読切小説
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ソラギツネ
 人類が地球圏を統合する連邦政府を設立し、地球と月の間に存在するラグランジュ点や月面に建設したコロニーへの移民を開始して100年足らず。その1世紀にも満たない短い時間の中で、母なる青い星を傷つける戦争を幾度も起こし、自らを疲弊させていった大いなる停滞期間。
 後世の歴史家はこの1世紀をそう評するのだろうか。

 己にあてがわれた機体の装甲板の上で寝転がりながら、なんとはなしにそんな考え事をしていた青年の耳に怒声が届いた。

「そこはテメェの寝る場所じゃねぇんだって何度言ったらわかるんだ、この穀潰しパイロット!!」

 叫んでいるのは青年の所属する部隊の整備班長、絵に描いた様な「おやっさん」という類の人種だ。

「そうは言うけどおやっさん、俺、しばらくシフトも無いし、整備の連中も今はすること無いって……」
「だったら今後の身の振り方についてもっぺん考えろ!! 今度の再編は色々面倒臭いって散々言われてんだろ!!」

 己のやる気の無い反論に返ってきた更なる怒声に、青年は肩を竦めてその指摘に頭を巡らせるのだった。




 中央から外れた宙域に於ける諸コロニーの警らを中心とした遊撃部隊。青年の所属する部隊は軍組織に置いて、そう位置付けされている部隊の一つだ。

 当たり前だが、真空のコロニー外で民間人を襲う賊等は皆無であり、故に彼らが必要とされる仕事は殆ど存在しない。
 彼らは型落ちした機材──青年のそれは、あてがう先に困った特殊仕様の試作機から特殊仕様を抜いた物、不良在庫の倉庫番の様な物だった──で定期的に所定の宙域を回り、「異常無し」と報告する任務をこなすことだけを求められる部隊だった。

 先の戦争──政府内のタカ派とハト派の争い──に於いて、どちらの理も信じられず、双方から距離を取った面子の集まった部隊、と言えばある種の誇り高さも感じるが、何のことは無い。どちらに付く決断も出来ず、戦後に冷や飯を食わされている人間の集まりだ。

 だが、それでも(薄給だが)飯は食えたし、逆にその境遇が彼らの中に「不良部隊の意地」の様な奇妙な気概を育んでいた。
 しかし、そんな彼らの楽な仕事は終わりを告げる。

 何度目かの大規模な騒乱の終結に伴う軍の大規模な再編の波が彼らの部隊にも及んで来たからだ。実質的な部隊の解体である。

 軍を離れるのか、或いは真面目な部隊でやり直すのか。
 そもそもここで漫然と過ごしてきた自分達が他所でやっていけるのか。
 己の進退について部隊の皆が様々に考える中、青年も悩んでいた。
 同僚達ほど深刻には考えていないが、これから自分はどうするべきなのか。
 それに答えが出せず、ここ半月ほど茫洋と過ごしていたのだ。




「何なら気分転換に旅行でも行って来たらどうだ?」
「旅行ってもなぁ。何処に行くんだよ?」

 食事に同席していた同僚の何気ない一言に青年は興味を示すが、同時にこんな辺境から行ける場所など限られていることも知っている。

「それを言われると辛いが……、そうだ、なんなら、いつも行ってるとこはどうだ?」
「いつも行っているところ?」

 青年の指摘に同僚が絞り出した回答、それは意外にも青年の興味を刺激するものだった。

「ほら、お前らが毎度『遊覧』しているコロニーだよ。中でもほら、例のオンボロとかどうだ?」

 同僚の口にした「遊覧」とは要するに、いつもの暇なパトロールのことで、オンボロとはそのルートの中に存在する一際古びた農業コロニーのことを言っているのだろう。

 パトロールはあくまで宙域レベルのことで、実際に宙域内の個々のコロニーに足を運ぶ必要は無い。とはいえ、これまで一度も足を運んだことも無いというのが、彼らの仕事へのやる気が察せられるというものだ。

「お前にしちゃ悪くないアイデアだな」
「旧型とは言え、農業コロニーだ。あそこで『自然』の空気でも吸えば、まぁ何か感じる物があるんじゃないか?」
「二重の意味でここと変わらないだろ……」

 そう憎まれ口を返すが、勧められた内容自体は悪くない。大手を振って休暇を取る機会でもある。決心した青年は休暇を申請すると、そのコロニーに足を向けるのだった。




「珍しいですね、こんなところを見学なんて」

 農業コロニーへの連絡船から降りた青年を迎えた職員は開口一番、そんなことを口にした。

「うちは規模も半端な上に半世紀超えの年季の入ったコロニーですからね。真面目に見学するなら、最新鋭のもっと良いところがありますし。ここはそれこそ土と草しかないところですよ?」

 口では自嘲しているが、その青年よりも少し年上の職員の声色に影は無い。
 流石に「もうすぐここを離れるので、最後の思い出に」とも言えず、青年が言い淀むと、それに被せる様に職員は言葉を続ける。

「まぁ、住めば都ですよ。嫁さんもここで貰いましてね? これが美人で器量も良くって……」

 それにしてもこの職員、手を動かしながらとにかく喋った。嫁自慢に始まり、ちょっとした日常の話題まで、とにかくペラペラと口が動いていたのだが、青年の出した入場申請書類の職業欄に記載された内容を見て、その口が一瞬止まる。

「っとお客さん、軍人さん? あぁ、時々この辺をパトロールに来てる。いやぁ、助かってますよ。
 何分、こんな宙域の端っこでしょ? ああやって時々来てくれるだけでも安心感あるっていうか」
 
 それは青年にとって意外な言葉だった。
 こんな何も起こらない宙域の哨戒など、軍の民間人に対する「働いている」というアリバイ作りの様な物と思っていたし、民間の側からもそんな風に思われていると思っていたからだ。

 けれど、職員はストレートに感謝の言葉を口にする。その態度にこれまで無為な職務と斜に構えていたことを少しだけ恥ずかしく思ってしまう。そんな感情を振り払うために、青年は思わず急かす様な態度をとってしまう。

「おっと、すみませんすみません。お待たせしました。書類の方、問題ありません。ホント、何もないところですが、軍人さんの気晴らしの一つにでもなってくれれば幸いですよ。では!!」

 最後に職員は快活に笑うと書類とIDカード手渡してくるのだった。




 先程感じた気まずさをわずかに引きずる青年が、港湾エリアからゲートを抜け、コロニーの主空間に入った瞬間、その目に飛び込んで来たのは一面の黄金だった。そのエリアは穀物の栽培が主なのか、麦や稲といった植物が整然と植えられ区画を埋めている。収穫を控えた時期なのか、それらの穀物は皆、豊かに穂を実らせ、黄金の絨毯を作り出していた。
 風がそれらの上を走り、金色の水面を波が渡っていく。

