読切小説
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凍てついた苦痛
 物心ついたとき、自分は苦痛を味わっていた。母は自分を産んですぐに亡くなり、厳格な父に育てられ成長した。そんな自分は周りから普通の目で見られていないことに気付く。

 自分は性別では男だ。けれど、その容姿はまるで年齢と合わぬ金髪の少女だった。顔は幼く身体は男とは思えないほど華奢だった。他の同世代から馬鹿にされるのは当たり前。周りとの関わりもないため、口数も少なくなり、無表情が当たり前になる。顔を洗うたびに水面に映った自分は好きになれなかった。

 父は教会の騎士団に勤めている。不慮の事故で左腕を失くし、騎士を辞めた後、事務的な仕事に就任。同じ道を望む父は自分を幼少の頃から剣技を叩き込んだ。だが、途中までしかできなかった騎士であったため、限界があった。そこで10歳になった時、騎士の養成所に預けられることになった。そこは勇者とも言える騎士を育成するための訓練施設でもあった。父は少し不安に思っていたが、自分は嫌一つ言わず、むしろ行くことを望んだ。

「そうか。では行って来い! 必ず立派な騎士になれ!」

 父の望みなどどうでもよかった。自分が望んだ理由。それはこの境遇を断ち切ること。そのために今できることは、自身を強くすることだ。

 養成所に居てもやはり境遇は同じだった。力もまだ強くなってないので、訓練でも同じようなことが起こる。女のくせにと集団で罵られ、強い奴に叩きのめされる。その繰り返しだった。それでも自分は諦めるつもりはない。容姿だけで判断する奴らに屈したくなかった。

 訓練とは別の自主訓練を始めることにした。朝早く、皆が起き始める前に走り、常に重りとなる砂の入った小袋をタオルのように足や腕に巻きつかせた。1日の訓練が終われば、重い木剣を使って皆が眠るまで素振りや自分に合う剣技を考えた。からかいで手合わせしてくる奴がいるが、本気で手合わせすることはせず、気付かれないようわざと勝たせる。相手の剣技を見極める練習でもある。

 15歳になった自分。相変わらず、少女のような容姿であったが、剣技と身体能力は変わった。華奢な身体の内に片手で重い木剣を振り回す筋肉を秘め、常人とは思えない反射神経と素早さを手に入れた。それでも変わらない日常を過ごしている。

 ある夜中、いつもの素振りをしていると視線と気配に気付く。左横を見ると養成所の剣技を指導しているテムズ士官だ。かまわず練習していると、自分の傍まで来て話し掛けてきた。

「お前にはまだ足りないものがある」

 素振りを止め、テムズ士官の方へ向くと、騎士が実戦に使う剣を2本持っていた。そのうちの1本をこっちに向かって投げ渡してくる。

「私に一撃でも与えろ! できなければそれまで!」

 テムズ士官は60歳の老騎士で名の知れた剣士だ。恐らくこの養成所内で最強の剣士であろう。そんな人と戦うことになろうとは、予想はしなかった。が、これは自身の何かのチャンスであると感じた。練習用の木剣を捨て、鞘から剣を取り出す。向こうも抜刀。

 今まで感じたことのない緊張感が湧き出る。これは実戦とも言える試合だ。剣は相手を斬り裂く本物の両刃。そして、相手は勝てるかどうかの分からない熟練剣士だ。

 始まりは向こうの踏み込み突き。難なく下に避け、斬り上げを狙う。しかし、士官はそれを素早い手捌きで突いた剣を捻り、受け防ぐ。すぐに離れて間合いをとる。が、士官は右斜めの構えを取り、斬り込みのラッシュを始めた。その攻撃を弾き防ぐ。

 この時、あることに気付いた。テムズ士官は本物の剣士。訓練では剣士の卵である自分たちに指導する際、後遺症が残らないよう剣術の手加減はしてくれていた。今の彼はその手加減すらない状態で自分に挑んでいるのだ。

 なのに・・・なぜか、彼の攻撃がどう来るのか、見切れる。テムズ士官と訓練では何回も戦ったことがある。その時はかろうじて防ぐか避けるしかなかった。だが、今は余裕があるほど、防げる。本気で戦ってくる相手なのに。その目に偽りは感じられない。

 彼の剣を右に弾き、左足でストレートに蹴りをだす。彼はかろうじて右足で防ぎ、その反動で後ろにステップして距離を置いた。

「ふう、いい動きよ」

 そう言いながら上段に構え、力を溜める。次で決めるつもりだ。自分は剣を片手で持ち、左腰へと下段で構える。わずかな間、時が止まった感覚だった。

「「・・・・・・・!!」」

 次の瞬間、相手の動く気配に気付いた直後、強烈な袈裟斬りが襲いかかった。右にかわし、自身は彼の頭に向かって斬り上げる。しかし、彼は首を曲げ避ける。互いに交差した後、向き合う。すると、テムズ士官は構えを解き、剣を鞘へ収めた。

「・・・見事だ」

 そう言った後、彼の左頬に紅い線が走っていることに気付く。自分も剣を鞘に収め、彼に渡す。

「明日まで待て」

 その一言だけ残し、訓練場から立ち去った。詳しいことは分からなかったが、自分は士官に実力を見せた。一つだけ何かを成し遂げた気持ちだった。





 翌日、訓練が始まる朝の集会にテムズ士官を含めた三人の士官が現れた。彼は布に包まれた長い物を持っている。全員が集まり終えると、テムズ士官が声を上げた。

「今日は特例の授与式を行う! この中で騎士にふさわしい卒業者が決まった!」

 それは異例の出来事である。本来、騎士になるにはこの養成所で18歳を迎え、なおかつ卒業試験を合格した者か、上級騎士の家系に生まれた者のみ。今の訓練生たちにその該当者はいない。そのうえ、卒業試験も時期的に行われていなかった。

 テムズ士官は持っていた物の布を取り、ひと振りの剣を掲げた。

「今から名を呼ぶ者にこの『光剣』を与える!」

 その剣は卒業した者の中でも極僅かしか授与されない聖剣とも言える代物だった。光の加護を受けているため、強力な魔法も斬り裂ける武具。まさに教会騎士のシンボルにふさわしい剣。訓練生だけでなく、彼の周りにいた士官たちも驚いた。

