となりの美雲さん




築十数年の多少くたびれたアパートの一室、畳敷きの床の座布団の上に座り込んだ青年は考える。
彼はこのアパートの住人であり、この部屋は彼がここ数年暮らしている生活の拠点である。
周囲に空のペットボトル等が散らかり、台所にはインスタント食品の空袋などがごみ袋の中にまとめて捨ててある。
いかにも不精な男の独り暮らしといった風情の光景の中、彼の目前のテーブルの上には少し不釣り合いな品物が一つ。
プラスチック製のタッパーのふたが開かれ、中にはニンジンの赤が色鮮やかな野菜の煮物。
ほこほこと湯気を立てる眼前の料理を前に、青年はううん、とうなり声を上げて腕を組み、どうしたものかと思い悩んでいるのだった。

青年、笹野和人がこのアパートに越してきたのは随分前の事になる。
少し小さなアパートは築年数相応に老朽化が進んでいて、彼がここに住むことを決めたのはひとえに家賃の手ごろさであった。
風呂、トイレは小さいながらも各部屋に用意されているし、隙間風などの目立った問題も今のところは存在しない。
駅や大学までのアクセスが不便であることを覗けば、それほど裕福ではない学生にとっては理想的なアパートであるように思えた。
それから時が過ぎ、既に和人は大学を卒業、就職先も無事に見つかり今では立派に社会人。
学生時代には気にしていなかった駅までの遠さも就職してからは問題となり始め、アパートも段々狭苦しく感じるようになった。
もともと大学進学のために一人暮らしを始めた身、卒業した後はどこか就職先に近いところへと引っ越すつもりでこのアパートを選んだのである。
どこか適当に別のアパートを探そうとも思うのだが、彼にはこのアパートを離れることのできない理由があるのだった。


時を遡ること僅か、和人が仕事を終え、アパート前まで帰り着いたときの事。
既に陽は沈んで久しく、周囲はすっかり夜の暗闇の中。点々と置かれた街燈が僅かに道路を照らしている。
駅からの道のりを歩いて帰ってきた和人は、アパートの明かりの下まで着いたことにふぅと溜息を一つ。
肌寒い季節の風が吹くようになり、ここ最近では毎日の駅までの通勤が負担に感じられるようになってきている。
自分が学生のころに比べて衰えてきたのか、と半ば自嘲じみに考え、アパートの階段を上る。
階段を上った先の廊下、自分の部屋の前に見知った人影を見かけ、和人が反応するよりも早く挨拶の言葉がかけられる。

「あ、おかえりなさい。寒くはなかったですか?」
「今晩は。上着もありますから大丈夫ですよ、美雲さん」

柔和な微笑みで挨拶され、自然と和人の頬がほころぶ。
和人にとってよく見知った顔、隣りの部屋に住んでいる三条美雲さん。
艶やかなロングの黒髪を垂らし、普段から和服の着物姿で生活している。物腰が丁寧でまさしく和服美人といった態。
世話焼きな性格であるらしく、このアパートに引っ越してきて以来何かと独り暮らしの和人の身の回りの世話をしてくれる親切なお姉さんである。

「今日も夕飯を作りすぎてしまったので、お裾分けに、と思ったのですけど……」
「いつもいつも、ありがとうございます。自炊がてんでダメなもので、助かってますよ」
「ふふ、単に食べきれない分を差し上げているだけですので、お気にせずとも良いのですよ」

控えめに口元を手で隠して笑う美雲だが、当然の話ではあるが分量を間違えて作ってしまうことなどそうそう有るものではない。
和人がこのアパートに引っ越してきて以来度々お裾分けとして手料理を頂いているのであり、美雲が和人を気遣って料理を分けてくれているのは間違いないことである。
和人が美雲からタッパーを受け取る。タッパーにはまだ熱がこもっていて、恐らく美雲がお裾分けに来た丁度その時に和人が帰ってくる事が出来たのだろう。

「毎度お粗末な料理ですけど、よろしければどうぞ召し上がってくださいね」
「いえ、美雲さんの手料理は他のどんな料理よりも美味しいですし、俺ならいくらでも食べられますって」
「あら、御世辞でもそのような事を言っていただけるなんて嬉しいです」

美雲が照れたように少しだけ俯くが、今の言葉は御世辞などではない、紛れもない和人の本心である。
お裾分けを受ける度に美雲の料理を褒めるも、当の美雲は謙遜なのか和人からの賛辞を素直に受けてはくれない。
和人はまだ美雲と話していたい気分であったが、吹きさらしの廊下に吹く風は室内着のままの美雲には少し堪える様子。
軽くお辞儀をして、美雲が自分の部屋へと戻っていく。彼女がドアを閉めるまで、和人はぼんやりとその後ろ姿に見とれていた。
垂らされた黒髪が歩くたびに左右に揺れ、和人の目は惹きつけられるようにその姿を追ってしまう。
彼女の姿が見えなくなってから数秒、和人は熱のこもった溜息を一つ漏らし、手の内にあるタッパーを見つめるのだった。


三条美雲さんはとても親切な人物である、と和人は改めて思う。
このアパートに引っ越して間もない頃、辺りの地理に疎い和人に親切に案内してくれたのが知りあったきっかけ。
和人が親元を離れ初めての独り暮らしと知るや、温かい手料理をお裾分けしてくれたりと和人の身の回りの世話を進んで行ってくれるようになった。
近くの呉服店で働いているらしく、服に関しては専門的な知識や技術を持っているようで、洋服のほつれなどを見つける度、裁縫して縫い合わせてくれる。
服に関するコーディネートが趣味のようなものだ、と言って和人の服を見つくろってくれることもあり、今和人が着ているスーツも彼女の見立てによるものである。
改めて考えれば、和人はこれ以上ないほどに美雲に甘えて、依存しきったような生活を送っている。彼女の料理が無ければ食事はバランスの悪い既製品ばかりとなるだろうし、自分一人では破れたボタンだって留められまい。
そのような怠惰に陥るのを和人も良しとせず、何度も自立した生活を送るべく気を入れ直しているのであるが、美雲が手料理をお裾分けしてくれる度にその決意は鈍り、ついつい彼女の御世話を甘んじて受ける身となってしまうのであった。


こうして他人とは思えないほどに世話を焼いてくれる美雲に対し、和人に思うところがない訳がない。
始めのうちは単に親切な人だと思うばかりであったが、日々生活の中で美雲に依存するようになるうち、彼女の事がなくてはならない存在のように思えてくる。
そもそも美雲は和人の知る限り他に類を見ないような美人であり、その優しくもお淑やかな性格も彼女にしかない魅力を感じる。
そのような女性に身の回りの世話を焼いてもらうと言うのは男性にとっての憧れのようなものであり、和人が美雲の事を悪く思えるはずがないのだ。
和人も始めのころには美雲と話すだけで心が躍るようであり、休日に一緒に服屋へ行く時はデートをするような緊張と幸福を味わったりもした。
あるいは美雲も和人に好意を抱いており、だからこそここまで親しく相手をしてくれるのでは、と幸せな夢想に浸ったことだって一度や二度ではない。
しかしながら、長らく彼女と共にいるうち、和人の内の熱も徐々に冷めていく。
それは例えば、彼女がいつまでも和人との接し方を変えずにいるその距離感であったり、或いは彼女と自分の身を比べて釣り合うのかといった自問であったりもする。
冷静に見を振り返って考えてみれば、彼女が和人に対する親切は、優しい姉がだらしのない弟に向けてするそれとほとんど同質であるようにも思える。
自分が隣りに住んでいて彼女の世話を受け続けることが、彼女にとって重荷になっているのではないか?
もし自分が隣りに住んでいなければ、彼女はもっと幸せに生きることが出来るのではないか?
思春期らしい自意識過剰はいつしか自責へと繋がり、美雲と距離を置くべきではないか、との思いへと変化する。
そうして抱いた自立の決心も、その度美雲の手料理によって簡単に解かされるように消え去ってしまい、再び幸福と自責の渦の中に迷い込む。
彼女からの親切を、お裾分けされる手料理を断ってしまえば、もう二度と彼女と仲良く話すことが出来なくなるのではないか、と言う一抹の不安を抱えたまま、和人は美雲の手料理を受け取ることになる。
この数年間、このままではいけないという漠然とした危惧感を胸に抱きながらも、美雲の手料理の美味しさに和人の箸は止まらずタッパーの中身を次々平らげていくのだった。



そうして思い悩みつつも、気がつけば目の前のタッパーは空になってしまった。
独り暮らしの和人にとっては、誰かの手料理とはそうそう得難いものであり、その上美味しいとなれば我慢の出来ようはずも無い。
和人は何度もこの手料理の誘惑と依存からの自立とを天秤にかけて思い悩み、そうして今一つの結論を出す。
いつまでも今のまま、美雲に甘えた関係でいる事はやはり許されるものではない。
それであれば、和人から美雲に対して一歩踏み込んだ関係になる事を求めてみるべきではないだろうか。
美雲との関係を壊したくない、との思いから今まで美雲との優しい距離感に甘んじてきた和人であるが、そのような甘えた気持ちも今夜限りで捨て去る覚悟。
美雲に対して一歩踏み込み、もし拒絶されたならそれはそれでこのアパートから去る決心もつくと言うもの。
数年間温め続けた美雲への思いは今も確かに胸の内にあるのであり、それを直接美雲に対して曝け出してみればいいのだ。
どこか捨て鉢な決心を固め、和人はおもむろに立ち上がる。
時間は帰宅した頃からそう過ぎておらず、今美雲の部屋に訪ねていったとしてもそれほど失礼には当たらないだろう。
お裾分けのタッパーを洗って返すついでとして、自分の想いを美雲に告白してみて、後は野となれ山となれ。
気持ちが鈍らないよう腹に気合を入れ、まずはタッパーを綺麗に洗うべく空のボトルがいくつか散らばっている流し台へと和人は足を運んだ。



こうして一世一代の決心をし、美雲の部屋のドアを叩いた和人。
ふと気がつくと、何故か彼は部屋の中で座布団に礼儀正しく正座していた。
彼の部屋と同じつくりになっているが、周囲にゴミなど埃一つ落ちてはおらず、座布団も清潔感を感じさせる立派なもの。

