読切小説
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ジョロウグモの乳の中
 私の勤めている職場では、ひと月の働きに応じて一日から五日までのまとまった休暇が貰えるという決まりがある。
 怠け者であればそもそも休みなど貰えるはずもなく、かといって仕事一筋の者からすればそれらは不要なものでしかない。
 幸い、私はそのどちらでもなかったので、言い渡された職務を全うし続けた後は、お上から授けられる三日か四日ばかりの休暇をありがたく頂戴していたのだった。
 そして明日から晴れて仕事休みとなった私は、履き古した下駄をからころと鳴らして、夕日が照らす細長い田道を辿って家を目指していた。
 夕暮れ時の空は紅く色づき、がまがえるの低い鳴き声が澄み渡った空気を震わせていた。
 独り身であった頃は、休みの日はもっぱら馴染みの茶屋で仲間たちと共に移りゆく季節を眺めていたものだが、縁あって気立てのよい娘を嫁にもらってからは、家にいる時間の方が次第に多くなっていった。

「おぉい、帰ったぞ」
 家に着いた私は引戸を開けて、西日も入らぬ暗い玄関に向かって声を張り上げた。
 返事はない。嫁が家の中で動いている様子もない。
 彼女は紅色の鮮やかな髪を持っているので、視界の隅にでも入れることができれば、すぐにその居場所がわかるのだが、それとは別に、彼女はこの家のどこかに隠れることを非常に好んでいた。故に、嫁のことをよく知らない客人なんかは彼女の姿を目にすることもできなかったし、また知っていたとしても、隠れん坊好きの彼女を見つけるのは至難の業だった。
 しかし嫁は律儀な一面も持ち合わせていて、私や客人が引戸を開けた時には既にこの狭苦しい空間のどこかにいて、私たちの反応を陰から眺めては密やかに楽しんでいるのだった。
「いつもの隠れん坊か。いいだろう、見つけてやる」
 そう言うや否や、私は天井を見上げた。隠れん坊とは名ばかりに、身を潜められそうな場所など、この玄関においては一つか二つに限られている。
 天井は張り巡らされた蜘蛛の糸で真白く塗り潰されていた。その合間から見える二つの星が、私の顔の動きに合わせてかすかに瞬いた。
 なんと、天井の片隅に年若い女が貼りついていて、私のことをじいっと見つめていたのである。二つの星は、外を僅かに照らすばかりの西日を反射して煌めく、彼女の黄金色の瞳だった。
「見つけたぞ、えりん」
「あら、見つかってしまいましたわ」
 えりんと呼ばれた女は、着物の袖で口元を隠してくつくつと愉快そうに笑うと、張り巡らされた糸の内の一本を伝い、小慣れた動きで板張りの床の上に降りてきた。
 彼女こそが私の嫁であり、黒と黄色の縞模様が美しい巨大な蜘蛛の下半身を持つ、『ジョロウグモ』と呼ばれる妖怪であった。
「流石は旦那様。わたくしを見つけるのが早くなってきましたね」
「毎度毎度天井では芸がないぞ。たまには普通に出迎えてくれ」
「だってぇ……、旦那様が寄り道せずにまっすぐ帰ってきてくださると思うと、わたくし嬉しさと気恥ずかしさでとてもじっとなんてしていられないんですもの……」
 えりんは両頬に手を添えて、照れくさそうに腰をくねらせた。それに合わせて六本の蜘蛛の足が律動的に床板を叩き、床に多数の浅いへこみを作り上げていく。
 少しずつ傷んでいく床板を見下ろして、私はふと、お上からいただいた休日をこのぼろ家の修繕ために費やしてやろうかと、一人考えたのだった。
 えりんはしばらくの間にやけ顔ではしゃいでいたが、突然何かを思い出したかのように「あ、そうだ」と手を叩くと、私に向き直った。
「旦那様」
「うん?」
「おかえりなさいませ。今日もお仕事、お疲れさまでした」
「……ああ、ただいま」
「先にご飯になさいますか? それとも、お風呂になさいますか?」
 私は二つの魅力的な選択肢を前にして、今一度自分の身体を改めた。
 今日は街の見回りをして、その後で溜まっていた書き物を片付けて、一日の仕事を終えた。夏もそろそろ終わりを迎えている今日この頃、日中を通して涼しい風が吹いていたこともあってか、私はあまり汗をかいていなかった。
 風呂は後回しでもよさそうだ。それならば。
「そうだな。今日は先に、夕食をいただくとしよう」
「わかりました。すぐに用意いたしますので、旦那様は座って待っていてくださいな」
「うむ、そうさせてもらおう」
「お茶をお持ちしましょうか?」
「それはお前に任せるよ」
「はぁい。では、お夕飯と一緒にお持ちしますね」
 えりんは踵を返して我が家の台所へと走り去っていった。
 見てくれこそ男を惑わせる絶世の美女であるのに、仕草や言動にはどことなく幼さが漂っている。彼女のその無邪気な立ち振る舞いは、見ていると心が安らいでくる。
 えりんは愛い奴だ。ことあるごとにそう思う。
 家に上がり込んだ私は、腰に携えていた数打ちを壁に立てかけた。そして、居間に置かれていた古い座布団を枕代わりにして横になり、家の至る所で艶めいている白い糸の本数でも数えながら、えりんの作る夕食を気長に待つことにしたのだった。