「リトラ・サリュート!」

 その言葉が響いた後、訓練生全員が自分を見つめた。今までになかった初めての視線だ。

「前へ出よ」

 そう言われて自分は歩き、テムズ士官の前で跪いた。

「この光剣を渡そう。今からお前は教会の誇り高き騎士だ」

 差し出された剣を手にし、お辞儀する。

「今から私について来い。そこで・・・」
「なぜ、そいつなんだよ!!」

 後ろから大声が聞こえる。振り向くと、いつも子分を従えている角刈り頭がいた。あいつも自分を女男だと馬鹿にしてくる奴。そんなに上級じゃない貴族の長男だ。

「私の決めたことに不服とはいい度胸だな」
「しかし、そいつは落ちこぼれ野郎! いや、嬢ちゃんだったか」

 その言葉で周りの訓練生は笑い始める。慣れたいじりだ。今まで言い返すことはしなかったが、今度はさせてもらう。

「・・・じゃあ、手合わせする?」
「なに!?」
「テムズ士官、彼との試合の許可を」
「構わん。互いに木剣で一試合。光剣は邪魔になろう。今しばらく私が預かる。皆、場を開けよ!」

 彼の声とともに訓練生たちは二人から離れる。準備が整い、互いに構える。

「テムズ士官!」
「なんだね?」
「俺が勝ったら『光剣』を頂きます! いいですね!?」
「やってみろ。無制限で相手を戦闘不能にしたら終了。始め!」

 美味しい所を奪う魂胆。開始と同時に突っ込んできた。

「いい声で泣かせてやるよ!!」

 上段で一気に振りかぶって来た。難なく避け、奴の顔目掛けて木剣の平らな剣身で思い切り叩いた。スカ――――ンと乾いた音が辺りに鳴り響いた。奴は仰向けに倒れて気絶する。あまりの出来事に他の訓練生は唖然としていた。

「皆もこれで分かっただろう。この者は昨夜、私に傷を負わせるほどの腕前を修練したのだ。ただ時を過ごし、騎士になろうとする怠けものに『光剣』を持つ資格などない!!」

 テムズ士官が怒鳴り散らし、こちらに近づく。再度、光剣を手渡される。

「騎士リトラ・サリュート。私と共に来い。教会騎士としての役目を与える」
「はい」

 長年、使用した木剣を地面に突き刺し、彼の後について行く。もうこの場所ですることはない。驚きの顔をした怠け者共に見向きもせず立ち去った。





 こうして、自分は第一歩として騎士に昇格することができた。まずは装備を支給され、教会のシンボルである十字架のマークが彫られている白い胸当てと小手を装備。軽快に動くには丁度いい。

 次にテムズ士官に連れられ、やって来たのは第11騎士部隊。簡単に紹介され、配属することになった。

「なんで嬢ちゃんがここに入るんだよ?」

 ここでも、隊長含め隊員たちも見た目で判断。士官の命令が聞こえなかったのか?

 ここでは養成所とは違う訓練と実際の任務に就かなければならない。任務は主に盗賊狩りだそうだ。

 初の任務が隣国へ行く街道に出現した盗賊団の壊滅。こちらは自分を含めて18人。盗賊団は確認された者で25人。商隊に扮して自分たちは囮になり、奴らをおびき寄せた。見事にかかり、交戦が始まる。盗賊の5人が自分を女だと思い一気に襲いかかって来たが、そいつらの腕を切り落としてやった。その後、さらに7人を戦闘不能にした。戦闘終了後、自分の剣技と光剣所持に隊長含めた隊員たちは驚きを隠せなかった。別に見せびらかすために戦ったわけじゃない。

 騎士になって1年が経つ。凶報で父が急死した。心臓病らしい。それでも感情が変化することはなかった。ただ、騎士になって欲しいと願う父に涙の一滴も出なかった。

 やることと言えば、自身の腕を磨くか、不当な輩を叩きのめすぐらいだった。同じ隊の仲間とも関わることもない。自分はまるで光剣そのものだった。不要な時は鞘の中に閉じ籠り、抜刀すると光の如く斬り輝く。

 光剣は常に磨いて手入れは怠らない。光の加護もあるので刃こぼれはまずない。その上、相手の魔力を斬り裂けるので、結界を壊し、攻撃魔法を防ぐこともできる。盗賊の中には魔術師などがいたが、性格の悪い奴らなので顎を砕き無力化させた。

 ある日、騎士部隊の大隊長が訪れ、ある任務を我が部隊に与えた。その内容は現在、敵対中の大国付近に向かい、そこの魔物を殲滅せよとのこと。理由はその大国へ従軍する際、魔物による襲撃で多くの被害が出ている。その障害を最近、功績を挙げている第11騎士部隊に処理してもらおうとのことだ。そして、もうひとつ。

「この部隊には勇者に匹敵する剣豪がいるようだ。彼ならやってくれるはずだ」

 大隊長がそう言うと皆の視線が自分に集中する。他人任せな奴ら。大抵、敵を殲滅しているのは自分。味方が何も言わず、自分を囮にして窮地に追い込まれることも多々あった。けれど、その窮地をものともせずに大勢の敵を葬った。帰還すると皆が驚くも怒り狂うこともなく、咎めもしなかった。やったところで意味がない。



 数日後、第11騎士部隊は目的地の大国付近の森林地帯に到着。静かすぎる場所だった。敵を探すため自分一人で斥候。本隊は数十歩後ろから様子見で付いて来る。これもいつものこと。罠に怯える臆病な隊長だからだ。

 しばらくして何かの気配に気付き、立ち止まって辺りを見回した。すると前方に魔法陣が発生。そこから三体の魔物が現れた。

「ほほう、なかなか有望な人材かのう」
「ちょっとメシル! あの子は私の獲物よ! 勝手に取ろうとしないで!」
「メシル殿、アーラ殿。相手の前では冷静にして下さい。」

