として生まれたか、以前の剣の改良型に留まったかは‥‥」

「使ってみないと、なんともね」

「な、なるほど」

「早速、試してみるか?」

「そ、そうだな。ううむ、胸が高鳴ってきた」


 そうして三人は、小屋から少し離れた林へと移動した。


「なかなか立派な木だ。こいつが丁度よさそうだな」

「おいおい、そんな大木、大丈夫か? 作って数分でぽっきりやられたら、流石に寝込むぞ」

「案ずるな。自分の打った剣と、私を信じろ」


 デュラハンは抜き身の剣を構え、大木に体を向けた。


「ゆくぞ‥‥ふう‥‥いやっ!」


 剣を振りかぶり、掛け声と共に袈裟斬り一閃。が‥‥何も起こらない。


「おっと、いかん。少々怠け過ぎていたようだ。まさか、目測を誤るとは」

「空振りかよ!」

「すまんすまん。すぐにやり直‥‥す、と‥‥」


 その瞬間。止まっていた時が動き出したかのように、木に裂け目が入り‥‥両断された。


「な‥‥そ、そんなバカな‥‥私は今、すっかり空振りしたとばかり‥‥いや、確かに何の手応えも無かった、筈だぞ‥‥」


 目の前で起きた出来事に、デュラハンは動揺し、その手に持つ剣を取り落としてしまった。

 切っ先から落ちた剣は、そのまま地面に突き刺さると、まるで溶けて消えてゆくかのように、地面に吸い込まれる。ついには、柄だけを残して、地面に飲み込まれてしまった。


「は、ははは、はは‥‥いやいや、まさか、いくらなんでも、そんなバカな‥‥はは、ははは‥‥」

「‥‥‥‥」

「‥‥‥‥」

「て、店主殿‥‥ドワーフ‥‥」

「あ、ああ‥‥」

「な、なんだい」

「私はまだ‥‥酒が抜け切っていないようだ‥‥」


 その後、三人が正気を取り戻したのは、数分が過ぎてからだった。

 目の前で起きた現象が現実だと確認した三人は、皆で喜びを分かち合い、その晩は時が経つのも忘れ、騒ぎ、歌い、飲み、また喜んだ。

 その翌日。は、全員が半死人状態だったので、その更に翌日。

 ドワーフは、分けてもらった貴重な鉱石を抱え、朝早くに仲間の下へ帰っていった。

 そして今、人間と魔物であり、おじさんと美女であり、被害者と加害者であり、職人と依頼人であった、この奇妙な二人に、別れの時が訪れようとしていた。


「では店主殿。世話になったな。あと、丈夫な鞘まで作ってくれてありがとう。抜き身で恐々と持ち帰らなければと思っていたのだ」

「なに、構わんよ。お釣りの代わりだ」

「そうか」

「親睦会とやら、しっかりやれよ」

「この剣を使う以上、相当手加減をしなければな。私が団長になる日も、そう遠くない」

「そうか」

「‥‥では、そろそろ行くとするよ」

「ああ」

「店主殿。あなたの夢は‥‥人生の目標は、叶ったのだな」

「そうだな。これでもう、いつお迎えが来ても大丈夫だ」

「そうか‥‥では、安心して告げる事が出来るな」

「え、何が?」

「こほん‥‥我はデュラハン! 次の満月の晩、貴公を貰い受けに参上つかまつる! 首を洗って待っているがよい! それでは、また会おう!」

「はあ? ちょ、ちょっとおい、今のはどういう意味‥‥おいってば!」


 馬を駆り、森を突っ切り、去って行くデュラハン。

 鍛冶屋がその宣告の意味を、愉快そうなドワーフに教わったのは、三日後、満月が顔を覗かせ始めた、夕暮れ時であった。




                                      おしまい






おまけ


「休暇中、色々あったようだな」

「はっ!」

「素晴らしい剣を手に入れたとか」

「はい!」

「旦那まで出来たらしいじゃないか」

「恐縮です!」

「その旦那から聞いたんだが」

「えっ?」

「随分と楽しんでいたそうじゃないか。ある時は首を回して金を集め、またある時は酒の飲みすぎで一日中寝て過ごし」

「いや、あの、違‥‥違うんですよ! 違うんですって!」

「何が」

「最近では友好的な人間も増えているとは言え、我々魔物に対し、恐怖や憎悪の感情を抱く人間も、未だに多い筈です」

「うん」

「我々は、今まで以上に! 魔物と人間の距離を! 縮める努力をしなければならないと思うわけです!」

「なるほど」

「はい! そのための手段としては、人々の中に混じり、共に酒を酌み交わすという方法はなかなかに有効な」

「その結果、正体を失くすほどの飲んだくれ女が出来上がったわけだ。素晴らしい解決策だな」

「いや、それは‥‥」

「間接的に、我々誇り高いデュラハンのイメージを悪化させたとも言えるな。結構結構」

「まあ、そういう見方もしようと思えば出来るかも知れませんが‥‥」

「お前ホントふざけんなよ。首だけじゃなくて、いろんな場所で分割するぞ」

「すみませんでした!」


 以上、結婚した結果色々チクられて超怒られてる光景。


                                     おまけもおしまい
13/12/14 13:53更新 / ブリッツェン

■作者メッセージ
誇り高い騎士的なキャラクターは、ちょっとポンコツ気味くらいが可愛らしいんじゃないかなと思います。

美女が小汚くて冴えないおじさんに惚れるとか、夢があっていいんじゃないかなと思います。自分を投影出来るからとか、そういう意味ではなく!

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