 ◇ ◇ ◇ 

 ささやかながらも暖かい夕食を食べ終わり、えりんと共に一番風呂で湯浴みを済ませた後、他愛もない世間話もそこそこに、私はえりんの蜘蛛の腹に跨って、彼女の乳を揉んでいた。
 何をするにも常にゆさゆさと揺れている爆乳を目の前で見せられ続けて、とうとう私にも、我慢の限界が訪れたわけである。
 寝巻きを押し上げて深い谷間を露わにしている乳に手を添えると、えりんは顔を赤らめつつも「いいですよ」と言って優しく微笑んで、寝巻きの襟元を自分から大きくはだけさせたのだった。
 えりんの乳はとても大きく、両手で片方を覆ってもなお、指の間から肉がはみ出てくるほどであった。
 そんな魔性とも呼べる二つの乳を、私は両手ですくい上げるようにして満遍なく揉みたくり、独り占めにしているのだ。これを超える幸せな贅沢が、他にあるのだろうか。
 そして、胸を強く揉まれる度に必死になって声を押し殺し、身体を弾ませているえりんの姿にもまた、非常にそそられるものがあった。
「やはり、仕事終わりのこれは格別だな。何時間でもこうしていられそうだ」
「うふふ、何時間でもっ、こうしていていいんですよ。旦那様の心ゆくまで、ぁん、わたくしのお乳を、堪能なさってください♡」
 底なしの乳の沼に沈みゆく指先の感触や、風呂上がりの湿った紅髪の匂いをじっくりと楽しみつつ、えりんの丸い尻の割れ目に張り詰めた自らの陰茎を滑り込ませると、彼女はつきたての餅を合わせるが如く徐々に尻肉を狭めていき、乳にも劣らぬ極上の柔らかさで私の陰茎を捕らえてしまった。
 腰を引いても一向に抜ける様子はなく、また離してくれそうにもない。それどころか力を強めて、むちむちとした尻で陰茎を押し潰そうとするばかりであった。
 構うことはない。出そうになったなら、迷うことなくえりんの尻に粘ついた欲望を放てばいいだけのことだ。決して口にはしないが、彼女はそれを待ち望んでいる。
 何回か射精して、ほんのりと赤くなった尻の割れ目に白濁とした精液を流し込めば、彼女もひとまずは満足して、尻に込めた力を少しは緩めてくれるかもしれない。あるいは、放たれた精液が潤滑液代わりとなって、陰茎を押し出すのが先だろうか。
 彼女の大きな蜘蛛の腹に跨って、あれやこれやと気の赴くままに豊満な身体をいじくり回していると、途中で小さな絶頂を何度も重ねているのか、時折私の身体が持ち上がるほどに蜘蛛の腹が大きく跳ねた。
 成熟した竹と同じくらいの太さを持つ蜘蛛足の方には、最早力を入れている余裕などはないようで、それぞれが思い思いの方向を向いてへたり込んでいた。
「本当に、揉みほぐすのもひと苦労なほどに大きな乳だ。腕が疲れてきた。街でも、こんな見事なものを男たちに見せつけているのか?」
「そんなわけっ、ないじゃないですかぁ」
「では、隠しているのか。……どうやって?」
「それは、んっ、糸で、さらしを作って、無理やりっ押し込めて、やんっ!」
 親指と人差し指を使って彼女の赤い乳首を摘み上げると、よだれを垂らし始めていた口からひと際かん高い喘ぎ声が飛び出した。話の腰を折るつもりはなかったのだが、それほどまでに強い快楽を彼女に与えてしまったらしい。
 潤んだ瞳が物欲しげにこちらを見つめてきて、それが私の内にある庇護欲を揺り起した。
「そうかそうか。では、買い出しに行っていた今日はさぞかし苦しかったろう。それを聞いてしまっては、私も腕が疲れたなどとは言っていられないな」
 腕を軽く振って、一旦手先に残っていた痺れを払い落とすと、私は改めてえりんの爆乳に手をつけた。己の胸中から湧き出てくる性欲を満たすためではなく、今度は隠れたところで意外と苦労をしている、嫁の身体をいたわるために。
 そうはいったものの、結局のところ今の私にできるのは、より一層の力を込めて乳を揉む範囲を広げるだけであった。
 手のひらを出来るだけ乳肉の奥深くに埋めていき、時間をかけてゆっくりと手の形を覚え込ませるようにして、二回か三回ほど、丁寧に揉みしだいていく。
 えりんは気持ちよさそうに浅い呼吸を繰り返して、私の成すこと全てに身を委ねていた。
「旦那様ぁ」
「どうした」
「わたくし、とっても気持ちいいです……」
「それはよかったな。どれ、もうひと揉みしてやろう」
「やぁんっ、そんなに揉まれたら、また、お乳が大きくなってしまいます……♡」
「これ以上まだ育つのか……」
 えりんの言葉を聞いて、流石の私も困惑を隠しきれなかった。今でさえ大人の頭ほどもある乳房が、更に大きくなるというのだ。
 そんなに乳を育てて、一体何に使う気なのだろうか。
 固まった私を流し目に見て、えりんは得意げに胸を張った。その反動で私の手を弾き飛ばし、愛撫を跳ね除けた乳房が勢いよくばるんと揺れた。
「うふふっ。まだまだ大きくなりますよ。旦那様との子供ができたら、たぁんとお乳をあげないといけないですからね」
「子供……」
 私は虫にはあまり詳しくないのだが、蜘蛛が一度に数百個の卵を産むということは、街の噂で耳にしたことがあった。
 蜘蛛の妖怪にも同じことが言えるのかはわからない。しかし、もしそれが本当なのだとしたら、いずれはこの継ぎ接ぎだらけのぼろ家を手放して、もう少し広い家に移り住むことも考えねばならない。