 なにやら騒がしい者たちが現れた。これは本当に魔物なのか? 角を生やした幼女と、悪魔のような姿の女性に、禍々しい鎧を纏う冷静な女戦士。変な組み合わせ。

「おっほん! まずは簡単に・・・わしはメシル。バフォメットじゃ」
「もう!・・・私はアーラよ。見ての通りサキュバスよ」
「第5防衛隊隊長のカーン。デュラハンだ」
「・・・教会第11騎士部隊所属リトラ・サリュート・・・」

 名乗られたからにはこちらも名乗らずにはいられない。どうやら、上級に値する魔物クラスが三体も出たらしい。後ろにいる臆病者共なら瞬殺だろうな。正直、自分でも勝てるかどうか、魔物との交戦経験がないので結果が分からない。

「ん? ちなみに後ろの人たちならもういないわよ」

 そう言われ、振り向かずに後ろの気配を探る。全くないことに気付く。やはり逃げたか。いつも通りに。

「心配するな。今頃、ダークスライムとアラクネ、ダークエルフの罠で一網打尽にされとるじゃろ」

 それはいい気味だ。これで二度と罠にはまる思いをせずに済むね。臆病部隊。

「残るはお前だけだ」

 デュラハンがそう言うと抜刀体制に入る。

「かわいい顔しているわね。妹にしちゃいたいぐらい」
「ちが――――――う!! わしの補佐役の魔女にするのじゃ!!」

 妹? 魔女? その言葉を聞いて自分のある感情に火が点いた。閉ざしていた口を開く。

「ふん・・・ここでも間違われるとは皮肉なものだな・・・」
「むっ、まさか・・・お前・・・」
「その目を節穴にしてやる!」

 言葉を言い終えると同時に抜刀し、彼女らに斬りかかる。サキュバスとバフォメットは左右に別れ、残ったデュラハンが抜刀し剣を受け止める。

「腕は本物のようだな」
「目が曇っているお前たちに言われたくない!」
「なっ! あ奴! 男なのか!」
「あんなにかわいいのに! じゃあ彼氏にしちゃおう!」

 バフォメットは大鎌を、サキュバスは黒鞭を取り出し、こちらに向かってくる。やむを得ず、デュラハンを押し出して後方に離れる。黒鞭が左腕に絡み付き移動できなくなる。そこへバフォメットが大鎌で振り被る。迫る刃を剣で右に弾く。その剣を今度は戻して、左腕を拘束する鞭の先を斬り解く。

「ああ〜ん! 私のオナウィップが・・・高かったのに・・・」
「愚か者! あ奴の剣は加護を受けておる! 生半可な武器じゃ効かぬ!」

 二人が話している間に自分はデュラハンへ向かう。3対1で分が悪いのは目に見えていた。なら一人でも倒さねば。相手は右横に剣を薙ぎ払う。が、自分はそれを避けて左脇に構えた剣で相手の首を狙う。

「!!!」

 見事に相手の首を切り落とすことに成功。まずは一人と思った瞬間。予期せぬ剣撃が左から襲いかかった。慌てて剣を戻して防ぐ。

「くっ!」

 襲撃者は先ほどのデュラハン。首の無い状態で剣を振り回したのだ。不意な一撃を防いだためふらつく。そこへバフォメットが追い打ちを掛ける。

「そこじゃあ!!」

 この斬撃はかわせないと判断して剣で弾くも、手がもつれて体制を崩してしまう。そんな無防備な自分を第三者が見逃さなかった。

「いただきっ!」

 サキュバスが後ろからダーツを投げてくる。首に刺さった瞬間、身体が熱くなり、意識が遠のき始めた。

「やった――――! 私のも――――」

 声が途中で途切れる。終わったのか・・・自分の・・・。





「――――んぅ――ふぅ――――」

 視界が徐々に開くとともに何かの声が聞こえる。なんだろ・・・。

「―――んふぅ・・・あっ・・・やっと起きたね」
「っ!!!」

 目の前には先ほど戦ったサキュバスが仰向けの自分に馬乗りで跨っていた。しかもその股には自身の男性の象徴を咥えていた。何処か建物の寝室のベットの上で。

「何を・・・くっ!痛っ!」
「知り合いからギルタブリルの毒を頂いたの。しばらく動けないわよ。ああっ!」

 彼女の言う通り、身体は満足に動けない状態だった。そして、お構いなしに腰を振って快楽を求める。

「はぁ・・・はぁ・・・くっ!・・・あっ!」
「いい声ね・・・本当にかわいい・・・男とは思えないわね」
「はぁ・・・はぁ・・・だまれ・・・自分は・・・」

 そうだ。自分はこんなことを言われないために・・・こうしている場合じゃ。

「あっ! あっ! あっ! いいよっ! もっと!!」
「くぅ! うっ! うっ! くはぁ! くっ!」

 徐々に腰の動きか早まり、それに合わせて思考が飛びそうになる。そして・・・。

「あぁ!! くる! いっちゃう―――!!!」
「かはぁ―――――――――!!」

 彼女の胎内に自身の何かが溢れ出す。それは今まで味わったことのない感覚だった。またも意識が遠のいた。





「――――ん・・・」

 気が付くとあのベットの上にいた。身体の痺れはなく、ちゃんと動けるようだ。周りを見渡すと女性の部屋とも言える家具や小道具あった。どうやらあのサキュバスの部屋らしい。見るとベットの横に自分の装備一式が置いてあった。幸い部屋の主は不在。脱出のチャンスと思い立ち上がる。窓をみると夕日の光が差していた。

 防具を付けようとした時、あることに気付く。見たこともない衣装を着用しているのだ。ロングブーツにロンググローブ、短パンにへそが見えるほど短い半袖の上着。肌が所々露出している。けれども元の服を探すも見当たらないので仕方なく、装備を付ける。

 光剣を腰に付けた瞬間、さらなる異常に気付く。腰とお尻の辺りに別の感覚。首と上半身を回し確認すると、そこには悪魔のような翼と尻尾が存在していた。それらは自分の意思で思い通りに動かせた。信じがたい物を見て、パニックになりながらも鏡を探した。

 化粧台の鏡を見つめ、嘘だと夢だと思いたかった。けど、これは現実。残酷な姿だった。翼や尻尾だけでなく頭に角も生えていた。それはまさにサキュバスと同じ姿。人間でなかった。

