連載小説
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デビルバグは「かしこさ」が1あがった
〜〜〜〜〜 魔法薬学万能性について驚くべき証明を見つけたがそれを書くには余白が狭すぎる 〜〜〜〜〜

「ふん♪ ふん♪ ふん♪」
 森の木々に包まれた小屋の傍にある、畑のような大きな花壇。空は白み始めたといえ日光は伺うこともできない早朝。
 花壇に毒草が鮮血のように赤く咲き誇るのを愛でつつ、いつものように水をやる。

「苦節十年、我が魔法薬学。このため費やした日々は矢の様であった。変わらないのは、もうすぐ私が正しいことを証明できるという事のみだ!」
 そうだ、あとほんの一ヶ月。たったそれだけで、山小屋に篭り薬草を練る日々が終わる。
「そのためにはいかなる妨害も許容できない。今の私は身重の母のごとく神経質なのだ。具体的にはそこのデビルバグ死ぬがよいッ!ファイアボーーーーール!!!」
 私の手の平から放たれた火球は爆音と共に空間を焼き進み、羽虫の少女をかすめた。
「ひいいいん!!」
 花壇の影から私の大事な、大事なキノコ、しかもあろうことか『食用』に手を伸ばしている黒い宝石無勢め。羽をたなびかせ驚き飛び上がっている。
「よくもここまできたものだ。これは許されざる反逆行為といえよう。」
「だってだって、お腹減ったら仕方ないじゃないか!」
「いよいよもって死ぬがよいそしてファイアボーーーーーール!!!」
「聞いてないのねみにゃああああ!!!」

〜〜〜〜〜 同日、朝食前 〜〜〜〜〜

「さて、まずデビルバグとは何者か。ここから厳密に定義する必要がある」
「…」
 練る練る練るね。練れば練るほど、この毒草は効能を増す。ひっひ。
「デビルバグ。魔物の一種。劣悪な環境でも耐える強靭で完成度の高い肉体を持つが、ゆえに知的活動の必要性がなく水準は最悪」
「…」
 こうやって色が変わるまで練って。
「しかし、ちょうど良いことに私は間もなく完成する新薬の被検体が必要なのだ」
「…ふえ」
 私の華麗なるフィアボールで消し炭を通り越して骨まで焼け落ちた彼女の右足に塗れば。
「貴様は私の生きる糧に手を出した。それは貴様の体をもって支払ってもらおう。まずは脚部再生!」
「…みいい!ヒリヒリする、ヒリヒリするぅ〜〜!?」
 おお、足が消し炭になったときはこの世の終わりのような顔で石化していたがマトモに喋れるではないか。よろしい、よろしい。

〜〜〜〜〜 同日、朝食 〜〜〜〜〜

「うンまい!ふぼぅ!?」
テーレッテレー。こやつが口の中身を吹き出さない程度に加減して投石魔法。
「なんだその手づかみは。貴様はどこの香辛料の国の出身だ?ん?貴様の命なぞ軽く投げ捨てることができるのだぞ?」
「ひゃうう!ごめんなさいもうしませんあと手づかみしか知りません焼かないでぇー!!手のひらに火の玉うかべないでーー!!」
 バカは嫌い(−5)だが素直でよろしい(+10)。
「…良いか?これはフォークと言う。これを、このようにスパゲティに巻きつけてみよ」
「あ、これ『すぱげち』っていうんですかあ〜」
 まずはそっちか…。