 農業コロニーにも様々な形態があるが、このコロニーは一般的なコロニーと同型の円筒構造を輪切りにする様に区画を区切り、それぞれで異なる生育を行っている。その為、頭上を見上げれば正に黄金の円環の様に実りが続いている様を見ることができた。

 コロニー育ちだった彼も、公園等に植えられた果樹を見ることはあったし、知識として農業施設で大規模栽培されていることも知っていた。目の前の光景も所詮は人工的に作り出された環境であり、「自然」とは程遠い物だ。

 だが、眼前の光景を前にして、そんな知識はどこかに吹き飛んでいた。

「(これが自然……)」

 彼の心に浮かんだ感情は、或いは宇宙で生まれた人類がこういったものに触れた際に浮かびあがる普遍的なものなのかもしれない。

「(巡回の時にいつも視界に入るつまらない旧型コロニーくらいに思っていたが、これは……)」

 彼はしばらく立ち尽くした後、ゆっくりと歩きだした。見学用に電気自動車を借りることも出来たが、まずはその足で、この場の空気を感じたかったのだ。

 彼は思うままに黄金の世界を歩いていく。実った穀物から漂ってくる微かに香ばしい香りも不快では無かったし、その香りを乗せて頬を撫でていく風も心地よいものだった。




 そんな彼の目に、その光景の中にあって変わった一角が目に入った。広がる黄金の中でその区画だけ、普通の緑の木が生えているのだ。

 近づいていくと、その中に一つの建物が見えた。木で作られた白い建物で、斜めに組まれた屋根には薄い黒い煉瓦の様な物が敷き詰められている。

 青年に旧世紀の地球文化の知識があったのならば、それは「神社」と呼ばれる、地球の極東アジア地域の建築様式であることに気づけただろう。

「なんじゃ、見ない顔じゃな」

 青年が敷地に足を踏み入れると、鈴の様な声が耳に入る。他に人がいるとは思っていなかった彼が僅かに驚きながらそちらを向くと、そこには一人の少女が立っていた。

 歳は10より少し上くらいだろうか。肩にかかる程度に伸ばした白い髪が印象的だ。その髪と同様の白地を所々緋で染めた極東風の装束を身に着けている。それに過剰にならない程度に金の装飾を散らした風体はどこか高貴さと神聖さを感じさせる。
 コロニーの作業員達とあまりに異なるその様相に驚いた青年は一瞬言葉を失ってしまう。

「ん? あぁ、この恰好が珍しいのか。わしはこの社の管理人の様な者でな。それでこの様な装いをしておる」

 青年のその驚いた様子に気づいたのか、少女はそう口にした。
 まだ幼さの残る外見と異なり、その仕草や言葉遣いはどこか歳を経た落ち着きを感じさせる物だが、その仕草があまりに自然だったからだろうか、不思議とそこまでアンバランスさは感じなかった。
 確かにこの時代においても、教会等の職員がどこかクラシックな服を着ているのは珍しくは無い。そう青年が納得したのを察したのか少女は言葉を続ける。

「それで、なんでまたこんな所に?」
「今日はこのコロニーの見学に来ていてな。まずは散歩でもと歩いていたらこの場所が目についたんでな」
「ここが、のぅ……」

 少女は一瞬、何か考える様な仕草をしたが、納得したのか声を出した。

「うむ、そうか、ならば折角の客人にここの紹介をせねばな」

 少女はそう微笑むと、建物の方に手を向けるとその由来を語りだした。

「ここは半世紀程前、このコロニーの建造時に最初の移民として住んだ者達の故郷にあった社……、神社……、まぁ教会の様な物じゃな。そこもここの様に農業が盛んな場所でな。そこで豊穣を祈願して神を祭っておったのがこれと同じ形の社じゃ。
 季節の節目にこの社の前で豊作等を祈っておったのじゃな」

 そこまで話して、少女は一度言葉を切る。

「だが、まぁそこの状況は次第に芳しくなくなっていった。時代が進むに連れ、どんどんと技術は進み、より大規模で効率の良い農法ができたからの。それでもその一帯は慎ましく自分達の糧くらいは自分達で作って暮らしておったのじゃ」

 少女は少し寂しそうに話す。その声色に含まれた感情は、まるでその光景を実際に見て来たかの様な物だった。

「そして時代が変わった。宇宙と言う新たな天地に世界中が湧きたったのじゃ。そんな折にその地の一人が口にしたのじゃ。『私たちも新天地を目指そう』とな。
 勿論、意見は割れに割れ、喧々諤々あったのじゃが、まぁそこはよいじゃろう。そうして言い出した者は、旅立つ気概を持つ者を集めると、どんな口八丁を使ったのか、見事にこのコロニーの権利を手に入れてな。その者達はかの地のからここに根を降ろしたのじゃ」

 今度は誇らしげに。彼らのフロンティア精神を誇る様に少女は言葉を紡ぐ。

「その際に、地域の中心にあった社を模した物をここに建てた、という訳じゃ。故郷での思い出や志をここにも持って行こう、とな。流石に実物を解体して持ってくるわけにはいかんかったが、こうして立派にこの場で役目を果たしておるコレは、もう元の社に劣る物でもないじゃろうな」

 言い終えてどこか自慢げに少女は笑う。その最後に少女が「まぁ、本当は当人が来る気満々だったのじゃが流石に周囲が止めたのよな……」と呟いたが青年には聞こえなかった。

「つまり、ある種のモニュメントや記念碑の様な物か? 『俺たちは新天地でも頑張っていくぞ』という感じの」
「うむ、その解釈でよい。成程、記念碑とは言い得て妙じゃな。まさにこの社は彼らの決意と意地の象徴なのじゃな」
「あと、ついでに教えてくれ。ここにお祈りする時に何か作法はあるのか?」
「いや、そんな大した物は無いぞ。ただ手を合わせて祈ればよい」
「そうか・・・・・・」

 青年はそれを聞くと、社の正面に立つとゆっくりと手を合わせた。今日、ここに来るまでの僅かな時間だけで今まで見えなかったことを知ることができた。それについて、この場所で礼くらいはしておこうと思ったのだ。

 手を合わせ、静かに目を瞑る男の横で、少女はなにやらもじもじしていた。

「や、そう真っ直ぐに感謝の念を送られると、なんじゃ、こそばゆいのう……」
「どうした?、身体をくねらせて。何か具合でも悪いのか?」
「あ、いやいや、何でもないぞ。それでおぬし、これからどうするのじゃ?」

 少女は慌てて居住まいを正すと、青年に尋ねる。

「良い気分転換になったし、改めてコロニーの見学だな。次ははどこに行ってみるかな……」
「そうかそうか! よし、ならばわしが案内してやろう」
「いいのか?」
「かまわん。むしろ、こうした時に動いてこそのわしというものよ」