 頭の中を不安が駆け巡る。
 仮に私たちの間に子供が産まれたとして、今の私の財力で満足に食わせていくことなど、果たしてできるのだろうか。
 その時に備えて少しずつ蓄えを増やしてはいるし、仕事先のお上の力を借りれば、農民より多少はましな生活を送ることもできるだろう。
 とはいえ街そのものが貧しい今、他の人々を差し置いてその手に頼るわけにはいかない。それがまかり通るのだとしたら、なんとも不公平な話ではないか。
「旦那様。子供は何人欲しいですか? 旦那様がいいと言ってくださるのなら、わたくしたくさん卵を産んじゃいますっ♡」
「……ああ」
「……旦那様?」
 遠くでえりんが何か言っている。しかし目の前に突如として現れたこの難題には、早々に前向きな答えを出しておかなくてはならない。
「──もう、旦那様!」
「む。……ああ、ああ。なんだ」
 突然耳元で叫ばれて、それでようやく意識を視界に戻すと、目の前にえりんの顔があった。形の整った眉を八の字に下げて、見るからに悲しそうな表情になっていた。
「わたくしのお腹から降りてください」
 尻から私の陰茎を追い出し、蜘蛛の腹を揺するえりん。
 声色に有無を言わせぬ凄みめいたものを感じた私は、言われた通りに蜘蛛の腹から降りて、布団の上にあぐらをかいて座った。その場所は、丁度えりんの真正面にあたる位置だった。
 勝手に考え事を始めて、その間ずっと彼女を置いてけぼりにしてしまっていたものだから、機嫌を損ねたのかもしれない。
 えりんは一つため息をついた後、姿勢を低くして、私に向かって両手を大きく広げて見せた。
「んっ」
「ん?」
 何だろう、この娘は。一体何がしたいのだろうか。
「……ん?」
「──んっ!」
 まるで意図がわからず首をかしげたままでいると、えりんはいきなり私の頭を両手で引っ掴んで、たわわに実った自らの乳房の中に押し込めた。
 視界が暗い肌色で埋め尽くされる。
 芳しい汗の香り。顔の両側を包み込む乳の柔らかさ。温もりに満ちた人の肌が何よりも熱い。
 彼女の奇行に驚いて思わず腕を上げかけたその瞬間、乳の外で棒のような何かが素早く伸び出て、私の腕はあっという間にそれに絡め取られてしまった。
 更に私の腰の辺りに、腕を捕らえているものと同じような質感の何かがしがみついてきて、否応なしにえりんに密着するような形となった。彼女のつるりとしたへその感触が、胸の皮一枚を挟んで心臓に伝わってくる。
 極めつけにはあぐらの上から丸みを帯びた巨大な何かが押し当てられて、脚を自由に動かすことも叶わなくなってしまった。
 頭の天辺からつま先に至るまで、私はその『何か』に文字通り一切の身動きを封じられて、顔中に広がる乳の感触をただただ味わうことしかできなくなってしまったのである。
 息を継ぐ間も与えられず、ぐにゅぐにゅもにゅもにゅとひたすら頭全体を乳房でしごかれている。
 湯浴みを経てほかほかと湯気を立てている乳の中は、正に極楽浄土のようであった。多少の息苦しさでさえも心地よさが片端から塗り潰していってしまう。
「もう、旦那様ったら。こんな時まで難しい顔をしないでくださいまし……」
 頭の上で、えりんの悲しそうな声が聞こえる。首を振ってなんとか顔を上げることで空気の通り道を確保し、私はそのまま、こちらをじっと見つめているえりんと目を合わせた。
 彼女は頭を下げて、私の額に軽く口づけをした。
「今は何も考えず、わたくしの身体で戯れてくださいな。悩み事を抱えていらっしゃるのなら、わたくしも共に悩みます。何かよい答えが出るまで、いっぱいいっぱい考えます。『一人より二人』ですよ、旦那様。……ね?」
 えりんはいつものように優しく微笑んだ。
 それは結婚して間もない頃に、とある悩みを抱えていたえりんに向けて私が贈った言葉だった。
 一人であれこれ悩むよりも、二人で悩みを分かち合えば、きっとよい答えが出る。この言葉にはそういった意味が込められていて、えりんはいたくこれを気に入っていた。
 まさか、あの時に言った言葉をそのまま返されることになるとは。
 間抜けを晒してしまったが、しかしそのおかげで幾分か気が楽になった。
「……そうだな。何も、よりによって今考える必要はないわな。えりん、すまなかった。どうか許してほしい」
「わたくしの言いたいこと。わかってくれましたか?」
 私は頷いた。
「本当に?」
 二度、頷いた。
「……いいでしょう。それなら、離してあげます」
 えりんは私の頭から手を離し、胸の谷間を左右に開いた。ようやく乳の檻から解放されたのだ。私は頭だけを仰け反らせて、冷たい夜風を肺いっぱいに取り込んだ。
 弊害なく空気が吸えるというのは本当に素晴らしいことであったが、一方でえりんの乳の中から出なければならないのだと思うと、少々名残惜しくもあった。
 彼女は蜘蛛の足を動かして、私の上半身を自由にした。そしてそのまま六本の足を使って立ち上がり、あぐらを押さえていた蜘蛛の腹をも退けた。
 どうやら蜘蛛の身体を巧みに用いて、私が抵抗できないようにしっかりと押さえ込んでいたらしい。
「さ、旦那様。続きを、いたしましょう?」
 えりんは待ちくたびれたといった様子で胸の下で腕を組み、乳房を重たそうに持ち上げると、私の目と鼻の先でこれ見よがしに左右に揺らしてみせた。
 献身的な昼の顔から、好色な夜の顔へと変わりつつある。
 彼女は後何回、私の言葉を聞き入れてくれるのだろうか。
 私は心の中で短く念仏を唱え、そして腹を括った。
「うむ。明日から休みだからな。日が昇るまで相手になろう」
「まあ……嬉しい♡ 旦那様。夜伽の前に、わたくしに何かやってほしいことなどはありませんか?」
「そうだな。では一つ、お前の胸を使ってやってほしいことがある」
「はい、何なりと──」
 私は彼女に、前々から考えていた『やってほしいこと』を伝えた。

