読切小説
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行商人と羊少女
むにゃむにゃ……
太陽の明かりが温かい。お腹もいっぱいで、幸せ。


……ZZZ

いけないいけない。今日は『だんなさま』をみつけないといけないんだったわ。男の人を探さないと。……見渡す限り、草原が広がっている。穏やかな風が吹いている。ここには男の人はおろか、わたし以外に誰もいないんじゃないかなー、なんて。まぁ、だんなさま探しは明日でもいいや。今日は、もう寝ちゃおう…………。



「っ!?」
 ガバッと起き上がる。体中がびっしょりと汗で濡れていた。時計を見ると、床についてから数十分しか経過していない。窓からベッドに入る直前にも見た夕日が差し込んできている。夜はこれからだというのに、どうやら今日も眠る事ができないようだ。
「本当に、どうしてしまったんだ? 俺は……」
 俺の名はクラム。色々な国々を渡り歩き、様々な商品を売り歩く。自惚れているわけではないが、そこそこ名の知れた行商人のつもりだ。昼は新しい商品を集める為に東へ西へ歩き回り、その道でもお客を探し、夜は泥のように眠る。それが俺の日常だった。しかし、ある日を境に、俺は夜に眠れなくなってしまったのだ。正確には、眠りについてもすぐに目が覚めてしまうのだ。床についた瞬間、謂れのない恐怖感や焦燥感に襲われる。ナイトメアの仕業なのではないかと疑ったこともあったが、そもそも眠れないので悪夢すら見ていない。お陰で度重なるオーバーワークの疲れを回復できずにいた俺は、遂に体を壊してしまったのだ。
「とにかく、眠らない事には……このまま仕事を続けたら過労で死んでしまうかもしれない。だが、働かなければ食っていく事もできない……」


 何か手段はないものかと、過去の記憶を辿ってみるとふと、随分昔に仕事仲間から聞いた話を思い出す。

『安眠効果の枕……か。で、それは売れるのか』
『そりゃもちろんだぜクラム。なんたって、上質なワーシープの毛を使った最高級品よ。上流階級に高値で売れるぜ』
『寝具か。扱ったことのない商品だが……興味ないな。俺の客は基本的に庶民だしよ』

 そうだ、ワーシープの寝具。その話を聞いたときは微塵も興味を持たなかったが、今となっては喉から手が出るほど欲しい。奴の話だと高級品らしいが、四の五の言っている場合ではない。枕元に置いてあった財布を手に取り、寝巻きのまま夕暮れの街へ飛び出した。
「悪いな、アレは扱ってないんだ。なんせ近くに陳列してるだけでこっちまで眠くなってくる代物でな。素人に扱える商品じゃねぇんだよ」
「ごめんなさい、それは置いてないの。ですが、寝具をお求めならワーシープの物でなくとも、お求め安いお値段で……」
「枕だぁ!? バッキャロウ! 鍛冶屋に枕があるわけねぇだろスットコドッコイ!」
 約一時間後。街中の店をまわってみたが、成果はゼロ。安眠どころか、余計に疲れただけだった。肩を落とし、どうせ眠れないであろうが病室へ戻る。何か、何か寝具を手に入れる方法はないか考えてみよう。なに、どうせ夜は眠れない、時間はたっぷりとあるんだからな――


 空が白んできていた。頭がくらくらする。もうこれで何度目の朝日だろうか。結局なにもアイデアは出てこなかった。そもそも、上流階級御用達の寝具を揃えるとなると、破産する気がする。いつか店を持つ為に貯金している蓄えはあるが、あれを使ってしまったら俺の行商人生活は水の泡となる。どうすればいい? いっそ加工されていなくとも、ワーシープがいてくれれば……!
「そうだ……そうだよ。何でこんな簡単なことに気がつかなかったんだ?」
 ないものは作ればいいのだ。野生のワーシープから毛を刈り取って袋に詰めれば簡単なクッションぐらいにはなるだろう。思い立ったが吉日。意を決した俺は、荷物をまとめてすぐさま病院から去っていた。