 青年の遠慮を少女は笑い飛ばす。青年も短い時間だが、少女の快活で明るい仕草に好印象を抱いていた。彼女に客人に対して特別に気を使っている様な雰囲気は無い。それならば素直に好意に甘えさせてもらおうと青年は思った。

「助かる、何処に行ったものかは全然わからなかったからな」
「うむ、ここはわしの庭みたいな物じゃからな。任せるがよい!!」

 少女は薄い胸を叩き、力強く頷くのだった。




 そうして青年は少女に案内され、コロニーの様々な場所を回った。

 無数の木々が立ち並ぶ果樹エリア、省スペースを極めた水耕栽培エリア、キノコの様な菌類を培養している場所もあった。
 どのエリアも彼の興味を惹く物だったし、同行する少女からの紹介もあり、それぞれの場所で働く職員達は皆、彼らを温かく歓迎し、説明等をしてくれた(妙に夫婦で働いている職員が多いのが少しだけ気になったが)。職員は皆、良い笑顔で、自分の仕事に誇りを持っていることをそれだけで理解することができた。

 それが青年には、少しだけ眩しかった。




 そうした半日ばかりの見学ツアーを終え、最後に彼らが足を運んだ場所、それは最初に二人が出会った社だった。ちょうど昼夜の設定時間の区切りなのか、ゆっくりと周囲が暗くなっていく中、二人は縁側に腰を降ろす。

 最初の説明にもあったが、あくまでこの社はコロニーへの移民の際に新造されたレプリカだ。それでもこのコロニーとともに半世紀以上の時を刻んでいることもあり、木で作られたその社はそれだけの年月の重みを感じさせる風情を醸し出していた。

 青年は自然とその社に軽く頭を下げると、改めて今日の体験を振り返る。

「(これが俺たちの守っていた場所か……)」

 これまで、彼はそんなものに興味を向けたことはなかった。あくまで自分達が目を向けるのは割り当てられた宙域に対してであり、そこに存在するコロニーのことは対象外だったからだ。まして、このコロニーは現在ではより生産性に優れた物が無数に存在する旧型の農業コロニーで、それこそ彼ら以外からもさして注目される存在では無いのだ。

 だが、こうして実際に足を運び、その環境に触れ、職員達と言葉を交わした今日一日で、その存在感は大きく増していた。

 彼の部隊が再編成される程に軍の台所事情は芳しくない。今後、この宙域への哨戒はより疎らになるだろう。
 勿論、これまでどおり、こんな重要度の低い辺境の宙域で問題など起きないだろうが、それでも彼は少しだけそれを寂しく思う様になっていた。

「どうしたもんかな……」

 そう独り言を呟いた彼に答える声があった。

「それで、悩みは解決したかの?」
「え……?」

その少女の突然の問いに青年は驚いた声を出す。

「わしと会う前からずっと何かに悩んでおったろう。それは今日一日で解決……とまではいかんでも、気持ちを整理するきっかけくらいはできたかの?」

 急な問いには驚いたが、自身の内面を見透かされていたことにはあまり驚きは無かった。目の前の少女は出会った時から、その外見に似つかわしくない落ち着きや智慧を感じられた。彼が悩みを持っていることなど、最初からお見通しだったのだろう。

「どうかな……。むしろ深くなった様な気もするな……」
「そうか、ならばわしに話してみんか? こういうことは人に話すことで気持ちが整理されることもあろう?」

 本来ならば彼はこの様な場所で不思議な恰好をした少女にそんなことを問われて、内面を露わにする様な性格ではなかった。しかし今日一日の付き合いで、少女のあり方に邪気が無いことは理解していたこともあり、その声色と仕草は男の心を解していく。

「何、人の話を聞くのもわしの仕事の一つでな。ここの連中もよくここに話をしにくるものよ。ほれ、これでも呑みながら話してみんか?」
「そうだな。少しだけ……話を聞いてほしいかな」

 少女の差し出した小さな杯に入った酒で舌を湿らせ、複雑な笑みを浮かべながら青年は語りだした。

 もう思い出せないような理想を持って軍に入ったこと。
 けれど派閥に別れ、内紛に明け暮れる軍に嫌気がさしたこと。
 勝利者等いない戦いに疲れ果て、閑職に飛ばされ、それでも軍を抜けるだけの情熱も無く、僻地で燻っていただけの自分達のこと。
 そして、そんな部隊が無くなる直前の今更に、少しでも自分達が役に立っていたことを知った複雑な気持ちを。

「なんだろうな。今まで俺は自分のことを空っぽだと思っていた。何をするでもなく、何を選ぶでもなく、流されるままにこれまで生きてきた。自分の足元が崩れそうになって今更慌てても、それでも何もできず、流されていく。そう思っていた」

 少女は時に相槌を打ち、時に沈黙で促し、青年から言葉を引き出していく。言葉と共にその苦悩をも吸い出そうとする少女の表情は、他に見る者がいたならばそこに慈母のそれを見出したかもしれない。

「そんな俺たちでもここの人達の役に立っていたことを直接言われて、嬉しく思う反面、俺たちはもうすぐここを離れる訳で……、それを彼らへの裏切りの様に思ってしまって」
「そうかそうか、そういう感情の板挟みは辛いよのう」
「だからと言って俺にどうこうできる話じゃないし、なんだろうなぁ……、色々割り切れなくて困ってるって訳」

 そうして色々話していた青年だが、唐突に頭をふらつかせる。少女が相槌を打ちながら絶妙のタイミングで杯に注ぎ足していた酒が限界を超えたのだ。

「改めて考えるがよい。ぬしは何がしたい。どんな自分になりたい?」

 青年の頭に酔いで霞がかかっていく中、自然に青年の頭をかき抱くと、その耳元で少女は囁く。その声はまるで心に沁み込む様で、青年の思考を更に茫洋とさせていく。

 そうして少女は問いかける。青年の奥底にある根源を。

「軍人として勝利を重ね、栄誉を得たいのか?」
「違う……」
「禄を与えられ、安穏と平穏を貪ることか?」
「違う……」
「ならばなんじゃ? ぬしは何をしたい」
「……少しだけでいい、誰かの役に立ちたかった。認められたかったなぁ……」
「そうかそうか……、よく言うたな。良い子、良い子じゃな」

少女にそう囁かれ、まるで子供の様に頭を撫でられながら、青年はゆっくりと意識を失っていった。




 青年が気が付くと周囲は真っ暗になっていた。
 酒が入り、感情が昂った疲れもあり、いつの間にか寝入っていたのだろう。慌てて起き上がろうとし、頭を支える柔らかい感触に気づく。
 その正体を確かめる為に頭を横に向けようとし、それはやんわりと手で阻まれ、目を隠されてしまう。