 ◇ ◇ ◇

「え、ええ? 一晩中胸で挟み続けてほしい、ですか?」
 復唱されたそれを聞いて私が首を縦に振ると、えりんは息を呑んで口元に手を添えたまま固まってしまった。
 彼女が驚くのも仕方のない話だ。以前、全く同じことを彼女に頼んで、泣きを見たことがあるからだ。
 その時は、興に乗って自制が効かなくなった彼女によって日が昇るまで乳だけで搾り取られたあげく、次の日の大半を布団の中で寝て過ごす羽目になってしまった。
「もちろん、えりんが嫌だと言うのなら、私も無理強いをするつもりはないが──」
「嫌だなんてそんな、とんでもありません!」
 えりんは手を振って私の言ったことを必死の形相で否定すると、生唾を飲み込んでから、ちらと私の一物に視線を移した。
 張り詰めて赤黒く膨れ上がったもう一人の私は、何度か射精を迎えそうにはなったものの、その都度お預けをくらっていたせいで、いつ暴発してもおかしくない有様だった。
 だからだろうか、私の一物は、持ち主の理性に反するように直立不動の姿勢を貫き、時折竿全体を大きくひくつかせながら、魔乳に包まれるのを今か今かと待ちわびているようだった。
 我慢汁で先端を光らせている肉棒を挟むべく、もちもちとした桜大福のような乳房を私の腿の上に乗せて、今一度えりんが私の顔を見上げてくる。何が言いたいのかは、目を見ればすぐにわかった。
 本当に、本当にやってもよいのか、と。
 私は彼女の目を見返して、はっきりと頷いてやった。
 一度興に乗った彼女を止める術はない。しかし止まらないのなら、それはそれで構わなかった。無制限の快楽を与えてくれる存在が目の前にいるとなれば、遅かれ早かれ、一度ならず二度までもそれに飛びつこうとするのが、人間の性というものではないか。
 つまるところ、えりんの乳に挟まれた時に感じたあの心地よさを、今夜もまた味わいたかったのだ。

「旦那様。最初は、どのようにいたしましょう?」
「そのまま挟んで、両側から強く押さえつけてほしい。何はともあれ、まずは一度出して、すっきりしてしまいたい」
「わかりました。では……いきます」
 えりんは乳房を開いてその中央に私の一物を導くと、谷間を徐々に狭めていって、そり返った肉棒をみっちりとした柔肉で包み込んでしまった。
 弾力のある尻肉とはまた一味違う、押せばその分だけ沈んでいく類の柔らかさだった。乳房を通してかすかに伝わってくるえりんの鼓動が、またなんともたまらない。
 遊女たちの間では、こうして女の乳房で男の一物を挟む行為のことを『紅葉合わせ』と呼んでいるそうで、私はこの名前に漂う雅な雰囲気を気に入っていた。
「どうですか? 気持ちいいですか?」
「ああ、最高だ。こうも胸で愛されてしまえば、もうお前なしには生きていけなくなってしまうな」
「まあ、わたくしの魅力はこのお乳だけですか?」
「そんなまさか。気遣いができて、家事もお手の物で、その上こうも尽くしてくれるときた。全く、私にはもったいないくらい良い女だよ、お前は。男共の理想の嫁さ」
「うふふっ、ありがとうございます♡」
 私の言葉にすっかりと気をよくしたえりんは、先ほどまでの戸惑いを一切感じさせないような満面の笑みを浮かべた。
 褒められたのがよほど嬉しかったのか、乳房を押さえる力が少しずつ強まっていくのが肉棒越しに伝わってくる。
 意図せずして腰が浮き上がり、鈴口から滲み出る我慢汁をほどよく締まった乳の中に塗りたくっていく。本能が更なる快感を求めているのだ。
 谷間の奥はたちまちぬめりのある透明な液体で満たされていき、敏感な亀頭を刺激するのには打ってつけの空間となった。
 私が腰を浮かしている様を見て、えりんがくすくすと小鬼めいて笑った。
「あら、そんなにこそこそと動かなくとも、わたくしがめいっぱいしごいてさしあげますのに」
「悪いな。どうも、腰が止まらなくてな」
「謝らなくてもいいんですよ。わたくしのお乳、どうぞお好きなように使ってくださいな」
「ああ、そうさせてもらう……」
「うふふっ……。ああ、可愛い旦那様♡」
