読切小説
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鍋の中
 やあ、おかえり

……なんだい、その顔は。まるで帰宅したら幼馴染が裸エプロンで料理してた時のような顔をしてるね

 まあ、その通りなんだけど

 どうやって入ったって? キミのお母さんからスペアキーを預かっててね、「一人暮らしの息子の様子を見に行ってくれ」って頼まれたんだ

 そこで気の利く私は、仕事を終えて疲れて帰ってくるだろうキミのために、晩御飯を用意していたというわけさ

……まだ釈然としない顔だね。それはきっとお腹が空いているせいだよ。とりあえずご飯にしよう。ちょうどできたところなんだ

 ああ、いいよ座ってて。疲れてるだろう? 配膳なら私に任せてくれよ。ほら、私にはキミの三倍も腕があるんだ

 それでも手伝うって? ふふっ、やっぱりキミは優しいね。それじゃあ冷めないうちに並べてしまおうか





……よし、これで全部だね。それじゃあ席について……はい、召し上がれ

 どうかな、そのコーンポタージュ……美味しい? やった! コンソメから自作したかいがあったよ

 うん、ここに来る前に家で作って持ってきたんだ。いやあ、嬉しいなあ……!

 あ、そのサラダ? いい野菜を作るところを見つけてね、それに合うドレッシングを寝ずに考えたんだ。これも美味しい? そうかそうか!

 じゃあじゃあ、そのハンバーグは? 自信作なんだ……

……ッ――――!!!!

 ごめん、ちょっと待って、今、見せられない顔、してるから!

 ふう、落ち着いた。あ、だめだまだ顔がニヤけちゃう……もう、これくらいいっか

……ねえ、覚えてる? このハンバーグ、キミに教わったんだよ。

 小さかったころ、いつもはサラダとか、野菜スープとか作ってもらってたけど、あの時はキミの作ったハンバーグがあんまりにも美味しそうで……無理を言って食べさせてもらったんだよね……

 あの時の味……ありふれた表現だけど、幸せの味がしたんだ。誇張でもなんでもなく、それまで生きてきた中で一番美味しかったなあ

……まあ、その後ちょっとお腹壊しちゃったんだけどね……

 でも、それから料理を教えてもらうようになったんだよね

……って話が長すぎたね、せっかくの料理が冷めちゃうよ。食べて食べて





……ふふっ、キレイに食べたね……はい、お粗末様でした。

……の前に、実はデザートも用意してあるんだ

 ああ、いいよ立たなくて。私一人で大丈夫

 それに、ほら


 もう、立てないだろう?


 一応言っておくけど、料理に変なものを入れたわけじゃないよ。料理に込めたのは手間と愛情だけ。

 タネはこっち。知ってるよね? グリーンワームは、触覚から嗅ぐと気が抜けてしまう液体を分泌するんだ。

 キミが帰ってくる前に部屋に撒いてたのさ。気づかれないように低めぎりぎりの濃度で。せっかくの料理の香りも楽しんでほしかったしね

 さて、それじゃあデザートを召し上がれ


 んっ………………


……ぷはっ……ふふっ、どう? レモン味……なんてありきたりなものじゃないだろう? なんせ私特性ブレンドの魔界産フルーツミックスだ

……うん、やっぱりその目をすると思ったよ。興奮と情欲の底に見える……罪悪感……


……ねえ、なんで料理を作ってくれなくなったの……?


……理性を薄れさせるこの香りの中で、嘘はつけない。黙秘もできない…………そういうことになってるんだ。だから、何を言ってもしかたがないんだよ……


……私の才能に嫉妬した……かあ……


……だから私にイジワルになった……わけじゃないね

 キミはすごく優しい人だから、私にイジワルなんてしたことないもんね

 キミは優しくて、優しすぎるから……私に嫉妬した自分が嫌いになっちゃったんだよね

 だから料理の道を諦めて、家を出て、料理に関係ない仕事に就いたんだね


……大嫌いな自分が、私のそばにいることが許せなくて……


……私はキミの作ってくれた料理が大好きだよ

 今でも君の料理を目標にしてるんだ。今日の料理だってそうさ

 だって私はあの時世界を広げてくれたキミの料理が、そして何よりキミ自身が!


 大好きなんだ……!


……それでもキミは受け入れられないんだね。キミの嫌いなキミを、好きだといわれることが

 わかるよ……料理をふるまう相手の気持ちを考えることを教えてくれたのもキミだから……


……でもね、私にはもう一つ、キミから教わった大事なことがあるんだ


 それは、料理には相手を変える力があるってこと


 知ってる? グリーンワームって普通は野菜や果物を食べるんだよ

 もちろん私も大好きだけど、今ではお肉やお魚も大好き。平気で食べられちゃうんだ

 それに、キミに料理を教わる中で、「考える」ことが得意になったんだ。分厚い料理の本だって読めちゃうんだよ

 それもこれも、キミの料理を食べたかったから、キミに料理を食べさせたかったから……!


 キミの料理に、私は変えられちゃったんだ


……そんな目をしないでよ。私は嬉しいんだ。大好きな人に自分を、世界を変えてもらえるのが

 だから


 私も、キミを「料理」して変えてあげる


 気づいてる? もう私たちは鍋の中にいるんだ。私が作った二人だけの世界に

 この鍋の中でじっくり煮込んであげる。私の「大好き」って気持ちで、キミがキミを好きになれるように

 だからさ、キミも私を料理してよ。キミの大好きな私が、もっと大好きな私になれるように

……なんだい、そのキョトンとした顔は。言っただろう、料理をふるまう相手の気持ちを考えたって。私の自惚れとは言わせないよ


 あっ……んっ…………


……ふふっ……ちょっと好きになれた……?


 でも、まだまだ煮込みが足りないね……君も……私も……



 さあ……もっと……溶け合おう……





 ん……眩しいな……

 さて、最後の仕上げだ……んー……

……よし、しわ一つなくキレイに伸びたね

 どうだい、キミの料理の出来栄えは

 んっ……ふふっ、よっぽどいい出来のようだね

 私の料理はどうかって?

 んっ……ふぅっ……んー……

……ぷはっ……もちろん、最高だよ



…………ふふっ、あはははは!



……なんだか、お腹が空いてきてしまったね

 え、作ってくれるの⁉

 やったあ! 着替えたらすぐに買い物に行こう! 楽しみだなあ……!

 そりゃあ喜ぶさ。キミの作る料理は、キミのために作る料理と同じくらい大好きなんだ! 同率二位だね!



 え、一位は何かって?

 それはもちろん




 キミと、一緒に食べる料理さ!

21/06/13 10:02更新 / 川崎彼岸

■作者メッセージ
初投稿です。
自分のために書きました。
グリーンワームに足と腕の区別あるのかな……?

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