「こらこら、あまり暴れるな。くすぐったいわい」

 その声で確信する。自分は少女に膝枕──頭頂を少女の方に向けた体勢で──されているのだ。

「なっ!!」
「落ち着けと言うに……」

 暫くの問答の末に、青年は諦めて力を抜く。そうすれば、頭に伝わる柔らかな感触や瞼を覆う温かさは不快な物では無かった。

「……それで俺はどれくらい寝ていて、なんでこんなことをされているんだ?」
「凡そ2時間くらいかの。今回の夜の半分も経っておらんな。
 そして愚痴を溢した果てに寝入ってしまった子供をこうやってあやすのは当たり前のことじゃろう?」
「子供って、お前の方が……。……全部覚えているのか」
「あれだけ吐き出されればのう。しっかりと聞いてやるのが一番じゃろう」
「……っ」
「そう恥ずかしがることはなかろう。ぬしの心の大本にある真っすぐな想い、立派な物じゃったぞ」

その声色に揶揄など無いことは青年にもわかった。

「大望を抱けば良い、というものではない。人の様々な思惑が地球のみならず宇宙をも満たすこの時代に、あの様な願いを持てる者がどれだけおろうか。その心根、素直に好ましいぞ」
「……そうか」

その真っすぐな称賛に、青年は僅かに赤面してしまう。

「あぁ、本当に好ましいわ。こうして『食べて』しまいたい程にのう……」

 この時、青年が少女の顔を見ることができていたならば、その外見に似合わない淫蕩で捕食者を思わせる笑みに咄嗟に身を引いていたかもしれない。けれど今、その目は少女の手で覆われているのだ。

 その覆いが外されると同時に少女は己の顔を青年に近づける。
 青年が何事か対応する前に、互い違いの形で接近した二つの唇が接触する。

「……っ!?」

ほんの一瞬、唇が触れるだけの接吻。しかし、その一瞬で青年の心拍数は跳ね上がる。思わず身を起こし、呼吸を整えようとするが、その身に宿った熱は収まることはない。

「お。お前っ!?」
「なんじゃ、軽い接吻くらいでそんな騒ぎよって。今日日、小童でもこれくらいでときめかぬぞ?」

 改めて青年の目に入った少女は、そう言いながら愉快そうに微笑んでいる。その笑みに形容できない何かを感じた青年は立ち上がって距離をとろうとするが、身体の芯で燃える熱がその邪魔をする。
 青年はその熱で気づけないが、部屋の空気は先ほどまでと明らかに変わり、どこか桃色の霞がかかったようになっている。

「くふふ、身体が熱うて堪らんじゃろう? よしよし、わしが鎮めてやるからの」

 淫らな笑みを浮かべながらにじり寄ってくる少女を振り払うべきなのは頭ではわかっているが、しかし青年の身体は動かない。
 そうして壁際に追い詰められた青年にしなだれかかると、少女は再び唇を青年のそれと重ねる。

「……ンンッ!?」

 今度は先ほどの様な触れるだけの物ではない。力の入らない青年の唇をすり抜ける様に少女の舌が口腔に侵入し、ねっとりとその中を侵していく。
 歯茎を嬲り、頬を内側から撫で、舌を絡め取る。
 その官能的な動きに連動して、少女の手は青年の体をまさぐっていく。這いまわる手が、首筋を、胸板を、腰を、そして股間に触れる。

 互いの舌の間に唾液の橋をかけながら、ゆっくりと唇を離し、少女は「それ」を指摘する、

「くふふ、ここもやる気になっておるではないか」
「そ、そんな風に触られれば誰だってっ……お前!?」

 抗議の声をあげようとして、目に入った少女の姿に青年は声を飲み込む。
 その頭部にはその白い髪と同じ毛並みの動物の耳が、そしてその背後には同様に大きな尻尾がゆらゆらと揺れている。愉快そうに笑う少女に合わせてその耳と尾も動き、それらが作り物でないことを雄弁に証明していた。

「……ん? おお、気付いてしもうたか。いかにもわしは…………いや、それは後で説明してやるから、今は余計なことは考えんでよい」

 青年の疑問や混乱を黙殺して、少女は器用に片手だけで青年の陰茎を露わにする。身体の芯に宿った熱と絡みつく少女の身体の感触に当てられ、それはわけがわからない程に屹立していた。

「このままでは辛かろう?」

少女はそれに手を添えるとゆっくりと動かし始める。

「……ッ!!」

 無意識に渇望していた直接的な刺激に一瞬で射精感が高まるが、青年は必死に耐える。
未だに理解できない状況とは言え、自分の半分ほどの年齢の少女に自身の分身を刺激され射精することを、彼の陥落寸前の理性が必死に拒むからだ。

「おうおう、我慢するのう」

 その様子に改めて悪戯心がくすぐられたのか、少女は手の動きを遅くし強引に射精させてしまうのを避けると、彼の耳元に唇を寄せる。そして彼の耳孔にゆっくりと息を吹き込むと、やわやわと耳たぶを唇で挟む。

「ほら、出してしまうがよい。幼子のやわこい手でしごかれてな……」

 耳に吹き込まれる温かい吐息と少女の甘い声色が、耳奥から脳まで融かす様な快感に変わる。
 力比べをしていて、不意にいなされる様なものだ。身を強張らせて必死に快感に耐えていたところへの、予想外のところから身体の力を緩めさせるような刺激に、青年の抵抗のベクトルがずらされてしまう。

 次の瞬間、青年の一物からびゅるびゅると精子が発射されていた。

「よしよし、たっぷりと出たのう」
「はぁ、はぁ……」

 嬉しそうに笑う少女と対照的に、魂が抜ける様な快感と、少女に射精してしまった罪悪感がごちゃ混ぜになった青年は必死に息を吐くことしかできなかった。

 そんな青年に教え諭すように少女は口にする。

「二つ、教えてやろう。
 このなりでわかる様にわしは人間では無い。そして見た目通りの歳でもないから、その辺りを気にする必要は無いぞ?
 そして、この場では一回出したくらいでは収まらんじゃろう?」

 その言葉に呼応したわけではないが硬度を失っていた青年の分身が再び屹立する。
 もともとこの場に満ちていた少女から発せられた淫気、それが射精したことで内面の精気が薄くなった青年の身体に一気に沁み込んだのだ。

 先程とは比べ物にならない興奮と劣情が一気に全身に回った青年にとどめを刺す様に少女は再び囁く。

「……だから、ぬしは何も遠慮することは無いぞ」

 その言葉が決定打になった。
 青年は一息に起き上がるとその勢いで少女を押し倒す。




「いいんだな?」

 最後の理性を振り絞った問いに、少女は青年の目をしっかりと見返すとこくりと頷く。

 その答えで青年は動いた。乱暴に、それでもギリギリの加減をしながら少女の服の帯を解くと、前を露わにする。

 極東の着物の作法に倣ったのか、或いは生来の淫らさか、少女はその服の下に下着を穿いていなかった。その為、着物を一枚はだけただけで、少女の外見に相応しい控え目な、僅かに膨らみを感じる程度の乳房と、その白い太腿の間で濡れる秘裂が曝け出される。