 えりんの恍惚とした熱い吐息が、私のみぞおちに吹きかけられた。暗闇の中で荒い呼吸が繰り返され、私と彼女との間にある空気がほのかに湿っていくのがわかる。どうやら彼女も興奮してきているようだ。
 それが伝染するかのように私の腰の動きも独りでに早まっていった。にちゅにちゅと卑猥な水音を立てて、えりんの爆乳の隙間から我慢汁に濡れた亀頭が顔をちらつかせた。
「出そうなんですか? 大丈夫ですよ。わたくしは準備万端ですから、遠慮なさらずびゅーって出しちゃってください♡」
 その言葉がとどめになった。
 股間に全神経が集中し、肉棒が一際大きく乳の中をのたうち回ると、えりんの顔に白く濁った水鉄砲を撃ち上げた。
 彼女は「きゃっ!」と小さな悲鳴をあげるのと同時に素早く目をつぶり、精液が目の中に入るのを阻止した。
 びちゃっびちゃっ、と粘っこい音が鳴り、えりんの眉間をどろりとした精液が伝った。
「……ふふっ、たくさん出ましたね♡ そんなに気持ちよかったのですか?」
「ああ。自分では気づかなんだが、よほど溜まっていたらしいな。気持ちよかったよ」
「我慢はだめですよ? わたくしでよければ、いつでもお手伝いしますからね」
 えりんは顔中にべっとりとへばりついた精液を指ですくい上げると、ためらうことなくそれを口の中に入れた。
 彼女の頬がもごもごとうごめいている。精液を舌で転がして、その味を楽しんでいるのだろうか。えりんは夜伽の際、私が一番最初に出した精液をそうやって時間をかけて味わおうとする。曰く、唾液と混ぜ合わせて身体に吸収させやすくしているのだとか。
 彼女の咀嚼はしばらくの間続いたが、やがて満足したのか目を閉じて鼻から息を吸うと、こくり、と喉を鳴らして精液を飲み込んだのだった。
「お前は本当に、それを飲むのが好きだな」
「美味しいですから。それに旦那様の精を飲むと、糸の出がよくなりますのよ?」
 ふぅむ、そうだろうか。いや、思い当たる節がある。
 言われてみれば確かに、こうして精を絞られた日の翌日の糸は、太さも粘り気も色艶も、何もかもが格段に増していたような気がする。
「そうか、日によって糸の質にむらがあったのは、そういうことだったのか」
「まあ。旦那様も、わたくしの出した糸の違いに気づいてくださっていたのですか?」
「薄々な」
「嬉しいっ、わたくし感激です♡」
 えりんは両手を伸ばして私の腰をかき抱いた。そして私の腹の上で、汗でほんのりと湿った紅髪が小踊りを始める。
 皮と筋肉ばかりの固い腹などに触れたところで、大して気持ちよくもないだろうに。それとも、はしゃぐことに夢中になっているえりんにとって、私の腹の硬さは大して重要ではないのかもしれない。
「うふ、うふふふふっ♡」
「そんなに嬉しいか」
「はい♡ 旦那様がわたくしのことをちゃあんと見てくれているという証拠ですもの」
「そうか。そんな愛いことを言う娘には、こうしてやるっ」
「きゃー♡」
 私は彼女の髪に手を伸ばした。夜闇の中でもよく見える、秋景色めいた美しい紅色だった。
 『髪は女の命』とは有名な言葉の一つだが、妖怪とてそれは同じだろう。傷まないよう配慮しつつ、しかしこみ上げる愛おしさに身を任せて髪を撫で回してやると、えりんは小さな悲鳴をあげつつも、もっとやれと言わんばかりに私の手に髪を擦りつけてきた。
 明日の朝に紡がれるであろう、精をたっぷりと含んだ新鮮な蜘蛛の糸をもってしても、この髪の滑らかさを超えることはできまい。
「いつか、わたくしの髪だけで旦那様の一物をしごき続けるというのも、面白いかもしれませんね」
「そんなことをしたら、せっかくの美しい髪が傷むぞ」
「ふふん、心配ご無用ですよ。旦那様の精は、わたくしの力の源。浴びれば傷むどころか、更にその色艶を増していくばかりですわ」
「そうか。そこまで言うのなら、いつかやってみるか」
「はい♡ ……約束ですよ?」
「うむ」
 互いに小指を差し出して、指切りを交わす。
 えりんの小指は冷たく、私のそれよりも幾分細かったが、しっかりと絡みついて振りほどけそうになかった。
 もっとも、振りほどけばそれはそれで彼女がひどく悲しむので、私からは絶対にそんな真似はできない。
 夫だからではなく、単に人が悲しむ様を見るのが苦手なだけだ。