「他に気の利いたものもありませんで…緑茶でよろしかったでしょうか?」
「はい、気を使わせてしまってすいません…」
「いえいえ、こうして人をお招きすることなんて滅多にない事ですから」

この部屋は和人が訪ねた美雲の部屋であり、小さめの炬燵を挟んで和人は美雲と向かい合っている。
気合を入れて美雲の部屋まで訪ねてみたは良いものの、どうやって切り出したらいいのか思い悩んでいるうち、外で立ち話も何なのでと言われるまま、あれよあれよと美雲に誘い込まれて部屋の中に案内されてしまった。
美雲と知りあってから久しいが、こうして部屋の中まで案内されると言うのは和人にとって初めての経験。男の独り暮らしとは全く異なる、小奇麗に整った部屋に美雲の甘い香りがするようで、和人の脳内は既に正常な判断力を失ってしまっている。
そもそも和人には誰かしら女性の部屋を訪ねた経験も無く、心の準備も無いままに美雲の部屋で向かい合って座ると言うのは和人にとって予想も覚悟もしていなかった非常事態である。
美雲に差し出された温かい緑茶をすすり、何とか美雲に対して話を切り出すべく頭の中で適当な話題を探す。

「このお茶、とても美味しいです。もしかして、何か高級なものだったりしますか?」
「高級、と言うわけでもないのですけど、お客様に出すよう母から特別にもらっていたもので…そんな大したものではないのですけど、お口に合いました?」
「え、と、そんなに味の違いが分かる訳じゃないですけど…何か変わった味がして、美味しいですよ」
「お口に合ったのなら幸いです。遠慮なさらず何杯でも飲んで下さい」

和人が口をつけ、空になった湯呑みにすぐさま美雲が急須を差し出し、もう一杯を注いでくれる。
なんとか喉を潤して舌のまわりを滑らかにしようと、和人は差し出されたお茶をすぐさま口に注ぎ込んでいく。

「その…やっぱり美雲さんの部屋って、美雲さんの雰囲気通りと言うか、綺麗に片付いていますね」
「あら、そんなにまじまじと見られてしまっては…恥ずかしいです」
「す、すいませんっ!」

失礼な事をしてしまったかと慌てて頭を下げる和人だが、美雲の方は楽しそうにくすくすと笑っている。
和人をからかって遊んでいるような美雲の態度に、和人はどこか普段とは異なる居心地悪さを覚えた。

「そんなに緊張せずともいいのですよ。自分の部屋だと思って、普段どおりくつろいで下さっても」
「いやあ、普段通りにくつろいだらこの部屋までゴミだらけに散らかってしまいますよ」
「あら、和人さんのそういう姿も少し興味があるかもしれません」

上機嫌そうにほほ笑む美雲が、和人の空になった湯呑みに再び緑茶を注ぎ直してくれる。
緊張からか舌のまわりが鈍く感じる和人は、差し出された緑茶をすぐに口に運んで飲み干してしまう。
そのような和人の姿を見て、美雲はまた満足そうに小さく頷いた。

「貴方がこうして私の部屋に来て下さったのは初めての事ですよ?私の方は今まで何度も御誘いしてましたのに」
「女性の部屋に誘われる経験がないもので、遠慮してしまって…」
「それでは私が和人さんの初めての相手、と言うことになるのでしょうか?それは…光栄な事ですね?」

美雲の言葉に、和人は頬を赤らめてうつむいてしまう。冗談と分かっていても、美雲にそのような事を言われると改めて美雲の事を意識してしまう。
頬の火照りを何とか鎮めるため、和人は再三、目の前の湯呑みの中の緑茶で喉を潤した。

「実を言いますと、私も殿方を部屋に御誘いするのは初めてだったんです。私と貴方と、初めて同士で御揃いですね?」
「そ、そうなんです、か、ははは……」
「この年になっても相手がいない事を母に心配されたりもして……お恥ずかしい限りです」

美雲の恥ずかしそうな告白に、和人は心の奥底で深い安堵と温かい幸福感を覚えた。
それは自分が美雲にとって誰よりも近い間柄にある、と言う単純な優越感と、美雲と親しい男性が誰もいないことに対する少し幼い独占欲の充足。
美雲ほどの美人であれば他の男たちも放っては置かないだろうと焦りを感じていた和人は、子供じみた独占欲から来る心配が除かれた事に我知らず安堵の溜息を漏らす。
自分が美雲の部屋に初めて招待された男性である、と言う事を改めて意識し、顔がにやけそうになるのを必死の気持ちで取り繕う。
それは傍から見れば無理をして堪えているのが丸分かりのこわばった表情であるのだが、和人自身は取り繕えているものと考えて、ニヤリとしか形容しようのない笑顔を無理矢理に作りだした。



美雲から話される他愛のない話題について答えるうち、和人は徐々に普段通りの気安さを取り戻す。
美雲が次々に差し出してくれる緑茶も落ち着いてみればなかなかに美味しく、ついつい親切に甘えて淹れられるまま受け取って飲んでしまう。
充足感に溢れる時間は飛ぶ矢のように速く過ぎ去っていき、いつしか和人の内に固く刻まれた決意も滲み出るように薄れていってしまう。
美雲の部屋にお邪魔して、より彼女と親密な関係になることが出来た今、これ以上無理に関係を変えていく必要はないのではないか?
元々の性分としての臆病さと、長年の葛藤の中で身に沁みついた美雲に対する内気な距離感のためか、和人の中では既に美雲に告白する決心は薄れて消え去ってしまっていた。
これからまた時間をかけて彼女との関係を深めていけばいい、といつものように曖昧なままで答えを遅らせる方向へと逃げ、問題から目を逸らす。
もう何度目になるか、台所で急須に茶葉とお湯とを入れ直して戻ってきた後、ふと気がついたように美雲が和人に尋ねた。

「そういえば、私にお話があるとのことでいらっしゃったようですけど……お話とは一体、どういうものでしょうか?」
「いや、それは……」

改めて美雲に促されても、既に和人の内では話すべき言葉など霧消してしまっている。
もしここで余計な事を離して、折角うまくいっている彼女との関係を壊してしまうことはない、と和人は自分の弱気を自己弁護。
数秒、俯いたまま黙りこみ、ようやく美雲に顔を上げて微笑んだ。

「いえ、これと言って事特別な話ではないんですけど……」
「あら、そうですか?少し気になりますけど……」
「そうですね……あの、いつもいつも手料理を分けていただいていることに、あらためてお礼を、と思いまして」

結局、頭の中で適当な理由を思いつき、質問を誤魔化す事に成功。
いえいえ、とまた謙遜している美雲を前に、湯呑みに入った最後のお茶を飲み干す。時計を見ると、すでに訪ねてきてから結構な時間が過ぎ、既に隣人を尋ねるには無礼な時間となっている。

「あの、お茶をありがとうございました、俺はそろそろ……」
「あ、お帰りはもう少しだけ待って下さいませんか?」

礼を言って帰ろうと腰を浮かしかけたところを、美雲の言葉によって遮られる。立ち上がりかけていた和人であるが、美雲に求められるまま改めて座り直す。
和人自身気がつかない間に正座から胡坐に座りなおしていたらしく、座布団は既に和人の尻の形に合わせてへこんで跡になってしまっていた。

「実を言うと、私からも和人さんに用がありまして……」
「もう結構な時間ですから、そろそろお邪魔になるんじゃあ?」
「いえいえ、大丈夫ですよ、夜はまだまだ長いですし…」

和人の前、美雲がゆっくりと立ち上がる。
座ったままで美雲の様子をぼんやりと見上げる和人が、ふと妙な違和感に気付く。
美雲の着物の袖の先、なにやら白く細い何かがかすかに電灯の光を反射したように見え、

「……待ち望んだ相手が巣にかかった以上は、簡単に帰す訳にはいかないでしょう?」

突然、身体が何かに引っ張られるような衝撃に、和人はなすすべなく身体を引き倒されてしまう。
和人の視界、天井からぶら下がる電灯の明かりを遮るように立つ美雲の顔は、その白い歯をむき出しに、今まで見たことがないような笑顔で和人を静かに見下ろしていた。



「え、えぇと……美雲さん?」

自分の身に何が起こったのかも分からず、和人は間抜けな声を出して美雲の様子をぼんやりと見ている。
両手は左右に大きく開かれたまま、それぞれ固定されているように動かず、炬燵の中に入れた足も伸びきったまま折り曲げることもできない。
手足の指先までなら何とか動くのだが、肩やひざを動かそうとしても僅かに身体がずれる程度でそれ以上はどうにもならない様子。
手首や肩などの関節が押さえつけられるような状態で、引っ張られるままに手足を開いて横たわっているような状態となってしまっている。

「はい、どうかしましたか?」

突然寝ころんだまま身じろぎを繰り返す和人の様子は傍から見て異常であるが、美雲は全く気にしていないように微笑み、立ち上がったままで和人を見下ろす。
普段和人と挨拶を交わす時のような温かな雰囲気の笑みと異なり、口の端を歪め、細めた目はどこか冷たさを感じさせる。

「あの、身体が動かないんですけど……何か分かりませんか?」
「動かないでしょうねぇ。そのつもりでがっちり縛り付けておきましたから」

作戦成功です、と嬉しそうに笑う美雲に対し、和人は何を尋ねたものか見つからずにぽかんと呆けている。
美雲が何かをしたらしいと言うことは分かったのだが、何をしたのか、その内容も意図も和人には全く見当もつかない。
今の和人に出来ることと言えば、美雲の身体中じっくり観察するような視線を、ただ寝ころんだままで受け続けるだけだ。
寝ころんだままの和人の脇へと美雲が静かに歩み寄る。どう尋ねたものかも全く要領を得ない、と言う和人の呆けた顔を見て、心底面白そうに笑い声を漏らした。

「そんなにぽかんとお口を開けて、なにがあったか全く分からない、と言う御顔をしていますよ?」
「あの…美雲さんが、何かしたんですよね?」
「えぇ、詳しく説明すると長くなるので、簡単に説明しますと……」