「ふふ、そんなにじろじろと見られると恥ずかしいの」

 言葉とは裏腹にまったく羞恥心など滲ませず、少女は愉快そうに笑う。憎からず思った男が自身の身体に欲情し、熱い視線を向けている。それだけで少女は青年と同様に昂っていく。

 お互い、準備は整っている。青年は前戯も早々に己の分身を、少女の毛も生えていない筋にあてがう。
 大人と子供の体格差である。その二つはとても合一する様なサイズに見えないが、少女は全く心配する様なそぶりを見せず、むしろ自分から腰をくねらせ青年を誘う。

「ここまでしておいて今更に気をつかわなくてよいぞ。さぁ、わしを味わってみろ」

 言い終わる前に青年は腰を突き出した。サイズ差から想像される抵抗など全く感じず、ぬるりと青年のものが少女の中に入っていく。

「ふぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 ここに来てようやく少女の余裕そうな顔が歪む。だがそれは苦痛からではない。愛しい男のものが己の中に入った喜びと、それから伝えられる快楽が許容量を超えたからだ。その証拠にその口からは快楽と喜悦に蕩けた声が発せられている。

「うくっっっ!!!」

 青年も与えられた快楽によって同様に顔を歪め、息を吐いていた。こちらは予想以上の快楽に即座に湧き上がって来た射精の衝動を堪える為だ。
 今、青年の下で今日一日青年をリードしてきた少女が快感に蕩け、甘い声を上げている。その情景をすぐに終わらせてしまうのを勿体なく感じたからだ。勿論、挿入した直後に射精するという男の沽券に関わる醜態を必死に避けたというのもある。

 もう一度、息を整えてから、少女の中の感触を確かめる様にゆっくりと青年は動き始める。

 少女は快感に翻弄されながらも青年のその内面に気がついていた。自分の艶姿に興奮し、それを少しでも長く味わおうとしている。魔物娘によっては、そんな男の態度に対して、しゃらくさいとばかりに自ら腰を振って責めたてるものもいるだろう。しかし、少女は青年のその心持ちを好ましいと思った。

「わしの中は気持ちよかろう? 焦らんでもよい、ゆっくりと味わうがよいぞ」

 快楽に融けた淫らさと慈愛に満ちた優しさの入り混じった少女の笑みに、青年は堪らずその唇を奪う。
 口腔に入り込んでくる青年の舌を、少女は自身の舌で迎え撃つ。先程の様に片方が一方的に蹂躙するのではない。双方ともに舌を絡め、互いを味わおうと貪りあう。

 そのまま、舌を絡め合ったまま、どちらともなくゆっくりと身体を動かしはじめる。

 傍から見ればじれったさすら感じる様なゆったりとした交わり。けれど、肉体だけでなくお互いの快楽の吐息が混ざり合う様な交わりは彼らに至上の快楽を与えていた。

 そんな中で少女の身体を味わっていた青年の手が偶然に少女の耳、ふさふさとした狐の耳に触れた。その瞬間、少女の身体がびくりと揺れる。

「ま、待て!! そこは敏感でな、特に今の様な場合ではふぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 その嬌声が青年の身体を動かした。少女が静止の言葉を言い終わる前に、青年は明確に対象を耳に定めて愛撫を始める。

 軽く摘まんだり、

「ひあぁっ、だ、だめじゃ、そ、そこはっ!!」

 指の腹で撫でたり、

「ふにゃっ、ぁめっ、だめぇ……。」

 軽く耳孔に指を入れ、内側を擦ってみたり、

「ら、らめじゃ、もう……、あぁぁぁっ……ぁ?」

 流石に過剰に感じ過ぎているその様に青年は手を止める。

「はぁ、はぁ……」

 正直なところ達する寸前だった少女の表情には名残惜しいという感情が隠せてはいなかったが、それでも開放された安堵が勝ったのか、少女は深く呼吸して息を整える。

「い、いくらわしが魅力的だからというても限度というものがあろう……」
「その、あまりにも反応が可愛すぎたから、つい……。すまない、やりすぎたな」

 ゆっくりと少女を抱き起こすと、青年はぽんぽんと背を撫でる。

 怒った仕草をする少女の頭で感情豊かに動く耳をもう触るまいと目を逸らした先に別の物が目に入ってくる。

 尻尾だ。

 柔らかそうな毛並みの大きな尻尾が、耳と同様に感情に合わせて動いている。今はゆったりと左右に揺れているので、機嫌は直っているようだ。
 そのもふもふな佇まいは、少女とは独立して見るものを誘惑する為に揺れているとさえ青年は感じてしまった。

 その尻尾を見ていると再び青年に悪戯心と衝動が湧き上がってくる。

 そもそも、こういった獣に近しい身体を持つ魔物娘にとって、人ならざる部位というのは魔力の塊の様な物なのだ。まして「格が上がるにつれてその数が増える」と言われる稲荷の尻尾はその最たるものだ。

 そんな尻尾が無意識に放つ淫気に、初めて魔物娘に触れる人間が耐えられる筈が無い。

 なので、これは秒で前言を翻す青年が悪いのではないということは予めここに記載させていただく。

 繋がったまま青年は少女の耳を愛撫していたので、その手を止めても未だ二人は繋がったままだ。
 青年は少女の背を撫でていた腕でそのまま少女を抱きしめると、注挿を再開する。

 そうして、その快感で少女の気が逸れた瞬間に、一気に尻尾を揉みしだいた。

「んひゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」

 前述した様に、稲荷の尻尾は魔力の塊、芯の様なものだ。快楽に蕩けている時にそこに完全な不意打ちで刺激を与えられては堪ったものではない。少女は一息で上り詰めると絶頂を迎える。
 そうして絶頂する緊張で自身を締め上げられ、一拍遅れて青年も吐精する。

「や、やめっ、やめっ、だめぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」

 絶頂の最中に己の中に放たれる精を魔物娘の身体は更なる快楽と受け取り、更に少女は絶頂を重ねてしまう。

「はぁっ、はぁっ……!!」

 息も絶え絶えな少女だが、その中に挿入っている男根は未だ硬度を保っている。青年はそれを軸に、抱えた少女の身体をぐるりと反転させる。

「ふぁ?」

 そうして、自分に背を向ける形になった弛緩した少女の身体を押し倒す。体格差もあり、殆ど青年の上半身で少女を覆っている形だ。

 そのまま、尻尾を愛撫し、改めて耳にも触れ、逃げ場を失った少女の中を激しくかき乱す。
 手で様々に触れられるだけでなく、時には耳や尻尾を口で甘噛みまでされながら自身の敏感な部位を間断無く責められる少女は、最早人語の体を為していない赤子の様な、獣の様な声をあげ、むせび鳴く。

