読切小説
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血の香り
「さあ、お話をしましょう?」
そう言って彼女は私の手を取り、胸の先が触れるまで近づいた。
紅い宝石のような瞳が私を見つめ。
彼女の身体から溢れた、花のような香りが甘く心地よい。

重なり合う柔らかな肌と微かな吐息。
その瞳が、汗に塗れて胸と腰のラインを表した私の服を眺め。
指先は首筋を撫でる。
喉の奥から堪えていた声が漏れ。
彼女はそんな私の唇に指先を当てて。すこし、首筋に噛みついた。
私の荒れた呼吸は少しずつ熱を帯びてゆく。
血が、強い葡萄酒のような甘い香りと共に染みて、全身に熱い感覚が走る。
欲しい。
もっとほしい。
衝動のまま彼女を求めてしまう。
塗れてゆく下着をそっとなでて。
あどけない顔立ちも、それに似合わないふくよかな胸と腿も、悲しみに満ちた人生も、全て愛してあげる。

*

ふと気づけば深く沈むような心地よいベッドの中。けだるい身体を起こし、朦朧とした意識で周囲を見渡すと。
まず、戸惑いが意識の底から浮かび上がった

8つの蝋燭から成る金色のシャンデリア、私よりずっと背の高い鏡、金の意匠を施されたクローゼット。
田舎娘の私としては触れる事もおこがましい。
少し申し訳なくなり、ベッドからすぐ降りて、この場所を確かめるために窓を眺める。
外には雪が降り注ぎ、視界は白く染まっている。私の住んでいた小さな村や、精霊が住むと呼ばれる霊峰の姿も無い。霊峰が見えねば祈りも届かないかもしれない、と心細く思いながら。
せめて両親と姉妹には届いてほしいな、と願い。両手を合わせて静かに、朝のお祈りをする。

場所についてはここに住んでいる人に聞くしかないか、とため息をつき、着崩れていた寝間着を着直し、すべて開いていたボタンを閉じる。
下からひとつずつ。
腹から胸を通って首まで。

"何故、ボタンが全て開いた寝間着を私は着ていたの?"

締めてからふと気付いて、立ち眩みがする。
何故、それに今まで気づいていなかったの?
別の服が無いか探す為、クローゼットをあけると丈の短いあの人が着ていたようなゴシックドレスがひとつ。
あの人って、誰?
記憶を探っていると、扉を叩く音がして身構える。
この城の住人だろうか。
少し戸惑いながら扉を開けると、現れたのは金色の髪を膝まで伸ばした、丈の短いドレスを着た女性。
まるで絵に描いたように綺麗な、同年代の女の子。
彼女は微笑みを浮かべたまま、何も語らず、私に近づいて。
私は後ずさり。壁に背が当たったところで。
彼女が吐息が頬にかかるぐらいに近い所に。
髪の毛が頬に当たり。
宝石のような瞳が私をじっと見据えている。
「今日は、何を話してくれるのかしら?」
柔らかな花の香りが、鼻孔の奥へ通り、脳に響く。
思い出せなかった昨晩のことが頭をよぎり、発声しようと唇を開けて。
柔らかな唇が重なった。
そのまま両手が背中を周り。
衝動のまま私も彼女の背中に触れるように深く抱きしめて、
貪る。
貪りあう。
頭の中が熱くて。
唇から離れて、お互いの舌から離れがたいように液体が糸を垂れる。
そのまま混ざり合った唾液が汗に塗れた胸に落ちて。
彼女は暖かく、微笑んだ。
熱くなった身体を少し眺めてから、彼女は私のボタンを首からひとつずつあけてゆく。
寝間着から露わになった私の裸体。
嫌悪感は感じない。麻痺しているのか、望んでいるの? 
彼女はそのまま首筋に唇を当てて。
高揚感。
「血を吸うけど、いい?」
意外なほど躊躇った言葉に、うなずく。
痛み。
首筋が熱く、
その熱さが心臓へ。
そのまま全身をなでるように。
胸も肩も股も、熱く、切なく、血を吸われながらさらに強く抱きしめて。
甘い香り。
キス。
深く。
爛れた意識に刻み込むように。深く。
そうして、彼女は離れてゆく。
いかないで。
もっと私を愛して。


夢?
ベッドから起きる。
少しけだるい朝。外は少し吹雪から晴れて、一面の雪景色に青空が映えている。
太陽をぼんやりと眺めていると。ふと思う。
これ以上は、私がおかしくなる。
おかしくなっている。
帰れなくなる。
取り込まれる。
寒い感覚が背筋をよぎる。
扉をノックする音。
「入っても良い?」
その言葉は甘く昨晩を想わせる。
でも、その言葉には答えない。
そう、吸血鬼は招かれなければ入れないはずだ。
何処でそんな知識を得たのか解らないまま、不思議な確信を元に沈黙を貫く。
ノックは去って、軽い足音が寂しげに響いてゆく
窓を眺めると地上は遙か遠く、地平線の果てまで何もない。
それでも、部屋の中に逃げる場所は無いか探すが、見つからない。
扉の外に在るかもしれない、と思い。
1,2時間暫く待ち、聞き耳を立てて。
試しにそっとドアノブを握り。
扉を少し開けて。
慎重に廊下を覗くと、すっと、なでるような彼女の赤い瞳。
近づいてきて。
私の手のひらを握って。
重ね合わせた手のひらが思いのほか小さくて柔らかく。
そのまま引き寄せられて。
唇を重ねて。
押し倒されて。
お互いに柔らかな身体を味わうように強く抱きしめながら…。