「―――!!」

 突然、かすかに聞こえた声に驚く。部屋には窓とドアが対をなすように一つずつあった。そのドアの方から話し声が聞こえる。音を立てずにドアに近づき、聞き耳を当てる。

「それでどうだったの?」
「別のサバトで確認した。あの者が変化した現象はどうやら『アルプ』らしい」
「『アルプ』? 何なのその魔物のような名前・・・」

 話しているのはあのサキュバスとバフォメットだ。だが一番気になるのは彼女らが話している『アルプ』だった。

「お主らサキュバスのような種族は男性をインキュバスへと変える能力を持っている。そして、インキュバスと化した男性もある意味魔物とも言える。だが、最近そのインキュバスに突然変異が起こる現象がいくつか報告されておる」
「それが・・・」
「あのリトラという者に起きた変異も恐らく、『アルプ』で間違いない」
「じゃあ・・・あの子に精は・・・」
「一応残っておる。じゃがそれは男であった寸前のものしかない。今、あ奴は完全な女じゃ」

 その言葉を聞き、身体の力が抜け落ちた。女になった・・・最早耐えがたい状況だった。


≪完全な女≫


 バフォメットの言った言葉が脳裏に繰り返される。今まで受けてきた屈辱を上回っていた。

「とにかくあの子を・・・」

 その言葉と同時に自分は素早く窓に向かい、ガラスを光剣で斬り裂き、窓から飛び出す。下はかなりの高さがあったが、迷わず腰の翼を羽ばたかせた。高度を落とさず飛べた。後ろの方で何か声が聞こえたがどうでもよかった。とにかく、ここから離れたかった。でなければ胸が張り裂けそうだったから。

 できる限り遠く・・・遠くへ・・・。

 監禁された場所はどうやら大国の近辺らしく、戦った森林地帯も近かった。でも此処らは魔物たちのテリトリー。見つかりたくない。さらに遠くへ飛んだ。そしてもうすぐ教会の地域に入ろうとし、不意に立ち止まる。

 自分は今、人間じゃない。教会の信念で魔物は滅ぼすべき存在。その一説が頭に浮かんだ時、今度は此処からさらに違う左方向へと飛び立った。この近くには山が二つあり、そこを超えた山奥なら教会や魔物ですら来ないだろう。

 山の麓に着き、休める場所を探す。ちょうどいい浅い洞窟を発見。ここまで飛んできた疲労もあったのですぐ横になり、眠りについた。



 眠りから覚め、視界に世界が映し出される。身体を起こし、確かめる。現実の悪夢は覚めなかった。外は日が昇り始める闇。水を求めるため、外へ歩き出す。しばらく歩くと水の匂いがした。その方向へ歩き、ついに湖を見つける。両手で水をひとすくい飲んだ。ふと自分の姿が映る。おもむろに剣を抜いて水面を斬り裂いた。けれども水面は傷つかず、再度自分を映し出す。


 映っては斬り・・・映っては斬り・・・・・・繰り返した。

 何をやっているのだろう・・・。


 洞窟に戻ることにした。これからどうするかじっくり考えよう。気のせいかお腹がすいたきがした。洞窟に戻り、座り込んで考えた。どうにか人間には戻れないのだろうか?でも噂では魔物になった女性は二度と戻れないと。そしたら自分は完全に女となっている以上、戻ることは不可能だろう。戻れたという噂もないから恐らく方法もない。ならどうすれば・・・。



「―――んっ・・・」

 気が付けば夕方になっていた。そうか、考えすぎて眠ってしまったのだ。お腹がいきなり鳴り出した。何か食べないといけない。先ほどの湖に向かった。見回してみると川を発見。予想通り魚がいた。手掴みで捕まえられたので三匹持って帰る。次に薪となる材木を探した。小枝を拾い集め、枯れ木を剣で斬り裂き、手ごろな大きさを持って帰った。早速、木の棒で擦り回し、木屑に火を付けて薪に移した。細い枝に魚を刺し、焚き火であぶる。焼けた魚から食べていった。三匹ともすぐに骨となり、外の地面に埋める。その後は焚き火を見つめ続けた。

 おかしい。なぜか、満腹感を得られない。そこである言葉が蘇る。

≪あの子に精は≫ ≪男であった寸前のしかない≫

 まさか・・・。



 翌日、その答えが分かった。朝に獲った魚を食べたのに飢餓感が身体を襲う。サキュバスは人間の男性の精気を吸い取る魔物だ。彼女に変化させられたこの身体も魔物そのもの。同じエネルギーを摂取しなければならない。それは自身の人間を完全に捨てることを意味する。

 嫌だ・・・嫌だ・・・嫌だ・・・でも現状でどうすることもできない。
 ・・・・・・・・・・欲しい・・・はっ!!!・・・嫌だ!嫌だ!嫌だ!嫌だ!嫌だ!

 おもむろに剣ベルトの背後ろに付いている小剣を取り出した。
 万が一の自害用のミゼリコルド。

 これを・・・首に突き刺せば・・・この苦しい飢餓感・・・それだけじゃない・・・今までの苦しみを・・・・・・・・・はっ!!!

 小剣の切っ先が喉にほんのちょっと刺さったところで投げ捨てた。



 ・・・何している

「・・・死を選ぼうとした」

 ・・・なぜ

「・・・苦しみを失くすために」

 ・・・何の苦しみだ

「・・・精気の飢餓感だ」

 ・・・それではない

「・・・それは・・・」

 ・・・自分が味わってきた屈辱を忘れたか!

「・・・忘れるものか!」

 ・・・ならそこで死ぬことはどういう意味か分かっているのか!

「・・・今までの理不尽な扱いを認めること!」

 ・・・ならそれを認めるのか?

「・・・嫌だ!!!!!」

 ・・・嫌なら生き続けろ!!!



 そうだ。以前、訓練の実習でテムズ士官が皆にやらせたこと。一日中、集中力を高めるため、小剣で枝をできる限り細長く削る作業。すぐに枝を沢山集める。剣で枯れ木も斬り刻み、一本丸ごと材料にした。山積みの材料を前に小剣を出して作業を開始。


 できるだけ細く・・・細く・・・細く・・・細く・・・細く・・・終わりなどない。
 自らの欲求すら抑え込める集中力を!!