「ひぁぁっ!! ひぁぁぁぁっ!!!」

 声だけを聴いたならば。或いは魔力視に優れる者がこの場を見たならば、青年が小狐を犯している様にすら感じただろう。

 その嬌声はそこから1時間以上続いていくのだった……。




「それで、何か申し開きはあるか?」

 腰に手を当て、少女は目の前で正座をしている青年を見やった。

「何もない……」

 少女が意識を失うと同時、周囲を覆っていた桃色の淫気は無散し、青年もそれから得ていた活力が消え、そのまま眠りについた。そしてお互いが目を覚ましてからずっと、青年はこうして説教を受けているのだ。

 異様な熱に浮かされていたとはいえ、自分が眼前の少女を散々に嬲り、犯し尽くしたことに間違いはない。青年は少女からの叱責を粛々と受けていた。

「確かに、わしも初体験で色々と漏れておったし、それがぬしに『効いた』ことも理解しておる。おるのだがのぅ……」
「本当にすまなかった……」

 もう一度深く頭を下げる青年を見て、少女は息を吐く。

「まぁ、よい。事故と言えば事故じゃが、ぬしとのまぐわい自体に過ちは無いわ」
「まぐわいって……」

 少女は最早人ならざることを隠すつもりは無いのか、耳と尻尾を露わにし、外見の年恰好に収まらない仕草──今ならば好色な笑み──も平然としていた。

「なんじゃ、先のが初めてというわけでもあるまいに、オボコの様に恥じらいおって」
「お前なぁ……」

 青年もそれなりに酸いも甘いも噛み分けた方だが、少女の見た目からはとても想像できないあけすけな物の言い様に多少戸惑ってしまう。

 勿論、余裕ぶっているが少女が先ほどまでオボコだったことは言うまでもない。

「はぁ……、それで、改めて説明してもらえるんだろうな」

 青年は再び桃色の香りのしてきた雰囲気を変えようと、強引にそう尋ねる。

「そうじゃのう、ならばまずはわしのことから話した方がよいか」

 そうして少女は語りだした。

「このコロニーの由来、この社の由来は昼に話したろう。あれには話していないことが一つあってな。その『地域』には古来より、人ならざる者、かの地では『妖怪』等と言われておったが、当世ではなんと言った物かの。まぁ、妖怪でも魔物でもなんとでも呼ぶがよい。そういった者が人と共に住んでおったのだ」

 続く話を要約すると次の様になった。

 妖怪達もこの世紀の初め、新天地への熱狂に取りつかれ、人と同じ様に宇宙を目指した。そんな中でも強く望んだ一人に、その地域のまとめ役である稲荷──少女のざっくりとした説明では偉い狐の妖怪──がいたのだという。
 流石に「貴方に行かれては困る」と周囲から引き止められた彼女は一計を案じた。稲荷とは社に奉られるもの、故に自身の社のレプリカをコロニーに作ることで、コロニーとその地を行き来しようと考えたのだ。

 流石にそれは青年の常識を超えた話だったが、少女が言うには地上において本社と分社くらいの距離ならば行き来は出来たらしい。

「じゃが、流石に地球とここまでの距離は無茶だったのじゃ。当たり前じゃ!! 『ちょっと隣町まで』といった距離じゃないんじゃぞ!! それの1000倍はあるんじゃぞ!! あ奴はなんで出来ると思ったのじゃ……」

 だが見事に失敗……したものの、彼女が分社に込めた力と移民者達の想いが混ざり合った結果、少女が誕生したのだという。

「メインサーバーからのアクセスや作業を容易にするために、サブサーバーにメインサーバーと同じソフトを用意しておいたら、サブサーバーの方だけで稼働を始めてしまった様な物かのぅ」
「意外にハイテクな例えをするな……」
「昔話の住人には不似合いと思ったか? わしらはこの時代に、この人工の大地で生きておるんじゃぞ?」

 そう口にしながらも、自分もそのアンマッチさにおかしさを感じたのか、くふふ、と少女は笑う。

「それもそうか……」
「そして今の例えを続けるなら、サブサーバーだけではメインサーバーの性能には及ばなくてな。本来ならばオリジナル同様に大人の身体の筈じゃったんじゃが、こんな身体になってしもうてな……」

 よよよ、と少女は泣き真似をする。だが青年は知っている。日中も先程の行為の最中も、少女がその外見を最大限に生かしていたことを。

 正直、何も無いところで少女の話を聞いても一笑に付して終わっていただろう。だが少女の語り口は(多少、おどけたところはあったものの)しっかりとした物だったし、少なくとも彼女の身体にある人ならざる部位は彼女の感情に合わせて動き、その挙動も――そして彼女がそれから受けていた快楽も――とても作り物とは思えなかった。

 「信じるか、信じないか」 その返事をする前に、青年は幾つか質問を口にする。

「このコロニーはそこからの移民者が殆どなんだよな? ということは……」
「いかにも。ぬしが昼に会った中にもわしの様な者が何人もいたぞ?」
「そうなのか……」

 今までの話と比べれば何でもないのか、当然の様にそう口にする少女に青年は絶句する。

「もう一つ、ということはお前の年齢はこのコロニーへの入植と同じくらいということか? つまり80かそこら……」
「さて!! 話はこれくらいか?」

 デリケートな話題に触れそうになった途端に少女は話を切り上げる。魔物であれ人であれ、その辺りには触れぬが花というものだろう。

「わかった。正直信じがたいが、嘘を付いているとは思えない。信じよう。
 だが、わざわざ正体と秘密を俺に明かしたのは何故だ。少なくとも公言して回るようなことではないだろう?」

「うむ、それなんじゃがな……むう、これでは順序が逆ではないか……」

 ここに来て少女は言い淀む。口を開こうとしては閉じ、もじもじと身体をくねらせる。

「まず誤解をしてほしくないんじゃが、わしがぬしの心持ちに好意を持ったことは事実じゃ。そこに他意は無い。こういう順番になってしもうたが、決して先の行為はぬしを篭絡して何かして欲しかったからでは無い、というのは忘れんでほしい」

少女は強く言う。「目的の為に交わった」と青年に思われるのだけは本当に嫌だったからだ。

「あ、ああ。わかった」

「その上で言いたい。ぬしが、ぬし達の力が欲しい。度重なる騒乱で政府の力は弱っている。これから世の騒乱はますます増していくじゃろう。そうなれば今では時代遅れと呼ばれる様なここでも、食の基盤になる農地は間違いなく要所となる。かつて地上で土地を争っていた時代の様にな。それに備える為にも自衛の力は持っておきたいのじゃ」