〜〜〜〜〜 同日、昼時 〜〜〜〜〜

「…何故天井に張り付く」
「なんかこの穴から良い臭いがにゃふん!?」
「幸いに人並みな天井の高さなのでね、物干し竿が届くのだよ。ん?ほじくるのか?人の家の天井穴をほじくりまわしたいのか?せっかく生やしてやった右足だがもう一度焼くか?」
「やーんやめてください痛いのいやですボクいやですやめてー!!」
 エサもなく攻撃されるならば、ここにいる理由はない。つまり逃げる。
「ゴハンくれたから好きだけどイジメるから嫌い!ばいばい!!」
 というか一度は骨が見えるまで足焼いたぞ。一食で懐くとかありえん(笑)
天井からボトリと落ちつつも背中の羽で器用に姿勢制御しまるで猫のように身を受け、一目散に出口に向かってカサカサ走り出す。
ひとつしかない出口へと。
「…あう? なにこれ?」
 …扉の構造が理解できないようだ。
「なんで急に壁があるのよぉ〜!?」

〜〜〜〜〜 同日、夕刻 〜〜〜〜〜

「ん……はうっ……」
 私の家は風呂、厠を除き、研究室と居間しかない。研究室は猛毒を扱うため完全密封でデビルバグの一匹すら侵入できない。
必然的に食卓・台所・ベッドといった生活器具一式が広めの一室にあるので、ベッドの上の声が聞こえてしまう。
「…人の布団の上で自慰するのか?」
「ひっ…!」
 そこにはデビルバグが白い布に包まれ、右の手はしっかりと毛布を握りながらもう一つの手は己の女陰を慰めていた。
彼女の体液を防ぐ衣類などは存在せず、あふれ出る蜜はすべてシーツが吸い込む。わ た し の 寝 床 が だ 。
「汚い体液だ。焼くか」
「し、しません!もうしません!」
「ほお?言葉だけでは信用できんなあ。言いながら手が止まらない輩は。焼こう」
「っ…!!」
 彼女はチラリと唯一の出口見るが、相変わらず扉の開け方を理解できていない。
目線が泳いで抜け道を探し出そうとするが、生憎窓も彼女には割れないよう(元からワーウルフ級の腕力で割れない仕様だが)魔法細工を施してある。
山奥の独り者の、当然の自衛に過ぎない。
というかすべての窓と壁に体当たりを試みて逃げられなかった。
「みぃ〜っ、ガマンできないのおお!」
 ああ、なんてふかぶかとゆびがはいるんだろう(棒読)。
「墜ちろ、イレギュラー」

 こんなこともあろうかと布団の予備はある。本来は客用の一式だったが。喜べ、先任は燃え尽きたから今日からお前が主役だぞ?
「死ぬかと思った…ひいん…」
 アホは部屋の隅で震えている。


〜〜〜〜〜 同日、夜間 〜〜〜〜〜

「…うう…ひっく」
「顔を真っ赤にして何を耐えている?」
「うんこしたらおまたの水より汚れるから、怒る?焼く?」
「厠なら良い」
「そうなの!?」
「ただしオナ禁」
「みぃ…」

 …油断した。零しやがった。幸いにも(?)小だけだったので触覚一本燃やすだけで許してやった。
「痛いようぅ…触覚は…ジンジンくる…みぃ〜っ」
そのまま雑巾を握らせて自分の不始末を始末させた。

〜〜〜〜〜 翌日、早朝 〜〜〜〜〜

 朝。孤独に目覚めることには慣れた。
どうも朝は弱い。二度寝で一刻は布団の中でモゾモゾとしているものだ。
「おはよ…?」
 ゴキブリが朝の挨拶をしている。
「ん…」
 反射的に声を遮ろうとして、手を宙に泳がせると
「みいぃっ!?」
 大声を上げて跳ね飛ぶ。
「ああ…、燃やさない…、燃やさない…」
 彼女は私のベッドの端から顔の両目から下を隠して困った表情で訪ねて曰く。
「…燃やさない?」
 二本の触覚がピコピコ動く。片方燃やした後に薬草で生やしてやったので、新しいほうが完全に黒には染まらず若干茶色い。
「…燃やさない…というか、お前を燃やしまくる私によく声を掛けるつもりになったな…」
「だって…外への出方わからないし…食べものの所、魔法で閉じちゃったし……、おなかへったの」
 なお我が家の冷蔵庫は現在『爆発反応結界(リアクティブ・フィールド)』に覆われているため、不用意に触ると腕が吹き飛ぶ。
「よろしい、ならば朝食だ」
「ごはん!ごはん!ごはん!」