 細く・・・細く・・・細く・・・欲しい・・・細く!・・・細く
 細く・・・欲しい・・・細く!・・・細く・・・細く・・・細く
 細く・・・細く・・・細く・・・細く・・・細く・・・細く


 削りすぎて折れてしまうがそれは薪にして次に入る。上手くいかないときがあり、この作業が嫌になるときも。小剣を首に突き刺せば終わる。何度も自殺を図った。でも、なんとか踏みとどまり、ギリギリの命の作業を行う。気が付けば精の飢餓感は無くなり、代わりにこれをせずにはいられなくなった。





 ある日、木材を収集していると何かの気配に気付いた。人がいるのだろうか? かなり遠くだが、近付いているのは確か。このままでは安息場所が見つかる。だからといって立ち去る余裕もない。やむを得ず、木材を置き、気配の方へ音を立てないよう向かった。

 まねかねざる客は見覚えのある服装の者だった。十字架の彫刻がある装甲を着けた剣士。教会の騎士だ。数は三人。見覚えのない顔だから恐らく、顔見知りの無い別部隊の騎士だろう。自分は敢えて彼らの前に飛び降りた。突然の出現に彼らは驚く。

「な、何奴!」
「すぐに後ろに向いて立ち去れ!!」
「ん!? 魔物か!」
「早く立ち去れ! 強制的に帰らせるぞ!!」
「アマが偉そうに! 俺らは此処に魔物が出現したと報告を受けてやって来たのだ!」

 魔物が出現したとの報告。まさか此処での行動を誰かに見られたのか。厄介な。

「そちらから来てくれるとは手間が省けるぜ。クソアマ、俺らと遊ぼうぜ」

 騎士たちは剣を抜き、戦闘態勢に入る。

「おとなしく去れば無事に帰れたものを・・・」
「はんっ! そんなこと・・・って、てめえ何で騎士の装備してやがる!?」

 そうだった。自分はこいつらと同じ十字架彫刻の胸当てをしている。不思議に思うのは仕方ない。でも、今はそんなのはどうでもいい。

「うるさい。お前らと仲良くしたことなぞ一つもないわ!!」
「このアマ―――!!」

 一人が斬りかかってきたが、単純すぎる。左に避け、素早く右足で蹴り飛ばした。思った以上に力が入ったため、向こうの大木の手で届かない高さまで飛ばし当てた。恐らくあばら骨がいっただろう。

「なっ!」
「このやろう!」

 残り二人が襲いかかってきたが遅すぎる。光剣を抜き、相手の右腕を浅く斬った。

「「ぎゃああ!!」」

 奴らの後ろに回り、飛ばされた奴の大木まで両手で二人同時に投げ飛ばす。飛ばされた位置まで近づき、見下す。

「これ以上挑むつもりならもっと痛めつけて川に流す。嫌ならすぐに帰れ!」
「ど、どういうことだ!? なぜ、お前が我が教団のシンボル『光剣』まで・・・」
「・・・失せろ!!!!」

 その言葉をきっかけに彼らは倒れた一人を引きずりながら逃げ去った。念のため気配が山を越えるまで監視した。不愉快な奴らだ。同じ騎士とは思えないほど情けない。いや、自分はすでに騎士ではなかったな。早く戻って、作業をしなければ。



 それから数日経った頃、またも教会騎士がやって来た。同じように追い返すも一定期間ごとに別の奴らが訪れるようになった。鬱陶しい。

 訪れる奴らは様々だった。教会騎士部隊の騎士紛い共。多くて二十人くらい来たが所詮、自分のように鍛えてはいない。賞金稼ぎの輩や傭兵。魔力を扱える術師もやってきた。どれもくだらない性格の連中ばかり。卑怯な手を使う輩もいた。

 面倒だがこいつらの対策を考えた。まず、木材や山で採れるツタなどを使って投擲用の杭や罠をこしらえた。大抵の奴らは罠に引っ掛かる。魔力は光剣でもどうにかなるが、念のため、相手に近づきやすくするよう自身の速度を上げた。皮肉にも、魔物の身体能力で劇的に上げることに成功。魔術師は投擲で即黙らせるか、顎を砕いた。卑怯な手を使う奴らは一方的に叩きのめした。節穴の目にし、手足の骨を砕き、縛った後、川へ流した。その先はどうなっているか確かめてないので、滝になっていれば不運としか言いようがない。

 この輩のために時間を費やしたくない。一刻も早く、作業しなければ。そういえば。なぜ、この作業をしなければならないのだろう。

 忘れた。もういい・・・今日は眠ろう。





 あれから何十日、何百日過ぎたのだろう。延々と細長い棒を作り続けている。侵入者も来る確率が極端に少なくなった。教会もネタが尽きたのだろう。まあ、養成所や今の騎士たちはろくな奴らがいなかったし。

 水浴びをして身体の汚れを落としている時だった。久々の人の気配を感じた。またかと思ったが、一人だけの気配に不審を抱いた。今まで複数が当たり前だった。周りに伏兵がいるか探る。何度探しても見当たらなかった。仕方なく、一人の気配に向かう。



 気配の正体は教会騎士の装備をした金髪の青年だった。見た目は18歳ぐらいだが、若々しく体型もしっかりしている。顔も整い若干幼さが漂っている。なんだろ。何か感じ・・・嫌! 余計なことは考えるな! とにかく侵入者だ。追い払わなければ!