美雲が腰に手をやると、彼女の腰が膨らむように変化していく。
どういうつくりになっていたのかは和人には分からないが、美雲の着物は膨れる腰に合わせてまくれ上がり、彼女の足先がゆっくりと露わになる。
思わずその足に目をやる和人であったが、着物の中から出てきた姿、その予想外の形状に思わず身体をそらせて驚いてしまう。
冷たく輝く黄色と黒の外骨格、鋭くとがるような足先に、大きく節が見えている関節。畳の床に突き刺さるようなそれが六本、和人の顔の脇に並んでいる。

「……蜘蛛の、足…?」

和人が信じられない、といった表情で美雲の顔を見上げ、

「はい……実は私、ジョロウグモなんですよ」

美雲が和人に答え、残る二本の足を恥ずかしそうにもじもじと腰の前で絡め合わせるように揺らして見せた。

「美雲さん、魔物娘だったんですか……驚きました」
「あら、そういう割に案外驚いていないみたいですね?少し意外です」
「別段、見るのが初めてってわけではないので……」

突然蜘蛛の足を晒し出された時にはのけぞるほどに驚いた和人であるが、美雲に正体を種明かしされた後は案外簡単に美雲の姿を受け入れたらしい。
わさわさと美雲が和人の目の前に足を伸ばして見せてみても、別段驚いたりする様子も無く和人は美雲の顔を見上げたままでいる。

この世界では魔物娘の存在は広く世間に知れ渡っていて、町を歩けば普通の人間と一風変わった容姿の彼女たちを見ることも珍しくはない。
魔物娘たちは人間に擬態することができるとかで、一目でそうと分からないような者もいないではないが、普段生活していれば魔物娘と関わる機会だってあるわけで、魔物娘と言うだけで殊更珍しいとか不思議だとかいう感想を持つようなものではない。

「でも蜘蛛ですよ蜘蛛。結構苦手な人が多いみたいで敬遠されがちなんですよ、この足」

ほらほら、と和人の頭の脇で足を曲げたり伸ばしたりして自分の足をアピールしている美雲。
何とかして和人に驚かせるでも怖がらせるでも何らかの反応を示してもらいたいらしい。正体を明かしたことに対してリアクションが薄かったことに不満がある様子。

「正直蜘蛛は苦手な部類ですけど……こうやって堂々と出されても、反応に困ると言いますか……」
「むー……」

不満げに口をとがらせる美雲。普段のお淑やかな印象とはだいぶ異なる仕草に、彼女の事を可愛らしいと感じる和人。

「まぁいいでしょう。怖がられたり気持ち悪がられたりするよりは余程ましですから。私の計画のためにも」
しばらく不満げにしていた美雲だが、割りきったように一度大きく頷いて再び和人をじろじろと見つめる。

居心地の悪さを感じた和人は身をよじって美雲の視線から隠れようとするも、拘束されている状態では顔をそむけるのが精一杯である。

「その、美雲さんがどうにかして俺を拘束したんですか?どうやって?何のために?」
「どうやって、は簡単な話ですよ。私は見ての通りジョロウグモですから、糸の扱いには慣れてるんです」

ほら、と美雲が右手を上げる。白魚のような細い指先から、何本か細い糸が垂れているのが微かに見てとれる。
和人が首をひねって辺りを見渡すと、同じように見えるか見えないか程度の細さの糸が部屋中、あちこちに張り巡らされているのが分かった。

「部屋に入る時にあらかじめ仕込んでおきましたから、あとはお茶を淹れに立った時に少しずつ……気付かなかったでしょう?」
「こんな細い糸…見えないくらい細いのに随分頑丈なんですね」
「蜘蛛の糸ですもの。人一人支えるくらいなら何てことはないのですよ」

あまり部屋は見ないように、と釘を刺しておいてよかったです、と美雲が手を合わせて微笑む。成程注意深く部屋を見ていれば、和人もこの糸の存在に気がつけていたかもしれない。
美雲はどうやら和人がこの部屋に入ってきた時点ですでに、和人を雲の巣に捕える準備を周到に用意していたらしい。

「どうやって、は多分分かったんですけど…どうしてこんなことをするんです?」
「ふふふ、蜘蛛が巣を張って獲物を待っていたとしたら、当然目的なんてひとつしかないと思いませんか?」

美雲がゆっくりとかがみこみ、和人へと顔を近づける。
思わず顔をそむけようとするも、和人の顔は美雲の手によってとらえられ、身動き出来ない和人には抵抗もできずに目を合わせられることになる。
互いの息が感じられるほどの距離、美雲は、にい、と口の端を歪めて笑い顔を作る。
和人が今までに見た彼女のどの表情とも異なる顔。細められた目は瞳の奥底まで覗きこんで来るようで、思わず和人は息をのむ。
僅かに和人の目に浮かんだ怯えの色を見透かしたか、美雲は軽く舌舐めずりをして見せる。頬を抑える手に僅かに力が入り、和人の喉から声にならない空気が漏れた。
美雲はその情熱的、嗜虐的な笑みに似つかわしい甘い声で、和人の耳元に口を寄せゆっくりと囁く。

「せっかくかかった待ち望んだ獲物です……美味しく、たっぷりといただいてあげますからね……」



和人の首筋を軽く一舐め。生温かいナメクジが這うような感覚に和人の身体が強張る。
そのまま首筋にかぷり、と甘く噛みつき、キスマークをつけるように吸い上げる。唇を離す時にちゅ、と大きな音がして後には痣になったような赤い印が残った。
まるで和人の身体に自分を刻みつけるような行為に、思わず美雲は熱い溜息を漏らしてしまう。首筋に息を吹きかけられ、再び和人が痙攣するように身体を震わせる。
美雲は何度も和人の首筋に印をつけるように吸いつき、噛みつきを繰り返す。和人の肌が汗ばむのを臭いと味で感じるが、和人が強張ったまま反応しないことを奇妙に思い、一旦顔を離して様子を見てみることにした。

「あの…どうかしましたか?どこか痛いところでも?」
「ひぃっ……」

美雲に瞳を覗かれ、反射的に和人が目を閉じる。きつく目を閉じたその姿は、何か痛みを堪えているようにも見えた。
和人の気分を高ぶらせるつもりでいた美雲にとっては予想外のことで、何か粗相をしでかしたのかと慌てて和人から離れて立ち上がる。

「ど、どこか痛みましたか!?すいません何分人を縛るのは初めての経験なもので至らぬ所があるかと思われるでしょうが私としても一所懸命……」
「…………」

三歩ほど離れて平身低頭する美雲であるが、和人は反応も示さずに固く目を閉じたまま、歯を食いしばって何かに堪えるようにしている。
どこか痛むところがあったのか、糸をほどくべきかと心配そうに和人の身体と糸の張り具合とを見て回る美雲であったが、和人がなにやらぼそぼそと口にしている事に気がつく。

「どうしました!?どこか痛むんですか!?」
「……いで……」

和人に尋ねてみるも、喉の奥から絞り出される様な声ではっきりと聞きとることはできない。
胸が苦しいのかと糸を少し緩め、和人が何を訴えようとしているのか、口元に耳を寄せて聞き取ろうとする。

「大丈夫ですか!?何か、いいたい事があれば何なりとおっしゃってください!」
「…………」

美雲の問いかけに応じ、和人がゆっくりと口を開き、苦しそうなかすれ声で、

「こ…殺さないで、下さい……」
「……え?」

身体を離し、落ち着いてゆっくりと和人の様子を観察してみる美雲。
和人は身体をこわばらせ、きつく目を閉じて必死で何かを堪えようとしている。
両手を強く握りしめ、歯を食いしばる。その様子は今にも何か恐ろしい事が身に降りかかるのを、恐怖に強張りながらも為す術無く待つしかできないとばかり。

「い、いや!殺しません殺しませんって!別に殺したり傷つけたりはしませんよ!?」
「……?」

何か多大な誤解を与えてしまっていると気がつき、慌てて美雲が和人の肩を揺すぶって目を開かせる。美雲の慌てた様子に気がついたか、和人もゆっくりと固く閉じていた目を開く。

「た、食べるってそういう意味じゃないですって!こう、比喩と言うかたとえ話と言うかお前を食べてやるぜーいやーんとかそういうちょっとした冗談のようなもので!」
「首筋に噛みつかれて、吸われるかと……」
「甘噛みですよ甘噛み!あるじゃないですかお話の中で首筋にキスマーク付けて見つかったら恥ずかしいーとかそう言ういちゃいちゃらぶらぶな愛撫とかそういうのが!」

必死に弁解するあまり息継ぎを忘れたらしく、美雲がぜえぜえと肩で息をする。先程までの余裕ぶった態度が色々と台無しである。
ようやく美雲にこちらを害する気持ちがないと言う事を理解したらしく、和人が体中に込めていた力を抜く。こちらも緊張から解けたからか大きく胸を上下させて深呼吸。

「い、いくらなんでも失礼ですよ。人の事を人食いのモンスターかなにかみたいに見るなんて…」
「いきなり縛られて、お前を食べてやる、みたいな事を言われて首筋に噛みつかれたら普通はこうなりますって……」

結局息が戻るまで一分程度、改めて二人はこたつを挟んで向き合って座る。
和人はまだ縛られているらしく、それほど身体の自由がきく訳ではないのだが、先程から少し緩めてもらったおかげで身体を起こすことくらいはできるようになっていた。
和人から本気で怖がられたのが余程ショックだったらしく、美雲はうじうじと文句を言い続けている。
長年和人が抱き続けてきた、丁寧で親切で万能なお姉さん、というイメージは既にストップ安で崩壊済みである。

「私が読んだ本だとこれで上手くいっていたのに……何がいけなかったと言うんでしょうか」
「もう少し読む本は選ぶべきなのでは」
「いいじゃないですか、私の趣味なんですから……」

ぶつぶつと
何やら呟いている美雲。何を言っているのか、和人の位置からはよく聞き取ることが出来ない。
時折美雲が視線を押し入れへと向けていることから、人目につけられないようなものをそこに収納しているらしい事だけは伝わってくる。
果たして美雲が参考にした本とは一体何だったのか、興味はあるものの身動きとれない身では確かめるなど出来そうもない。