「さて、旦那様。次はどうやって挟んでほしいですか?」
「後はえりんに任せるよ」
「あら、まだ一回しか射精していないのに、もうよろしいのですか?」
「私があれこれ口を出すよりも、お前の気の向くままに動いた方が、お互い気持ちよくなれるだろうよ」
「……わかりました。では、遠慮なく♡」
 えりんは軽く胸を揺すって、それまで放ったらかしだった肉棒を再び膨らませると、それにむしゃぶりつこうとして大きく口を開いた。
 しかし彼女はすぐには咥えなかった。唇が鈴口に触れるかどうかといったところで、思い留まったようにその動きを止めたのである。
「そうだ、旦那様」
「ん」
「わたくしに一切合切を任せてくれるのなら、一つ、戯れにつき合ってはくださいませんか?」
「戯れ?」
「はい」
 えりんは顔を上げて、私の目をじいっと見つめた。暗い部屋の中でも紅い髪以上にはっきりと見える二つの星は、妖しい黄金色に煌めいていた。
「何をする気だ」
「旦那様がいっぱいいっぱい射精して、私のお乳の谷間を精液で埋める遊びです」
「ふぅむ」
「もちろん、旦那様は何もしなくても大丈夫ですわ。ただわたくしに身を委ねて、気持ちよく射精することだけを考えていてくださいな」
「一応聞くが、嫌だと言ったら?」
「旦那様の身体を噛んで、無理やりにでもその気にさせるつもりですわ♡」
「だろうなあ……」
 えりんは他の歯よりもわずかに長い犬歯を覗かせて、にんまりと笑った。
 対する私は、口を半開きにして乾いた笑い声を発した。
 『毒』というのは、彼女の犬歯から分泌される微弱な麻痺毒のことで、これを身体に流し込まれると、じんわりとした痺れと共に手足の感覚が一時的に薄くなってしまう。
 噂に聞く大百足の毒ほど強力ではないと彼女は言うが、ただの人間である私からすれば、気を抜けば射精してしまうような甘美なそれは十分な脅威に感じられた。
「いいだろう。乗った」
「流石は旦那様。きっとそう言っていただけると信じていました」
「他に選択肢がないものな。それならば、早いところ素直になった方が身のためだ。話も長引かずに済むしな」
「旦那様のそういう思い切りのいいところ、大好きです♡」
 えりんは乳房を押し潰して、そこからのそりと顔を出した肉棒の先端を、一息で咥え込んだ。鈴口からかり首にあたる部分が、今まさに彼女の口の中に入っているのだ。
 かり首の裏をなぞる潤った唇の感触が、こそばゆくも気持ちいい。これだけで射精に至れるほど刺激が強いわけではないが、しかしあった方が次の絶頂をより早く迎えることができる。
 汗ばんだ爆乳が彼女の手の甲でしっかりと押さえつけられ、肉棒をぎゅうぎゅうと圧迫していく。乳房で挟むのと口でしゃぶるのを同時にやろうとしているようだ。
 鈴口の上を生温かくぬめった舌が這い回っているのがわかる。えりんのそれは人間のものと比べてやや薄く、しかしわずかに表面がざらついている。それは彼女の主食が、肉だからであろうか。
 そんな舌で集中的に鈴口を舐め回されるとどうなるか。
 ただただ気持ちがいい。背筋に寒気が走るほどに。
 えりんの頭が、肉棒をしゃぶる動きに合わせて爆乳の上で弾んで沈んでを繰り返している。黄金色に輝く瞳は、谷間の中に収まっている一物のみをただじいっと見据えていて、他のものには目もくれようとしない。
 それほどまでに私の肉棒に夢中になってくれているのだ。
 男として、非常に嬉しい限りである。
「気持ちいいぞ、えりん」
 私がそう声をかけると、えりんは嬉しそうに目を細めて、肉棒を咥えたままこくりと頷いたのだった。
 差し込まれた月の光を受けて蠱惑的な艶を放つ蜘蛛の足が、物欲しそうに私の脇腹を交互に小突き始めた。くすぐったさに思わず身をよじりそうになってしまうものの、いつの間にか背中に回されていた八本の蜘蛛の足が、それを許してはくれなかった。
 彼女の全てで抱き締められていると言えるし、これから起こることを考えると、いよいよ逃げ道を塞がれたとも言える。
 一発目から多少の時間を置いていたこともあり、私の頭の中は早くも射精したいという思いで占められていた。
 今回はあまり我慢をしようとは思わなかった。股間に集中された快楽に従い、ぢゅるぢゅるとはしたない音を立てて鈴口を吸い上げているえりんの口の中に、二発目の精液の波を放った。
 えりんは一瞬だけ目を見開き、突然の射精に面食らったようであったが、すぐにまたうっとりとした表情に戻り、形のいい頬をへこませて、尿道の中に残った精液を吸い出しにかかった。
 腰が浮くほどに強い力で肉棒を吸われ、えりんの顔が遠ざかるに連れて、どんどんと精液が絞り出されていく。彼女の口が離れた時、心なしか私の一物が幾分か細くなったように見えた。
 彼女の唇がうごめき、やがて名残惜しそうに開かれた。
 こうして四、五回に渡る腰の痙攣と共にはき出された精液は、えりんの申し出の通り、ひとまずは彼女の谷間に溜められることとなった。
 しかし、乳の底は極めて深い。谷間を白濁した精液で埋め尽くすには、一度や二度射精した程度の量では全くもって足りないだろう。それこそ何十という数が必要になってくるに違いない。
「うふふっ♡ 楽しくなってきました♡」
 えりんは枕元に並べて置いてあった竹筒のうちの一本を掴んで、中に入っていた水を一気に口に含んだ。それを舌の上で念入りに転がした後、彼女は私の頬を蜘蛛の足で抑えて、口移しで水を飲ませてきた。
 唾液が混じった水は生ぬるく、ほのかに苦い味がした。私が出した精液が、わずかながらに彼女の口の中に残っていたのだろう。
 多少はためらったものの、えりんがぐいぐいと私の口に舌をねじ込ませてくるものだから、仕方なくその水を受け入れて喉に流し込んだ。
 えりんの唾液だけが混じっていたのなら、喜んで彼女の舌をしゃぶりながら、移されてくる水を飲み干したのだが。