 彼の前に飛び降りる。相手は驚くも剣は抜かず、冷静にこちらを見つめた。

「即刻立ち去れ!! でなければ・・・」
「お久しぶりです。リトラさん」
「!?」

 なぜ、自分の名を!? それに自分は魔物化しているのでより判別しにくいはず。

「あなたは多分、僕のことは知らないでしょうが、僕はあなたを知っています」
「何のことだ? 訳の分からぬこと・・・」

 奴が剣を抜き見せる。それは自分と同じあの剣。『光剣』

「僕もあの人から授与されました」
「誰の話だ?」
「テムズ士官です」

 なつかしい存在だ。だが、そんなもの自分の通り道にある雑草のようなもの。話題を無理やり変える。

「そいつの話ではない。リトラとは誰だ!?」
「あなたです」
「違う! そんな奴知らん!!」
「いいえ! あなたのことです!! 第11騎士部隊! 光剣所持のリトラ・サリュート!!」

 なぜ、ここまで断言できるのだろうか。この青年は一体・・・。剣を仕舞い込み、ゆっくりと語り始める。

「僕は新しく編成された第11騎士部隊のマニウス・シュタ―ゼン。あなたの存在を知ったのは八年前。10歳だった僕はあなたの訓練を偶然見ました」

 八年前?・・・その頃だと自分はまだ養成所にいた時だ。

「皆が休んでいる間、あなたは一人訓練し続けた。過酷とも言えるそのトレーニングを。試合で負けているようで負けていない姿を。僕はそんな、あなたが立派に思えた」

 違う・・・自分は立派な存在ではない。

「15歳のあなたは特例の卒業生となり、皆の前で実力を見せてくれた。あなたのようになりたく、僕もあなたと同じトレーニングをしました。並の人では流石にきついですね」

 当たり前だ・・・あれはほとんど自分の思いつきでやったこと。怠けている奴が真似出来るわけがない。

「そして、五年前。第11騎士部隊が任務中で大半が行方不明。二名だけ帰還。ほとんどの者の装備品が残っていましたが、あなたの遺留品は見つからず。テムズ士官もあなたが消えたことに嘆いていました」

 五年前!? 自分は五年間も此処に籠っていたのか。

「僕も特例の17歳で騎士になり、テムズ士官から光剣を授与されました。実戦もまずまずの成績です。そんな半年前・・・ある噂を聞きつけました」

 ・・・・・・。

「村から遠く離れた、山に囲まれた湖付近。教会の装備を着け、光剣を持つ魔物が現れたと。死者は出ないものの、教会の精鋭でもかなわない強敵」

 村が以外と近かったらしい。それなら教会に報告されてもおかしくない。

「光剣を持つ者は限られます。大抵、勇者が持っている装備。けれど、この地方では勇者は配属されていません。また、その管理者はテムズ士官のみ。彼のみ教会の本部から、特殊武具の発注できます。最近の記録では二本のみ発注されていました」

 やはりあの人は腕以外も只者ではなかったか。

「二本目は僕。そして、一本目は特例で授与したリトラ・サリュート。光剣を持っているなら、同一人物であると言えます」
「それだけでは自分がリトラと断言できん!」

 しばしの沈黙が辺りを包む。

「・・・・・・目です」
「・・・何?」
「僕は覚えています。初めて会った時のあの目。周りは屈服させようと様々な屈辱を与えようとした。そこで僕はあるものを見ました。周りに押しつぶされない強靭な意志。何も染めることのできない・・・」
「それ以上言うなああああ!!!!!」

 止めなければならなかった。奴の言うことは自身の何かを・・・耐えがたい苦痛が蘇りそうになった。無意識に光剣を抜いていた。

「自分は・・・自分は! お前の思うほど強くない!!」
「リトラさん!!」
「うるさい! 自分はリトラではない!! 自分は人間だった! だが、今はただの魔物に過ぎん!!」
「えっ!?」
「どうやら、お前は自分にとって脅威になる存在のようだ! 悪いがただで帰す訳にはいかない!!」

 一瞬で間を詰め、袈裟斬りを繰り出す。一秒でも早く視界から消したかった。

ガキィィィィィィィン!!!!

「なっ!?」

 仕留められたはずの攻撃が受け止められていた。同じ光剣同士ぶつかり合い、共鳴したかのようなつんざく音が鳴り響く。

「剣を収めてください!!」

 やむを得ず、相手を押し出して距離を取る。あの一瞬の攻撃を抜刀して防いだ。自分の瞬発力に対応できるのか。なら試してやる!

 速さ重視の剣撃ラッシュを繰り出す。ついて来られるはずないだろうと思った。が、それすら防がれ続けた。一撃一撃が丁寧に無駄なく弾かれる。

「伊達にあなたを真似ていません!!」
「くっ! そういうことか!」

 じゃあ、誘い出させてもらう。わざと強力で隙のある右横薙ぎを出した。すると狙い通り、弾き返して反撃の上段斬りを出した。そこだ! 身体をしなやかに動かし、斬撃を避ける。

 無防備な腹に向け、弾かれた剣を右手だけで逆手に持ちかえて突き刺す。串刺しを確信した瞬間、奴の右手が剣からすでに離れて、こちらの切っ先を押し出し、軌道をそらした。結果、脇をかすっただけ。

 奴の背後に周り、剣を逆手から持ちかえて斬りかかる。当然、奴も振り返り、防いだ。鍔迫り合いになる。

「流石、光剣を持っている価値はある」
「あなたもです」

 互いに離れ、距離を取る。その時、自分はあることに気付いた。何かが蘇ろうとしている。自分が封印したはずの何か。苦痛なる何かが。自分の中から・・・。

 まずい! 早く作業に戻らねば! このまま続けるわけには・・・ふと自分の翼に力が入る。使えるのなら使うまで。

 翼を使い、飛び立つ。木々へと飛び移る。奴の周りを変則的に。そして一気に加速し、左手を切っ先に添えて右手で剣を引き、突き刺しやすい体制になる。狙うは心の臓!!

 真正面から突っ込む。もらった!

「!!!」

 奴の体制に驚愕した。構えは解いていないが、目を閉じていた。だが、もう止まれない。あと少しで貫く!