「そもそも、どうしてこんな真似をしたのか、説明してもらえますか?」
「う、むぅ……」

先程までの余裕ぶった態度はどこへやら。こうして向かい合って座ってから、美雲はもじもじとして和人と目を合わせようとしないでいる。
何度か説明を求めているのだが、その度黙りこくったり話題を逸らしたりと和人の質問に答えるつもりがない様子。
また妙な方向に話を逸らされても無視して修正して聞きだそう、と和人は強い意志を込めて美雲を見たが、美雲の方もなにやら観念したらしく、喉を鳴らして生唾を飲み込み、和人の方を強い視線で睨むように眼を合わせる。

「そ、そもそも貴方がもっとはっきりしていれば、こんなことにはならなかったんじゃないですか!」
「…?はっきりってどういうことです?」
「誤魔化そうったってそうはいきません!」

びしっと効果音が聞こえそうな勢いで、美雲は和人を指さす。行儀の悪い行為であるが、指摘する人物は今この場には誰もいない。
指さされた和人の方はと言うと、よく分からない言いがかりをつけられた気分でぽかんと突き付けられた指先に目線を合わせている。

「今この場ではっきりさせましょう!和人さんは、この私の事が好きなんですよね!?」
「え……は……えぇ?」
「返事ははっきり!」
「は、はい……」

なんとなく美雲の勢いに流され、頷いてしまった和人。今日先程決めてきた覚悟とか決意が台無しであるが、既に弱気になって萎んでしまった後であるのでまぁ仕方がない事である。
そうでしょうそうでしょう、と我が意を得たりと大仰に頷く美雲相手に、自分が何を言ったのかも分からぬふうに呆然としたままで座っている。

「今日和人さんが訪ねてきて、その目を見て私は思ったんです。ああ、今日こそ私に告白してくれるんだって。部屋はいつでも綺麗にしてあるしいっそこのまま行き着くところまで若さのままに突っ走っちゃってああどうしよう今日このまま私は女になりますとかいろいろドキドキして期待した訳ですよ!」
「はぁ……」
「だと言うのに何ですか全く!ちょっと部屋に上がってお話ししてだんだんいい雰囲気になっちゃってそろそろじゃないかなまだかなまだかなと期待して思わず自分から促しちゃって少し恥ずかしいとか思ってた私に対して、お裾分けのお礼ですだなんて見え見えの誤魔化しかまして逃げようとして貴方はそれでも男ですか!!」
「あ、あの、そろそろ近所迷惑になるので……」

ダンダンと炬燵の天板を叩いてヒートアップする美雲。声も次第に大きくなってそろそろ止めないとまずいのではと和人が慌てて諌める。
アパートのつくりはそう頑丈なものではなく、大声を出しては近隣の住民から苦情が届きかねない。このアパートの大家は年若いなりに怒ると恐ろしい事で住民たちから恐れられている存在なのだ。

「その……いつから、その、俺が美雲さんの事を……好き、と気がついていたんですか?」
「いつからって……もう随分前からに決まってるじゃないですか」

自分では隠していたつもりの想いをとうに見破られていた事を知って、和人は恥ずかしいやら情けないやら複雑な気持ちで赤面し、俯く。
美雲の方は多少気分を落ち着けたのか、大きく一度深呼吸。俯く和人の事を僅かにジト目になりながら見据えている。

「それで、これからどうするんです?」
「どうするって…何をですか?」
「私は貴方からの想いに気が付いていている訳で、私の方としても満更ではない訳です。それが分かった今、何か言うべき事はないんですか?」

言うべき事も何も、今の微妙な空気では真面目な話など到底出来そうもない気がするのだが、美雲はそうと言って見逃してくれるつもりはないらしい。
そもそも和人はいまだ半分拘束されているような立場であり、美雲の望む方向に話を進めていかなければ自由の身にはなれそうもない立場である。
改めて言うのも気恥ずかしい気がして和人は再び赤面するが、今更取り繕うような事もない、と覚悟を決めてこちらを見据える美雲へと目を合わせる。

「その……好きです。付き合って下さい…」
「はい、喜んで」

和人の声は小さく、尻すぼみな告白となってしまったが、美雲は嬉しそうに微笑んで了承する。美雲の微笑みにつられ、和人の方も自然と笑顔になって美雲と笑い合う。
そうして暫くの間、二人、幸せな時間を過ごし、

「そ、それじゃあそろそろ、この糸をほどいてもらってもいいですよね?」

良い雰囲気となってきたところで、和人が恐る恐る先程から気になっていた事を切りだす。
ある程度の身動きがとれるようになったとは言え、やはり拘束されたままでいると言うのは窮屈で落ち着かない気分である。
美雲も上機嫌になったところで、目的のよく分からない拘束を解いてもらうべく笑顔のままで自然に聞いてみたつもりの和人であったが、

「ふふふ、何を言っているんですか、一体?」

一方の美雲は微笑んだまま首をかしげる。和人の言わんとすることが伝わっていない訳もないだろうが、どうやらまだ解放してくれる気はない様子。
ゆっくりと立ち上がる美雲の姿に、和人は強烈な既視感を覚え、

「こうして互いに理解を深めあったんですもの。先程の続き…いえ、仕切り直しと参りましょう」

再び引き倒されるのを覚悟し目を閉じていた和人に、しかしかかった衝撃は思わぬ方向からのもの。
身体から力が抜けるような浮遊感を覚え、気が付けば和人は部屋の中、宙づりになる形でぶら下げられてしまっていた。



「どうでしょう?先程と同じでは芸がないかと、今度は工夫してみたのですが……」

和人の身体にははっきりと見て分かるほど大量の糸が絡みつき、引き起こされる形で宙づりにぶら下げられている。
視点は立ち上がった美雲よりも頭一つ分高い程度。膝先が曲げられる形に拘束されているため、普段と同じような高さである。

「粘着糸を使ってみようかとも思ったのですが、流石に後片付けが面倒になってしまいますので。お気に召しまして?」
「いや……だから、そもそも何で縛られてるのかもよく分かってないんですけど……」
「あら、私の口から説明させるなんて…恥ずかしいです」

恥ずかしそうに頬を染めて顔を脇へ逸らす美雲。一見すると愛らしい乙女の姿であるが、ぶら下げられたままの和人にはその様にときめく余裕などない。

「折角二人相思相愛と分かり晴れて恋人同士となったのです。男女が夜、二人で行うことなど決まっているでしょう?」
「え…………」

美雲の恥じらいと、僅かな情欲のこもった流し眼を受け、和人が思わず言葉に詰まる。
女性の部屋を訪ねるのも初めてのこと、当然のように和人にそのような経験などありはしない。
この数年間美雲の事を想ってきた身であり、彼女以外の女性などそもそも眼中外。他の女性との健全な交際の経験も無いまま、今日この時に至る訳である。
よくよく思い出してみると先程の
美雲の甘噛みも彼女にとって愛撫のつもりであった訳で、つまり彼女は既に和人に対して誘いをかけて来ていたようなものである。
経験のない和人はすっかりと忘れていたが、首筋に感じた美雲の唇の感触を思い出しただけで、胸が熱く燃え上がるような心地になる。
和人の胸に火がついた事を察したか、美雲は恥じらいながらも和人に擦りつくようににじり寄る。

「さっきは少し強引に事を進めようとしてしまいましたが…こうして想いを伝えあった今であれば、拒む理由など御座いませんよね?」

美雲の指先が服越しに和人の胸板を撫でる。
ただそれだけで、和人の興奮は昂り、股間が充血してしまうのを堪えられなくなってしまう。

「あ、あの、この糸を外して」
「それはいけません」

身動きが取れないのがもどかしく、美雲に懇願するように解放を求める和人だが、最後まで言う前に美雲にばっさりと断られてしまう。

「言い難い事ではあるのですが…この糸を外してしまっては、和人さんに逃げられてしまうような気持ちがしまして…」
「そ、そんな…」

そんなことはない、と否定しようとしたものの、先程までの自分の態度を思い返して口ごもってしまう。
告白も何もかも誤魔化して逃げようとしたのは自分であり、こうして縛られていなければ今頃は自分の部屋で中途半端な進展に浮かれているばかりだっただろう。
解放された後、尻込みして逃げ出さない自信があるかと問われれば、少なくとも迷い無く頷いてみせることは出来そうにない。
言葉に詰まり唾を呑む和人を見て、その内心を見透かしたかのように小さく声を出して笑う美雲。

「大丈夫ですよ。私には経験がありませんけど……勉強しておいたので、知識は十分にありますので」
「勉強?」
「ふふ、淑女のたしなみです。掘り返すのは野暮ですよ」

ちら、とおそらく無意識に美雲の視線が押し入れへと一瞬映る。先程の愛撫がどうこうと出所は同じようなものだろうと思い、和人は無性に落ち着かない気分になる。
和人の心配をよそに、美雲は静かに身体を擦り寄せ、胸を押しつけるように和人の身体を抱きしめる。
豊満な乳房がたわみ、胸板に押し付けられる温かく柔らかな感触。美雲の顔が息の届くほどに近づいて、和人の脈拍が急激に高まる。