ベッドから目覚める。
気怠い身体。
軽くせき込む。喉が乾いているのだろうか。
周囲を見渡すと、前の部屋とは少し違う、広い部屋と吹雪いた外、グラスが入った棚と火のついた暖炉。
そして、テーブルの上に赤いワイン。
そのワインに凄く嫌な予感がして、窓を開けてワインを投げる。
雪の中の岩か氷に当たったのか、ワインボトルが割れ、紅い色が雪に染み。

…美味しそう。

喉が渇く。
おなかが空いた。
誘うような、ノックの音。
扉をあけるのはまずい。
窓の外は地平線の先まで雪があり、寝間着姿ではすぐに凍えてしまう。
隣の壁や、床下や天井の上なら。
そう思って、床に暖炉の火掻き棒を打ちつける。
想ったより脆い。
その日は床に穴をあける作業で終わる。

ベッドから目が覚めて。
テーブルにはまたワインが置いている。
捨てる為に握ると、脳裏に花のような香りが過ぎる。
飲みたい。
のみたい。
のどが渇いた。
体が熱を持ち、あの愛瀬を思い出し。熱いキスと爛れるような吸血の感覚が身体を走る。
手が震え、衝動が沸き。いつの間にか蓋を開けていたワインを床に叩きつける。
荒れた息。喉が乾く。むせかえるような甘い香りが部屋に溢れて。
扉を開けて、会いたくなる衝動に駆られる。
駄目だ。
私の理性がなくなる前に、床に暖炉の火搔き棒を叩きつける。
何度も何度も繰り返し、突き破った床からすぐに降りる。
そこから必死に扉を開けて廊下を走り。
階段を降り、扉を開けて、鍵を見つけ、扉を開け、防寒着を見つけ、玄関へ。
大きな扉のドアノブを回し、肩で必死に押して。
軋む音と共に扉が開く。
そこには、白一面の雪景色と。
赤い、瞳。
月のように淡い金色の髪と肌と幼さが残る顔立ち。
白い雪原の地平線と、黒いゴシックドレスが余りにも美しかった。

少し寂しげに彼女は言う。
「何故、鍵の位置が分かったの?」
私は、理由を口に出そうとする。
「何故、階段の位置や、玄関の場所まで知っていたと思う?」
わたしは。
「火搔き棒で床を抜ける力なんて、元の貴女にはあったのかしら?」
彼女は微笑む。
「気づいているのでしょう?もう貴女はここの住人なの」
「だから一緒に、ずっと、語りあいましょう?」
その場から走り出し、そのまま雪をかき分けて必死に、
遠い彼方まで、力つきるまで走り去る。
寒さに倒れ、意識が消えて。

気づけば見慣れたベッドの上。
喉が乾いて。
テーブルに置かれたワインがおいしそう。
がちゃり、と音がして扉が開く。
「なぜ開くの?という顔ね」
私の顔を嬉しそうに眺めながら、彼女は言う。
「当たり前じゃない…あなたが私を招いたのよ?」
「喩え無意識だとしても、あなたは、私を望んだの」 
彼女の白い手がワインをつかみ。ベッドの上の私に這うように迫ってくる。
花の香り。
柔らかなからだ。
連綿と続いたあの身体を重ねた記憶に、私の唇は開き。
「さあ、飲みなさい?」
子供に諭すように、グラスを傾ける。
甘い香り。
さあ、最後まで飲み干して。
私の中で何かが焼き切れてゆく。
それぐらいに熱い。
熱い。
甘い。
おいしい。
酒のように理性を溶かし、肉のように胃の中に入り、薬のように全身に広がってゆく。
ああ、と熱い声を出し。
彼女は微笑む。
「さあ、一緒に永遠を歩みましょう?」
深く、熱いキス。
背中に手を回して、お互いの存在を確かめるように。
寝間着が汗に塗れて、股から熱い何かが漏れても。
もっとほしい。
指先が、胸先をなでて、緩やかに胸の間を通り、腹部から肢へ滑り。
もっと。荒れた吐息と共に、重なりあう。
やんわりと微笑んで。
寝ている私に更にキスをする。
幾度も重ねる身体と、血の甘さ。
心に刻まれていく恋慕と、その心地良さに溺れながら。



目を覚ます。
熱い鼓動とのどの渇きが、変わらずに私の中に渦巻いている。
他の人の血を吸って、この渦の中へ巻き込みたい。
姉妹の血の味や、彼女たちを溶かすほど愛したいという気持ちに身を焦がし。
知り合いも、村の皆も夜の闇の中、爛れた血の熱さに溺れてゆく様を想い。
彼女の瞳と香り、声と優しさに甘えながら。
皆のためにも、もっと色々な事を教えて、と耳元で囁き。
いいわよ、私の可愛い妹のためだもの…と囁きが返ってくる。
18/05/01 22:19更新 /

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