読切小説
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最期に願うのは
砂埃と鮮血の臭いがリリムの鼻腔を刺激する。しかし彼女は己の腕を使って鼻を掻く事が出来ない。何故なら彼女の腕の中には、既に勇者が抱かれているからだ。
血塊を吐き、肉体が崩れゆく勇者を膝と両腕で支えているからだ。

勇者の身体がこのような状態になったのは決してリリムのせいではない。
彼女は勇者が倒れた後、虫の息となった勇者自身から全てを聞いた。
勇者は自然分娩ではなく魔術、それも禁忌とされていた筈の人造人間の魔術によって造り出されたモノであること。
人造人間の魔術の効果の一部により魔物娘の誘惑に耐えられるが、代償として肉体の寿命がとても短いこと。
そして今、身体の制限時間が来てしまったこと。

勇者は白眼が真っ赤になる程の濃い血涙を流しながらリリムを倒せなかった事を悔やんだ。
漸くリリムの棲む城にたどり着いたのに。
あと一息でリリムを倒せたのに。
勇者はその倒すべき敵であるリリムに抱かれながら、嗚咽を漏らした。

リリムは瞼を閉じて静かに聴いていた。
勇者が落ち着くの待って目を開く。その眼光には、同情と怒りが混もっているのに勇者は気が付いた。
しかし彼女は慈愛に満ちた表情で、勇者に囁いた。
私のチカラを持ってすれば、貴方に普通の人間と変わらぬ肉体を与えることが出来ます。と。

勇者は一瞬驚いた後、掠れた声で嗤いながら答えた。
その必要は無い。と。
言い終わるが否や咳と共に、赤黒い血を吐き出しながら。

リリムは勇者よりも驚いた。
しかし人間を愛する魔物娘である彼女は死なないように説得しようと試みたが、言葉が出るよりも先に諦めた。
勇者がこれ以上の生を望んでいないことを、彼女はその安らかな表情から悟ったのだ。
いくら人間を愛し共に過ごす事を大切にする魔物娘でも、望んでいない人生を押し付ける程薄情では無いのだ
では新しい生の替わりにと、彼女は勇者に三つ願いを言うように告げた。
どんな願いでも叶えることができます。と告げた。

勇者はまた笑って尋ねた。
何故お前は自分の同胞を傷付け、お前の住み処を破壊し、挙げ句の果てにはお前自身を斬り殺そうとしたモノにそこまでする。と。

リリムは勇者の髪を一つ撫でると、まるで子供に勉強を教えるかのようなやさしい声色で、それが私であり私達であるからです。と、さも当然のように答えた。

勇者は納得した様子で薄く笑うと、願いを述べた。
自分の替わりに自分が今まで殺し、傷付けてきた魔物娘に謝罪してほしい、と。
そこに転がっている御影石でかまわないから、墓石に自分の名前を彫って墓を作ってほしい、と。

リリムは涙声で叶えましょう。と答えた。
そして三つ目の願いを尋ねると、勇者は既に肉が半分近く崩れ落ちた腕でリリムの眼から零れ落ちる涙を拭いながら、お前が幸せになってほしい。と言い放った。
そして涙を拭った腕が地面に落ちる。血液の絡んだ呼吸音はもう聴こえない。

言葉の最後の方は声になっていなかったものの、意味はきちんとリリムに届いていた。
彼女は最後の願いを聞いた瞬間はっと驚く。そしていたずらを思い付いた子供のような笑みを浮かべると、彼女は片腕を勇者の胸に当てた。

リリムがまわりには聴こえないような声量で何かを呟き、眼を閉じる。
すると、勇者の身体が淡い赤色の光に包まれた。
光は強弱を繰り返しながら勇者の身体を癒してゆく。
肉の剥がれ落ちた部分は塞がり、ボロボロの内蔵は綺麗で健康な物となった。

光が消え、リリムは勇者を抱き締める。
すると勇者の瞼が僅かに動いた。続いて咳が出る。
リリムは身体を離して勇者と眼を合わせた。

勇者は自分の身に何が起こったのか理解出来ていない様子で綺麗に元通りとなった身体をまさぐり、リリムの眼を見た。

リリムは優しい微笑みを浮かべて告げる。
残念ですが、二つ目の願いは叶えられません。三つ目の願いを叶えるには貴方に生きてもらわないとなりません。私の幸せには、貴方の存在が必要なのです。と。

勇者はリリムの言葉でようやく理解すると、苦笑いを浮かべる。
そして、そう言われると仕方ないな。と呟き、今度は勇者からリリムを抱き締めた。

-END-
17/07/02 23:59更新 / ヴィダルサスーンモンスーン

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閲覧ありがとうございました。

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