「目を、閉じて下さらないと……恥ずかしいです」
「は、はい…すいません…」

美雲に言われるまま、反射的に固く目を閉じてしまう。
みっともない表情を美雲に見せてしまっている事に気が付き、目元の力を抜いて再び目を開こうとしたところで、

「はい……ん……」

頬に柔らかな手が添えられ、自然と顔の力が緩み、
続けて唇が重ねられる、熱く柔らかな感触。
身動きとれないままの和人は、呆気なくも簡単にその唇を奪われてしまった。

気が緩んでいたところの突然の衝撃に、和人の頭は真っ白に思考停止。美雲にされるがまま唇を押し付けられる。
キスする事数秒、和人の唇にさらに熱いなにかが押しあてられ、力の抜けた唇はあっけなく割り開かれてしまう。
口内への侵入者、美雲の舌は和人の歯を味わうように舐め上げ、さらに奥、和人の舌へと蛇のように絡みついてくる。
柔らかな舌を絡め取る様に引き出し、唾液が粘つき混じり合う。くちゅくちゅと淫らな水音が和人の空っぽの脳内に沁みつくように響き渡る。
愛おしそうに舌先を擦り合わせ、歯ぐきを撫でるように舐めまわし、時折和人の唾液をすすり飲むように強く吸いつく。
和人の口内を思うままに味わう、美雲のキスは卑猥な肉の交わりと言うべく情熱的で淫らなものだった。
頬に添えていただけの手にもいつしか力がこもり、和人の顔を逃がすまいとしっかりホールド。
吸いつく力は徐々に強まり、美雲の下に誘い出されるように和人の舌が引き出され、美雲の口内へと引き込まれていく。
和人の舌先から唾液の一滴も残すまいと言うように、差し出された舌をすすり、舌肉を歯で甘く揉むように愛撫していく。
口内に溜まった混ざり合った唾液を、喉を鳴らしてこくんと一飲み。その感触に酔いしれたように吐息を口の端から漏らし、和人の舌をいじめるように吸引を強めていく。



「ん……あっ…はぁ……」

たっぷり数分ほど舌の交歓は続き、互いに甘い呻きを漏らす頃になって、ようやく美雲が和人から口を離した。
ピンクの舌先から垂れた唾液が、二人の間に淫靡な粘液の橋をかける。
美雲は余韻を味わうように唇を軽く舐めまわし、和人は舌を出したまま放心状態。糸でつるされていなければ、力を失い床に倒れこんでいた事だろう。

「ふふ、思っていたよりも気持ちのいいものですね。ご満足……いただけているようで、何よりです」

肩で息をする和人には聞こえているのかいないのか、美雲の言葉に反応を示さないものの、和人の身体の変化から求める応えを引き出すことができ、美雲は満足そうに口角を吊り上げる。
和人との間に僅かな隙間も許すまいとばかりに擦り寄り、押しあてた美雲の身体。その腰を押し返すようにそり立った熱く固い和人の股間の屹立。
互いの服越しでもはっきりと形が分かるほどに押しあてられ、その熱、その脈動を感じて腹の奥が握りしめられたように引き締まるのを感じる。
和人の陰茎を受け入れるべく、女陰からは溢れるほどに蜜が漏れ出し、子宮が子種を求めて急かす様に体中を熱く火照らせる。
本能のままに和人の服を引き千切り、そのまま繋がりたい衝動に駆られる美雲であるが、鋼鉄の意思を持ってその欲望を胸の内に抑え込む。
彼女の目的は、和人との性交の他にまだ残されているのだから。


「和人さんのココ、大きくなって苦しそう……今、楽にして差し上げますからね?」

しがみついていた身体を離し、足を折ってかがみこむ。美雲の目線の高さがちょうど和人の勃起の先と同じくらいになる格好となった。
すこし手間取りながらもベルトを外し、パンツといっしょに両手で広げ、ゆっくりと膝下まで下ろしていく。勃起の先端が突っかからないよう慎重に引き下ろすと、臍につくほどにそり立つ陰茎が美雲の眼前に露わになった。
陰茎の先から汗の据えた臭いが美雲の鼻をつき、その強烈な男性の臭いに思わず美雲が熱の籠もった溜息を漏らす。
美雲の息に陰茎を撫でられ、うっと和人が呻きを漏らして動かない腰を僅かに揺さぶる。ほんの少しの動きでも、腰の先から生えた陰茎は大きく別の生き物のように揺れて、美雲の視線をとらえて離さない。

「思っていたよりも随分生々しい形……何と御呼びすればいいのでしょう。逸物、魔羅……御望みはありますか?」
「い、いえ…恥ずかしいので、その、じっくり見られると……」
「恥ずかしがることなどありませんのに。こんなに御立派…」

美雲が指先で陰茎の幹を軽く撫で、それだけで和人は呻き声をあげてしまう。
熱くいきり立った陰茎に触れる指の感触は冷たく、慣れない刺激に陰茎は意思を持って動いているかの如くぴくんと反応を示す。
亀頭の先からは透明な粘液が僅かに漏れ出し、陰茎に沿ってぬらぬらと跡を残し、垂れ落ちていく。
美雲は優しく包み込むように陰茎に手を添え、そっと握る。そり立つ陰茎を僅かに傾かせ、先端に唇を撫でるように軽く触れさせる。

「やめて、そこは、汚いです、美雲さん……」
「お気になさらず、存分に感じて下さい……んっ」

唇から舌先を僅かに突き出し、亀頭の先端部、割れ目をなぞる様に舐める。刺激に堪え切れず和人が喘ぎ声を出してのけぞるが、拘束されたままでは美雲に対しどうする事も出来ない。
舌の先にカウパーがこびり付き、粘液が細い糸のように舌と亀頭とに橋をかける。堪能するように舌で唇を舐め、赤らめた頬に片手を添える。
目元は潤み、その視線はすっかり陰茎へと釘付け。立ち上る男性の臭いに酩酊するように鼻を鳴らしてその空気を胸の奥まで吸いこもうとする。

「それでは失礼して…フェラチオとやらをさせていただきますね?」

のけぞり刺激から逃れようとする和人に答えも聞かず、それは質問と言うよりはこれから行うことの宣言だった。
垂れる髪の毛を後ろにかき分け、握る陰茎の先へと顔を近づける。小さな口を大きく開き、吐き出される息が陰茎を温かく包むように撫でた。
頭を近づけ、口内に陰茎を迎え入れる。半分ほど飲みこんだところで限界を感じたか頭を止め、そのまま上目遣いに和人の顔を見上げる。

「ろうれしょう、きもひいいれしょうか?」
「や、やめ、しゃべらないで…!」

歯を食いしばり、今度はうつむいて与えられる刺激に耐えようとする和人。美雲がしゃべる度舌が陰茎を撫で、不規則な刺激に陰茎はびくんと大きく跳ねて悦びを伝えようとする。
陰茎が粘液に包まれる感触に、不慣れな童貞がそうそう耐えられるものではない。歯を食いしばり括約筋に力を込め、なんとか粗相をしないように堪えしのぐのが精いっぱいの様子。
和人が俯いたためにその快感を我慢する顔を見ることができ、自分の行為が和人を喜ばせていることも相まって、美雲はフェラチオと言う奉仕行為に深い満足を覚える。
僅かに舌を陰茎に絡めるだけで和人が震え、その反応が面白いと言うように夢中で口内の陰茎を舐めしゃぶり、嬲り回す。
上あごに亀頭を擦り付け、頬と歯ぐきとで痛いほどしごきたて、亀頭のカリ首を舌先でえぐり、ストローの様に亀頭の先を咥えて強く吸いたてる。
口の中の陰茎の臭いが頭のてっぺんまで突くようで、美雲はただただがむしゃらに欲情のままに和人の陰茎を味わった。
いくら必死で我慢していると言えど、不慣れな和人には限度がある。美雲の口淫奉仕を受け、陰茎のさらに下、陰嚢に溜まった精子が行き場を求めて熱く高ぶる。

「だ、駄目です…口を離して、もう、出る……!」

美雲の口内に出すのは避けようと、息も絶え絶えに美雲に限界を伝えようとする和人。
陰茎の痙攣から射精が近づいている事を既に本能で察していた美雲だが、和人からの必死の忠告を受けて口を離し、

「イってしまうんですね……でも、駄目ですよ…?」
「う、あ、あぁぁぁ!?」

陰茎の根元から強い圧迫感を受け、和人が訳も分からず獣のように唸り声を上げる。
美雲の両手、その先から伸びた糸が陰茎へと絡みつき、根元をきつく縛りあげてしまっていた。

「子種は女の奥、子宮に向けて出して下さらないと…貴方の子を授かることが出来ないじゃないですか」
「み、みくもさん!ほどいて、ほどいて!」
「飲んでみたり、かけられたりといった趣向があるのも理解していますが…折角の初めて、残さず私の中に打ち込んで下さいましね?」

射精出来ない苦しさに理性を失い、もがき、許しを乞う和人。紅潮し苦しそうな和人の顔を見て美雲がうっとりと幸せそうな笑みを浮かべる。
粘着質の糸がしっかりと陰茎の根元を縛り上げ、美雲が手を離しても和人の射精への拘束が解かれることはない。
固く引き締まった陰嚢を片手で優しく包み、柔らかく揉みあげる。既に絶頂に達しているにもかかわらず射精出来ない和人は、精液を陰茎に送り込まれるような感覚に必死で空腰をふって悶え苦しむ。
和人の苦しむ顔を見て悦ぶその様は、子供が小動物を虐めるような無邪気な嗜虐と、愛する男を手の内に落とした魔女の様な妖艶さを混ぜ合わせたような、恐ろしくも淫らなもの。
美雲の顔を許しを乞うように見つめる和人の姿に舌舐めずりを一つ。両手を着物の胸元に合わせ、ゆっくりと内側を晒すように開いていく。
着物の外からでもはっきりと分かる胸のふくらみが露わになり、和人の目はその谷間へとたやすく釘づけにされてしまう。

「私の胸、お好きですよね?普段から胸元にばかり視線を寄せて下さいますもの」
「あ、その、それは…」
「怒っている訳ではないのですよ。私の身体で和人さんの気を引く事が出来るのであれば、幸せですから」

自分の無遠慮な視線、隠していたつもりの欲望が見透かされていた事を知り、和人が気まずそうに言い訳をしようとするが、美雲はむしろ嬉しそうに身体をよじり、胸の肉を揺らして見せる。
露わになった乳房は着物の上から見たよりもさらに大きく、ミルクを溶かしこんだかのように白い柔肌が美雲の動きに合わせてたぷんと波打つように揺れる。
開いた着物の端から僅かに覗く乳首は乳房のサイズと比べて小さく、濃いピンク色の先端が既に固く立っているのが和人の視点から窺い見る事が出来る。
ずっしり重そうな存在感は和人の注意をひきつけてやまず、乳房が軽く揺れる度に激しく動く乳首を追い、和人の視線は右に左に揺れ動く。
自分の身体が和人の興奮を高ぶらせていることに、美雲はこの上ない満足を覚え、和人をからかうように身体をひねっては乳房を揺らして見せる。

