生きること

「………」

とある森の中…季節は春。
影がひっそりと……木の枝に隠れていた。

影は少女…その体つきは細く、無駄な部分など何一つない体だった。
少女とはいえ、ただの少女ではない。彼女の頭には触覚…両腕にはそれぞれ、鎌のような刃物が収納されているのだ。

彼女はマンティス…

ただ生き抜くためだけに生きる存在。




ただ狩りをし、食し…そして警戒しながら床に就く…
生きるため…それ以外に興味はなかった。

言葉も喋れないわけではなく、喋らないだけ。
最低限の意味しか知らない。それも森の中では意味は無い。

そして、この森の中で生きるには言葉なんて必要ない。



マンティスは今日も生きていた。




「…………」

今日の食事は猪…
鎌で適当に捌いてそのままかぶりつく。
味も感じるが、生きることには関係ないので何も思わない。

腹が膨れれば満足して寝る。
それでも警戒は怠らない。

「…………」

退屈だとは思わない。生きることに退屈だとか、そんなものもないのだから。








ある春の日の事。

森の近くの村から少年がやって来た。まだおおっぴらに働ける年齢ではないこの少年は、趣味でさまざなな絵を描いていた。

「さてと……今日も森の生き物を観察して……」

意気揚々とそう言いながらスケッチブックを持って森の中へと入って行く。その少年は森の中の自分が決めた定位置に座ると、そこらじゅうにある樹や動物をスケッチし始めた。


「ん……あれ…?」


少年が見たのは、木陰でひっそりと眠る少女…少年から見れば、実年齢はわからないが年上の印象がする…

少女は少年に気付いていないわけではない。人間に毛ほどの興味がないだけだった。

(綺麗だ……)

すぐさまスケッチブックの新しいページを開き、そこに寝ている少女の絵を
描く…
スケッチをする過程で、彼女がマンティスという魔物であることが判ったがそんなことは今の少年にとっては些細な事だった。

「…………」

少女が目を開ける

「あ、起きたんだ…ごめんね。勝手に君が寝てる姿書いちゃったけど…これ、よかったら…」

謝ってみるものの、少年が最後まで言い終わる前に少女は姿を消してしまった…

「あっ…」

自分が観察されることも、少女は何も思わない…
人間も、自分に害さえがなければどうでもいい…

「…嫌われちゃった……かな…?」

少女が立ち去ったが、目に付いた彼女の寝姿は写真のように鮮明に浮かび上がる…
そのまま、まだ書いてない部分を仕上げた。

「…よし…できた……!」


村ではモデルになってくれた人にその絵を渡すのが習慣になっている彼は、この絵をいつか少女に渡したい…そう思ったのだった。










それから、少年の一方的な交友が続いた。

相変わらず少女は何も話さないし、そもそも見てすらくれない。
少年が寝ている彼女を勝手にみつけ、勝手に起こして、勝手に話しかけてくるのである。

少年の今の目標は、彼女が自分から自分の方を向いてくれるまで仲良くなるというものだった。
なんとも遠いスタートである。




「それでね、そこにいたスライムがさ…」

少年の村は魔物に対してはかなり寛容だった。
酒に酔った人間と性に酔った魔物が結ばれるなんて事は笑い話になるほど多い。

「…………」

少女は何にも喋らない。
体を休め、食事の時間になったら少年に見向きもせずに立ち、
いつも音もなく消え失せるのだ。


「…………そうだ」

暫くすると、少年はまたスケッチブックを取り出し、まだ樹にもたれた彼女の寝姿を書いていた。またというのも…何回も既に書かれているのだ…

その少年に何の興味も示さない彼女…少年もまた、このマンティスの少女はただ休んでいるだけで寝てはいないという事に気付いていた。

(でも、こうして僕が描いているのに寝たフリをしてるってことは……もしかして、イヤじゃないのかな…)