「だが俺一人じゃ……」
「と、まぁそれは建前でな」
「は?」
「皆がうるさいんじゃよ。『旦那が欲しい』とな」
「はぁ!?」

 少女の口にした、それまでのコロニーの未来を憂う真面目な雰囲気から一変した内容に、青年は思わず変な声を出してしまった。

「わしら妖怪や魔物は女しかおらんのでな。夫婦となり、番となるにはどうしても男がいるのじゃ。今でも機会を見つけては頑張っておるのじゃが、いかんせん辺境のここに来る人間など限られておるし、流石に婿漁りに大々的に出ていく訳にもいかなくてのぅ。
 ぬしのところは独り身の男ばかりじゃろ?」
「それはそうだが……」
「正直なところ、こっちの方で首を縦に振って欲しい。わしらも切実なんじゃよ……」

 少女はそう言ってがっくりと肩を落とす。狐の耳と尻尾も同様にぺたんと萎れてしまう。
 それまでの老練な態度と違う、外見通りの仕草に青年は思わず吹き出してしまう。

「はははははっ、なんだそれ!!」
「そう笑うな!! じゅうだいなもんだいなんじゃぞ!!」

 そう抗議する少女の声も、自分でもどこかふざけていると思っているのか、どこか棒読みで、彼女もそのまま笑い出していた。

二人でひとしきり笑ってから、青年は答える。

「わかったわかった。最初の方なら悩みもするが、後の方なら是非も無い。力を貸す、いや協力させてくれ」
「うむ、ありがたい!」

 その答えに少女は嬉しそうに笑う。と、少女は表情を変え、一転して妖艶な笑みを浮かべる。先ほどの交わりを思い出させるその仕草に、青年の体温は再度上がってしまう。

「くふふ、まぁ、方法はゆっくり考えるとして、もう少し愉しもうではないか。わしらが『旦那思い』なことをぬしにもしっかりと覚えてもらわんとな……?」

 少女はそう言いながら、青年に身を寄せる。青年もそれに応えて唇を重ねるのだった。




 そうして二人は身体を重ね、方法を考え、身体を重ね、方策を練った。




 予定していた滞在期間の終わりが近づいた頃、二人は港湾エリアで最後の確認をしていた。

「要するに、上は『自分達の財布が厳しいから』辺境で遊んでる俺たちにもう少しマトモな仕事をして欲しいのさ。だから『地域からの要望』という形で駐留の希望を出すと同時に、ある程度の負担の肩代わりを申し出れば断らない筈だ」

 青年は指を丸めて硬貨の形にする。

「……ま、結局のところ、コレだな」
「なに、人を『買おう』というのじゃ。当然、出費は必要じゃろう。具体的な額はわしらが交渉するとして」
「あぁ、部隊の連中にはそれとなくここのアピールはしておこう。仕事は変わらず、飯は美味いってな」
「『綺麗な娘が多い』も、頼むぞ?」
「そういうのは俺のキャラじゃないんだけどな……。まぁ、今更、中央に戻ってで再配属とかぞっとしない連中ばかりだ。二つ返事で釣れるだろうさ」

 青年は苦笑しつつ立ち上がる。

「んじゃ、まぁ、お互い、上手くやろうか」
「安心せい、伊達に半世紀以上ここで纏め役をしておらん。交渉事には一日の長があるわい」

 最後にパートナーとして握手を交わそうとし、『そうではないじゃろ?』と言外に語る少女のニヤニヤ笑いに気づいて顔を寄せる。ゆっくりと口づけしながら、手で純白の髪と狐耳──現在、この場にいる職員は少女達の仲間の妖怪と、事情を知る伴侶達なので隠していない──を撫でる

「すっかり癖になってしもうたのう?」
「う、うるさい……」

 確かに最初は時代錯誤のコスプレをした不思議な少女かと思った。
 しかし、少女に案内されてコロニーを巡る中で、この場所への深い愛着と誇らしさを感じさせる笑顔に魅力を感じていた。そうして、あの場所で一線を越え、更にそこから交流を深めるうちに、その正体に相応しい知性と慈愛、それでいて時折見せる外見の少女相応の仕草のギャップに完全に惹かれていた。
 仮に今回の計画が失敗しても、己だけはここに来ることを決意する程に。

 そうしてふさふさとした耳を堪能し、思わずその流れのまま尻尾に手を伸ばそうとしたところで、周囲からの生暖かい視線に気づく。

「なんじゃ、触らんのか? わしは構わんぞ?」
「つ、次に会う時までとっておく!!」
「くふふ、楽しみにしておるぞ」

 そうして、二人は最後にしっかりと視線を交わし、互いに頷くと別れていった。
 次のより良い再会を信じて。




 青年が駐屯地に戻っておよそ一週間後、隊に展開された異動見直し──実質的に現状と殆ど変わらない近隣の農業コロニーへの駐屯先の変更──の話は圧倒的支持を持って迎えられた。当然だろう、青年も言った様に、今更中央に戻りたい者も、前線に立ちたい者もここにはいないのだから。

 そして、その新案が決定した直後、青年はおやっさんにここに戻ってから温めていた話を切り出す。

「まぁ、確かにアレはお前の専用機みたいなもんだし、今回の異動に関連して機材の『見栄え』を出すことは考えてはいたが、これはまた尖った案だな……」

 青年の提出した機材改修の申請を見ながら、整備班長は微妙な顔をする。

「ダメか?」
「まぁ、これくらいなら問題無いだろう。他所でもっと派手な奴は山ほどいるしな」
「助かるよ。その口ぶりなら異動までに終わる?」
「任せておけ。……しかし、お前、本当に変わったな。前はもっと枯れた奴だったのによ」
「まぁ、この前の『旅行』で色々あってさ」

 訝しげな班長の問いに、流石に人外の嫁が出来たとも言えず、青年は誤魔化す。

「その後でコレとか色々なにかありすぎだろう……。まぁ、今度酒でも呑みながらゆっくり聞かせてもらうからな」




 それから更に一月が過ぎ、部隊の異動は滞りなく行われていた。

 コロニーの港湾エリアには今日から駐屯を始める隊の輸送船が停泊し、次々と機材を降ろしていく。
 少女はエリアを一望できる場所から満足そうにその様子を眺めていたのが、ある物に気づいて声を上げる。

「なななななな、なんじゃアレは!!!」
「資料では試作機の現場改修型で部隊の代表的な機体とか。わざわざあんな場所に立っているのは我々へのプロモーションでしょうか。それにしてもあのカラーリングは一体……長?」