「着物を着る分には少し大きすぎるのが悩みでしたけど…これであなたをたっぷり気持ちよくしてあげられるなら、大きくて良かったと思えます」

美雲が少しだけ腰を浮かせ、和人の陰茎を自身の乳房へと片手で導く。乳肉の上に亀頭が触れ、沈むように乳房の柔肉を押しこんでいく。
張りのあるきめ細かな肌に、浮き出た汗が雫となって表面を湿らせ、部屋の照明の光を吸い込む様な白さにコントラストを加える。
美雲に押し込まれるままに和人の亀頭は乳肉へと埋もれていき、包み込む様なぬくもりと押し返すような弾力を感じて亀頭の先が熱く燃えるような感覚を覚えた。

「ほーら、すりすりしてあげますね?」

陰茎を握る手を揺すり、自らの乳房を亀頭で揉みこねるように歪ませる美雲。陰茎にへばりついた美雲の唾液が線を引き、乳房の上に粘液の後を残していく。
亀頭のカリ首が乳首に引っ掛かり、美雲の胸を揺らす。乳首を弾かれる刺激に快感を覚えたか、美雲があん、と喘ぎ声を上げて二度三度と乳首と亀頭を擦り合わせていく。
次第に美雲の息も荒くなり、あたかも和人の陰茎を使って乳首で自慰行為をしているような状態。射精を禁止されている和人には拷問にも近く、しかし目を離すことのできない扇情的な光景だった。
暫くの間夢中になって自涜に耽った後、ふと我に返った美雲が申し訳なさそうに和人を上目遣いに見上げてお詫びの言葉を告げる。

「ごめんなさい、男の人って亀頭だけではイけなくて辛いんですよね?つい夢中になってしまって…」
「いえ、あの…」

もとより射精など出来ない状態にある和人の苦悶を知り、美雲は丁寧に追い詰めるような愛撫を繰り返してくる。
美雲の全く邪気を感じさせない笑顔に呑みこまれる様な気がして、射精させて欲しいという願いを胸の内にくすぶらせたまま和人は何も言えないでいる。
美雲が陰茎を乳首から離し、今度はその深い谷間へと誘導していく。着物は半分はだけた状態となっていて、腰のあたりで巻かれた帯が肌襦袢を支え、美雲の乳房、その谷間を強調するような様態になっている。

「おっぱいの御肉で挟んで、たっぷり扱いてあげます。気持ちよかったら、遠慮なくイってくださいね?」

着物で強調された胸の谷間に、和人の陰茎が挿しこむ様に呑みこまれていく。柔らかい乳肉できつく挟まれる言いようも無い抱擁感が和人の陰茎全体に絡みつく。
情欲の対象だった美雲の乳房に挿入しているという視覚情報も和人の興奮をあおり、肉体的な快感以上に精神的な満足感が和人の意識を蕩かしていく。
決して小さくはない和人の陰茎は、誘われるままに根元まで美雲の胸の谷間に収まり、亀頭が奥の胸板に少し押しあてられるような感触を覚えた。

「滑りが悪いと痛いかもしれませんので、失礼して……あーん……」

美雲が舌先を伸ばし、谷間の奥へと唾液を垂らして注ぎ込んでいく。
口の中で溜めていたのか、興奮から大量に分泌されているのか、垂らされた唾液の量は十分であり、ローションのように美雲の乳房に滑らかさと少しの粘り気を加えていく。
谷間を流れる唾液が亀頭を伝う感覚、粘膜で撫でられるような刺激に和人の陰茎はピクンと震え、その反応を乳肉で感じた美雲が驚きと快感の入り混じった喘ぎ声をあげる。
谷間の中に唾液を塗りこむ様に左右の乳房を上下交互に動かし、陰茎全体が予測不能の圧迫を受けて、その怒張を限界以上に膨らませようと痙攣していく。
美雲が身体を前後に動かし、陰茎を乳房に抜き差し。胸の谷間を女性器に見たて、激しくピストンをするかのようなパイズリを行う。

「どうです?夜中の布団の中での想像上のパイズリと、こうして現実に受ける紅葉合わせ。どちらが気持ちいいのですか?」
「そ、想像の中って……」
「とぼけても無駄です。夜毎布団を激しく揺らして、その想像の中で私の身体を好きなように犯して嬲って下さっていたのでしょう?」

特段アパートの壁が薄いとか言う訳でもないのだが、自慰行為での振動は本人の自覚以上に激しく、すぐ隣の部屋まで聞こえてしまったとしてもおかしくはない。
自分のオナニーが美雲に筒抜けだったと言う事を知り、再三和人は美雲に合わす顔がない心地で俯いてしまう。
俯いても美雲が腰下に屈みこんでいる以上、その羞恥の顔をより一層まじまじと見られてしまう結果となるのだが、目をつぶって思考を放棄した和人にはそのことに気付くだけの余裕もありはしない。

「私がお裾分けをしたり、御話しをした日の夜には決まってギシギシと。壁越しに私の名前を呼ぶ声だって聞こえて…あんな声を聞かされて欲情しない女など居りませんよ」

そのような様では美雲が和人の想いに気付いたのはむしろ当然のこと。隠していたつもりでもしっかりと気付かれたくない部分まで美雲には筒抜けだった訳である。
想い人を自慰の妄想のはけ口とするのは罪悪感のある行為だったが、美雲の容貌、その魅力に間近で当てられた和人にはそれ以外の事など考えられなかった。
実際、美雲の柔らかそうな巨乳でパイズリをしてもらう妄想はしばしば行われ、その度和人は行き場のない精をティッシュで受け止めて燃えるゴミとして捨てていたのである。

「そんなに私を求めてくれているんだって、いつか現実に私が和人さんに抱かれる時が来るんだと想像して…私だって、切なかったんですから」
「う…ご、ごめんなさい…?」
「折角和人さんが私の事を思って溜めてくれた精液、もう二度と無駄にゴミ箱なんかに食べさせてあげません……」

両の手で掴みきれないほど大きな乳房を支え、上下にランダムに揺すりたてて陰茎をしごく。
美雲が和人の身体に抱きつくように擦り寄ると、押しつけられた乳房の谷間から陰茎の先端、亀頭だけがちらりと顔を出した。
頭を胸へと寄せ、突きでた亀頭の先についばむようなキス。乳房を揺らす手は止めず、根元から精液を絞り出すような圧力を加えていく。
先程絶頂に達したものの、精液を吐き出せずに不完全燃焼だった和人の陰部。美雲の激しい愛撫に晒され、再び限界の時を迎えようとしていた。

「美雲さん、またっ…出るっ……!」
「はい、大好きなおっぱいに包まれて、好きなだけ精液を出して下さいね」

両手で痛いほどに乳房を挟み、間の陰茎をサンドイッチ。扱くペースを一気に速め、和人のペースに合わせて愛撫を強めていく。
陰茎が一瞬、膨れ上がり、淫嚢が引き締まって精液を送り出そうとして、

「…出させてなんて、上げないんですけどね」

陰茎の根元の糸の拘束は健在。当然のように精液は尿道でせき止められて亀頭まで届く事は出来ない。

「う、あ、あ、あぁぁ、があぁぁぁ!!?」

二度目の空射精は一度目よりもさらなる苦痛を伴い、絶頂の快感と相まって和人の理性を削り取ってしまう。
再び獣じみた方向を上げて腰を必死に降りたてるも、陰茎は美雲の乳房に挟み包まれたまま、射精衝動が和らぐ事などあり得ない。
口からだらしなくよだれを垂らし、必死の形相で美雲に救いを求めるも、やはり美雲は無邪気な笑顔で和人の様子を観察するばかりである。

「苦しいですか?苦しいですよね?折角出そうになった子種を締めつけてせき止められてしまっているんですものね?」
「み、美雲さん、お願いですからぁ…」
「でも私だって辛いんですよ?本当は貴方にこんな苦しい思いをさせたくはないんです」

上気した頬に熱い吐息。興奮を隠せない様子で言っても全く説得力の無い言葉だが、和人には美雲に言いかえすことなど出来ようも無い。

「これはお仕置きなんです。私の事をじらしておいて、勝手に気持ち良くなっちゃう、駄目なおちんちんへのお仕置き」
「ぐ、うぅ…」
「私をないがしろにして、勝手にオナニーしていたのと同じ分だけ、こうやって苦しめてあげたいんですけど…」
「…!無理、無理ですそんなの…!」

必死で和人が身体を揺さぶり、何とか拘束から逃れようとあがくが、体中に巻きついた糸はそうやすやすと解けてはくれない。
和人が美雲と知り合ってから数年。実際どれほどの回数に及ぶかは見当もつかないが、美雲の事を思って一人慰めた事は少なくとも十や二十ではきかないだろう。
ただの二回空絶頂しただけで言葉を失うほどの苦しみ、それだけの数を重ねられては和人の精神の正気を保てそうもない。
身に降りかかる拷問から逃れんと、無駄なあがきを必死で続ける和人を上目遣いに見て、満足そうに美雲は両眼を細める。

「冗談ですよ、冗談。そんなことをしたら、流石に壊れちゃいますもの」
「ゆ、許して下さい…」
「あらあら、すっかり怯えてしまって。私がそんなにひどい事をする訳がないでしょう?」

実際に二度も苦痛を味わわされた和人にとっては十分に恐怖を感じるに足りる理由があるが、美雲はそのような嗜虐性をおくびにも出さない微笑みで和人に首をかしげて見せた。
陰茎を軽く握り、そっと唇を寄せる。裏筋を舌でねっとりと舐め上げ、再び和人が快感に身をよじる。

「ですが、折角恋人同士になったのですもの。今後は勝手にオナニーなどなさらない、と約束して下さいませね?」
「は、はい、約束します!」
「精を放ちたくなったら、私に相談して、しっかり私へと注いでくれますか?」
「はい、美雲さんに相談します!」
「ふふ、いい御返事」