そんな淡い希望のようなものを感じていた。











また、幾許かと時が経つ。
森もだんだんと暑くなってきた。

周りの環境に適応、対応することは彼女にとって必要なことだ。
少しでも暑さを和らげるため、水分をこまめに補給するため、近くに水辺のあるところを寝所にした。

「あ、ここにいたんだ!」

少年がまた来る…いつもの通り、彼女は体を休めたまま無視した。
そして、食事の時間にまたマンティスの少女は跳ぶ。



少年は毎日来る。
今回は食事中に来た。

彼女が食事をしているところがそんなに珍しいのか、彼は即座にスケッチブックを取り出し、何度も見ては描く作業をした。

「…ねえ……その腕は?」

ふと、少年が彼女の腕に視線を向け、気付く。腕に少しだけ傷がついていた。
狩りの途中、足を踏み外して落ちた時…腕が木の枝に引っ掛かってできた傷だ。

「……ちょっと…いいかな?」

「…………」

相変わらずの無言だが、少年はそれを承諾と受け取り、
彼女の腕を取り、包帯を巻いた。

「これで良し……怪我をしたらちゃんと処置しないと…菌が入って病気になったら大変だよ? 下手をすれば死ぬんだから…」

「…………?」

そこで、彼女が初めてまともな反応を見せた。
少年はそれに飛び上がりそうになるほど嬉しかったが、それを抑えて説明した。

「軽い病気なら問題ないけど、重い病気だったら動けないし食べ物も喉に通らないし、本当に危ないんだよ…」

「………(こくっ…)」

生きることこそが全てである彼女は、少年が生きることに関する話題になったことで初めて興味を示したのだ。

だが、この時の少年は彼女が何に興味を持ったのはかはわからなかった。

「………もっと知りたい?……僕も本を読んだぐらいの知識しかないけど…」

「………(こく)」

彼女の反応が、たまらなく喜ばしく、愛しかった。











暑い夏は終わり、今度は秋を迎える。

マンティスの少女は、秋が好きだった。
個人的な感情ではない。秋はただ森を練り歩くだけで冬眠の蓄えをしている動物達を楽に狩れる…果物や木の実……食べられるのであればキノコだってそこら中に生えている。

狩りは食料を手に入れるための手段でしかない…結果が同じなら、楽な方が良い。

「やっぱりここにいたんだね…!」

少年がやってくると、少女は少年の方を向いた。
相変わらず世間話には付き合ってくれないが、食べ物や病気…とにかく生きることに関するものには積極的に反応してくれるという事は少年もわかっていた。


「これ、村からもってきたんだけど…食べる?」

少年が持ってきた干し肉……
それを受け取り、今回の食事のメニューに追加した。






秋というものはとにかく食料が手に入りやすい。
森で生きることを一番困難にさせるのが冬だ。

食料はほとんどない。凍えれば死ぬ…
何度も体験した冬だ…時には温暖な地域へと何ヶ月もかけて移住したりもした。
そのようなことが起こらないとは限らない…そのために秋のうちに食料を溜めておく必要がある。

「わぁ……」

またある日、少年は見た。

獲物を狩る凛々しい彼女の姿…

一瞬…ほんの一瞬だけの合間に彼女は一気に獲物へと接近し、一撃で仕留める…そして鎌に付いた血を払い落とす。


狩る者としての彼女は、他人から見れば…
気高く、一種の気品ささえも漂わせる美しさだった。
彼女にとっては、ただ、人間で言うところの歩行…ごく自然な事だった。

偶然見たその一瞬は、脳に焼きつく……すぐにスケッチをしようといつものようにスケッチブックを取り出した。
しかし、今日は風が強く…秋とはいえ冬が近くなってきているために寒い。
おかげで少年は手が震えて思うように描けなかった。

(だから冬は嫌いなんだよね……自然観察してゆっくりスケッチも上手くできやしない…)


そのとき、少年はふと思い当たる…

あのマンティスは……冬はどうしてるのかな……と。












冬が来てしまった…
食料の方は問題ない。秋の蓄えがあるし、食事の回数を全体的に減らせば次の春までは持つ…
何より、少年が定期的に差し入れをくれていた。
せっかくの食料を無駄にはできない。

