読切小説
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砂時計
長時間の収録から解放された私は、懐から擦り切れくたびれ果てた鍵を取り出しいつものようにドアを開いた。

「ただいま・・・・・」

返ってくる声もなく私はただ惰性で呟き、凍るように寒い部屋の中へと疲れた体を滑り込ませた。

あとはいつものようにスーパーで投げ売り価格になっていた総菜とインスタントの味噌汁とご飯を用意する。

それが私の日常

かつては天才子役ともてはやされた「佳奈美零」こと、金田美鈴35歳の日常だ。

期限切れの肉を使って作られたであろう、やたらと味の濃い野菜炒めに閉口しながら私はテレビを点け予め予約しておいたテレビアニメを見る。

意味のない英語が多用された、中身のないとってつけたようなオープニングテーマが流れ、本編が始まる。

この作品は私がメインキャラクターとして声をあてている。



成長して子役としての仕事がなくなり私は選択を迫られた


- 端役でもいいから業界に残るか、それとも全てを忘れて「普通」に戻るか −


両親が健在なら親に頼ることもできるだろう。

でも私には既に両親はなく、親代わりに育ててくれた親戚しかいない。

だから私は業界に残ることにした。

そして・・・・・

流れ流れて世界の片隅で声優をしている。


〜 嫌っ!離してぇぇぇぇぇ!!! 〜


私が声をあてたキャラクターが醜悪なモンスターに犯されるシーンが流れる。

処女でもない私にとって喘ぎ声を出すことに対して羞恥心なんてものはない。

今見ているのはあくまで自分の「演技」を確認するためだけだ。

「下らない・・・・・」

私はそう呟くと食器をもってキッチンへ行く。

後には砂嵐が流れているテレビが残された。



― レイちゃん・・・・起きて・・・・ ―

「零ちゃんったら!!」

「えっ!」

呼ぶ声に私が目を覚ますとそこは見慣れたテレビ局の楽屋。

私が子役として何度もお世話になったフジヤマテレビの楽屋だった。

私が振り向くとそこにはアリアがいた。

「佐上アリア」

私と同じ子役でチャイドルとしての仕事をしていて、私と彼女は年齢が近いこともあり友人関係を結んでいた。

18年前と同じ屈託のない太陽のような笑顔。

「レイちゃん涎ついてるよ?」

「へっ?」

発作的に鏡を見ると目の前には18年前の「私」がいた。

皺や肌のくすみすらない。

頬の涎を拭うと私はアリアと向かい合った

「ねえレイちゃん。この前のことは考えくれた・・・・?」

「え・・・・」

「ほらっ!この前教えてあげたでしょ?ずっと子供のままでいられる魔法があるって」

そうだ・・この日・・アリアは・・・

「今度の日曜日にバフォ様のところに行くからレイちゃんも・・・・・」

「行かない・・・」

「え・・・レイちゃん?」

「いかないって言ってるでしょ!もし行ったらアリアは!」

私が声を荒げた瞬間、楽屋がぐにゃりと歪んだ。


私が目を覚ますと飾り気のないいつもの部屋。

何も変わらずましてやアリアなんていない。

彼女は18年前のあの日から「行方不明」になっている。

多額の借金が存在したため真っ先に彼女の両親が疑われたが証拠は何一つ見つからなかった。

私は彼女が失踪する前に話した「バフォ様」の話を警察にしたが、彼女の失踪に特定の宗教団体が関わっている証拠はなかった。

やがて彼女の両親も謎の失踪を遂げた。

口さがない連中は両親がアリアを殺し心中したと言ったが、その両親の遺体すらも見つかっていない。

砂時計の砂が落ちるように、もはやアリアのことを覚えているのは私しかいなかった。

「もうひと眠りするか・・・・」

私はもう一度布団に潜り込んだ。


― 良かった・・・レイちゃんは私のことを覚えてくれていた。でもだいぶ疲れてるね・・・・ ―


眠りに落ちる前に遠くにカラスの鳴き声が聞こえた。



「畜生!!!!!」

強引にドアが開かれる

「どうゆうことよ!!!役を変われって!!」