ちゅっと亀頭に口づけて、何度もついばむ様なキスを浴びせる。陰茎を握る手が上下に振れ、優しくしごく形となって和人への刺激を強めていく。
最後に尿道をストローのように吸引し、唇を離す。そのまま身体を起こし、腰に巻いた帯をゆっくりと解いていく。
解けた帯を取り払い、着物を脱ぎ去る。内に着ていた肌襦袢の結びを解くと、隠されていた美雲の肢体が和人へと曝け出される。
胸の大きさとアンバランスな細い腰つき。肌はミルクを交えたように白く、上質な布地のように滑らか。手で撫でれば摩擦も無く滑ってしまいそうなほどに美しい曲線のライン。
腰の下は黄色と黒の大きな蜘蛛の胴体となっていて、その境目、臍の下には豊かに生い茂った陰毛と、その下、ぴったりと閉じた女陰が見えている。
女陰の端から透明の蜜が漏れ、腰を伝って床へと垂れ落ち、小さな水たまりを作ってしまっている。
蜘蛛の胴体を粘液の糸がテカテカと染め、一目見て、美雲が情欲を堪え続けていたのがはっきりと分かる。
初めて見る女性器の生々しさ、いやらしさに、和人が知らずゴクリと生唾を飲み込む。
和人の視線が女陰に向けられているのに気付き、恥ずかしそうに蜘蛛の前足が二本、くりくりと足先を絡ませた。

「すこし陰毛が濃くて、お恥ずかしいのですけど……私のここ、変ではないでしょうか?」

頬を赤らめ、恥ずかしそうにしながらも、見せつけるように腰を少し前に出し、両手で陰毛を分けるように女性器をはっきりと和人に晒す。
和人は鼻息を荒げ、言葉も失ってしまったかのように首を大きく縦に振って、美雲の女性器への感想を伝えた。

「それでは…先程の約束通り、いままで溜めた和人さんの子種。ここに全部出してもらいますよ?」

和人の答えを待ちきれないとばかり、陰茎を片手で握り、女陰へとそっと近付けていく。もう片方の手で外陰部を開き、膣口をはっきりと晒して陰茎を迎え入れる体制を整える。
亀頭の先が小陰唇の内側に触れ、二人、どちらともなく喘ぐように息を漏らした。
これから訪れる快感に和人の期待はみなぎり、それを表すように陰茎は大きくふくらみ、その緊縛の隙間から絞り出すようにカウパーを漏らしている。
和人が息をのみ、陰茎が美雲に挿しこまれるよう、導かれる時をじっと待ったが、

「あぁ…いざ、こうして見ると、初めてはやはり緊張してしまいますね…」

和人の陰茎を握る美雲は、性器同士を触れ合わせたままでそこから先へと進めようとしない。
肉棒を軽く上下に揺らし、陰唇と亀頭を擦り合わせて自ら快楽を得ているようで、ん、と快感を詰まらせるような喘ぎを漏らして腰を揺らすばかり。
カウパーが陰唇へとこびりつき、粘液が性器と性器を繋げるようにくちゅくちゅと小さく水音を立てる。
緊張している、と言う割に美雲の息は興奮に荒ぶり、その瞳は一面情欲に染まって和人の陰茎を注視している。
和人の方としては焦らされているような気分。折角射精できる時が来たと思ったのに、亀頭を擦られる刺激だけでは物足りず、これでは生殺しになってしまう。
和人が息を荒げて美雲におねだりするような視線を向けるが、美雲の方は全く気付かぬ様子で陰茎をいじる手を僅かに速めるばかり。
亀頭が美雲の陰核をくすぐり、その刺激に反応して美雲の身体が大きく揺れた。

「ん……あは…ん、ふぅ……これ、気持ちいいです……」
「み、美雲さん…」
「…あ…はぁ……折角恋人同士になったんですし……あっ…私の事は、んっ……呼び捨てにして下さいませんか……?」

和人が震える声で呼びかけ、何を求めているか分からないはずもないだろうに、美雲は悠長に和人に呼び方を変えるようお願い。
亀頭のカリが陰核にこすれ、耐えきれず和人も喘ぎを漏らしてしまう。美雲の方はすっかり陰核いじりが気に入ったらしく、喘ぎ声をもはや隠そうともしない。
まるで和人の陰茎を使ってクリオナニーをするような格好で、美雲は思うまま亀頭で陰核をいじり、おしこみ、擦り合わせる。

「み、くも……くっ…あの、早く……!」
「……ふふっ」

美雲が突然に陰茎をいじる手を止める。中途半端な刺激でも止められるのは恋しく、和人は悲しそうな目で美雲に訴えかけるような視線を送ってしまう。
美雲の方は快感に汗を流しながらも、まだまだ余裕といった様子。そっと身体を和人から離し、向き合うような格好になった。

「求めて下さっている事は分かるのですけど、初めてにどうしても踏ん切りがつかなくて……もう少し、決心がつくまで待って下さいますか?」
「そ、そんな…」
「いえ、退屈はさせません。先程のように、しっかりフェラチオやパイズリで高まらせて差し上げますので……ね?」

陰茎をごしごしと擦り、和人を高ぶらせようとするも、刺激を受けて和人の股間は苦しさを増す一方。
射精出来ないままでこれ以上絶頂させられてしまえば、本当に陰茎が壊れてしまうかもしれないと和人が慌てて美雲にすがる。

「お、お願いします、そんな…」
「やっぱり初めては怖いですし、和人さんが今までそうだったように、私にも考える時間を…」
「お、お願いします!お願いですから!」

みっともなくも泣きそうになりながら、必死で和人が腰を振る。美雲の手に自ら擦り付けるような形になるも、根元の緊縛により射精出来ない鬱屈が腰全体を蝕むように包み、苦しめていく。

「お願い?何をお願いされているんでしょう、私は?」

美雲はとても満足そうに、口の端を歪めて笑みを浮かべる。先程までの無邪気なものとは違う、待ち望んだ獲物がかかった事を喜ぶ捕食者の笑み。
和人はそんな美雲の様子に気づくことも無く、かすれるような声で美雲が望むままの言葉を腹の奥から吐き出して救いを求める。

「イカせて!挿入れさせて下さい!美雲の中、いれさせて!」
「私の膣内に入れて、和人さんはどうしたいんです?」
「射精したい!一杯、溜まってる分全部!出させて下さい!」
「はい、よく出来ました」

美雲が和人に身体を寄せ、再びその陰茎を膣口へと導く。先端が触れ合い、ちゅっと口付けのような小さな水音が部屋の中に響いた。
そのまま和人が腰を揺らすのに合わせて美雲が腰を落としこみ、陰茎が美雲の膣の内へと潜り込んでいく。美雲が腰を突き出し、亀頭の先端が内側、なにかつっかかるものに触れて、

「さ、一息に腰を突き出して……邪魔な膜なんて、破っちゃってくださいね」
「く、あ、がぁあぁぁ!!!」

美雲の囁きが耳をくすぐり、気づけば和人は全力で腰を美雲へと突き出していた。
ぶち、と何かを破るような感触も一瞬。膣内の肉襞が陰茎を呑みこむように蠕動し、陰茎全体がきつい粘膜に包まれてしまう。
膣肉が陰茎を咥えこむようにして離さず、そのきつさの中で蠕動する膣襞が陰茎の根元から精液を絞り出すような動きを示す。
声にならない声を上げ、その刺激に思わず絶頂してしまうも、陰茎根元の緊縛は解けないままで空絶頂に腰がビクビク震える。

「み、みく、も、さ……!」
「あ、あ、ひあぁぁぁ!!」

一方の美雲も奥に挿入された瞬間に絶頂を究めてしまったらしく、腰をガクガク揺らして和人にしがみつく格好となってしまっていて、和人の緊縛を解くことなど忘れてしまっている模様。
亀頭の奥にこつんと子宮口が当たり、亀頭に吸いつくようにぴったりと密着。互いの腰が震える度にゴリゴリと押され合い、その度美雲が普段よりオクターブの高い声で快感に鳴く。初めての痛みなど全く感じてはいないらしい。
和人が必死で美雲に助けを求める声も届かぬようで、腰が震える度に美雲が絶頂し、その度に陰茎を絞りあげる膣の動きに翻弄されるまま何度も空射精の快感と苦痛を味わう。
その苦しみが何秒か、何分か、何時間か、分からぬほどに和人の意識が遠ざかり、
プツン、と言う音が頭の奥から聞こえた気がした。

どびゅ、どびゅ、どびゅう!

「あ、ひ、あぁぁぁぁぁぁ!!!?」

子宮口を押し上げる亀頭、その先から放たれた灼熱に、美雲は訳が分からずのけぞって悲鳴を上げる。
度重なる空絶頂の末、大きく膨らんだ陰茎によって緊縛の糸が千切れてしまったらしい。
溜まりに溜まった子種汁が出口を求めて荒れ狂い、陰茎を一気に駆け上って美雲の膣内へと放たれる。

どびゅ、どびゅ、ぶびゅう!