「………はぁ…」

食料よりも問題なのは寒さだった
雪や冷たい風にさらされないように洞窟の中を寝所とした。
洞窟の中…少年から教えてもらった焚き火というもので暖を取ってはいるものの、それでも寒さは完全に拭えない。
手のひらに息を吐いても一時凌ぎにしかならなかった。

「あ、いたいた」

少年は洞窟の中に入り、彼女がいることを確認すると安堵して焚き火にあたっていた。いつもより大きめの荷物を背負っている。

この頃にもなれば、少女はこの生きることに関しての情報を提供してくれるこの少年に少なからず興味が沸いていた。
なぜこの少年は生きることに関係のないことをこうもしているのだろうかという事だ。
自分は日々を生きるために獲物を狩り、食す。
だがこの少年は食料を自分に分けてくる。何か細長いもので薄い板のようなモノをなぞっている。

生きることと何ら関係のないのに…なぜこの少年はそんなことをしているのだろうか。

「……………」

少し訊きたい気もしたが、やはりそれは自分には関係のないこと…
それに言葉をまともに喋らない彼女は何を言えばいいのかわからなかった。

「そういえば君と会ってかなり経ってるよね……ま、僕が一方的に話しかけてるだけだけどさ」

表情を変えることのない彼女に対し、少年はころころと表情を変える。

「気が付けば、こうやって君と会って…君の絵を描くのが生きがいになってる気がするんだ…」

「生き……がい…?」

初めてかもしれない。
少女はオウム返しに少年が言った言葉を発した。

生きがい…生きることと関係があるのか…
少女は生きると似た響きの言葉に反応した。

「あ…そっか………ええっと…」

少年はスケッチブックを取り出し、絵を見せる。

虫の絵 樹の絵 動物の絵 人の絵

白黒とした絵だった。

「…人間ってさ、ただ生きるってことができない生き物って言うのかな…? だから自分がやりたい事をいろいろ見つけていって、それを糧にがんばるんだよ」

途中から、彼の捲るスケッチブックは…マンティスの彼女の絵ばかりになっていた。

「僕はこうやっていろんな所を見て絵を描くこと…たまに誰かをモデルにしたりもするんだ」

人間とはそういう生き物…

「…………」

生きること以外の生き方…
どれだけ思案しても彼女には…生きることが全てであるマンティスにはわからなかった。

「う〜ん……やっぱり良くわからないかな…僕もあんまり上手く言えないや…」

一通り話し、二人は少し沈黙する。
少年はなんだか気恥ずかしくなり、少女は深く考え込んでいる。
薄暗い洞窟の中…パチパチと燃える火が、入り込む風で揺れる。

「あ、そうだ。今日は渡したい物があるんだよ」

風の冷たさを感じ、ハッとして少年は荷物から何かを取り出した。
取り出したものはコート…良く見ると少年が着てるものと似ていた。

「これ、僕のお古なんだ。なんだか新しいの買って着なくなっちゃって…君も着られるぐらいだから大丈夫だと思うけど…」

そう言って、彼女に羽織らせた。

「温かい…かな? 冬にしか使えなさそうだけど…」

確かに温かかった…焚き火が一緒のおかげでより温かく感じる。
どちらも少年がくれたものだった。
彼女は少なからず自分はこの少年に支えられているという事を自覚しつつある…

「…………ん…」

軽く頷いた…うっすらと口元を緩ませ…
少年から見れば、あの少女が今まで以上の反応を示したという喜び…そしてそれを上回るほどの驚き…
彼女にしてみれば、それはほんの一瞬の気の緩みかもしれない。
なんにせよ、少女は自分の贈り物をちゃんと受け取ってくれた…それがたまらなく嬉しかった。