 もうどれぐらい広い草原を歩いたかわからない。街も見えなくなり、辺りに広がるのは草原ばかり。歩調も街を出た時と比べると格段に落ちていた。と、体が大きく揺れる。体全体に広がる草の匂い。ああ、俺は倒れてしまったのかと脳が遅れて認識する。なんとかして立ち上がろうとしても体が言う事を聞かない。もしかしたら、このまま何も考えなければ眠れるんじゃないか、と考える。とにかく、この疲労感から解放されるならもう何でも良いと思っていた。そよそよと、穏やかな風が吹き抜ける。
「い〜風ですねぇ」
 俺ではない誰かの声が聞こえた。間延びした、おっとりとした少女の声。首だけを動かして声の方向を見てみると、俺のすぐ真横にも倒れこんだ少女がいるではないか。もこもこと温かそうな服に身を包み、幸せそうに笑顔を浮かべている。……もこもこ? まさか、まさかまさかまさか。こんな草原にただ一人で人間の少女が寝ているなんて考えにくい。そしてあのもこもことした毛に、無褒美な笑顔。
「おま……ワーシープ……か?」
 声を出す事すら今の俺には難しい事だったらしい。絞り出すようにして、横に仰向けで寝転がる少女へ問い掛ける。
「ん〜。一般的にはそ〜みたいだねぇ。貴方もお昼寝ですかぁ?」
 彼女の間延びした声を聞いていると、不思議と体のの疲労が抜けていくような感覚がする。あ、このままいけば眠れる――と思ったその瞬間に再び原因不明の焦燥感が俺を襲い、現れはじめていた眠気を吹き飛ばす。
「ああ、眠りたいんだ。だが、どうにも眠れなくてな。困っているんだが……」
「むー。眠るのに細かい事考えてちゃダメだよ〜? あったかい太陽、心地良い風、やわらかい地面。何も考えないで、それらを感じてればいいんだよぉ」
 ワーシープの少女の言う事は確かに理に適っていた。そういえば眠れなくなる直前までずっと寝る前に商談や商売の事を考えていた気がする。何も考えず、温かなこの場所に身を委ねてみた。ああ、あたたかい。でも、まだなにかがこわい。体がまどろみを拒絶しているのを感じる。と、急に少女の顔が俺の顔の目の前に現れた。
「……んちゅ……ちゅぱ……」
 その瞬間、俺の口は幸せそうな少女の口で塞がれていた。あたたかくて、もこもこでやわらかい。
「なにがそんなに怖いのかわかんないけど、大丈夫、大丈夫だよ。な〜んにも、こわくない」
「なーんにも……こわく……ない」
 唇を離し、少々上気した彼女の満面の笑みを眺めながら、復唱する。すると、次第に自分がまどろんでいくのがわかる。ああ、ようやく、ねむることが……でき……


「……この人、面白いなぁ〜。そうだ、この人に『だんなさま』に、なってもらおーっと♪」





「……ZZZ」
「……うぅん、ここは?」
 日はもうだいぶ傾いて、夜の帳も下ろされる直前で止まっている。こんな屋外で俺は何をしていたんだっけか? ……そうだ、ワーシープの少女の手ほどきで、ようやく眠ることができたのだった。なにかとても温かくて気持ちのいい夢を見ていた気がするんだが……アレはなんだったんだろうか? 冷たい風が吹き、下半身がブルリと震える。……おや、おかしいぞ。どうして俺のダイジナトコロにダイレクトに風が当たっているのだろうか? まさか! と思いバッと起き上がり、横を見ると。
「……ZZZ。……ZZZ。だんなさまできた〜♪」
 全身白い液体でべとべとになった少女が、俺に寄り添うようにして相変わらず幸せそうに眠っていたのだった。
11/01/30 23:26更新 / 空夜

■作者メッセージ
ここでは初めて書いた作品です=ω=;
普段書く小説とはまた書き方が違っていて、結構苦労しました。こんなんでも読んでいただいた方、ありがとうございます!!
もしかしたら続く……かもしれません(´・ω・`;)

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