「や、熱、い、やぁぁぁぁ!!!!!」

こちらも度重なる絶頂を極め、敏感になった子宮口へと無遠慮に子種汁をぶつけられる美雲。
すがるように和人の身体にしがみ付き、なんとか射精の波を乗り切ろうとするも、絶頂を重ねる陰茎が子宮口を抉るようで、内に放たれた精液の熱さに逃れられぬ絶頂へと堕とされる。
溜まりに溜まった精液は止まる事を知らず、美雲の子宮の中を蹂躙するように熱くたっぷりと満たしていく。
和人の腰はさらなる絶頂を求めて揺すぶられ、その動きに合わせて美雲の身体は上下左右に振り回される。まるで身体全体を掴まれ、揺さぶられているような強烈な錯覚を感じた。
和人の頭を掴んで顔を寄せ、唇を貪るように舌を絡める。何とか身体を固定しようとしがみつくも、口内に差し入れた舌が和人によって思い切り吸い上げられる。

「や、らめ、しょんな、ああぁ、ひぐぅぅぅぅぅ!!」

下半身が熱く絶頂を繰り返す中、舌を吸われて口でも絶頂を迎えてしまう。負けじと吸いかえし舌を絡めるも、子宮を精液で叩かれた状態では満足に反撃する事も出来ない。
自分から和人にすがりついたままで、差し入れた舌を玩具のように吸いたてられてしまう。
涙があふれるように両眼から流れ続け、垂れた涎も和人に吸われて飲み干されてしまう。脱力して身体が崩れそうになると、膣奥の陰茎がより深く子宮口に刺さり、陰茎で頭まで刺し貫かれる様な錯覚を覚える。
和人の胸に体重を預け、膣奥を陰茎で刺し貫かれ、流れ出る子種を子宮に注ぎ込まれたまま、美雲は何度目になるかも分からない絶頂の中、朦朧とする意識を手放した
体温に包まれる様な温かさ、意識が暗闇に沈んでいくような心地よさの中で、愛する人の名を小さく呟く。
誰かがそれに答えたような気がしたが、既に意識は暗闇の奥深く。ただ何となく遠い世界のどこかで、自分の名前が呼ばれたような気がして、感じる体温へとすがりよる様に絡みつく腕の力を強めた。





肌寒い季節となり、空に昇る日もだいぶ低くなり、日中の明るさもどこか薄暗い。
結局美雲が気絶していたのは十数分程度。目が覚めた後も一度覚えた肉の快楽には逆らえず、そのままずるずると繰り返し交合。
糸を解かれた和人が我慢できずに美雲を押し倒し、お返しとばかりに一晩中美雲の身体を玩び、何度絶頂したのか互いに数え切れぬほどである。
普段では考えられない程の量を射精し、その全てを美雲の中に注ぎ込んだ。いったいあれほどの精力が自分の身体のどこにあったのか、和人自身が不思議なほど。
幸いにも今日は休日であるために、交わりに疲れて気だるい身体で無理に仕事に行く必要も無し。
和人がふと目を覚ますと、気絶するように寝入った美雲の顔が目の前にあった。
和人の責めに美雲は何度目かの絶頂と気絶を迎え、そのまま和人自身も意識を手放して美雲の部屋で寝入ってしまったのである。
横たわり、和人の腰に足を絡めたまま、美雲は幸せそうにすうすうと寝息を立てて休んでいる。
頬からはよだれの跡がはっきりと残っていて、辺りには誰の何なのかはっきりと分からない液体が色々としみを残してしまっている。
節で引っ掛かる足を三組、何とかして解くことに成功し、和人はゆっくりとトイレに向かうべく起き上がる。
周囲には脱ぎ捨てた衣類が散乱しており、自分の下着と服とを拾って着直す。すっかり皺がついてしまっていて、アイロンでかけないとまともに着る事が出来そうも無くなってしまっている。
同じアパートで同じつくり。構造がどうなってるかもよく知っていて、手早くトイレに入って用をたす。
股間部分にネバネバの糸がこびりついたままであるが、剥がす事が出来そうも無いので後で美雲に相談しようとそのまま放置。
戻ってみると、美雲が目覚めたらしく目元を擦りながらゆっくりと起き上がっていた。

「ああ、すいません、起こしちゃいました?」
「んー…いえ、目が覚めたんですよ。おはようございます」
「おはようございます……って時間ではなさそうですけどね」

冬で日が低いとはいえ、外はすっかり明るくなり、時計は既に朝とは言い難い時間を指している。
きょろきょろと周囲を見回し、自分が裸であることに今頃気が付いたようで、慌てて美雲は近くにあった着物を羽織る。
昨晩は自ら見せつけていたが、流石に一夜が明けてからは恥ずかしいのか、和人の視線から身体を隠すように手早く衣服を身につけていく。
あまりじろじろ見るのも無作法な気がするし、改めて美雲の事を見るのが気恥ずかしく、和人は身体をそむけて美雲の方を見ないようにと壁と向かい合う。
何を口にしたらいいものか、気の利いた言葉も思いつかないまま。なんとなく落ち着かない沈黙の中で美雲の衣擦れの音だけがやけに大きく部屋の内に響く。

「えーと、その……御身体の方は、大丈夫ですか?」
「え、えぇ、少し腕に跡が残ったりしてますけど、痛みはないです。美雲さんは?」
「私も、少しヒリヒリしますけど、多分大丈夫、だと思います」

いいですよ、と声をかけられて、和人が美雲へと振り返る。
ところどころに皺が寄り、染みが残っている美雲の着物姿。和服についてあまり詳しくない和人には、その汚れが大丈夫なのかどうかはよく分からない。
艶やかな黒のロングヘアも行為の名残か癖になってところどころ跳ねていて、締まりのない恰好ではあるのだが、その理由を知る和人にとっては胸を突き刺すような魅力に溢れて映ってしまう。

「あの、昨日は随分乱暴にしてしまったみたいで……すいません」
「いえいえ、気になさらずとも、私も縛ったり焦らすような真似をしましたし………調子に乗って飲ませすぎたかもしれませんし…」
「…?今何て?」
「いえ、大したことじゃないですよ、ふふふふふ」

ボソ、と小声で漏れ出た美雲の呟きは、しかし少し離れて立っていた和人の耳までは届かなかった様子。
美雲の笑みにつられ、和人も理由も無しに笑ってしまう。目覚めてから感じていた気まずさが笑い声とともにどこかに消え去っていくような気がした。

「あ、あのですね、美雲さ」
「美雲、ですよ」
「あ、その…美雲、えぇと……」

昨晩は雰囲気に流されるまま、何度もその名を呼び捨てに呼んで抱き続けていたが、理性が戻ってみると改めて気恥ずかしさが甦る。
思い切って切り出そうとした矢先、出鼻をくじかれたような気がしながらも、和人は決心をつけて、キッと美雲と目を合わせる。

「夕べの事は、その……俺、責任を取ります!」
「責任…と言いますと?」
「そ、その…恋人としてとか、もし子供が出来てたらとか、そういう……」

だんだんと声のトーンが落ちていき、最後の方はごにょごにょと口の中で言葉になる前に消えていくような小さな声。
勢い任せに言ったものの、具体的なあれこれが全く思いつかず、恰好も締まりもつかないままでぶつぶつと何やら小声で言い続けている。
そのような和人の姿に、

「責任なんて大仰な事を言わずとも……昨夜に交わした約束、しっかり覚えて下さっていますよね?」
「約束…」
「そう、約束」

約束の内容、あまりに大胆で恥ずかしいそれを思い出し、和人の頬が一気にリンゴのように赤く染まってしまう。
クスクスと軽い笑みを浮かべて、美雲はゆっくりと和人の元へその身を寄せる。美雲の視線の先、和人の下半身は昨夜の事を思い出してか、ズボンの上からでも怒張が張り詰め、膨らみだしているのが分かる。
戸惑い、言葉に詰まる和人の様子を見て、全てが上手くいっている事を確信。美雲は和人の耳元へと口を寄せ、軽く息を吹きかけ和人の理性を溶かしていく。

「私って、束縛するタイプですから…これからは和人さんの事は全部、しっかり管理してあげますからね…?」

美雲がからかうような声色で呟く、その声は和人の耳を通して頭の奥を揺らがして響く。
和人の陰茎は美雲の声だけでもはや隠しようも無いほどに張り詰め、昨夜経験した快感を求めて美雲をめがけていきり立つ。
一度その味を知ってしまった以上、もはやそれ無しで堪えることなど出来ようも無い。
和人の身体は既に美雲にとらわれてしまっていて、その心すら美雲の手のひらで転がされているようなものなのかもしれない。
ようやく自分の境遇を理解した和人は、しかし全く恐怖も後悔もなく、むしろ幸福感をもって美雲の身体を抱きしめる。

「その…上手く言えませんけど、これから、よろしくお願いします」
「はい、よろしくお願いされました…!」

美雲も和人の身体に腕をまわして抱き返し、そのまま二人、目を閉じて互いの体温だけを感じたまま幸福感に浸っていたのだった。










あん えぴろーぐ


「もしもーし、三条さーん?いらっしゃいますかー?」
「え?」
「あ…」

暫くの間続いた二人の幸福極まりない抱擁は、無粋なノックの音で唐突に破られた。
ゴンゴンとドアをノックする音と、苛立っているのがはっきりと分かる程に鋭く高い声。
二人にとって聞き覚えのある声は、誰あろうこのアパートの管理人のものに他ならない。
怒ると怖いと近所でも評判高い彼女がこうして誰かの部屋を訪ねるのは大抵文句を言いに来る時で、文句を言われる心当たりは今の二人には十分すぎるほど十分に、思い返すまでも無く周囲にはその痕跡が残っている。
一晩中の性交で互いに興奮して大きな声を上げてしまった訳で、ぼろくはないとはいえまともに防音が為されていないアパートの中、静かな夜中に甲高い喘ぎ声はそれはよく響き渡った事であろう。

「ちょーっと御話しがあるので、まぁ多分いらっしゃると思うので鍵を開けさせてもらいますねー?」

どうしようと二人で目を合わせ、何の案も思いつかないままうろたえる中、管理人はマイペースに合いカギを使ってガチャガチャとドアノブを回している。
ガチャリと大きい音がして、寒い外気が玄関の方から部屋へと流れ込み、続けて誰かが乗り込んでくる音が聞こえ、

「って何ですかこのネバネバ……蜘蛛の巣ー!?なんか身体に絡んで、うわ、ちょっとー!三条さんちょっと来て説明してもらいますよー!!」
「…蜘蛛の巣?」
「…昨日和人さんがいらしてから、念のため、逃げられないよう玄関に糸で網を張ったままにしてありまして……」

どうしましょう、と和人に助けを乞うような目を向けてくるも、もちろん和人にもこの状況を打開するアイデアがそうそう思いつく訳は無し。
暫くの間身動きの取れない管理人の怒声がアパート中に響く中、二人、目を合わせたままどうしようかとぼんやり悩み続けているのだった。


後日、アパート中に防音工事が為され、その費用はとある住民二人が支払わされたと言うが、それはそれでまた別の話であろう。

12/02/23 00:18 むらさき種


ジョロウグモさんに縛られたい。そんな思いによってこのSSは出来ています。
拙作ながら、読み通していただけたなら幸い。
[エロ魔物娘図鑑・SS投稿所]
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