読切小説
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夢見る人形
駅から5分、家まで3分の所。
青い屋根と南天の木が目印な小児科の2階の窓。
そこには1体の人形が背を向けて座っている。
人形の背丈は130cm程度とかなり大きく、
茶色の髪をして白い西洋のドレスを身に纏っていた。
遠めには本物の人間が座っているようにも見えて、
ここの従業員がかなりそそっかしいらしく電気をよく消し忘れるため、
夜遅くに人形が見えてしまうと結構ホラーだ。

良くも悪くもこの光景は俺の生活にいつもあった。
小さい頃体が弱かった俺はその小児科の常連だった。
作った友達も幼稚園よりそこのほうが多いくらいだ。
1番仲が良かったのはそこの娘さんだったが、
進学校にでも行ったのかその場でしか会うことはなかった。
成長して体の調子も良くなりそこにいかなくなった俺は、
人形を見てたまに当時を偲ぶのだった。
今ではすっかり窓を見上げるのが習慣になってしまっている。
不思議と人形は、時間が経っても劣化しているようには見えなかった。

数年の年月が経ち、その小児科が閉院することを母より知った。
院長が亡くなり、残った奥さんは実家に帰ったのだそうだ。
カーテンを外された窓からは人形は居なくなり、ただ白い壁が見えるだけ。
俺を何度も恐がらせた夜の光景も無くなった。
小児ではないため2度と行くことのない場所だとしても、
自分の過去を証明するものが1つ無くなったようで寂しさを感じた。
それでも、窓を見上げる習慣は残った。

それから更に数年が経ち、俺が社会人となって暫く経ったころ、
小児科跡に新しい住人が入ったと、これも母から聞いた。
美容室にするらしく、仕事帰りにその場所でトラックや人が行き来するのを見た。
まあ、別に今の美容室を変える気も無いためここも自分には縁の無い場所になるのだろう。

1週間もしたころ何時もの習慣で窓を見上げると、
そこにはあの人形が昔と同じく背を向けて座っていた。
一瞬我が目を疑った。
人形はあの時と同じドレスを身に纏い、髪の色も変化していない。
始めて見た日からもう十数年経っているというのに劣化を感じない。
現実的に考えれば同じに見えて違う人形であるか、
引っ越してきた住人が同じタイプの人形を持っていて飾ったのだろう。
しかし、記憶の中の人形と目の前の人形はあまりにも似ているし、
あんな大きな人形を住人が続けて所持している確立はこの目で拝める程のものだろうか。
もちろん、最後に見てから長い時間が経っているため
自分の思い違いの可能性だって十分にあるのだが。

「あのぅ。何か家に御用でしょうか?」

突然掛けられた声に驚きそこを見ると、上品な感じの女性がいた。
年齢は自分の母親と同じくらいの人だが、白髪は染めているようだった。
自分の通っているところもそうだが、
美容室というと若い人のイメージがあったため少し意外だった。
何でも本日は休業日のため、俺を利用客ではないと判断したらしい。

「いえ、失礼しました。
窓から大きな人形が見えたため、物珍しさに見てしまいました。
申し訳ありません。」

部屋を眺めていたのは見られていので、
何も無いと言うのは不審がられると判断し正直に答えた。
話した感じから、怪しいと騒ぎ立てる人でも無いだろうし正直に話せば納得してくれるだろう。

「ああ、そうなんですか。
珍しいですよねあんな大きな人形。」

女性は予想通り納得してくれたようで、こちらと同じく窓から人形を眺めた。
しかし、その物言いからはあの人形はこの女性の持ち物では無い様に聞こえる。

「あの、この周囲に昔から住んでいらっしゃる方でしょうか。」

女性はこちらに向き直り聞いてくる。
何だろう、女性は何か思い詰めたような顔をしている。

「ええ、歩いて数分の所に住んでいます。
昔からこの辺はよく来てました。」

答えたはいいものの、もしあの人形にまつわる話ならば
正直あまり係わり合いになりたくないなと思った。

「実は、あの人形なんですが家の物じゃ無いんです。
引っ越した後、誰が置いたわけでも無いのにあの場所にあったんです。
気持ち悪いので、一旦押入れに入れたんです。
なのに、開店したらいつの間にか又あの場所に戻って座っていたんです。
でも、何故かお客さんの評判も良くってどうしようかと思いまして。
前に住んでいた方が、あの人形を持っていたということは無いんでしょうか。」

やはりあの人形の話だった。
女性は下を向きながら話す。
俺は以前住んでいた医者の話をしようか迷う。
母に聞けば多少は詳細を掴めるだろう。
しかし、人形は一家を離れわざわざこの場所に留まった。
果たして伝えたところで解決するだろうか。
内容の不可思議さから、正直自分も自分の家族もこの件に触れさせたくないと感じる。
あの人形は以前と同じくただ背中を向けているだけだが、
まるでこちらを呼んでいるように思えてくる。
前は居ないことに寂しさを感じたというのに、今は得体の知れない気持ち悪さを感じてしまう。
今すぐこの場から逃げ出して今日の事を無かったことにしたいくらいだ。
結局俺は、女性には何も知らないと答え帰宅した。
何も無かったようにその道を使い続けたが、
あの背中を見るのが恐くなって違う道を使うようになった。

それから2ヶ月程した頃、俺は最近できた彼女を迎えに行くことになった。
不思議なくらい気が合うため、あの人形のことなど忘れていた。

「はい、これが私の住んでるところ。」

2回目のデートにして彼女の家を知ることが出来たわけだが、

・・・そこは良く知る場所だった。

「これ、もしかして家が何か店やってるの?」

動揺を抑えながら彼女に確認する。

「そう。
最近引っ越しして、今ここで母と姉が美容院やってるの。」
16/06/20 00:58更新 / ボンベイ

■作者メッセージ
呪いに呼ばれる系です。
かわいい子に呼ばれたのであれば僕はすぐにでも行きます。

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