プチ物語  〜失ったはずのもの〜

夢だ。
だが意識はある。夢の中だと解かっているから。
どこに居るんだろう。
周りを見る。ここは広い墓場だ。
目の前を見る。それは一つの小さい墓標だ。
墓標を見る。
「鬼灯 命」
それは、妹の名前だ。





「……不気味な夢だ」
最近ずっとそんな夢を見ている気がする。
でも、案外不安感は無い。
何故ならーー

「お兄ちゃんーー!!朝ですぅ!!」

そう。
命は今日も残念に元気だ。
身体に圧し掛かっている妹を見ながら、そう思った。
「って、残念は何なの残念!妹が元気の何処が悪いのよ!」
「心読むな。そしてすべての面だ。精神的肉体的世界観的に」
「えーー妹がおとなしくて調教しやすい世界観がいいの?」
「そうさ。大体さぁ、妹はドSのほうが良い!と言う人が多すぎる。そしてツンデレ妹を欲しがっている人も多すぎる。世界の多様化のためにもーー」
「はいはい、ボケはここまで。朝ごはんが冷めるから、早く支度して降りて来て」



「「いただきまーす!」」
キャラは残念だが、妹は実に出来ている。
特に料理の腕だ。
店を開くと間違いなくジパング統一を目指せるだろう……までは無いが、地方料理コンテストで優勝ぐらい軽々だ。
「えへへ」
前言撤回。
「えーー!?」
「やっぱり心読んだな」軽くチョップ入れた。
「あう」
「前言撤回は冗談さ。命の料理はいつも最高だ」
「本当に?嬉しい!」
単純な妹を見て、思わず口元が緩んだ。

ーー命は料理が下手だなぁーー

「!?」
何かが頭の中を通り過ぎた。
いや、何かを思い出した……
だが、命は昔から料理が上手い筈だ。命にこんな事を言うわけない。
……やっぱり、勘違いだろう。



まだ外も暗いが、妹は玄関で靴を履いている。
「お兄ちゃん!あたし今日早めに行くから、一人で出る時カギ忘れないでね!」
命は、月に一度どこかに出掛ける。
その事について何回聞いてみたが、納得できる答えは聞こえなかった。
妹を白蛇さんの伝送陣へ送るつもりだったが、今日は仕事の日だ。
「今日も、働こうか……」
俺の職業は、采薬人という、少し変わった仕事らしい。
簡単に言うと、山の中を歩き回って薬草とか集まるだけだが……場合によって、竜須草とか崖に生えてる薬草を取るなど危ない仕事もある。そして野生(未婚)のアルラウネさんとかマンドラゴラさんとかに素材を求める事もある。
「あら、今日も来たのね、明ちゃん」
「蜜の値段が上がったから」
「愛想が無いわね……私に会いたがって来たとか言わないの?」
「誠に申し訳有りません。俺はシスコンなのでご理解頂けると助かります」
「あらら……お世辞でも構わないのに」
アルラウネさんは少し意味深い目で俺を見つめた。
「ふふ……まだ察してないのね。あの子も中々やるわね」
「どういう意味?」
「自分で考えなさぁい」
そう言いながら、二つのビンを渡した。
「え……一つしか頼んでないけど」
「妹ちゃんへのプレゼント。頑張ってと伝えてね」
「あ、ありがとう……」
なぜか山の妖怪達は襲ってこない。そして妹に対してやけに優しい。
そんなに関係深かったのか?

ーー妖怪ってどんな感じなの?早く病気治って見てみたい!ーー

また来た。今度は妹の声だ。
でもやっぱり変だ。
妹はずっと健康で、病気など記憶には無い。時々仕事も手伝ってるし。
気にしない方がいいかな……



「よし、ノーマル達成だ」
今日は運が良かった。大きい霊芝も手に入ったし、魔界でもないのに虜の果実まで発見した。一応大青葉も取ってきたが……外観は普通の野菜と違わないが、そのまま食べると人間妖怪問わずに病気になるから、帰ったら妹に注意しておこう。でも、特定の病気には使えるから、買う人もいるかも。
昼ごはんもまだ早い。適当に山の中を歩くか。
「おう、明じゃねぇか」
知り合いの牛鬼だ。
「ちょうど牛鬼の糸も欲しいところだな……」
女郎蜘蛛の糸ほど綺麗ではないが、その分強靭だ。
「……本っ当に妹以外の妖怪を見ると直ぐに商売モードだな……」
「その言い方、まるで命が妖怪みたいだな」
「え……あ……い、言い間違いさ!ほら、妖怪で無く女の子と言いたかった!」
「確かに……人間の女の子を見るとすぐに美容用薬草を勧めるし」
「マジかよ……ま、明らしいが」
「家計がな。家事を命に任せてるから、せめて仕事は頑張らないと」
そして、虜の果実で牛鬼の糸を交換した。
これだけの量があると妹に新しい服を作れるな。
「ふぅ……ばれなくて良かった」