「朝も『すぱげち』?」
 冷蔵庫の防衛魔法を解除して扉に手をかけると、彼女はすぐ横に陣取って開く瞬間を拝もうとする。
「…最初に断っておくが、いくら最終的に貴様の腹の中とはいえ『お前に渡すまで私のもの』だ。意味、わかるか?」
「みぃ…燃やされるくらいダメってことは、火の玉浮かべなくてもわかるです…」
「命拾いしたな。これが着火用ではなくなる所だったぞ」
 あ、いやどっちにしろ着火だな。語学的に。

〜〜〜〜〜 そして彼女との朝食 〜〜〜〜〜

 よだれダラダラ。児童向け絵本の挿絵から飛び出してきたような表現だが、それを体言したデビルバグが目の前にいる。
「私より先に食べたら」
 たったこれだけ呟いたら、触覚が過敏にピクつき全身を緊張させる。面白い。
まず、仮にも『客人』である彼女の前に『サンドイッチ』を置く。手掴みしか知らない彼女への配慮だ。
そして小さいながらも二人は座れるテーブルの反対側に周り席に着こうとすると、彼女はいまにも掴みかからん勢いで皿の上に手を伸ばしているのだが、私の細めた目線に刺し貫かれた瞬間に固まる。
「ん、ん、んみぃ〜〜〜っっ〜〜〜???」
 その両の手を誤魔化すかのように背伸びしどこか右上の遠くのほうを眺めている間に、私は席に着き自らの皿を置く。
「さて、ここで問題です」
「うみ?」
「食事をする上での注意点を挙げなさい」
 漠然と質問を投げかけた。
「きみを怒らせないこと!」
 …うむ、確かに。正しい。
「そうだな。正しい。では私は何に怒ると思うかね?」
「んと、『さんどいち』たべちゃだめー」
「そうだな。では、何時食べてよいのか?」
「…『たべていいよー』するまで?」
「…少し違うが。まあよくできた。では私は既に食事を許可したか?」
「まだ!」
「その右手は」
「さんどいち持ってる!」
「ファイアボ」
 私が手を構えるが早いか、彼女が答えて曰く。
「まだ食べてないもん!!!!!」
 刹那、時間が凍る。私の手の平ではメラメラと火の玉が燃え盛っているが。
「…たしかに。『私より先に食べたら』とは言ったが『持つな』とは言ってなかったな。正しい」
 科学者は感情的に良いか悪いかより先に理屈が正しいかで行動するものだ。だから世間と私は相成れないので一人が気楽なのだが。
「ほー…」
 彼女が大きく溜息をつくと二本の職種は「しな〜」と垂れる。なるほど、犬の尾みたいなものか。
「しかしサンドイッチは元の場所に戻しなさい」
「うー…はい…」
私は目の前のBLTサンドを口に含みつつ続けた。
「むぐ。…では、確認する。今は食べて良い状態かね?」
「うー…また食べていいって、いわれてない…」
「ホントに?」
「ほんとに」
 牛乳で口の中身を流し込んで。
「最初、私は何と言ったか覚えているか?」
「『わたしよりさきに…』…あ」
 彼女は私の咀嚼する口元とサンドイッチを何回か見比べ、恐る恐るサンドイッチに手を伸ばす。
そして、私に怒られないかこちらからを目線を外さないまま、その端を小さく口に含んだ。
「…おいしい」
「良く出来ました」
 彼女の頭に手を伸ばすと「み」と小さく悲鳴をあげ、目を強く閉じ少し身を引いたが、撫でられると気持ちよいのか強張った肩と表情が解れ、硬く閉じた目が眠るように優しくなる姿を、すこしだけ可愛らしく感じた。

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