 それからは、怒涛の勢いでえりんに攻められて、怒涛の勢いで射精を繰り返した。
 左右交互に爆乳を持ち上げて、射精するまでの間、休みなく肉棒をしごかれ続けたり。
 桃色の乳首を鈴口に差し込まれ、母乳を与える母のような優しい口調で延々と耳元でささやかれ続けたり。
 蜘蛛の糸で肉棒と乳を接着され、粘こい乳同士を擦り合わせてにちゃにちゃと卑猥な音を聞かされ続けた末に射精もした。
 そしてえりんは、やはり私の一物に牙を突き立てた。甘い毒を流し込み、より多くの精液を得るために。
 痛みは一瞬だった。それよりも、その後からくる心地よい痺れと身体中を這い回る快楽に耐える方が、遥かに難儀だった。
 私の一物は水脈を掘りあてた井戸めいて、どくどくと精液を垂れ流し続けた。唯一の救いだったのは、射精と共に少しずつ毒が体内から出て行ったことだろうか。
 中途半端な痺れはだんだんと薄らいでいき、後に残ったのは、玉の中身全てを出しきった後に残る、特有の激しい倦怠感だった。
 そうして何発も何発も胸の中に精液を出し続け、ようやく爆乳の渓谷を精液で埋める遊びは、終わりを告げたのだった。
 えりんは精液に塗れた乳房を持ち上げ、くたびれた私の肉棒を解放した。
 力なく倒れ込むもう一人の私。我ながら原形を保っていられるのが不思議でならなかった。
「ほぉら、見てください旦那様♡ わたくしのお乳は、旦那様の精でびちゃびちゃになってしまいました♡」
 谷間に溜められた精液を見せつけるようにして、彼女はわざとらしく胸を反らした。
 毒の作用によって濃縮された精液は蜘蛛の糸のように乳肉にへばりつき、ある程度傾けてもこぼれ落ちることはなかった。
 えりんは谷間に顔を近づけ、大きい胸が更に大きく膨らむほど深く息を吸い込んでその匂いを嗅ぎ、興奮と肉欲に身体を打ち震わせていた。
「ああっ、旦那様。えりんはもう、我慢できませんっ!」
 彼女は顔を真っ赤にして叫ぶと、精液の海に顔を突っ込んだ。
 なんと、「ぢゅるっ、ぢゅるるるるるぅっ!」と野外に響くほどのけたたましい音を立てながら、そこに溜まっていた大量の精液を一滴残らず啜りきってしまったのだ。
 呆気に取られている私を尻目に、彼女は粘ついた精液で満たされた口を真一文字に結ぶと、ごぐり、ごぐり、と喉を鳴らしてそれを数回に分けて飲み込んだ。
「ん、はぁ……♡ この味、この量……。ああ、たまりません……♡」
「お、お、お前……」
「──あらぁ? 申し訳ありません旦那様。せっかくわたくしのお乳に出してくださった精子、全部飲んでしまいましたわ……♡」
 濁った白から一転して紅潮した肌色になった谷間を目でなぞり、彼女は役目を終えた遊女めいて微笑んだ。そこにはもう、わずかばかりの糸くずしか残っていなかった。
「これではぁ、旦那様を離してあげることが、できないではありませんかぁ……♡」
「お前さては、最初からそのつもりでいたな?」
「うふふっ、流石ですっ旦那様。でも、だめですよぉ? 夜のわたくしの提案などを簡単に聞き入れては……」
 えりんは爆乳を持ち直して、ずいと私に迫ってきた。強調された谷間の底で、搾りかすになりつつある肉棒が上体を起こして何とか乳の牢屋から逃げ出そうとしている。
 しかしえりんは、それを見計らったかのように間を合わせて乳を揉み直し、肉棒を再び柔らかな肉の中へと閉じ込めてしまった。
「さあ旦那様。今一度わたくしを、旦那様の精で汚してくださいまし♡」
「勘弁してくれ。さっきまで、そこに溜まっていたじゃあないか。あれでは駄目なのか?」
「うふ、うふふふふっ。だぁめ♡」
 腰を引き距離を置こうとした私を、しかし蜘蛛の足とたおやかな指先から出した糸で引き止める。
 何か抗議せねばと口を開いたが、それすらも彼女の目には好機と映ったらしい。えりんの顔が素早く近づいてきたかと思えば、瞬く間に私の口の中に、彼女の長い舌が差し込まれた。
 先ほどまで貪欲に精液を求めていた舌が、今度は私の唾液を啜るべく口内を舐りにかかる。
 下顎のくぼみ。頬の裏側。そして私の舌そのもの。唾液で潤っていそうな所は、特に入念に舐め尽くされた。
 私はむせながらも何とか合わせられた唇の間に隙間を見出して、抵抗を試みた。
「せめて一度、休憩を取らせてはくれないか。お前もずっと胸を揺すり続けて疲れただろう?」
「何をおっしゃるのですか。旦那様の快楽は、わたくしの快楽でもあるのです。二人で一晩中、たっぷりと気持ちよくなりましょう?」
 どうやら言葉は通じても、話は通じていないらしい。
 それに気づくと同時に、これ以上の抵抗は無意味だと悟る。
 今の今まで会話がそれなりに成立していたものだから、『まだ夜の顔ではない』とひとりでに思い込んでしまっていたのだ。
「えりん」
「はい?」
 私は大きく息をはき、身体から力という力を全て抜いた。
 観念することにした。嫁の情欲を焚きつけておいて、自分は満足したからと都合よく夜伽を終えようとしていたことに、今更ながら気がついたのだ。
「お前の気持ちはよくわかった。私から言いだしたことだものな。約束だ。満足するまで相手になろう」
「言われずとも、今宵も旦那様を手離す気はありませんわ♡」
「うむ」
 私は再び大きく息を吸った。心臓が早鐘を打っている。
 しかし、自分の下した決断に後悔はない。
「──やれい!」
「はいっ! いただきますっ♡」
 えりんはらんらんと目を輝かせて私に飛びついた。
 蜘蛛の糸に身体中を絡め取られ、これから彼女の独擅場である暗く狭い屋根裏へと引きずり込まれていくのだ。
 一寸先も見えない暗闇に入る直前に私の視界に入り込んできたのは、黄金色の残光を残して煌めく二つの星と、今再び爆乳の牢へと囚われゆく、哀れな自らの肉棒だった。