妹特製お握りの味をたっぷり堪能した後、町に出た。
「明か!今日も何か珍しいものあるか!」
「あるさ!嫌いな上司に一発ぶち込む!こっそりお茶に、大青葉だ!」
「……いや、もっと和平的なのは無いのか」
「……実は、特大霊芝が……」
流石に大青葉は売れないな。つーか何でこんなもの取ってきたんだ。
「ふん、銅貨七枚、銀貨三枚、金貨一枚!それ以上は出さぬ!」
「はは、こんな質がいい薬草はそう容易くに見つからないよ。銅貨七枚、銀貨五枚、金貨一枚は譲れないな」
「むむぅ……いいだろう、だが店に送ってもらおうか!」
「安い御用だ」
銀貨二枚の送達費はどう考えても得だ。
この常連さんの店は北に向かって、一つの墓場を越えれば着く。そんなに遠くは無いが、あの方向に向かって歩いた事は無いな。
道を迷うかもしれないし、売れ残った薬草を家に置いたらさっさと店に向かって出発した。



「すみません、薬店はどの方向ですか」
「あの方向じゃ。墓場を通る方が近いじゃがのう」
「有難う御座います!」
そう言えば、墓場を通るのはこれが初めてだな。
何故か微妙に道を知っている気がするが……
一つの分かれ道に着いた。
方向的に言うと右だが……足が自然に左に動いた。
「あれ?」
少しおかしいと思いながら右に向かったが、左の方向に一人の小さな女の子を発見した。
黒い短髪に黒いドレス。
面識は無い……と思うが、理由もなく長い付き合いの気がした。
近づいて、声を掛けた。
「ん……え、おに……いや、あなたはどなたですか?」
酷く怯えている……どうしてだろう。
「い、いや!別に不審者ではありませんから、安心してください!」
「そ、そうですか」
その女の子はその場に固まっている。
墓参りに来たんだろう。墓標は……彼女の後ろにあるから見えないけど。
「あの……前に逢った事ありますか?」試しに聞いてみた。
「な、無いと思います……」
「そうですか……人間違いをしたようです、ごめんなさい」
「い、いえ……」
今でも逃げそうなのに、必死に墓標を隠すように立っている。
……でも、知らない人の事を探るつもりは無い
行こうか……

ーーうあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!ーー

「!?」
泣き声だ。
内臓が張り裂けそうな、悲しい泣き声だ。
それも間違いなく、自分の泣き声だ。

ーーあの……元気、だしてください……ーー

心の底に何かが蘇る。
「……」
これ以上ここにいると、彼女に迷惑だ。
少し自分を落ち着かせて店に向かって歩き出した。



夜。
雨が降っている。
「ごめん!」頭を下げた。
「お兄ちゃんのせいじゃないの!!う……」
「命、今はまだ起きるな!」
慌てて起き上がろうとした妹を無理矢理寝かせた。
妹は、見事に部屋に置いてた大青葉を普通の野菜として料理して食べたみたい。
幸い帰りが遅くてまだ食べてないから、こうして妹の看病をしている。
薬飲ませて、妹の隣に座った。
「はぁ、昼間面白がって大青葉を取った自分を殴りたい」
「あはは、そんなに自分責めなくていいの!」
妹は相変わらず元気だ。
「こういう時も元気だな。羨ましいよ」
「えっへん!お兄ちゃんが病気のときは本当に可憐でかわいいの!」
「そんな風に評価されると複雑だな……」
熱を測った。
「まずいな……熱が上がっている……」
「うん……」
心配だ。
そんなに重い病気ではないが、もう妹に会えない気がしてきた。
どうしてだろう……

ーー命!こんなちっぽけな病気絶対に治すからな!ーー

「う……」
声だ。
しかも今回は頭痛も。
「大丈夫?」
妹が、心配そうな顔でこっちを見ている。
「馬鹿、病人が人を心配するか」
「そんなにあたしを心配しなくていいから、きっと直ぐに治るよ!」

ーーお兄ちゃんが居るから、きっと直ぐに治るよ!ーー

まただ。
しかも段々とはっきりになる。





ーーごめん……治せ、無くて……ーー
ーーいい……の。知ってるの、この病気は治らない……事……ぐらいーー
ーーう……うぐ……ーー
ーー泣か……ないで……きっと、忘れさせるから……ーー





ズキン。
凄まじい頭痛が頭を襲った。
思い出した。
遠い昔で、俺の妹は、すでに居なくなったんだ。

命は、生まれてから病弱だった。
「長くは保たないだろう……恐らく」
だがそれを聞いても、諦めなかった。
采薬人になって、命を救うために大青葉などの薬草を取って。
がめつい商売人になり切って、金を稼いでもっと良い医者さんを雇って。
貞操を掛けて蜜を貰って、命の大好きなお菓子を作って。
それでも、治せなかった。
「奇跡ほど長く保てた。余り自分を責めなくていい」
そんな事出来るか。
約束したのに……