 だが剣は届かなかった。剣の切っ先は確かにあと数センチで胸を貫いた。そこから右手を押し出せば背中まで貫いたはず。

 奴の構えた剣がいつの間にか向かって右下にあった。それが高速で自分の剣を弾き飛ばした。反動で相手の前へ仰向けに倒れる。飛ばされた光剣が宙を舞っているのが見えた。やがてそれは、自分に向かって落ちてくる。間違いなく頭に突き刺さる。避け・・・るつもりはもうない。終わりを待った。

 しかし、切っ先が目の前に来た瞬間、剣が宙に浮いて止まった。右横を見ると奴が剣を左手で受け止めていた。自分の光剣を引き、こちらを見つめる。上半身を起こす。膝をついたまま。

「何故だ?」

 なぜ、止めたのだ。

「何を拒んでいるのですか?」

 意味が分からない。

「あなたの強靭な意志は変わらない。でも、あなたは何かから逃れるため苦しんでいる。その苦痛は戒めで抑えている。何を・・・」
「知ったような口を・・・!?」

 言葉が続けることが出来なかった。

 ・・・目の前・・・男・・・精気の香り・・・押し倒せ・・・摂取しろ・・・
 ・・・欲しい・・・欲しい・・・欲しい・・・欲しい・・・欲しい・・・

「!!??・・・嫌だ! 嫌だ! 嫌だ! 嫌だ!! 嫌だ!! 嫌だあああああ!!!!」
「!?」

 自分の意思とは違う声が響いた。慌てて耳を塞ぐ。けれどもそれは鳴りやまない。苦痛が蘇る。そう、男を襲う欲求が解放されたのだ。

「ぐがぁ!! はぁ!! くっ!!」
「リトラさん!?」

 耐えがたい苦痛を味わう。最早、限界だった。持てる力で右腰からミゼリコルドを取り出す。

「!?」

 両手で逆手に持ち、切っ先を喉に向けた。安らぎを求め・・・腕に力を入れた。

「やめろおおおおおおお!!!!!」





 何が起きたのか分からなかった。目の前にあった小剣は無くなっていた。代わりに輝く刃が右斜め横から生えていた。奴が自分の光剣で自分の左腰側へそらしたのだ。

 苦痛の衝動は嘘のように収まっていた。何が起きているのか分からなかった。

 なぜ、奴は自分を殺さない?

 なぜ、あの苦痛が止まった?

「リトラさん。今までの経緯を話してくれませんか?」

 奴は落ち着いて話し掛けてきた。今までの状況知らないくせに。だけど、もう逆らう気がなくなった。話すだけ話してやる。お前では耐えきれん過去を・・・


 始まりは自分の生まれ持った変えられぬ特徴。少女のなる姿。変わらぬ境遇。それから抜け出そうとする足掻き。手に入れた自由なる手足のごとき力。未知の敵との初遭遇。戻れぬ証。衝動を抑えた苦痛。その苦痛を和らげるため、集中し続ける日々。


 話し終わると少し何かが心の内から抜け出た感覚があった。奴はというと悲しげな顔をしている。まあ、まともな奴らなら同情する話だろうがしてもらおうなど望みはない。さて、言い終えた。後、しなければならないのは・・・。

「全てを話した。お前のやるべきことを果たせ」
「えっ!」
「何呆けている? 魔物討伐で来たのだろう。もう、抵抗はしない。首を・・・」
「ちょっ、待って下さい!」
「?」
「僕は教会の使命ではなく独断で此処に来たのです。それに僕はあなたを殺す気は毛頭ありません」

 何なのだ、こいつは。考えていることが分からない。

「お前それがどういう意味か、分かって言っているのか? 教会の信念。魔物は滅すべき存在。それを否定するのは教会の否定でもあるのだぞ!」
「それでも! あなたを斬ることはできない」

「呆れた奴だ。言っておくがそれだけじゃないぞ。自分は性欲の衝動がもう限界に達している。このまま、狂い死ぬか人を襲う。悪いが自分はどちらもごめんだ。下手すれば後者の犠牲者はお前だぞ!」
「それでもかまいません!!」

 言葉が出なかった。なぜ、そこまで自分を庇おうとする? 自分はお前にとってなんなのだ?

「あなたは僕の生きるきっかけでもありました」
「どういうことだ?」

「僕は貧弱であり、そのことで周りにも馬鹿にされ、精神も病む始末。当時、祖父が両親の忘れ形見である僕を養成所に入れて、貧弱な身体と精神を失くそうとしました。でも、入って早々は上手くはいかず、自殺を図ることも。その自殺決行日に、夜中でトレーニングを行うあなたを見つけました」

 自殺しに来て覗き見とは・・・

「最初は頑張っているだけなのかと思っていました。決行不可能と思い、翌日、行くもまたあなたと出くわしました。そして何回も見ている内にあることに気付いたのです。」

 単に自殺の邪魔をしていただけじゃないのか?

「あなたも僕も同じ境遇。けど、あなたは違う。過酷な境遇を抜け出すため耐えていた。そして、抜け出そうと必死に戦った。僕にはない力強い意志の宿った目。忘れることが一日もありませんでした。」

 そういう風に見えていたのか。

「六年前の運命の授与式。あなたが騎士になったのも驚きましたが、一番驚いたのがあの名高きテムズ士官と戦い、傷を負わせたことでした。彼は老齢ではありますが、無傷で戦場を切り抜けた猛者です。普通の騎士でもそんなこと不可能。それをあなたは難なくやってのけた」