 横で説明していた事務担当の説明が終わる前に少女は現場に走っていた。

「おい、お嬢ちゃん、危ないぞ!!」

 荷下ろし作業の横をすり抜け、その機体の足元にたどり着くと、少女はそれに乗っているパイロットに向けて大声で叫ぶ。

「なんじゃ、この機体は!! 乗っとるのはぬしじゃろうが!! 出てこい!! 説明せんか!!」

 少女が走ってくる姿を機体内からカメラで捉えていた青年は、その声を合図にハッチを開けるとコックピットから姿を現す。

「なんじゃ、と言われてもな。ここの守り神になるんだし、わかりやすいだろ?」
「ふ、ふざけるな!! わしに断りも入れずに!!」

 その機体は本来"猟犬"の名を冠していたが、曲線が主体のどこか優美さも感じるデザインと、その独特のマズルを思わせる頭部と尖った耳の様なブレードアンテナから「狐」と呼ばれることもあった。本来ならばワインレッドとダークブルーで彩られる機体だが、青年の乗るそれは純白の塗装にアクセントとして朱と金銀が入り、ご丁寧にモノアイレールの端に狐面を想起させる朱が差されている。
 その塗装から受けるイメージは、どこかその足元で騒ぐ少女を連想させるものだった。



「上手い事落とし込んだもんだろ?」
「か、勝手なことをしおって……!!」

 悪戯が成功した様にニヤリと笑う青年に対して、少女はしばらく唸っていたが、ふぅ、と力を抜くと顔をあげ、満足そうに笑う。

「よく来てくれたの。待っておったぞ」
「あぁ、約束通り来たぞ」

 青年もそれに応えて素直な笑みを返す。

 そうして愛しい少女に手を伸ばそうとして、青年は周囲からの視線を一身に集めていることに気付く。

「おいおい、今の聞いたか?」
「急に機体をパーソナルカラーに塗ったのは妙だとは思ってたけど、惚れた女の為ってか?」
「というか相手の娘、幾つだよ?」
「やっぱりロリコンって噂は……」
「待て待て待て待て、何か酷い誤解を受けているんだが!!」

 少女に対してリードを取っていた筈が、一気に場の空気が変わったことに青年は焦って声をあげようとするが

「言わせておくがよい、なぁ、愛しい人よ?」

 そう言ってわざとらしく身を寄せてくる少女と、より強まる周囲の好奇な視線に対して青年は絶叫するしかなかったのだった。




 それからしばらく経ち、異動に関する処理は終わり、部隊は当初の予定に従い、コロニーを中心とした定期的な哨戒任務──異動前と殆ど変わらない──を始めていた。青年も自分の機体に乗ると定常の業務に出たのだが……。

「お前、いつの間に……」
「整備の者の目を盗んで、ちょいちょい、とな。いかんのう、その辺りはしっかりしておらんと。機体を強奪されてしまうかもしれんぞ?」
「お前、姿を消す術とやらを使えるじゃないか……」

 そのコックピットに少女が潜り込んでいたのだ。驚いたものの青年も拒否する理由は無い。管制を誤魔化すとそのままルートに沿って哨戒を続ける。
 少女が小柄とはいえ、コックピットにそこまでの余裕は無いので、当然の様に青年の膝の上に座っているし、青年もそれを受け入れている。

「こうしてわれらの大地を外から見る日が来ようとはのう……」

 機体のモニターに映るゆっくりと回転するコロニーを見て、少女は複雑な感情を滲ませる。

「今まで、あのコロニーから出たことはなかったのか?」
「この身なりじゃからのう。外に話を付けに行くときは別の者が行っておったのでな」
「成程……、だがそれにしたって……」
「そうじゃな。半世紀以上ここにいて、それこそ遊覧程度の機会等、幾らでもあった。だが、なんでかそんな気にはならんかった。今思えば、この場所を一つの『大地』と思い過ぎておったのかもな。この地に拘る余り、他の地に目を向ける余裕が無かったのかもしれん」

僅かに寂しさや後悔を滲ませながら少女は口にする。

「じゃが、こうしてぬしと会えた。ぬしが新しい風を吹き込んでくれた。聞いたか? 既に手の早い者が何人か、番を見つけたそうじゃ」
「は、早いな……」

 自分達のことを棚に上げて青年は口にする。

「歓迎式の夜に連れ込んで、そのまましっぽりと……、だそうじゃ。まぁ、わしらにとってはそれくらい普通じゃからな」

 先ほどの陰を振り払うように笑顔を浮かべ、少女は続ける。

「ぬしらが来たことは大きなきっかけとなろうよ。このコロニーも、そしてわしも、これから変わっていける。付き合ってくれるじゃろう?」
「あぁ、俺で良ければ」

 その思いを伝える為に、青年は優しく少女の頭を撫でる。

「何を言うか、ぬしだから良いんじゃよ」

 その手に絡みつくように少女は身を捻ると、するりと青年に抱きつく。

「くふふ、慣れると無重力も悪くないの」

 少女はいつかの様に妖艶に微笑みながら、その身を浮かせると青年の唇と自身の唇を重ねる。

「こうして、宇宙の中で交わるのもまた乙な……む、脱げんぞ、これ、どうなっとるんじゃ」

当たり前だがコックピットで着る宇宙服はそうそう脱げる物ではない。四苦八苦する少女を笑いながら、青年は哨戒を続けるのだった。




 白狐とそのパートナーを乗せ、広大な宇宙を純白の狐が進んでいく。
 漆黒の宇宙にあってその輝きは一片も陰ることは無い。
 それは彼らの未来を象徴している様だった。
24/01/08 20:35更新 / Wood.Pecker

■作者メッセージ
 こちらではお初になります、Wood.Peckerと申します。

 「悩みを抱えた青年が足を向けた田舎で、ふと立ち寄った寂れた神社で出会ったヒロインとの交流の中で救いを得る」、そんなロリババァ物の王道に一欠片のスパイスをまぶした結果がこれになります。

 夢枕にロリババァお狐様が立たれて「図鑑世界に於いて、ロリババァ枠はバフォの奴が強いけど、他にも魅力的なロリババァをアピールするのじゃのじゃのじゃのじゃの(残響音含)」と仰られたので、ロリババァ物を投稿する機会を伺っていたのですが、HGUCバウンド・ドックに狐アレンジ塗装をしながら「この機体はなんで狐塗装になったのか」ということを考えているうちにインスピレーションが降ってきたので、勢いで書き上げてしまいました。(それにしても昔から「バウンド・ドックは犬より狐っぽいな。HGUC出たら狐アレンジしよう」と思っていたのですが、そこから15年近く待たされるとは思っていませんでした……)

 このSSを投稿する前に色々と資料や映像作品を当たったのですが「宇宙世紀にロリババァお稲荷様はいない」と断言できる情報が無かったので多分正史にも反していないかと思います。

 またインスピが湧きましたら、多分ロリババァ系のなんかを投稿させていただくと思いますので、その際はよろしくお願いします。

 ここまで読了ありがとうございました。

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まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33