「お兄ちゃん!?顔色が……」
「……思い出した、だけさ」
「え……」
「……命は、逝った筈だ……」
なら、目の前の彼女は……
「え……あ……」
突然、彼女は立ち上がって、反応できないうちに部屋から逃げ出した。
まだ病気が治ってない。部屋を出るのは危ない。しかも雨が降っている。
もし、彼女までいなくなったら……
本能的にそう思って、彼女の後を追った。



いろんなところを探し回った。
山。町。知り合いの家。
そして、墓場。
昼間のあの墓標の前に、黒いドレスを着ている女の子が倒れている。
理由も無く、彼女が探していた人だと解かった。
「馬鹿か!病気なのに走り回るのやめろ!」
「う……でも……」
墓標には、「鬼灯 命」と彫っている。
すべて思い出した。
彼女は、妹と別れて壊れかけた鬼灯明を救おうとして、遺忘の呪術を掛けた後、妹に変身して今まで傍にいてくれた。
命は料理が下手だから、休まなく料理の勉強をして。命は運動が出来ないから、山で新しい身体を慣れようと仕事を手伝って。
毎月変身が解く日に、変わりに妹の墓参りをしてくれて。
「どうして……逃げるんだ」
「だって、お兄ちゃん……いえ、明さんを騙しましたから」
「そんな事はどうでもいい……むしろ感謝している。そうしなかったら、とっくに壊れているから」
「でも……」
「ありがとう。そんなにたくさん、してくれて」
涙目の彼女を抱き締めた。
ずっと違和感があった。妹に対して、妹以上の感情を持っている事。そして、その感情は妹に対してのものではない。本当は心の何処かが、妹が妹ではないと意識しているかも知れない。
「本当の名前、教えてくれる?」
「あ……うん。名前は無いけど、山の友達は影と呼んでいます……」
「教えてくれてありがとう。ずっと、影が好きだったかも」
「え……」
「影のこと、好きだ」
影の顔が見る見る赤くなっていく。
「お前は?」
「私は……明さんのこと、好きです」
意外の告白に、彼女は戸惑いながらも応えた。
「ずっと、明さんを見ていました。妹のために、いろんなことをして、例えつらくても嫌でも、妹のためなら何でも耐えて。だから、あの日の明さんを見て、助けたいと思いました。そして、命さんとして明さんと一緒ね生活して、いつの間にか……惚れました」
「そうか」
嬉しそうに微笑んだ。
「でも、命さんは……」
「もう、いい」
命の墓標を見ながら、言い続けた。
「これ以上過去に囚われると、命も怒るだろう」
命なら、きっとそんなお兄ちゃんを見たくなかった。
命の墓標が、僅かに光った。







男は、虚しい目で墓標を見ている。
涙も枯れ果てた。
そろそろ、妹を追うかと思っていた。
その時、女の子が現れた。
あの……元気、だしてください。
無理だ。ほっといてくれ。
……ほっとけないです。ごめんなさい。
黒い光が、男を覆った。
……ここは、どこだ?
女の子は、姿を変えた。
まーた寝ぼけたね、お兄ちゃん!







〜〜〜〜〜〜〜〜
そして、二人の妹を得た。
「いや待て。なぜ二人だ」
「それはさぁ、自分のお墓の前でお兄ちゃんが他の女の子とイチャイチャしてると、もう本当にゴーストもゾンビもグールも何でも成れる!っと思ったんだから」
「だからってリッチはやり過ぎだろう……」
どれほど出来ているんだ、命は。
「くす、さすが明さんの妹ですね。いろんな意味で元気です」
「凄いでしょう!って、まだお兄ちゃんを影たんに譲ったわけじゃないから!」
影たんって……いつそんなに関係良くなったんだ。
「明さんは、私のものですから」
「寝取り宣言!?しかもさりげなく!?」
「じゃ、明さん、命さんの手から逃げましょう!」
「ええ!?」
影、お前そういうキャラじゃないだろ!?
「逃がすかーー!!」
そして、鬼灯明の愉快な日常が始まったーー
「どこが愉快な日常だぁ!!と言うかシリアスブレークも程々にしろ!!」


ランタンです。
つい昨日日本に着きました。少し久しぶりな感じがします。
前の作品は出発直前出したので、コメントへの感謝が遅くてすみません。
今回もほのぼのな作品を目標にしたのですが……結局シリアスに成りました。
申し訳ありません。
相変わらずグタグタな作品ですが、読んでくれるとありがたいです。


スー「……あのさ」
ランタン「どうした?」
スー「牛鬼さんとアルラウネさんから苦情が」
ランタン「え!?」
スー「名前なかったことに不満があるみたいだよ」
ランタン「……名前考えるの下手ですみません……」
[エロ魔物娘図鑑・SS投稿所]
まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33