焚き火の炎が…少し大きくなった気がする。









冬ももうすぐ終わる。それでも雪は降っている…
だが、もうすぐこんな生活も終わりだ。また狩る事を始めるだろう…



洞窟の中…マンティスの少女は焚き火にあたりながら少年のコートで身を包み、壁に背を預けながら休んでいた。

「んっ……」

今日はまだ少年が来ていない。
一人でいる彼女はどことなく雰囲気が違った。

「ハァ……くっ…」

雰囲気どころではなかった…普段は声を出さない彼女が、まるで押し殺すかのように声を我慢している…にもかかわらず吐息と共に漏れた



「ひっ…あ……」

顔を赤らめ、瞳は情欲の火が灯り、何かを求めている。
突然の欲情。
言わば、繁殖期が来てしまったのだ。

「ふぁ…ひゃ……すー…はー…」

普通なら男を求め、探すだろうが……彼女はずっとその場で座り込んでいた。
コートには少年の……雄の匂いが大量に染み付いていた…
彼女はその匂いにあてられ、我慢できずに自慰をしている。

片方の手は淫核を捏ね…秘所に指をいれ…もう片方の手は着ているコートを鼻まで引っ張り上げ…匂いを嗅いでいた…

「んっ…! はっ…ふぅ!! っ…!!?」

一際大きく仰け反り……絶頂を迎える。
足りない…

少年の匂いが染み付いたコート……それを鼻どころか口まで押さえ…雄の匂いを貪る…
足りない…

発情した体と靄のかかる思考…
しかし、彼女はこの洞窟を動こうとしていなかった。
それは…快感で痺れ、動けないからではない…

「…………」

彼女はわかっていた。











「うう〜〜…もうすぐ春だってのに…まだ雪が降るし…寒いよぉ…」

少年はいつも通り…真新しいコートを着て洞窟の中にきていた。
やはりいつものスケッチブックは肌身離さず…

「あ、いたいた〜! 元気だった?」

少年は自分のお古に身を包んでいる彼女を見つける。
体を壁に預け、休んでいるように見えるものの…何ヶ月も彼女と会っていた少年にはそれが少し異常だと感じた。
どこか・・・ぐったりとしているような・・・

「ねえ・・・どうしたんだい…?」

もし病気なら大変だ…そう思い、駆け寄って声をかける。
息を多少は荒げているものの、仏頂面の彼女から状態を読み取る事は難しい。

「…………」

そして彼を見た彼女の瞳は…
雄を貪る魔物の瞳…

獲物を狩るマンティスの瞳……

「えっ……ぁ…!!?」

その瞳の恐怖…そして淫靡さに見惚れていた少年は彼女のゆっくりとした行動に気付けず押し倒され…
その鎌で服を切り裂かれた。

「…………」

こんな状況になっても彼女は何も喋らない。
ただ聞こえる息遣い…情欲に駆られた瞳…

(綺麗……だ…)

押し倒され、服を切り裂かれたというのに…この少年はそんなことも気にせずただこの魔物に見惚れていた。
少女は少年のお古のコートを脱ぐ。コートの下は何も着ていなく、上半身の二つの膨らみと下半身の縦に割れたスジが露になる。
その上、分厚いコートを着たまま自慰していた彼女が脱いだことにより…洞窟はコートの中に溜まっていた発情した雌の匂いで充満したのだった。

「…………」

少女は何も喋らない。
少年を組み敷き……首筋に舌を這わせる。

少年の方は、その仕草だけで隆々と陰茎を膨らませていた。

「あ……ぁぁ…」

そして、

蜜の滴る花弁が、それを飲み込もうと…

「うぁ…!」

「………っ…!?」

先端同士が触れただけで電流のように快感が走る…
少年は知識だけで経験はなかった。

ただ、恐怖や嫌悪などはない。いままで自分が接してきたこのマンティスという種族の少女なら…そう思っていた。
これから迫り来る快感に戸惑いながらも期待するが、少女はこれ以上腰を沈めない。