手にしたウォッカを啜る。

途端に喉が焼けるような感覚とアルコールが血中を回る陶酔感が訪れる。

その陶酔感の中で私は数時間前の事務所での出来事を思い出した。


〜 君もわかっているだろ?ウチとしては経験の少ない新人にも仕事を割り振らなきゃいけないんだ。 〜


確かに役の割り振りも事務所の仕事だ。

しかし、あの仕事は私が正式にオファーを受けた仕事、譲る必要なんてない。

私は知っている。

あの男は新人に枕を強制していることを。

どうせこの前台湾へお泊り旅行へ連れて行った新人に花を持たせるためだろ。

だからこそあの「ニヤケ熊」は臨時の休暇とボーナスを用意した口止めのために。

私は・・・・・・


〜 君が育ての親の治療費を捻出しようと見境なく仕事を入れているって聞いているんだ。なぁ・・・ 〜


「畜生・・・・・・」

私は・・・・ボーナスを受け取った。

私は涙をウォッカに溶かしそのまま玄関で意識を失った。


― バフォ様・・・レイちゃんはもう限界です。お願いしますレイちゃんを・・・・・ ―

― じゃがその者は一度お主の誘いを断ったのじゃろ?いくらお主がもう一度現れても・・・ ―

― お願いしますバフォ様! ―

― まあ仕方ないのう・・・・・ ―


「水・・・・・・」

今が朝なのか夜なのかはわからない。

しかしウォッカの酔いが残っているのか頭がズキズキと痛んでいた。

私は鉛のように重い体を持ち上げ、キッチンへ水を取りに行こうとした時だ。

「レイちゃん、水ね」

明るいソプラノの声とともに冷たいガラスコップが渡される。

「ありがと・・・・?!」

声のした場所を見る。

栗色の髪、緑色の瞳、そして・・・・私のことをレイと呼ぶのは一人しかいない。

「えへへ」

そこには「失踪」したはずの「アリア」が18年前と同じ姿で立っていた。

「な・・・・なんで・・・・?」

「レイちゃん・・・迎えに来たよ」

そういうと私に右手を差し出した。

「迎え?」

「そうだよ。ずっと子供のままにいられる場所へレイちゃんを迎えにきたの!」

太陽のような笑顔。

汚れきった私にその笑顔は眩しかった。

「でも私には仕事や・・・・」

「親戚の叔父さんたち?大丈夫だよ!私は魔女だから治すのは得意なのよ!」

そう言うと薄い胸を張った。

「だからもう・・・頑張らなくてもいいんだよレイちゃん」

私はその手を取った・・・


私は「魔女」になったレイちゃんに連れられて「バフォ様」に会った。

山羊の角、もふもふの手足。

明らかに人間ではない姿に驚いたが、驚くほどの知識を誇りそれを鼻にかけない高潔さを兼ね備えていた。

私は彼女といっしょに彼女達の「楽園」に足を踏み入れた。

永遠に年を取らず、永遠に無邪気なままでいられる「楽園」

レイの母親もレイ同様、「魔女」という種族へと変わり、夫と共にここで生活していた。

私は全て知ったうえでバフォ様の手で「魔女」へと変わった。



「「ありがとうございました!」」

元気な少女二人の声がスタジオに木霊する。

一人は栗色の髪をしていて、もう一人は輝くような銀色の髪をしていた。

彼女たちは現在大人気のチャイドル「クレセントシスターズ」の二人だ。

最も、彼女二人が「かつて」人気だった「佳奈美零」「佐上アリア」そっくりであることを気にするものはない。


〜 ねぇ聞いた? あの悪徳事務所潰れたんだって。ほら裏で盗撮ビデオやパンツオークションをやっていたって噂の! 〜

〜 聞いた聞いた!確か所属していたチャイドルが全員行方不明になったんだって 〜

〜 でね、捕まった社長がなんて言っているか知っている?革ビキニを着て山羊の角を生やしたコスプレ幼女にアイドル全員が拉致されたって。 マジ受けるぅぅ! 〜


AD達の噂話に純真無垢な二人の「魔女」は満足な笑みを浮かべていた。




17/01/01 13:30更新 / 法螺男

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