読切小説
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ノースクリム司祭の死
幼い頃は勇者になりたいと思っていた。
物語のように魔物を打ち倒し、助け出したお姫様と恋に落ちて結婚し、最期は子供と孫に看取られながら死ぬ。そんな勇者に憧れた。

しかし私は勇者としての才能に恵まれなかった。現実は物語のようにはいかない。結婚相手だって政略的なものだった。結婚相手の顔を婚姻の儀のときに初めて見るという話は貴族にはよくあることだった。
妻となる人は淡い色の髪をした女性だった。ややタレ目で、一般的には美しいとされる女性だった。私は彼女を最期までノースクリムの血を繋ぐための女としてしか見ていなかった。

産まれた娘は勇者の才能に恵まれていた。当時は喜んだが、今から考えればそれが問題だった。彼女には勇者に必要な全てを与え、勇者には不要な全てを奪い取った。

まずは勇者として相応しい名前をつけた。勇敢な守護者という意味のウィル、そして聖書に登場する女性の名前を組み合わせ、娘をウィルマリナと名付けた。

優秀な教師を用意した。氷魔法に適切があることが分かったため、それに特化した魔法の扱い方を叩き込んだ。剣術や戦略、政治など、やがて娘が最強の勇者となるために必要だと判断したものはなんでも与えた。

一番大きな贈り物はレスカティエ聖氷華騎士団と城塞都市サルバリシオンだった。そこには娘に仕えるのに相応しいとされた人物が集められた。また、娘に悪い影響を与える者がいないか常に監視が行われた。

娘には私の幼い頃から持っていた夢を託したかったのだ。最強の勇者、そんな誰もが一度はみるような夢を。

そんな彼女が一人の少年を心の拠り所にしていることが分かった。だから彼を娘から奪った。勇者に求められるものは博愛だ。愛と勇気そのものを愛し、誰か一人を特別視してはいけない。勇者は常に孤独でなくてはならない。そう考えていた。

そして娘は壊れていった。

悪魔の甘言につられ、国を滅ぼした。

私は全てを失った。司祭としての立場も、故郷も、そして娘も。
今は辺境の反魔物領で最期を迎えている。医者によれば今夜、私は死ぬそうだ。看取ってくれるような家族はもういない。全ては自身が招いたことなのだ。












「やあ!」

窓辺に誰かが座っていた。仮面をつけているせいで顔が分からない。しかし背中に見える羽が彼女が人外であると判断させた。

「お前……淫魔か?」

「種族的にはね」

「目的はなんだ?」

「貴方が死ぬまで少しお話をと思ってね。嫌がらせも兼ねている。母が受けた精神的苦痛の代償を払ってもらうためにね」

「……魔界化したサルバリシオンの娘か」

「正解」

「今は母親は元気なのか?」

「貴方がそれを聞く? ……まぁ元気だよ。以前は監獄のようだったサルバリシオンも、今では魔物たちの愛の巣として発展しているわ」

「……そうか」

「故郷を追われた貴方には今の魔界化したレスカティエやサルバリシオンの話をした方が効くでしょ?」

そう言って彼女は語り出す。先程の口ぶりから察するに彼女はおそらく十五年前のレスカティエ陥落以降に産まれた世代だ。まだ世間をよく知らない小娘なのだろう。話題の中心は彼女の周囲の人間だった。いつのまにやら彼女の話し方もどこか幼いものになっていく。元司祭を苦しめたければ現在のレスカティエでは教団の教えがどのように踏みにじられているか等を中心に話した方が効果的だというのに。いや、あるいは真の目的は嫌がらせとは別にあるのかもしれない。

父と母の愛が重いとか、近所の人はみんなお菓子を分けてくれるとか、デルエラ様が素敵だとか。
彼女の話の中には私も知っている名前があった。近衛騎士ルシアンや工作兵キルシュ。特にキルシュには酷い役目を負わせてしまった。そんな彼女達も今では幸せに暮らしているらしい。
彼女はおそらく周囲の人から愛されて育ったのだろう。近況を語る声音はとても楽しそうで、温かみがあった。それと同時に、私は私の娘を孤独に追いやったことを後悔していた。そして彼女の口からは娘の名前は一切出てこなかった。

「ーーそれでね! それでね!」

「少し……質問してもいいかな?」

「何? なんでも聞いてよ!」

「私の娘……ウィルマリナは幸せになれたのかな?」

「……あー…」

「頼む、教えてくれ」

「そういえば自己紹介がまだだったね」




そう言って彼女は仮面をはずす。

彼女は妻に似ていた。しかし目つきだけは私に似て少しつり上がっていた。そうだ、勇者としての素質を見出してからは何もかもが狂ってしまったが、彼女を初めて見たとき愛おしいと思ったんだ。かけがえのない娘だと!




「ウィルマリナ?」

「それは母の名前だよ」

そうか、彼女の話に出てきた父と母は……

「ウィルマリナは私の事を恨んでいるか?」

「かなりね」

「もう父とも思っていないだろうな」

それだけの事をした自覚はある。しかし私の予想は裏切られた。

「それはないね。魔界化した後も騎士団には『氷華』の字が残されているし、サルバリシオンの城には貴方から送られたものが捨てられずにある。しかもウィルマリナの名は貴方がつけたんだって母は話してくれたよ」

「そうか……そうか!」

一度は呻くように、二度目は噛みしめるように声が漏れた。

「それに何より母は私に貴方を紹介するときに『貴方のおじいちゃん』って言ったんだぜ?」




幼い頃は勇者になりたいと思っていた。
物語のように魔物を打ち倒し、助け出したお姫様と恋に落ちて結婚し、最期は子供と孫に看取られながら死ぬ。そんな勇者に憧れた。

私は勇者にはなれなかった。

恋も知らなかった。

子供にも酷い扱いをしてしまった。

全てを失った。

そう思っていた。

でも、

最期に、











最期の願いだけは叶ったんだ。


18/05/23 20:51更新 / 誰も知らない知られちゃいけない

■作者メッセージ
この文章は性に関する知識を徹底的に避けて育てたくせにいい歳して童貞wとか恋人はいないのかとか孫の顔早く見せろとか手のひらを返しやがる社会に向けての怒りが主成分となっています。ええい、私は徹底抗戦してやるぞ! 魔法使いになった暁には貴様らなど……
お父さんお母さんごめんなさい、ちょっと孫の顔は見せられそうにありません。

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