「ど…どうした……の?」

「…………ん…」

どうしたのだろうか…
少女はただ、少年をただじっと見つめる…

それは、少女の中で…何かが変わろうとしているのか…
ただ見つめるだけ…
その瞳に吸い込まれそうになる…
彼女が何を想い、寸前で止めるのか…




(生き…がい…)



前に少年が教えてくれた…ただ生きる事ができない人間が、生きるためにやりたい事……
じゃあ、今この少年を欲している自分は…


「生き…がい…」


「えっ…? うあっ!?」


初めて少女が自分から彼に言葉を発した……
それと同時に、彼女は腰をさらに沈める……

この少年は確かに生きる事を支えてくれた…それとその生きがいとやらには何も関係はない。
その考えは、情欲に駆られた雌の本能に陵駕された…


(交わり…たい…!)


さらに腰を沈める…


(一緒にいたい…!)


ゆっくり…ゆっくりと……快楽をその体に…その心に刻み付けるために…咀嚼するかのように…


(ずっと……ずっと……!)


ついに、根元まで、少女は少年のモノを呑み込んだ。


「くぅっ……あぁっ……♪」

「あっ…ああああぁぁあ!!!」


自らに芽生えた新たな感情に愉悦を見出すマンティスと、その穏やかながらも強制的に射精に導くその女性器の機能にただ喘ぐしかない少年…
いつもなら耳障りと思うだろう少年の喘ぎも、今の彼女には心地良いものだった。

腰を振り乱し、少女は快楽を貪る…
そのまま少年の方に体を倒し、顔…首…胸……舌が届く限りの部分を舐め回した。
愛するように、独占するように…
少年もそれに応えているのか、快感で痺れている下半身を無意識に動かそうとする。

「ん……む…ちゅ…ちゅぴ…はむっ…ちゅぱ…」

お互いに口を貪る。
舌と舌が絡むたび、唾液が混ざり、飲み込むたびに…

より淫らに…より激しく…

「あぁ…だ、だめ……もう…出るっ!!」

彼の言葉に…少女は反応した。
彼女の中では、ビクビクと彼のモノが震えている。
魔物の本能がそれが今、自分が最も欲しているものだと確信させる…
それを感じた彼女は腰を深く落とし、少年の耳元に口を近づけた…。

「出し……て……」

それは淫らな音が反響する洞窟の中…そして快感で痺れている彼の頭ででは掻き消えるほどの小さな声のはずだった。
だが彼はそれを鮮明に……まるで脳内に直接語りかけてくるようにハッキリと聞き取れた。

それが引き金となり、彼の精液が放たれる…

「ん…ぁあああああ♪」

子宮に叩きつけられる快楽……
頭の中が真っ白になり、快感が焼き付いて何がどうなっているのかもわからない。
ただ彼女は、その中で確かに感じている幸せを離したくはなかった。
その一心で彼に抱きつく…

「まる…で…吸い取られてく…みたい…だ……」

暫く射精は続き、その間中彼女達はお互いに抱きあっていた。


(…………キモチ…イイ♪)







