読切小説
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土の花
 「はぁ……」
 ランプの光で照らされた洞窟の中に、私の溜息が響き渡ります。
 もっと詳しく言うと、広い森にある、洞窟の中に作られた私のお家です。
 土色の肌に尖った耳、大きな手足と、それを隠すために所々にお花を飾り付けている私はそう、トロールと呼ばれています。
 他の魔物娘に比べたら、魅力という点においては到底及びません。
 だからでしょうか。
 最近、彼が帰ってくるのが遅いのです。


 彼と出会ったのはおおよそ一か月前のこと。
 彼は旅人で、広い森の中を迷ったらしく、空腹で死人のように行き倒れていました。
 その時にたまたま私が通りかかって、その様相があんまりにも辛そうだったから、私は急いで介抱してあげようとしたんです。
 私の回りには栄養満点の果実たちがいっぱい実りますから。
 でも抱き上げたときに私の「匂い」を嗅いでしまったみたいで。
 その、彼が我を失って獣みたいに襲い掛かってきて、そのまま……
 いえ、悪い人じゃないんですよ。
 死の間際には生殖本能が高まるって聞いたことがあるから仕方ないと思いますし、私なんかが性欲の対象として見てもらえるなんて思ってもいませんでしたから……。
 しかも、責任を取って私と一緒に住むなんて言ってくれて。
 結婚したわけじゃないけれど、私はとても嬉しかった。
 それから彼は近場の町で仕事を初めて、私はその間に料理を作ったりして、本当の夫婦みたいに過ごしたのです。
 私はずっと独りぼっちで暮らしていました。
 だから隣にいてくれる人がいるなんて、まるで夢のよう。
 でも、彼にとってはどうだったんだろう。
 ここ数日、彼が町から帰ってくるのが日に日に遅くなっています。
 元を辿れば私の匂いの所為で、彼は旅を止めることになってしまいました。
 私が彼の良心を利用しているだけで、本当は不本意で一緒に暮らしているのかもしれない。そう思うと、心が痛みました。
 今頃、町で何をしているのでしょうか。
 仕事が遅くなっているのかもしれない。
 買い出しに時間が掛かっているのかもしれない。
 理由はいくらでも思いつきますが、私の想像は決まって悪い方向に向かうのです。

 ―――ほかの女の人と、会っているのかもしれない。

 私の中で、汚い嫉妬心がふつふつと湧き上がってきます。良くない感情です。
 知り合いのアルラウネさんは「無理やりにでも犯して、貴女のそばから離れられないようにしてしまいなさい」なんて言うけれど、私はそんなこと良くないと思います。
 無理やりなんて、そんなの愛し合っているとは言えません。ただの束縛です。
 まあ昼間の私の抑えが利かなくなって、そのまましちゃった時も何度かありましたけど……。
 それも、彼に嫌われてないか心配になる要因の一つ。
 私はサキュバスさんのように魅力的な体をもっている訳でも、相手を魅了するような特別な能力を持っている訳でもありません。
 体や周りに生えた果実と、体の匂いに頼るだけ。
 本当は私なんて相手にしたくないんじゃないでしょうか。
 手足はやたらと大きいですし、スタイルとかも全然よくありません。
 性格だって根暗だし卑屈……。
 他の女の人に盗られてしまったって不思議じゃありません。
 もし彼が不本意で一緒に暮らしているのなら、自由にしてあげたい。
 でも同じくらい、いやそれ以上に彼を束縛したい欲望に駆られます。
 その度に自己嫌悪が毒のようにじわじわと胸に広がるのでした。


 足音が聞こえます。
 彼が帰ってきた音。
 私はおかえりの挨拶をして、彼が着替えている間に晩御飯の用意。
 素早くお皿に盛り付けて、ふたり向かい合って「いただきます」。
 もはや日課のようになった儀式。
 いつもならここから私か彼が談笑の先駆けになるのですが……。
 どうも彼の様子がおかしい。
 何かを言いだそうとしていますが、言いにくいことなのか落ち着かない様子でそわそわしています。
 ああ、また嫌な想像が浮んでしまう。

 ―――別れよう。

 ―――もう嫌になった。

 ―――本当はお前のことが嫌いだった。

 そんなふうに悪い妄想がエスカレートしていると、彼はおもむろに一つの箱を取り出してテーブルの上に置きました。
 丁度私の手のひらくらいの大きさです。
 開けてみてくれ、と彼が言いますからその通りにしてみますと……。
 ……この時の私の顔は、きっととても酷いものだったに違いありません。
 私は箱の中に入っていたものを見て、私は大変驚きました。
 それから、盛大に泣き出してしまったのです。
 目の前の彼が困惑しています。
 いえ違います、これは嬉し涙です。
 箱の中に入っていたものは、指輪でした。
 それも、私の指にもしっかり嵌るような、大きな指輪。
 この指輪を作ってくれるようなお店が近くに無くて、隣町まで行く羽目に なった、と彼は語りました。
 私の心を温かいものが満たしていきます。
 そして彼はついにその意味を口にしました。

 ―――結婚しよう。

 私はなんと幸せ者なのでしょう。
 もう美しい体も誰かを魅了する力も必要ありません。
 私は世界一誇らしい気持ちになっていました。
 こんなにも素晴らしい人と巡り会って、結ばれることができた。
 これは奇跡にも等しいことなのだから。
 もう返事は決まっていました。
 涙を拭って、精一杯の笑顔で答えます。
 「ふつつかものですが、よろしくお願いします」
 この幸せがいつまでも続くようにと、私は切に願うのでした。





 幸せムードに包まれながら、二人で食事を再開します。
 すると突然、彼がうめき声を上げながら蹲りました。
 荒い息を吐いているその姿はさながら一匹の獣のよう。
 そうだ、私は大変なことを忘れていました。
 「あ、ごめんなさい……」
 私は申し訳なさそうに頭を下げ、上目遣いに彼を見ながら。
 「その、つい、料理に媚薬を盛っちゃいました……」

 この後洞窟には、新たな夫婦の嬌声がいつまでも響いていたという。
17/09/02 12:41更新 / 青黄緑青

■作者メッセージ
敬語口調のお嫁さんって良いですよね。
青黄緑青です。

今書いてるやつがちょっと飽き……難航してるので非エロで短いの書きたいなーと思って書いたやつです。
凝った物語なんて作れないし非エロ無理……と思っていましたがなんとかなりました。凝ってはいませんけど。

トロールちゃん、初めて見たときはあんまりピンと来なかったんですが、書いてるうちに「あれ、なにこの娘かわいい……超かわいい……」となっていました。流行って。

ではここまで読んでいただきありがとうございました。

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