 そりゃ怠け者や臆病者にはできんわ。

「同じ境遇でも立ち向かう勇気があれば何でもできるとあなたを見て確信しました。こうして僕はあなたに近づこうと努力した結果、此処まで来られたのです」

「つまり、自分は知らぬ間にお手本になっていた訳だ」

「いいえ! あなたは僕の進むべき道を教えてくれた恩人です! ずっとあなたの消息を探し続けていました。あなたに感謝を送りたいがために!」

 頬に熱がこもり始める。なんか勝手に見られ、捜索され、感謝されている。正直、対応が思いつかない。

・・・欲しい・・・

「!!??」
「どうしました?・・・まさか」
「完全に収まることはない。精を供給するまでは・・・」

 先ほどの激しさはなかったが、予兆のように強まっている。

「・・・斬れ!」
「嫌です!」
「お前が・・・」

 言い終わる前に奴に抱きつかれた。

「言ったはずです。あなたのためならこの身を捧げても構わない」
「ホントに勝手な奴だ」

 今度こそ耐えきる自信はない。差し出すというなら頂かせてもらう。唇を奪った。向こうは驚くがお構いなし。舌や唇、口内を貪る。

「ん・・・ふぅ・・・」
「んんっ!?・・・んふ!・・・」

 初のディープキスをし続け、しばらくして離れた。互いの口から輝く糸が引いた。いつの間にか右手が彼の男根を弄っていた。

「くっ・・・そこは・・・」

 自分は性の知識はない。魔物である身体がやり方を知っているようだ。手慣れたような手捌きで彼の象徴を晒し出す。

「・・・大きいな・・・」
「は、恥ずかしいこと言わないで下さい!」

 無意識に出た言葉だ。同じ手で今度は自身の秘穴を晒し出す。左手で男根を支え、右手で自らの秘穴を拡げた。

「ちょっ、そ、それは・・・」

 構わず自ら入れた。根元まで一気に貫く。途中、激痛が走ったが、徐々に治まる。

「くっ!・・・うん!・・・」
「!・・・大丈夫ですか!?・・・」
「しばらく・・・はぁ・・・動くな・・・」

 そんな姿を見て何を思ったのか。彼が両腕でやさしく抱擁する。

「!?」
「あなたがそれほど苦しんでいたなんて。もっと早く会っていれば・・・」
「言うな」
「よくご無事でしたね」
「言うな」
「大丈夫です。僕がこれからずっと・・・」
「言うなぁ・・・」

 目に涙が溜まり始める。そして、今までに感じたことのない胸の痛みが出てくる。

「すみません・・・・・・動いていいですか?」
「・・・・・・・・・・・いいよ」

 自分の胎内の彼が動き出した。やさしさがあり、ゆっくり傷つけないよう。

「ん・・・ぅ・・・ふぅ・・・んっ・・・」

 少しずつだが、動きが早くなる。

「んっ・・・んっ・・・んぅ・・・う・・・」

 無理もない。彼も初めての快楽に耐えきれず、男性としての本能が目覚める。

「んっ・・・ねえ・・・好きにっ・・・動いて・・・」

 彼の欲望を開放させる言霊を呟く。それまでぎこちなかった動きが激しさを増す。

「んっ・・んっ・・んっ・・んっ・・んっ」
「はぁ・・はぁ・・はぁ・・はぁ・・はぁ」

 次第に高まる興奮。彼ももうすぐ・・・。期待が溢れ出す。

「はぁ・・はぁ・・リトラさん・・」
「んっ・・んっ・・んっ?・・」
「これから・・僕が・・受け止めて・・あげます・・君の・・思いを・・」
「んっ・・んぅ・・んっ・・」
「悲しみ・・辛さ・・寂しさ・・もう・・我慢・・しないでください」
「んぅぅぅ!・・んっ・・んっ」
「僕に・・全部・・ぶつけてください!」
「・・・マニウス!」

 その瞬間、自分の精神の重りが粉々に砕け散った。

「マニウス! マニウス! マニウス!」

 頭の中は彼のことだけしか考えられなかった。もう、周りの音は分からず、彼と自分の音しか聞こえない。そして・・・

「あっ・・あっ・・あぅ!」
「くっ・・うっ・・リトラ!」

 胎内に強烈な熱を感じた瞬間、今までにない満足感。満たされる心の癒しを味わう。

「あああああああああああ!!!!!」
「くぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!!」





 気が付くと仰向けの彼へ覆い被さるように寝ていた。二人一緒に絶頂とともに眠ってしまったらしい。今まで味わったあの苦痛が全く感じられなくなった。まるで無かったかの様に。

「ん・・・リトラさん」

 彼も起きた。

「マニウス・・・」

 互いにキスを求めた。しばらくして、結合を解いて身支度を整える。

「これから何処へ行きましょう?」
「思いつく場所が一つだけある」
「その場所は?」
「例の大国付近に魔物たちの住処がある。自分はそこで監禁されていた」

 彼女たちなら受け入れてくれるかもしれない。確信はないが下手に放浪するよりマシだ。

「なら、行きましょう」
「うん」

 念のため、落ちないようベルトで互いに固定した後、彼を背中から抱えて飛び立った。
 幸せを続かせるために・・・。





 あの出会いから数年経った今。自分は今、苦痛とは無縁の生活を送っている。例の場所付近に向かい、監禁された居住区でうろついているとあの時のデュラハンと再会。事の経緯を話すとバフォメットも来て、自分たちを快く受け入れてくれた。自分をアルプに変えたサキュバスは会うや否や号泣し始めた。どうやら、数年経っても見つからなかったので、死を遂げたのではないかと責任を感じていたらしい。

 現在は夫と共に若い兵士たちの戦闘訓練の指導をしている。教会の者と違い、皆熱心である。今、自分は教えることのできない状態に。あの時の苦痛ではない別の苦痛を味わっている。けれど、この苦痛は喜びに満ち溢れている。


 胸ではなくお腹の。大切な結晶の。彼と自分の血を受け継ぐ。

 まだ見ぬ命。

 この子に苦しみの無い未来を・・・。


12/11/28 20:41更新 / 『エックス』

■作者メッセージ
 このサイトとは約一年前に出会いました。この世界設定と嗜好が自分にとってハマれるほどうれしい存在です。図鑑が発売される情報を知った時は、住んでいる大阪から無理にでも東京へ行こうかと悩みました。

 また、数々の作品を生み出している大勢の作者様の素晴らしい作品も読ませてもらっています。このサイトの健康クロス様。そして、図鑑世界を生きる大勢の作者様。いつも、ありがとうございます。

 約一年前から慣れない新型パソコンを使用。そのため、自分も投稿出来たらと思い、頭の中で自分の好きな物語を描いています。そして、慣れ始めたころ、思い切って書いてみようと計画しました。

 現在、かなり長編で外伝などもある、異世界物語を計画中。少々、図鑑世界の設定を壊す勝手な行動、他人の作品とかぶって著作権問題になるのではと不安もあります。

 この『凍てついた苦痛』はその練習として作成した、図鑑世界に忠実な小説です。そうでない部分もあるかもしれませんが、自分なりに配慮した結果です。文字数18097と我ながら凄い数を書きました。

 この作品をきっかけに新たないい作品を生み出せるよう頑張っていきます。

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