性交の余韻もなくなった頃。

「ん……」

ぬちゃ…と淫らの音を響かせながら腰を上げ、陰茎を抜いたマンティスの少女は疲弊した少年を見つめる。

「あ……えっと…」

そして少年も今まで快楽で塗りつぶされていた頭もようやくクリアになり、気恥ずかしさを覚えた。

そんな彼を少女は微笑みながら見ていた。
その表情は、今まで見た事がない……

マンティスの…生きる事しか出来なかった者の笑顔…
それはスケッチなどせずとも、彼の心に鮮明に刻まれた。


「生きがい……」

生きるためにやりたい事……
胸に手を当てて、少年に対する暖かな気持ちを感じ取る。

これが生きる事……

「ぁ…ぅ……え……と……」

少女が何か訊こうとしている。だが、彼女は言葉を詰まらせた。

「…?」

少年は懸念そうに彼女の顔を伺う…明らかに戸惑っている…

喋られないわけではない。ただ喋らなかっただけ…
いざ言葉を発することが必要になる時、言葉がでなかった。

「住処…行く…」

やっとの思いで彼女が言えた事だった。

「あ……えっと……その…」

今度は少年が戸惑ってしまった…
恐らく彼女は少年のいるところに行きたいのだろう。
それは判った。

しかし、いくら自分の村が魔物に寛容…いや、それは関係なく、女の子を自分の家に呼ぶという経験はない…

「い、いや、僕が毎日ここに通うからさ! そうすれば…」

その瞬間、彼女は少年に抱き付き…

「い……や…」


そのまま腕の鎌を後頭部の首元に置いた……

「い……っしょ…」

言葉の詰まりに戸惑いながらも、彼女は鎌を扱う狩人の姿勢は忘れていない。無意識にでた上目遣いも…ただ睨みを効かせているかのようになっている。

(も、もももしかしてこれって…脅迫されてる!!?)

もちろん、少女に脅迫する気は微塵もない。
脅迫という言葉も知らないだろう。

「わ、分かったから! だ、だからぁ…その腕の鎌を下ろしてェ!」

少年は今までの一方的な触れあいから、彼女の鎌の威力は理解している…
まさに命の危険だった。
少年の答えに満足した彼女は抱きつくのをやめ、微笑む。
その表情に、悪気はなかったことを感じ取り、ひやひやした少年はボロボロになった服をなんとか着直した。

「じゃ、じゃあいこっか…雪も止んでるみたいだし…」


「……ん…」

短く頷き、二人は洞窟から出て、森を抜ける…
二人は互いに寄り添いながら歩く…

少年は気恥ずかしい思いをしながら

少女は二度と離すまいと腕を絡ませ

さっきまでとは打って変わり、少女は元の無表情だ。

少年にはわかる。何度も彼女の表情を描いた彼だから分かる。


その顔は幸福に包まれていた……















「まき……おわった…」

それから数日。
相も変わらず少女は無表情で、言葉も詰まっている。



「ありがと。外寒かったでしょ? ホットミルク作っておいたけど…飲む?」


そう言って、ホットミルクを渡す。

「ぁ……り…がと…」

さっきまで外にいたせいで冷たかった手が、その温度で温まってゆく。
飲むと、体の芯から温まるような気がした。

(あたた…かい…♪)

それは体感で温かいからなのだろうか…好きな人からのものだからなのだろうか…


「そうだ……」

彼女が暖かな心地に浸っていると、少年は自分の部屋から一枚の絵を持ってきた。


「やっとできたんだ…!」

広げた絵には彼女の狩りの姿が映し出されていた。
まるでその出来事を今ここに持ってきたかのようなその絵…

「色まで拘ってたらかなりの時間がかかっちゃって…」

言葉がでない…
元々、語彙もなければ芸術を見る目もないだろう。
それでも、彼女は言葉を紡ぎだそうとする。


「生き…がい…」

生きるためにやりたい事…今の彼女にはそれがとてつもなく尊いものだと感じた……

「これ…どこに飾ろうか……」



絵を置いて、家の中を見渡す彼に、彼女は突然抱き付き、

唇を重ねた…


(わたし…の…)


愛を込めて、感謝を込めて…


「す…き…」

ただ、唇を触れるだけのキス。
口元を緩ませた彼女の本当にわずかな表情の変化…
それだけでも、彼にとっては充分だった。


「うん……1年前…最初に会った時から…多分一目惚れだった……」


二人はまた唇を重ねた


ぶつけたい感情全てをその一つの行為に込めて…






マンティスは…今日も生きていた…





〜fin〜

久しぶりの投稿となりました。
このSSは丁寧にという目標を立てて書いたものですが…
丁寧にできてますかね…淡々としてるようにしか見えない…

ここで一つお詫び申し上げます…前回のSSでは別のSSをと次回予告していましたが…データが吹っ飛び、同時進行していたこちらを投稿することになりました。
守れずに申し訳ありませんでした。いつごろになるかはわかりませんが
少しずつ書いて投稿しようと思います。



12/03/05 03:11 zeno

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