 ◇ ◇ ◇

 気絶から目を覚ますと、すでに夜が明けていた。
 てらてらと鈍い光を放っている肉棒は、私が気を失った後でもお構いなしに酷使され続けたのだろう。股間に力を入れてみても、縮みきったもう一人の私が起き上がることはなかった。
 身体中に昨夜の名残である蜘蛛の糸がこびりついていた。二人の体液で溶けたのか、あるいはえりんが気を利かせてほどいてくれたのか、ともかく手脚に施されていた束縛は全て取り除かれているようだった。
 先日張り替えたばかりの障子紙が、日の光を満遍なく受けてまばゆい純白に輝いている。

 純白といえば、白無垢に身を包んだえりんのことを思い出す。長い紅髪に白い婚礼装束という組み合わせがよく似合っていて、こんなにも美しい娘を嫁にもらえるのかと思うと、含み笑いが止まらなかった。
 その頃のえりんはまだ人の姿に化けていて、私が話しかけるまでは決して言葉を発さないような大人しい娘だった。後で彼女から直接聞いたことだが、私に妖怪であることを悟られないようにと、独りでいらぬ気を張り続けていたのだそうだ。
 その時だった。私がえりんに『一人より二人』と言ったのは。言いたいことをが言えず、ただひたすらに唇を噛み締めて己を抑え込んでいる彼女が不憫で、とても見ていられなかったのだ。
 正確には「一人で悩むよりも二人で悩んだ方が気が楽になるぞ」と言ったのだが、どちらにせよ、えりんには私の言いたいことがちゃんと伝わったのだと思う。
 だからこそ、彼女は七日間にも及ぶ葛藤の末に、私に秘密を打ち明けることを選んでくれたのだろう。
 自分は本当は、蜘蛛の妖怪である、と。
 嫌われるのが怖くて今まで黙っていた、と。
 驚いたが、不思議と恐れや嫌悪の念を抱くことはなかった。
 むしろ、嬉しかった。よく話してくれたと、私よりも一回り背丈の大きくなったえりんを抱き締めると、人の腕力を遥かに超えた力で抱き返されて、街中に響く声でわんわんと泣かれたのを今でも覚えている。
 ただ、その翌日に私の家が白い糸まみれになっていたのには流石に肝を冷やした。南無三、謀られたかと思ったが、そんなことはなかった。単に彼女が家のそこかしこに『巣』を作っただけだった。

「あ、旦那様……お目覚めですか?」
 私が過去の思い出にうつつを抜かしていると、台所に通ずる襖が開かれて、奥から呼び声が聞こえた。
 首だけを動かして声のする方向に視線を移すと、朝を迎えてすっかりと落ち着きを取り戻したえりんの姿が目に入った。手製の厚い着物を着込んで、いかにも淑やかな娘といった雰囲気を漂わせていた。
 私は「うむ」と短く言葉を返すと、未だ二人の体液で濡れている布団から身を起こそうとした。
 しかし、思うように四肢に力が入らず、結局はかすかに身じろぎをしただけに終わった。
 えりんが心配そうに六本の蜘蛛足で駆け寄り、私の身体をゆっくりと抱き起こしてくれた。
 私を攻め立てて股を濡らす夜のえりんも、こうして献身的に寄り添ってくれる昼のえりんも、どちらも嘘偽りのない本当の彼女の姿だ。そこに優劣などあるはずもなく、私は等しく二人のえりんを愛していた。
「お身体の具合はいかがですか? どこか、痛む所はありませんか?」
「ああ……ここが痛む」
私は自らの股間を指差した。
「ここ……?」
 えりんは私が指し示したところを見て、最初はぽかんと口を開けていたが、その後すぐにそこに何があるのかを理解すると、熟れた桃めいて頬を真っ赤に染め上げた。
「あ、あ、やだ、もう。旦那様ったら……」
「仕方なかろう。痛いものは痛い」
「……申し訳ありません。その、わたくしが──」
「えりん。何も言うな」
 昨日の乱れぶりなど微塵も感じさせないようなさらりとした彼女の紅髪を手櫛で整えてやると、落ち込みかけていた表情が徐々に明るいものになっていき、終いにはくすぐったそうに静かに笑い出すのだった。
「湯浴みを済ませたのか」
「いいえ、お湯を沸かしただけで、朝ご飯を食べ終えたら旦那様と一緒に入るつもりです」
「そうか。……綺麗な髪だな。触っていても飽きない」
「んもう、朝ご飯が冷めちゃいますよ?」
「む、それもいけない。では、冷めないうちに食べるとしよう」
「はい。すぐに用意しますからね。旦那様はもう少し休んでいてくださいな」
 脱力して動けないでいる私を再度布団の上に寝かせると、昨日より幾分艶を増した蜘蛛の足をもつれさせることなく器用に使いこなしながら、彼女は踵を返して台所へと走り去っていった。
 ほどなくして、味噌汁と焼き魚の芳しい香りが私の鼻に届けられる。
 えりんは私と出会う前、『花嫁修業』なるものを故郷の山の中で行なっていたそうで、料理に限らず、家事と呼ばれるものは全て彼女の得意分野なのだそうだ。
 花嫁修業。妖怪にもそのようなものがあるらしい。
 開け放たれたままの襖の間から、一房にまとめられた紅い髪が見える。それはえりんの首の動きに合わせて、楽しげに左右に揺れていた。
 どうやら鼻唄を歌っているようだ。聞いたことのない唄だったが、抑揚の少ないそれは、私に眠気をもたらした。故郷に伝わる童謡か何かだろうか。なんであれ、えりんの澄みきった歌声にかかれば、どんな唄でも好きになれるような気がした。

 ふと、彼女に言わなければならないことを思い出し、私は火の面倒を見ている背中に向かって声をかけた。
「なぁ、えりんよ」
「はい?」
「あれはな、どうにも止められんのだ」
 こちらを振り向き、どういう意味だと黄金色の目で問うてくる。その両手には、味噌汁の入った椀と木のおたまが握られていた。
「あれ、と言いますと?」
「昨夜お前がしてくれた、紅葉合わせのことよ」
 ようやく頬から赤みが引いたかと思えば、また烈火の如く燃え上がる。人に化け続けることを止めたえりんは、時々こうして多様な一面を私に見せてもくれる。
 構わずに続けた。
「たとえ最後に泣きを見ることになるとわかっていても、一度その見事な乳に挟まれれば、最早そんなことはどうでもよくなってしまうのさ。それくらい、お前のしてくれる紅葉合わせは気持ちいいし、だからこそ癖になるのよ」
 私は「だからな」とつけ加えた。
「また私の仕事に暇ができたら、昨日の続きをやってほしい。……頼めるだろうか?」
「……はい、もちろんいいですよ。旦那様♡」
 えりんは満面の笑みを浮かべて私の頼みを快諾してくれた。
 澄まし顔の陰に、密やかな期待の念が見え隠れしている。
 ああ、全くこの娘は、どこまでも愛い奴だ。
 次の休みが待ち遠しくなるではないか。
19/10/05 18:32更新 / 猪戸 練武

■作者メッセージ
オカズとしては使えないかもしれない
ここまで読んでくれてありがとうございました

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